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■オープニング本文 浪士組の重要な活動の1つに街中の巡回がる。 街中にアヤカシが現れることがある以上多くの場所で求められる重要な活動であり、資金と名声を得る手段でもある。それゆえ浪士組は巡回には特に力を入れており、アヤカシに遭遇した際には戦力差があっても敢然と立ち向かうという。 しかしどれだけやる気があったとしても、絶対的な力の差がある場合はどうしようもない。その場合は志体持ちが現場に急行して足止めされていたアヤカシを倒すわけだが、広範囲を駆け回る援軍担当志体持ち達の消耗は激しかった。 ●協力依頼 開拓者ギルド係員はギルドを訪れた浪士組の人間を奥の部屋に通すと、急いで茶の用意をしてから自分もその部屋に向かった。 「お待たせしました」 精一杯誠実そうな、客観的に見ると少しうさんくさい笑みを浮かべて中に入る。そこでは椅子に腰掛けた戸塚 小枝(iz0247)がうとうとと居眠りをしかけていた。 係員はそれ以上声をかけず、鼻歌と共に茶菓子と茶碗を机の上に並べていく。準備を終えて席に着き、嬉々として菓子をつまみ口に入れようとしたところで、ようやく目を覚ました小枝と真正面から向き合うことになる。 「期間は5日、食事と宿泊施設はそちら持ちということで?」 何事も無かったかのように仕事の話を始めた係員の手には、しっかりと握りしめられた甘い焼き菓子がある。 「寝所は天幕と毛布。薪と食材は支給という形で良ければ。他に宿をとっても構いません」 小枝も平然とした様子で話を続けているが、爽やかな甘さ漂うそれに視線がひきつけられるのは避けられないようだった。 「大都市ですからお金があれば不自由はないですよね」 柔らかな口調で相づちをうちながら、係員は浪士組から渡された書類を確認する。 そこには現在行われている巡回の経路と予定時間、最近遭遇したアヤカシの情報が簡潔に記載されている。 巡回を行ってもほとんどの場合アヤカシに遭遇せず、遭遇した場合でも小鬼や幽霊程度の小物が1体か2体だ。向かい合って戦うだけなら、小枝1人でも全てまとめて相手できるかもしれない。 「救援要請が届いてから単独か少人数で現地に向かってもらうことになります。一カ所に大勢で向かうと戦力も無駄遣いになりますし、同時に複数箇所にアヤカシが現れることもありますので」 「承知しました。その点は開拓者の皆さんも心得ているでしょうから大丈夫ですよ。しかし」 係員は改めて地図を眺めてから、小さくため息をついた。 「こうして見ると広いですね。依頼期間中どれだけ走る必要があるでしょうか?」 「それは…」 小枝が口にした距離は、係員を絶句させるに十分過ぎる距離であった。 |
■参加者一覧
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
菫(ia5258)
20歳・女・サ
ウィンストン・エリニー(ib0024)
45歳・男・騎
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●おつかれ 「頼もーう。警備の仕事って聞いてきたでござるー」 四方山連徳(ia1719)が訪れたのは、詰め所と評するには少々みすぼらしい小屋だった。 「誰もいないのでござるかー?」 建て付けの悪い引き戸を開けて中を覗き込むと、そこには激しいいびきをかきながら机に突っ伏して寝る浪士組隊士の姿があった。 「なんつーか、随分割りに合わねえことしてるじゃねえの」 隊員の顔色は悪く、目の下のくまも酷い。 どんな希望に燃えているのか、どんな報酬を得ているのか分からないが、この隊士が心身を削って職務に精励しているのは確かだろう。 「根本的な話、動ける人間増やしとけよー。ほれ起きろ」 アルバルク(ib6635)が肩を揺すって起こしてやると、隊員は恐縮しながら礼を述べ、そのまま仕事の話に入る。 「え? マジで? そんなに走るでござるか?」 裏通りや抜け道まで書かれた詳細な、そして巨大な地図を渡された連徳が目をまわす。明らかに範囲が広すぎるのだ。 「若ぇ頃を思い出すな。寝るのは裏の天幕で良いのか?」 「はい。救援要請は詰め所…ああ、この小屋に来ることになってますので」 「分かったからお前は寝ていろ。そろそろ無理が利かなくなる歳だろうが」 案内しようとした隊員を乱暴な口調で優しく休ませると、アルバルクは肩をぽきぽき鳴らしながら小屋の外に出る。 「体力勝負だな」 都の空は、どこまでも青く透き通っていた。 ●屋上 「使わせてもらって良いかしら?」 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)が長屋の屋根を指さすと、アヤカシから逃げるために中から飛び出してきた大家は目を白黒させながらなんとかうなずいた。 「ありがとう。壊さないようにするわ」 軽く助走をしてから板張りの屋根に音もなく着地し、長屋を挟んで反対側の小道に目を向ける。 そこでは通常より見た目も気配も戦闘力も薄そうな幽霊がいて、中に入り込めそうな建物がないか探すため周囲を見渡していた。 「移動に手こずらせてくれるわね」 全身に疲労を感じながら術を発動する。 色のない風が刃の形を為して放たれ、アヤカシのみを一瞬でかき消した。 「まったく…」 術の発動の際に疲労はほとんど感じない。しかしこの場に駆けつけるため全力疾走と早駆を繰り返したことによる疲労は、心身に重くのしかかっていた。 「あら」 屋根から降りる前に周囲を見回したリーゼロッテが軽く目を見開く。 いくつか通りを挟んだ場所で、昨日今日と何度も顔を合わせた少年隊士が文字通り全力を尽くして走っているのだ。 「別件を見つけたからそちらに向かうわ。残りはお願い」 「ええ」 やや遅れて現場に到着した菫(ia5258)は、少し乱れたたすきの位置を直しながら足を止めずに次の現場に向かうのだった。 ●救援 どこで拾ったのか、錆びてはいるが頑丈そうな鉄棒を持った鬼が距離をつめてくる。 小柄な体にも関わらずその身に秘める膂力は隊士達を明らかに上回っていた。 「畜生め。だが無傷で勝てると思うなよ!」 「はっ、せめて一太刀ってのは今時流行らねぇぜ。討ち取りに行かねぇとな!」 全身傷だらけの男達が、最後に残った力を振り絞りアヤカシに対して突撃を開始する。 両者共に構えは上段。どちらか片方が小鬼に打ち殺される間にもう片方が相打ち覚悟で一撃を繰り出すという、非情の策であった。 隊士達は死を覚悟して敵の攻撃圏へ踏み込む。 だがそこで、死そのものであった鉄棒が宙に跳ね上げられる光景を目にする。 「よく耐えてくれました。後はお任せを…と言えない状態なのは心苦しいですが」 小鬼にしては大柄な、鬼というには少々足りないアヤカシの一撃を防いだのは、横合いから割って入ってきた菫であった。 全速での長距離走を終えたばかりの菫は、息も荒く動きに疲れがある。 けれど再び繰り出された鉄棒を大型戦斧で防ぐ動きに遅滞はない。疲れているなら疲れているで、その時点での最高の動きで敵を押さえ込む。その程度のことができないようでは今まで居残ってこれなかった。 じり、じりとアヤカシを押し込んでいくと、茫然自失からようやく回復した隊士達が加勢してくる。 「あ、ありがとうございます。助かりました」 「ひぃ、今頃になって震えて来やがった。すんません。恩にきりやす姐さん」 隊士達はアヤカシの左右から突きを放つ。が、慌てているのか鍛錬が足りないのか、皮膚を薄く裂くだけで終わってしまう。 だがそれで十分だった。アヤカシは痛みで集中を乱し、一応はほぼ拮抗していた得物が一気に振り下ろされる。鉄棒が斧の頭にめり込み、鉄棒ごとアヤカシが上下に両断され、決着がついたのだった。 ●寂れた通りの夜 「息はある。おそらく気を失っているだけだろう」 倒れていた隊士を看ていたウィンストン・エリニー(ib0024)が立ち上がる。 松明を持った隊士達は、同輩が無事だったことに安堵の息をもらす。 隊士等とは対照的に、ウィンストンは顔には出さず悩んでいた。 ここで足止めされていたはずのアヤカシがいない。救援要請によると単なる小鬼だったようなので倒してしまった可能性はあるのだが、逃げられていた場合は非常にまずい。 「動きながら使う」 状況を把握した滝月玲(ia1409)が詳しく説明する時間を惜しみ短い言葉を口にする。 「後方は任されよ」 ウィンストンが穏やかに応えると、玲は視線で謝意を表してから駆け出す。その加速はあまりに早すぎ、松明をもった隊士達は呆然と見送ることしかできなかった。 「怪我人をお願いする。名誉の負傷をした者を守るのも重要な任務ですな」 人格の厚みを感じさせる表情を浮かべると、まだまだ若い隊士達は気合いを入れ直してから素直にうなずいた。 「よろしい」 ウィンストンは普段よりずっと軽い鎧に多少の心許なさを感じながら、玲の後を追って駆け出した。 玲は豊富な練力量にものをいわせて連続で咆哮を発動させている。短時間で広範囲に効果を及ぼす極めて効果的なやり方ではあるが、利点もあれば欠点もある。 自分から音を出すため遠くのアヤカシの足音が聞き取りづらく、既に陽が落ちているため目視で確認することも難しい。もっともそのようなことは玲も最初から承知していた。 「こちらに1体! すまぬが先に処置させていただく」 ウィンストンは玲にひと声掛けてから、深紅のフランベルジュを横なぎに振るい、玲の背を追っていた小鬼の首を飛ばす。仲間の力を上手に使うのも、熟練の開拓者の技であった。 ●三日目 「皮鎧が、汗、吸わないから、汗、びっしょりで、ござる」 革製防具をきっちり着込んだ連徳が、都の大通りをふらふら蛇行しながら走っていた。 「いやー、まだ派手な走り方ができるなんてさすがに若ぇな。俺はちょいとちょいと堪えてるんだが」 連徳とは対照的に、アルバルクは一定のペースを崩さず走り続けている。 「ええい面倒な事は一気に終わらせて寝るでござるー!」 黙っていれば麗人な陰陽師が、力強く両手を振り回しつつ加速する。 「がんばれよー」 アルバルクが気のない声援を送ると、連徳は息をきらしながら、それでも速度は緩めず大声で叫ぶ。 「そんなこと言ってるとヒゲをモサるでござるよー! …あっ」 高く振り上げられた長く細い足が、小さな人影を蹴り飛ばしてしまう。 「すまんでござるっ。この治癒符で回復っ」 「か、開拓者の方! それ、アヤカシ! アヤカシです!」 2人がかりでなんとか足止めを行っていたらしい隊士が大慌てで声をかけてくる。いつの間にか、連徳達は目的地に到着してしまっていたらしい。 「はっ。なんと狡猾な」 本気で言っているのか、アヤカシの脅威にさらされる民を安心させるために道化を演じているのかは周囲の人間には分からない。けれど連徳の存在が空気を明るくしているのは紛れもない事実だった。 「ぜーはーぜーはー。ええい、吸心符をくらえでござる! そして拙者の疲労回復に!」 鮮やかな手つきで陰陽符を放ち、殴りかかってきた小鬼に対し攻撃的な術を発動する。術者の疲労のせいか少々かかりが浅かったらしく、小鬼は奇跡的に持ちこたえることに成功するが既に瀕死だ。 「なんですとー?」 「そりゃ体力が回復しても疲労はすぐには抜けんだろ」 アヤカシの繰り出す拳を器用に回避しつつ悲鳴をあげる連徳に、アルバルクは至極もっともなツッコミを行いつつ引き金を引く。 誤射がないよう狙い済まして放たれた銃弾は、既にへろへろになっていた小鬼を砕きただの瘴気に変えていた。 「うし。戻るぜ」 「とほほでござる」 2人の開拓者は背中に礼の言葉を浴びながら、軽口を叩いて走り去っていった。 ●救援要請が来るまでに 「よし、その感じだ。アヤカシ相手に1対1にこだわる必要はない。多対一であることを常に意識するんだ」 集まってきた非番の隊士を集め、玲は実践的な教導を行っていた。 「貴方は一撃入れることに拘らなくても良い。そのスピードは武器だ。短所を補う努力は否定しないが、今は長所を伸ばし活かすことを考えるんだ」 4人の非志体持ち隊士に囲まれた状態で、彼は仮想敵と教師を両方同時にこなしている。 「熱心ね」 小屋の椅子を確保し、持参した重厚な書物に目を通していたリーゼロッテがほうと小さな息を吐く。 「務めを果たすため全力を尽くす。素晴らしいことであるな」 体を休めるのも職務のうちと心得ているウィンストンは、疲れで足がもつれてきた隊士達を玲の前から下がらせる。 「鍛錬の際には柔軟体操を忘れるべきではない。そこの君は少々剣筋が乱れているな。俺で良ければ修正に協力するが?」 「は、はいっ! ありがとうございます!」 「良ければ私も!」 未熟ではあっても希望と熱意に燃える隊士達は、同じく浪士組隊士であるウィンストンに教えを仰ぐ。 隊士達の自主訓練に役立たせる狙いもあり、ウィンストンは素振りで正確な動きが出来るよう指導していく。 開拓者達は規定の日数待機と救援を行った後、感謝する隊士達に見送られ帰路についたのだった。 |