|
■オープニング本文 常軌を逸した規模の投資によって現れた新しい領土。 しかも主は老齢で後継者も無く、有力氏族の後押しさえない。 未だ表には現れていないが、アル=カマルの一部では激しい暗闘が始まっていた。 ●中間管理職? 「アル=カマルへの異動話に乗らなくて本当に良かった」 報告書に目を通した開拓者ギルド係員が、白い布巾を取り出して自らの涙をぬぐう。 雲隠れした依頼人をいつまで経っても見つけられないのに業を煮やした者が多いらしく、開拓者を送り込んだ大本であるギルドに対し様々な働きかけを行っているようだ。 しかし天儀開拓者ギルドに影響力を及ぼせるアル=カマル人の数は少なく、及ぼせるだけの力があるなら新規領土とはいえ広いとはいえない土地にわざわざ手を出そうとしない。 「でもアル=カマルに異動していたらハニートラップと酒池肉林が…いたっ」 想像してだらしない表情を浮かべる係員の後頭部に警備の者がつっこみをいれ正気に戻す。係員はひとつ咳払いをしてから真面目な顔になり、昨晩秘密裏に運び込まれた羊皮紙を抱えて立ち上がる。 「失礼しました。重要書類を金庫に運び込みますので付き合っていただけますか?」 無造作に抱えられたそれは、領土の権利書であった。 ●依頼票に記載された情報 ・目的 最終目的はアヤカシが占拠する地域に城を建てることです。依頼人が最期まで失脚しなければ、城完成後の保守管理が開拓者に任される可能性が高いです。 アヤカシの討伐、現地の調査、移動や拠点整備など、最終目的に近づくための結果を少しでも出せれば、その時点で依頼は成功となります。 ・現地状況(前回から変化した部分) 水源周辺と人工湖の整備が完了しました。城の最も外縁に位置する堀がほぼ完成し、現在は仕上げが行われています。 大量の資材と作業員が砂漠外から送り込まれ続けており、急速に工事が進んでいます。 今回は外壁の工事が開始されます。規模が大きいため1回で完成させることは難しいでしょう。外壁を分厚く実用的な物にすることができれば、大規模な襲撃にあっても城内に敵を侵入させずに撃退できるかもしれません。 建築現場からやや離れた場所には半壊した古城が存在し、開拓者が近くにいる際には使える資材を抜き取る作業が行われていました。入り口から奥に通じる通路が存在し地下に通じていましたが、地下から現れたアヤカシを防ぐため封鎖されました。開拓者の手で封鎖を解くことは可能です。精霊の聖歌が使用された結果、少なくとも封鎖された場所までは瘴気の濃度が極端に低下しています。 ・現地状況(前回と変化が無い部分) 直径数十キロに達する、だいたい円形の砂漠地帯です。 気候は厳しく、日光と暑さと夜間の寒さへの対策を行っていない場合、思ったように動けないかもしれません。 砂漠の中心付近で工事が行われています。堀は直径1キロメートルを越えており、その内部に水源、人工湖、実験農場、各種建造物が存在します。 砂漠の入り口から水源まで点点と設置された目印(ストーンウォールによる壁にあれこれ付け足されたものです)が続いています。 水源からの水は人工湖に蓄えられており、軽く煮沸するか濾過すれば飲用水として使用可能で当然農業にも使用可能です。 砂漠の端から目印に沿って工事現場まで赴くのであれば、非志体持ちの護衛をつければなんとか無事に移動できるようです。 ・確認済みアヤカシ 砂人形(デザートゴーレム)。砂漠で登場する、全高3〜4メートルの、砂漠から上半身を出した巨人風の形状のアヤカシです。人間には劣るが比較的高めの知性、砂に紛れやすい体色、顔に埋め込まれたコアを破壊されない限り復活可能という面倒な要素を多数持った相手でもあります。 場所によっては数十体まとめて登場します。 凶光鳥(グルル)。希に飛んできます。高速と高い命中力が特徴ですが、能力全体が高く射程40数メートルの怪光線まで飛ばしてきます。 怪鳥。0.5〜1メートルの鳥型アヤカシです。全体的に能力は低く、知性は鳥並みです。全域で登場する可能性があります。超遠距離では凶光鳥と見間違う可能性が少しあります。 小鬼(ゴブリン)。強力なアヤカシの群にひっそりと混じっていることがあります。 狂骨(スケルトン)。古城調査中に現れました。工事や開拓で遺跡等を掘り当てた場合、ついでに現れる可能性があります。 巨人。アル=カマル風の外見をした鬼です。 巨大な骨型アヤカシ。古城跡に現れました、がしゃどくろだったかもしれませんが、詳しく調べるより早く倒されたので詳しいことは分かっていません。 ・城建設 作業員の中には初心者開拓者相当の志体持ちも少数存在しますが、彼等は戦闘を行わない契約で工事に参加していますので自衛以外の戦闘は期待しないでください。 堀の外のアヤカシの掃討が行われた後は基本的に工事が早く進みます。 余程無茶な指示を出さない限り、現場監督は開拓者の意向に沿った工事を作業員を使って行います。 人工湖の工事が完了しました。人工湖は工事が進むにつれ城の中に組み込まれていきます。 城の設計の細部は未確定です。今後の開拓者の活動によって変更されていきます。 外壁の規模をどの程度にするか、対アヤカシ戦と対人間戦のどちらに重点をおくか、あるいは時間と予算がかかってもどちらも考慮するか。この選択が後の展開に大きな影響を及ぼすかもしれません。 ・農業 大量の肥えた土が資材置き場に搬入されています。現在実験農場でどのような作物が栽培可能か試行錯誤している最中です。椰子の木が10程度、水源の近くに移植されました。実はなっていません。昼間涼むには最適の場所かもしれません。試験的に牧草が植えられた場所があります。二十日大根は常時食べられます。 ・完成した物件 外縁部の堀(仕上げ作業中)。実験農場。貯水用人工湖。資材置き場。 ・緊急時の対応 アヤカシ襲撃などの緊急時での行動マニュアルは存在しません。開拓者に声をかけられた現場監督が個々に対策をとっている状況です。 ・その他 武器防具と練力回復アイテム以外であれば、余程高価なもので無い限り希望した物全てが貸し出されます。消耗品の場合は使用時は返却を求められません。 建築や工事目的で使用する者に限り、練力を5回全回復させられるだけの練力回復アイテムが無料で支給されます。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アムルタート(ib6632)
16歳・女・ジ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●天儀開拓者ギルドにて 「朋友の分も含めた水と食料、防寒具、野営道具、その他諸々ですね。えーと」 開拓事業の初期から関わっている係員は、ほぼ同じ期間関わっているエラト(ib5623)達に困惑混じりの視線を向けた。 「必要な物は例の倉庫から取っていって下さい。後で使用した数と消費した数を申告していただくだけで構いません」 例の砂漠に面した村に物資集積所が建設されている。その中には生鮮食料品から高価な機材まで、実に様々なものが大量に集められていた。アル=カマルの都市や天儀に戻らなくても開拓者が数ヶ月活動できるだろう質と量がある。 「大丈夫なのでしょうか?」 破格の扱いに困惑した鳳珠(ib3369)が至極まっとうな疑問を投げかける。エラトも無言で真正面から係員を見据えており、一応やましいところがないにも関わらず係員は冷や汗をかいていた。 「これまでの実績がありますからね。仮に関わる開拓者が総入れ替えになっても、この扱いは変わりません。まあ、連続して大きな失敗をしたなら変わるかもしれませんが」 そうならないですよね? と、係員はすがるような視線を開拓者達に向けるのだった。 ●城 それは過酷な旅路だった。 凶器に近い強さを持つ日光を防ぐため分厚い日除けを身につけ、体ごと吹き飛ばすほどの強風に耐えながらひたすら砂漠を歩む。心身共に消耗が激しくなり意識が朦朧としてきた頃、ようやく巨大な建造物の間近までたどり着いていた。 「ようやく着きましたっ」 石造りの巨大建造物がつくる巨大な影に入った羽妖精が、砂避けの装備から一対の黒翼を覗かせながら安堵の息を吐く。 「よくこんなところに城なんて建てる気になりましたねぇ」 小さな手でぺちぺちと石壁を触る。一つ一つの石は大きく、隙間はほぼ皆無で石と石が密着しており、高度な技術と馬鹿馬鹿しいほどの資金が注ぎ込まれたことが否応なく感じられる。 「事情があるんでしょ。まあ私たちが気にすることでもないわ。ギンコ、それより早く中に入るわよ。やることが多いのだから休めるときに休んでおかないと」 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は、目立たない場所に設置された通用門を使い巨大建造物の中を通り抜けていく。 「えっ」 奇妙な齟齬を感じて主人の背中と巨大城壁を何度か見比べた羽妖精は、風に吹き飛ばされないよう注意しながら外壁に取り付けられた足場を伝って建造物の頂上に向かう。 「ええっ?」 そこにあったのは真横に延々と続く石の道。未だ100メートルほどしか、あるいは100メートルも完成している、城壁の一部であった。道を横切り端にたどり着くと、そこからは砂漠に不釣り合いなほど大きな人工湖と、大量に建てられた大型の宿舎の姿が見える。 「ご主人さま〜!」 何もかもが大きすぎるため置いていかれると迷子になると確信したギンコは、陽の光を照り返し鮮烈に輝く人工湖に目を瞬かせながら、全力でリーゼロッテの後を追うのだった。 ●闇の奥へ 「今回は万全よ」 古城に入り込んだ鴇ノ宮風葉(ia0799)は自信ありげに胸を張っていた。 城建設予定地と防壁を巡るアヤカシとの戦いには参加したものの、それ以外は全て休息にあててきた。そのため自分の朋友である人妖から冷たい視線を向けられたりもしたが、努力は報われた。心身共に完調のままこの場にたどり着くことが出来たのだ。 「妙見、ここに残らず厩舎に戻っていろ」 古城跡の入り口付近で、将門(ib1770)が騎龍の妙見に退却を命じていた。朋友である甲龍も、超人的な体力を持つ将門本人も疲労の色が濃い。灼熱の昼と極寒の夜を繰り返す砂漠は強力極まる主従にも厳しい環境なのだ。 「今回はもう少し奥で演奏しましょうか」 エラトが控えめに提案すると、リーゼロッテを含む3人は視線を交わして意思疎通を行い、それぞれ賛意を示してからエラトの護衛についた。 それからしばらくの後、前回バリケードで封鎖された場所にたどり着く。 「始めます」 そして、魔を祓う精霊の歌が響き渡る。 腹の底から心身を揺さぶる激しくも美しい旋律に、二階堂ましらなどはいつもの不敵な表情のかわりに素直な感動の表情を浮かべていた。 「どう思う?」 演奏が開始されてから3時間弱経過したとき、床に触れ瘴気を回収していた風葉が口を開く。 「変化は誤差の範囲ね。感覚としては減っている気はするけど」 リーゼロッテが答えると風葉は眉根を寄せた。 瘴気回収を使い、練力の回復を図ると同時に周辺の瘴気を減らせるか実験してみたのだが、変化が小さすぎて有効な実験結果が得られない。 玄武寮の優秀な術使い2人が数日かけて調べれば明確な結果が出る気はするものの、依頼を放り出してアヤカシが出没する危険地帯で実験を行う訳にもいかない。 そうこうしているうちに演奏が終了し、エラトが忘我の状態から意識を取り戻す。 「凄いな」 「はっ? ね、寝てないですっ」 ましらの感嘆のつぶやきと、うとうとしていたギンコの慌てた声が残響の残る通路に響いた。 「襲撃は無しか。退けるぞ」 将門が無造作にバリケードを崩していくと、先程までとはうって変わって真剣な顔をしたましらとギンコがそれぞれの主人の護衛につく。 「変わったものはありませんね」 リュートから松明に持ち替えたエラトが暗闇の奥を覗き込む。 「後ろは任せる」 将門は足音を殺さず先頭に立って前進を開始する。一時は大量のアヤカシがこの通路を通ったせいか、床はひび割れ補強に使われていた木材も半分以上が破壊されていた。 「止まって」 リーゼロッテは一行の歩みを止めさせてから聴覚に意識を集中させる。開拓者と朋友の呼吸の音とかすかな空気の流れしか感じられない。だが全てを聴覚のみに集中させていくと、あるはずのない音がかすかに感じられた。 「水の流れる音がしたわ」 ほんの数秒だったが、通路の奥から確かに流水の音が響いてきた。 「以前はそれらしき物はなかったはずだな」 「ええ」 将門の問いに小声で肯定の返事が返される。 開拓者達は進むか退くかの相談を始める。が、結果はすぐに出た。 「調べてみないことにはね。音は立てないように」 リーゼロッテが探索継続を宣言する、今度は皆が足音を殺し、聴覚に意識を集中させたリーゼロッテを守るように陣形を組んでゆっくりと進んでいく。 「風が…」 エラトが掲げる松明が向かい風により揺れる。将門が刀を抜きながら一人で数歩先行すると、そこには薄闇の中に地下へと通じる巨大な穴が開いていた。 将門のブーツが床に転がる小石に触れ、転がり始めた小石が穴の縁から消える。それから4秒ほどして、リーゼロッテの耳にのみ、小石が湿った砂にめり込む音が届く。 「どうなっているのかしら」 そのとき空気がかすかに揺れ、リーゼロッテの瞳に鋭い光が走った。 「下方から突き。大物よ!」 警告が発せられるのと、将門が雄叫びをあげながら刃を振るったのはほぼ同時だった。 鉄と鉄以上に堅いものがぶつかり合う甲高い轟音が響き、穴から突き出された斜め向きの柱が通路の天井に突き刺さる。 「風葉、悪いが防げるのは1度だけだ」 「もう一着仕上げたかった…」 闇の奥から這い上がってきたものを知覚した瞬間、人妖と羽妖精は主人を背にかばい覚悟を決めた。 「大柄の木乃伊男、否、がしゃどくろか」 松明の弱い光に浮かび上がったのは、巨大なミイラにも見えるアヤカシだ。ただしよく見てみるとミイラとは異なり包帯は少なく乾いた皮膚もなく、巨大な骨だけが目立っていた。 再度、闇の奥から高速で突き出される柱、否、おそらくはアヤカシにとっての槍が突き出される。それを不退転の覚悟で受けては弾き、将門はアヤカシに対する壁となる。 「小物が大量に来る。おそらく小型の蟲!」 リーゼロッテが次の警告を発するとエラトが松明を床に落として楽器に持ち替え、刀と槍が打ち付けられるたび発生する火花に照らされながら眠りの曲を演奏する。 それから数秒後、強制的な眠りに落とされた鉄喰蟲の塊が上昇の勢いを消せずに巨大穴から現れる。 そこにタイミングをあわせた風葉とリーゼロッテの吹雪が炸裂し、1匹も残さず蟲のアヤカシを粉微塵に砕く。 「はぁっ!」 敵の増援が途絶えた隙に、将門は渾身の一撃を放つ。穴の奥から長柄武器を突き出すアヤカシ本体にはダメージは与えられなかったが、かなりの業物だった槍の先端部が断たれて宙に舞い、巨大な穴の底へ落ちていく。 「逃げるか」 将門は踏み出せない。例え命綱があろうと、何があるか分からない穴に飛び込むのは勇気ではなく単なる自殺だからだ。 「命綱は任せたっ」 風葉は手早く荒縄を自らに巻き付け、縄の端を後方に放り投げてから穴から身を乗り出す。 符と膨大な練力と引き替えに呼び出したものを下方に投げつけると、鉄を超える強度を持っていた骨がへし折れる音が響き、それから数秒後に巨大なものが地面にぶつかり砕ける音が穴の底から押し寄せるのだった。 ●建設現場 「将門さんが仰っていたように万世に名を残す城を目指すなら、両方に対応させるしかないでしょう」 朽葉・生(ib2229)がしめくくると、居並ぶ現場監督達はうめき声にちかいものをあげてた。 「でしたら、試しで作ったあれが基準になりやすぜ」 監督が指さす先には、初めてこの地を訪れたギンコが圧倒された巨大建築の姿があった。 「時間がかかる?」 アムルタート(ib6632)が上目遣いでじっと見つめると、監督達の間から乾いた笑い声があがった。 「かかりやせん。いやー、なんでかからないんでしょうね」 技術と人材と資材と金を惜しげも無くつぎ込んだ上で、手を抜けば死という環境を整えれば道理が引っ込み無茶が通る。少なくともこの事業ではそれが現実だった。 「でも今回完成しないんだよね?」 アムルタートが無邪気に問いかけると、頭痛に耐えかねた数人の監督がその場にうずくまる。別にアムルタートを馬鹿にしている訳ではない。アル=カマルの常識が非常識になるこの地の常識を改めて突きつけられ、精神に負担がかかっているだけだ。 「この砂漠に出るアヤカシに対応でき、人間相手の戦争にも使える造りにすると大規模になりやすから。城壁だけで並みの城を超える規模に…」 生が持ち込んだ技術も組み込まれ予定より完成が早まる見込みだが、それでもあと1月はかかるらしい。 「そうですか。では今後の予定は…」 生が詳しい予定を聞こうとしたとき、反対側の城壁から鉦を打ち鳴らす音が響いてきた。アヤカシの襲撃だ。 「小物が数匹だ。あんた等は待機していてくれ!」 上空でバダドサイトを使用したアルバルク(ib6635)が生達にひと声かけてから、駿龍サザーと共に一気に加速して襲撃現場に向かう。 「しかしこりゃぁ…」 アルバルクが目にしたのは、砂漠に紛れて見辛いもののそれ以外は通常と変わらぬ小鬼の群だった。 外枠がようやく形になりかけた城壁を越え、アルバルクとサザーは速度を緩めず無理矢理着陸し、砂と小鬼の一部を跳ね飛ばす。 「振り返らずに中に逃げろ!」 背後にいるはずの作業員に指示を飛ばしながら引き金を引く。 小鬼の頭部が砕かれ、サザーが吐いた火炎が別の小鬼を巻き込み悲鳴をあげさせる。 「ちっ、多いな」 再装填の時間を惜しんでシャムシールに持ち替え、サザーを前進させつつすれ違いざまにアヤカシを切り捨てる。 残存の小鬼の数は十を超えている。正直仲間の援護が欲しいところだが、残念ながらそんな余裕はない。アルバルクがやって来た側から別の鉦の音が響き、生の駿龍が迎撃に向かって行っていった。 「サザー、今回も長丁場だ。ペース配分を考えろよ」 駿龍は巨体に似合わぬ鋭い動きを見せ回避を行うことで、主人の命令に応えるのだった。 ●水源に通じるもの 生の吹雪が炸裂すると、しぶとく抵抗を続けていた小型アヤカシの群はようやく全滅した。 駿龍ボレアは風の流れを的確に捉えた飛行により一切の傷を負っていない。しかし今回に限らず何度も迎撃に駆り出された結果、動きに切れが無くなってきていた。 「そろそろ昼の休憩だ。作業員連中も休憩しに中も戻る。あんたもしばらく休んでいてくれ」 自分の受け持ちの戦闘を終わらせやって来たアルバルクの勧めに従い、生は昼間最も涼しい場所に向かう。 「いらっしゃ〜い♪」 生がボレアと共に着陸したのは水源の側に茂る椰子の木の林。視線を巡らせると、鳳珠が素足で水の中に入り、瘴索結界「念」を使って調査を行っているところだった。 鳳珠の背後ではアムルタートが警戒を行っており、水辺では万一のとき即座に助けに入れる体勢で鷲獅鳥イウサールと霊騎務が待機している。 「アヤカシは?」 「こちらでは全く…」 鳳珠は困惑に近い表情で首を振る。 「二度目以降の古城探索には参加するんでしょ? そろそろ休んでもいいんじゃないかな?」 予定通りなら、精霊の聖歌の演奏が終わる時刻のはずだった。 「そうですね」 現在発動中の瘴索結界「念」の効果が切れ次第水から上がろうと決めた鳳珠だが、終わるよりも早く状況が一変する。 冷たい水がわき出る水源から無色の瘴気が吹き上がり、複数の塊にまとまりアヤカシへ変じていく。 鋭い知覚を持つ鳳珠は瘴気の噴出と同時に事態に気づき、異変を仲間に告げつつ浄炎を発動させる。 不定形アヤカシの雲骸(クリッター)は、この場を逃れることさえできれば資材置き場にでも潜り込んで大量の被害者を出したかもしれない。けれど優れた巫女である鳳珠の炎に耐えきれるような強さは持っていなかった。 「これって」 「以前、演奏に反応してアヤカシが動いたという話を聞いています。ここが古城の地下と繋がっている可能性は否定できません」 非常に面倒な事態を想像してしまい、3人とその朋友達は顔を見合わせる。ここが水源以外なら掘り進めて瘴気の根を絶つのも有効な手段かもしれない。だが水源に手を加えて万一枯らしてしまった場合、開拓事業が終わってしまう。 内心頭を抱えながら、鳳珠達は可能な限り詳細なデータを集めていった。 ●ダンジョン? 鳳珠の精霊の唄で癒された地下攻略隊は、断続的に襲い来るアヤカシを全て撃退した後、工事現場から持ってきた照明器具で底を照らすことに成功していた。 「鍾乳洞とは少し異なるような…」 「人の手は入っていない? 近くで調べないとなんとも言えないわね」 50メートルほど下ると大穴の底が見え、そこからほぼ水平に洞窟が続いていた。弱い光なので詳細までは分からないが、目に見える限りではアヤカシもいないようだ。 いずれにせよ、片道を覚悟するならともかく専用の装備がない状況で奥に進むことはできない。危険なものが洞窟内に溜まっている可能性もあるし、大穴が崩れる可能性もあるからだ。 開拓者達は巨大穴を降りずに可能な限りの情報を収集した後、調査を切り上げて帰路につくのだった。 |