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■オープニング本文 湖の中に島がある。 岩ばかりで耕作に向かず湖から得られる糧も少ない土地ではあるが、それでも日々慎ましく生きている人々がいた。 だがもういない。 定期的に干し魚を売りに来ていた村人が予定の日を1週間過ぎても現れないことに気づいた領主が念のため部下を村に向かわせたところ、部下は全身に打撲傷を負って帰ってきた。 小舟に乗って島に近づいたところで、岸に現れた鬼達に石つぶてで攻撃されてしまったのだという。その部下は私兵団の切り札である志体持ちであったが、船を沈められてはなすすべがない。 途方に暮れた貴族は領地を接する貴族に頭を下げて助力を願った。貸しを作りゆくゆくは傘下におさめることを狙った隣領の貴族は指揮権を奪うと意気揚々と2つの私兵団を率いて攻め込み、上陸することも撤退することもできずに全滅した。 どうやらアヤカシは最初に志体持ちを撃退したときには戦力を出し惜しみしていたらしく、数隻の船で攻め入ろうとした2つの私兵団は予想の数倍の鬼に襲われてしまったのだ。 戦死した貴族の跡継ぎ達は即座に協議を行い、蓄えを全てはたいて開拓者ギルドに依頼を出すことで話がまとまった。 ●討伐依頼 小村を占拠したアヤカシの群れを討伐して欲しい。 遠方から偵察を行ったところ、鉄棒を持つ大型の鬼が小鬼の群れを統率しており、島の外からの襲撃を常時警戒しているようだ。偵察を行った者によると、個々のアヤカシの見分けがつかなかったため精確な数は分からなかったらしい。 このまま放置すれば他の村も襲われかねない。1体も残さず倒し、犠牲者の恨みを晴らして欲しい。 |
■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
仁志川 航(ib7701)
23歳・男・志
にとろ(ib7839)
20歳・女・泰
ルカ・ジョルジェット(ib8687)
23歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●湖岸 「酷い…ことを、するものだな」 湖岸に打ち上げられた遺品を前にして、玖雀(ib6816)は目に強烈な怒りをあらわしていた。 「湖の真ん中に篭ったって、周りに出るのに面倒じゃないのかね?」 領主の館に立ち寄った際に見た地図を思い出しながら、仁志川航(ib7701)は作戦決行前最後の確認を行っていた。 「風は無く霧が出ている。私は打ち合わせ通りで良いと思う」 海神雪音(ib1498)の言葉に、開拓者達はそれぞれのやり方で賛意を表す。 「この地形。おとぎ話をなぞった訳ではないだろうが」 徐々に明るさを増していく空に目を向け、ニクス(ib0444)は眼鏡の下の目を細める。 「ま〜、あんたの想像どうりだろうね〜」 ルカ・ジョルジェット(ib8687)は前装式銃に弾を込めながらひょいと肩をすくめた。 「数が揃うまで守りに向いた土地で時間を稼ぐってね〜」 銃を背負うと、ここまで運んできたボートを湖面に下ろしてから揺らしもせずに飛び乗る。 アヤカシがこれ以上の悲劇をまき散らすのを防ぐため、開拓者達はボートで高速を出し鬼ヶ島に向かうのだった。 ●威令 骨まで冷える寒さの中で、小鬼達は体を震わせながらゆっくりと移動していた。 濃い霧を通して届く朝日が周囲を赤く染めていく。それはあまりに美しい光景だったが、あいにくとこの場の小鬼達は美しさを感じるような感性を持っていない。しかしその代わりに指揮官の命令を忠実に実行するだけの我慢強さと、それと反比例するように凶悪な暴力性を持っていた。 「?」 聞き慣れぬ音に気付いた小鬼が、湖に面した場所で立ち止まる。腰にくくりつけた袋から投擲に向いた石を取り出すと同時に、周囲にいた同属に声をかけて島の中央に向かわせた。 それから1分もたたずに、十数体の小鬼がその場に集まり手慣れた様子で陣形をつくりあげる。音は極めて小さいがそれでも徐々に大きくなってきており、大勢の小鬼の中の2、3体がその正体に気付く。 かつて沈めた船の音と似ている。 強い戦闘意欲を持っていた人間の心が折れ恐怖に震える様は非常に素晴らしい見世物だった。大きな鬼の威令に服する小鬼達は、再度味わえるであろう喜びを予感し舌なめずりする。 が、全く予想していなかった物が現れる。それまで何も聞こえなかった方角から、朝日の光でも月の光でもない灯りが現れたのだ。霧の中に浮かぶそれは明らかに意思のある動きをしているため軽視はできない。 判断に迷った小鬼達は動揺する。それがほんの数秒の遅滞をもたらす。小鬼達は奇妙な光は後回しにして最初の目標に対し投擲攻撃を開始しようとしたのだが、数秒の遅滞は致命的な隙になってしまっていた。 視界を遮る霧を貫き飛来した矢が小隊長格の小鬼を大地に縫い止め、単なる瘴気に戻してしまったのだ。 ●ボートの上で 「当たらなければ…否、そもそも間合に入れなければ、どんな強力な攻撃も意味を成さぬ。わしに出会った時点で、詰んでおるのだよ貴様は」 バロン(ia6062)は新たな矢をつがえながら弓の向きをほんのわずかに変える。弓を引き矢を放つと、濃い霧の中でわずかに浮かび上がっていた影が倒れる。岸に集まっていた小鬼達は矢が飛んできた方向に対し一斉投擲を行うものの、バロンの前方数十メートルの湖面に水飛沫を上げる程度のことしかできなかった。 「減らないね〜」 轟音と共に弾丸を発射した銃に練力を使い再装填しながら、ルカは次の狙いをどこにするか考えていた。 弓使い達が大量に矢を放ち、放った矢の数だけ小鬼を討ち取っているにも関わらず、視界の中にいる敵の数に変化はほとんどない。減る数より多くの敵が集まって来ているのだ。 「おっと、あれは家の柱かな。矢を防ぐためのバリケードを作るなんて小鬼にしては頭が回りすぎだけど!」 銃声。肩から全身に抜ける衝撃。木材をくくりつけていた縄が切れ崩れ落ちるバリケード。 ルカの放った弾丸は、統率のとれていたアヤカシ達に小さくない混乱をもたらしていた。 「さてと」 矢から指を離した瞬間に的中の感覚を得た雪音は、攻撃から探索の術に切り替えて弓の弦を数度弾く。 雪音は岸周辺だけでなく島の奥までの調査をわずかの時間で終え、鋭く警告を発した。 「相手は退くつもりだ!」 島の中心部で開拓者を迎え撃つつもりなのか、あるいは別の岸から撤退するつもりなのかは分からない。しかし残りのアヤカシがこの場に向かっておらず、この場にいるアヤカシが徐々に後方に下がりつつあるのは事実だった。 それまで別のボートで待機していた玖雀と航は即座に反応し、息のあった動きで櫂を漕いで一気に岸へと向かっていく。気づいたアヤカシは即座に石を投擲し始めるが、その数はアヤカシの数に比べてあまりに少なく有効な損害を与えられない。 その場にいる小鬼の半数近くが、この場での抵抗は困難と判断しこっそりと撤退を始めていたのだ。 「この場で討てるのは不幸中の幸いかもしれん」 岸から距離をとり反転して島の中心に逃げだそうとした小鬼達の背に次々と矢が突き立つ。アヤカシに対し情けをかけるつもりは初めから無い。戦上手になり得る可能性を持つものを見逃すつもりはさらに無かった。 「そんなもんかね? 漕ぐから揺れるよ〜」 「頼む」 バロンは攻撃の手を緩めずに礼を言い、残敵の掃討を行うのだった。 ●撤退路 「ふう」 片手に1つずつ持って振り回していた松明の動きを止め、鈴木透子(ia5664)は大きく安堵のため息をついた。 「鬼さんこちら…で集められたら良かったのですけど」 呪声で数体の小鬼を仕留めたのは良かったのだが、援護射撃を行う班の火力が強すぎて最初の火では透子の側に注意が集まらなかった。なので仕方なく予備の松明に火をつけた上で振り回したのだが。 「簡単ではありませんでしたね」 足下が安定しないボートの上で、仲間の援護無しで手を振り回すのはかなりの難事だった。その難事から解放された透子は、一度偵察のための式を飛ばしてから既に上陸班が乗り込んだ岸から離れた場所を目指す。 「みーつけた」 式によって、島にある最近切り開かれ踏み固められた道を知らされる。進路を変更してそちらに向かうと、既に島中央での戦いが始まっているにも関わらず増援にも向かわずに簡素な筏を組み立てている2体の小鬼がいた。 透子はほとんど音を立てずに岸に近づき、岸である岩肌にボートがぶつかる直前に跳躍して島に上陸する。 気付いた小鬼達は即座に粗末な工具を武器にして襲いかかってくる。それは見事な反応といえたが、振り下ろすより先に透子によって喉元を掻き切られ、激しい音を立てて湖に転落する。 「早く行かないと」 透子は十字の柄を持つ剣を鞘に納め、裏側から決戦場に向かった。 ●決戦 上陸を果たした後、島の中央に向かう小鬼部隊を押しのけるようにして前進を続けた玖雀達は、かつて村だった場所で巨体の鬼と向かい合っていた。 「住民は食らったのか? 赤子を捻るようだっただろうよ」 玖雀が侮蔑と怒りの視線を向けると、鬼は妙に人間くさく鼻で笑って巨大鉄棍棒を構える。そのまま迎え撃つ構えをとっていたが、鋭く回転しながら飛来した礫により意図をくじかれる。 礫により割られた額から血が流れ出す。鬼は気にもせずに生き残りの小鬼に命じ、側面に対する盾としながら突撃を開始した。 左右に小鬼を従えながら向かってくる大鬼に対し、航は柔らかく微笑みながら斜め前方に向かう。側面から背後へと回り込もうとしていた小鬼達を紅く輝く剣で切って捨て、後ろにいる仲間の援護を行っていく。 「ニクス! 任せたぞ!」 玖雀は大鬼に攻撃したい気持ちを抑え、航が向かったのとは逆側の小鬼を礫で潰していく。左右とも小鬼の生き残りはいるが、大鬼が目論んでいた小鬼で足止めしての全力攻撃は難しくなっていた。 ニクスは声をあげず、しかし全力で居合いからの炎魂縛武の一撃を鉄甲鬼に見舞う。絶妙のタイミングで放たれた青銅色の刃は大鬼の腹を割く。が、非常に頑強なアヤカシは中身をこぼすことも無く、それどころかますます猛りながら巨大な鉄棒を振り下ろした。 「まだだっ」 攻撃の軌道を予想していたニクスが盾を掲げて受け止める。衝撃が肩から全身に広がり骨が軋み、ブーツが踏み固められた地面を砕く。それでもニクスは押しつぶされることなく耐え、仲間に絶好の攻撃機会を提供する。 ぼん、と。大鬼の額が砕かれ不気味な色の血が宙に舞う。 「ははっ。ちょいと重装備過ぎたかな!」 硝煙を漂わせる大型の銃を構えたまま、上陸後全速でここまで走ってきたルカが荒い息をついていた。 さらに後方でバロンが放った矢が弓なりの軌道を描いて飛来し、痛みと怒りに苛まれ叫び声をあげる大鬼の喉を貫く。 瘴気に戻りはしないものの、限界を超えた痛みで大鬼の動きが止まる。その隙を逃す者はこの場にはいない。 ニクスが盾を構えたまま押し込むタイミングで鬼の背後に回り込んだ航は、鬼の首筋に全力で大型曲刀を振り落ろし、分厚い皮膚と強固な骨を砕いて斬り飛ばす。 「む…何?」 端から瘴気に戻り始めた大鬼を確認した確認した玖雀が口元をかすかに緩ませ、しかし急に緊張した面持ちになる。術により拡張された聴覚が、開拓者ではない者がたてる音を捉えたのだ。 上陸時の猛烈な援護射撃で小鬼の大半は討ち取り、陸上での戦いで残りもほとんど討ち果たしたはず。にも関わらず聞こえる音は奇妙なほど大きい。 「左斜め前方。破壊された社の影。おそらく鉄甲鬼!」 雪音は数度鏡弦を使い何度か見落としてしまったことで敵の力量に見当をつけ、アヤカシの隠し球であり、このまま隠れきるか不意を打とうとしていた2体目の大鬼の位置を皆に知らせる。 開拓者の速攻で作戦を崩され遊兵と化し、その結果体力を消耗していない大鬼は全力で撤退路に駆け込む。が、数歩進んだところで行く手に立ちふさがる影に気づく。 「通しません」 胸を張る透子の背丈はあまりに小さく、大鬼は彼女を力任せに押しのけられると判断してしまった。 大鬼は地面を踏み砕きながら前進を継続し、そして透子が大量にしかけていた地縛霊複数を同時に起動させてしまった。 地面から現れた式達は、速度優先で無防備に進んできた大鬼の全身に強烈な打撃を与えその場に跪かせる。 それから数秒後、後方から飛来した矢弾により無防備な背から中心部に至るまで完膚無きまで破壊され、この島に残っていた最後のアヤカシが打ち倒された。 開拓者達は討伐隊と村民の遺品を回収し、数日後に開かれた慰霊祭に参加した後、静かに島を後にするのだった。 |