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■オープニング本文 「隊長! 迷いました!」 「元気でよろしい!」 天儀の辺境で、十数人からなる部隊が雪山を迷走していた。 「よーし、それじゃとりあえずかまくら作るぞ。出来次第消耗が激しい奴から放り込め」 「うぃーっす」 気の抜けた声による命令に、それ以上に気の抜けた声による返事が返って来る。 しかし横殴りに吹き付ける雪風をものともせずにかまくらを作っていく手腕は、練度の高い部隊しか持ち得ないものだ。その割には遭難しかかっているが、ろくな地図もない場所に初めて踏み入った結果なので仕方がない面もあるかもしれない。 「隊長! 左方やや下方に不審な影が2、いや3? 申し訳ありません。見失いました」 「ふむ?」 隊長は見張りから隊の備品である遠眼鏡を受け取り、真昼であるにも関わらず吹き付ける雪で薄暗くなった山の斜面を確認する。 「小鬼…ではなくてジルベリアで出るというゴブリンスノウ?」 部隊内で最も目が良い隊長は、普通の小鬼より毛深い気がするアヤカシを確認することに成功する。 「隊長! 全員収容できるだけのモンを作りましたぜ」 「よし。入って吹雪をやり過ごすぞ」 不用意に動いたアヤカシが小規模な雪崩に巻き込まれたのを確認した隊長は、アヤカシへの警戒より雪山での生存を重視して全員でかまくらに入ることに決めた。 丸一日が過ぎ、吹雪が収まった後にかまくらから出ると、そこにはアヤカシの姿は無かった。隊長以下十数名は1人も欠けずに下山に成功したが、それ以後いくら山を捜索してもアヤカシを見つけることは出来なかった。 ●討伐依頼 アヤカシのものらしい足跡が雪山で発見された。 調査と可能ならば討伐を行うため数度の出兵が行われたが、アヤカシを目視できたのは一度だけで戦闘を行うことは出来なかった。 この雪山がある地方は、もう少しすると春まで悪天候が続く可能性が高い。強行軍になるかもしれないが、可能な限りアヤカシを見つけ出し討伐を行って欲しい。 |
■参加者一覧
山羊座(ib6903)
23歳・男・騎
射手座(ib6937)
24歳・男・弓
魚座(ib7012)
22歳・男・魔
アリス ド リヨン(ib7423)
16歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●送り迎えは龍 「迎えは明後日の夕方でいいからなー♪」 射手座(ib6937) が手を振ると、開拓者一行をここまで送ってきた龍達はひと声鳴いて別れを惜しみ、そのまま朝焼けの中に消えていった。 「山羊座様ー! どこに拠点を構えるっすかー?」 ジルベリア仕様の分厚い防寒具を着込んだアリス・ド・リヨン(ib7423)がたずねると、アリス以上の重装備の上に寝具と水と食料とついでにそりを担いだ山羊座(ib6903)が、大型の鉄製スコップでなだらかな斜面を指し示す。 「超上級者コースから初心者コースまでよりどりみどりだね♪ 滑っても良さそうだし眺めも良し。報酬をもらって遊びに来られるんだから良い依頼をうけられたね」 魚座(ib7012)は、彼と長い付き合いの者達ですらはっとするほど鮮やかで華やかな笑みを浮かべていた。 「山羊座様! 俺も手伝うっす」 無言で坂を上がる山羊座を追うアリス。主人を慕って尻尾を振る子犬の風情がある彼は、しかし魚座に背後から襟首を掴まれ急停止させられる。 「ありすちんっ。私達は掃討担当だよ。射手座にーさん! 索敵と指示お願い」 「おう! とっとと終わらせて雪山で遊ぼうぜ♪」 騒々しくも朗らかにアヤカシ討伐に向かう3人に背を向けて、山羊座はぺたり、ぺたりと雪の山を固めていた。 ●バカンスと書いて討伐と読む 陽光に照らされた銀色の雪原を、スノーボードに乗った射手座が高速で駆け抜けていく。 もし鳥が飛んでいたなら、足跡一つ無い巨大な坂に1本の線が刻まれる様を見ることが出来ただろう。 「1、2…このあたりか」 射手座が黒漆で彩られた弓の弦を鳴らすと、彼の脳裏にアヤカシがいる方向と距離が浮き上がる。 「そのまま下がれ! 遮蔽物を作って隠れている!」 アリス達に指示を出してから、射手座は背後を振り返り数度弦を弾いた。そよ風を切り裂いて数本の矢が空を駆け抜け、距離をとって開拓者達を偵察していた小鬼の胸をつらぬく。 それが4体。魔の森近くなら珍しくもない光景かも知れないが、僻地ではあっても瘴気が濃い訳ではない場所としては異常な程の数だった。 「本格的な調査の前の一滑りのつもりだったんだがな」 穏やかな表情のまま一瞬だけ目つきを鋭いものに変え、射手座は再度弦を鳴らす。 「山羊座! 急に風が…」 そよ風が突風に変わり、分厚い雪の層から細かな氷が巻き上げられ視界を白く染める。声も届かないと判断し、射手座はスノーボードの速度を緩めて身をかがめ雪をすくい上げて雪玉を作る。 そして、山羊座がいるはずの場所目がけて思い切り投擲するのだった。 ●雪上の戦い 「サンダー。サンダー! サンダーサンダーッ!」 戦場でのかけ声にしては明るすぎる声が響き、雪の上に雷の光がうまれる。 破壊の光に巻き込まれた小鬼達は口から黒い煙を吐きながら白い雪の上に倒れ、瘴気に変じて窪みだけを残して消え去る。 「こんなゲームあったよね。チラチラ見えてる獲物を狩るゲーム♪」 それを無邪気と呼ぶか、酷薄と評するか、割り切りとみなすかはひとそれぞれだろう。 いずれにせよ現場で戦うものは気にしはしない。 魚座により同属のほとんどを失いながらも、戦闘意欲を失わないアヤカシ達が雪に足をとられつつも接敵に成功する。だがそこが彼等の最期の場所となる。 「雪が強敵っすねー」 めしっっ。ごきっ。と、爽やかではない音を立てながら小鬼の頭に朱苦無で穴を開けていく。 「次はあっちみたい」 射手座の指示を耳にした魚座が元気に雪の上を駆けていく。 「待ってくださいっす」 アリスはすぐには魚座を追えない。 逃げようとした小鬼を背後から討ち果たした際に使った苦無があちこちに、右に20メートル、左に十数メートル、前方やや右に二十数メートルという感じで雪の上に落ちているため回収する必要があるのだ。 予備は十分も持ってきているので放っておいても戦闘には問題がないとはいえ、参加者全員がアヤカシ討伐後に遊ぶつもりなので放置しておくと危険なのだ。 「囲まれるのと罠には気をつけてくださいっす」 ほとんど見もせずに横に投擲すると、魚座の後方から必死に駆けてきた雪上対応型っぽい小鬼の足が吹き飛び瘴気に変じていく。、 「ありがとー♪」 魚座はアリスを信頼して背後を任せている。だからこそ歓声の中に暗さが含まれない。 「感謝しているなら待って欲しいっすよ」 アリスはとほほと情けない声を出しながら、元気に揺れる金髪を目印に追いかけていった。 ●かまくら会戦 時間は少し遡る。 突き固めた雪の小山の中をくりぬき終え、山羊座は額に浮かんだ汗を拭った。4人が体を伸ばして休めるサイズのかまくらはとても大きく、そして立派だった。 山羊座は相変わらずの仏頂面で、しかし足取り軽くスコップをかたづけようとする。そのとき急に風が吹き始め視界を遮る。 遠くにアヤカシの気配を感じていた山羊座は、警戒は解かずに慎重にスコップをその場に置こうとする。 ばしん。と激しい音をたてて雪玉が山羊座の肩に命中し、砕けた雪が山羊座の視界を隠す。 飛んでくる雪玉の数は1つや2つではなく少なく見積もっても10。 宙に舞う雪が邪魔で狙いは甘くほとんどが山羊座から外れ、ときどきアヤカシらしきものに複数命中して瘴気が吹き上がる。 山羊座は表情を変えないまま雪玉を握り始める。雪を通り越してほとんど氷になるまで固められた雪玉は、彼の怒りを良く表していた。 「無事か? アヤカシの襲撃に気づけるよう雪玉を…おぶっ」 スノーボードを担いで走ってきた射手座の顔面に雪玉が命中する。 雪玉がとさりと音を立てて雪原に落ちると同時に、射手座は目が笑っていない満面の笑みを浮かべ雪玉の大量生産を開始する。 それから1分もたたずに、志体持ちの身体能力を大人気なく全力発揮した雪合戦が始まるのだった。 「山羊座様ー! 今援護に行くっすよー!」 「2人だけで楽しむなんてずるい♪」 かまくら周辺のアヤカシを討ち果たした2人が合流してくる。 「いっくぞー♪」 「背後からはひどいっす! 山羊座様、今合流するっすー!」 本人達の意図としては2対1対1かもしれないが、流れ弾もあるので実質的には単なる乱戦だった。 偵察のため寄ってきた小鬼も奇襲攻撃のため軽装で近づいて来た小鬼部隊も、飛び道具と術まで混じった雪玉攻撃による散っていくのであった。 ●バカンス 初日から手加減なしで遊んだのが良い囮となったらしく、外見だけジルベリア風の気がしないでもない単なる小鬼達の討伐は順調に展開した。 遊びの合間に討伐を行ったように見えたかもしれないが彼等も歴とした開拓者である。仕事に手を抜くことはあり得ない。 「もう少し急角度でも良いかな」 「山羊座様もどうっすかー?」 無論、仕事に手を抜かないことと遊びに手を抜かないことは両立する。 2日もかけず仕事を完了させた彼等は、それから後は全力で遊びに邁進していた。 「早くに帰ればいいのに…」 仲間のノリに染まりきれない山羊座は、恐ろしいほどに澄んだ青空を見上げてぽつりとつぶやく。 そんな彼がいるのは、最も勾配が急な坂の一番上にあるソリである。 「そんなこと言わないで。行くよー」 魚座が山羊座のソリを押すと同時に自分もソリで坂を下り始める。 「あっ、角度ミスって…ちょ…直滑降――っ?」 華やかな悲鳴が響く横で、山羊座は無表情で高鳴る胸を押さえていた。 |