鬼火が巣くう石碑の森
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/17 09:04



■オープニング本文

「親父の4代前の奴が造ったのか」
「馬鹿者、ご先祖様を奴呼ばわりする者があるか。いいか、5代前の御当主が大きく田畑を広げ、次の代でそれを基にして商いを始めたのが我が一族隆盛の始まりであり‥‥」
「くたばる直前に分不相応に大きな墓地を建てて、俺の代にまで残りそうな借金を残した馬鹿野郎だろうが。それに毎年かかる維持費のこと分かってるのかこの馬鹿親父。それに何が我が一族だ。うちはちょっと規模が大きいだけの自作農だ。爺さんも商売に失敗したときに見栄を張らず手放していれば良かったのによ」
 乱暴な口調で嘆きながら、青年は眉間に太い縦皺を刻んだまま書類を確認する。
「アヤカシが出ちまった以上は他に選択肢はねぇんだよ。墓を壊さないよう慎重にやっているうちに被害が出てみろ。村八分どころじゃすまねぇぞ」
 農作業で皮膚が分厚くなった指で筆をとり、書類に必要事項を書き込んでいく。
「親類連中とお袋、それに村長からも了解を得ている。墓に被害が出ても良いという条件で開拓者ギルドに依頼する。文句はねぇよな」
 文句があるなら強制的に代替わりさせてやる。
 態度ではっきり示された父親は、渋々うなずくしかなかった。

「鬼火(ウィルオウィスプ)が確認されたのは、人里から徒歩でしばらくかかる場所にある墓地です。成人男性以上の高さがある石碑や大小様々な石像が並んでいる場所ですので、見通しは効きませんし高速移動も難しいかもしれません。墓地内部には墓に見える物が複数あるという話ですが、完成後に様々な不祥事が発覚した結果、結局この墓地に埋葬された人間はいないそうです。そういう訳ですので蹴り倒そうが粉砕しようがどこからも文句は出ません」
 それは墓地ではないだろ、と内心で思う開拓者達を無視して係員の説明が続く。
「鬼火は飛行可能です。威力も高くなく射程も短いですが炎による知覚攻撃手段も持っています。確認されたアヤカシの数は10体ですが実際はそれより多い可能性があります。墓所内部には木製の品もありますので、火事だけは避けるようお願いいたします」
 火災が発生した場合、地元住民が糧を得る場である森が延焼で燃えかねないということらしい。
 係員は火事について繰り返し注意を促し、説明を終えるのだった。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
銀雨(ia2691
20歳・女・泰
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
クレア・エルスハイマー(ib6652
21歳・女・魔
不知(ib6745
18歳・女・シ
エリーゼ・ロール(ib6963
23歳・女・騎


■リプレイ本文

●火の用心
「俺はサムライのルオウ! よろしくなー」
 ルオウ(ia2445)が元気に声をかけると、出迎えに来た青年は深々と頭を下げた。
「話は伺っております。井戸はこちらです」
 青年は丁重な態度で開拓者達を村はずれへ導いていく。
 井戸につく頃には、村の規模から考えると不自然に豪華な墓地が遠目に見えてきていた。
「あれでしょうか」
 蒼エリーゼ(ib6963)が確認のため尋ねると、青年は自己嫌悪に近い表情を陽に焼けた顔に浮かべてうなずいた。
 見栄のため無意味に大きな墓地を残した先祖も、アヤカシが現れるまで惰性で存続させてしまった自分達も、情けなく思っているのだろう。
 エリーゼはそれ以上追求はせず、小さくうなずき返してからルオウに注意を促す。
「ルオウさま、足元にご注意下さいませ」
「ありがと」
 両手で抱えた大きな樽のせいで視線が遮られていたルオウは、エリーゼの言葉に従い進路変更して井戸の近くに樽を置く。
「いやー今回も綺麗なカワイ子ちゃん揃いだよなあ〜! ってまー実は女子とかねーのルオウっちよー男の娘でもいいんだがっ!」
 辛気臭い雰囲気を吹き飛ばそうとしたのか、村雨紫狼(ia9073)が明るい声を出す。
 青年は目を丸くして思考を停止させ、ルオウは聞き流して井戸から水を汲んで樽に入れ始める。
「不知たん、エリーゼたんを守るんだZE!」
「機会があれば当然そうするさ。けどエリーゼだって一人前の開拓者なんだ。過保護は失礼ってもんだぜ」
 不知(ib6745)はルオウの背から2つめの大きな樽を下ろしながら、ぶっきらぼうな口調でエリーゼへの信頼を表明するのだった。

●季節外れの肝試し
「さぁ、来い!」
 ルオウの咆哮が響き渡ると同時に、石碑の陰から、風雨にさらされた木材の合間から、朧気な炎が次々に姿を現してくる。
「精霊さん、エリーゼさんと不知さんの身を護って‥‥」
 柊沢霞澄(ia0067)が、美しすぎて生気が薄いようにすら感じさせる指で2人に触れる。
 霞澄が2人の上に構築した加護結界は強力で、一度だけではあるが鬼火の攻撃をほぼ完全に防いでくれるだろう。
「俺が相手になってやるぜぃ!!」
 美しい刀身を誇る殲刀「秋水清光」を手に、自身に向かってくる大量の鬼火目がけてルオウが駆け出す。
 刃を大きく一閃させると、3つのアヤカシを抵抗も許さず粉砕する。
 そのまま攻めればさほど時間をかけずに敵を殲滅できるかもしれないが、ルオウはあえて追撃をかけず仲間のもとへ後退する。
「私は左を」
 クレア・エルスハイマー(ib6652)は視界一杯に広がりつつある鬼火を前に、平静な声で提案する。
 朝比奈空(ia0086)は静かに首肯し、攻撃態勢に移行し初雪のような白燐に包まれることで返事とする。
「いきますわよ。‥‥我解き放つ絶望の息吹!」
「吹雪よ――薙ぎ払え」
 黄金の蛇で彩られた霊杖と、霊糸で織られた千早の袖が起点となり、厳寒期のそれをはるかに上回る吹雪がこの世に現れる。
 一部重ね合わせるように放たれた吹雪は一切の死角を持たず、ルオウの誘導により不用意に近づいてきた鬼火達に襲いかかる。
 瘴気によって生まれた不浄の炎は、穢れを許さぬ凍てついた風により一瞬で吹き消された。
 破壊はアヤカシだけでは終わらず、長い年月風雨に耐えていた石碑が砕かれ、小石へと分解されながら宙に舞っていく。
「行きますわよ」
 吹雪で視界が白く染まったままなののも気にせず、エリーゼが長大な騎兵用剣を手に前進を開始する。
 わずかに遅れて不知が、狭い場所での戦闘に向いた武器を手にエリーゼを援護しつつ前進する。
「もう少し右、はい、そこです」
 瘴索結界の効果範囲ぎりぎりで捕捉したアヤカシの位置を、霞澄がエリーゼに伝えてその進路を誘導する。
「逃がさない」
 最後の数歩分をスタッキングで距離を詰め、可燃物に炎の体をなすりつけるようにしてルオウに向かっていた鬼火に対し、ロングソードを振り下ろす。
 中心近くを刃が貫くが、多少炎の勢いが弱まった程度で動きに変化はない。
「我は射る魔滅の矢!」
 クレアが放った聖なる矢がエリーゼの脇をかすめるようにしてアヤカシに吸い込まれ、その生命力を削る。
 アヤカシの反撃はクレアではなくエリーゼに向き、その白い肌を焼こうとする。
 が、エリーゼは一歩も引かずに鬼火をその場に釘付けにし、続けざまに剣を振り下ろし鬼火を刻んでいく。
「手を出すべきか出さざるべきか、それが問題だ、ってね」
 新人に手を貸しすぎるのも問題かなー、と思いつつ待機していた紫狼の背が、つんつんと突かれる。
「出番?」
「じゃねーよ。暇なら樽を見ていてくれ」
 足下に置かれた大樽を指し示す。
 ほぼ限界まで水を注がれた樽の側面には、赤で大きく破損時要弁償と書かれていた。
「せちがれーなおい」
 思わずつっこんでしまう紫狼に対し、ルオウは軽く肩をすくめ、油断無く戦場を見渡し不測の事態に備えるのだった。

●引っかかったアヤカシ達
「向こうはもう始めたか」
 銀雨(ia2691)は墓地の一角で顔を上げ、手に持っていた可燃物を一つにまとめて足下へ置いた。
「さぁーて、咆哮が取りこぼしたのはいねーかな、っと」
 造られた当時は立派だったであろう石像が目の前に林立している。
 小型のアヤカシが隠れていたなら探し出すことは困難な地形だが、銀雨に焦りは全く無かった。
「捜す‥‥、までもねーか」
 晴れた日の昼ならともかく、今日のような薄曇りの午後なら鬼火が発する光は目立つ。
「逃ィげンじゃねーッ!」
 己の腰ほどもある石像を蹴倒し、ずんぐりした大型の石像を飛び越え、銀雨はお椀を伏せたような形の石像に引っ掛かっていた鬼火に手を出す。
「うぁ熱ちちちちちちち」
 拳に巻かれた布を通して強烈な熱が感じられたが、銀雨は眉をしかめただけで動きに遅滞は全く無い。
「熱ちぃじゃねーかンーにゃろーッ!」
 鬼火を石像ごと殴りつけ、石像ごと砕いて壊していく。
「ふぅ」
 大型の石像の形がすっかり変わるころには、鬼火はとうの昔に限界を超えて崩壊していた。
「ん?」
 気配を感じてとっさに振り向くと、そこには石像の間に入り込んで突きを放っている不知がいた。
「咆哮の効きが悪かったか?」
「最初から引っ掛かっていた」
 アッパーカットで不知が鬼火を上に放り出すと、鬼火はルオウがいる場所に向かおうとする。
 が、銀雨が素早く回り込んで距離を詰め、たくましくそれでいて美麗なラインを持つ足で蹴りを放つ。
 不知に散々痛めつけられていたアヤカシはそれ以上の攻撃に耐えられず、炎と瘴気を同時に霧散させて息絶えた。
「ここにはもういねーだろうな‥‥?」
 複雑な地形を早駆で一気に飛び越え、不知は周囲を確認する。
「もう一度咆哮の出番か?」
 銀雨が己の胸の前で腕を組んでうなると、それが聞こえたのか紫狼の咆哮が高らかに響く。
「うおおー銀雨たんの下チィッ?」
 スパンという景気の良いツッコミ音と共に、紫狼の叫びは強制的に中断させられた。
 セクハラ駄目。絶対。
 銀雨と不知は、そんな幻聴が聞こえた気がした。

●消える墓場
 空は静かに歩みを進める。
 進行方向に位置する空を邪魔と感じたのか、生き残りのうちの1体が連続で炎を放ってくる。
 しかし空に影響を与えることはできず、炎は空しく大地を暖め消えた。
「可燃物があったら酷いことになってたかもな」
 炎が消えたことを確認したルオウが小さく息を吐く。
 勢いよく火を出した状態で可燃物に接触すれば、それだけで火が燃え移るのだ。
 もし鬼火に獣並の知恵があるなら、このあたり一帯を燃やされて不利な戦いを強いられていた可能性があった。
「これで仕舞いかー」
 防御に徹するというより鬼火を痛めつけつつとどめを刺さなかった紫狼が、薄い朱色の双刀で鬼火を押し出す。
「我は射る魔滅の矢!」
 射線が通ると同時にクレアが放ったホーリーアローが、信じられないほどの不運によって、アヤカシにとっては幸運によって、アヤカシを滅ぼしきれずに地面に命中する。
 だが不運も幸運もそうそう連続するものではなく、クレアに続いて空が放ったホーリーアローが、鬼火を一撃で吹き飛ばす。
「この墓地に葬られるのは人間ではなく、お前たちアヤカシか」
 エリーゼの全身に力が入り、上から下へと強引に剣を振り下ろす。
 最後に残っていた鬼火は中核部分を断たれ、体を構成する瘴気を失い小さくなり、消えた。
 エリーゼのロングソードは墓にしか見えない石碑の基部をたたき割っており、本来なら骨壺が入っているはずの空間が見えていた。
 古く豪勢な、結局使われなかった虚飾の墓。
 剣の汚れをぬぐい鞘に納めたエリーゼは、耐えられないほどの醜悪さを感じていた。
「大丈夫、ですか‥‥」
 霞澄が水で濡れた包帯をエリーゼの火傷に触れさせる。
「はい。大丈夫です」
 傷の痛みと爽やかな冷たさ、それになにより霞澄の気遣いが、エリーゼの心にさしていた影を消していった。
「もったいねぇ。これ、吹雪がもう少し逸れていたら飯代くらいにはなったのに」
 花飾りや木製細工やその残骸が集まった一角を調べていたルオウが、心底残念そうに嘆く。
「最初の攻撃では手加減しませんでしたから」
 ルオウの手元を覗き込みながら、空がぽつりと呟く。
「こういう類の物は、あまり壊すなと口煩く言われるのも良くある事なのですが」
「もし言われていたらと考えると、ぞっとしますね」
 クレアは樽の水が撒かれてしっとりと湿った戦場跡を見、胸をなで下ろす。
 戦闘前は墓場であった場所が、今ではゴミ置き場にしか見えなくなっている。
 これでは仮に墓地を修復するのだとしても、一度は更地にするしかないかもしれない。
「柊沢、ありがとう」
 不知はぶっきらぼうな口調で霞澄に対し深々と頭を下げた。
 鬼火を倒す過程でいくつも傷を受けていたのだが、霞澄の閃癒によって完全に癒されたのだ。
「はい。喜んでいただけたら、それで‥‥」
 はにかむ霞澄に対し、不知は態度で感謝を表す。
「さて、夜になっちまう前に帰ろうぜ」
 銀雨が空を指さし皆を促す。
 夕日を浴びながら、開拓者達は虚飾の残骸を後にするのだった。