【城】流れ込むもの
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/11 04:55



■オープニング本文

●流れ込むもの
 限界を超えて水かさを増した小さな池から、隙間無く構築された水路を通り水が流れ落ちていく。
 水が流れる先は巨大な窪みだ。
 陽光に熱せられた石造りの窪みは流れ込む水を蒸気に変えていくが、やがて冷やされて水をため込んでいくことになる。流れ込む水の量は短時間で人工の湖を満たすほどではないが、昼間蒸発し続けても水面が残る程度の水量は確実にあった。
「人数が足りない?」
 人工湖の前で作業員達に点呼をとらせていた現場監督が聞き返す。
 彼の目つきは控えめに表現しても殺気立っており、報告を行った作業員は恐怖で顔を強ばらせていた。
「は、はい。最近雇われた若ぇのが2人。昨日の晩飯のときには見かけたって話です」
「出発予定時刻までに探し出せ」
 端的に命令する。監督の威圧感に追い立てられるようにして作業員が散っていくが、報告を行っていた者は必死に食い下がっていた。
「し、しかしここでたった2人を探し出すのは無茶です。知恵のあるアヤカシに連れ去られでもしたなら痕跡は残っていないでしょうし、自分から隠れたなら見つけるのに何日かかるか分かりません!」
 縦横それぞれ半キロメートルに達する資材置き場には、一時的に備蓄量が減っているとはいえ食料もあり隠れる場所はそれ以上にある。人の出入りが激しいため紛れ込むことも比較的容易であり、何より水が豊富にある。ここに定住したくなる気持ちはこの作業員にもよく分かっており、積極的に2人を狩り出す気にはなれなかった。
「ここの領主に慈悲が期待できると思ってるのか?」
 監督は強面の仮面を外し、理知的な顔立ちに深刻な表情を浮かべ小声で話しかける。
「人気取りどころか偽善すらしない奴だというのは君も知っているだろう。同じ釜の飯を食った奴が無残に殺されるのを座視する気がないのなら、今の内に連れ戻す他ない」
「しょ、承知しました」
 ようやく現状を把握した作業員は全力でその場から駆け出すのだった。

●声
「兄貴、本当に大丈夫なの?」
「開拓者様が関わってるのに無茶なことなんて出来ねぇよ。このまま居座って最初の住民になってやらぁ」
 ぼろをまとった2人の少年は捜索から逃れることに成功し、巨大な資材置き場を住処にしている。



●依頼票に記載された情報
・目的
 最終目的はアヤカシが占拠する地域に城を建てることです。場合によっては城完成後の保守管理が開拓者に任されるかもしれません。
 アヤカシの討伐、現地の調査、移動や長期調査を容易にするための拠点整備など、最終目的に近づくための結果を少しでも出せれば、その時点で依頼は成功となります。

・現状
 水場を含む城の建設予定地付近の安全を確保すれば、開拓者がいない時でも工事を進めることが可能です。
 前回のアヤカシ討伐の直後に大勢の作業員が動員され工事が進みました。今は工事が細々と進められており、砂漠外から資材や食料品などの物資の運び込みが主に行われています。
 城の新築に関しては、水場を囲い込む形で大規模化の傾向が強まっており、工事期間と必要資金の増大が予想されています。細部は決まっておらず単なる城になるかは、今後の開拓者の活動によって決まるでしょう。

・現地状況
 直径数十キロに達する、だいたい円形の砂漠地帯です。
 気候は厳しく、日光と暑さと夜間の寒さへの対策を行っていない場合、思ったように動けないかもしれません。
 中心付近に半壊した古城が存在し、そこから数キロ離れた場所に水場と巨大資材置き場兼防御施設が存在し、水場から砂漠の外に向かって転々とストーンウォールによる目印兼風よけが続いています。
 水場から大量の水が溢れ出して池が出来ました。軽く煮沸するか濾過すれば飲用水として使用可能で、当然農業にも使用可能です。溢れた水は人工湖に流れ込んでいます。
 砂漠の端から目印に沿って資材置き場まで赴くのであれば、非志体持ちの護衛をつければなんとか無事に移動できるようです。
 開拓者が近くにいる際には、半壊した古城から使える資材を抜き取る作業が行われます。地下部分の調査は今の所あまり進んでいません。瘴気の濃度が濃いことは判明しています。


・確認済みアヤカシ
 砂人形(デザートゴーレム)。砂漠で登場する、全高3〜4メートルの、砂漠から上半身を出した巨人風の形状のアヤカシです。人間には劣るが比較的高めの知性、砂に紛れやすい体色、顔に埋め込まれたコアを破壊されない限り復活可能という面倒な要素を多数持った相手でもあります。 場所によっては数十体まとめて登場します。

 凶光鳥(グルル)。希に飛んできます。高速と高い命中力が特徴ですが、能力全体が高く射程40数メートルの怪光線まで飛ばしてきます。

 怪鳥。0.5〜1メートルの鳥型アヤカシです。全体的に能力は低く、知性は鳥並みです。全域で登場する可能性があります。超遠距離では凶光鳥と見間違う可能性が少しあります。

 小鬼(ゴブリン)。強力なアヤカシの群にひっそりと混じっていることがあります。

 狂骨(スケルトン)。古城調査中に現れました。工事や開拓で遺跡等を掘り当てた場合、ついでに現れる可能性があります。

 巨人。アル=カマル風の外見をした鬼です。

 巨大な骨型アヤカシ。古城跡に現れました、がしゃどくろだったかもしれませんが、詳しく調べるより早く倒されたので詳しいことは分かっていません。

・城建設
 資材置き場への資材運搬が、早朝から日没寸前まで毎日行われています。現在、資材の備蓄はかなり少なくなっています。
 アヤカシの掃討が行われた後は基本的に工事が早く進みます。今回は掃討を大々的に行っても大規模な工事を行うための資材が足りないかもしれません。
 出発前に声をかければ、有力な職人や技術者が手下を大勢引き連れて開拓者に同行します。余程無茶な指示を出さない限り、開拓者の意向に沿った工事を行います。
 今の所、水場の近くに人工湖を建設し、水場と人工湖を囲む形で城または城塞都市を建設する方針になっています。
 人工湖の底には傾斜がつけられていて、面積にして3分の1程度の水が溜まっています。人工湖の工事は現在も継続中です。

・農業
 大量の肥えた土が資材置き場に搬入されました。現在どのような作物が栽培可能か試行錯誤している最中です。椰子の木が10程度、水場の近くに移植されました。昼間涼むには最適の場所かもしれません。試験的に牧草が植えられた場所があります。面積は大きくても生えている草の密度が低いため、注意しないとらくだ等に食い尽くされてしまうかもしれません。二十日大根は常時食べられます。

・その他
 武器防具と練力回復アイテム以外であれば、余程高価なもので無い限り希望した物全てが貸し出されます。建築や工事目的で使用する者に限り、練力を5回全回復させられるだけの練力回復アイテムが無料で支給されます。


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
エラト(ib5623
17歳・女・吟
アムルタート(ib6632
16歳・女・ジ
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂


■リプレイ本文

●消える前の業火
「お待たせしました」
 外が見えない馬車から降りた玲璃(ia1114)が最初に目にしたのは、緑豊かな森の中にたたずむ館だった。
 場所はよく分からない。精霊門を通ってからアル=カマルの主要都市に移動し、そこで豪華な馬車に乗せられてから約2時間揺られてここに来た。周囲に目をやっても、目印となるような地形は木々に隠されて全く見えない。余程位置を知られたくないのか、霊騎の環の同行は認められず環は開拓者ギルドで留守番する羽目になっていた。
「静かな場所ですね」
 小鳥のさえずりや風が枝を揺らす音しか聞こえない。
 玲璃を案内してきた黒服も、馬車を引いてきた体格の良い2頭の馬も、何かを恐れるかのように息を潜めている。
「こちらです」
 黒服は完璧な礼儀正しさを保ちつつ頭を下げる。相手が言えないことを理解し、玲璃は誘導に従って正面から中に入る。
 最初に感じたのは、あり得ないほどの暖かさだった。
 暖炉か何かで大量の薪を燃やして得られる暖かさではない。温度、湿度、空気の流れの全てを完全に整えることで初めて実現する、春の暖かさだった。
 この環境を整えるためにどれだけの財が費やされているか、想像もできない。
「ここからはお一人でお願いいたします」
 案内の黒服は、人間味の感じられない守衛の前で立ち止まり何の変哲もない扉を指し示す。守衛と黒服は符丁を交わしあって互いを確認すると、玲璃に一礼してから扉から離れ静止する。
 その様はまるで彫像のようで、忠誠心による行動と称すにはあまりに畏服が過ぎていた。
 玲璃が手を触れると扉は音も無く内側に開いていく。室内は柔らかな色彩の壁紙と毛の短い絨毯で飾られており、調度品は少なく質素な印象が強かった。
「天儀の開拓者、巫女の玲璃だな」
 安楽椅子に座りその上から毛布をかけられた男が、痩せこけた顔を玲璃に向けていた。
 目には強烈過ぎる精気が溢れているが、その体からは死の臭いとしか形容できないものが漂っている。
「儂はナーマ・スレイダン。礼を言う。本来ならば儂が出向くべき所を来てもらったのだからな」
「面会に応じてくださり感謝しております」
 礼儀正しく応じながら、玲璃は内心驚いていた。
 依頼人の言葉には愛想というものが欠片も存在しないが、悪意も一切感じられない。それどころかかすかに感謝らしきものまで感じられる。面会するだけでも凄まじい苦労が必要と覚悟していた玲璃としては、拍子抜けに近い感覚を味わうことになっていた。
 もっとも、依頼人側から見れば玲璃を冷遇する理由がないのだ。身元は確かでこれまで何度も依頼をこなし、その上依頼人を否定することが水源の崩壊に繋がる策までもたらしたのだ。依頼人が現在最も評価している人間は玲璃であり、玲璃が何かを願えば大抵のことは叶えられるだろう。
「城建設に関し貴方様のご希望をお伺いしたく参りました」
 相手が社交辞令を好まないと判断し、玲璃は即座に用件を切り出した。
「城は千年後に儂の名を残すための手段だ」
 依頼人の声には気負いは感じられず、地に足のついていない夢を語る浮ついた感じも無い。
「では」
 玲璃はプレゼンテーションを開始する。
 移民を受け入れる際に、依頼人の姿と名を讃える要素を含んだ公共事業への参加を義務づけ、己の故郷への誇りと依頼人への敬意を混同させ定着させる案であった。
「1年前なら全面的に採用したのだがな」
 血色が良くない顔に、一瞬だけではあるが悔しさが滲んで消えた。
「それ故の隠棲ですか」
「察しが良くて助かる」
 依頼人は不気味に響く咳を数度してから、眉間に刻みつけられた皺を自分の手で揉んだ。
「もって今年の夏までだ」
 依頼人に後継者はいない。死後も己の意を実現するための手は打っているとはいえ、影響力が低下することは避けられないだろう。移民の心を掌握できたならなら理想的な展開になるだろうが、誘導するための時間が足りない。少なくとも依頼人はそう判断していた。
「無茶をおっしゃる」
 どれだけ権力と財があろうと時間が無ければ出来ることは限られる。玲璃は穏やかな態度を崩すことは無かったが、前途の険しさに頭を抱えたくなっていた。
「無理とは言わぬのだな」
 依頼人は長く息を吐き、目を閉じてしばしの眠りに落ちる。
 邪悪な金の亡者と知られる男の顔には、笑みに見えるものが浮かんでいた。

●通常業務
「あーあ。今回はわくわく城探索はお預けね」
 鴇ノ宮風葉(ia0799)は面白く無さそうな顔を砂漠に向けていた。
 背後では管から出た三門屋つねきちが現場監督と引き継ぎ作業を行っている。
「委細承知した。その2人のことも任せるがいい」
「頼みます」
 現場監督は深々と頭を下げてから、数十人の部下を引き連れて帰還していく。彼等と入れ替わりで来た新たな現場監督以下ほぼ同数の集団は、巨大建築のための基礎工事の準備を進めることになっている。
「お嬢、聞いたな?」
「人数が足りない、ね…新手のアヤカシなら面白いんだけど」
 気乗りがしない様子の風葉に対し、つねきちはふんと鼻を鳴らしてから冗談を飛ばす。
「アヤカシ? 男好きのアヤカシがハーレム作りに浚ったとか言いたいんかぃ」
「あ、それ面白いわね」
 好奇心にきらきらと目を輝かす風葉に、つねきちは力なくうなだれた。
「お嬢に冗談は通じんの…」
 疲れた視線を砂漠に向け、軽い足取りで見回りを始めた風葉について移動を開始する。
 風葉は瘴索結界を常時使用して奇襲に備えながら、ときおり立ち止まっては瘴気を回収して瘴気濃度を調べると同時に練力の回復を図っている。その際にはつねきちが狐の早耳を使いアヤカシの襲撃を警戒している。
 時折砂の中から大型アヤカシが現れたり太陽を背に高速飛行アヤカシが襲いかかってくるが、長射程大威力の術を実質的に回数制限無しで使える風葉に少数で向かって行っても無為に滅ぼされるだけであった。
「大物、狩り尽くしたのかしら」
「デザートゴーレムは単体でも強敵じゃからな! 絶好の条件で待ち受けて遠距離から一方的に攻撃しているから楽勝なだけじゃぞ」
「はいはい」
 返答は不真面目でも風葉に油断はない。緊急時に即応出来る程度に力を抜き、油断無く周囲を警戒しながら瘴気濃度を地図に書き込んでいく。
「元城周辺が濃くて水源周辺が薄い。けど水源の濃度が微増傾向?」
 脳裏に十数の仮説が浮かぶ。しかし風葉は即断を避け、地道な情報収集を続けていくのだった。

●通常業務2
 高空から一気に地面すれすれまで降下し、エラト(ib5623)が夜の子守唄でアヤカシのほとんどを無力化する。
 辛うじて意識を保ったアヤカシは、ほぼ水平に飛んで距離を詰めてきたたアムルタート(ib6632)により接近戦を挑まれ、意識と行動をアムルタートに集中したころで死角から巨大な鷲獅鳥に加速と自重で襲いかかられる。
 万が一それに耐えられたとしても、止めに灰色の破滅がもたらされる。
 朽葉・生(ib2229)が使用したグエリアッシュは、傷ついたアヤカシを確実に瘴気へ戻していく。
 残ったアヤカシの処理は作業も同然だ。
 強い個体が混じっていれば生が術で止めを刺し、そうでなければアムルタートが鞭で潰し朋友達が爪や牙で手際よく屠っていく。
 そうしている間も鳳珠(ib3369)が使う瘴索結界「念」によって徹底的な索敵が行われ、位置を特定された砂中のアヤカシは逃げることもできずにその場で処理されていく。
 ここに来てから数度目の出撃を終えた開拓者のうち、アムルタートと鳳珠は水場の近くにある小さな農場に向かい、エラトと生は途中で中断していた工事を再開する。
 数十人がかりで大規模な足場を組み大量の工具を駆使して岩に水路を刻む代わりに、細腕に持ったつるはしのみで水の通り道を確保したエラトは、専門技術が必要となる仕上げを技術者に任せて休憩所に向かう。
「アギオン?」
 背後で妙な動きをしていた騎龍に呼びかける。
 駿龍のアギオンはご馳走を目の前にした子供のようにそわそわとして、首を伸ばして何かをみつめていた。
「そちらの工事はかなり進んだそうですね」
 巨大な陣地兼資材置き場の入り口から生が姿を見せる。
「監督さんが喜んでいましたよ」
 正確に表現するなら、工事の加速を喜んではいたが作業の割り当ての変更や新たに必要となった機材の発注に頭を抱えてもいた。
「はい」
 エラトは穏やかな表情で満足げにうなずき、朝この場を後にしたときには感じられなかったものに気付く。
「水を撒かれたのですか?」
 水場からも人工湖からも距離があるこの場は空気が乾ききっていた。しかし今は水の気配が感じられる。
「案内しましょう。そちらの駿龍は…」
 アギオンの視線は清潔な藁でつくられた龍用の寝床に釘付けであった。開拓者と共に安全を提供してくれる龍達に対し、技術者や作業員が感謝を形にした結果である。
「休んでいて構いませんよ」
 主の許しが出た直後、アギオンは嬉々として寝床に潜り込み、陰を通って冷えた風を楽しみながら目を閉じる。
 龍の寝床は1つだけではなく、離れた場所にある寝床では生の駿龍であるボレアが過酷な作業の疲れを癒していた。
「陣地内に居住建築物を建てたのです。私が担当したのは壁だけですが」
 狭苦しい天幕や寝袋での生活はもううんざりだったらしく、生の助力を受けた現場監督以下数十名は全力で工事を行った。床も屋根も、石組みの風呂から水を引くための管まで、驚くほど短い時間で完成させていた。
「あっ」
 陣地内を数分歩いて目的地に到着し、エラトは思わず声をあげてしまっていた。
 天窓から差し込む光が、白い大理石製の風呂に蓄えられた水をきらめかせている。
「城の内部に設置する物の小型模型を兼ねているそうです」
 2人は汗と砂を暖かい水で洗い流し、次の作業に備えるのだった。

●農業
「これが陰殻西瓜の種」
 ごくりと唾を飲み込んだ農業技術者が震える手を伸ばし、しかし途中で涙を呑みつつ動きと止めてしまう。
「寒暖の差が激しい場所でも生育可能な種です。ここの農場での栽培は可能でしょうか?」
「確かめて見なければ分かりません」
 農業技術者は、悔し涙さえ浮かべて首を左右に振った。
「しかし、大々的に確かめる訳にはいきません。他所の名産品を作るというのは危険過ぎます」
 考え過ぎかもしれない。
 だがこの地の領主は周辺諸勢力との仲が悪く、産地の関係者が反応を示さなくても自発的に横やりを入れてくる可能性がある。依頼人本人が積極的に推し進めているならともかく、雇われの農業技術者が栽培を決定することはできないのだ。
「そうですか」
 未練を感じながら鳳珠が種を引っ込めようとしたそのとき、農場の外から高い声が聞こえてきた。
「ヤシの実を採り尽くしたのはどこのどいつだ〜」
 鷲獅鳥も一緒になって怒っているらしく、激しい羽ばたきの音と迫力のある鳴き声まで響いていた。
 鳳珠と技術者は思わず顔を見合わせる。鳳珠はあまよみによる精確な天気予測を伝えてから、鷲獅鳥がたてる大きな音を頼りに移動を開始した。
「畜生! 開拓者がこんなに荒っぽいなんて聞いてねぇぞ!」
 鷲獅鳥の向かう先には、転げるように逃げる2つの人影があった。駿龍の光陰が主人を背中に乗せ、器用にほとんど音を立てずに人影の前に滑り込む。
 急停止して呆然と光陰と鳳珠を見上げる2人の背後に、じっとりとした視線を向けてくる鷲獅鳥が着陸する。
「食べ物の恨みは〜うん?」
 へたりこむ2人、大きな側は青年期に入ったばかり、小さな側は少年期の終わりに見えるよく似た2人組を近くで見たアムルタートは、現場監督から聞いていた話をようやく思い出すことに成功した。
「今の状態で住んだら危ないよ? もう少しちゃんと整ってからにしようよ!」
 天真爛漫な笑みで説得する。
 アムルタートを肩に乗せたイウサールも同調してうなずく。
 が、先程まで怒りに燃える主従に追い回されていた兄弟は素直に受け取ることはできなかった。
「う、うるせぇ! 無理にでも住み着け続けりゃチャンスがあるんだよ。ここの領主にガキはいねぇんだ。相続のごたごたが起きるまで待てば…」
「悪いけど、依頼主にはあんたらの生死を気にしろなんて言われてないのよ」
 その言葉が何を意味しているか理解するよりも早く、兄弟の全身の毛が逆立ち大量の冷や汗が吹き出る。
 声がかけられた方向におそるおそる目を向けると、そこでは風葉がにこやかーな笑みを浮かべていた。笑顔で、目が笑っていないなんてこともないのに、本能が警告を発しているのだ。逆らえば楽には死ねない。絶対に抵抗するな、と。
「お嬢、性格が悪いの。お主ら、悪いようにはせんけぇ、早く戻りぃ」
 殺気を出さずに実力だけで威圧する主をやんわりと諫め、三門屋つねきちはしっしと前脚を振って兄弟を追い払う。悲鳴だか礼の言葉だか分からない音を発しながら、2人は砂漠を渡るための目印がある方向へ全力で駆けて行く。
「ここからが面白い所だったのに」
「やめんか」
 符を器用にくるくるまわす風葉に前脚でツッコミを入れてから、つねきちは管に戻る。
「はいはい。…もう少し人手がいたら城に行けたのかしらね」
 未練がましい視線を城跡に投げかけてから、風葉は見回りを続けるのだった。

●帰還
 開拓者達は1週間程滞在してから帰路についた。
 戦い慣れた場所で戦い慣れた相手と戦ったため、戦闘による消耗は極めて小さかった。
 だが夜の厳しい寒さと昼間の強烈な日差しは容赦なく心身を痛めつけ、最大限の対策を行っていた鳳珠を除く全員が不調を感じる状況になってしまっていた。
 エラトに付き合って報告書をまとめながら、鳳珠は耐寒耐暑のための装備の必要性を報告書に記載していった。