アヤカシしっと軍団
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/04 01:42



■オープニング本文

「年末年始にいちゃつくカップルを見ると苛つきません?」
 真面目な顔でろくでもないことを言い出した開拓者ギルド係員から視線が外され、係員の上司が減給の手続きを開始する。
「実は私もそうなのです」
 お前だけだこの馬鹿野郎、という声が聞こえてきそうな状況なのだが、係員は一切空気を読まずに話を続ける。
「しかし苛つきを顔に出していたら仕事でも家庭でもうまくいかなくなりますし、腹に溜めておくと性根がねじ曲がりかねません」
 明らかに性根がねじ曲がっている係員は、自分のことを棚に上げて調子よく語る。
「そこで一計を案じてみました。恨み辛みや妬みとかを込めて走ってみませんか?」
 走るコースは恋愛成就の霊験があるとされる神社の参道だ。
 この係員のような非志体持ちは迷惑料込みで神社にいくらか払わなくてはならないが、開拓者が参加すれば警備の報酬が支払われる。
「走る際の服装の制限はありません。男性が貴婦人に扮するのも女性が男装して参拝客の仲を引っかき回すのもアヤカシに扮するのも問題ないですが、洒落で済む程度の騒ぎでおさまるよう気をつけて下さい」
 公序良俗に著しく反した場合、この馬鹿依頼を企画した連中ごとお縄につくことになる。言うまでもなくその中にはこの係員が含まれている。
「ここからが本題になります」
 係員は軽く咳払いをしてから表情を真面目なものに切り替える。
「理由は全く分かりませんが、参道付近では毎年年末にアヤカシが出現しやすいらしいのです。今までは神社の敷地内には出なかったそうですけど、街から神社に続く道では定期的に被害が出ています」
 これまでは一度に出現するのは弱めの小鬼1体かそれより弱いアヤカシであり、非志体持ちの警備を数名おいておけば全く問題がなかった。しかし万一小鬼より上のアヤカシが出現すれば惨劇が展開されかねない。
「そういうわけですので、仮装をする場合でも戦闘できる状態でお願いします。また、お子さん連れと既婚者には手を出さないようお願いしますね」
 説明を終えた係員が席を立つと、2人の警備員が係員を両側から拘束し、そのままギルドの奥へ連行していく。大量の反省文を書かされた係員が解放されたのは、日付が変わってからだったそうだ。


■参加者一覧
小伝良 虎太郎(ia0375
18歳・男・泰
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
利穏(ia9760
14歳・男・陰
リリアーナ・ピサレット(ib5752
19歳・女・泰
嶽御前(ib7951
16歳・女・巫
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎


■リプレイ本文

●ぼくらしっと軍団
「男なんてぇ!」
「女なんぞぉ!」
 ひたすら非生産的な声をあげながら、老若男女からなる集団が参道を疾走する。
 大金持ちらしい着飾った女や渋い美形中年、公的機関で高位の役職についている武士など色とりどりにもほどがある面々が含まれているのだが、ただ1つだけ全員に共通する要素があった。
 隠しても隠しきれない駄目人間臭が漂っているのだ。
「うわー…皆凄い気迫だね」
 小伝良虎太郎(ia0375)は悪意の全く存在しない、純粋な驚きの視線を向けていた。
「ええ、戦場でも通用する水準の気迫です」
 リリアーナ・ピサレット(ib5752)はきらりと伊達眼鏡を光らせてコメントする。しかしすぐに寂しさを感じさせる表情を浮かべ、己の横を走る虎太郎をじっと見つめた。
「虎太郎、折角の逢い引きですのに、わたしに目を向けてくれないのですか?」
 その瞬間周囲から吹き付けてきた殺気に、虎太郎の虎柄尻尾の毛が激しく逆立った。
「そ、そうだね。」
 少し上の視点から向けられる優しげな視線に、虎太郎の頬がわずかだが熱を帯びる。間が持たず、必死に頭を使った虎太郎はある話題を口にした。
「荒鷹陣ってどう思う?」
 荒鷹陣(あらぶるわしのポーズ)。
 どう考えてもデートの際の話題ではないが、リリアーナは真面目な顔でうなずいた。
「わたしくにとってはこうですね」
 白い鳳が刺繍された泰服に包まれた肢体が舞うが如く体全体で回転しつつ羽扇を掲げ、一瞬で荒鷹陣の構えをとり、数瞬静止した後再び走り始める。
「そんな解釈があったなんて」
 くわっと目を見開いて感嘆する虎太郎。
「おいらはやっぱりこう!」
 白虎の泰服に包まれている若く荒々しい肉体が、驚くべき速度と精密さで荒鷹陣の構えをとり、リリアーナと完全に同一の時間だけ静止し再び走り出す。
 両者とも大勢の人間に囲まれて走っていてこれだけ大きな動きをしているにも関わらず、他者の進路を妨害したり足を止めさせたりしていない。
 泰拳士としての磨き抜いた業を発揮した結果であった。そんな2人に、しっと集団から厳しい視線が向けられていた。
「ぐぬぬぬぬ」
「距離が近くっ、雰囲気も柔らくなっておるぞっ」
「あ、あまずっぱく眩しすぎて目が、目がっ」
 良い雰囲気の2人にあてられた面々は、次々と駄目人間の遠距離走から脱落していく。
「みなさん」
 菊池志郎(ia5584)は涙をこらえるように目頭をおさえてから、どうにか笑顔をつくってしっと集団に対し語りかける。
「想像して下さい、恋人なんていても大変なだけですよ。一緒に出かけるのにお金はかかるし、今まで趣味に使っていた時間を全て捧げないといけないんですよ」
 志郎の口から妙に実感のこもった言葉が溢れ出す。
 秘蔵のコレクションを捨てられて心に致命傷を負っても笑顔で許さないといけないとか、基本が出来ていないのにアレンジを加えた結果出来上がった非食料を料理として食べないといけないとか、膨大な数の現実感がありすぎる事例が次々と出てくる。
「どうですか、むしろ時間とお金を自分だけに使える今が、とても有難い状況じゃないですか。もっと一人の時間を楽しみましょう!」
 半ば以上を真実が占めているだけに否定しづらく納得してしまい易い、ある意味アヤカシよりタチが悪い説得であった。
 言っている本人がダメージを受けつつ行った説得は、暴走しかけたしっと集団を落ち着かせることに成功する。
 が、全ては遅すぎた。
 彼等の行く手に巫女が現れたのだ。その巫女がただ美形だったり、ただ清楚可憐だったり、ただ妙な色香があるだけならしっと集団ご一行も眼福眼福と目で楽しみながら通り過ぎるだけだっただろう。だが巫女服をきっちりと着込んだそれが浮かべているのは、大切な相手を思いやる慈愛の表情だった。
 巫女の目の前にいるのは体格の良い1人の修羅。
 見習いの服に見習いの靴という新米開拓者そのものの服装をしてはいるものの、頑健な肉体と良く発達した筋肉に少しの異常も見逃さない鋭い目つきは、豊かな将来性を感じさせる。
「こ、これは作戦なのだ!あくまでアヤカシをおびき寄せるための…ッ」
 もっとも現在彼、ラグナ・グラウシード(ib8459)が浮かべているのは狼狽の表情であり、口から出ているのは本人が内心だけで言っていると思っている言葉だ。
「ラグナさん?」
 巫女姿の利穏(ia9760)が心底心配してラグナに歩み寄る。
 利穏本人にその気は全く無いのだが、中性的金髪碧眼美少年の利穏が本職並みの着こなしをしてこんなことをすると、頼りがいのある騎士に無意識に惹かれつつ清楚な巫女にしか見えなかった。
「憎しみでひとが殺せたらっ!」
 しっと集団から物理的な圧力すら感じられそうな気配が吹き出す。
 集団がまき散らしているのが殺気なのかあるいは瘴気なのか、もはや誰にも分からない。
「ねえリリアーナさん。ステゴロって流派の名前?」
「広義ではそうかもしれませんね」
 拳を突き出す動作だけで空気を鳴らしたリリアーナが、優雅な動作で羽扇を構える。
「最近は新規スタイルの開拓にも力を入れておりまして。たとえば…」
 切れの良い動きでリズミカルに踊る様に体を動かしつつ、ハイキックからの連環腿を繰り出す。
 これぞ樹理穴闘姫踊。
 過去にリリアーナが出会った踊りを元に発展させた武術である。
 蹴りはしっと集団の一部に叩き込まれ、ひときわ強烈な気配を発していたものが宙を舞う。
 撃ち抜かれた人影を呆然と見やるしっと集団であったが、その人影が形を失い風の中に溶けていくと、ようやくそれがアヤカシであったとに気付く。
「みな疲れておるじゃろう。少しここで休んでいってはどうじゃ?」
 軍隊用と言われても納得出来そうなほど大きく頑丈な天幕の入り口で、嶽御前(ib7951)がしっと集団を含む道行く人々に語りかけていた。
 嶽御前から渡された布巾で額の汗を拭きながら中を覗き込んでみると、ござの上に毛の長い毛布が敷き詰められ、赤く燃える炭が入れられたこんろの上では甘い汁が温められていた。
 甘い香りに惹かれたしっと集団の面々が天幕の入り口に集まり、激しい運動で出た汗が冷たい風により急激に冷やされていく。
「くしゅん」
「ぶえっくしゅ」
 くしゃみを連発し始めた人々の背後で、ぱしんと勢いよく手のひらを打ち付ける音が響いた。
「私達は警備を兼ねて呼ばれた開拓者よ。ぼったりしないから休んでいきなさい」
 声の主である葛切カズラ(ia0725)は、軽蔑や非難ではなく「子供じゃないのだから風邪引くようなことはやめなさい」という、真っ当かつ反論のしようがない正論を口に出さずに突きつけていた。
 人の悪意や所構わずのろけるカップルには強いしっと集団はこういう対処に弱く、素直に誘導に従い天幕の中に消えていく。
「しかし」
 カズラが宙に舞わせた符が真っ当とはほど遠い外見の式に変じ、いつの間にかしっと集団の中に混じっていた幽霊を鎧袖一触に吹き飛ばす。
「負の感情が濃すぎるわね」
 風邪を引きかけの連中の介護に忙しい嶽御前に対し視線で謝意を伝え、カズラは天幕の外の露店を受け持つのだった。 

●ゆうしゃ誕生
「この者達が瘴気を生みだしたのかの? こんなことでここまで負の感情をため込めることができるとは、話に聞いていたより世が変わったのじゃろうな」
 虎太郎があらぶるわしのポーズからの連続攻撃でアヤカシを仕留める姿を横目で見つつ、嶽御前は感嘆と呆れの入り交じった息を吐く。
「安全地帯はこちらです。アヤカシへの対処はすぐに終わりますので、慌てずこちらに来て下さい」
 相対する者に緊張を抱かせにくい雰囲気を持つ志郎が、しっと集団ではない普通の参拝客を天幕に誘導している。
 連中が移動してきた道でアヤカシが次々に姿を現しており、今も志郎が放った気功波が嫉妬幽霊を天に返していた。
「あれは!」
 天幕の前で警備をしていたラグナが目を見開く。
 彼の視線の先には物理的に存在しそうな恨み辛みを背負った女性がいて、真冬においては薄すぎる着物を身にまとっていた。
 外から身を苛む寒さゆえか、あるいは内側から己を焼き尽くそうとする負の感情ゆえか、彼女は体全体を小刻みに振るわせながらうっすらと口を開く。
 声には、ならなかった。
 しかし彼女を見た者は全員、世の全てを恨み抜く想いを感じてしまっていた。
「ああ…! 鎮まりたまえ、可哀想なお嬢さん!」
 ラグナは得物のグレートソードを背中に戻し、目元にうっすらと涙を浮かべながら彼女に近づいていく。
 ここまで彼女とか女性とか表現しているが、その正体は明らかにアヤカシである。
「ラグナさん 、しっかりしてくだ…」
 志郎が止めようとする。しかし嶽御前が片手で行く手をさえぎる。
「行かせてやるのじゃ」
 こっそりラグナに対し解術の法をかけても全く効果がなかった、つまり完全に素の状態でこうなのに気付いた嶽御前は、この場でラグナを止めることを諦めていた。
「確かに。心を決めた男を止めるのは野暮ですね」
 志郎は好意的にもほどがある解釈をしてラグナの背を見送る。
「貴女の気持ちはよくわかる…満たされない哀しみも、幸福を手に入れられない苦しみも…!」
 彼の行動は同情に基づくものではない。どこまでも一方的な理解と共感によるものだ。
 怒り、妬み、失望、自責、憤怒。
 ありとあらゆる負の感情を胸に納め、それでも男らしく胸を張り女に向かって腕を広げる。
 ラグナがまき散らす瘴気に匹敵する何かに、遠巻きに見物していた一般参拝者達も、女性型アヤカシさえも恐怖に身を震わせる。
「せめてその哀しみ、私が払って差し上げよう…さあ! 私の胸に飛び込んで来るがいい!」
 包容力と慈愛に満ち満ちた微笑みを浮かべ、恐るべき負の感情であたり一体を染めていくラグナ。
 アヤカシは恐怖に突き動かされ、本来の彼女の格では手が届かぬ術を発動させる。
 それは大気を揺るがし、精霊に悲鳴をあげさせながらラグナに迫り飲み込む。
「ラグナさん、何があなたをそこまで駆り立てるのです」
 金髪巫女さんが透き通る涙をこぼす。
 ラグナは全身から血を流しながら、力強くアヤカシを抱きしめていた。
「奴は男をみせた。幕を引いてやるのが情けというものじゃろう」
 精霊力を宿した木刀を手に勇者に近づく嶽御前に、利穏は涙を流しながら凶悪な切れ味を誇る刀を構える。
 しっと集団が無言で敬礼する中、振り下ろされたふたふりの刃はラグナの抱えた妄執もろともアヤカシを切り裂いたのだった。

●〆
「楽しかったですよ、ありがとうございました」
 笑顔で礼を言うリリアーナに、虎太郎は照れ、志郎は口元を引きつらせた。
「彼等を刺激しないで下さい! ああっ、またアヤカシがっ」
 アヤカシ討伐は、しっと集団が休暇を使い果たして帰宅するまで続いたという話である。