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■オープニング本文 ジャバト・アクラブ。 蠍の頭部のかわりに猫の上半身が生えた怪物である。 それぞれ強力な毒を持つ尻尾が3つ生えており、睡眠、狂乱、肉体的損傷を与えるという。 全長は2メートルに達し、力が強く、攻撃が巧みで、攻撃を受け流す技術を持つ、厄介極まるアヤカシだ。 格に比べてやや生命力が低いのが弱点ということもできるかもしれないが、防御技術に加えて強固な外皮を持ち、術に対する抵抗力も低くはないので大きな弱点とはいえない。 交易路上に1体現れただけでも流通が麻痺しかねないジャバト・アクラブの目撃情報をもたらしたのは、ある隊商に雇われていたガイドだった。 毒に冒され、内臓のほとんど全てに致命傷を負わされながら、ガイドは1人生き残りオアシスにたどり着いた。 そしてジャバト・アクラブの襲来を告げ、死んだ。 後に医師が診たところによれば、毒を受けてからオアシスにたどりつくまで、少なくとも20キロメートルはあったはずだという。 志体持ちでないガイドが毒に耐えきるのは本来なら不可能。 不可能に可能にしたのは、隊商から託された情報の重みのためか、あるいは一人逃げたことへの後悔ゆえか、いずれにせよ既に知ることはできない。 オアシスを支配する部族はガイドの亡骸を丁重に葬ると同時に、開拓者ギルドに対し戦力の派遣とアヤカシの討伐を依頼したのであった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
サクル(ib6734)
18歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ●アル=カマルの空 降り注ぐ陽光は、薄い布地を貫通し、直接肌を熱して痛めつける。 吹き付ける風は全く水を含まず、肌から水分を容赦なく奪っていく。 それらを防ぐためには太陽と風を遮る分厚い外套と帽子が必須だった。 「暑い、ですね」 利穏(ia9760)は支給された帽子をずらして空を見上げる。 雲一つ無い空はどこまでも透き通り、長時間眺めていると平衡感覚どころか精神の平衡さえ失いそうだ。 「光が、強い…」 天儀とは根本的に異なる気候を目にした菊池志郎(ia5584)は、その未知が既知になる感覚に、喜びに近い物を感じていた。 「ひょっとしてアル=カマルは初めてですか?」 かんじきに似た履き物と雪上用の杖に似たものを使って軽々と歩みを進めていたサクル(ib6734)が、後続の皆の速度が落ちていることに気付いて振り返る。 「ええ。利穏さんと一緒に説明は受けましたが、現実は知識を超えています」 「天儀では一般的でない気候ですからね」 サクルは穏やかに応え、少しだけ考え込んでから提案を口にした。 「小休止をとりましょう。日差し避けの天幕を張りますので中に入って下さい」 「ありがとうございます」 体力的には問題なくても体質的には砂漠を得意としない柊沢霞澄(ia0067)が頭を下げ、目を除くほとんど全てを分厚い布で覆ったまま日陰に入る。 目も防風防砂ゴーグルで覆われており、日差しと風への対策は完全だった。 「この暑さはたまらないわね」 葛切カズラ(ia0725)が手袋で覆われた手で自らをあおぎながらぼやくと、サクルが真面目な表情で答えた。 「通常の移動なら夜間に歩くという手が使えるのですが」 開拓者達はこの砂漠の中からアヤカシを見つけ出して倒さなくてはならない。 見つけるための手段を複数用意しているとはいえ、夜間に星の光だけを頼りに探すのは無理だった。 一行の中で特に砂漠に慣れているサクルは、小休止の最中もバダドサイトを発動した上で周囲の調査を行っていた。 脳裏にある地図と現実の光景を比較することで、これまでの隊商が通ったであろう道を正確に推測することが可能になっている。 しかし、肝心のアヤカシも、アヤカシの犠牲者の遺留品も見あたらない。 「真昼は避けませんか」 水筒の水で口を湿らした霞澄が提案する。 2、3日なら強行軍も可能だが、今回の依頼はアヤカシが潜む場所によっては討伐に1週間かかっても不思議はない。 「そう、ですね。少し先に小さな岩山がありますから、そこまで行ってから日差しをやり過ごしましょう」 サクルが改めて提案すると反対する者はおらず、開拓者達は休息をとるために足早に先へ進むのだった。 ●待ち伏せ対待ち伏せ 「ようやく発見ー。」 サクルに示された方向に歩き続けてようやく遺留品を発見したペケ(ia5365)は、両手をあわせて冥福を祈ると意識を完全に切り替えて耳を澄ませた。 呼吸も鼓動も控えめにしている自身の音に、暑さで体力を消耗しているらしい仲間の呼吸音。 大気が揺らめく気配に砂の粒と粒がこすれるかすかな音。 聴覚が捉えたありとあらゆる音を選り分け、人間以外の知性が発する音を見つけ出そうとする。 実に1時間近く経過した後、ペケは指を1本立て、それから数分後にもう1本立てた。 「始めます」 敵の反応があったと解釈し、志郎は結界を展開しアヤカシの位置を探る。 「多分あっちとこっち」 ペケは、砂に半ば以上埋もれた荷物の左右を示した。 距離があるため瘴索結界「念」の効果範囲には入っていない。 開拓者の優れた知覚でも特に異常は感じられない、砂が平坦に広がっている場所だ。 「遺体も無しか…よし!」 フィン・ファルスト(ib0979)は改めて気合いを入れると、数度足下を踏みしめてからわざと均衡を崩した歩き方を開始する。 美しさと力を兼ね備えた肢体に、凶悪極まる性能を持つ装備を身につけている以上、余程の節穴で無い限りフィンを弱者と侮る者はいない。 ただしそれは視覚を持つ者の場合にのみ通用することであり、砂の中に潜っていると思われると思われるアヤカシは当然ことながら視覚に頼れず、しかも頭もせいぜい鳥並みだった。 フィンを「弱って群れからはぐれた落伍者」と誤認したジャバト・アクラブは、小さな音をたてながらフィンとの距離を詰めていく。 「あの位置ね」 志郎が指し示した砂の盛り上がりを確認し、カズラは黒死符をいつでも放てるようにする。 急速に緊張が高まっていき、フィンから5メートルほど離れた場所で砂からアヤカシが飛び出した瞬間、開拓者達は一斉に行動を開始した。 弾丸が短筒から放たれ、練力により即座に再装填され撃ち出された弾丸がその後を追う。 一抱えはある大きさの蠍の背に連続して着弾し、甲高い音をたてて2つの弾丸が弾かれる。 「出し惜しみは無し! 行くよ!」 かなり威力のある銃撃だったにも関わらず、殻についたへこみが非常に小さかったことに気づいたフィンは、長期戦を選択肢から外し全力での迎撃を選ぶ。 オーラが全身から吹き出し、蜻蛉切が陽光を反射してぎらりと輝く。 「はぁっ!」 繰り出された流し斬りは、アヤカシが振り下ろしている途中だった3本の毒尾のうち2本を斬り飛ばす。 が、残る1本はフィンの利き腕に浅い傷をつけることに成功していた。 「うっ」 痛みはほとんど無いのに、精神をかき乱す何かがフィンを襲う。 フィンと毒がせめぎ合っているところで霞澄の加護結界が効果をあらわし、毒の影響が急速に弱まり消えていく。 「お行きなさい」 カズラの放った符が、九尾の白狐ならぬ多触手の巨眼に変じて1尾の蠍もどきに特攻をしかける。 猫の上半身に見えるアヤカシの頭部が、魂消るような悲鳴をあげた。 外見も凶悪だが、カズラの術は威力の方がはるかに凶悪で強烈なのだ。 巨眼はアヤカシの悲鳴を飲み込み、強固だった殻ごと粉砕してただの瘴気に変えてしまう。 これでフィンの目の前の脅威は取り除かれた訳だが、もう1体のアヤカシはフィンの背後から痛撃を浴びせようとしていた。 「甘い!」 走り込んできたペケがすれ違いざまに拳を殻に打ち込み、フィンの背中に吸い込まれようとした毒尾の軌道をそらせる。 かなり強烈な一撃だったはずだが、ペケの腕に伝わってきた感触はあまり良くない。 分厚い装甲とそれを使いこなす技量を持つ相手に衝撃の半ばを受け流されてしまった感覚があった。 ペケに続いてサクルの銃撃とカズラの第二射が巨大蠍もどきを襲う。 腹部が大きく抉れるほどのダメージを与えたものの、アヤカシの動きは鈍りはしても止まらない。 利穏が投擲した鍔無し短剣をサソリの鋏で弾きながら、フィンが体勢を立て直したのに気づいたジャバト・アクラブは、白兵戦を挑める範囲にいる他の目標、即ちペケ目がけて突進し毒尾を滅茶苦茶に突き込む。 「くうっ」 直撃は簡単に避けることができても、完全に回避することは難しい。 ほんの小さな傷から侵入した毒がペケの体をむしばもうとする。 「1体後方より接近中。俺は解毒を」 「私は傷を」 ここまで多くの場所で瘴索結界「念」を使ってきた志郎が残り少ない練力で解毒を行いつつ警戒を促し、霞澄がペケとフィンの傷を癒す。 「ありがとう! ここでまさかの飯綱落としです!」 ほとんど一瞬で元気を取り戻したペケに対応仕切れず、アヤカシは毒尾を有効に使えないほど至近距離にまで近づかれてしまう。 力の流れをペケにより制御されて体が浮き、蠍の形をした下半身の足が完全に極められる。 ペケが軽く力をかけただけで地面から足が離れ、急速に勢いを増しながら急角度で地面に叩きつけられる、 猫の上半身に見える頭部から、悲鳴というより破裂音に近い音が発せられ、その部位から急送に分解され瘴気に変じ散っていくのだった。 ●3体目 術者達を護衛する位置でアヤカシの接近に備えていた和奏(ia8807)が、刀を鞘に納めて集中力を高める。 砂の上をほとんど音を立てずに接近してきた3体目のジャバト・アクラブは、動かないことで待避する術者の盾になっている和奏目がけて鋏と毒尾を繰り出す。 極限の集中で、和奏は複数の部位が相互に連携しつつ向かってくるのを知覚する。 その動きは鋭く巧みだ。 しかし百戦で錬磨された彼の技と比べると、明らかに稚拙だった。 両足の位置をほんのわずかにずらすだけで、ジャバト・アクラブの攻撃範囲から抜け出すことに成功する。 そして、アヤカシの攻撃が最高速に達する瞬間にあわせて高速の刃を振るう。 猫の脇腹に触れた刃は、アヤカシの進む速度と刃が振り下ろされる速度があわさり、強烈な速度で猫の脇腹からサソリの胸部、腹部を切り裂いていく。 にゃあ、と、怯えと痛みを含んだ声をあげつつ、アヤカシは前進の勢いを保ちながら方向を変え、全力での逃走を開始する。 3体のアヤカシに対するため戦力を分散せざるを得なかった開拓者の配置をすり抜け、最後の1体は軽々と逃走を成功させようとしていた。 「逃がす、ものかっ」 縞模様の刃紋が浮いた刃を手に、利穏が強引にアヤカシの背後から突きかかる。 予想外の攻撃に慌てたアヤカシは毒尾を振り回し、その先端にある毒針が利穏の頬を傷つける。 「これ以上の被害、出させるものかっ!」 心身が急激に不安定になるのを感じながら、利穏は和奏が負わせた裂傷の中に刃をねじ込んでいく。 利穏の視界の隅には、隊商の誰かが家族から持たされていたお守りが映っていた。 「いきます」 追いついた和奏が振るった刃が3尾をまとめて切り捨て、体内深くまで押し込まれたダマスクスナイフがアヤカシの中枢部分を破壊する。 悲鳴をあげることもできず、3体目のアヤカシは風に吹かれるまま崩壊していった。 ●その後 戦闘後、霞澄に治療された開拓者達が周囲の捜索を行ったところ、食料と水を含む積み荷と遺留品は見つかったが、遺体は髪の毛1本みつけることができなかった。 その場で黙祷を捧げてから遺留品を持って出発地点に帰還し、開拓者達は遺族にそれらを引き渡すのだった。 |