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■オープニング本文 橙色の魔弾が老兵を打ち据える。 「おのれっ」 頬から流れ落ちる液体を無視し、猿のケモノ目がけて高速の突きを繰り出す。 ケモノは並みの猿に比べれば動きが鋭いとはいえ、老兵と比べると一段落ちる。 古びた、けれどよく手入れされた刃がケモノの喉元を裂く、はずだった。 「お、おのれぇっ!」 老兵が後退する。 ケモノが柿の木を盾にしたため、それ以上攻めることができなくなったのだ。 調子に乗ったケモノは柿をむしっては老兵に投げつけてくる。 熟し切らない堅い柿は石つぶてに準ずる破壊力を持ち、熟しすぎた柿は目つぶしとなって老兵の行動を阻害する。 完全武装の老兵は敵に一太刀を浴びせることすらできず、柿の汁まみれの刀を握りしめるしかなかった。 「覚えておれよ」 昼夜を問わず駆け抜けた老兵が開拓者ギルドにたどりついたのは、それから数日後のことであった。 ●救出依頼 「柿を救って下され。老い先短い儂にはあれだけが楽しみで」 不摂生が続いている開拓者ギルド係員よりはるかに元気そうな老人が、ほとんど涙ながらに言い募る。 ほぼ休みをとらず数日走り続けてこの状態なのだがら、あと10年くらいはお迎えは来そうにない。 「お話は分かりました。柿の木を襲った猿のケモノの退治ですね」 「救出をお願いしたぁい!」 係員は話題の誘導に失敗していた。 「し、しかしですね。開拓者が到着した時点で既に食われていた物を取り返すことは出来ないわけで」 「そこをなんとか!」 「できませんて!」 不毛な押し問答が数時間続いた後、双方共に係員の上司の説教を受け、ケモノの討伐依頼が出されることになったのである。 |
■参加者一覧
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
仙堂 丈二(ib6269)
29歳・男・魔
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
射手座(ib6937)
24歳・男・弓
仁志川 航(ib7701)
23歳・男・志
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●老人 「若いな」 尊敬と羨望と少しの嫉妬が混じった言葉が老人の口から漏れる。 志体持ちの知人は幾人いるが、目の前の男女が知人達とは別次元の実力を持っていることが肌で感じられる。 半数が十代で、最年長の者も三十路に届いていない。 この若さで高みに到達した面々を前にして、老人は感動に近いものを感じていた。 「爺さん。それは嫌みか」 仙堂丈二(ib6269)がじろりと睨みつける。 「からむなよ丈二。ご老体に比べれば俺達はまだ若造って事だろ?」 玖雀(ib6816)になだめられた丈二は鼻をならした。 「お互い若造呼ばわりを受け入れられる歳かよ」 「うぐっ。それを言われると辛いな」 丈二はひとまず気が済んだらしく、口を閉じて装備の確認を始める。 「お初にお目にかかる。浪志組隊士、藤田千歳だ。ギルドから依頼を受けて来た。依頼を出してから変わったことがあれば教えて欲しい」 藤田千歳(ib8121)が礼儀正しく真正面から問いかけると、老人も姿勢を正して応える。 「昨日、最後に見たときには6匹いました。囲まれたら手も足も出んので、それ以後どうなっているかは分かりません」 老人は悔しげに報告し、しかしすぐに表情を明るくして声を張り上げた。 「しかし皆さんが来たからには反撃に移れます。さっそく今から参りましょう!」 額に鉢金を巻き、鉄で補強された大型棍棒を手に果樹園に向かって駆け出そうとする。 「待った」 千歳が慌てて止める。 老人を足手まといと断じる気はないが、現状認識の摺り合わせや連携の相談抜きで動かれると戦力にならないどころか邪魔になりかねない。 事を荒立てずに同行を諦めさせるにはどうすれば良いか考えるが、千歳は冥越の隠れ里から出てきてからさほど時間がたっておらず、世慣れた対応を苦手としていた。 むっつりと黙り込んでいた丈二が射手座(ib6937)に目をやり促す。 射手座は一瞬考え込む様子を見せ、すぐに小さくうなずいてから老人に声をかけた。 「狙撃をしたいのだけど地形と地面の情報を教えてくれるかな」 射手座の背にあるのは、大柄な射手座よりさらに大きな、弦月の銘を持つ弓だ。 精度も威力も美しさもかなりのものだが、隠密性に関しては優れてるとはいえない。 「そうですな」 射手座の事情を察した老人は、地形だけでなく土の状態から気温や湿度まで、長年手入れし続けていないと把握できないはずの情報を惜しげも無く渡していく。 老人は気付かないうちに丈二が意図したとおりに動き、戦場に出向くことを意識の中から消してしまっていた。 「行くか」 情報提供が一段落した時点で、丈二と他の面々は、柿対策の道具を手にして現場に向かうのだった。 ●奇襲? 「豊かな村だね」 果樹園に向かう道で背後を振り返り、仁志川航(ib7701)は柔らかな笑みを浮かべた。 土地が肥えているようには見えないがあばら屋は見かけられず、たまに視界に入る子供も痩せていない。 果樹園で収穫された物を加工したり街に運ぶことで現金収入を得、その結果平均的な農村より豊かな暮らしをしているようだった。 「さて、どうしよう」 少々もっさりした黒髪をかきあげ、航は果樹園に視線を向けた。 人型にしては歪な陰が、立派に育った柿の木の周辺をぶらついている。 老人が果樹園から姿を消したことで油断しているらしく、野生動物らしい緊張感は全く感じられない。 「不用意に刺激するのは避けた方が良いのでしょうか」 市女笠と外套で体全体を強固に覆ったエラト(ib5623)が、真剣な表情で悩む。 単純な戦闘なら彼女1人で全てのケモノを打ち倒すことは可能だろうが、その結果柿の木やそれ以外のものを傷つけてしまっては意味がない。 航も迷いはしたが、果樹園を挟んで反対側に射手座が潜んでいることに気付くと、これ以上機会を待つ必要はないと判断した。 「おおい」 航は笑顔を浮かべてケモノ達に声をかける。 猿から変じた彼等は、ようやく航に気付いて警戒を、始めなかった。 果樹園を占拠した実績と、数の差が10対2以上という現実が、彼等の最後に残っていた警戒感を失わせていた。 お調子者の猿が赤い尻を2人に向け、嘲るようにぺちぺち叩き始める。 「おっと」 後ろから壮絶な怒りの気配を感じた航が振り向くと、そこには相も変わらず控えめな笑みを浮かべたエラトがいた。 しかし航の鋭敏な知覚は、ここが死地に変じたことに気付いていた。 「始めます」 静かに宣言してから弦に触れる。 軽やかで、それでいてゆったりした曲が、田舎の果樹園全体を包んでいく。 尻を叩いていたケモノは体を揺らめかせてその場にへたり込み、いびきをかきはじめる。 大部分の猿は2人に多少は注意を向けて近づいていたため、エラトの奏でる夜の子守唄は完全に効果をあらわしていた。 木の上にいた猿も次々に落下し、運の悪いものは地面との激突時に頸骨を折り命を失ってしまう。 それよりさらに運が悪いものは、重要部位を砕かれ痛みにうめくだけで身動きがとれない。 「いくらか残りましたか」 航は片手に優美かつ長大な曲刀、もう片方の手には受けに適した形の短刀を持ち、効果範囲から外れていた、あるは偶然に着地に成功し目をさましたケモノに近づいていく。 「上です!」 エラトの警告が耳に届くと同時に、航は地面を全力で蹴っていた。 ●攻撃開始 エラトの演奏の効果があらわれたことを確認すると、射手座は地面に伏せたまま器用に弓を引き、離した。 離した時点で的中の感覚を得ていた射手座は、矢の行く末を確認せずに次の矢を放つ。 「葉と葉の間をすり抜けるように…器用なものね」 エラトの状態異常攻撃の効果範囲外にいたケモノに対し、狙いを付けていないような速度で真空の刃を放ちながら、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は感嘆の声をあげていた。 射手座の矢は無数の障害物をすり抜け、ケモノに命中して鏃が反対側から突き出る前に止まっている。 恐るべき技量があって初めて可能となる、精妙な力加減だった。 それに対してリーゼロッテの術は、一切の回避を許さず確実かつ問答無用に切り裂き、一撃で仕留めていく。 「私が派手に術を使ったから位置がばれたかもしれないわね」 「気にしないでいい。すぐに終わるだろうから」 射手座は立ち上がると、仲間がケモノを万一逃がしたときに備え、弓に矢をつがえるのだった。 ●柿の雨 時間は少々さかのぼる。 エラトが警告したのは敵の新手でも敵の策でも無かった。 睡眠状態に陥った猿がつりあいを崩し、その際に無意識に揺らした枝だった。 本来収穫されるべき時期に収穫されず、熟しすぎてしまった実がみっしりと連なっていた太い枝が激しく不規則に揺れ、赤に近くなった実が宙に投げ出される。 航は刃を振るって地に伏したケモノの首を刈りながら、高速でその場を離脱する。 地面に衝突した実が爆ぜ割れ、ねばつく液体が広範囲にまき散らされる。 仮に命中したとしても、傷を負うことも動きが鈍ることもないだろう。 しかし目に入れば一時的にとはいえ視界が狭まる。それに、服にかかれば確実に洗っても落ちなくなる。 エラトが楽器に汚れがつかないよう後退していくのを見た生き残りのケモノたちは、一縷の望みにかけてそこら中の柿の木を蹴りつける。 すると、堅い橙色の身や既に半壊している赤い実まで、多種多様な柿が降ってくる。 「おい。食うならまだしも、振り落とすってどういうことだよ!」 猛烈な生臭さに耐えながら現場に突入した玖雀は、器用に鍋蓋を盾にして柿の雨に耐えていた。 もちろん耐えるだけではない。 幹に全く傷をつけずに三角飛びの要領で宙に舞い、こそこそとこの場から逃げだそうとしていた猿の胸を短い刃で突く。 筋と骨を避けて突き込まれた刃は心の臓を破壊し、完全に息の根を止める。 「あと何匹だ?」 地面ごと派手に汚れているせいか、地面に倒れ伏す猿が生きているかどうか見分けがつけづらい。 とりあえず立っている相手を仕留めようとするが、ようやく見つけたときにはこめかみから矢を生やして倒れるところだった。 「他に立っている猿には追っ手が出た。処理を進めていくぞ」 「はいよ」 丈二の言葉にうなずき、玖雀は手慣れた様子でケモノの息の根を止めていった。 ●一刀両断 「さて。害獣駆除といきたいが」 千歳は1秒の数分の1で逡巡を終わらせると、新たに矢をつがえることなく弓を地面に落とした。 射手座と協力し別々の角度から矢を射たのは良かったのだが、効率良く進み過ぎて弓で狙える相手がいなくなっていた。 ひときわ大きな幹の裏から、慌ててこの場を去ろうとするものの気配が感じられる。 「弓しか使えないと思ったか?」 虎徹を鞘から抜き放つと、本人はこっそり近づいているつもりだった猿が、木の陰から顔を出た状態で硬直する。 「尽忠報国の志を果たすため、恨みは無いが斬る」 炎をまとった刃を振り下ろす。 その軌道に迷いは無く、最後に残ったケモノを袈裟懸けに切り捨てるのであった。 ●遺体処理 「強敵だったわね」 妙に爽やかな口調でリーゼロッテが微笑むと、玖雀は手ぬぐいで汗を拭きながら乾いた笑い声を響かせた。 「ああ。山奥まで死体を運んで獣を呼び寄せない深さの穴を掘るのは強敵だったぜ」 埋葬を終えた直後、航にまあまあと宥められながら、玖雀は凝った肩を揉む。 ケモノとの戦闘で負ったかすり傷はリーゼロッテによって癒されているが、全ての柿を回避したにもかかわらず、彼の服には少し臭いが残っていた。 「はい」 「どういう風の吹き回しだ?」 リーゼロッテが差し出したのは、一口大に切った柿が大量に積まれた大皿だった。 特に良い部分だけ選り分けたらしく、上品な甘さが鼻腔をくすぐってくる。 「甘柿よ。地面に落ちて売り物にならなくなった物から無事な部分だけ切り取ったものだけど」 開拓者が到着するまでに食われた柿が多すぎたため、無事だったものは全て売却しないとこの村の今年の冬は非常に厳しくなることが予測された。 しかし売り物にならない物を開拓者に提供するのは全く問題なかった。 「柿に罪はないからな」 「有りがたくいただきます」 体全体に広がっていく甘味に、開拓者達は目を細めるのであった。 |