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■オープニング本文 「大食い選手権だと」 派手な刀傷がいくつも残る顔面を歪め、茶店経営20年の大男が歯ぎしりする。 「お前、この店の中で食物をいい加減に扱って、生きて娑婆に戻れると思うなよ」 日々の重労働で鍛え上げられた筋肉がふくれあがり、小綺麗な店の制服が内側から破れる。 眼光は同じ人間とは思えないほど鋭くなり、人1人殺した程度ではおさまらない殺意を感じさせた。 「ててて店長! 違います! 話は最後まで聞いてください!」 店員が幼さの残る顔を恐怖で青くしながら必死に説明する。 「体格の良い人や体力がある人はよく食べるでしょう? だから強い人、たとえば開拓者の方を呼んで参加してもらえたら、この店の宣伝を兼ねた催しにできるのじゃないかなって」 「む」 店長の動きが止まり、殺気が霧散する。 「無理矢理に腹に詰め込むようならペナルティで一皿追加なんてルールにしておけば、無茶な食べ方を防げるのじゃないでしょうか」 「悪くない案だ。しかし開拓者が強いのは知ってるが、大食漢なのか?」 店長は太い腕を組んで首をかしげた。 若い頃は戦場に出ていたため志体持ちの強さはよく知っている。だが志体持ちと深くつきあった経験がないので詳しいこと知らないのだ。 「僕もよく知らないですけど、開拓者ギルドに依頼を申し込むときに、大食い可能な方をお願いしますって言っておけば‥‥」 「よし。細かな手続きはお前に任せる。俺は当日に向けて作りためて置く。くくく、当日が楽しみだわい」 店主は満面の笑顔で店の奥に引っ込んでいく。 「店長ー! うどんに餡のトッピングとかのメニューは避けた方が良いですよー!」 しごく真っ当な助言は店長の耳には届いたが、今回も受け入れてもらえなかった。 「ううっ。変なセンスさえなければ客寄せの催し無しでも人が集まるのに」 店員は深刻なため息をついてから、手早く着替えて冒険者ギルドへ向かうのだった。 「報酬は少ないですが羨ましい甘い物食べたい」 ギルド係員は自身が本音を口にしてしまったことに気づき、小さく咳払いをして営業用の表情をつくる。 「茶店から催し物への参加の呼びかけが来ています。茶店の前に設置された会場での、水飴や餡を使った甘味を食べる量を競う大食い大会です。賞金も賞品もないようですが、優勝者は似顔絵と名前が茶店に飾られることになるそうです」 参加したくてもできない係員は、実に切なげな目をしていた。 「出される甘味についてですが、予め要望を出しておけば実現可能な内容なら当日出してもらえるそうです。新規メニューとして使える内容なら多少の報酬が出るそうなので、そちらの方向で頑張ってみてもいいかもしれません」 |
■参加者一覧
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
平野 拾(ia3527)
19歳・女・志
朱麓(ia8390)
23歳・女・泰
ワーレンベルギア(ia8611)
18歳・女・陰
レヴェリー・ルナクロス(ia9985)
20歳・女・騎
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
志宝(ib1898)
12歳・男・志
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●試合前日の茶屋にて 「なんて独創的、いいえむしろ冒涜的? 見苦しい眺めであるにも関わらず舌が蕩けそうだなんて」 アーシャ・エルダー (ib0054)はフォークを下ろし、頭痛を感じる眉間を押さえた。 「てめぇ、いくらなんでもこれはねぇだろ」 巴渓(ia1334)は店主にジト目を向けたまま、皿の上に飾られた人形を指さした。 体のあちこちが腐り落ちた武者を模した、飴細工。 上からかけられた薄茶色のシロップが妙なリアリティをうみだしており、控えめに表現しても食べ物には見えない。 「大切なのは味ですから」 同じ品を出された志宝(ib1898)は、ナイフとフォークを器用に操って人形を分解し、実に美味しそうに己の口の中に放り込んでいく。 「少し噛むだけで飴が壊れて、中に入っている果汁が口の中に広がるんですねっ」 実に嬉しそうに平らげていく志宝ではあるが、彼に全面的に賛同する者はこの場にはいなかった。 「一般受けはしなさそうですね」 レヴェリー・ルナクロス(ia9985)は仮面の上からでも分かるほどげっそりとした表情でため息をついた。 「毎年夏にはかなり売れるんだが‥‥そんなにまずいか?」 「なんで売れるんだ」 巴渓は、己の中の常識が一瞬ぐらついた気がした。 「甘味食べ放題。しかも前日から」 ワーレンベルギア(ia8611)は熱い吐息を漏らす。 彼女の前には、開拓者の注文に応えるための試作品が並んでいる。 夏を感じさせる薄い皿の上で、白玉に黒蜜がかけられただけの一品。 白い皮に練り餡がみっしりと詰まった、饅頭というにはあまりに大きすぎる一品。 「甘味につられて無意識の内に参加してしまった自分が情けないですわ。ああでも美味しい」 奇怪な落ち武者飴を無視し、レヴェリーは悩ましい表情で試作品に手を出す。 白玉の絶妙な歯ごたえと口の中で広がる餡の上品な甘味がレヴェリーの機嫌を急上昇させ、彼女の表情がみるみる明るくなっていく。 「あの、その怪談っぽい飴ですけど」 「ふん、ふん‥‥なにぃ?」 店員から小声で耳打ちされた渓の眉が危険な角度を描く。 「てめぇ」 本物の怒りのこもった目で店長をにらみつける。 「ネタで注文されるはまだいい。だが客が食いきれずに残しかねないものをつくってどうする! 食べる人間、使われた食材、そして料理に携わる全てへの冒涜だ」 「ぐっ。それを言われると」 「20年も店を構えてるんなら釈迦に説法だろうがな。いいか、食って字は人が良くなると書くんだ。料理人に自己満足は要らん! 食べる人間の事を考えろ!」 「しょ、承知した」 真正面から正論をぶつけられた店長は、全面降伏するしかなかったのであった。 ●選手入場! ジルベリア式の戦装束に身を包んだ女騎士が、蒼い刃を持つ大剣を高々と掲げ宣言する。 「我こそは偉大なるジルベリア帝国の騎士、アーシャ・エルダー! 大会参加選手を代表して宣言します。我々は逃げも隠れもしません! 全ての皿を食べ尽くします」 凛々しく力強く、それでいて己の欲望に忠実な宣言に、茶屋を囲むようにして集まった観客は歓声で応えた。 「以上で選手宣誓を終える。続いて選手紹介に入る」 茶屋の入り口近くに設置された司会席に座るベルナデット東條(ib5223)が、赤い瞳をきらりと光らせる。 「まずは優勝候補の朱麓殿。見ての通り振袖を着こなす清楚な女性だが、志体持ちの開拓者として鍛えた体力は優れ、体格面でも有利だろう」 「大女扱いは酷いんじゃないか?」 完全に開放された茶屋内に設置された選手席で、朱麓(ia8390)が笑い混じりに文句を言う。 髪をアップにした結果あらわになった色っぽいうなじと、清楚な印象の振袖を中から押し上げる豊かな双球に、観客席から女性の嫉妬と男の欲望の視線が集中する。 「続いて泰拳士の巴渓殿。実力は十分だが前日に店主から相談を受けているとき色々食べた結果がどう影響するかが未知数だ」 「少々食った程度じゃ影響はないさ」 渓はにやりと不敵に微笑む。 「こちらも優勝候補であるレヴェリー殿、アーシャ殿。体格面では朱麓殿に一歩劣るが体力面ではかなりのものだ。正直誰が勝ってもおかしくない」 「今日だけ、今日だけは思う存分食べ尽くさせてもらうわ‥‥!」 「‥‥」 気合い十分のレヴェリーに、無言で甘味を催促するアーシャ。 「ワーレンベルギア殿は甘味を食べても体型が変わらないという特技を持っている。ちょっと妬まし‥‥もとい、今回の戦いではかなり有利な特技だろう」 「え、その‥‥。が、がんばります」 少し気弱げな雰囲気の彼女が頭を下げると、客席の男共から歓声があがる。 「拾殿は熱意がトップクラスだ。勝負では精神力がものをいう以上、他の面々も油断はできないだろう」 「がんばりますっ」 期待に胸をふくらませ、まっすぐな瞳で拾(ia3527)が応える。 その純粋さに好感を抱いたのか、男女を問わず多くの観客から声援が飛ぶ。 「最後は紅一点ならぬ唯一の男、志宝殿だ。食欲で女に負ける男というのもなんなので頑張って欲しい」 「僕だけ説明が大雑把じゃない?」 「気のせいだ」 ベルナデットは志宝の抗議をあっさり流す。 「以上7名。甘味の修羅道をくぐり抜けた御仁、そして女傑の勢ぞろいだ。解説および進行は私、甘味の志士、ベルナデットだ。今日は皆と一緒に、歴史に残る日をこの目で見ることになる」 ベルナデッドが右手を挙げて合図すると、店主と店員が選手達の席に大きな皿を並べていく。 「ではこれより甘味大食い大会を始める。3、2、1、はじめっ!」 開拓者達が一斉に手を伸ばすと同時に、とどろくような歓声が響き渡るのだった。 ●サバイバル 拾は改めて目の前の皿を眺め、頬を上気させたまま息を吐く。 一抱えほどある大きな皿に、それより一回り大きな饅頭が載っている。 白い表皮は艶やかで、中にあるであろう餡のものらしき甘い香りが漂ってくる。 「ひろい、大きなおまんじゅうを食べるのがひそかなゆめだったのですっ!」 甘い物は大好きな彼女だが、もともと純粋で生真面目なので嗜好品に大散財することはない。 しかしこれは依頼であり、甘い物を食べることが仕事なのだ! 「何だか食べるのがもったいないですねえ‥‥。でも食べないとしつれいですよねっ」 予め配られていた竹製のナイフで端を三角に切り取り、両手で持つ。 練り餡の断面はあまりに蠱惑的で、拾は口内に唾液が貯まるのを感じていた。 「いただきますっ」 最初に感じたのは冷えた餡の感触だ。 冷えているが甘味が薄いことはなく、爽やかな甘味が舌から口へ、口から頭へ届く。 軽く噛むと餡が口の中でほどけ、滑らかな感触が舌に絡んでいく。 よく噛んでから飲み込むと甘味が喉からお腹へと入り、そこから全身にエネルギーとなって広がっていく。 「お、おいしいっ‥‥とってもおいしいのですっ! 店長さん! これとってもおいしいのです!」 満面の笑みを浮かべた拾の賞賛に、店主は無言で親指を立てた。 「初っぱなからでかいのが来たな」 渓は巨大饅頭を手で解体しながら己の口に放り込む。 「これはお仕事。お仕事。‥‥うふふ」 ワーレンベルギアは竹ナイフで小さく解体しては口元を隠しながら少しずつ食べ、見ているものがほんわかする幸せそうな笑みを浮かべる。 レヴェリーとアーシャはフォークとナイフを使って厚切り肉を食べるときの要領で饅頭を攻略していく。 2人の動きはほぼ同一だ。両者ともジルベリア式の礼法を完璧に身につけているからだが、速度にはかなりの差があった。 レヴェリーは蕩けるような表情で常にマイペースに、アーシャは完璧な礼法と貴婦人としての顔を保ったまま高速で饅頭を口に運んでいる。 「お代わりはー?」 一番に食べ終えた志宝が人差し指1本で大皿をくるくると回す。 「全皿終わって食欲が残っていたらどうぞ。皆ほとんど食べ終えたな。次の皿に移る」 ベルナデットの合図と共に出されたのは、複数の小皿が並んだお盆だった。 干しリンゴを寒天で固め、花の形に成形された冷製の甘味。 とろりとした黒蜜がかけられた白玉あんみつ。 白い器に盛られた水ようかん。 いずれもよく冷やされており、その美しい造形に観客の女性陣からため息がもれる。 「おなかに、厳しそう」 呟いたワーレンベルギアだけではなく、選手のほとんどが表情を曇らせていた。 量は先程の饅頭に比べればたいしたことはない。 しかし水分が多く温度も低いとなると、腹を直撃しかねない。 「希望者にはドリンクも出る。ただしあまり熱くないぞ」 ベルナデットはそう言うと、濃いめの温かな緑茶が入った湯飲みを示す。 「どの皿も見た目ほど砂糖は使われていない。甘味を感じさせるための温度調節や塩の添加を適切に行った結果だな。砂糖控えめとはいえ満足度は極めて高いだろう」 甘味を楽しむ余裕が徐々に失われてきている参加者を横目に、ベルナデットは皿の解説を行っていく。 「造形も味に負けぬ見事さだが、観客の諸君にとっては残念なことに、これらは全て選手の指定によりつくられたものだ。食べたいのなら店主に言うのだな」 観客席から店主に対し、メニューを全面変更しろコールが発生していた。 「では次の皿だ」 7人全員が完食し、薄い皿がテーブルの上に乗る。 固まりかけた水飴が皿の上で薔薇を形づくっており、その横には小さな団子を餡で覆ったものが添えられている。 「わぁ、きれいで‥‥ふっ?」 小さな団子をかじった拾の表情が固まる。 「甘すぎるよこれ!」 志宝は団子を無理矢理飲み込みながら、涙目になっていた。 餡にも団子にも表皮にも水飴が練り込まれており、その上これまでから考えられないほど砂糖を大量に使っているのだ。 上品な甘さに慣れていたところにドギツイ甘さに襲われ、拾はギブアップして脱落。 「これ以上は義務感が入っちまうか。俺も降参だ」 まだ余裕がありそうだった渓がギブアップする。 「ぶ、物理的に厳しくなってきたかもしれません」 ワーレンベルギアの表情が微妙に強ばっている。 彼女自身はまだまだいけるのだが、胃の大きさ的にそろそろ厳しくなっているらしい。 「んくっ、はぁ〜甘くて、本当に美味しい‥‥」 強烈な甘味を仕込んだ張本人であるレヴェリーだけは、一切憂いのない笑顔で完食した。 「次の皿に移ります」 今度は大型のボウルがテーブルの上に置かれる。 中身は林檎飴風に加工された、間引かれた桃を甘辛く味付けて飴で覆った物。 さらにその上に大量の水飴が注がれている。 「食べられますけど、食べ終わる頃には夕方になりそうなので、降参します」 数回水飴をなめてから、ワーレンベルギアが残念そうな顔でギブアップする。 彼女の横では、レヴェリーがスプーンを高速回転させて水飴を舐め、いや、飲んでいた。 水飴の一部が口のまわりについたり、目測を誤った水飴が胸元に命中して豊かな膨らみの間にしたたり落ちていくが、甘味に陶酔するレヴェリーは気づかない。 ギブアップ後もマイペースで食べ続けるワーレンベルギアが彼女の有様に気づき、身振り手振りで伝えようとするが、気づいてもらえない。 アーシャと志宝はフォークで流し切りを披露し、飴を一口サイズに加工しながらどんどん口に流し込んでいく。 最初に完食したのはレヴェリーだった。 「ご馳走様、美味しかったわ」 にこりと微笑んでナプキンで口元を拭い、初めて己の有様に気付く。 「って、えっ? きゃぁっ?」 甘味に熱中するあまり複数の意味で拙い格好になってしまったことに気付き、レヴェリーは降参を選択する。 「このまま続けるのは、さすがに無しですわ。うぅぅ、お父様、お母様‥‥私とした事が作法を忘れてしまいました」 レヴェリーは着替えをするため店の奥を借り、慌てて中に入っていくのだった。 残ったのは3人。 朱麓。 志宝。 アーシャ。 その3人前に、今日最後となる甘味が差し出される。 「‥‥降参します」 アーシャが手を挙げて降伏を申し出る。 彼女の目の前に差し出されたのは、熱々の汁うどんが入ったどんぶり。 そしてその上に盛られたおはぎの揚げ物。 率直に言って視覚的暴力だった。 「ま、負けるかー!」 志宝が気合いの声と共にどんぶりに挑むが、汁を揚げ物と一緒に食べたのが拙かった。 昆布出汁と薬味の葱、そして揚げ物の甘味が渾然一体となり、食欲を急減させていく。 「奇をてらいすぎているのに単体なら美味しいのが」 アーシャの分を貰っておはぎの揚げ物を食べていたベルナデットは、揚げ物単品であれば、見た目はともかく味は良いことに気付く。 砂糖以上に脂分が多くて翌日体重を計るのが怖いほどだが、真の甘味を追い求める者としての誇りが、この奇天烈な一品を単純に否定することを邪魔していた。 ただし汁とうどんと組み合わせると最悪であることには変わりがないので、ベルナデットの機嫌は急降下していく。 「来た来た来たー! 頼んだ店に出禁くらいまくってたけど、今日ついに!」 朱麓の箸が高速で動き、うどんと汁と揚げ物があっという間に消えていく。 「あんたかこんなの頼んだのは!」 「この料理を作った奴を呼んで来い!」 叫ぶ志宝に、激高するベルナデット。 しかしは朱麓は平然と完食する。 「えー? これ美味しいだろ。店長! あんた顔は怖いけど料理の腕はなかなかだねぇ。顔は怖いけど。つーわけでもう1杯お願いできる?」 平然と2敗目を頼む朱麓を前にして、志宝の心は完全に折れるのであった。 ●その後 かくして無駄に熱い戦いの幕は閉じた。 この後茶屋のメニューは一新され、開拓者発案のお洒落な品が店主の技術で提供されるようになる。 ただ、その中に、おはぎの揚げ物付きうどんが入ることだけは、避けられないのだった。 |