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■オープニング本文 ●城を攻略せよ? 一部の吟遊詩人の持ち歌に、強敵が待ち受ける塔や城を1階層ずつ打ち破っていく形式のお話がある。 友情有り熱血有り、ときにはえっちな展開の有りの娯楽曲なのだが、あまり現実には即していない。 何故なら。 「咆哮1発で全ての敵が集まって来かねないわ、入り込んで夜の子守唄を奏でた時点で落城なんて展開があり得るわ、だものね。そういう場所に挑む人は腕自慢であることが多いし」 依頼主から前回の詳細な報告書の写しを受け取った開拓者ギルド係員は、珍しく真面目な顔をして悩んでいた。 前回までの調査で、砂漠の中にある城の正確な位置が判明した。 同時にその城が半ば崩壊していることも明らかになっており、正直なところ扱いに困っていた。 一連の依頼の最終目的は、現在無人かつアヤカシ多発地帯である砂漠に城を建てることである。 古城を改築するか、古城から建材を抜き取って新たな城に使おうと思っていたのだが、係員の予想より状況は悪そうだった。 「中にアヤカシがいるかもしれないし、調査中に崩落なんて展開も否定できない。実際にどう動くかは開拓者に丸投げするとしても、どんな準備をすれば良いのか」 ぐぬぬと唸っても妙案は思い浮かばない。 一昼夜悩み抜いた係員は、結局前回同様に、開拓者に丸投げする依頼を出すことにしたのだった。 ●依頼票に記載された情報 ・目的 最終目的はアヤカシが占拠する地域に城を建てることです。 アヤカシの討伐、現地の調査、移動や長期調査を容易にするための拠点整備など、最終目的に近づくための結果を少しでも出せれば、その時点で依頼は成功となります。 ・現地状況 直径数十キロに達する、だいたい円形の砂漠地帯です。 中心付近に古城が存在し、そこから数キロ離れた場所に水場があり、水場から砂漠の外に向かって転々とストーンウォールによる目印が続いています。 水場周辺のアヤカシは一度掃討されました。再びアヤカシが現れたとしても少数と予測されています。スキルを使用しなくても、煮沸するか念入りに濾過すれば飲用水として使用可能です。 砂漠内に設置された目印はアヤカシにより少しずつ破壊されていっています。 古城の状態は悪く、尖塔が辛うじて残っているだけです。 ・確認済みアヤカシ 砂人形(デザートゴーレム)。砂漠で登場する、全高3〜4メートルの、砂漠から上半身を出した巨人風の形状のアヤカシです。人間には劣るが比較的高めの知性、砂に紛れやすい体色、顔に埋め込まれたコアを破壊されない限り復活可能という面倒な要素を多数持った相手でもあります。 場所によっては数十体まとめて登場します。 サンドワーム(大砂蟲)。最小でも全長10メートルに達する大型生物です。破壊力と全体的に高い能力に高速を兼ね備え、遠距離攻撃手段と砂中に潜る能力を持つ凶悪な存在です。これまでの依頼で1体と遭遇しましたが、打倒せずに戦闘を回避しました。 凶光鳥(グルル)。希に飛んできます。高速力と高い命中力が特徴ですが、能力全体が高く射程40数メートルの怪光線まで飛ばしてきます。 怪鳥。0.5〜1メートルの鳥型アヤカシです。全体的に能力は低く、知性は鳥並みです。全域で登場する可能性があります。超遠距離では凶光鳥と見間違う可能性が少しあります。 小鬼(ゴブリン)。強力なアヤカシの群にひっそりと混じっていることがあります。 ・その他 武器防具と練力回復アイテム以外であれば、余程高価なもので無い限り希望した物全てが貸し出されます。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アムルタート(ib6632)
16歳・女・ジ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●ゴールは大砂蟲 「出てきやがったなぁ!」 ルオウ(ia2445)は満面の笑みを浮かべてそれと相対した。 地面から出ている部分だけでも一戸建て程度の大きさはある巨大生物。 砂漠において高位のアヤカシ並みに恐れられる大砂蟲だ。 ルオウには焦りも慢心も無く、相手の脅威を正確に認識した上で真正面から突撃する。 前衛系開拓者としては小柄なルオウとサンドワームの体格差は凄まじく、大きさだけを考えるなら虎に立ち向かうネズミのような構図になっている。 しかし戦闘能力の面では極端な差はない。 ルオウはほぼ垂直の表皮に強烈な蹴りを浴びせると同時に刃を振るい、鍔が埋まりかけるほど深い傷をつける。 体液まみれの刃が再び姿を現すと同時にさらに蹴りを叩き込み、今度は逆向きに刃を振るい新たな傷を刻みつける。 肉だか脂肪だかよく分からないものを吹き飛ばしながら刃が再び姿を見せると、威力を増した蹴りを飛ばし3度目の斬撃を浴びせる。 「反撃来るぞ! 俺が食い止める!」 将門(ib1770)が踏み込むと同時に、ルオウは巨大生物を蹴りつけて後ろに向け跳躍する。 真っ白な毛並を持つ猫又が光刃を飛ばしルオウを援護していたが、ルオウは猫又の首根っこを掴んで敵から距離をとっていく。 「相手にとって不足無し。来い!」 将門の騎龍である妙見も、普段の温厚さからは想像できないほど獰猛な咆哮をあげる。 己より数段格上の相手に真正面から立ち向かえるのは、妙見自身が磨き上げた力と、主人への信頼があるからだ。 妙見と自身の全ての力を刀に託し、将門は己に向かってくる巨大な頭部を迎え撃つ。 刀がきしみ、全身に巨大な力がかかる。 鍛えた開拓者でも文字通り粉砕されそうな力だったが、将門の巧みな技術により衝撃の大部分は受け流され、残る衝撃も不動により頑丈になった将門の守りを砕くことはできなかった。 「反応が早い。いえ、待ち構えていたのですか」 重力の爆音を砂漠に叩き付けた体勢のまま、エラト(ib5623)は駿龍アギオンに高速で運ばれていた。 次に使う術は効果範囲がそれほど広くなく、ほとんど至近といって良い距離で使う必要がある。 「こいつにどいてもらえりゃ随分と楽だがねぇ…。2匹がいるなんて展開は無しにしてもらいが、なっ」 アルバルク(ib6635)は大砂蟲に背を向けている。 この場にいる敵の大物は大砂蟲だけだが、討伐依頼でメインを晴れるアヤカシである砂人形達が集まりつつあるのだ。 アルバルクが銃で牽制していなければ前後から挟撃されていたかもしれない。 「ボレア!」 巨大生物が急に進路を変え、数十メートル離れた朽葉・生(ib2229)に体当たりを仕掛ける。 主人に命じられ十分な警戒を行っていた駿龍は、翼を巧みに操り気流に乗り、巨体とは不似合いなほど鋭い一撃の直撃を避ける。 全身の骨と肉がきしむ。 飛行に支障はないが次の攻撃を受けるとどうなるかは分からない。 生は強烈な吹雪を叩き付け、後退を開始する。 残念ながら、一方的に攻撃できるほど射程が長い攻撃手段は今回用意していないのだ。 「やれやれね。砂漠をマラソンしている間に気付かれてたみたいよ?」 鴇ノ宮風葉(ia0799)は陰陽符を打ち、黒い炎と共に何かを呼び出す。 姿も声も無いのに、術の素養の無い者にも感じられるほど存在感があるそれが、巨大生物の体内に入り込み死と破滅を振りまく。 術者の高い力量と膨大な練力を必要とする術は、これまで蓄積した全てに匹敵するダメージを大砂蟲に与えていた。 「浅くかかったか」 既に死にかけの大砂蟲を眺めながら、風葉は不満げに口を尖らせていた。 「待避せい! こっちに来るぞ!」 三門屋つねきちが珍しく大声をあげて注意を促す。 警告の声より早く後退を開始した風葉や、飛行可能アヤカシに乗る面々はともかく、地上を行く面々は追いつかれ踏みつぶされかねなかった。 だが、フェイント抜きの直線的な動きは、非常に大きな隙になる。 至近距離で1曲演奏できるほどの。 「お待たせしました」 ゆったりとした曲の余韻が消えると同時に、巨大なものの勢いが衰え、やがて完全に停止する。 こうなると、大技を叩き込むだけで始末が可能だ。 「貴公等の首だが、どうする?」 将門は警戒を解かないまま刃をサンドワームに向け、2人に尋ねる。 「瘴気を吸わないと次の襲撃に備えられないからパス」 「皆で戦った結果ですから」 風葉もエラトも、止めを刺す気はないらしい。 「承知した」 将門の刀が燃え盛る炎をまとう。 刃が振り下ろされサンドワームの神経が集中する個所が切り飛ばされると、その巨大な戦闘能力からすると実にあっけない最期を迎えるのだった。 ●ダンジョンアタック! 「棒も用意済みとは、若いのに分かってるな」 「親父が昔、教えてくれた伝統ある捜索法さー」 ルオウはアルバルクににやりと笑いかけると、左手にカンテラを、右手に長い棒を持ち、扉も何も残っていない正門から城の中に踏み込んだ。 頭上には風葉が喚んだ光源が従い、上下左右に対する警戒も万全だ。 「下から瘴気が流れているのかね」 アルバルクは手元にある黒い懐中時計に目をやりながら、気味悪そうに声をもらす。 古城というより石材の山と表現したくなる外見とは異なり、内部はかなり原形をとどめていた。 天井や壁に描かれていた絵は消えかけているものの、分厚く大きな大理石を大量に使った床や壁はほぼ健在だ。 とはいえ床にも壁にも天井にも、一部崩壊して穴が開いた個所がいくつかある。 「なーんか、面白いモノないかしら…肝試しじゃないんだし、探索するからには見返りが欲しいわよねぇ」 不吉さと禍々しさを感じさせる城内で、風葉はつまらなそうに周囲を確認する。 「依頼人から報酬があるんじゃなかったかいのう」 三門屋つねきちは主につっこみを入れてから、煙と光を伴う術を発動させた。 「おるわおるわ」 「使うか?」 将門が上空から見て描いた見取り図を開くと、管狐は一言礼を言ってから尻尾で位置を指し示す。 「こことこことここ、それとここにもおる」 「穴に入り込まなんだ位置にアヤカシがいるのかー。雪、頼めるか?」 ルオウがたずねると、毛並みの手入れをしていた猫又は高速で首を横に振った。 「反応が数十ある所に入り込む度胸は、俺にはねぇなぁ」 アルバルクが口を挟むと、同意するように雪は激しくうなずいた。 「下と左から来てるわよ」 風葉が言い終わるより早く刃が振るわれ、足下から手を伸ばそうとした不定形アヤカシが将門によって消し飛ばされる。 「前は俺が」 棒で突いて床の安全を確認してから、ルオウはカンテラを仲間に渡し、刀を抜きつつ突進する。 暗がりから姿を現したのは黄ばんだ骸骨(スケルトン)だ。 「こういう肝試しは勘弁してもらいてぇなぁ」 片手でカンテラを掲げたアルバルクが銃弾を放つと、背後に回り込もうとしていたスケルトンの前頭部が砕け散り、瘴気から解放された遺体が堅い床に落ち砕け散る。 残るスケルトンはルオウの回転切りに巻き込まれ、一瞬で滅ぼされる。 再び沈黙が支配した古城の中に、ようやく解放された遺体が砕ける音が響く。 だが響いているのはそれだけではなかった。 「揺れています」 エラトの声には、普段は全く含まれていない焦りがあった。 吟遊詩人として優れた聴覚を持つエラトは、広々とした天井全体が細かく震えて、大気を鈍く振るわせていることに気付いたのだ。 「よし。慌てず騒がず撤退だ」 アルバルクは壁と床の一部を削って頑丈な箱に封じると、ゆっくりと、少しでも振動を与えないように後退していく。 古城を揺らしているのはアヤカシではない。 これまで動いていなかったアヤカシが動き出したため、もともと老朽化が進んでいた古城が限界を超えてしまったのだ。 「いかん。上階のアヤカシがまとめて来るぞ!」 つねきちは主と一体化して万一に備えて守りを固める。 「賭けになりますが」 エラトがリュートを構えると、開拓者達は覚悟を固めてそれぞれにやり方で同意を示す。 不気味な振動を始めた古城の中に、どこまでも穏やかな曲が流れる。 振動は初めは強まり、徐々に小さくなっていく。 効果範囲のアヤカシを全て行動不能に陥らせたのだ。 しかし振動はゆっくりとだが再び大きくなっていく。 開拓者達がその優れた身体能力を駆使して揺らさず城外に出てから数分後、巨岩が砕ける音が響き渡った。 城の形が徐々に崩れていき、古城か瓦礫か判断に迷う状態で変化が停止する。 そして、建材と建材の隙間から、大量の瘴気が霧散しつつ吹き上がってきた。 「唄にするには、あまりに…」 エラトが切なげにつぶやく。 城の完全崩壊を警戒しつつ、風葉主従が城の外からアヤカシの探知を行ったところ、城の中心部を除き地上にアヤカシが存在しないことが確定した。 古城のアヤカシは、崩落に巻き込まれ、おそらく全滅してしまったのだ。 「だんちょ、気を落とさずに」 「うるさいやい」 あまりに浪漫に欠けた終幕に、風葉が肩を落とすのであった。 ●湧き水と書いて池と読む 「英雄譚ではなく滑稽話の題材になるかもしれませんね。はい、完了しました」 陰陽師風の服装をした人妖が、城でのあれこれで傷を負った開拓者達を癒していく。 サンドワームとの戦闘時に比べるとかすり傷以下の負傷だったため、治療にほとんど時間はかからなかった。 それからしばらくして、駿龍が上空から降下してくる。 生は音も立てずに駿龍から飛び降り、足早に水場に駆け寄る。 「やはり見間違えではなかったのですね」 砂漠の熱い風に吹かれて揺れる水面が、明らかに広がっていた。 外部から鳥が訪れていたらしく、糞を含めた痕跡もいくつかできている。 「生さん、砂嵐が来ますので」 「承知しました。待避所の設置にかかります」 玲璃(ia1114)に答え、生は水場から少し離れた場所に石壁を立て始める。 「終わりが見えませんね」 「私も理屈は分からないけれど、可能な限り浄化を進めるしかないと思うわ」 蘭は常識的な意見を述べることで主人の迷いを振り払う。 「はい」 玲璃は結界を展開してアヤカシの気配を探る。 既に池と呼べるだけの大きさに達した水場の底を中心に、アヤカシらしき反応がいくつもある。 浄炎によりその反応だけを消すと、瘴気が水面から立ち上り、しばらく後に気泡が水面を騒がせる。 他の個所のアヤカシ処理を終わらせてから再び確認すると、池の底から水が溢れているとしか思えない水の流れができていた。 「どうよ?」 「薄いわ。城の中では結構回復してたけど、ここは街中並み」 瘴気回収による練力の回復速度から、風葉とアルバルクは瘴気濃度の確認を行っていた。 ときどき外からアヤカシがやってきてそのたびに開拓者が迎撃に向かうが、水場は終始穏やかだった。 玲璃が浄化しているのがどんなアヤカシなのかは、姿を確認できないため全く分からない。 しかし浄炎で処理できる以上、アヤカシとして扱って問題はない。 この場に学者がいれば新種のアヤカシかもしれないと言って騒いだかもしれないが、この場にいるのは依頼をうけた開拓者と朋友だけだ。 玲璃は池の底に反応が現れるたびに浄炎を発動するという行動を、砂嵐が到来するまで延々と繰り返したのだった。 ●池と書いて不可侵と読む 砂嵐をやり過ごした開拓者達が目にしたのは、朝日を受け輝く湖面だった。 「探知できる範囲に反応はありません」 瘴索結界「念」を発動させて、さらに大きくなった池の周囲を一周した玲璃は、浄化の完了を宣言した。 「お疲れ様」 蘭がねぎらうと、玲璃は淡く微笑んで応える。 熟練開拓者として体力面でも優れている玲璃だが、練力を補給しつつ数え切れないほど術を使い続けるのは、さすがに厳しかった。 透明な水に、生がそっと手で触れる。 触覚でも臭覚でも異常は捉えられず、蘭に解毒の準備をしてもらった上で味覚で確かめても異常は無い。 生がそのことを伝えると、アルバルクは思わず天をあおいだ。 アル=カマルにおいて、農地と農地になりうる土地は特別な意味を持っている。 私利私欲に走る者も、悪逆非道残虐無比な統治者も、これを害することだけは決してしない。 害したことが露見すれば、アル=カマルの全てが敵になりかねないからだ。 農地になりうる土地を放置する場合もそれに準じるだろう。 そして、この依頼の依頼人は、おそらく他者を利する農地に興味がない。 「これは揉めるぜ」 確実に発生する騒動に思い、アルバルクは口元を歪めるのだった。 ●依頼を終えて 消耗の度合いと物資の残量から撤退を決断した開拓者達は、途中で遭遇したデザートゴーレムの群を蹴散らしながら帰還した。 アルバルクが採取した建材の一部を確認した開拓者ギルド係員は鼻歌を歌いながら職人の手配を開始したが、エラトから詳細な報告書を渡され読み終えると泡を吹いて昏倒した。 特に有能という噂は聞かない人物だが、己の手にあまる案件と化したことが分かる程度の能はあったらしい。 開拓者が帰還してから数日後、係員は家族と水杯を交わしアル=カマルに向かった。 |