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■オープニング本文 ●駄目人間更生中? アル=カマルと天儀を行き来しつつ物資の調達や各種根回しに走り回る開拓者ギルド係員は、ここ数週間家に帰っていなかった。 酒場に繰り出すこと買い物で物欲を満たすこともできず、神楽の都にいるときに家族が差し入れてくれる弁当だけが心の癒しだ。 「次に必要なのは、えーと」 ここのところ連続で依頼を出している富豪から見せられた地図を脳裏に浮かべる。 もとは開拓者が作成した地図であり、小規模な貴族の私兵団なら踏み込んだ時点で全滅しかねない危険地帯を、1回につき10人未満の開拓者が被害を出さずに調査を進めている場所のものだ。 「うん」 うなずいて結論を出す。 「さっぱり分かんね」 危険地帯の端から少しずつ制圧していくという展開を予想していたのだが、開拓者達は自分達の力を最大限に活かして調査を順調に進めている。 予想より倍は早い。 依頼主はこの展開に大変満足しているが、係員としては喜んでばかりはいられない。 金と権限を一時的に預けられている係員としては、依頼主の大目標(アヤカシを排除して築城)達成に近づくための依頼を出す必要が有る訳だが、開拓者が有能すぎるため下手な依頼を出すと開拓者に枷をはめることになりかねない。 「ま、いいや。細かいことはできる人達にお任せということで」 満足させられなければ社会的に抹殺されそうな危険人物が依頼主であることから目を逸らしながら、係員はさらさらと依頼を出すための書類を書き始めるのだった。 ●無人の砂漠 地元民から帰らずの砂漠、地獄の砂漠、あの世への入り口等様々に呼称されている砂漠がある。 魔の森に飲まれたのではなく、強力なアヤカシが現れた訳でもなく、単にアヤカシの攻勢に耐えきられなくなって放棄された場所だ。 数百年前は立派な城と農地があったらしいが、先日開拓者が調査を行うまでは中がどうなっているか全く分からなかった。 調査の結果、外縁部ではデザートゴーレムが徘徊し、中心に向かって進むと苔すら生えぬ無人の水場があり、砂漠の中央には城らしき建造物があるらしい。 砂漠の端から少し離れた場所には小さな村があり、開拓者とその朋友のための物資の届け先となっている。 開拓者の来訪を当て込んだ村長が客間と厩舎を増築したので、砂漠に侵入する前に休息をとることも、砂漠から帰還後に休養をとることも可能。 その村の近くから砂漠の外縁部にかけて、以前踏み込んだ開拓者が複数の石壁を目印として残している。これに沿って移動している間は迷うことはないだろう。 砂漠の外で収集可能な情報は既に全て集まっている。また、依頼主以外の助力を仰いでも良い影響が出る可能性は低い。 この場所がどうなるかは、開拓者の行動にかかっている。 ●依頼 目的は砂漠の調査。 武器防具と練力回復用装備を除く全てが支給される。 以上の条件と砂漠の場所だけが書かれた依頼票が、天儀の開拓者ギルドの隅にひっそりと張り出されていた。 |
■参加者一覧
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アムルタート(ib6632)
16歳・女・ジ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●往路 砂漠の端から水場までの距離は約20キロメートル。 街道ならゆっくり歩いても数時間で踏破できる距離だが、ほとんど目印のない砂漠で、しかもデザートゴーレム他が大量に潜んでいる危険地帯の20キロメートルを踏破するとなると、志体持ちであっても容易ではない。 無策で行けばどれだけ強力な開拓者でも途中で倒れかねない過酷な環境だ。 そんな場所を、ほとんど無造作といえる手段で突っ切る集団がいた。 「今どのくらいだ?」 真紅のマフラーで口と鼻を覆った巴渓(ia1334)が、砂を両側にはね除けながら強引に直進していく。 「半分くらいだな。水、飲むか?」 駿龍サザーに乗って渓を先導するアルバルク(ib6635)が革袋を取り出すと、渓は笑顔と表現するにはあまりにも凶悪な表情を浮かべた。 「いらん! 今は時間が惜しい!」 渓の進行方向にある平らな砂地から、盛大に砂を巻き上げながらデザートゴーレムが姿を現す。 数は5。 それだけなら駆鎧を使わずに倒しきれる相手だが、今戦う羽目になればその時点で破滅だ。 「後ろからも来てるもんな」 ルオウ(ia2445)は超人を通り越して非常識な領域に達しつつある身体能力を活かし、後ろ向きに走りながら渓に併走している。 視線の先には20以上のデザートゴーレムが隊列を組んで追ってきており、今のところは徐々に距離が広がっているが戦闘を開始すれば間違いなく追いつかれるだろう。 撤退を真剣に考え始めたとき、上空から澄んだ音色が降り注ぐ。 エラト(ib5623)の奏でる弦楽器の音だ。 天鵞絨の逢引から夜の子守唄へと至る演奏は、もとから高いエラトの知覚力をさらに引き上げ、アヤカシに確実な眠りを強制する。 結構な高速で移動移動していたゴーレムのいくらかは頭から砂地に突っ込み目が覚めるが、その頃渓とルオウは100メートル以上遠くに行ってしまっていた。 「相変わらず凶悪だなー」 バダドサイトで遠方の索敵中のアルバルクは、後から響いてきた音で事情を察した。 広範囲の敵全てを一時的とはいえ行動不能にする術は、使うタイミングを間違えなければそれだけで戦闘が終わる鬼札となり得るのだ。 「今回は水回り確保ともう1つできれば御の字ですね」 駿龍アギオンの背に乗るエラトは、変化の乏しい砂漠に目をやりつぶやく。 「雲の高さまで上昇すりゃ城の位置も確定するんだろうが、何が出てくるか分からねぇし進んでやりたかねぇな」 アルバルクはやる気なさ気に応える。 エラトの美貌を見ながらならテンションも上がっただろうが、バダドサイト使用中の彼は、残念ながら近くにあるものを正確に認識できないのだ。 「そう、ですか」 エラトは淡い微笑みを浮かべたまま、偵察の手段について考えをめぐらせるのだった。 ●毒の水 水場を見つけたミヅチが、宙を滑るように飛んでいく。 乾ききっていた砂漠の空気とは異なり、水場に近づくほど空気に湿り気を増していく。 ピィピィと機嫌良く鳴きながら高速飛行する藍玉は、突然、まるで時が止まったかのように動きを止めた。 「ピィ‥‥」 落胆の気配を隠そうともせず、水場を向いたまま器用に後退して乃木亜(ia1245)の陰に隠れる。 小柄で細身の乃木亜では、藍玉の体の半分も隠せない。 しかし藍玉は乃木亜の背中で安堵し、あっという間に機嫌を直してピィピィ鳴き始める。 「すみません。この子がはしゃぎすぎてしまって‥‥」 「気持ちはすっごくよく分かるよ」 アムルタート(ib6632)は日陰に籠もったまま心の底から同意する。 砂漠に入ってから水場に到着するまで日陰は存在しなかった。 ここにある日陰は、全て朽葉・生(ib2229)が創った石壁である。 本来はアヤカシ襲撃に備えた防壁兼、アヤカシの行動を誘導するための障害物なのだが、アムルタートだけでなく鷲獅鳥や龍などの朋友達が石壁の陰で休んでいる。 どの朋友も極めて強靱なのだが、砂漠の上を長時間飛んだことにより疲労が溜まっている。無理を承知で大量に持ち込んだ水が無ければ、休んでも体力を回復しきれなかったかもしれない。 「ヴァイスー。哨戒に行くぞー」 仲間に水を配り終えたルオウが声をかけると、迅鷹のヴァイス・シュベールトが日陰から姿を現す。 水分補給だけでなく毛繕いも完了しており、勢いよく飛び立ち宙を舞い始める。 ただし高度はそれほど高くない。 前回の遠征で、主人が高空で移動中凶光鳥に襲われたことを知っているからだ。 「酢?」 駿龍のボレアに水を飲ませていた生が、風が運んできた奇妙な匂いに気付く。 「敵襲〜?」 うんざりした口調で応えるアムルタートは、やる気の余り感じられない声とは対照的に、既にイウサールに跨りいつでも戦闘を開始できるだけの準備を整えていた。 「酸でしょうか」 鳳珠(ib3369)は結界を展開して広範囲の索敵を開始する。 水場とはいっても瘴索結界「念」の効果範囲で覆える程度の広さしかない。 鳳珠は即座にアヤカシの所在を掴むことに成功する。 「粘泥(スライム)?」 池の底にアヤカシの反応がある。 通常の視界ではただの砂しか見えないものの、ゆったりとした動きは粘泥に近いものを感じる。 「ええと‥‥。攻撃、しかけます?」 乃木亜が警戒しつつ水面に近づいていく。 藍玉は主人の着物の裾をくわえてその場にとどめようとしていたが、乃木亜はするりとすり抜けて歩みを進めてしまう。 「土地に痛手を与えて湧き水が止まる可能性もあります。初手は浄炎で」 「はい」 乃木亜は藍玉と共に水際で敵襲に備え、光陰はいつでも主人を乗せて飛び立てる状態で待機する。 鳳珠は竜の吐息の名を持つ魔杖を掲げ、不浄のみを燃やす炎を解き放つ。 浄炎は水場には一切の影響を与えず、水中にいるアヤカシのみを燃やしていく。 開拓者という脅威に気付いた粘泥が反撃のため移動を開始するが、豊富な練力保有量にものをいわせて浄炎を使い続ける鳳珠に敵うはずがなかった。 水面まであと1メートルというところで力尽き、瘴気となって水面から立ち上る。 「倒しても酸っぱい臭いは消えねぇんだな。‥‥これ拙くないか?」 懐中時計「ド・マリニー」で瘴気の流れを確認していたアルバルクが口元を歪ませる。 粘泥が倒され瘴気が減った場所に、ゆっくりかつ少量ではあるが瘴気が流れ込んでいるのだ。 「ヒャッハー♪ アヤカシも消毒だ〜♪」 鷲獅鳥に乗ったアムルタートがいきなり水面を横切る。 イウサールの鉤爪に、直前まで陰も形も無かったはずの小鬼が掴まれていた。 「まるで魔の森ですね」 後方を警戒していた生が水面に近づき、2本の空の瓶に水をくむ。 自らの鼻を水に近付けなくても、酸っぱい臭いは残っていた。 「飲み、ます?」 乃木亜の顔には「止めた方が良いですよ」とはっきりと書いてあった。 「いずれは確認する必要がありますから」 生は後衛職の魔術師ではあるが、経験を積んだ志体持ちであるため、体力も抵抗力も常人とは異なる次元にある。 水を標本として持ち帰って調査するのも重要だろうが、水が変質する可能性もあるため出来ればこの場も調査したい。 「藍玉、癒しの水の準備」 乃木亜主従が毒消しと回復の術を準備し、鳳珠が瘴索結界「念」で索敵を行い、アルバルクが騎龍と共にいつでも飛び出せる状態で構える中、生はキュアウォーターを発動し1つの瓶を浄化する。 そして無造作に口をつけ、少量を口に含み、数十秒経ってから嚥下する。 「味がないです」 妙な魔法がかかっていなかったため、単純に不純物が取り除かれ、危険は無いが美味くもない水になってしまったらしい。 続いて未加工の水が入った瓶を傾け、小さな器に少量を移す。 その中に指をそっと入れ、異常が無いことを確認してから自らの舌で指を舐める。 透明ではあるが汚水と表現したくなる味だ。 そのままでは飲用水として不適なのは確かだが、開拓者の体力があれば腹を下すことはなさそうだ。 念のために乃木亜が解術の法と解毒を使い、物理的な毒と超常の毒の対策を行う。 彼女が毒への対抗手段を用意していなければ、生も確実ではあるが危険がある手段で水の状態を確かめようとはしなかっただろう。 生はしばしの沈黙の後、五感を通じて得られた調査結果を口にした。 「軽く濾過すれば農業に使えそうです」 生の言葉に、アルバルクは口笛を吹き、アムルタートは目を丸くする。 「開拓できちゃうね」 既存の大勢力の影響下に無い水源。 湧き出る水の量にもよるが、血で血を洗う争いが始まってもおかしくない、アル=カマルにおいては黄金よりはるかに価値がある存在だ。 「私はこれから目印の再設置に向かいます」 「付き合うぜ」 生は奇妙な緊張感のある空気を無視し、アルバルクを連れて元来た道を戻って行くのだった。 ●野営 開拓者達は水場の近くに天幕を設置し、交代で警戒を続けていた。 水場付近のアヤカシは根こそぎ処理したとはいえ、この砂漠にはどれだけアヤカシがいるか全く分かっていないのだ。 いくら警戒しても警戒しすぎにはならない。 「これで何回目の襲撃だ」 渓は紅の駆鎧に乗り込みながら毒づいていた。 「5回から後は数えてない!」 高速で刃を振るっていたルオウは、ようやくむき出しにすることに成功したデザートゴーレムの核を両断した。 エラトによって意識を狩られていた周囲のアヤカシは徐々に回復しつつあり、このままだと動きを封じられかねない。 ルオウは素早く足場のしっかりとした場所に移動し、大きく息を吸って咆哮を放つ。 「きやがれい!」 小型のアヤカシを含むデザートゴーレム部隊は、一斉にルオウを目指す。 部隊の背後から、渓のカイザーバトルシャインが巨大斧を振り下ろす。 小型の建造物なら一撃で吹き飛びそうな威力があるのだが、相手は砂でできたアヤカシで、物理的な攻撃には滅法強い。 数発浴びせても弱っている様子は無かった。 「1枚じゃ強度が足らねぇのか」 アヤカシの進路上にあった石壁が数秒で消えてしまったことに気づき、渓は駆鎧の中で眉を寄せた。 術と技を駆使した開拓者により翻弄されているとはいえ、この場にいるアヤカシは決して弱くはない。 志体持ち8人で倒すのは、普通なら無理難題なのだ。 「いくらなんでも数が‥‥」 必死に水を放ち続ける藍玉を守りながら、乃木亜が表情を曇らせる。 「エラトはどこーっ?」 練力が残り少なくなっているアムルタートが叫ぶ。 狼煙銃をぶっ放すだけでは足りないかもしれないので、敵の足止めに関しては理想的な術を持つエラトには側に居て欲しかった。 「サンドワームの足止めに行っている! 泣き言言わずに手を動かせ!」 紅の駆鎧と同じ相手に対して射撃しながら、アルバルクは大声で返事をする。 彼のすぐ側を強烈な吹雪が通り過ぎ、ルオウの誘導で一カ所にまとめられていたアヤカシ群に襲いかかる。 小物は一瞬で砕かれ、強靱なデザートゴーレムも連続して吹き付ける吹雪に耐えることはできず、コアごと冷やされ砕かれる。 敵主力が壊滅してしまえば後は作業だった。 開拓者達は手慣れた様子で残敵を処理すると見張りを残して眠りにつくのであった。 ●撤退 開拓者達は陽が昇ると同時に起床し、練力量が残り少なくなったことを理由に撤退を決断する。 半日以上アヤカシの駆除を行った水場は、訪れた当初とは異なり静かな雰囲気を持つようになっている。 鳳珠がアヤカシのみを排除し他を傷つけなかったため、水質も工場しているようだ。 とはいえ瘴気の濃度は相変わらず濃く、次にこの場に来たときアヤカシが復活している可能性は十分にある。 「それは?」 素早く荷造りを終わらせたエラトが羊皮紙に何かを書き込んでいることに気づき、鳳珠は声をかけてから横から羊皮紙を眺める。 そこには古ぼけた城というより、一部の尖塔だけを残し崩壊してしまった石造りの建造物が描かれていた。 仲間が移動や哨戒の際に見た城らしきものについての情報を総合して描き上げたのがこれである。 多少は見間違いも反映されているかもしれないが、実物と大きな違いはないだろう。 「城、だったものです」 2人のやりとりに気がついたのか、荷造りを終えた皆が集まってくる。 「立て直しと新築、どちらが短期間で済むでしょうか」 砂漠での建設の難しさを実地で理解しているた生が、思わず遠い目をしてしまう。 「依頼人も、ここに本気で住む気はないだろう?」 常識的に考えればそうなのだが、常識的に考えられる人間は地域開放事業を独力で推し進めたりはしない。 「そうだよね〜♪ 住むつもりなら完全にアヤカシを締め出すくらいしないと無理だしっ」 実現できれば農業も可能になるだろう。 それがどれだけの名誉と富をもたらすのか、また、実現のためどれだけの困難が待ち構えているのか考えると、壮大すぎて現実味が無くなってくる。 開拓者達は目の前の現実に意識を切り替え、アヤカシの襲撃を回避しながら砂漠から撤退するのだった。 |