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■オープニング本文 ●浪志組 尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の安寧のために己が武を振るうべし――浪志隊設立の触れは、広く諸国に通達された。 参加条件は極めて簡潔であり、志と実力が伴えばその他の条件は一切問わないという。出自や職業は無論のこと、過去の罪には恩赦が与えられる。お家騒動に巻き込まれて追放されたり、裏家業に身を落としていたような、立身出世の道を断たれた者にさえチャンスがあるのだ。 「まずは、手早く隊士を募らねばなりません」 東堂は腕に覚えのある開拓者を募るよう指示を飛ばす。浪志組設立に必要な戦力を確保することを第一とし、そして――いや、ここに来てはもはや悩むまい。 ――賽は投げられたのだ。 ●料亭 料理から調度品、従業員の服装から体調に至るまで、ありとあらゆるものの点検を厳重に行った主人は、今日初めての客を迎え入れるため玄関へと向かう。 特別に高貴だったり、特別に権力や財力を持っている客ではない。 しかし主人にとっては全ての客が特別であり、手抜きをするなどあり得ないのだ。 主人は扉の向こう側から気配を感じると、ゆっくりと扉を開いていく。 万全の保全維持がなされている扉は、歴史を感じさせる古びた印象を裏切り、ほとんど音をたてずに横へと開いていく。 主人が礼をして客を迎え入れようとする。 が、そのとき、主人は半世紀生きて初めて命の危機を感じた。 高い格を持つ料亭の主人としてあり得ない荒い動きでその場から飛び退く。 「なっ!」 不定形の闇としか表現しようのない物の中から、デフォルメされた筋肉質の腕が突き出され、1つ1つ厳選された小石が敷き詰められた三和土を砕く。 完全な回避には失敗したのか、主人のふくらはぎには深い傷が刻まれ赤黒い血が流れ出していた。 「アヤカシだと」 従軍経験のある下男が複数飛び出し小鬼を押し出していくが、主人は恐怖で全身を激しく震わせていた。 命の危機にさらされた恐怖ではない。 何世代も命をかけて守り抜いてきた、料亭という場が無くなることに対する恐怖だった。 ●協力と要求 「状況は?」 「開拓者ギルドには依頼済。客には事情を話してお帰り願った」 「問題ない。隠し通せるような相手はこの場に来ない。危険を隠したことが露見すればそれだけで致命傷だ。我々は全面的に支持する」 神楽の都の一角にある、小さな料亭や呉服店が集まった通りが封鎖された日の晩に、各店舗の経営者が一堂に会していた。 「まずはアヤカシの排除か」 「何が何体いるかも分かっておらん。時間最優先の条件もつけた故、依頼料は凄まじい額になるだろうな」 「この際速度最優先だ。排除だけでなくな」 血がにじむ包帯で足をきつく縛り、青い顔で杖をついている男が断言する。 「護衛戦力の配備か。しかし開拓者ギルドへの長期依頼となると負担が限界を超えかねんぞ。神楽の都にアヤカシが現れるようになった原因は不明なのだ。下手をすれば常駐させることになる」 「東堂の要請に応える。金を出す分は役に立ってもらおう」 その発言が経営者達の耳に届いたとき、狭いが金がかかった室内にうめき声が満ちた。 「他に有効な手立てがないとはいえ政治的な動きをしかねん奴と関わるのか」 経営者達は苦渋の表情を向けあう。 個人として東堂を好ましく感じる者もいるが、経営者の立場としては手を結ぶのは避けたい。 特定の勢力との結びつきが強くなりすぎれば、長年の努力によって得た上客が離れかねない。 「安全を確保できない場所で商売はできぬ。少なくとも我々がこれまでしてきた商売はな。時間がない。東堂に巡回と緊急時の戦力派遣を依頼することに反対の者は?」 迷う者は大勢いたが、対案が無い以上挙手できる者はいない。 「では、我々の総意として東堂の要請に応えるものとする。条件交渉はお任せしても?」 まとめ役である呉服屋の店主が視線を向けると、負傷した主人は即座にうなずいた。 「皆の了解が得られるならば」 東堂の元へ急使がたてられたのは、それから数分後のことである。 ●討伐依頼 神楽の都の一角にアヤカシが出現した。 幸いなことに戦闘能力が低く、避難誘導も的確だったため人的被害は一切無い。 しかし客の避難に全ての人手と時間を費やしたため、アヤカシの数も正体も現在の行動も一切分かっていない。 現在、1人の魔術師を含む民間有志がアヤカシの現れた一角を封鎖している。 このままでは営業の再開のめどが全くたたない。 可能な限り早く、また可能な範囲で現場の損壊を抑えつつアヤカシを排除して欲しい。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
紅咬 幽矢(ia9197)
21歳・男・弓
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
御凪 縁(ib7863)
27歳・男・巫
柏木 煉之丞(ib7974)
25歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●浪士 横なぎに振るわれた棍棒が、朧気な人型に直撃する。 瘴気で形作られたそれはふらりとよろめき、一見かなりの痛手を受けているように見えた。 「アヤカシめ! お前達の狼藉もここで終わりだ!」 たすきがけした浪人風の若者が全力で棍棒を打ち下ろそうとする。 その構えは堂に入ったものだったが、その道の達人や志体持ちと比べると動きは荒く、気負いすぎ力が入りすぎているためか隙が大きすぎた。 幽霊は嘲笑を浮かべ、全てを呪う声を真正面から叩き付ける。 「がひっ」 悲鳴というより破砕音と表現したくなるような音が口からもれるが、若者は得物を手放ずにアヤカシへと向ける。 しかし体に受けた衝撃に耐えきることはできず、その場に片膝をついてしまっていた。 青年が最期に一突き浴びせようと覚悟を決めたとき、その横を軽やかな足取りで駆け抜けていく者がいた。 「はっ」 柏木煉之丞(ib7974)が鋭い呼気と共に振るったのは蒼い刀身を持つ名刀蒼天花。 踏み出した足の先から手のひらまで全ての力を込められた一刀は、不定形のアヤカシを一刀両断に切り裂いていた。 「手柄を横取りしてしまいましたか?」 飄々とした口調で煉之丞がたずねると、青年は一気に緊張が抜けたらしく、蒼白な顔色で荒い息をつき始める。 「気を緩めるなよ」 頼りがいのある声が背後聞こえたかと思うと、青年の体が急に楽になっていく。 はっとして体のあちこちを触ると、先程まで麻痺していた痛覚が復活していた。 涙が出るほど痛かったが、生を実感できる喜びは痛みを忘れられるほど大きかった。 「ありがとうございま‥‥」 青年は立ち上がって背後に向き直り礼をしようとする。 が、予想もしなかったものに気付いて思わず声をあげてしまう。 「つ、角ぉっ?」 平均的な体格の青年からすると見上げるような大男の頭に、無骨で逞しい2本の角が生えていたのだ。 「修羅を見たのは初めてかい?」 青年の足下から伸びてきた腕を切り飛ばしてから、煉之丞が青年を見つめる。 彼の頭部にも、2対4つの角が生えていた。 「あ、あ、ああっ」 混乱し、修羅についての思い出し、現状と己の醜態に気付き慌てる。 目の前の男達が開拓者であり救援であることにようやく気付いた青年は、居住まいを正し深々と礼をした。 「だから気を抜くなと言っているだろう」 御凪縁(ib7863)は加護法で煉之丞の抵抗力を高めてから、通りの隅の薄暗がりに潜んでいた雲骸の周辺を歪ませた。 砕けて瘴気に戻り散っていくアヤカシに、青年は感嘆の吐息を漏らす。 が、それを成し遂げた本人はわずかに眉をしかめていた。 使用した術の性質故か、損害を与えられた実感が薄い。 脆い雲骸でこれなら、幽霊を相手にすると練力が足りないかもしれない。 一瞬の間にそこまで考えてから、縁は自信に満ちた、経験の浅い者ならそのまま頼ってしまいたくなるほど悠然とした態度で口を開く。 「ここは俺達が押さえる。機を見て下がれ」 青年を守るため、煉之丞は囮を買って出て幽霊を防いでいる。 「いや、それは」 青年の視線がちらりと真横を向く。 大きな建物の、広大な庭を隔てた場所で、ほっそりとした女が杖を振り回して幽霊数体とやりあっていた。 明らかに白兵戦に向いていない杖で数体の幽霊をまとめて相手取れることからして、おそらく中堅開拓者程度の実力はあるのだろう。 「彼女が戸塚殿かな?」 近くの幽霊を全て切り倒して刃を鞘に納めた煉之丞が問うと、青年は即座に首肯した。 「はい! 東堂先生のもとで浪士組を‥‥ってすみません。礼は改めて伺います!」 実力不足を承知の上で戸塚小枝(iz0247)のもとへ向かう青年は、少なくとも熱意に不足はしていないようだった。 「さてさて、向こうはどうなっていますかね」 幽霊が大量にいるはずの方向に目を向ける煉之丞の耳に、大気を揺るがす咆哮が届いていた。 ●大漁 「でてこい!」 分厚い壁を通しても聞こえる大きな声が響く。 ルオウ(ia2445)による咆哮の力が込められたそれは、少々かかりが浅かろうが抵抗が上手くいこうが、かなり強力なアヤカシで無い限り抵抗のしようがない。 つまり、直径100メートル強の範囲のアヤカシが一斉にルオウ目指して集まって来る。 意匠が凝らされた襖が内から破られ、素晴らしく薄い和紙が張られた障子が中から飛び出してきたアヤカシごと宙に舞う。 控えめに表現しても怪談じみた光景だった。 「1個所でこれかよ」 空中を移動し一直線に接近してくる十数体の幽霊を前にして、ルオウは恐れもせず呆れに近い表情を浮かべていた。 移動に集中できるせいか、主力武器である呪声を使ってくる気配はない。 この場に留まり回転切りでまとめて処理する好機ではあるが、残念ながらそうする余裕はない。 「上空は押さえる」 一際高い建物の屋上に上がったニクス(ib0444)が、流れ矢を気にせず斜め下方に対し射撃を開始する。 ルオウの咆哮の範囲から逸れた幽霊がいくつか上昇しようとしていたが、正確に2本ずつ放たれた矢に射貫かれ、形を保てなくなって霧散する。 幽霊を射貫いた矢はそのまま直進し、見事な形をした岩に亀裂を生じさせてめり込み、灯籠を粉砕し、真新しい漆喰の壁に矢の飾りを付け加えていく。 修理にいくら必要になるか考えると頭が痛くなる光景かもしれないが、あいにくこの場にはそんなことを気にする者はいない。 「任せた!」 ルオウは大量の幽霊を引き連れたまま全力疾走を開始する。 瀟洒な生け垣と飛び越え、草木の1本1本まで計算され尽くされた庭に深い足跡を刻みつけながら、何度も咆哮を発動させていく。 そのたびに大量の幽霊と少数の雲骸が建物を突き破って群に合流し、ただひたすらルオウを追っていく。 「これは案外」 手強い仕事になりそうだ。 ニクスは内心そう呟いてから、淡々と矢を放っていくのだった。 ●夕日 「もうすぐ夜‥‥ですね。いっそ完全に陽が落ちた方が敵を目視し易くなりそうです」 柚乃(ia0638)はため息をつくポーズをとりながら、油断無く周囲に注意を向けていた。 低い位置から照りつけてくる夕日は、艶な屋敷や庭を赤く染め、濃い陰影をつけている。 逢魔が時に相応しい危険な美しさだ。 しかし仕事を請けてこの場に来た開拓者としては、敵を見つけにくい状況でしかない。 「遠くにいるのは、恐らく幽霊?」 咆哮の効果範囲から逃れたらしいアヤカシが、大型肉食獣に怯える小動物のように慎重に動いている。 「あっ‥‥。柚乃が見つかってしまいましたか」 幽霊は柚乃に気づいて慌てて向きを変え、全力で呪いの声を叩きつける。 叩きつけたのだが、柚乃には痛みどころか何かが当たった感触すらなかった。 術に対する抵抗力が高すぎるのだ。 「そこにアヤカシが‥‥誰もいませんね」 敷地が広大なため、皆散らばってしまっている。 ルオウの声が徐々に近づいて来ているとはいえ、このまま索敵役に徹してアヤカシを放置する訳にもいかない。 柚乃は精霊力をまとめ、必死に攻撃を続ける幽霊に向かって解き放つ。 強大な破壊力にただのアヤカシが抵抗できるはずもなく、軽く触れた瞬間には塵も残さず消し飛んでいた。 「おおい! 集め終わったぞ!」 白塗りの壁を軽々と飛び越えて来たルオウが着地する。 その数秒後、数えるのも嫌になりそうな数の幽霊が、まるで洪水か何かのように壁を越えようとしていた。 「こっちは終わったぞ」 縁がゆったりとした足取りで近づいてくる。 風格がある彼は、贅を尽くした庭によく似合っている。 もっとも当の本人は、正気を疑いたくなるほど手間がかかった屋敷や庭を興味深げに観察していた。 「助かった。これだけ多いとさすがにな」 ルオウは幽霊の攻撃では傷一つ負わない。 しかし数十体の幽霊にのしかかられた場合、身動きができなくなってしまう可能性が少ないとはいえある。 万が一そうなればどんな開拓者でも死は免れないだろう。 「引きつけるのは担当するから後は頼むぜ」 ルオウが再び駆け出すと、密集した幽霊がその後を追う。 「分かった。端から潰していくとするか」 縁は腕まくりをすると、最後尾の幽霊へと殴りかかる。 刀で、術で、矢で、拳で全てのアヤカシが処理されるまで、ルオウはその場をぐるぐると回り続けるのだった。 ●深夜 陽が没さないうちに戦闘は終了したものの、アヤカシの全滅が確認できたのは日付が変わってからだった。 「浪志隊‥‥ですか?」 「そう言っていたな」 ニクスは柚乃から熱い茶が入った碗を受け取り、静かに礼をしてから口に含む。 冬の寒さで冷えた体に、熱い茶は非常に美味く感じられた。 「危急対応のため武力の巡回を許すと」 美しい所作で茶碗を持ちながら、煉之丞は心眼の連続使用による疲労を見せずに淡く微笑む。 彼の視線の先には、増援と交代してこの場を去ろうとする東堂一派の姿があった。 目があった青年が深々と頭を下げ、それに気づいた魔術師風の女も控えめに頭を下げる。 頭を上げてから、青年を連れて開拓者の元に歩み寄ろうとするが、部下らしき者に耳打ちされ足を止める。 どうやら呼び出しがかかったらしく、煉之丞と縁に再度頭を下げてから駆け足で去っていった。 「うむ。天儀は本当に忙しい地のようだね」 煉之丞の口調はとても楽しげだった。 |