【PM】人型兵器最強説
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/13 07:10



■オープニング本文

※このシナリオはパンプキンマジック・シナリオです。オープニングは架空のものであり、DTSの世界観に一切影響を与えません。

 宇宙を戦場とするとき、兵器に求められるのは何だろうか。
 強大な破壊力?
 長大な航続距離?
 あるいは理不尽なまでの耐久力?
 様々な国家や組織が多種多様な方法で回答を追い求めた。
 ある国家は恒星間弾道弾を。
 ある国家は惑星級移動要塞を。
 またある組織は理論上無制限に増殖可能な微少機械を完成させた。
 全ての国家と組織は慎重に全面戦争を避けつつ己の利益を追い、無数の悲劇を生みつつも人類全体としては長い繁栄の時を楽しむことになる。
 しかし何事にも終わりがある。
 国内の政情不安を解決する手段として他国に対する軍事的恫喝を行った国が、その首都が存在する惑星を奇襲攻撃で吹き飛ばされた。それが人類史上最大の戦争の始まりとなった。
 居住可能惑星が次々に崩壊し、超高速機関生産工場や数千光年先に繋がる装置も根こそぎ破壊されていった。
 戦争終結時に辛うじて国家としての形を保っていたのは、科学ではなく呪術に基づく兵器を擁する国のみであった。

●ある寺子屋にて
「せんせー、Rってなんですか?」
「ばっかおめぇしらねぇのか。あれだよあれ。休日の朝にやってる二次元アニメの主役兵器だよ」
「はい、みんな注目!」
 教職についたばかりの女性が、己の手を打ち合わせて教室内の騒ぎを沈静化させる。
 年に1回しか恒星間連絡船が来ないような田舎のせいか、屁理屈をこねたりせずに素直にこちらを向いてくれる。
「まずは伊藤君の質問に答えます。疑問に思ったことがあれば、先生の話が終わってから手を挙げて質問して下さいね」
「はいっ!」
 十数人の生徒達は、明るい表情で一斉に返事を行った。
「はい、良い返事ですね。それではRについてですが」
 千年以上前から伝わる女教師風ファッションで決めた新米教師は、度の入っていない眼鏡の位置を直しつつ口を開く。
「Rは生命を脅かす存在を探し当てる機械です。星系の外から飛んで来る大戦期の流れ弾や不発弾、生物兵器級の疫病から凶暴な現住生物まで、8機あれば標準サイズの居住惑星全てを同時に探し当てることができるんです」
「えーっ? 敵をばったばったとなぎ倒す兵器でしょ?」
「先生も恒星戦士ライトは大好きだけど、現実のRは自働四輪に押し合いで負けてしまうくらい力が弱いのよ。外付け推進器で大気圏離脱できる程度には頑丈だけど」
 子供の夢を壊さないよう、けれど現実を誤解しないよう、教師は乏しい経験から参考になる知識を引き出しつつ必死に会話を誘導する。
「先生」
「はいシュヴァルツさん」
 挙手した女生徒に質問を許可すると、彼女は疑問を真正面からぶつけてきた。
「おと‥‥父から聞いたのですが、Rは環境破壊兵器並みの規制を受けているとか」
 教師は己の表情筋が痙攣するのを感じていた。
 話をどうごまかすか必死に考えるが打開策は見つからず、結局最初から全て説明することに決める。
「良い機会です。Rがどうして造られたのか、現在Rがどう使われているのかみんなで学びましょう。算学の教本を片付けて史学の教本を出して下さい。はい西川君、忘れたなら隣の子に見せてもらいなさい。ごめんね、シュヴァルツさん」
「いえ」
 帰化して数年しかたっていないせいか、周囲に壁を作られがちな少女が教本を机の隅に寄せる。
 隣席の少年は、照れで顔を赤くしながら席ごと少女に近づいていく。
「Rが製作されたのは今から490年前。地球の暦に直すと今から505年前のことです」
 照れた少年がはやし立てられるよりも早く、教師は真剣な表情で説明を開始していた。
「当時の内地は深刻な不況が続いており、世界中で緊張が高まっているのに国防費を削らざるを得ませんでした」
 帰化人故か国家への忠誠心が高い少女が、丁寧に整えられた眉をひそめる。
 おそらく景気の良いことばかり書いてある歴史書を読まされているのだろう。
「内地がある星系で戦争が始まったときには資源衛星を守るための戦力すらなく、内地に閉じこもるしかありませんでした。先週の授業で習った通り、内地は鉱物資源に乏しく加工貿易で成り立つ惑星です。景気は最悪を超えて崩壊状態となり、宇宙船1つ造れなくなりました」
 まるで実際に経験してきたかのように語る教師の話を、生徒達は魅入られたかのように静かに聞いていた。
「そんな状況で作られたのがRです。脅威を呪術で捕捉するために戦力としては問題外の人型を採用。辛うじて搭載できたのは低出力の短射程光線砲と慣性緩和装置のみという低予算兵器でした」
 恐るべき事に生命維持装置が存在せず、大気圏内でも宇宙服の着用が義務づけられていた。
 探知能力だけは非常識な高性能を誇るとはいえ設計の出所は分かっておらず、この兵器を好んで採用しようと思う者は少数派だった。
「しかしRは大量生産可能で、しかも操縦が簡単でした。高度な技術が無ければ引き出せない力もあるのですが、脅威の捕捉能力と搭載兵器だけを使うなら自働四輪に乗るより簡単だったのです」
 結局、追い詰められた内地はRの生産に全力を注いだ。
 その後惑星外からの攻撃をRの人海戦術で耐え続けること十数年。
 物資も枯渇し国会で降伏に関する議論が進んでいたとき、惑星外からの攻撃が唐突に止んだ。
 結果的に専守防衛を貫いた一国を除き、相打ちの形で全ての国が実質的に滅んでしまったのだ。
「それから今まで500年近くかけて宇宙開発と惑星開発をやり直して来ました。その際に利用されたのが大量に残ったRです」
 その数実に1億。
 頑丈さが取り柄なため、武装を外し重機として使われているものが多く存在する。横流しの末犯罪で使われる物も無視できない数存在する。
「それから‥‥あ、そろそろお昼ですね。今日の授業はここまでです。地区ごとに班になってから帰宅して下さいね」
 にこりと笑って授業の終了を宣言した瞬間、全身の神経を逆撫でするような音が屋外から響いてきた。
 災害発生時の警報に似ているが、それより響きが禍々しい。
 一瞬顔を強張らせた教師が、咳払いをしてから朗らかな笑みを浮かべる。
「避難警報が出たので先生と一緒に地下区画に避難しましょう。2列縦隊で行きますよー」
 空襲警報に精神を痛めつけられながら、教師は必死に平静を保ちつつ子供達を安全な場所に連れて行くのだった。

●奪還者達
 地球の月に匹敵する大きさの衛星を占拠した武装勢力は、惑星の地表上に存在する宇宙港を無警告で爆撃した後、声明を発表した。
 奪われた祖国を取り戻しに来た、と。
 彼等は500年前の水準の航宙母艦と艦載機を有しており、それらはRとは次元の異なる性能を持つ。
 内地への連絡手段を失った開拓星には彼等に対抗する手段はなく、降伏するしかない。
 一部のR乗りを除いて、誰もがそう考えていた。


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
九竜・鋼介(ia2192
25歳・男・サ
からす(ia6525
13歳・女・弓
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰


■リプレイ本文

●日常が終わる日(三笠三四郎(ia0163))
「良くも悪くも600年前から変わっていませんね、この国は」
 黒目黒髪の内地人風の青年は苦笑を浮かべていた。
 目の前にあるのは500年前に崩壊した国の史跡だ。
 もとは巨大で壮麗な城だったらしいが、数百年続いた無政府状態の動乱で略奪や資材の転用が行われ、今では残っているのは土台と庭のなれの果てだけだった。
 軍を引き連れ逃げ出した者達が洗い浚い物資を持ち出した結果とはいえ、無残な有様だ。
 既に原生林風になってしまった元庭の中央には、直径1メートル近い注連縄で飾られた巨岩が鎮座していた。
 この国の人間は観光名所にするつもりだったらしく、由来が書かれた古びた立て札がいくつか立てられていた。
「資料が紛失していたため元の持ち主は不明。‥‥やる気のない観光地だったのですね」
 やる気のなさが現状に繋がったのだろう。
 テラ・エリシオンと名乗る男は、頭を切り換えて巨岩と城に背を向ける。
 その瞬間、気配としか表現しようのないものが唐突に切り替わる。
 寂れきった観光地もどきから、長い時を経た神殿じみた硬質な雰囲気へと。
 意識の中にある安全装置を解除し、自らを形作る微小機械を活性化させる。
 全力活動時の数万分の1にまで制限していた枷を外し、頭部にある感知装置に頼るまでもなく膨大な量の情報を集め、分析し、判断を下す。
 巨岩が薄れて消え、注連縄が鈍い音を立てて地面に落ちる。
 岩があった中心に極小の空間の歪みが生じ、目覚めかけの人間のように、不安定ではあるが確実に拡大していく。
「まさか」
 テラにはこの現象に心当たりがあった。
 彼の所属国しか使えないはずの、平行世界間移動の際に生じる現象だ。
 城の土台が薄れていき、入れ替わりに新築同然の白亜の城と全高5メートルに達する鋼鉄の守衛が現れる。
 疑似脳内のデータベースから守衛の胸元に刻印された紋章と同一のものを確認したテラは、大まかな事情を察し警戒レベルをさらに引き上げる。
「ギーベリ公のお住まいと気づかず入り込んでしまったこと、心よりお詫び申し上げます」
 帽子を脱ぎ、深々と見事な礼をする。
 すると閉め切っていたはずの巨大な扉が音もなく開いていき、鋼鉄の守衛達は開いた扉の両側へ移動し動きを止める。
 中に入れ、ということなのだろう。
「承知いたしました」
 隙の無さと礼儀が両立した、まるで外交官のような態度で城の中に入る。
 靴型装甲越しに感じるのは、既に絶滅した種の毛から織られた巨大な絨毯だ。
 大型Rをダース単位で並べられるサイズの大広間には、深宇宙で採掘されたと思われるダイヤから削り出されたシャンデリアが設置されている。
 大広間から二階に通じる階段を上り、大戦期に失われたはずの美術品が飾られた廊下を数百メートル歩くと、ようやく目的地らしき場所に到着する。
 精緻で壮麗であると同時に、どこか可愛らしさを感じさせる彫刻を施された木製の扉が、正門の半分の大きさの、しかし桁の違う力が秘められた人型によりゆっくりと開かれていく。
 謁見の間はここに来るまでに目にした部屋と比べると飾り気が無かった。
 人間が1つの惑星の表面にとどまっていた時代の様式が忠実に再現された、否、その時代から何らかの手段で劣化せずに生き延びた、タペストリーで彩られた石造りの城塞風だった。
「御意を得まして光栄に存じます。私は」
 テラが名乗ったのは、この星を領有する星間国家が、1人も残さず全滅したと認識してる国の名前だった。
「国ごと平行時空に待避するとはの」
 玉座にいるリンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、幼げな顔立ちに深遠な知性を感じさせる表情を浮かべていた。
「参りましたね。神話の存在に出会えたのも、あなた様が我が国の最大の武器を使えることも、全て予想外でした」
「リンスガルトで良い。‥‥汝はもう少し力を隠す術を磨くべきじゃな。この星に降り立った時点で気づいたぞ」
 もう少し寝ていたかったのじゃと呟きつつ、永い時を生きる吸血鬼は眠そうに目を細めた。
「これは手厳しい」
 既に十といくつかの惑星の調査を誰にも気づかれずに行ってきたテラは、隠密機能改善の優先度を高くすることに決めていた。
「もっとも、汝が来なくても昼頃には目覚めたであろうがな」
 リンスガルトは視線を上にずらす。
 分厚い石壁と世界間を隔てる壁を越え、彼女の目は近づいてくる大艦隊をとらえていた。

●微睡む剣
「鋼介−。見回りに行くならおじいちゃんの所に弁当持って行って」
「分かった」
 九竜・鋼介(ia2192)は家族の呼びかけに答え、竹の皮で包んだ握り飯を手提げ鞄に入れると軽快な足取りで駆けだした。
 家を一歩出ると水平線まで田畑が広がっており、収穫が終わってから数日もたっていないせいか、独特の強い香りが風に吹かれて鋼介にもとにまで届いている。
 同年齢の若者なら全力疾走に近い速度で駆ける鋼介には汗すら浮かんでいない。
 農作業仕様のRに乗った近所の男衆と挨拶をかわしながら、彼は広大な農地の中央に位置する大型の倉庫へ向かっていった。
「おお、鋼介。大将なら奥の工場にいるよ」
「ありがとうございます」
 教えてくれた守衛に礼を言いながら倉庫の中に足を踏み入れると、そこでは全高十数メートルに達する大型機械が全力稼働中だった。
 やっていることは玄米の袋詰めで有り、この地域の中心地にある空港から星全域に運ばれる予定だ。
「鋼介、来年は内地で大剣術会が開催されるって話だが、出場しないのか?」
 守衛が倉庫の入り口から話しかけてくる。
「日帰りで行けるなら喜んで参加するけどね」
 この星を訪れる恒星間連絡船は年に一隻だ。
 首都星へ行って帰ってくるには早くて一年、場合によっては数年かかる。
 この年で達人の域に踏み込んでいる鋼介なら年齢別の世界大会で優勝できるかもしれない。
 しかし家業から離れてまでする価値があるか考えると、行く決断を下すのは難しい。
「はっはっは。内地は遠いからなぁ」
 手間をとらせて悪かったと謝ってから、守衛は自分の仕事場に戻っていった。
 鋼介が歩みを進めると、米の一時保管庫と工作機械の整備を行う工場を隔てる隔壁の前に到達する。
 隔壁に右のてのひらをかざすと、静脈の位置とその他諸々(中には呪術を用いた破壊工作の意志の有無の確認も含まれる)が自動的に確認される。
 多少がたつきながら一人通れる分だけ隔壁が開くと、鋼介は奇妙な違和感を感じた。
 整備が完了した機械化農機具や分解整備中Rが整然と並べられた工場は、幼い頃から見慣れたものだ。
 目は異常が無しと伝えてくるのに、頭脳がその結論を却下し続けている。
 強いてあてはまる表現を探すなら、幼い頃行ったかくれんぼで鬼をしているときの感覚に近い。
「爺ちゃん、いないのか?」
 鋼介は違和感の正体を確認することより、家族の安否を確認することを優先した。
「大きな声で言わなくても聞こえとるわい」
 全高20メートルに達する大型Rの胸部操縦席から、機械油で汚れた作業着姿の老人が姿を現す。
 幸いなことに異常は見つからず、鋼介は内心ほっと胸をなで下ろす。
「弁当を忘れてるよ。規則正しい食生活をしておかないと調整が終わるより先にお迎えがくるぜ」
「ぬかせ。わしはまだまだくたばらんわ」
 孫が放り投げた弁当を危なげなく受け取り、老人は大人気なく意地を張る。
「はいはい」
 鋼介はいいかげんに受け答えながら工場内の気配を探り続けるが、相変わらず違和感はあっても異変は見つからない。
「俺は行くけど保安装置は作動させておきなよ。安全になれた状態が一番危ないのだから」
「分かっておるわい」
 ますます大人気なく、犬か何かを追い払うように手を振る老人。
 鋼介はやれやれと肩をすくめると、日課の見回りをするため工場を後にするのだった。

●五〇〇年前よりの使者
「たいしたものだ。四半世紀も生きていないのにも関わらずあれほど鍛え抜くとはな」
 工場全体に薄く漂っていた気配が一点に殺到し、人を形作った時点で安定する。
 烏の濡れ羽色としか表現しようのない見事な黒髪が、空調装置が吹かせた風に美しくゆらめく。
「あれでも自慢の孫ですから」
 老人はいそいそとRから降り、被っていた安全用兜を脱いで頭を下げる。
「このたびはご足労いただき、ありがとうございます」
 老人は態度を改め、綺麗に背筋を伸ばしてから急角度の礼をする。
 にも関わらず、礼をされた対象の頭は老人を見上げねばならなかった。
「礼は無用だ。完成したから見に来たのだからな」
 体格は小さいが態度は大きく、しかしそれ以上の実力と実績を持つからす(ia6525)は鷹揚にうなずく。
「は?」
 老人は呆気にとられて間抜け面ををさらしてしまうが、すぐに表情を繕いつつ控えに反論する。
「しかしこのRは制御系に問題があります。どれだけ強力な機体でも操縦者が扱えないのでは欠陥品でしかありません」
 老人が先祖の縁を使い助けを求めたのは、代々調整を行ってきたR「戦神機」を常人でも操縦できるようにするためだ。
 使いこなせば超光速どころか瞬間移動まで可能になる機体だが、今のままでは誤射で星を砕きかねない危険物にしかならないのだ。
「きみは創る側としては500年前の奴に匹敵するが、使う側としては500年前の政治家並みだな」
 からすは、500年と少し前に一緒に仕事をした研究者を思い出していた。
 部分的にはからすに匹敵するその研究者は、からすの力を借りつつも独創的な研究を推し進め、1つの究極ともいえる機体を設計した。
 それが戦神機。
 搭乗者を志体という特殊能力の持ち主に限ることで、最終的には次元操作すら可能な機体であり、国防の要となるはずだった。
 しかし500年前に求められたのは、1つの究極ではなく国の全土を守るための巨大な盾だった。
 ゆえに圧倒的な能力で全てを守る機体は採用されず、確実に作動する凡庸極まりない、ただし生産性と操縦性に関してはからす達が誇りにかけて最高性能を実現したRが正式採用されたのだ。
 悔し泣きをしながら量産Rを設計していた研究者の顔は、今でも思い出すことができる。
「は、はぁ」
 からすの言葉を疑う気はないらしく、老人は首をひねりながら必死に考えを巡らせる。
 常人では戦神機を御しきれない。
 老人だけでも数十年、先祖を含めると500年かけて向き合ってきただけあって、それだけは断言できる。
 ならば。
「孫を、いや、鋼介を見くびっていたのは、私ですか」
 老人は嬉しげと寂しさが入り交じった顔でつぶやく。
 気落ちはしていないようだが、数年分一気に歳をとってしまったようにも見える。
「ありがとうございます。お陰で先祖代々の念願がかなったことに気づけました。あ、その」
 老人の顔に「しまったやっちまった!」という感じの、後悔と狼狽に満ちた表情が浮かぶ。
「お、お名前は?」
 目の前にいる、外見だけなら少女に見える人物の名を知らないことに気づいたのだ。
 先祖から受け継いだ記録があるため、R設計者本人であることに疑いはない。しかし記録の中に名前の記載はなく、舞い上がっていた老人はこれまで名前を知ろうとなかったのだ。
「ふむ。500年前の亡霊といったところか」
 大戦終結後はこの国にほとんど関わらずきたからすは、老人達にとってみれば異世界の存在に等しい。
 客観的な事実を捻った諧謔で味付けし、からすは自らをそう名乗った。
「ではファントムとでもお呼びしますか?」
 突然、何も無い場所から声が聞こえてくる。
 からすがわずかに眉をあげることで叱責すると、どこか決まり悪げな雰囲気を漂わせた巨人が、何も無い場所からにじみ出るようにして出現する。
「初期型Rっ!」
 皺に埋もれていた目が大きく見開かれ、老人がみるみる上気していく。
 初期型Rの徹底して無駄を省いた造型は、人型兵器という通常の理に反した存在に美しさと説得力を与えていた。
「これが本来のRだ。少し弄ってあるがな」
「ヤー。でも少しじゃない気がしますよ」
 AIが減らず口をたたきながら操縦席の搭乗口を解放する。
 からすが乗り込むと音も無く搭乗口が閉じ、主共々まるで幻であったかのように、何も残さずに惑星上から消えるのだった。

●開戦
 星系外縁部に位置する惑星の衛星軌道上に、宇宙軍仕様Rとしてはかなり小型なRの姿があった。
「こちら第2257管区。浅井中尉です。民間航路付近の宇宙塵を6つ破壊しました。詳細は圧縮通信で送ります」
「こちら第三管制。報告了解。詳細記録も受信完了しました。‥‥えーと、隣の管区の宇宙塵も掃除しちゃったんですか?」
 浅井灰音(ia7439)の報告内容を確認した管制官が、いきなり砕けた口調になる。
「はい。1年ほどなら放置しても問題ない物でしたが、推進剤に余裕がありましたので」
「相変わらずとんでもない腕っすねー。っと、了解しました。帰投時には11番の経路を使って下さい」
「了解しました」
 通信を終了してから、灰音は脚部と背部の推進器に動力をまわす。
 消費する推進剤の量から考えると明らかに過剰すぎる加速が生じ、地球型惑星の数倍の強さを持つ重力を振り切って母星に向かっていく。
 彼女が駆るのは、今から10年前、原型のRの小改造に終始してきた宇宙軍が総力をあげて開発した新型Rである。
 当時より研究が進んだ呪術系技術を大胆に導入し、軽量化と動力の強化を同時に実現した野心作だ。
 強度はそれほど向上していないものの、速度と航続距離、それになにより高出力武装が多数運用可能になっている。
 とはいえ問題もある。
「今日も順調だね。帰投後に演習場の使用許可が出れば良いのだけど」
 操縦が極めて難しいのだ。
 軍人の家系に生まれ、優れた才能を幼いときからの訓練で磨いてきた灰音でさえ、完全に制御できるようになったのはつい最近のことだ。
 機体を中心とする半径数千キロの把握と機体の制御を同時に行いつつ、灰音は司令部に提出するための報告書と施設使用許可申請書を同時に作成していく。
「あれ?」
 意識の隅に何かがひっかかる感触。
 書きかけの報告書と申請書を操縦席の隅に移動させ、灰音は感知範囲を拡大させて周辺宙域を探る。
 灰音が持つ超能力はRにより増幅され、地球型惑星なら1000個近く覆える範囲を同時に知覚する。それは強力な能力だが、星系の広さと比較するとあまりに狭すぎた。
 だから異変に気づけたのは極めつけの幸運だった。
「人?」
 飛行計画が提出されていない場所に、不自然なほど大勢の人間の反応がある。
 もしかすると小型の恒星間航行船並みの数かもしれない。
 知覚の感度を低くして知覚範囲を広げると、星系外縁部から星系外にかけて、人間の集まりが大量に見つかる。
 識別信号を出している様子は全く無い。
「こちら第2013管区。浅井中尉です。所属不明艦船が40から50発見しまいた」
 全ての情報を司令部に転送すると同時に口頭でも報告を行う。
 通信機からは息を飲む音が聞こえてきたが、続いて耳に届いたのは堅くはあるが平静な声だった。
「索敵は受動のみで続けてください。以後の通信は五番回線で行います」
「了解」
 感知装置から通信機器まで、全て通常装備から呪術装備に切り替える。
 灰音にかかる負担が増すものの、普段から行っている厳しい訓練と比べるとたいした負担ではない。
「星系議会が動員令を下しました。安全装置の解除基準が変更されますので確認を‥‥」
「不明艦が進路を変更しつつ加速しました。進路は」
 通信装置は、騒然となる司令部の気配を伝えてくる。
 そうしている間も不明艦は星系の首都へ向かっており、それだけではなく後続が百隻単位で現れ、先遣隊の後を追っている。
「帰還してきた敵主力との決戦か」
 長年覚悟してきたその日の到来に、灰音は無意識のうちに右目を閉じて淡い笑みを浮かべるのだった。

●穀倉地帯急襲
「何がどうなっている!」
 防災組織の上部から伝わってきた命令は支離滅裂だった。
 基本的に自然災害に対処するための組織であるため仕方ないのかもしれないが、住民の避難誘導と農業機械の待避、おまけに防災本部への招集に応じることまで同時に行うのは超人であっても不可能だ。
 本人に自覚は薄いものの、既に常人の域を脱しかけている身体能力を駆使し、鋼介は田畑の中を十数キロメートルほど駆け抜けることで大型倉庫に最短距離かつ最速で到着した。
 倉庫に入ったときに真っ先に目に入ってきたのは、これまで見たことの無いほど真剣な表情をした祖父だった。
 孫とは比べものにならないほど弱い体に、孫を瞠目させるほどの気迫をみなぎらせた彼は、無言で背後を指さした。
 そこにあるのは雄々しく仁王立ちする戦神機。
 無言のまま意思疎通を果たした鋼介は、数階建ての建造物に匹敵する高さの搭乗口からRのうちに入り込む。
「これがR」
 妙にしっくりくる操縦席で、鋼介は呆然と呟いた。
 座席と全天モニターを除けば、2つの棒状コントローラーと4つばかりのペダルしかない簡素な操縦席。
 兵器としては操作が簡単なことで知られるRとはいえ簡素に過ぎるが、鋼介にとっては十分過ぎた。
 機体が志体を通して膨大な情報を送り込み、鋼介に生身では持ち得ぬ五感を与える。
「行ってくる!」
 祖父に別れを告げ足を踏み出す。
 最初の一歩で体のバランスを崩しかけ、二歩目はバランスを取り戻すものの倉庫の床に大穴を開け、三歩目で足跡を残さず疾走を開始する。
 拡大された知覚は、数十キロメートル離れた空港へ降下中の巨大構造物を捉えていた。
 下方に設置された開口部は徐々にその大きさを増しつつあり、気の早い陸戦隊員達が、強化外骨格の背部推進器を噴かしながら宙へ飛び出そうとしていた。
「させるか!」
 鎧武者を彷彿とさせる造型のRが、1基の推進器も持たないにも関わらず恐るべき高速で大地から離れて行く。
 真っ当な大気圏内戦闘機がここまでの速度を出せば、押しのけられる空気による被害だけで地域全体が壊滅しただろう。
 だが戦神機は志体持ちが駆る超常の機体だ。
 大気の乱れを強制的に正しつつ、瞬く間に揚陸用巨大構造体へ距離を詰めていく。
「はあっ!」
 構造体の開口部を大型ブレード「マサムネ」で叩きつぶし、構造体の表面に沿って上昇しながら、再度マサムネを突き立てる。
 大きさを比較すれば巨像と蟻なのだが、志体持ちが練力を燃やして繰り出した突きは、純粋な力の矢となり主動力を撃ち抜いた。
 重力抑制装置の恩恵を得られなくなった構造体は徐々にその形を崩しつつ自由落下を開始する。
 このままいくと惑星運行に影響を与えかねない大惨事が発生するが、ここには守護神がいるのだ。
「俺に‥‥力を貸してくれ! 戦神機!」
 音を置き去りにする速度で構造体の下に回り込んだ戦神機が、背面から地表を覆うように超広域障壁を展開する。
 上空から落ちてくる機械部品は障壁に触れると同時に消し飛び、本来なら破壊されるはずだった避難所が破滅の運命から救われる。
 戦神機は頭上の構造体構造体にレーザーライフル「タネガシマ」を向ける。
「行けぇっ!」
 鋼介の燃える想いと磨き抜かれたRが融合し、ひとつの力をこの世に出現させる。
 銃口から打ち出されたのはただのレーザー。
 しかし出力は内地に存在する主力艦隊の主砲全てをあわせたものの倍はあった。
 消しきれぬ反動が戦神機を大地にめり込ませていくが、銃口がぶれることは無い。
 端から蒸発していく構造体は荒れ狂う嵐と化して惑星を襲うが、レーザーより一桁多いエネルギーで展開された障壁は、重金属の毒が大気に溶けることを防ぐ。
 空からの脅威が空の果てへと押し流されるまで、さほどの時間はかからなかった。

●大帝国の墓標
「悪くないな」
 静止軌道から鎧武者型Rの活躍を眺めていたからすは無表情にうなずいた。
「量産型Rの改造であの性能は凄いですね」
 AIが機械的な音声で相づちをうつ。
 なお、声質が人間と異なるのは性能の不足の結果ではなく、AIの趣味が原因である。
 内地では伝説化しているR設計者が全力を傾けて創り上げたRは、開発者の影響を受けたためか遊び心が非常に豊かだった。
「500年前の亡霊が勢揃い、といったところか」
 からすは視線をずらし、月によく似た衛星を見る。
 そこには複数の揚陸用構造体が降下しており、全高が低く強力な質量兵器が搭載された戦車が千単位で展開していた。
「武器庫でもあるのでしょうか?」
「500年前に流行っていた無粋な兵器だ」
 からすは衛星の地下に隠された惑星破壊級爆弾の存在に気付いていた。
「機関全て正常。ご友人のお子さん方の住処を守るため、始めましょうか」
 気を利かせたAIが戦闘態勢を整えると、からすは口元に苦笑を浮かべて戦闘の開始を宣言する。
「ああ、創めよう。第一目標。前衛の航行機関」
「迷彩を移動形式に変更。呪術捕捉マップを展開します」
 無限の宇宙をそのまま映す全天モニターに、数百の艦船の情報が表示される。
 Rは主以外の誰にも気付かれずに衛星軌道を離れ、見る間に距離を詰めていく。
「全砲台に装填完了。次元干渉開始」
 衛星の周辺の何も無い空間に裂け目が生まれる。
 異界から覗くのは無数の砲門だ。
「発射します」
 大気のない宇宙を無音で飛んだ砲弾は、狙った数百の艦船を撃ち抜いた。
 一つも外さず、航行機関のみを無力化する神業だ。
「順調だね」
 からすの指が繊細な図形を描き、直接制御されたRが衛星攻略の前線基地があった構造体の司令室を消し飛ばす。
 移動の自由を奪われ指揮系統を乱された侵攻軍は一気に混乱状態に陥る。
 だが敢闘精神に不足はないらしく、散開しつつ必死に敵を探し始める。
 しかし現実は無情だった。
「少し遊びますか? このように」
 Rは月の軌道上に位置する指揮艦の艦橋に大型砲を突きつけた状態で迷彩を解除し、敵の慌てふためく様を見つつ艦ごと艦橋を吹き飛ばす、
「クク、お化けでも見たかのようだ」
「亡霊ですから」
 R開発者とRの主従は、静かに破滅を広げていくのだった。

●超越者達
「人間というのは面倒なものじゃの」
 戦神機から見て惑星の裏側にある街の料亭で、リンスガルトは懐石料理を楽しんでいた。
「私は人間ではありませんよ」
 今は亡き組織に自己進化型微小機械の集合体として作られ、今では平行時空に退避した国家の基幹システムの一部を担うテラが応えると、真祖は呆れの混じった視線を投げかけてきた。
「魂を持つおぬしが言うべき台詞ではないと思うぞ。それがおぬしの流儀なのじゃろうが」
 避難を促す料亭の主人を魅了の視線で黙らせつつ、真祖は食後の茶を飲み終える。
「どちらにも手を貸さぬつもりであったが気が変わった。美味の礼は安全で支払おう」
 禍々しく美しい白の犬歯が、目には見えなくても重要過ぎる何かを貫き、冒した。
 大地と大気が鳴動し、あり得ないものがこの世に這い出る。
「これは」
 情報収集のため公営放送の傍受を続けていたテラは、思わず声をあげてしまっていた。
 災害特番で流される各地の映像の中に、黒い翼を持ち、頭部がリンスガルトをさらに幼くした感じのものになったR達が大暴れしているのだ。
「保管されていた鉄人形で従属種を作ってみたのじゃが、どうじゃ?」
 薄い胸を得意げに張る真祖は、見た目だけなら生意気な少女のように見える。
 しかし惑星全土で侵攻軍を押しとどめ民間人の安全確保を行う数万の兵器は、全て彼女が生みだし操っているのだ。
「神話の存在ですね」
 テラは茶を飲み干し、ほうと息を吐くのであった。

●終わらせるもの
「通信が繋がらない」
 惑星表面で巨大なエネルギーが観測されてから、灰音と後方の連絡は完全に絶たれてしまっていた。
 惑星破壊兵器どころか恒星破壊兵器級の存在が複数暴れているのだから仕方ないとはいえ、灰音としては気が気ではない。
 今すぐ生まれ育った星を守りに戻りたい。
 だが灰音に下された命令は敵本陣の発見であり、今下がるわけにはいかないのだ。
「これは」
 ローテーションや余力を残すことを全く考えずに、敵の母艦群から大量の艦載機が発進していく。
 敵艦隊の様子を探っていた灰音は、感知されない範囲で最大の速度を出し敵から離れる。
 それから数秒後、恒星の近くに巨大な閃光が出現する。
 恒星間を無補給で往復可能な巨大船が破壊されたのだ。
「少しは遠慮せぬか。大物ばかり食いおって」
「これも仕事です。政府間で条約が結ばれた以上、一定の手助けをするのが私の義務ですから」
 灰音が通信機で受信したのは、故郷の星の方向からやってくる2体のRの声だった。
 ひとつは有翼の白騎士。
 武装の数は極端に少ないが、感じられるエネルギーは自身の正気を疑いたくなる水準だ。
 もうひとつは大型R並みの大きさの少女。
 R風の装甲を身につけているが、太腿や腹部の傷一つ無い白い肌が真空にも宇宙船にも負けず公開されている。
 美しい頭部の禍々しい犬歯が軽く動くと、行方を遮ろうとしていた艦載機群が制御を失い烏合の衆と化す。
 その隙に白銀の騎士が母艦と護衛艦隊をすり抜け、巨大という表現では足りないサイズの球形要塞に迫る。
 槍型ビームライフルを銃ではなく柄として持ち、構えをとる。
 果てしなく遠いと同時に限りなく近い世界にある母国からエネルギーの供給を受け、全長100キロメートルに達する刀を柄の先に形成する。
 切断という概念が呪術により実体化したそれは、概念抜刀兵器ホシナギ。
 テラが属する国の切り札のひとつである。
「降伏してください。さもなくば」
 テラの呼びかけの返事は、半ば恐慌状態で放たれる膨大な量の対空砲火だった。
 白銀の騎士は覚悟を決め、壮大な概念兵器を振り下ろす。
 第二の閃光は、悲しい程美しく広がっていった。
「浅井中尉、敵の中枢を落として下さい。防衛には成功しましたがここで逃がせば際限の無い防衛戦が続くことになりかねません!」
 ようやく回復した回線から新たな命令が届くと、灰音は推進器を全力稼働させて敵の中心に向かう。
 無数の移民船の中心にある、流浪の国の総旗艦へ。
 艦載機群が文字通り盾となって灰音を食い止めようとするが、吸血鬼に制御を奪われた艦載機達が体当たりで動きを妨害する。
 吸血鬼の支配下にある機械達は禍々しい姿に変わり果てており、本来の操縦者を己の血肉に変えてしまっていた。
 瞬く間に総戦力の半分近くを撃破されても、敵艦載機群は戦意を失わない。
 自分達が最後の守りであることを知っているからだ。
「遅い‥‥!」
 ほぼ全方位から降り注ぐレーザーを巧みな位置取りで回避し、速度を緩めずソードビット8機を射出する。
 密集する敵軍の背後に回り込んだソードビットは膨大な量のエネルギー弾をばらまき、灰音進路上の敵艦載機を四桁近く打ち落とす。
 敵の総旗艦が射程内に入る直前、灰音の体を激しい衝撃が襲う。
 その直後に警報が鳴り響き、機体の各部に敵のレーザーが命中したことが判明する。
 Rでも知覚できないタイミングで攻撃をしかけるこの手腕。
 明らかに国を代表するエースの仕事だ。
 だが、乗っている機体の差が大きすぎた。
 耐光学兵器被膜の大部分が蒸発してしまったものの、灰音のRの戦闘力に変化はない。
 ソードビットを遠隔操作して敵エース機が潜む場所を埋め尽くすようにして段幕を張ると、蜂の巣になった敵機は小さな爆発を残し消えていった。
「貴方は強かったけど‥‥相手が悪かったようだね」
 左腕のビームガンで敵総旗艦の動力部に損傷を与えると、敵戦力全てが灰音の排除に動こうとする。
 が、8機のソードビットが移民船団に砲口を向けると、艦載機も艦艇も観念したかのように動きを止めた。
 侵攻艦隊艦隊から降伏の申し出があったのは、それから数分後のことであった。