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■オープニング本文 儂がもう長くはないことを知った連中が言ってきよる。 あの世に金を持って行くこはできぬ。 悔い改め金を慈善に使えとな。 糞食らえだ。 儂は儂の意志でこの生き方を選び、勝ち残ることで富を手に入れたのだ。 王宮にすり寄って名誉を得ろ? 金をばらまいて評判を買え? ふざけるな。 儂は儂のためにのみ金を使う。 儂の生き方を邪魔する者に容赦をするつもりはない。 「城を建てたいのだ」 アル=カマルにある壮麗な大邸宅に招かれた天儀開拓者ギルド係員は、その最深部にある殺風景な部屋で要求を突きつけられていた。 前夜の歓迎の宴でアルコール漬けになった脳に気合いを入れながら、係員は高速で思考を開始する。 法に触れるものを要求されている可能性は低い。 もしそのつもりなら秘密裏に接触してきたはずだ。 「ご希望の規模と立地を教えていただけますか? 実現に近づけるために開拓者ギルドへどのような依頼をされるかのご相談でしたら、喜んでお答えします」 猛虎の尾を踏んで始末されたくないなぁと思いつつ、係員はあくまで係員として答えられる内容の返答を行った。 「そう怖がるでないわ」 大邸宅の主は口元をわずかにつり上げる。 係員は暑さ以外の要因で顔に吹き出た汗を、家族に持たされたハンカチを使い、わずかに震える手で拭いていく。 「場所はどこでも良い。儂の全ての財をつぎ込み、後世まで名が残る城を建てたいのだ」 目の前の男の財力を記憶の中から掘り起こした係員は、全力で現実逃避を行いたくなった。 半ば隠居しているとはいえ、目の前の男はアル=カマルの中で最上位層に属する資産家だ。 その財を全てつぎ込むのなら、王城並みとまではいかないだろうが巨大な城を建てることは可能だろう。 しかし、有力部族の長でもないのにそんなものを建てようとすれば、謀反を疑われ財産を全て奪われることすらあり得る。 「手段は問わなくても構わないのですね?」 ここまで聞いてしまった以上、返答の拒否も逃亡も、己の確実な死に繋がる。 危機感にさらされた係員の頭脳はかつてない性能を発揮し、急速にとんでもない計画を立案しつつあった。 「ああ」 男の顔に愉快そうな色が浮かぶ。 目の前の男はジン(志体)を持っていないはずなのに、係員は己が凶悪なアヤカシの群に囲まれている気がしていた。 「でしたら」 係員は必死に営業用笑顔を保ちながら、ひとつの計画の説明を開始する。 それは数時間にも及び、説明を終えた係員は息も絶え絶えな様子であった。 聞き終えた男は少しの間沈黙していたが、やがて低い笑い声をもらし始める。 憎悪と悲嘆にまみれた、冥府から響いてくるような陰々滅々とした声に、係員の薄くなった胃壁が過剰に分泌された胃液でさらに薄くなっていく。 「手段としてのアヤカシ退治か。この、儂が」 笑い声がぴたりと止まる。 物理的な力すら感じさせる視線にさらされた係員は、肉食獣に至近距離まで近寄られた小動物のように、びくりと体を震わせた。 「よかろう。儂の全財産、貴様の好きに使うが良い」 涙目の係員は、はひぃと情けない声を上げて平伏するしかなかった。 アヤカシの圧力に耐えかね数世紀前に放棄された古城。 汚染された湧水が存在するアヤカシ多発地帯。 それらを含む砂漠地帯を独占的に調査・奪還・再開発するための権利をとある豪商が手に入れたのは、緊張に胃をやられた係員が医者のもとに担ぎ込まれてから数週間後のことであった。 ●調査依頼 その依頼票は、開拓者ギルドの隅に、不自然なほど自然な形で張られていた。 数十年単位で人が入り込んでいない(極少数入り込んだという記録があるが帰還者の記録はない)砂漠に侵入し、砂漠の中にあると思われる湧き水と城を探し出すという依頼だ。 人が入り込んで生きて帰れたのは数百年前のことなので、湧き水は涸れ城は砂の中に消えてしまっている可能性もある。消えている場合は報告を持ち帰った時点で依頼は成功となる。 また、この地域から周辺地域へアヤカシが溢れ出すことがあるので、同地域には大量のアヤカシが存在すると思われる。 アヤカシを発見した時点で撤退した場合でも、報告した時点で依頼は成功となるらしい。 極めつけに危険な雰囲気を漂わせた依頼は、静かに開拓者達を待ち受けていた。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アムルタート(ib6632)
16歳・女・ジ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
サクル(ib6734)
18歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ●地の果て その村は地の果てとして扱われていた。 広大な砂漠地帯に面しているため、本来なら栄えた宿場町になっていただろう。 しかしその砂漠地帯は普通ではなかった。 熟練の案内人が強力な護衛と共に侵入したこともあったが、地平線を越えてから帰還した者は存在しない。 そのため砂漠の付近に交易ルートは1つも存在せず、砂漠から数キロは離れている村に年に数回行商人が来る程度だった。 「お客さん、しょっ‥‥本気ですか?」 年に数度しか使われない客間を開放した村長が、大きく目を見開いていた。 「正気かどうかは他人の判断に任せるしかないですけど、本気ですよ」 サクル(ib6734)は村長とは対照的に落ち着き払っていた。 「い、いやしかし」 村長は村の中央に視線を向け、途方に暮れた表情になる。 そこには4頭立ての大型馬車が停まっており、少年と中年が馬鹿馬鹿しいほど巨大な甕を下ろしている所だった。 「おい、そこのあんた。日陰に置いていいか?」 アルバルク(ib6635)が巨大な甕を動かすと、中からちゃぷんという水の音が聞こえてくる。 「甕1つと、私達が使わなかった分は村に提供いたします。今日をあわせて4日の宿泊代としたいのですが」 「あ、ああ、構わ、ない」 半ば自失しながら、村長は首を縦に振る。 「ありがとうございます。良ければ砂漠にその周辺についてお聞きしても?」 「分かった。古老を呼んだ方が良いかな」 「できればお願いします」 金髪のダークエルフが礼儀正しく要請すると、ようやく調子を取り戻しつつある村長は細君に後を任せて家から出て行く。 「なあ、花畑、じゃねえや。綺麗どころの数が足りないんだが」 村長の家のグラスに勝手に水を注ぎながら、短時間で力仕事を片付けたアルバルクが周囲を見回していた。 その仕草は乱暴ではあるが卑しさは感じられない。 欲望を表に出しても陰湿さが無いのだ。 「皆さんは調べ物に時間がかかるそうです。改造かんじきが届くまでには合流できるでしょう」 サクルは一言礼を行ってからグラスを受け取り、温くない水を静かに口にするのだった。 ●古文書 高価な生地を使った上下を嫌み無く着こなした壮年の使用人が、燭台の明かりだけを頼りに地下へと案内する。 「こちらです」 アムルタート(ib6632)達が導かれたのは、地方領主の本拠地である城の地下室だった。 分厚い木で造られた棚の上に、古ぼけた羊皮紙が大量に並べられている。 この城を有する一族が積み重ねてきた歴史そのものであり、本来なら一族の主要人物でも滅多に目にできない品々だ。 しかし依頼人が積み上げた金塊は、無理を押し通せるだけの重みを持っていた。 「雰囲気あるね〜」 アムルタートの足取りはあくまで軽い。 使用人から灯りを拝借して古文書を照らし、物珍しそう覗き込む。 数百年の歴史の重みは理解しているが、彼女にとっては単に珍しい品でしかないのだ。 「失礼します」 朽葉・生(ib2229)は羊皮紙に手の脂がつかないよう手袋をはめてから、灯りのもと一個一個確認していく。 この場にあるのは領主の一族の正当性を強調するための物語ではなく、事実のみを記し子孫に向け残した記録だ。 アムルタートの背後では、領主からの信頼が厚い男が抜き出され開かれた羊皮紙を慎重に閉じていっていた。 「これでしょうか」 生が抜き出して開いた羊皮紙には、アヤカシがもたらす被害に耐えきれず放棄されたオアシスについての情報が載っていた。 金塊の効力にも限界があるため、この場で詳細に検討する時間はなく、羊皮紙を持ち出すこともできない。生は手帳を取り出し、エラト(ib5623)とて羊皮紙の文面をそのまま書き写していく。 「こちらの棚は地図ですね」 埃避けの白い布で口元を覆った鳳珠(ib3369)が生と同じように手袋をはめて羊皮紙を取り出す。 鳳珠が見つけたのは数百年前の地図であり、アル=カマルの本来の首都が魔の森に飲み込まれる以前の地形が詳細に記されていた。 一部現在とは地形が異なるが、それ以外の土地であれば軍事行動に活かすことができるだけの情報がこの一枚にはある。 「位置だけ記憶します」 これを模写したものを持ち出した場合、無用な疑いを向けられかねない。 3人の開拓者は必要な情報を得ると、挨拶もそこそこに城から立ち去るのであった。 ●地図に載る石の列 生が詠唱を終えると、幅5メートルに達する石の壁が唐突に出現する。 石壁に特別な能力はないが、日光と砂が混じった風が遮られるだけで非常に過ごしやすくなる。 「見えた?」 風除けのスカーフを緩めながらアムルタートがたずねると、一定の速度でゆっくりと視線を動かしていたサクルが、頭を動かさずに口を開く。 「何も」 「えー?」 ルオウ(ia2445)は仲間から渡された地図を確認し、少しだけ砂っぽくなった赤毛を掻いた。 「てことは小型の建造物は全壊?」 地図には、本城の他にも小さな砦のようなものがいくつか載っていた。 この位置からなら少なくとも2つは見えるはずだったのだが、サクルの拡張された視界には、なだらかな砂丘が連なる光景しか見えなかっら。 「可能性はあります」 生は振り返りながら返事をする。 彼の視線の先には、約500メートルの間隔を開けて立つ石壁が複数見える。 どんな脅威があるか分からない以上、退却を用意するための工夫に手を抜くつもりはないのだ。 「明日の夕方から天候が崩れがちになります。避難の必要まではないでしょうが」 鳳珠があまよみによる予測、というより的中率10割の予言を口にすると、誰からともなくうめき声があがった。 「予定より早めに切り上げる必要があるかもしれません」 エラトは足に固定したままのかんじきの状態を確認してから、日除け用の市女笠を被り直す。 口数の少なくなった開拓者達は、最も大きな城があるはずの場所を目指し足早に進んで行った。 ●蟻地獄 「ん〜‥‥天儀の踊り、面白〜‥‥むにゃ」 毛布の中で器用に盆踊りっぽい踊りを披露していたアムルタートが、いきなり目を見開く。 猫科の猛獣を連想させる機敏な動きで起きあがり、風に吹かれた砂から発せられる音だけが聞こえる中、素早く周囲を確認する。 「んん?」 鳳珠が口元で人差し指を立てているのに気付き、アムルタートは何度もうなずきながら口を閉じた。 長時間瘴索結界「念」を連続発動させている鳳珠は、節分豆を惜しまず使いながら闇の帳の向こう側を注視している。 瘴索結界の探知範囲に1つだけアヤカシの反応があるのだが、五感が強烈な違和感を訴えてきているのだ。 「敵か?」 水と食料をまとめ始めたアムルタートに気付いたのか、ルオウが飛び上がるように起きあがる。 「はい、そのようです」 連続で結界を発動し続けていることによる疲労で額に浮かんだ汗をそのままに応える。 「なら片付けてくる」 ルオウは飛び出す寸前に生に視線を向ける。 それだけで意図を察し、生は万が一に備えて防御拠点となるよう位置を考えて石壁を呼び出し始める。 「砂嵐の中に比べれば晴天並みだな」 かんじきを脱ぎ捨て、その強烈な加速に比べて驚くほど少ない量の砂を吹き飛ばしながら前進する。 アルバルクが魔槍砲を構え、エラトがいつでもリュートの演奏にかかれる準備を整えたとき、鳳珠の叫びが鋭く大気を切り裂いた。 「包囲されています!」 ルオウと接触するとほぼ同時に、開拓者を中心とする半径50メートルほどの円形状に砂が盛りながら開拓者に近づいてくる。 円形の砂の盛り上がりからデザートゴーレムが姿を現し、敵意と飢えに満たされた視線を向けてくる。。 ルオウの周囲にも新たな敵影が現れあっという間に囲まれてしまう。 「逃げよ?」 「他に手段はねぇな。包囲が薄い場所は?」 アルバルクの問いに、鳳珠はわずかに緊張を感じさせる表情で口を開く。 「前方です」 「砂漠の中から逃がす気ないねー」 あははと乾いた笑い声を漏らしながら、アムルタートは最低限の荷物を除きその場に放棄する。 「水だけはしっかり持ってください。砂の雫だけでは足りません」 サクルの残存練力量と成人1人が生き延びるために必要な水の量を考えると、水を放棄した場合に生き延びるのには実力以上に運が必要になってしまう。 「始めても?」 最終確認のつもりで生が声をかけると、物理攻撃に強いはずのデザートゴーレムを十数秒で削り倒したルオウが、高々と片手を掲げて力強く肯定の返事を返す。 ルオウの前後左右を合計10近くの砂巨人が固めているが、彼はどこまでも強気に笑った。 ●たった居 合図はエラトが奏でた子守歌だった。 エラトはもともと後方にいたため、最も包囲網が分厚く、また最も開拓者達に近づいて来たデザートゴーレムの群れが、一斉に意識を失い動きを止める。 効果範囲から逃れたデザートゴーレムが同属を軽くはたくことで意識を取り戻させていくが、十分に経験を積んだ開拓者達にとっては十分過ぎるほど巨大な隙であった。 ルオウを除く6人は、一斉に来た道を全速で戻っていく。 「右前方やや下方に5」 「結構やばい〜」 密集するアヤカシの間をすり抜けながら、アムルタートは鳳珠の警告に従い進路をやや左に変更する。 が、唐突に日が陰ったことに気づく。 「わ」 「上空から?」 サクル達の口から悲鳴に近い声が漏れる。 上空から急角度で降下してきたのは、外見に迫力はあるが戦闘能力は乏しい怪鳥だ。 しかしこれに構っていれば健在なデザートゴーレムや意識を取り戻したデザートゴーレムに囲まれかねない。 「そのまま足を緩めずに」 生の声が響くと同時に、地上から上空へと吹雪が炸裂する。 ほぼ一丸となって近づいて来た怪鳥の半数以上が消え去るが、残る20ほどは素早く散開して開拓者を取り囲もうとする。 しかし所詮は下級の中でも下位に位置するアヤカシでしかない。 エラトが夜の子守唄で行動不能にした怪鳥達は、大地に引かれて砂地に激突することで再び目覚める。 だが彼等が大地を離れるよりも生が吹雪で一掃する方がずっと早かった。 そうしている間も開拓者達は足を止めず、ただの障害物と化した眠れるアヤカシの間をすり抜けて行く。 「鳳珠さん、前方に敵は?」 最後に残った怪鳥を正確な射撃で始末しながらサクルが問う。 「あの1体のみです」 逃走経路上に存在するのは、成人男性の倍以上の背丈を持つアヤカシが1体。 それに真正面から強烈な吹雪が襲いかかり、アムルタートが軽やかな舞の動きで翻弄し、生じた隙にアルバルクが強引に蒼炎をまとう槍を突き込む。 「やることやったからとんずらよぅ!」 魔槍砲に仕込まれた弾薬が連続で爆発し、発生した強烈な衝撃がデザートゴーレムのコアを打ち砕く。 霧散していくアヤカシに視線を向けることすらせず、開拓者達は一目散に撤退していくのだった。 ●帰還 「危なかった」 ルオウが合流したのは、他の6人が村に帰還する直前だった。 開拓者として最上等の身体能力を全て逃走に振り向けた結果、下級アヤカシとしては強くても、移動に関しては特に優れた能力を持たないデザートゴーレム達から逃げ切ることには成功した。 もっともそれはぎりぎりの成功だった。 生が見間違えようの無い大きな目印として石壁を配置していたから、慣れない砂漠で迷わず高速移動することができたのだ。 もし石壁が無ければ、アヤカシから逃れることはできても砂漠で行き倒れていた可能性が高い。 「ともかく、これで」 開拓者達がギルドに提出した地図には、サクルによる星の眼差しの効果により、実際に足を踏み入れた場所までの正確が位置が記入されていた。 手に入った情報をもとに、より攻撃的な依頼がされるのは、しばらく後の事である。 |