スライムたっぷり!
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/14 02:13



■オープニング本文

「だから技術者に払う金はケチるな言うたんや。怪しげなところに頼まず前と同じところに修理を頼めばよかったんじゃ」
「あほ抜かせ。これまで頼んでた所は代替わりして銭の亡者や。あんな所に頼んだら今年の収穫が全部差し押さえられてたわ」
 厳つい男達が罵りあいながらあぜ道を歩いていく。周囲には立派な田がいくつも連なり、黒々と肥えた土が陽の光を浴びていた。
 男達の進行方向にはなだらかな斜面がある。斜面を少し登った場所では、村の宝であるため池が農耕に欠かせない水を蓄えてくれている、はずだった。
「だからと言って手抜き工事で水門が壊れたあげく収穫が無くなったら世話ぁねぇじゃろうが」
 現在ため池の水量は半分に満たず、早期に補修を済ませて水を貯められなければ稲の収穫は激減しかねない。
「だから畑の世話をおっかぁに任せて来たんだろうが。今の内に直せばなんとかなる、ってなんじゃいありゃぁ!」
 土木作業用の大槌を担いでいた男が目を丸くする。
 ため池の水面の一部が、風もないのに激しく揺れていたのだ。
「狐か狸に騙されとるんか?」
 補修用の石材を抱えているもう一人の男は、激しく瞬きを繰り返していた。
 男達がああでもないこうでもないと言い合いを続けたあげく、とりあえず補修作業を始めようと合意に達したとき、空からチチチという鳴き声と共に小鳥が水面に向かい降下してきた。
 水面が不気味な水音と共に盛り上がり、避けられなかった小鳥がその中に突っ込む。すると見る間に骨だけを残して消化され、骨も沈んでいくうちに溶けて消えた。
「アヤカシだー!」
 男達は声を揃えて叫ぶと、全ての荷を投げ捨てて逃げ出すのだった。

「粘泥、別名スライムです」
 依頼内容の補足説明をするため出てきた係員は、この種のアヤカシが生理的にうけつけないらしく、顔色をかなり悪くしていた。
「ため池の中に粘泥が入り込んでいることが確認されました。今のところはその場をほとんど動いておらず、捕食されたのも小鳥や野犬程度ですが、動き出した場合被害がどれほどでるか想像できません」
 粘泥(スライム)は防御が高い上に頑丈であり、獲物が近づくと避けづらい攻撃をしかけてくる。
 知能は皆無といっていいほど低いが危険なアヤカシだ。
「地元住民の証言から予測される粘泥の数は3から5です。ため池の大きさは小型の弓でも対岸に届く程度。岸で開拓者が全力を出した場合、粘泥込みの土砂崩れが起きる可能性があります。ため池が破壊されると付近の村から多数の餓死者が出かねませんので、なんとかため池から誘き出して討伐を行ってください」


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
オラース・カノーヴァ(ib0141
29歳・男・魔
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
九条・亮(ib3142
16歳・女・泰
スレダ(ib6629
14歳・女・魔


■リプレイ本文

●スライムを釣る人々
 棒と矢を荒縄の両端にくくりつけ、棒の側を持ち両手を使って勢いをつけてから放り投げる。
 釣りに使うにしては余りにも太く重い疑似餌と釣り糸だが、熟練開拓者である九条・亮(ib3142)の剛力によってため池の中心部に着水した。
 亮は棒を使い縄を操って疑似餌を動かしながら、じっくりと水面をながめる。
 微風に揺れる湖面は陽光を柔らかに反射し、どこか眠りを誘う。
「粘泥カ‥‥そいや艶絵でこンなンいたような気がするアルが‥‥気のせいダッタか?」
 待機中の梢・飛鈴(ia0034)が亮に声をかける。
 アヤカシの誘い出しを開始してからかなりの時間がたっており、そろそろ集中力が低下する頃だからだ。
 飛鈴の気遣いを察した亮は、疑似餌の動きを止めずに返事をする。
「スライムは一部の人にコアな人気があるからね」
 虎尻尾を機嫌良く揺らしながら、亮はくすくすと笑う。
「ボクはそういう遊びをする予定はないけど、変わった趣味の人はときどき凄いから」
「そンな奴とはオ近づきになりたくないナァ」
 飛鈴はうんざりした表情で己の頬をかく。
 緊張感皆無の会話を続けている間もアヤカシに対する警戒は続いており、両の目は水面を忙しく確認し続けている。
「あれかな?」
 琉宇(ib1119)が指さす先では湖面が少しだけ激しく揺れている。
 が、それがアヤカシによるものなのかどうか、よく分からない。
「水切りで波紋を起こしてみる?」
「もう少しして反応が無かったらね」
 亮は疑似餌を動かしながらのんびりと答えるのだった。

●釣果2体
 羅喉丸(ia0347)が荒縄を引き上げると、先端にくくりつけていたはずの肉は縄の結び目ごと消えていた。
「一応念のため、ってな。‥‥迅竜の息吹よ、彼の者に疾風の加護を与えよ」
 風雅哲心(ia0135)が精霊力による敏捷性増強を羅喉丸にもたらしている間、羅喉丸は礼を言う時間も惜しんで水面を注視していた。
 不自然な水面の揺れが2つ、3つと現れ、急速にこちらに向かってくる。
「一体ずつ楽してかたしたかったな」
 天津疾也(ia0019)は軽く肩をすくめると、ため池の土手を補強するようにたつ鉄壁に飛び乗った。
 極めて強力な術者であるオラース・カノーヴァ(ib0141)によって生み出された鉄壁は、長身の疾也が飛び乗っても全く揺れない。
「釣れたのは2体。幸いにも粘泥と粘泥の間の距離はあるようで‥‥。スレダ殿」
「アイアンウォールで防げない場合は左後方に誘導するです。それ以外の場所だと地面に足が埋まる可能性があるですよ」
 羅喉丸が声をかけると、鉄壁の後方に控えていたスレダ(ib6629)が指示を出す。
「畑に踏み込む場合はできればあちらの畑にするです」
 畑の持ち主から収集した情報をもとに、できる限り被害が少なくなる戦い方を示していた。
 羅喉丸と疾也は最前列で粘泥を待ち受け、哲心はアクセラレートを前衛2人に使用し終えると同時にアークブラストの準備を開始する。
 そしてアヤカシがアークブラストの射程に入ると同時に、高らかに叫ぶ。
「響け、豪竜の咆哮。穿ち貫け!」
 閃光と轟音を伴う雷は半透明のアヤカシに直撃し、その不定形の体を激しく揺さぶる。
 雷は一度だけでは終わらず、雷雲の中と勘違いしかねないほどの轟音と共に、ほぼ連続した雷がスライムに降り注ぐ。
「どろどろしとるから柔らかそうに見えて耐久あるんやよなあ、面倒な相手や」
 鉄壁の上に立つ疾也は雷をまとわせた刃を手にしてアヤカシを待ち受ける。
 雷の連打で動きが急激に鈍りつつある粘泥が鉄壁の至近に近づくと同時に、疾也は雷の刃を放つ。
 物理攻撃に対してはともかく、知覚攻撃に対しては貧弱な耐性しか持たない粘泥は、雷の刃に抗することができない。
 初撃で上部から中心近くまで深々と切り裂かれ、2撃目で中心部分を雷に引き裂かれる。アヤカシの勢いは急激に衰え、鉄壁に到達したときには己の自重に負けてそのまま崩壊していった。
「はぁっ!」
 羅喉丸が鋭い呼気と共に紅の波動を放つ。
 最初の粘泥に少し遅れてやってきた粘泥に波動が突き刺さり、その注意を強制的に羅喉丸に向けさせる。
「私のホーリーアローだけでは削りきれなかったですね」
 スレダはぽつりとつぶやく。
 2体目の粘泥を引きつけるために1体目を無視してまで攻撃を集中させていたのだが、見る限りではまだまだ元気そうだった。
「これだけお膳立てされて文句など出る訳もなし」
 大地を踏みしめた構えからの強烈な瞬発力での回避を行いつつ、羅喉丸は拳から紅い波動を繰り出す。
 狙いを切り替えた哲心の放つ雷が2体目を襲い初め、桜色の燐光を伴った疾也が鉄壁から飛び降りざまに凄まじい早さで刃を走らせる。
 全身から煙を発生させていたアヤカシはほぼ両断され、絶たれた断面にスレダの放った聖なる矢が深々と突き刺さる。
「あ」
 直接触れていないにも関わらず、スレダは手応えとしか表現できないものを感じていた。
 2体目のスライムは、瞬脚を駆使する羅喉丸に引きずり回された末に、力尽きるようにして動きを止めるのだった。

●鉄の壁
「あっちハ派手ニやっとるネ」
「こっちも、かかったぁっ!」
 対岸から聞こえてくる轟音を背景音楽にして、亮が思いっきり釣り糸を引っ張る。
 その拍子に母性あふれる双丘が元気よく上下したが、この場にそれを気にする者はいない。
「水切りで水面を揺らさなくてもはっきり分かるということは」
 琉宇は小石を捨て、神教会風の装飾が施されたバイオリンを構えながら小さな息を吐く。
「2体じゃなく3体かな。被害を押さえるのが大変そうだ」
 今回集まったメンバーなら、アヤカシ全てを一度に相手にしても苦もなく勝利できる。
 けれど勝利の際に周辺に被害が出るかどうかは全く別の問題だ。
 琉宇は背後で新たな鉄壁が現れる気配を感じ、思考を切り替え演奏を開始する。
「この場ニぴったリネ」
「ふふっ」
 琉宇の手により責め立てられる楽器から澄んだ音色があふれる。
 騎士を称える勇壮な曲から戦いにふさわしい激しいリズムの曲へと移り変わり、飛鈴と亮に精霊の力を与える。
 最初にスライムに仕掛けたのは、飛鈴でも亮でもなくオラースだった。
 アヤカシが土手を超えると同時に、精密機械じみた等間隔で放たれる聖なる矢が降り注ぐ。
 最初の矢で体の中央に深い穴が穿たれ、次の矢で体を貫通する大穴が出来上がる。
「1体はいただくヨッ!」
 飛鈴は勢いよく飛び出して残る2体のうち1体に向かう。
 アヤカシの不定形の体は、どこに急所や点穴があるのが極めて分かりにくいようにも見えたが、豊富な実戦経験を持つ彼女にとってはそれらを探るのはさしたる難事ではなかった。が、極神点穴を撃ち込んだ飛鈴の顔に渋い表情が浮かぶ。
「頑丈で硬いが防御は無シネ」
 受動防御を打ち抜く効果が高い極神点穴を使うのは、どうやら練力の無駄遣いらしい。
 彼女にとっては止まっているようにも見えるアヤカシの触手を軽々と回避しながら、中から衝撃を与えるつもりで暗勁掌を叩き込んでいく。
「水を叩いているみたい。ボクの腕力じゃ効率悪いかも」
 亮は直接攻撃から気功波による知覚攻撃に切り替える。
 すると途端にダメージを与える効率が上がり、スライムの勢いが目に見えて落ちていく。
「仕掛ける」
 オラースが静かな声で宣言すると、攻撃をしかけながら後退を続けて来てた亮と飛鈴が、側転するようにしてスライムの攻撃を回避する。
 スライムは畑を囲むようにたてられたたてられた鉄壁に、体を変形させながら真正面からぶつかった。
「とどめだよ」
 琉宇が放った重力の爆音が、2体のアヤカシを効果範囲に捕らえて炸裂する。
 それでほとんど死に体になった2体のスライムの上に、時間差で雷の濁流が降りかかる。半透明の体は数瞬で激しく沸騰し、巨大な熱量に耐えかねるようにして爆発霧散した。
「片付けにとりかかる」
 オラーズは鉄壁の上でこつりと杖を鳴らすと、討伐の完了を静かに宣言するのだった。

●農業再開
「建築や農業で実用に耐えうる本ってのは俺等には手が出ませんや。仮に手に入っても難しくて理解できない気がしやすし」
 体格の良い農夫は申し訳なさそうに頭を下げる。
「そうですか」
 用意したフィフロスが無駄となったことを知り、スレダは小さく息を吐いた。
「お役に立てんですんません」
 農夫は心底恐縮して何度も頭を下げていた。
 疾也や哲心が水門の修理を行っている。専門的な知識はないものの、志体を持たない者から見れば驚異的な体力が役に立たないはずもなく、大量の土砂が掘り出され、盛られ、固められ、石材がはめ込まれることで水門の形を成していく。
「村の若い衆が総出で何日かかるかって作業があっというまなんて、すげぇとしか言いようがないです」
 ここまで桁外れの力を見せつけられては妬心も沸かないらしく、農夫は純粋な賞賛の表情を浮かべていた。
「面倒なことに‥‥」
 オラースは困っていた。
 戦闘のために鉄の壁を複数造り出したのだが、戦闘のすぐ後に村人から鉄の買い取りを申し込まれたのだ。
 話を持ちかけて来たのは1人ではなく、村長を初めとする自作農以上が10人近くが集まっている。鉄が余程魅力的に映っているらしい。
「これは1日で消える。こうしてもな」
 彼にとっては本気でない一撃を加えると、それまでの戦闘でもろくなっていた鉄壁に亀裂ができる。亀裂はあっという間に広がり、鉄壁は細かな破片に砕け散りながら消えていった。
「て、鉄がっ」
「なな何がどうなって」
 うろたえる村人達を置き去りにして、オラースは戦場跡の修繕に向かう。
「田畑に被害無し。実に喜ばしい」
 集落から大量の石材を一度に運んできた羅喉丸が、男らしい爽やかな笑みを浮かべる。
「そーねー。ボクとしてはアヤカシが全滅したかどうか念入りに確認したいけど」
 亮は荒縄で造った即席釣り竿を動かしながらのんびりと言う。
 餌は疑似餌ではなく、羅喉丸がギルド係員から渡された得体の知れない肉だ。余っても返却の必要はないと言われているが、正直なところこの場で使い切ってしまいたかった。
「慎重ネ」
 からかうような飛鈴の声に、亮はにこりと微笑んで答える。
「瘴気が星に還り、精霊となって地に降り注ぐ事を‥‥」
 スレダはスライムが消え去った場所で静かに祈りを捧げる。
 空は徐々に雲が増え始め、田畑を潤す雨が降ろうとしていた。