海上の大軍勢(数だけ)
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/20 02:04



■オープニング本文

●依頼が出るまで
「78年前の合意書によれば、この岬の沖合は我が方の権利が優先するはずだ」
「いや、56年前に締結された領主間の契約では、海流によって優先権が決まると‥‥」
「その契約はあくまで個人間のもので‥‥」
 膨大な資料を積み上げて交渉を行う高級官僚達の元へ、開拓者ギルド係員が熱い茶を盆に載せてやってくる。
「決まりました?」
「いいえ」
「残念ながら」
 一言一句の解釈を巡り、2人の役人は刃を交えない決闘を続けていた。
「えーっと、そのですね」
 受け取ってもらえない茶碗にちらりと目をやってから、係員は言いにくそうに口を開いた。
「そろそろ討伐依頼を張り出さないと、討伐完了がかなり遅れる気がしませんか?」
 いつまで交渉を長引かせてやがるこの糞共。
 討伐依頼完了が遅れて領民に被害が出れば、てめえらのキャリアがどうなるか分かっとんのか、あぁ?
 2人の高級官僚の耳には、係員の声はこう聞こえていた。
「境界線の交渉は次回に持ち越し。交易収入から折半という形で海側の討伐を行うという形でよろしいか?」
「是非もなし」
 いきなり合意に至ったように見える役人達を前にして、係員は狐に包まれたような顔をしていたのだった。

●討伐依頼
 近海で雲骸(クリッター)が大量に発生している。
 主要な航路が通っておらず、漁業が盛んでない地域だったために大きな被害は出ていないが、このまま放置すれば周辺にアヤカシが進出しかねない。
 雲骸の大きさは様々であり、小さなものは犬程度、大きなものでは小型の龍ほどの大きさを持つ。
 大きなものでも戦闘能力は低く、飛行能力を除けば下級アヤカシの中でも最下級に属する戦闘能力しか持っていない。
 数は多いものの、1集団あたり多くても4体程度でしかなく初陣の龍1体でも対処は可能だと思われる。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
江崎・美鈴(ia0838
17歳・女・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
和奏(ia8807
17歳・男・志
沖田 嵐(ib5196
17歳・女・サ
仙堂 丈二(ib6269
29歳・男・魔
エルレーン(ib7455
18歳・女・志


■リプレイ本文

●空飛ぶもふらさま(偽)
「さあ、ラル‥‥! 二人で飛ぶよ、あなたの初陣だ!」
 炎龍が翼を広げ、全力で大空へと駆け上がっていく。
 その背にまたがるエルレーン(ib7455)は、真正面から吹き付ける風に耐えて騎龍と共に大空を目指す。
 予定の高度に到達し、炎龍のラルが進路を水平方向に変えたとき、エルレーンを迎えたのは巨大な青の世界だった。
 上は果てがない青。
 正面は海と空が交わる水平線。
 下はこの高度からでも海底の地形が分かるほど透き通った海。
 これ以上ないほどの絶景だが、その素晴らしい景色を汚すものがいくつかあった。
「エルレーン! 始めていいか?」
 上空で待機していたルオウ(ia2445)が機体を近づけてくる。
「ええ」
 エルレーンは即座にうなずくと、真剣な表情で重要な事柄を口にした。
「どこから攻める?」
 美しい空と海を汚す小さな黒い染みが、数キロ前方に1つ、右側の1キロ先に2つ。
 斜め下方のはるか彼方に流木かアヤカシかよく分からないものがいくつかある。
「迷ったときは近いのからでいいんじゃねーの?」
「承知したわ」
 滑空艇と火龍の速度を調整して相対速度を零にすると、2人は左に旋回しつつアヤカシとの距離を詰めていく。
 遠くからでは胡麻粒ほどにしか見えなかったそれは、近くで見ると黒色の密度の高い霧にしか見えない何かだった。
「俺は左から行く。気流を乱してバランス崩すのも馬鹿らしいんで先に行くな」
 敵の間近にいることを自覚しているエルレーンは、進路を右にずらすことで返答に変える。
「よっし、いくぜー!」
 急加速を開始した滑空艇シュバルツドンナーは、短時間でそれまでの3倍近い速度に達してアヤカシとの距離を詰めていく。
 ルオウは禍々しさすら感じさせる刃を抜き放つ。
 10歩ほどの距離まで詰め寄られてようやくルオウに気づいたアヤカシは、まともに身動きするより先に中核部分を切り裂かれてしまう。
「なんだ、今の」
 ルオウは風よけのゴーグルの下で何度も瞬きをしていた。
 不定形のアヤカシの意図が読めなかったのだ。
 ルオウに続いて雲骸(クリッター)に襲いかかったエルレーンも、アヤカシの不可解な行動を目の当たりにしていた。
「もふらさまのつもり?」
 直径1メートル弱の球体だったはずのアヤカシは、いつの間にか四肢と頭部を持つ何かに変じていた。
 強いて言うならばもふらさまに近い形だが、もふらさまにしてはあまりに歪すぎた。
 ラルが速度を全く緩めずに爪を振り下ろすと、もふらさまもどきはその身を激しく変形させながら宙を転がるように移動し、龍の腕力に耐えかね小さな音を立てて破裂した。
 もふらさまもどきは瘴気に戻り、上空の強い風に吹かれてあっという間に霧散していった。
「ラル! 他のもやっちゃうよ!」
 主従は一丸となって次のアヤカシに向けて飛んでいくのであった。

●ひりゅうっぽいもの
「これでっ!」
 巨大な戦斧が高速で横に振られ、見ようによっては龍と言えなくもない形をした雲骸を叩きつぶす。
 が、尻尾にあたる部分だけは形を保っており、見るからに強そうな炎龍から距離をとろうとする。
「2人羽織でもしてたのか? 頭から真っ二つにしてやるぜっ」
 炎龍の主である沖田嵐(ib5196)は、振り切った状態から強引に軌道を変更して尻尾もどきの上から巨大刃を振り下ろす。
 速度と重量と正確さを兼ね備えた一撃に雲骸程度のアヤカシが耐えられるはずもなく、瘴気に戻るより先に粉微塵に砕かれて風の中に消えていく。
 火龍の赤雷はアヤカシが消えるより早く加速を開始しており、アヤカシが生き残った場合は主人が2撃目を繰り出せ、アヤカシが消滅したなら加速することで次の戦場に向かうことができる位置へ移動していた。
 豊富な実戦経験と主による密度の高い教育によって初めて可能になる見事な動きなのだが、嵐も赤雷自身もそのことを意識せず移動を続け、その場のアヤカシを全滅させたことを確認して離脱を開始する。
「アヤカシが見あたらないな」
 赤雷も鋭い視線を周囲に飛ばして索敵を行っているのだが、青い空と海を汚す黒い染みが見あたらない。
 かすかな気配を感じて後ろを振り返ると、視界の加減ぎりぎりに白いものが引っ掛かる。
 それは海面ぎりぎりで戦っている、鷲獅鳥の漣李であった。
 龍と蛇を混ぜて悪意を持ってデフォルメしたような形の雲骸を前脚で叩きつぶし、後ろに回り込もうとした2体目を後ろ脚で蹴り砕く。
 しかし海に半ばつかりつつ忍び寄ってきた3体目に、下方の死角から突き上げるような一撃をもらいかかる。
「油断は駄目ですよ」
 漣李の背に乗る和奏(ia8807)が雷の刃を飛ばして3体目を消し飛ばす。
 白い鷲獅鳥は翼を大きく羽ばたかせることで感謝の意を表すが、態度が妙に大きい。
 穏和な和奏でなければ説教か拳骨の1つでも降らせていたかもしれない。
「和奏、地図の確認、させてくれ」
 ぶっきらぼうではあるものの悪意の混じらぬ口調で、赤雷と共に近づいた嵐がたずねる。
「はい」
「あたしのはこれだ」
 双方地図を取り出し、発見した雲骸と退治した雲骸の位置を教えあう。
「数もかぞえていたのですが‥‥途中で判らなくなってしまいました」
「なにやってんだと言うべきなんだろうが‥‥。気持ちは分かるよ」
 彼等から見れば、雲骸の戦闘能力は問題にならないほど低い。
 位置はともかく数は意識に残りづらいのだ。
「夕方まで頑張ると、このあたりまで片付けられるでしょうか」
 和奏が地図で示した範囲はアヤカシが存在すると思われる範囲と比較すると狭かった。
「そんなところだろうな。夜の海で飛行するのは勘弁願いたいし、明日までかかるかもな」
 2人は短時間で打ち合わせを済まし、アヤカシの捜索を再開するのだった。

●空に咲く大輪の花
 巨大な爆発は、その派手さを大きく上回る破壊を伴っていた。
 澄んだ青空の中に突如出現した爆発は、風に吹かれるまま漂っていた雲骸の群を消し飛ばすと、何も残さずに消えた。
「黒煉?」
 凄まじい破壊をまき散らした朝比奈空(ia0086)が尋ねると、烏羽色の毛並みを持つ鷲獅鳥は、極めて珍しいことに困惑したような鳴き声をあげた。
 大空の支配者と称しても大言壮語とまではいえない存在である鷲獅鳥は、並みの人間よりずっと視力が良い。
 が、今回の戦場ではその視力でも力不足だった。
 持ち前の高い知力で黒煉の言いたいことを察した空は、悩む様子は見せずに手綱をとって前進を命じる。
 知覚が足りないなら足で補うまで。
 歴戦の開拓者である空には、戦場の広大さはさしたる障害ではないのだ。
「おーい!」
 頬を撫でる微風にかき消されるような小さな音が耳に届く。
 空が耳に意識を集中し方向を特定してそちらを向くと、水平線近くに見えた小さな点が徐々に大きくなっていく。
「良かった。見つかった」
 近づいてきたのは滑空艇だ。
「あっちでいくつか群っぽいものを見つけたわ」
 鴇ノ宮風葉(ia0799)が沖合の方向を指さすと、空は一瞬で状況の検討を済ませてから口を開いた。
「練力が足りるようでしたら私の代わりに海岸側を」
「了解。最低限回復させたら海岸沿いに飛ばしておくわ」
 短い言葉のやりとりで作戦の変更に合意した両者は、黙礼しあうと高速で離れていった。

●昼
 仙堂丈二(ib6269)が全力で呼子笛に息を吹き込むと、笛の激しい振動と共に、音というより衝撃波と表現したくなるほど強烈なものが周囲に広がっていく。
 丈二は仏頂面を崩さず、甲龍の土代の背で地図を広げていて待つ。
「数が倍いれば短時間で済んだのだろうがな」
 作戦の進行状況を書き込み終えると、丈二は眉間に深いしわを刻む。
 予想より順調ではあるが、日没までに作戦を完了させるのはどう考えても無理だ。
 時間の問題の他にも問題が多数あるのだ。
「呼んだか?」
 かなりの距離を高速で飛ばしてきたルオウが顔を見せる。
「一旦戻ってから戦場を大回りに迂回し反対側から攻めろ。風の向きがそろそろ変わる頃だ」
「ん」
 丈二を信頼しているルオウは、疑問を抱くこともなく即座にうなずいた。
「一度拠点に戻った時には江崎が鮭を焼いていたぞ」
 丈二の言葉を聞いたルオウの顔がぱあっと明るくなる。
「急いで戻るぜ!」
 素晴らしい加速性能を発揮して陸へ向かうルオウの滑空艇は、大きくかき乱された風の流れを残していった。
 しかし安定性の高い飛び方をする土代はほとんど揺れず、その背で手帳に羽ペンで書き込んでいた丈二の筆遣いにも全く影響はなかった。
「問題は、だ」
 丈二の視線の先には、数キロ離れていても小さいとはいえはっきりと見ることができる、龍の姿があった。

●翌朝
「解せぬ」
 チロ様(猫又)を一度でも目にした者は、チロ様が口を開いていないにもかかわらずそう聞こえたらしい。
 夜の間の不寝番のついでに仕留めた魚の山が、開拓者とその朋友達の朝餉に化けてしまった結果、世の不条理に思いを馳せてしまったからかもしれない。
「もっと厚着で乗るべきだったか」
 風葉は体調の悪そうな身体を引きずり、江崎・美鈴(ia0838)が煮炊きに使った釜に近づいていく。
 滑空艇で空を自由に飛び回るのは爽快であり、操縦の腕が鈍っていないのも確認できて非常に有意義な時間だった。
 が、長時間強い風にさらされた結果、体調不良になってしまっていた。
 戦闘には支障はないし気合いを入れれば普段通りに動けるとはいえ、面倒なことには変わりがない。
「こーゆーふーちゃんもかわいい」
「にゃ?」
 突然背後から抱きつかれた風葉の口から妙な声が漏れる。
 体調が悪かろうが重傷を負おうが必要十分な警戒は常に行っているはずのにどうしてこうなったのか、背中から暖かさや甘い香りが感じられるのは何故か、さっぱり分からなかった。
「みぃ姉ぇ?」
「そうだよ」
 背後から抱きついたまま、幼子にするように頭を撫でる。
 警戒心を解いている相手に不意打ちされたことに気づいた風葉が「はなせぇ」と言って振りほどこうとする。
 しかし義理の姉的存在相手に遠慮があるのか、あるいは単純に寝起きで力が出ないのか、さらに美鈴にからめとられていく。
「配膳はこっちでしておくぞ」
 丈二はじゃれあう2人に声だけかけてから、丸木小屋から出てきた開拓者達に握り飯と団子を配っていく。
「あ、ありがとう、ございます‥‥」
 戦場の外では穏やかになるエルレーンは、何度も頭を下げてから握り飯と団子の載った皿を受け取った。
「あ」
 両手で持った握り飯に小さな口でかじりつく。
 すると口の中で艶やかな米がほどけ、甘味と共に中に仕込まれていた焼きたらこのうまみが広がっていく。
「美味しい」
「そうか。後で作った奴に言ってくれ。多分喜ぶ」
 丈二はエルレーンに背を向けて、彼女の騎龍の元へと向かう。
 彼の手にあるのは子供1人が入れそうな大きな桶だ。
 桶には限界ぎりぎりまで水が入っており、それは全て丈二がキュアウォーターで用意したものだった。
 人里から距離があり、人の出入りも制限されている場所で飲用に適した水を調達するのは難しかったのだ。
「このぷちぷちが‥‥はぅ、おいしいの」
 口の中に広がる幸せに、エルレーンは凛々しい顔立ちに幼げで純粋な喜びが浮かんでいた。
「おい、ちょっと待」
 丈二の静止の声が聞こえたと思うと、エルレーンの肩越しに炎龍が首を伸ばし、焼きたらこ入りの握り飯にかぶりついてしまう。
 炎龍の主人の手に残ったのは、焼きたらこが含まれていない握り飯の端だけだった。
「あ、あーっ! ま‥‥まだ、たらこが残ってたのに‥‥ひ、ひどいよ、ラル」
 涙目で抗議する主人に対し、炎龍のラルはふふんと鼻を鳴らしてから桶から水を飲み始める。
「主従間の紛争は主従間で解決してくれ」
 丈二は面倒ごとに巻き込まれるのを避けるため、足早に朋友達が待機する場所へ水を運んで行った。

●夕刻
 討伐と安全の確認が完了したのは、2日目の午後であった。
「ふぅ」
 熱い茶で一服し、空は彼女にしては極めて珍しくため息をついた。
 風に吹かれつつ高速で飛行し、さらに大量の練力を使う大技を何度も使うのは、優れた開拓者である彼女にとっても負担は大きかった。
「ようやく毛繕いに取りかかれます」
 普段のぼんやりした様子からは想像し辛いほど上機嫌の和奏が、見るから上質そうなブラシや布巾を手に、つんとすましている癖に期待感で目をきらきらさせている白い鷲獅鳥に近づいていく。
 青みのある艶やかな黒の鷲獅鳥が雰囲気だけで控えめに期待感を表明しているが、空は静かに茶を喫することで要望を拒絶する。手入れを厭う訳ではないが、強請られるままに甘やかすつもりは全くないのだ。
「やー、人それぞれというか、朋友それぞれだね」
 孤高の猫又の機嫌をとるための鮮魚を運ぶ途中で、美鈴はうんうんとうなずいていた。
「いや、まあ‥‥いいけどね」
 美鈴が作ってくれた非動物材料からなる特製おにぎりと持ち団子餅団子をちびちびとかじりつつ、風葉は大人しく美鈴の後をついて歩いて行くのだった。