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■オープニング本文 蹴鞠という競技をご存じだろうか。 定められた手順で競技鞠(ボール)を蹴り交わす紳士の競技である。 体力の衰えを理由に引退したある貴族が熱心に奨励しており、熱心な擁護者と青春を蹴鞠に賭けた青少年達により蹴鞠の輪は広がり、一部の地域では愛好者が増えつつあるらしい。 ●選手急募 「助っ人を頼みたい」 お忍びで開拓者ギルドを訪れた老人が、護衛の兵士達を背後に従えたまま口を開く。 老人は志体持ちでは無い。 しかし声をかけられたギルド係員は、高位の開拓者に匹敵する存在感に触れ、思わず生唾を飲み込んでしまっていた。 表情と所作のわずかな変化から相手の精神状態を正確に推測する知性。 暴力を含むあらゆる困難に直面しても動じない精神力。 いずれも己を鍛え上げた者しか持てない力である。 「同好の士と変則蹴鞠の団体戦を行うことになってな。開拓者を何人が寄越して欲しい」 11人対11人で、互いのゴールに鞠を叩き込んだ回数で勝敗を決する変則蹴鞠。 老人は猛虎団という名のチームを抱えているのだが、志体持ちの選手が引退するなどして一時的に欠員が出来てしまい、こうして補充に来たらしい。 「細かな条件は全て呑む。ただし奴には知られぬように」 老人が口にしたのは、政治に詳しい者なら確実に知っている名前だった。 鞠友会という名のチームを抱え、同じようにチームのオーナーをしている老人と趣味の世界で激しくやりあっているらしい。 係員は深々と頭を下げて了解の意思表示をしながら、「相手側からも同じ依頼が来てるんだけどどうしよう」と内心頭を抱えていた。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
アルネイス(ia6104)
15歳・女・陰
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
狸寝入りの平五郎(ib6026)
42歳・男・志
アルセリオン(ib6163)
29歳・男・巫
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)
13歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ●超人蹴鞠大会 猛虎団に鞠友会。 いずれも有力な蹴鞠チームではあるが、著名選手が体力の衰えを理由に引退したために、ファンの落胆と減少は深刻な水準に達していた。 しかし、蹴鞠選手としては無名でも開拓者としては一流どころの選手が多数参加したことにより、ここ蹴鞠試合会場にはかつてないほど多くの観客が詰めかけ、溢れる熱気はまるでここが真夏であるかのような錯覚さえ抱かせていた。 「以上が既存メンバーだ。見ての通り、前回の試合からこれまで、心身を厳しく鍛え上げてこの場に立っている。引退選手の栄光を引き継ぐに足る力を証明する活躍をしてくれるだろう」 解説のアルセリオン(ib6163)の声は、大人数による歓声とは比べものにならない小さな声にも関わらず、不思議と観客の耳にしっかりと届いていた。 「そして、より注目すべきは今回新たに入ったメンバーだろう」 パワーとスピード、そしてなにより美しさを兼ね備えた肢体を虎柄のチャイナドレスに包み、水鏡絵梨乃(ia0191)が観客に思い切り手を振って自己をアピールしていた。 同じチームに属する非志体持ちの選手がパスを出すと、絵梨乃は実際の速度にして数割増し、観客から見れば3倍速ほどに見える速度でドリブルからリフティングを行っていく。 「泰国、ジルベリア、天儀。そして僕の出身国であるアル=カマルから来た者も居るな」 成人男性としては特に大柄でないにも関わらず、試合場から遠く離れた奥の観客席でも分かる程、巨大な存在感を感じさせる羅喉丸(ia0347)。 明らかに一筋縄ではいかない雰囲気をまとった狸寝入りの平五郎(ib6026)。 それぞれ鞠友会と猛虎団のキーパーであり、彼等を除けば選手として参加する開拓者は皆年若い女性ばかりだった。 「詳しく長々と紹介するのも良いが、実績の無い者についての語りを聞くのは面白くあるまい。開拓者には試合内容で語って貰おうと思うが、どうだろう?」 アルセリオンが静かにたずねると、観客席から賛意と期待が籠もった唸りが巻き起こる。 審判は各選手の位置と状態を確認してから解説席に目をやり、アルセリオンがうなずきで応えるとと高々と手を挙げてからホイッスルを全力で吹く。 歓声と雄叫びを切り裂いて響く笛の音のもと、戦いの火ぶたは切って落とされた。 試合開始の時点で鞠を支配しているのは絵梨乃だ。 先日ひとつの壁を越えたばかりの彼女は、今回参加した開拓者の中で頭一つ抜けた身体能力を持っている。 それゆえ序盤は彼女が中心となって試合が展開してくものとほとんどの者が思っていたのだが、その予想は早々に裏切られた。 「くっ、いきなり飛び道具っ?」 気配を感じた瞬間に絵梨乃は鞠と共に飛び上がる。 鞠を狙って放たれたと思われるカマイタチは天然芝を吹き飛ばし、青臭い草の匂いをあたりに広げる。 絵梨乃が鞠を足で挟みつつ三回転捻りを披露し、向かってくる鞠友会の一般メンバーの頭上を越えて一気にゴールへと向かおうとする。 が、青春の全てを鞠に捧げてきた男達は、志体はなくても一歩も引かない気構えを持っていた。 追いつけはしなくてもぎりぎりで絵梨乃の進路を妨害する位置に走り込む。 開拓者の中でも飛び抜けて高い身体能力を持つ絵梨乃にとっては、彼等の必死の妨害もほんの少しだけ着地姿勢を崩す程度の障害でしかない。 だが、それだけで十分すぎた。 チームメイトの援護を受けてベルナデット東條(ib5223)が放った二度目のカマイタチは、絵梨乃の鉄壁の防御のわずかな隙をつき、鞠を猛虎団側ゴールの方向へはじき飛ばしていた。 「柔よく剛を制すと言ったところかな」 つぶやくベルナデットは、振り切った殲刀「秋水清光」を鞘に納めるわずかな時間をも惜しんで全力で疾走を開始する。 目指すのは敵チーム、猛虎団のゴールだ。 「いかん! 行く手を塞ぐのじゃ!」 自陣に向かってくる敵開拓者達を妨害するよう猛虎団一般メンバーに指示を出しつつ、ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)はこぼれ球の確保に成功した鞠友会選手にスライディングタックルを仕掛ける。 志体持ちとしてはヘルゥよりはるかに格下とはいえ、鞠友会選手がこれまで積み上げてきたものは彼を裏切らなかった。 吹き飛ばされる寸前に、彼は猛虎団のゴール前に陣取るリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)へロングパスを決めていた。 「良くやったわ」 華麗な動作でボールを受け止め、その勢いをほとんど殺さず猛虎団のゴールへ走り込んでいく。 己の身を引き替えに完璧な仕事を成し遂げた男に対し、男に作戦を伝授したリーゼロッテは艶然と微笑んでいた。 「なんと見事な。最高峰の身体能力を優れた作戦と連携が上回ったのか! リーゼロッテ選手の前にいる猛虎団はディフェンス1人にキーパーのみ。どうする?」 高速の試合展開について行けない観客に試合展開を使えるため、アルセリオンは丁寧な解説を行っている。 「嬢ちゃん、悪いがここは通さねえぜ」 死に装束じみた白の着流しを身にまとい、平五郎は悠然と待ち構えていた。 「ならば勝負よ」 「応!」 キックの体勢に入るリーゼロッテに、己の体を防壁として鞠を止めようとする平五郎。 動きはほんのわずかではあるが平五郎の方が早く、このままいけば鞠が平五郎に受け止められるのは確実なように見えた。 「炎のシュート」 リーゼロッテの宣告と共に、彼女の手の中のアゾットが鈍く光る。 同時にリーゼロッテの頭上に火炎弾が現れ、蹴り出される鞠と共に平五郎へと向かう。 「はっ、やるねぇ!」 超広範囲を焼き尽くす術と、ゴールネットを引きちぎりそうな速度を与えられた鞠が、鍛え抜かれた男の体にめり込む。 具体的には、鞠は股間へ、術は細かなしわができはじめた頭部へ。 「ぬおおっ! 倒れはしねぇぜ!」 頭部を起点とした発生した爆発は、髪をアフロに、白装束をぼろ布に変えながら高速で広がり、ゴールごと試合会場の一角を吹き飛ばす。 爆炎の中、平五郎は主に股間から広がる凄まじい痛みに体を震わせながら、しかし顔には笑みさえ浮かべてリーゼロッテを初めとする鞠友会団をにらみ据える。 だがさすがに鞠を保持し続ける余力はなく、鞠は軽い音を立てて地面に転がり、かなりの勢いで平五郎から離れていく。 転がる向きは誰にとっても予想外で、そのままだと場外に出てしまい鞠友会団側のスローインから試合が再開される、はずだった。 「行きなさい!」 リーゼロッテの声に押されるようにして、鞠友会の非志体持ち選手が場外に出る寸前で鞠に蹴りを叩き込み、己が場外に吹っ飛ぶのと引き替えにゴール前上空へのパスを通す。 パスを受け取るのは、膨大な練力が込められ紅葉のような燐光をまき散らす刃を手にした、ベルナデットだ。 「まだだ、まだ終わらねぇ!」 立っているだけで限界の体に活を入れ、平五郎は辛うじて動く部位だけを動かして跳躍する。 地の底から響いてくるような生命の躍動と共に、全身から血と汗を流しながら鞠に対しヘディングを見舞おうとする。 「力比べか‥‥、それこそ私が求めていた戦いだ、受けて立つ!」 獰猛な笑みと共にベルナデットが放った突きと、命を燃やして平五郎が放った頭突きが同時に鞠に直撃する。 「両者跳ね飛ばされた! ボールは何処へ飛んだ?」 解説の叫びが響く中、最初に大地に落ちたのは平五郎だ。 本来人体が曲がるはずのない方向へ折れ曲がった四肢が、力なく地面に投げ出される。 大量の血を流し、呼吸も浅く不規則な平五郎であったが、その表情は穏やかだった。 「へへ、お袋‥‥。俺は半端モンだったが、最後に、やり遂げたぜ。褒めて、くれるかい?」 意識が闇に消えていく。 彼が最期に見たのは、猛虎団ゴールに高速で飛んでいく鞠の姿であった。 ●反攻 「私の守りが抜かれた?」 物理的に分厚い石壁群を突破されたリーゼロッテは、わずかに目を見開いて猛虎団の背中を見送ってしまう。 キーパーからの決死のパスを受け取ったヘルゥが、鞠友会の陣地内に張り巡らされていた防御陣地をほとんど時間をかけずに突破していた。 リーゼロッテの石壁を破壊した訳ではない。 ヘルゥに率いられた猛虎団一般メンバーが絶妙のパスを繰り返し、障害を全てすり抜けてしまったのだ。 パスの終点はヘルゥ。 もはや行く手を遮るのは鞠友会ゴールを守る羅喉丸だけだが、その最後の障害は強大だ。 「羅喉丸。いや、SGGP(意訳:とってもすごいゴールキーパー)! 我等全員でねじこみにきた、じゃ!」 ゴール前にいるのはヘルゥ率いる4人の鞠友会志体持ちメンバー。 本来なら4人がかりでも熟練開拓者である羅喉丸に対する勝ち目は無いが、蹴鞠会場でなら話は別だ。 彼等は最高の機会を与えてくれたヘルゥの期待に応えるため、これまで積み重ねてきた全てを賭してSGGPに立ち向かう。 「これは」 連続で放たれるシュートを一見軽々と防ぎながら、羅喉丸は内心驚嘆していた。 鞠の速度も込められた力も、羅喉丸から見れば儚いほどに弱い。 だが狙いと放たれる際のタイミングは巧緻を極めており、羅喉丸に鞠を受け止める機会を与えない。 「これで止め!」 ヘルゥの魔槍砲から打ち出された衝撃波が鞠を急加速させた瞬間、大きな庇のついた帽子を被った羅喉丸は、ゴールの反対側に打ち込まれた鞠の前に高速移動してはじき飛ばす。 鞠が跳ね返された先は、場外ではなく猛虎団ゴールの方向だった。 敵陣の最奥に5人も送り込んでいるため、猛虎団の守りは非常に薄くなっている。 鞠友会の絶好の反撃チャンスである。 「なにィ! これを防ぐか。だがっ!」 全ての体力を使い尽くしたヘルゥは、荒い息を吐きながら、にっと笑みを浮かべた。 羅喉丸の豪腕で跳ね飛ばされたボールは、試合会場の中央にそびえ立つ白と黒、2枚の壁を撃ち抜いた時点で勢いを失い、アルネイス(ia6104)の胸に受け止められる。 「なんと、アルネイス選手、この展開を予測していたのか? あえて攻撃に加わらず結界呪符を使い、鞠友会の反撃の芽を摘んだっ」 アルセリオンが熱く語り、観客席から感嘆の歓声が沸き起こる。 「さぁ、私が編み出した必殺シュートを受けてみるです! ナインブレイク!」 アルネイスの蹴りが鞠に触れるその瞬間、強烈な光と共に九尾の白狐が顕現する。 鞠と共にゴールに突き進む姿は、まさに暴風。 しかしゴールを守るのは鉄壁を越えた守りの堅さを誇る守護神だ。 あまりの速度と威力に9つに分裂したようにさえ見える魔球を、羅喉丸は全身を使って受け止める。 両肩、両膝、胸部に腹部と身体のあちこちが悲鳴をあげるが、守りの要は崩れない。 「何と高度な戦いじゃ」 ヘルゥは目の前の光景に半ば見とれていた。 ジンの力を出し切り、鞠と得点とで肉体的にも精神的にも相手を屈服させようとする様は、どこまでも激しく美しかった。 このまま一騎打ちを見続けたい。 けれど蹴鞠が集団競技である以上、仲間のため、そして相手のためにも手は抜けない。 羅喉丸が辛うじて止めた鞠に駆け寄り、完全な防御が維持されたゴールではなく後方にパスを飛ばす。 「行け! アルネイス姉ぇ、絵梨乃姉ぇ!」 鞠が向かうのは、最高速に達する寸前のアルネイスの足だ。 「この技を止められますか? ドラゴーンブレイク!」 九尾の力が秘められた鞠が高速で打ち上げられる。 待ち受けるのは満を持して登場した猛虎団の切り札、絵梨乃である。 「シューット!」 鞠を満たした九尾の力に、極限まで練り込まれた気功が加わることによりその技は完成する。 九尾の白狐が力を解放し、鞠と共にゴールへ突進する。 「泰国に伝わるという幻の技をこの目で見ることが出来るとは‥‥」 解説席から感嘆の声が聞こえる中、九尾の全身が本来の白から青に変わり、尻尾が全て竜に変化しゴールの守りを惑わす。 あまりに強力な敵を前にして、SGGPは覚悟を決めた。 「我は不落なり、我が身は八極を守護せし門なり、すなわち、我が領域は鉄壁なり」 己の心身を完全に制御し、全てをゴールの守護に振り向ける。 羅喉丸は己の全てをかけて、ドラゴンブレイクシュートの真正面へと瞬時に移動し、受け止めるために両手を突き出した。 強大な練力と重い回転が分厚い掌を砕き、両手を無理矢理跳ね上げる。 常人ならその時点で完全に勝負が決まっているはずだが、ここにいるのは常人ではなくSGGPだ。 「まだ、この命がある」 強靱な筋肉で覆われた胸部で受け止める。 鞠が危険なほどめり込み、全身が断末魔じみた悲鳴をあげるが、SGGPは倒れない。 じり、じりとゴールへと押し込まれていくが、徐々に速度は落ち、ゴールを割る寸前で動きが完全に止まる。 「見事。‥‥なにっ?」 猛虎団の猛攻にさらされ力尽き、試合場に倒れ伏しながらも安堵と共に意識を手放そうとしていたそのとき、ベルナデットは驚愕に目を見開いた。 「今のを止めるとは‥‥! 彼はまさに守護神と言うに相応しいな。いや、なんだとっ? これは、試合場が屈しているのか!」 SGGPは見事にその責務を果たした。 しかし、彼を支えていた試合場が、強大な威力を秘めたシュートに耐えきれなかった。 完全に意識を失いつつも鞠を受け止めた羅喉丸ごと、ゴール間近の地面が勢いを失わぬ鞠に押されてゴールに押し込まれていく。 「また戦いましょう」 絵梨乃は虎の仮面をかぶり直すと、結果を見ることなく羅喉丸に背を向けた。 得点を知らせるホイッスルが鳴ったのは、それから十数秒後のことであった。 ●結果 試合は、試合場がほぼ全壊し、選手の半数以上が負傷して担ぎ出された時点で終了となった。 双方の戦力が健在だった時点で猛虎団が得た1点はの存在は非常に大きく、鞠友会はついにその1点の壁を打ち崩すことができなかったそうである。 |