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■オープニング本文 ●予想外の襲撃 「これで手打ちということで」 「感謝いたします」 深々と頭を下げた男の旋毛を眺めながら、重厚な雰囲気を持つ商人が小さく息を吐く。 「今後はこのようなことがないよう願いたいですな」 その願いが果たされる可能性が低いことは、商人自身よく分かっていた。 目の前で頭を下げる男は、騒動を巻き起こした張本人の部下でしかない。 「もう一度あなた方に頭を下げて回るのは遠慮願いたいですが、私はしがない雇われ人ですので」 貴族が抱える志体持ちの武人にふさわしい服装をしているものの、男が身にまとう雰囲気は上品とは言い難い。 穏やかな表情を浮かべてはいるが、暴力を生業にする者特有の荒んだ雰囲気を隠しきれていないのだ。 「では精霊にでも祈っておくとしましょう」 商人がぽんと手を叩くと、締め切られていた部屋の襖が開く。 交渉はこれで終了。 とっとと出て行けということだ。 男は気を悪くした様子も見せず、再び丁寧に頭を下げてから退出しようとする。 そのとき、部屋の外から騒音が聞こえて来た。 不審に思った商人が男と連れだって部屋を出ると、奇妙なものが視界に入ってくる。 「あれは‥‥何だ?」 それまで凄まじい威圧感を放っていた商人から、惚けたような声が漏れる。 商家の下男から得物を返して貰っていた男は、腰に銃を戻しながら商人に目をやり、そのまま商人の視線の先を確認する。 「これはこれは。神楽の都にアヤカシが出るとは、物騒になりましたな」 分厚い白壁を越えて屋敷の中に入り込んできているのは、幼児ほどの大きさの生き人形。 飛行能力を持つアヤカシである、付喪人形(マーダードール)だ。 「護衛の先生方を呼」 商人の命令は、屋敷のあちこちから聞こえてきた悲鳴にかき消された。 非志体持ちとはいえそれなりの腕と装備を持っていたはずの護衛達が、屋敷に複数入り込んだアヤカシにより倒されたのだ。 「ははぁ、大変ですな。勤務時間外なら手間賃で護衛を請け負うところですが、生憎今は勤務時間でして」 営業用の微笑みを浮かべ、感情を感じさせない瞳を商人に向ける。 商人は強靱な意志力で己の顔面を制御し、懐から取り出した算盤を弾く。 「あの方にこれだけ届けて頂きたく」 「承知いたしました」 男は練力で装填を行いながら銃を構え、連続で射撃しながら商人を連れ屋敷の奥へ逃げていくのだった。 ●救出依頼 神楽の都にある商人の屋敷をアヤカシが占拠した。 襲撃時に滞在していた砲術士が時を稼いだ結果、商人とその家族と使用人達は蔵に逃げ込んで内側から鍵をかけることに成功している。 砲術士は練力と弾を使い果たす前に逃亡したが、屋敷の中には複数の付喪人形が残っていると推測される。 このまま放置すると蔵の中の商人達が餓死するか、屋敷から出た付喪人形により大量の犠牲者が出かねない。 至急現地に赴き、アヤカシの討伐と生存者の救助を行って欲しい。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
針野(ib3728)
21歳・女・弓
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●索敵と突入 静かであると同時に意識と耳に明確に残る音が響き、屋敷と屋敷周辺の家屋全体に広がっていく。 針野(ib3728)は念には念を入れて再度弓の弦を鳴らしてから、詳細ではないが要点を押さえた屋敷の見取り図に朱墨で印をつけていく。 「屋敷の外にはアヤカシの反応はなかったさー」 二十以上の赤い印の位置を確かめながら、鈴木透子(ia5664)は表情を暗くした。 「多い、ですね」 街中であろうとアヤカシが現れる可能性はある。 ただしその可能性は本来なら低いはずなのだ。 ことが終わり次第原因を追及することを心に決め、透子は突入前の最後の装備の点検を行う。 「この見取り図、襲撃に必要な情報だけが載ってて、助かるけどすごく感じが悪いんよ」 防衛にあたっていた志体持ちが書いた地図をつつきながら、針野は小さく肩をすくめる。 盗賊が襲撃に使うための見取り図だとしても違和感がない内容なのだ。 「そろそろ参りましょう」 三笠三四郎(ia0163)が促すと、その場の開拓者達はそれぞれ頷き賛意を示す。 「では」 分厚く作られていた勝手口の扉を、三四郎が一蹴りで破壊し尽くす。 壊れた扉を踏み越えて飛び込んだ針野は閉じられた雨戸を強引に開き、その隙間から屋敷の中に飛び込んだリィムナ・ピサレット(ib5201)が素早く周囲を確認する。 「悪い人形はみんなジャンクにしちゃうんだから!」 高い天井付近に漂っていた、幼児並みの大きさを誇る付喪人形が強烈な衝撃波を放ってくる。 が、優れた抵抗力を持つリィムナにはあまり効果が無い。 リィムナは贅沢に漆が塗られた家具をえいやっと声をかけつつ転がし、アヤカシの接近を防ぐための防壁とする。 そうしている間に三四郎と針野が屋敷の中に侵入し、屋敷の中庭に存在するはずの蔵を目指して進撃していく。 「ごめんよ」 針野は暗がりに倒れ伏す遺体に合掌する間も速度は緩めず、見取り図通りの屋敷内を突っ切っていく。 「くっ」 先頭に立つ三四郎は、横合いから飛び出してきた小型の人形に対し二刀を振るう。 左から振るわれた深紅の刀身は人形の頭部を砕き、右から振るわれた同色の刃は銃痕がある胴部を両断する。 三四郎は遮蔽物に隠れたアヤカシが左右から衝撃波を放ってくるのをあえて無視し、雨戸を内側から蹴り開けて中庭に踊り出す。 「リィムナさん、右奥の部屋から2、いえ3体来ます」 人魂を通して得た情報を口にしながら、透子は治癒符をぺたりとリィムナに貼る。 符は式に、式から肌色の何かに変じ、リィムナの中に吸収されつつその傷を癒していく。 「りょーかいだよ!」 リィムナは聖なる矢を放って、1矢で1体のアヤカシを数体葬ってから反対側を向く。 保護色じみた色をした人形がこっそりと屋敷の外へ出ようとしていたが、透子からの情報がある以上見逃すはずもない。 容赦なく吹雪を叩きつけて雨戸もろとも粉微塵にしてしまう。 「内側に行ける?」 「無理です。ここを抑えておかないと付喪人形外に出かねません!」 新たな式を飛ばして偵察を行わせつつ、透子は即座に返答する。 「りょーかい、だよ!」 アヤカシのものらしき物音が近づいてくるのを感じながら、リィムナはむんと胸を張ってその場を守るのだった。 ●正面突撃 分厚い2枚の板が、紙切れか何かのように宙を舞い、良く手入れされた前庭に突き刺さる。 たった一度の蹴りで頑丈な正門を蹴り破ったルオウ(ia2445)は、その凄まじい身体能力を活かして勢いを緩めずに屋敷へと向かう。 「面倒ですねぇ‥‥」 一直線に屋敷へと向かう仲間の背をちらりと眺め、トカキ=ウィンメルト(ib0323)は巨大な鎌をゆらりと揺らした。 途端に死角から襲いかかろうとしていた人形に紫電がまとわりつき、焦げ臭い香りと共に庭へと転がり落ちる。 トカキは己が仕留めたアヤカシを気にもせず、照明用の火球を作り出して皆の後を追い屋敷の中に入る。 「知覚攻撃か」 トカキの灯りを頼りに、床に転がっていた遺体の状態を槍の石突きを使いつつ確認した御凪祥(ia5285)は、狭さを感じながら十字槍を振るう。 連続して放たれた雷が祥を伺っていたアヤカシを打ち据え、ただの人形に戻りながら床の上に転がる。 「えーと」 先頭に立つルオウは困ったように鼻を掻いていた。 屋敷の中は薄暗く、遺体の腐敗が進んでいるため臭いも酷く、別の班が激しくやりあっているため人形が移動する音も聞き取りにくい。 この屋敷にいるのはルオウにとっては1対1なら素手でも勝てる程度の強さしか持たないアヤカシだが、探して倒して行くのは結構な手間だった。 知恵と工夫を駆使して屋敷に潜むアヤカシを狩り出そうかと一瞬考えたルオウだが、結局選択したのは咆哮だった。 別の班が蔵を目指している以上、複雑な策を使うより一度の咆哮の方が良いと考えたのだ。 咆哮すると出てくるわ出てくるわ。 ふすまを開き、障子に穴を開け、天井の板を外し、次から次へと小さな人形がルオウに向かってくる。 それは並みの男なら恐慌状態になってもおかしくない光景だった。 もっとも歴戦で磨かれたルオウにとっては珍しくもない光景だ。 先のおおいくさで報奨として手に入れた脇差しを片手に持ち、華麗と表現して差し支えない動作で一回転する。 ルオウに左右上下から飛びついて動きを封じようとして人形達は、誘い込まれるようにして刃の軌道に囚われ、一撃で中枢を断たれて周囲に飛び散る。 その後も次々に新手がやってくるが、ルオウは小刻みに位置を変更していくことでアヤカシの攻撃を回避していく。 物理的な力では絶対に勝てないと判断したのか、小さな人形達は一斉に衝撃波を放つため陣形を組もうとする。 「やれやれ、少しは手応えがあると思っていたのに」 激しい光と共に電撃が直撃し、木製だったらしい人形が爆裂して木切れに分解されていく。 紫電を放ったリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は、その冷たく澄んだ目を何も飾り気のない壁に向ける。 「ふふ、隠れてもバレバレ♪ それで隠れてるつもりかしら?」 意図を察した祥が、槍としては小型の、しかし威力は特級品の槍を壁に叩きつける。 屋敷の造りから考えるとかなり薄い壁が一撃で粉砕され、ルオウに引きつけられているものの進路が無くその場で右往左往していた人形達が転がり出る。 淡い光に照らされたアヤカシ達は、人形というより幽鬼か何かのように見えた。 「おやおや、これは酷い。さっさと退場したい所ですが」 壊れた壁の向こうに目をやったトカキは、冷たい声で感想を述べる。 壁の向こうにあったのは小判が詰まっていると思われる小さな箱に、厳重に封のされた薬瓶。 法に触れているどうかは役人を呼んで来ないと分からないものの、明らかにグレーゾーンぎりぎりか踏み越えてしまっている気配があった。 口を動かしている間も手は止まらず、トカキは次々にサンダーを発動させて壁に空いた穴の向こう側に残っていた人形を手際よく屠っていく。 「後は天井ね」 瘴索結界を発動中のリーゼロッテの誘導に従いながら祥が壁の残骸を踏み越えて中に入ると、アヤカシがこの空間に入り込む際に使ったらしい、天井に空いた穴が視界に入ってくる。 「都にも妙なモノが出る様になったもんだな」 天井に気配を感じ、祥は天井ごとアヤカシを刺し貫く。 祥はアヤカシの出現した原因について考えを巡らせながら、アヤカシの掃討を続けていくのだった。 ●救出 「開拓者ギルドからの要請で来たんよ、もう少しの辛抱です! だからもうちょっとだけ、中にいて下さいさー!」 針野が呼びかけると、蔵の中から慌ただしい足音が聞こえ、内側のかんぬきを外す音が聞こえてくる。 ほんの少しだけ眉を寄せた針野だが、弓の弦を弾いて蔵の中と周辺にアヤカシがいないことを確認すると、三四郎に視線で合図した。 「た、助けてくれぇっ!」 極度の緊張に長時間さらされた結果やつれてしまった男が、青白い顔のまま蔵から飛び出そうとする。 「そのままお待ちください。現在アヤカシを掃討中です」 しかし、有無を言わせぬ迫力を持つ笑顔を浮かべた三四郎に押しとどめられ、渋々ではあるが素直に蔵の中に戻っていく。 「咆哮を使ったんよ?」 屋敷から飛び上がって開拓者の別働隊がいつはずの場所に向かう人形に気づき、針野は弓を構えるとほぼ同時に矢を放つ。 ジルベリア由来の猟兵射は強烈で、アヤカシが動かしていた人形は屋根の端に矢で貼り付けにされる。 じたばたと身体を動かしてなんとか抜け出そうとするが、やがて人形から瘴気が抜けていき動きが止まる。 「二カ所で咆哮を使っても面倒が増えるだけですね」 空を飛びルオウに向かう人形を見送り、三四郎はほっと小さく息を吐くのであった。 ●疑念 屋敷の中からアヤカシが排除された後、生き延びていた商人以下数名は医者の元へ連れて行かれ、屋敷からは遺体が運び出された後、先程まで役人が何かの調査を行っていた。 犯罪に直接関わるものは発見されなかったらしいが、多少のペナルティが科されるらしかった。 「気になるの?」 戦闘で大量に消費した練力を補うため瘴気回収を使っていたリーゼロッテが、屋敷周辺の見回りを行っていた透子に声をかける。 「はい。気になる対象は変わりましたけど」 透子の顔色は優れない。 人形に残っていた銃痕から判断して、アヤカシが出現した際にその場にいた砲術士は、直接アヤカシと繋がっているということは無さそうだった。 屋敷の周辺に残っていた者達についても調べてみたが、経済上の理由から残っていただけで、透子が懸念していたような理由で残っていた者はいない。 単なる取り越し苦労で済んだのかもしれないが、だからこそ別の懸念が出てくる。 「何故アヤカシがここに?」 ただの偶然か、あるいは何らかの理由があるのか。 その問いに答えられる者は、この場には居なかった。 |