無人の町の放火魔ウサギ
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/21 00:46



■オープニング本文

●火と戦う者達
「隊長! また放火です!」
「非常呼集をかけろ! 私は半分引き連れて現場に向かう。貴様は残りを率い親方様の護衛を。非番の連中は市中の警備に順次送り出せ!」
「はっ」
 貴族の私兵団に属する兵士は即座に持ち場へ向かい駆け出した。
「乙班は火災用装備を運べ。丙班は現場に向かい近くの住民を閉め出すように」
 詰め所で待機していた兵士からうめき声があがるが、隊長に異を唱える者はいない。
 兵士達は全員この街の住人であり、火災現場付近の住民を追い出し建物を破壊することで消火などしたくはない。
 しかしせねば火は街中を焼き尽くし、この町が滅びかねない。
「畜生! アヤカシどもめ!」
 若い兵士が血を吐くような思いで吐き捨てるが、それを止める者はどこにもいなかった。

●討伐依頼
 とある町に火兎(カト)が複数入り込んでいる。
 これまで複数の民家が襲撃され、そのたびに襲撃された民家を含む複数の建物が失われている。
 死傷者は現時点で10人ほどだが、焼け出された者の数はそれより一桁多い。
 業を煮やした領主が私兵団まで投入して事態の解決を図ったが、火兎は兵士との交戦を避けて町に潜伏し、戦闘力を持たない者が住む民家への襲撃を繰り返している。
 数日後に予定されている町の住民全員の避難終了後、無人の町に潜入して火兎を狩り出して欲しい。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
和奏(ia8807
17歳・男・志
利穏(ia9760
14歳・男・陰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
サガラ・ディヤーナ(ib6644
14歳・女・ジ


■リプレイ本文

●地図
「お待たせしました」
 目の下に濃い隈をつくった役人が、畳んだ状態でも大きな地図を抱えて天幕の中に入ってくる。
 組み立て式の机を複数繋げた台に広げると、平野譲治(ia5226)がきらきらと好奇心にあふれる視線を向ける。
「こんなの、初めて見たなりっ!」
 地図の材質は長期保存に向いた紙で、土地の面積と建物の形状と種類、そしてその所有者の情報が精緻な筆致で書き込まれている。
「持ち出したら一財産だな」
 アルバルク(ib6635)が軽口を叩くと、憔悴した表情の役人が乾いた笑い声をあげた。
 徴税を行う際に絶対に必要となる資料を無断で持ち出したらどうなるか、考えるまでもない。
「これは思ったより」
 領主に掛け合って地図を用意させた利穏(ia9760)が、難しい顔で呟く。
「アルバルクさん。ここからここまで音が届きますか?」
 利穏は地図上の二点を指さす。
 統治における最重要資料のひとつである地図には、アヤカシの目撃情報がびっしりと書き込まれている。
 本来ならあり得ない地図の使われ方には、アヤカシに対する領主の怒りのほどがはっきりと現れていた。
「届く。ただしかなり聞き取りづらくなる」
 銃と砲に詳しく、経験上音の響き方にも詳しいアルバルクは、地図を元に地形と建造物の配置を脳裏に思い浮かべて計算結果を口にする。
「ありがとうございます。でしたら当初予定より間隔を詰めて追い込まないと、包囲を破られかねませんね」
 知能が獣並みの相手を、声無しで遠くから威圧するのは大変だ。
「問題はそれだけじゃないですね。特に北側が入り組んでいるので、迷いそうです」
 サガラ・ディヤーナ(ib6644)の指摘に、町の外に建てられた天幕の中にいる全員が、うめき声に近い息をもらす。
 なにしろ地元の人間でも迷いかねない場所である。
 住民が避難する際に置き捨てられた荷物があることも考えると、戦闘どころか移動でさえ苦労しかねない。
「可能な限り連携を密にするしかないですね」
 利穏はそう口にすると、全てのアヤカシを狩り出すため、移動の経路を細かく詰めるための話し合いを進めていくのだった。

●勢子
 大柄な牛並みの体格を誇る火兎は、形は可愛らしさを感じさせる兎と同じであるが、まとう雰囲気は非常に禍々しい。
 そんなアヤカシが、家屋の陰から首を出していた。
 火兎の視線の先にいるのは和奏(ia8807)だ。
 心覆によって殺気を完璧に隠し、身体能力を非志体持ちの平均並みに抑えている和奏は、アヤカシの目にはこれ以上ない美味しい餌に見えた。
 火兎はするりと家屋の陰から進み出て、獲物をなぶるかのようにわざと足音をたてて歩み寄っていく。
 せいぜい獣並みの知恵しか持たないアヤカシには、和奏が浮かべた表情の意味は理解できなかった。
「適度の威圧感を出すのは難しいですね」
 火兎の頭部から胸元までが、左右に割れて広がっていく。
 アヤカシが踏み固められ地面に倒れ、瘴気に戻って霧散していく様を確認した和奏は、微かな梅の香りを漂わせる刃を鞘に納めた。
 そして、地図に載っていた井戸の位置と状態を確認しながら、ゆっくりと歩みを進めていく。
 彼にとってアヤカシの戦闘力は脅威でないが、可燃物に火がつきかねないアヤカシの能力は脅威なのだ。
 和奏は穏やかな表情のまま、打ち合わせ通りの速度で南へ向かっていく。
「たっただいまなのだっ! ‥‥うゆ? ‥‥誰もいないなりかっ!?」
 和奏がいる場所から一つ東の通りで、ほぼ無人の町に不似合いなほど元気な声が響いていた。
 譲治は慣れた手つきで立て付けの悪い引き戸を開け、人の気配のしない家屋に入り込む。
 そんな譲治と入れ替わるようにして、細い路地から火兎が姿を現す。
 住民が避難した結果獲物に飢えていた火兎にとって、無警戒そのものの譲治はまさしくネギを背負った鴨であった。
 獲物に気づかれないよう、抜き足差し足で家屋への距離を詰め、ぎりぎりまで引き戸に近づいてから一気に飛び込む。
「お、兎なりっ! 可愛いなりねっ!」
 獲物はぱあっと明るい笑顔を浮かべ、両手を広げて火兎を歓迎する。
 あまりに無防備なはずの獲物の姿に、火兎はこれ以上ないほどの恐怖を感じた。
 どうして恐怖を感じたのかは全く分からないが、それでもこの場にとどまれば致命的な事態を招くことだけは分かる。
「鋭いなりっ!」
 その言葉が火兎の耳に届くより、火兎の脇腹が大きく切り裂かれる方が早かった。
 火兎をかわして家屋の外へ出ることは難しいと判断した譲治が、火兎を引きつけて目的地に連れて行くことを諦め、この場で始末することにしたのだ。
 彼我の実力差を悟ったアヤカシは、譲治が再度斬撃符を使う前に家屋から飛び出す。
 ここから距離をとれば、町に潜むことも町から逃げ出すこともできる。
 そうアヤカシは判断していたが、それは甘すぎる判断だった。
 地面からせり上がってきた黒い壁に直撃し、衝撃で意識が混乱する。それでも新たな進路を探すが、逃げ場はどこにもない。
「逃がさないぜよっ!」
 火兎の逃げ道を結界呪符「黒」で封じた譲治は、新たな式を呼び出しアヤカシに向かって放つ。
 せめて一太刀とばかりに駆け出した火兎の喉元を式が深く抉り、ごろりと地面に倒れた後残った勢いで数メートル進み、止まる。
 瘴気を吹き出した消えていくのを確認した譲治は、新たなアヤカシを見つけるため、元気に南へ進んでいった。
 譲治が激しくアヤカシとやり合っている頃、そこからさらに一つ東の通りで利穏が全力疾走していた。
 自身の背丈を上回る長柄武器を手に、逃げる火兎の背にじりじりと追いついていく。
 もう逃げられないと判断したのか、火兎は急に足を止めて振り返り、全身に炎をまとわせてから利穏に体当たりをしかけようとする。
 が、利穏から放たれた強烈な威に打たれてしまい、その動きはとても鈍かった。
 アヤカシの攻撃を余裕をもって回避し、利穏は長巻に練力をまとわせ火兎に叩き付ける。
 火兎の肩に命中した全長1メートルの刀身は、斬ると同時に広範囲を砕き、火兎の右前脚をほとんど動けなくさせていた。
 アヤカシはそれでも戦意を失わずに噛みつこうとするが、さらに動きが鈍った一撃が命中するはずもなく、利穏に止めの一撃を与えられるのだった。

●撃ち手
 ここは町の南の外れにある、数日前までは賑わっていた茶屋の店内。
 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は肩をそびやかし、自信に満ちた態度で椅子に座っていた。
 勢子役を担当した仲間が役割を果たすと判断し、リーゼロッテは静かにそのときを待っているのだ。
「そろそろね」
 瘴索結界を発動し、リーゼロッテは壁越しにアヤカシの所在を探る。
「どうされました?」
 いつでも飛び出せるように得物を携帯した三笠三四郎(ia0163)がたずねると、リーゼロッテはもう一度結界を確認してから口を開く。
「狩り出しはうまくいっているようだけど、一個所にまとめるのは無理そうよ」
「ああ、それは」
 事情を察した三四郎は、控えめに残念そうな表情を浮かべる。
 この町は小さいが、数人でアヤカシを狩り出すには大きすぎる。
 咆哮の使い手が数人いれば短時間で狩り出せたかも知れないが、今回咆哮が使えるのは三四郎だけなのだ。
「俺が出よう」
 椅子に座って瞑想を行っていた風雅哲心(ia0135)が立ち上がり、三四郎に一瞬視線を向ける。
「分かりました。準備を進めておきます」
 静かに扉を開けてほとんど足音を立てずに飛び出すと、甲高い銃声が耳に飛び込んでくる。
「ほれほれ、とっとと逃げなっての」
 アルバルクが茶屋に銃口を向け引き金を引く。
 建造物の損壊を避けるため空砲だったが、銃口と茶屋の間にいる火兎には実弾かどうか確かめる術がない。
 慌てて方向を変え、茶屋から離れて街道沿いにある大きな広場に移動していく。
「こっちに来ては駄目ですよ♪」
 アルバルクから見て東に40メートルほど離れた場所で、サガラが2体の火兎の相手をしていた。
 町から追い出されたことで罠にかかったことに気付いたアヤカシ達が、隠れる場所の多い町に戻るため必死になっているのだ。
「困った兎さんですね〜」
 笑顔を浮かべ、優雅に、倒錯的な色香すら感じられる動きで火兎の突撃を回避する。
 当然のことながら回避するだけではなく、火をまとった毛皮の上を滑るように刃を移動させ、火兎の口腔から上顎へと突き立てていた。
 生き物の形をしたものが出せるとは思えないほど異様な音が、半壊した火兎の口から発せられる。
 もう1体の火兎は怖じ気づいて東に向けて逃げだそうとするが、その判断は遅すぎた。
「おーい先生方。後は任せるぜ」
 アルバルクがにやりと笑って声をかけると、三四郎はくすりと微笑んでから短く気合いの声を発した。
 咆哮の効果が込められた声は広範囲に広がり、町の南まで追い詰められたアヤカシ達の注意を三四郎のみに固定する。
 こうなってしまえば、どれだけ傷を負っていても逃げ出せない。
 三四郎は駆け寄ってくる火兎達をその場で迎え撃とうとはせず、広場へと誘導していく。
 広場で待ち構えているのは哲心だ。
 アゾットを掲げ、高速で詠唱を行っていく。
「迅竜の息吹よ、凍てつく風となりてすべてを凍らせよ――ブリザーストーム!」
 周辺にある街道や建造物を傷つけないよう注意して放たれた吹雪は、4体の火兎を白い闇で包む。
 吹雪が晴れたときには、アヤカシ達は既に形を失い半ばまで霧散してしまっていた。
「残るは1匹ですか。これなら装備をぬらしておく必要がなかったかもしれませんね」
 生き残りの火兎が炎を浴びせかけてくるが、予め水を吸わせていたサーコートが多少暖まり、頬に暑さを感じた程度の被害しか受けなかった。
 そして、三四郎が受けたかすり傷以下のダメージのお返しは、激烈だった。
 三四郎を炎をまとった体当たりをしようとする火兎に三叉戟の柄をあてて、動きの向きを変えさせる。
 三叉戟をくるりと回転させて持ち替え、火兎が無防備にさらした脇腹に突き立てる。
 筋肉も骨もない個所に突き刺されて無事でいられるはずもなく、火兎はその場に倒れ込み、瘴気へと戻っていく。
「まだ残っているかもしれん、反応がなくなるまで虱潰しに探すぞ」
 アヤカシの姿が無くなったことに気付いた哲心が北にある町に向かい走り出す。
 その脇を、一頭の栗毛の馬が駆け抜けていく。リーゼロッテが予め近くに用意させていた馬である。
 馬の背に乗るリーゼロッテは町に入る直前に馬の足を止め、濃い緑の茂みに対し猛烈な吹雪を叩き込んだ。
 吹雪がおさまってから数秒後、霧散する瘴気が茂みの中から立ちのぼる。
「町の中の確認はしてあげるわ」
 リーゼロッテはそう言い残すと、優雅な手綱捌きで町へ入っていくのだった。

●討伐完了
 連続した銃声が響き、火をまとっていた巨大兎が町の中心を走る街道に倒れ込む。
 止めを刺したアルバルクは、アヤカシが瘴気に戻るのを確認すると即座に井戸に向かって走り出す。
「今日は走りすぎだ」
 火兎を町から追い出すために北から南へ移動し、今度はリーゼロッテに付き合って南から北へ全力疾走だ。
 体力に自信はあるが、少し息が乱れてしまうのも仕方がないだろう。
「アルバルクさんはそちらを」
「分かった!」
 和奏とアルバルクは手分けをして水をぶちまけ、最後に残った火兎が発生させた小火を消し止める。
 開拓者達はその日の夕方まで町の中で調査を行い、アヤカシがいないことを確認した後に討伐の完了を宣言した。
 町に戻った住民達は喜びに沸き返り、サガラの歌と踊りに触発され一晩中騒いでいたそうである。