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■オープニング本文 その館から笑い声が聞こえなくなってから、どれほどの月日がたっただろう。 流行病で妻子を失った人形師は全てをなげうって人型に無念を刻み込み、誰にも気付かれずにこの世を去った。 それから数ヶ月後。さすがに不審に思った近隣住民が確認に来たとき、子供と若い女性の笑い声を模した呪いの声が、館を包んでいた。 「問題の館の窓や出入り口は全て厳重に封じられていますので、放火という手段を使えば戦うことなくアヤカシを処分できるのですが」 ギルド係員の顔には、延焼のことを考えると絶対に火は使えない、と書かれているようだった。 「住宅地からある程度は離れているとはいえ、火を使った場合、風向きによっては大火になりかねません。また、館の中にいると思われるアヤカシは、飛行可能かつ猿程度の知恵はあるマーダードール(付喪人形)です。館の外に出すと最悪の場合住宅地に紛れ込んでしまう可能性がありますので、館の中で討伐を行うことが強く求められています。窓の隙間から確認できたのは3体ですが、おそらくそれより多い数が館の内部に潜んでいるでしょう」 係員は館の見取り図を広げてみせる。 「館はジルベリア風の1階建ての家屋で、中はかなり贅沢な作りになっています。大広間、おそらく展示室兼人形工房として使われていた大きな部屋が1つ中央にあり、寝室等と思われる小さな部屋が5つ、その大きな部屋を囲んでいます。小さな部屋でも6畳以上、大きな部屋に至っては数十畳の広さで、天井は成人男性4人分ほどあります。射撃武器が無い場合は天井近くに浮かぶアヤカシから一方的に攻撃を受けかねません。アヤカシ討伐完了時に館がどれだけ傷ついていても損害賠償請求を行わないという確約を関係者全員から得られていますので、適切な装備で討伐を実行してください」 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
志宝(ib1898)
12歳・男・志
宮鷺 カヅキ(ib4230)
21歳・女・シ
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
九条 炮(ib5409)
12歳・女・砲
カミリヤ・ザハラ(ib6715)
18歳・女・砂
レミィ・リル・バートン(ib6760)
17歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●異国の気配 「この館‥‥ジルベリア風の作りなのね‥‥」 レミィ・リル・バートン(ib6760)は懐かしさに目を細める。 異国の人間が奇をてらってジルベリア建築に似せたのではなく、あくまで己の持つ技術の範囲内で、可能な限りジルベリア建築の要素を取り入れた結果がこの館だ。 生まれ故に目が肥えているレミィが満足できる出来映えなのだが、残念ながらこの場では館を評価する者は少なかった。 「それにしても‥‥見慣れぬジルベリアの意匠というのもあるだろうが、不気味な雰囲気だな。ぶ、武士たるもの、恐がるわけは無いが」 皇りょう(ia1673)はちらっと館を見ては露骨に視線をそらすという行動を繰り返している。 当世具足をはじめとする重装備で身を固めた志士の行動としては少々情けないかもしれないが、若い女性の反応としてはおかしくはないのかもしれない。 薄汚れた板が扉や窓に乱雑に釘で打ち付けられ、緑が濃い季節であるにもかかわらず枯れかけた蔓草が全体を覆う館なのだから。 「オカルトですね〜ホラーですね〜〜夏頃に多発しそうな王道展開ですね〜〜〜」 実に楽しそうにながめる九条炮(ib5409)のような女性もいるにもいるが、瘴気が漂う場所でそんなことを言える者は少数派だろう。 「‥‥」 カンタータ(ia0489)が難しい顔で符を小さなネズミに変化させ、壊れた窓の隙間から館に侵入させる。 侵入回数は2桁に迫っており、当初の攻撃開始時刻はとうの昔に過ぎていた。 「ま、まだかな。時間がかかっているようだが何か問題が?」 「瘴気の乗り移った人形と同型の人形が内部に大量にあるんだ。擬態能力はないようだけど」 内部に送り込んだ式から連絡が完全に耐えたのを確認してから、カンタータはギルドから預かった見取り図に印をつける。 「マーダードールには待ち伏せする程度の知性はあるからね」 付喪人形(マーダードール)の知性は猿並みだ。 猿の知性は人間以下かもしれないが、戦術を使える程度には頭がよい。 「なるほどね。それなら外から調べられるのはこの程度かな?」 長谷部円秀(ib4529)が飄々とした態度でたずねると、カンタータは瘴気回収で己の錬力を回復させながら小さくうなずいた。 アヤカシが開拓者達の存在に気づいているかどうかは分からない。 しかし開拓者達の前にもこの場に近づいた者がいたらしく、アヤカシ達もある程度は警戒しているようなのだ。 「よし」 りょうが自身の頬を両手で叩いて気合いを入れる。 大きく深呼吸してから姿勢を正すと、そこには怪談じみたアヤカシを怖がる女性の姿はなく、実力と実績を兼ね備えた凛々しい女武者がいた。 他の面々がそれぞれの得物を構えて準備を完了させるのを確認してから、りょうは裂帛の気合いと共に駆け出す。 「我等に武神の加護やあらん!」 りょうの体当たりで玄関が吹き飛ぶと同時に、開拓者達はアヤカシの棲む館に突入するのだった。 ●人形のお出迎え けら、けら、けらと、愉悦と嘲笑が入り交じった声が館を満たす。 着飾った人形達が集う館は瘴気とアヤカシによって異様な気配を持つようになってしまっていたが、強烈な発砲音が館を怪談の場を戦場へと変えた。 「数はそう多くは無いようですね」 カミリヤ・ザハラ(ib6715)が火打宝珠式短銃に火薬と弾丸を込めながらつぶやくと、志宝(ib1898)は矢を弓にあてがいながら顔を引きつらせた。 「アヤカシはね。人形は多すぎるけど」 放った矢は人形が並べられた棚を通り過ぎ、柱の影に隠れようとしていたアヤカシの肩に命中する。 「心眼があるから見逃すことはないけど、小さいから追いにくいし当てにくいっ」 2射目はアヤカシが遮蔽物の影に隠れたことで明後日の方向に飛んで行ってしまう。 が、硝煙の香りと共に放たれた銃弾が鋭角的な軌跡を描いてアヤカシに追いすがり、上質の絹で覆わた腹部に穴を開ける。 「障害物も多すぎです」 炮は志宝の背後に移動して、フリントロック式騎兵銃カザーク・カービンの再装填を開始する。 明かりは大穴が空いた玄関しかなく、多数の装飾で飾られた大広間には多くの視覚があるため射撃の難度が上がっている。 「ああもう‥‥蜘蛛の巣までありますわね」 再装填を終えたカミリヤは銃口をアヤカシに向けようとするが、障害物、暗所、埃に蜘蛛の巣という様々な障害の存在が、狙いを定めるための時間を増やしてしまう。 それを隙と見たらしいアヤカシが甲高い笑い声をあげ、生けるものを呪う声はアヤカシから十分離れていたはずのカミリヤを襲う。 「そこですっ」 だがそれはカミリヤに射撃の機会を与えることになる。 痛みによる狙いのずれを考慮して引き金を引く。 放たれた銃弾は多数の障害物をすり抜け、瘴気に侵されていない人形の間に紛れようとしていたアヤカシの頭を打ち抜いた。 打たれた衝撃で棚から転がり落ちたアヤカシは床に敷かれた絨毯の上に転がり落ちるが、衝撃で歪んだ手足を動かしてなんとか立ち上がろうとする。 「やれやれ。間合いにとらえるのが最大の難関でしたね」 が、円秀が刃を突き立てるとそれまでの抵抗が嘘だったかのように力を失い瘴気を散らし消えていく。 「入り口の封鎖は僕が」 開拓者が侵入に使った玄関から外に出ようとする別のマーダードールは、志宝の弓による牽制で移動を制限されている。 動きを制限されたアヤカシは射的の的のようなもので、炮が放った銃弾をまともに受けてしまい、館の奥へと逃げていく。 「小さい部屋へ続く扉はお願いします」 「承知」 円秀はひとつうなずくと、アヤカシが逃げ込んだ半壊した扉を蹴破るのだった。 ●妄執の源へ 重なり合うタペストリーを一切揺らさず駆け抜け、大型の本棚の側面を無音で駆け上がる。 アヤカシが視界に入る頃には漆黒の刃は既に抜き放たれていて、宮鷺カヅキ(ib4230)とアヤカシの軌道が交差するときにはアヤカシの腹に刃が垂直に吸い込まれていった。 「この妙な斬りごたえは‥‥」 アヤカシを蹴って離れると同時に切り裂いたカヅキは、刃を持つ己の右手をちらりと見る。 一番近いのは人間の髪の束を切った感触だが、絡みつくような奇妙な不快感が残っている。 カヅキは思考を切り替えるとバランスを崩さないまま着地し、そのまま勢いを殺さず移動を続ける。 「む」 りょうの背後に走り込むと同時に、複数のマーダードールが放った呪いの声がりょうに集中する。 「間合いがあわぬ」 かすり傷程度にしか感じていないらしく、りょうは敵の攻撃を受けながら、平然とした様子で刀を鞘に収め背負っていた大弓を手にする。 己の身長よりはるかに大きな全長を持つそれを軽々と構え、矢をつがえたところで動きが止まる。 「手早くしないと逃げられますわよ」 打ち壊された玄関にいるレミィが言うと、りょうは矢をつがえたままじりじりと前進していく。 屋敷全体が薄暗いため本人以外は気づいていないが、ジルベリア出身者と見分けがつかないほど白い頬がわずかに赤くなっていた。 「主が元気な頃は可愛らしいお人形が創られていたのね」 玄関に向かってくるアヤカシだけを狙ってウィンドカッターを放ちながら、レミィは残念そうにため息をついた。 創られてから年数がたっていると思われる人形は、技量も見事だがそれ以上に作り手の愛情が感じられる暖かみのある出来映えだ。 しかし最近、おそらくここ1年以内につくられたと思われる人形は、技術は一流の域を超えかかっているが作り手の狂気しか感じられない呪い人形じみた出来だ。 瘴気に侵されアヤカシに変じた人形に至っては、アヤカシ化以前から何らかの害があったと言われても納得してしまいそうな禍々しさがある。 「優れたつくり手の遺作を壊すのは気が進まないけれど」 りょうを相手にしては勝ち目が皆無と判断したアヤカシ達が、りょうを避けて館の外へ出ようとする。 だが高速で移動するカヅキに進路を制限され、カンタータの霊魂砲で打ち落とされ、運良く出口に近づけても迎撃態勢を準備万端整えているレミィからフローズの一撃を受けて動きを鈍らされ、背後から矢や刃や霊魂砲を受けて打ち砕かれる。 逃げ場が無いから隠れようとすれば、大量の錬力を使って事前の偵察を行ったカンタータが邪魔をする。 「下から2段目の棚、右から4番目の黄色いドレスの人形」 カンタータが指摘すると同時に複数人からの攻撃が集中し、周囲の人形を巻き込んで粉微塵になる。 「旅の拠点にしたかったのだけど‥‥修理しないと住めないそうにないし修理するより立て替えた方が早そうね」 開拓者の強力極まる攻撃に巻き込まれて派手に壊れた床や柱を見て、レミィは物憂げに吐息をこぼすのだった。 ●ある人形師の終わり 「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ‥‥。そぉいっ」 志宝が扉を蹴り開けると同時に円秀が部屋になだれ込み、カミリヤと炮の銃撃で逃げ場を失ったアヤカシを部屋の隅へ追い詰める。 アヤカシは円秀が振るう刃に自らぶつかるようにして、己の身をほとんど崩壊させながら逃げ出そうとする。 ぼろぼろのアヤカシが目指すのは、短銃に再装填中のカミリヤ。 「砂迅騎は銃だけが全てではありませんよ」 流れるような動作で銃から曲刀に持ち替え、その翡翠の刃を振るう。 苦悶と狂気に彩られた人形の頭から腰までが断ち切られ、床にぶつかり転がっていく。動きが止まったときには瘴気は霧散しており、残っているのはかつて人形であった陶器と木片だけだった。 「ここが寝所だったんだな」 円秀は寝台からはぎ取った毛布を、つくりかけの人形を抱えたまま倒れ伏す男にかけてやる。 寝食を忘れて人形づくりにのめり込んだ末に果てたらしく、腐る部分もないほど骨と皮だけになるまでやせこけ、亡くなったようだった。 「よほど悔しかったのですね‥‥。その悔しい気持ちが、呪いという形になって皆を引きずり込もうとしていたのでしょうか‥‥」 他の部屋の制圧を終わらせたカヅキが部屋に入ってくる。 部屋の中にある、最期につくられたと思われる人形は、若い母親と娘をモデルにしたものだった。 「人形に瘴気が入り込んだ理由は分かりませんが、人を嘲笑ったのはアヤカシであってこの方ではありませんよ」 円秀は子供ほどの重さもない亡骸をうやうやしく抱え上げ、館の外へと向かう。 「そう、ですね」 そうであった方が、誰にとっても救いがある。 カヅキは人形の母子に頭を下げると、静かにその場を去るのだった。 |