|
■オープニング本文 ●始まりは目撃情報 その日、開拓者ギルド係員はアヤカシの目撃情報の整理をしていた。 アヤカシらしきものを遠くから目撃したという報告もかなりの数があり、その中には単なる見間違いも多く含まれていると考えられていた。 「目が痛い」 眉間と肩をもみながら整理と内容の確認を続けていくと、奇妙な報告が複数あることに気付く。 雨雲でもない雲の中で雷を伴った蛇が蠢いていた、という目撃情報が妙に多いのだ。 「ええと確か‥‥小雷蛇(ショウライジャ)?」 雲の中に潜む習性を持つ、中型の飛行可能アヤカシで雷撃を放つ能力を持つもののことを思い出す。 「見つけたのは龍乗りや飛行船乗組員。となると悪戯の可能性も低いだろうし」 地図を引っ張り出して目撃した場所と時間を書き込んでいくと、怪しい範囲が見えてくる。 「航路から離れているから緊急事態ではない。放置しておく訳にもいかないけど、自分から討伐依頼を出すところがあるかどうか」 係員は目撃情報が書かれた書類と地図を片付けると、首をかしげながら部屋を出て行くのだった。 ●討伐依頼 小雷蛇の討伐をお願いしたい。 奴らは雲の中に潜み、その下を通る鳥に襲いかかるなどしているようだ。 今のところ人間に被害は出ていないが、奴らが航路の近くに移動した場合は大きな被害が出るものと予想される。 高空かつ視界が制限された場所での戦闘は極めて危険だと思われるが、開拓者ならなんとかできると信じている。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
セシリア=L=モルゲン(ib5665)
24歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●囮 「意外と頭が良いのかしら〜〜」 甲龍の鉄葎の背に乗る葛切カズラ(ia0725)は、雲の真下を旋回させていた、触手が生えた目玉型式を自らの元へ戻す。 「単純に、それほど目が良くないのかもしれません。この時期この場所は雲が薄くなることが多いらしいので、アヤカシに人間並みの視力があれば気付くと思うのですが」 高貴ささえ感じられる白の鷲獅鳥を駆りながら、和奏(ia8807)は開拓者ギルド経由で集めてきた情報に基づく推測を口にした。 「来ないなら出向くだけだけど〜〜」 カズラは穏やかな表情で積極的な意見を口にする。 雲の中は遠くを見通すことができない。 そんな場所で万が一小雷蛇と正面衝突すれば、飛行能力を失って地面に真っ逆さまという展開もあり得るが、他に手段が無い以上選択肢はない。 「仕方があるまい。咆哮の効果範囲より上にいるようだからな」 位置を変更しながら咆哮を使っていた瀧鷲漸(ia8176)が、深紅と黒で彩られた鷲獅鳥の背で首を振る。 「参ります」 エラト(ib5623)が勇壮なる騎士の勲を、激しくも美しい旋律で奏で始める。 それは開拓者達の心身を活性化させ、外敵からの攻撃に耐える力を確実に増していく。 「行くぜ!ドンナー!」 ルオウ(ia2445)はエラトが奏でた曲の残響が消えるより早く、滑空艇シュバルツドンナーの風宝珠を全開にしてその場所を飛び出した。 目指すは頭上に見える雲塊。 高空の強い風を巧みに受け流しながら、黒雷の銘を持つグライダーは雲へ急速に接近していく。 雲の中に突入したルオウは、視覚が著しく制限された。 強い風と高速移動する滑空艇による風を切る音はかなり大きく、鋭敏なはずの聴覚からろくに情報を得ることができない。 「へへっ」 ルオウは不敵に笑う。 「これじゃあ本当に囮だな」 己の直感に従い、黒雷の機体を反転させて風宝珠を動かす。 それから半呼吸ほどの時を経て、直線までルオウがいた場所を8条の雷が埋め尽くす。 「耐えてくれよ‥‥ドンナー!」 滑空艇に積んだ力場宝珠は正常に作動中で、ルオウに直撃してもかすり傷以下の被害しか与えられない程度の雷を問題なく防いでいる。 だが滑空艇とルオウでは守りの堅さも頑丈さも根本的に異なる。 何度か雷がかすめただけで、黒雷は機体のあちこちに不調がでてきていた。 「8体以上連れて行くぞ!」 一瞬見ただけで雷の本数を識別していたルオウは、急降下して雲を抜けながら大声で叫ぶ。 ルオウを狙った雷が逸れて滑空艇に命中する可能性を考えると、今ここで咆哮を使うわけにはいかない。 が、アヤカシ達は黒雷がたてる音が気に障ったのか、聴覚だけを頼りにルオウを追って雲の底から姿を現していた。 「良かろう。来い!」 漸が吼える。 体力だけなら熟練開拓者並みの彼女が使った咆哮は、ルオウを追ってきた全ての小雷蛇の意識を漸に固定する。 「づぇい!」 アヤカシすら怯ませる雄叫びと共に発勁を発動させる。 漸が斧槍「ヴィルヘルム」を2度振ると、それぞれ両断された元2体、現4つの小雷蛇の残骸が宙を舞い、瘴気に変じて風に吹き消されていく。 ゲヘナグリュプスも主に負けじとアヤカシの頭部に傷を負わせるが、移動能力はともかく直接的な戦闘能力は主人と比べるとかなり劣る。 漸に傷を負わせるためにはゲヘナグリュプスを排除するしかないと考えたアヤカシの攻撃や、漸を狙って外れてしまった雷が、深紅と黒の鷲獅鳥を襲う。 「無理はできぬか」 己の乗騎を襲っていた小雷蛇を一太刀で切って捨て、漸はアヤカシから距離をとるため急降下を開始する。 そのまま戦っても墜落するより早く敵を殺し尽くす自信はある。 しかし敵の増援の有無が分かっておらず、戦力的にも味方が敵を上回っている状況で無理をする意味はない以上、ここは一端距離をとるのが正解だった。 一時退却する漸を狙い、1群4体の小雷蛇は空気抵抗を減らす姿勢をとって自由落下を開始する。 カズラが放った目玉触手型式が連続して銃弾のように打ち込まれるが、たまたま頑丈な個体だったらしく体液を噴出しつつも足が止まらない。 距離は縮まらないものの引き離されもせず、蛇達は順調に飛行を続けていく。だがそれは、開拓者側に増援があるなら自ら危地に飛び込む行動でしかなかった。 「チェン太ナイス!」 高速移動を得意としない炎龍としては早い速度で、チェンタウロが猛然と翼を上下させ小雷蛇に迫る。 重力で加速していくアヤカシ達との距離は、10メートルまで詰めたあと徐々に広がっていくが、チェンタウロは満足げに、そして獰猛に笑っていた。 「いっくよー」 リィムナ・ピサレット(ib5201)はチェン太の背中で魔杖「ドラコアーテム」を構える。 「どんな相手だって、魔竜杖の凍気で粉砕だよ!」 雲の中の白い光景よりもさらに白い、凶悪なまでの冷気が籠もった吹雪が小雷蛇の群を巻き込む。 「チェン太、ゴー!」 氷ついた小雷蛇がひび割れ粉々になる光景を見もせずに、リィムナはチェン太に急旋回を命じてその場を離れる。 チェン太の赤い翼をかすめるようにして、雲の中から数条の雷がリィムナ主従目がけて降り注いでいた。 「あーもう、また切り損ねた」 リィムナが放ったブリザーストームが4体のアヤカシを葬るのを目にした鬼灯恵那(ia6686)は、笑顔のまま心底悔しそうな口調でつぶやく。 敵も味方も高速で接近と離脱を行っているので、攻撃が届く距離まで近づくのが難しいのだ。 上からは、雷を放ったのとは別の小雷蛇が1体ずつばらばらになりながら降下してくる。 直接切るのは無理でも真空刃でスパッといこうと距離を詰める恵那だったが、彼女にとっては不幸なことに、基本的に剣より術の方が射程があるため、術使いに獲物ををとられてしまう事が多い。。 ようやく射程におさめたアヤカシに対し、恵那が嬉々として刀に気を込めつつ抜き放とうとしたとき、目の前にいるアヤカシがそれより一回り小さな蛇2匹に噛みつかれ、半死半生になってしまっていた。 「ンフフ。小雷蛇ねェ‥‥私も蛇を扱えるわよォ。ンッフフ」 アヤカシを追い詰めたのはセシリア=L=モルゲン(ib5665)だ。 威力がある分、術としては射程が短めな蛇神を使ったのである。 「小雷蛇のへたれっぷりに涙がでそうー」 弱った小雷蛇を真空刃で開きにしながら、恵那はあまりの斬りごたえの無さにひっそりと涙するのであった。 ●混戦 敵味方がめまぐるしく位置を変える戦場で、エラトはひとつの決断を下していた。 騎士の魂も夜の子守唄も、地上戦に比べて移動距離が長くなる傾向がある空中戦では効果範囲が足りない。 陣形を組んだまま戦うなら味方全員を効果範囲におさめつつ戦うことも可能かもしれないが、野生の動物よりも頭を使わずに向かってくる小雷蛇を処理するためには、開拓者の側もある程度ばらけて戦う方が効率が良かった。 エラトの奏でる曲が、仲間の支援を行うものから敵に効果を及ぼすものに切り替わる。 エラトの斜め下方20数メートルの距離を移動中だったアヤカシ達がびくりと身体を震わせ、いい加減ではあるが一応組んでいた隊列を崩してばらばらの方向へ向かい始める。 術者に劣る知覚力しか持たない者にとっては悪夢のような存在である、精霊の狂想曲の効果だった。 「ふう。もっと斬りごたえが欲しい」 迷走する蛇との距離を詰めた恵那が秋水清光を振るうと、エラトの曲により深手を負っていた小雷蛇は、ほとんど抵抗もできずに切り捨てられた。 ある程度の距離まで近づいた同属が全て無力化されてしまったことに気づいたらしく、生き残りの蛇達は、曲の効果が及ばないだけの距離を保った上で、エラトを狙える位置に集まっていく。 これが地上戦なら、精霊の狂想曲を使用したため動きが制限されたエラトに背を向け逃げるところだが、エラトの騎龍は駿龍であり、蛇が全力で逃げてもあっという間に追いついてしまうのは目に見えていた。 蛇達がエラトの騎龍に対し一斉に雷を放とうとしたとき、白い鷲獅鳥が強引に突っ込んでくる。 その背に乗る和奏は、近くにいた蛇に二太刀浴びせて息の根を止め、練力を込めつつ波紋の美しい刃を掲げた。 ぼやけた夕陽のような、不気味さすら感じられる光が刃から放たれ、光に狙われた2体の蛇の動きが目に見えて鈍る。 気脈を強制的に乱され、思うような動きができないのだ。 和奏を脅威と判断した小雷蛇は、エラト主従に対する攻撃を諦めて和奏へ突撃を開始する。 抜かれたままの刃が消え、一瞬後に振り切られた状態で姿を現す。 最初に和奏に襲いかかった小雷蛇は頭部から中程まで断ち割られており、和奏の横を通り過ぎた後に盛大に瘴気を吹き出しながら大地へと落ちていく。 後の先をとって見事に敵を屠った和奏ではあるが、高い技量があっても物理法則は超越できないので、2体目以降の蛇を斬る余裕はない。 が、主人の意図を汲んだ白い鷲獅鳥漣李は、巧みに小刻みな移動を繰り返し、アヤカシからの攻撃を全て回避していく。 攻撃をかわされたアヤカシは勢いを止められず十数メートル前進してからなんとか制止する。 別の相手に襲いかかるか、あるいはわずかな成算にかけて逃亡を開始するか、判断に迷った蛇達はごく短時間ではあるが動きを止めてしまった。 そして、それが彼等の敗因となった。 「今だ! 行けえええ!」 好機とみたルオウが滑空艇の風宝珠出力を全開にして小雷蛇に急接近し、ほとんどぶつかるようにして殲刀「秋水清光」を振り下ろす。 熟練開拓者であるルオウが、高速の滑空艇勢いを乗せた上で、強力な技である唐竹割を組み込んだ一撃は、あまりにも強力すぎた。 「あれ?」 ルオウが目を瞬かせる。 小雷蛇は刃に触れた瞬間、体液を吹き出すことも悲鳴をあげることもなく、一瞬で粉微塵となり風に吹き飛ばされ消えていった。 文字通りのオーバーキルである。 「さすがですね」 和奏が守りを固めつつ近づいていくと、小雷蛇は恐れをなして逃げ始める。 その無防備な背中に、セシリアが呼び出した氷龍による凍てつく息が吹き付けられ、大きくバランスを崩す。 そこにカズラが横合いから打ち込んだ小型の式が命中し、アヤカシは不規則に回転しながら落下していき、その途中で瘴気に戻って霧散していくのだった。 「これで終わりかしら」 カズラが改めて周囲を確認してみると、目に見える範囲に飛んでいるアヤカシは存在しなかった。 「ここからが大変ね」 目の前にアヤカシの姿が無くなっても警戒を解かない開拓者達を見つつ、カズラは新たな式を呼び出して上空に移動させる。 雲の下端をかすめるように移動させ、効果時間が過ぎて消えるたびに新たな式を送り込むことを繰り返すこと実に10回。 雲の切れ間から蛇の影を発見したカズラは、高空の強い風に負けぬ声で皆に伝える。 最後に生き残った蛇が咆哮によって引きつけられ処分されたのは、それから20秒後のことだった。 ●報告 「おわったよー」 稲穂が垂れてきた田園地帯に、炎龍がゆっくりと降下してくる。 その大きな背にちょこんと乗っているのはリィムナだ。 ギルドから出るときに、討伐完了時の報告を現場近くの住民に対しても行うよう頼まれていたのを思い出し、チェン太と共に空中遊泳を楽しみながら降りてきたのである。 「話は聞いとります。いやあ、遠くだったのではっきりとは見えませんでしたが、雷や吹雪が飛び交うすごい戦だったようで」 陽に良く焼けた農夫が、まるで少年のように目をきらきらさせていた。 「戦見物は感心しないわねェ。巻き込まれても助けられないかもしれないわよォ?」 鷲獅鳥ジャラールの背に乗るセシリアが笑顔で注意する。 「は、はいぃ」 笑顔を向けられた農夫は、己の全身から吹き出る冷や汗に気付きぶるりと体を震わせた。 「ああ、ええと、そのですね」 農夫は肩にかけていた鞄の中から、薄い布に包まれた、一抱えはありそうな物を取り出す。 「おかし?」 「焼き菓子かしら。こら焔珠。今夜は美味しいご飯を奮発してもらえるように頼んであげるから」 恵那は、匂いを嗅ぐために首を伸ばした己の騎龍の頭を撫でてやる。 「お口にあうかどうかは分からんですが、良ければ受け取ってくだせぇ」 ギルドに支払った額が標準より少なかったことを村長を含む多くの人間が気にしているらしく、米粉からつくった菓子を用意したそうだ。 「ありがとう!」 リィムナが包みを開けて一口サイズの焼き菓子をかじると、甘味はないが豊かな米の風味が口腔を満たす。 農夫に見送られ、開拓者は己の朋友と共に帰路についた。 精霊門をくぐる頃には、菓子はほぼ食べ尽くされていたらしい。 |