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■オープニング本文 ●駄目人間としっかりものの娘 その日、開拓者ギルド係員は休暇を取り家族旅行に出かけていた。 旅行とはいっても行き先は行楽地では無く、交通の便は良いが地形の関係で小規模な漁村である。 「5匹目です」 係員が竿を左右に振る横で、家族は釣りあげた魚を魚籠に入れていた。 「手伝い、要ります?」 「保護者としての威厳にかけて、1尾くらいはっ」 砂浜で必死になっている係員の釣果は皆無。 それだけなら「運が悪かった」とか「釣りが苦手なんですね」で済んだだろうが、むきになって家族の協力を断るのは非常に子供っぽく情けなかった。 非保護者である家族が反面教師にしているのが不幸中の幸いかもしれない。 「あっ」 家族が異変に気付く。 係員が釣ろうとしている魚、いや、一見魚に見えるもの様子がおかしいのだ。 活きが良すぎる。 ちらりと見えた魚の大きさに比べて、糸を引く力があまりに強すぎるのだ。 「ごめんなさい」 保護者から竿を奪い、強引に魚を海面から引きずり上げ、そのまま海中から突き出た岩に竿ごと叩き付ける。 「まりりんー!」 岩にぶつかり折れた竿の名を呼ぶ係員だが、岩の上ではねる魚っぽいものの正体に気付いた時点で別人のように引き締まった表情になる。 「アヤカシ襲来! 総員待避ーっ!」 係員の怒号が、のどかな漁村に響き渡るのだった。 ●奴等をつり上げろ! ある漁村を貪魚(ピラニア)が襲っている。 今の所村人に被害が出ていないが、村の周辺の魚が全滅しかねない勢いで減っている。 不幸中の幸いと表現すべきかどうかは分からないが、貪魚の活動範囲は砂浜の近くに限られている。 速やかに現地に向かい、1匹残さず貪魚を釣り上げ、もとい討伐して欲しい。 |
■参加者一覧
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
エラト(ib5623)
17歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●釣り 吹き付ける潮風を全身で受け止めながら、リィムナ・ピサレット(ib5201)は竿を手にゆっくりと砂浜を歩いて行く。 やがて目当ての場所にたどり着いたのか、針に餌をつけてから大きく竿を振るった。 普段は朗らかな笑顔が浮かんでいる幼い顔立ちに、真剣勝負に挑む凛々しい表情が浮かんでいる。 竿を操り、餌に生き物のような動きをとらせていく。 開拓者の視力と釣り人の慎重さを兼ね備えたリィムナは、陽光を照り返す海面の下に影が動くのに気付く。 リィムナの意識から、穏やかな風も、寄せては返す波の音も、背後にいるはずの頼もしい仲間達のことも消え去る。 今彼女の中にあるのは、己と、竿と、その先にいる魚だけだ。 リィムナがわずかに手を動かすと、竿がその動きを増幅して伝え、数センチはある干し海老がまるで生きているかのようにくるりと回転する。 我慢しきれず魚が食いついたとき、勝負は決まった。 「ふぃーっしゅ!」 リィムナが静から動へ一瞬で切り替わる。 それまでほとんど体を動かさずに竿を操っていた彼女は、小さな体を元気いっぱいに動かして獲物を海中から引っこ抜く。 全長50センチ弱の魚は海面を割って勢いよく飛び出し、半円の軌跡を描いて砂浜に頭から激突する。 釣り針を海中に入れてから釣れるまで十数秒。 同じ餌を使って数時間かかった某係員とは比較にならない釣りの腕前であった。 「予想通り簡単に釣れたよー」 笑顔でぶんぶんと勢いよく手を振る度に、貪魚(ピラニア)がびたんびたんと地面に叩き付けられる。 水中では油断できない速度で泳ぐアヤカシではあるが、水から引き離されてしまえば実質的な戦闘能力は激減する。 獲物を食いちぎる力は水中と変わりない。しかし獲物に近づくことが出来なければ力の振るいようがないのだ。 「間近でアヤカシを観察する機会があるとは思いませんでした」 この後の戦いで前衛に立つつもりのメグレズ・ファウンテン(ia9696)は、貪魚が飛び跳ねても届かない距離を保ちながら、魚型アヤカシの形状と動きを脳裏に刻み込んでいく。 圧倒的に格下な相手とはいえ、油断をするつもりは全くないのだ。 「漁師達に網の提供をお願いするのは難しそうですね」 ギルドで渡されたぼろぼろの網と貧魚の動きを見たルエラ・ファールバルト(ia9645)は、小さく息を吐いた。 網は漁に必須の道具であり、漁師達が生計を立てるための道具だ。 借りるのはもちろん、買い取るとしてもかなりの額でないと折り合いがつかないだろう。 「それじゃあもう倒しちゃうね」 リィムナは軽い気持ちでチョップを繰り出す。 得物で滅多打ちする前の試しのつもりで繰り出したチョップは貧魚の腹を大きくへこませ、アヤカシの形が崩れて霧散していく瘴気に包まれる。 そよ風に吹かれる砂浜を、居たたまれない空気が支配する。 リィムナは実力派開拓者だが、職は魔術師で後衛担当だ。 決して素手でアヤカシを殴り倒せる存在ではない、はずだ。 「油断は禁物だ。気を引き締めていこう」 メグレズが実直そのものの態度で発言することで、開拓者達はなんとか気を取り直して作戦を開始するのだった。 ●罠 「ありがとうございます。設置が終わりました」 5つめの鉄壁を繋げて1つの巨大壁を設置した朽葉・生(ib2229)が声をかけると、足首まで海水に浸かってアヤカシの攻撃を防いでいたルエラとメグレズが後退する。 貧魚数体が2人を追って来るが、もともと鋭い訳ではない貧魚が海から離れると動きは極めて雑なものとなり、ルエラが降魔刀で軽く切れ目を入れるだけで瘴気に戻っていく。 「配置についたよー」 生と共に鉄壁を設置し、ハの字型の障壁を完成させたリィムナは生と共に2つの壁が最接近した場所に陣取る。 「開始する」 メグレズは大きく息を吸い、裂帛の気合いと共に咆哮した。 途端に海のあちこちかが泡立ち、貧魚達が激しく跳ね回りながら一斉にメグレズ目がけて泳いでくる。 エラト(ib5623)が奏でる勇壮な曲を背景にアヤカシの群が迫ってくる光景は、子供が見たら腰を抜かして大泣きしそうなほど、悪い意味で迫力があった。 2つの巨大壁に挟まれた三角形の空間に、ぱっと見ただけで二十以上の貧魚の姿がある。 「術を放ちます。横に退避をお願いします」 警告を発してから、生がブリザーストームを発動させる。 吹雪は広大な海を凍らせることはできなかったが、海水という防壁を隔ても、生の強力な術は効果範囲内の全ての貧魚に止めを刺していた。 海面や海中から霧散していく瘴気が吹き上がる怪談じみた様を目にしつつ、メグレズはルエラと歩調を合わせて前に出る。 2人がそれぞれ構えたベイル「翼竜鱗」は障壁を発生させつつ貧魚の突撃を受け止めていく。 「いくよー」 十分に貧魚が集まったところで横に待避し、リィムナがブリザーストームでアヤカシを一掃する。 その次は再び生。 集まる貧魚が少なくなればメグレズが再び咆哮を使い、生達が淡々と処理しておく。 メグレズが5度目の咆哮を使う頃には、咆哮で集まってくるアヤカシは数体だけになってしまっていた。 「心眼で見える範囲にはいませんね」 5度目の咆哮で向かって来た貧魚を数回軽く降魔刀を振るだけで片付けたルエラは、心眼「集」を使ってアヤカシの位置を特定しようとしていた。 「ならば」 メグレズは海の中に十歩程踏み込んで咆哮を放つ。 そして素早く後退して貧魚を待ち構える。 「これは‥‥」 生は沈痛な表情を浮かべる。 10メートルほど海に踏み込んで咆哮を使ったにも関わらず、新たに引き寄せられた貧魚は1体のみ。 ルエラが壁から離れ、水際を移動しながら心眼「集」を使うと、水際から40数メートルの範囲にはアヤカシが消えていることが判明した。 残るアヤカシは、水深数メートルの水際からかなり離れた場所を泳いでいる。 泳ぎながらや息を止めながらでは、極めて高い身体能力を誇る開拓者でも海中に適応した相手に不覚をとる可能性があった。 「致し方なし」 メグレズは剣と盾をおさめると、釣り竿を手に取り釣り針に餌を取り付け始めるのだった。 ●優雅な船の旅 鉄壁を利用した地形に誘き寄せて倒した貧魚が約70。 日が傾き、徐々に涼しくなってくる頃まで続けた地道な釣りで釣り上げた貧魚が約30。 恐るべきことに、これだけ倒してもまだ生き残りがいた。 「そちらを持っていただけますか?」 「承知しました。海に入れると同時に飛び乗るということで」 エラトとルエラはボートを両側から抱えて海へ放り込み、軽く跳躍すると危なげなくボートに飛び乗る。 ルエラが櫂を漕いで砂浜から離れ、エラトがゆったりとした曲を奏でると、あちこちから貧魚が浮かび上がってくる。 たまに海面の下数メートルを意識を失って漂っているのもいるが、このあたりは透明度が高いのでルエラが見逃すことはない。 オールから手を離して網を放ち、貧魚を近くまで手繰り寄せてから、網の間に慎重に降魔刀を突き込んでアヤカシを処理していく。 ボートが移動するたびに根こそぎ貧魚は意識を失い、無防備な腹をエラト達に見せることになる。 「心躍らない漁です」 思わず呟いてしまったルエラに、エラトは目だけで同意する。 夕日を照り返す海面に浮かんだボート、静かにたたずむ2人の麗人とくれば実に絵になりそうな光景を想像するかもしれないが、現実は単なる駆除作業中の光景である。 「終わらせてしまいましょう」 エラトが奏でる曲を猛々しい曲に切り替えると、海底で逃げ出す機会をうかがっていた貧魚の最後の生き残りが衝撃に押しつぶされ潰えるのだった。 |