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■オープニング本文 ●敗北 「撤退じゃぁっ!」 その日、領主が派遣した私兵団がアヤカシに負けた。 海苔の産地として売り出し中だった海岸は、浜辺で輪になって踊る人形型アヤカシのものになったのであった。 ●ちょっと駄目人間ズ 「酷い戦でした」 健康的に日焼けした志体持ちの巨漢が遠い目でつぶやく。 「小さなものは拙者の膝ぐらい、大きなものは童ほどの大きさだったでしょうか」 開拓者ギルド係員は、顔に困惑が表れないよう、必死に己の顔の筋肉を制御して真面目な表情をつくっていた。 「休暇中とはいえ我等は現役の私兵団。包丁とまな板で武装してなんとか応戦したのですが」 健康的に日焼けした体をカジュアルな服装で包んだ巨漢が、困ったように頭をかく。 「見た目は海草でできた人形風だったので、煮て食ってやるつもりで頑張ってみたのですが、連中、斬れば斬るほど増えるのです。」 ほう、とため息をついて当時を振り返る。 「戦っているといつの間にやら20を越えていましてな。こりゃたまらんということで全員で撤退して難を逃れたというわけです。できれば武装を整えて借りを返したいのですが、任務もあるのでそう言うわけにもいかず、こうして開拓者ギルドにお願いにあがった次第です」 「承知いたしました。おそらく相手は海草人形ですね。僅かな破片からも簡単に増えるという極めて厄介な性質と、狙いの鋭さと攻撃の防御だけが飛び抜けた、他は小鬼程度の力しかないアヤカシです」 「なるほど。そう言われてみると個々の強さはその程度だったような」 巨漢は何度もうなずくと、居住まいを正して真っ直ぐに係員の目をみつめた。 「僻地ゆえ地元の民は少なく、ギルドに頼むのも難しいのです。我等私兵団有志からも金を出してこの有様というわけで」 「大丈夫です。きっと開拓者がなんとかしてくれますよ」 笑顔で応える係員の言葉に、巨漢はほっと安堵の息をもらすのであった。 ●海草人形討伐依頼 ある海岸を占拠中のアヤカシを討伐して欲しい。 アヤカシの種類は海草人形。 戦闘能力は特に高いわけではないが、不用意に破壊すると破片からでも増殖してしまう厄介な性質を持っている。 知性が獣以上人間未満なのでその性質を利用した戦い方をしてくる可能性もある。 朋友による戦闘も許可されているので、万全を期してことに当たって欲しい。 報酬が少ない分は戦闘終了後に朋友と遊んで構わないという条件で埋め合わせということにしてください、と小さく書き足されていた。 |
■参加者一覧
からす(ia6525)
13歳・女・弓
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
レヴェリー・ルナクロス(ia9985)
20歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
藤丸(ib3128)
10歳・男・シ
龍水仙 凪沙(ib5119)
19歳・女・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
スレダ(ib6629)
14歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●踊る海草人形 総勢50を越える人形達が、真昼の陽光をまばゆく照り返す砂浜で踊っている。 個々がくるくると回り、円を描いた全体が一斉に中心に寄り、また離れて行く。 上空から見ると、まるで一個の陽気な生き物のようにも見えた。 「で、何で踊っているのだろうね」 眼下のアヤカシ達から陽気さ、つまり感情と知性を感じたからす(ia6525)は、悠然と翼を動かす鷲獅鳥の背で目を細めていた。 興味深い対象ではある。 しかしからすは開拓者であり、下で踊っているものを排除する依頼を請けている。 ならばやるべきことはただ一つだ。 からすはジルベリア製の機械弓の狙いをつけ、放つ。 潮風を裂いて飛翔した矢は、アヤカシ輪の端で踊っていた海草人形の頭部を吹き飛ばしていた。 「皮一枚残った感じか」 頭を失った海草人形の動きは少しぎこちなくなっていて、今にも倒れそうだった。 アヤカシ達は同属が傷ついたことにも気づかず踊り続けている、ようにも見える。 だが、からすは海草人形達から向けられてくる意識を見落とさなかった。 「面倒なことになるか」 からすは確実に成功させるために、作戦を微修正することにした。 ●十把一絡げ 「ああ、なんつーか、気ぃぬけるわ、あの踊り」 五十数体が踊る姿を目にして、藤丸(ib3128)は己の頭をがしかしと掻いていた。 海草人形達の踊りにはマスゲームのような緻密な連携はなく、おのおのが勝手に陽気に踊っている感じだ。 「けどちょーっと多すぎるよな」 藤丸の肩にとまった迅鷹の竜胆も、勢いよく首を縦に振っていた。 なにしろ数が多い。 1対1なら装備抜きでも勝てる相手だが、1対10なら勝負は分からなくなり、1対50になると勝ち目がない。 もっともそれは真正面から戦った場合だ。 藤丸は竜胆を己の頭上に位置させると、荒縄を手にとって駆けだした。 荒縄の一方の端には一抱え以上ある岩がくくりつけられており、藤丸がアヤカシの輪をぐるりと一回転して締めつければ、海草人形を一まとめにできるはずであった。 「なにーっ?」 藤丸が悔しげな声をあげる。 意図に気づいて輪を崩して逃げ去られるのは予測の範囲内だ。 けれど、横に逃げても駄目なら上か下とばかりに、その場に転がったりジャンプして回避されるのは、ちょっとだけ予想外だった。 「案外賢い。さぁ、私達も役目を果たさなければ」 藤丸の頭上数十メートルで、レヴェリー・ルナクロス(ia9985)が鷲獅鳥のクレアに声をかけて急降下を開始する。 一部に白い毛が生えた翼が激しく上下する中、レヴェリーは複数の荒縄を繋げ、全長100メートル台に達した縄の一方を宙に飛ばす。 それを受け取ったのは金色の巨人。 ニクス(ib0444)が操る駆鎧、シュナイゼルだった。 機体の自重を支える足はたくましく、クレアが勢いをつけてから全力で引っ張ったとしても耐えられるだけの力強さを感じさせた。 「行くわよ、クレア!」 返事は声ではなく、翼が鋭く待機を切り裂く音だった。 藤丸とは左右逆の軌道を描き、地上を行くならともかく空中移動としては急すぎる角度の軌道を描いていく。 藤丸の縄を回避するために陣形と姿勢を崩した海草人形達の多くは、高速で迫ってくる縄を回避する術を持たなかった。 「耐えなさい!」 レヴェリーは縄を通じて伝わってくる凄まじい荷重に耐えながら、縄のせいで飛行の安定が乱れているクレアに声をかける。 鷲獅鳥は主の信頼に答え、半数以上の海草人形をひとまとめにするまで、飛行の安定を保ち主を振り落とさないことに成功した。 「ちゃーんす!」 「天儀で砂の上を走るとは思わなかったですよ」 リィムナ・ピサレット(ib5201)とスレダ(ib6629)は、アヤカシを罠にかけるため待機していた場所から飛び出した。 荒縄の回避に成功した海草人形達が向かってきて蹴りや拳を放ってくるが、回避や防御より移動を優先する。 「もう少しだよ! 援護するから頑張れ!」 龍水仙凪沙(ib5119)は甲龍の桜鎧と共に強行着陸を決行し、2人に追いすがるアヤカシ達を食い止める。 「焼き払え、炎の獣!」 一直線にほとばしる火炎が実に4体のアヤカシを焼き滅ぼす。 縄を回避したアヤカシが、動きを止めた凪沙に十数体まとめて向かってくるが、凪沙を乗せた桜鎧はその分厚い装甲を活かして全ての攻撃を防ぎきり、力強い腕を振るって1体1体叩き伏せていく。 凪沙主従が背後を守っている間に、リィムナとスレダは、二十数体の海草人形が荒縄により十把一絡げにされてじたばたしている場所に到達していた。 リィムナが魔杖「ドラコアーテム」を構え、スレダが三角縁神獣鏡を掲げると、2人に近づこうとするアヤカシを防いでいた藤丸は奔刃術で目の前の敵を殴り倒してその場を急速離脱した。 魔杖と鏡を起点として吹雪が吹き荒れる。 縄に体を固定されて逃げようのない二十数体の人型は、効果範囲の端と端を重ね合うことで極めて広い範囲に対する攻撃が可能となったブリザーストームにより、一撃で限界を超えるダメージを受ける。 大量のアヤカシが一斉に瘴気に戻って霧散していく様は非常に迫力があったが、それを悠長に見物できる物は地上にいなかった。 スレダは鏡を小脇に抱えて180度回転してから全速力で駆け出し、リィムナは己の身長の数割増しの長さを持つ魔杖を両手で抱え上げてスレダの後を追っていた。 何故逃げているかというと、荒縄でくくられなかったアヤカシ二十数体が、全方位から2人に向かって来ているからである。 どれだけ強い開拓者でも、圧倒的多数対味方が極少数という状況で戦えば、不測の事態に陥りかねない。 逃げずに戦ってもこの2人ならまず勝てるだろうが、好んで危険を冒す必要はないのだ。 「ゲヘナ、用意は?」 全力疾走で逃げ続ける2人の頭上で、瀧鷲漸(ia8176)は己のしもべに語りかけていた。 深紅と黒の体毛を持つ鷲獅鳥、ゲヘナグリュプスは、獰猛なうなりをあげながら眼下の敵をにらみつける。 「よし」 形の良い唇を、艶めかしい舌が舐め上げる。 「行けい!」 裂帛の気合いが響くと同時に、鷲獅鳥は急降下を開始した。 進むのは地上の2人とは違う向きだ。 とてつもない存在感を放つ双丘、いや双球を持つ主人を乗せた鷲獅鳥が前進すると、それまで地上の2人を追っていたアヤカシ達は一斉に向きを変える。 漸の放った咆哮に思考を縛られ、漸を乗せたゲヘナを追うしかなくなっているのだ。 ゲヘナは主人の隙といえぬレベルの隙をついてアヤカシにちょっかいをかけようとするが、しもべの行動に即座に気付いた漸が威圧感を増すと、しぶしぶ移動に専念するようになる。 「根こそぎか」 漸を追っている海草人形を除きアヤカシの生き残りがいないことを確認し、からすは彼女にしては珍しく感心したような表情になる。 数体ならともかく、二十数体のアヤカシ全てを同時に状態異常に陥らせるのは、天と地ほどの能力差が無ければ難しい。 からすは漸に賞賛込みの合図を送ってから、漸を追う集団から外れそうになる海草人形を一体ずつ確実に射貫き、それ以上の増殖を許さず討ち取っていくのだった。 ●駆除完了 「来たな」 砂浜に仁王立ちする巨人の中で、ニクスは静かにつぶやいていた。 頭上を赤と黒の鷲獅鳥が通り過ぎてから数秒後、大量の海草人形達が駆鎧シュナイゼルへと近づいてくる。 左右をそれぞれ凪沙作の黒壁、リィムナ作の鉄壁で通行止めにしているとはいえ、広い範囲を攻撃する手段を持たない駆鎧では、いくつか取り逃しても全くおかしくない状況だ。 黄金の駆鎧はその体格にふさわしい大きさのフレイルを構えたまま、静かに時を待つ。 左右の壁に移動先を制限されたアヤカシ達が、一斉にシュナイゼルに向かう。 そのほとんどがシュナイゼルをかわしてその先にいる漸に追いつこうとしており、どれだけシュナイゼルが巧妙に攻撃しても数体は潰しきれないはずだった。 「やれやれ‥‥まさかこんな風にシュナイゼルを使う日が来るなんてな」 黄金の駆鎧の数歩先で陥没が発生する。 形はほぼ正方形で、深さは約2メートル。 最も大きなものでも1メートルに達しない海草人形では即座に逃れることは難しい。 シュナイゼルは落とし穴の端を崩さないように注意しつつ慎重に体を乗り出し、海草人形の切れ端を生じさせないよう注意しながら、1つ1つアヤカシを潰し、瘴気に戻して霧散させていく。 そうしているうちに地上にいた面々と上空にいた面々が集まってくる。 こうなっては、白兵戦しか攻撃能力を持たない海草人形に対抗する術はない。 「消えろ」 漸の気功波が、ゲヘナグリュプスの真空刃が、サジ太、もといサジタリオの風斬波が、凪沙の火炎獣が、リィムナとスレダのブリザーストームを同時に叩き込まれた海草人形達は、塵も残さず駆除された。 ●バカンス 「やっほーい、貸切〜!」 青いワンピース型水着(胸に縫い付けられた白布には平仮名で名前を記入済み)に発展中の肢体を包んだ凪沙が、素早く準備体操をしてから勢いよく海に飛び込む。 陽光にきらめく水しぶきをあげながら、凪沙は満面の笑顔を浮かべて砂浜を振り返った。 「レヴェリーさんも泳ごうよ〜」 凪沙の視線の先にあるのは、白と青を巧みに組み合わせた布を押し上げる2つの母性、ではなく上下に分離型の水着を身にまとったレヴェリーであった。 「い、いや‥‥えぇっと。その、折角だからと思って」 ちょっと水着で冒険しすぎたかなぁ、と思い照れるレヴェリーだが、鍛え上げられていると同時に女性的な柔らかさを保っている彼女に、体の線を大胆に見せる水着はよく似合っていた。 「泳がないともったいないよ?」 後ろ向きに海に倒れ込み、そのまま背泳ぎをする凪沙が誘うが、レヴェリーは己の顔に吹き付ける風に気付いて断りの返事をかえす。 「はいはい。判っているわよクレア。そんなに慌てないでも、してあげるから」 彼女の顔に風を吹きつけたのは朋友の鷲獅鳥だ。 戦闘後に己で毛繕いしたものの満足がいっていないらしく、全身でブラッシングを要求していた。 「竜胆、まだ食べるのか?」 レヴェリー主従の近くで、戦闘中より疲れた顔をした藤丸が問いかけると、迅鷹の竜胆は重々しく首を縦に振った。 男子たる者前言を翻すべきではない、と態度で示しているようだった。 「大変ですね」 砂浜に屈み込んで貝を探し出した竜胆に、スレダが声をかける。 スレダは水着こそ着ていないものの、素足を波打ち際に置いて波を直接感じていた。 「普段から世話になってるからな。‥‥おまえのところのは自分で魚をとってるんだな。羨ましいぜ」 スレダは小さく首をかしげると、海面に視線を向けた。 そこでは長年の相棒である迅鷹のファドが、繰り返し上空から海面に突入しては小魚をくわえて再度空へ駆け上っていっていた。 自由に空を駆け、自由に海で狩りができるのが嬉しいのか、澄んだ歌声に似た機嫌の良い鳴き声を何度もあげていた。 「私達にとっては海は珍しいですよ」 スレダもファドもアル=シャムス出身であり、砂との縁は深くても海との縁が非常に薄い。 「本当に、塩辛いです」 海の水を実際に舐めてその辛さを確かめるほどに。 「行くよサジ太!」 濃紺のワンピース型水着に身を包んだリィムナが砂浜から勢いよく跳躍すると、空をのんびりと舞っていた迅鷹のサジタリオが急降下し、衝突直前に輝く光に変じてリィムナと衝突する。 光の中から現れたのは、光でできた翼を持ったリィムナだ。 彼女は勢いよく上昇すると、サジタリオとの合体を解除し、重力に引かれ自由落下を開始する。 緩やかに揺れる水面に衝突すると激しい水しぶきをあげつつ急速に水面下に潜り、数秒後に衝突時以上の速度で海面を突き破って飛び出す。 「一度やってみたかったんだーこれ!」 リィムナがご機嫌な顔で再び水面に飛び込み、今度は緩やかに泳ぎ出す。 「私もしてみようかな」 甲龍の桜鎧の背に寝そべる凪沙はぽつりとつぶやく。 海水につかってまどろんでいた桜鎧が目を瞬かせ、己の意識をはっきりさせようと首を小刻みに振るう。 「ああ、いいから寝てて。広い場所でのんびりする機会はあんまりないから、ゆっくりしてて」 凪沙は伸びをすると、海面下で冷やしていた西瓜を手に持ち砂浜に向かう。 桜鎧はいってらっしゃいと手を振るように翼を何度か動かすと、本格的に眠りに落ちていった。 「ふう」 開拓者の超高性能身体能力を活かした、熾烈を極める決戦(西瓜割り)が始まった頃、ニクスは砂浜から離れた岩肌が露出した場所で金色の駆鎧の整備を行っていた。 整備とはいっても本格的なものではない。 どれだけ巧みに操ってもどうしても機体表面に付着してしまう、砂を取り除く作業だ。 少々砂がついたところで性能が低下するほど軟弱な機体ではないが、その状態で長時間放っておいて不具合が出ないかどうかは別の話だ。 ニクスは落とし穴の埋め戻し作業にかけた時間の10倍近くの手間暇を費やしし、ようやく機体の手入れを終わらせた。 「如何かな?」 ニクスに湯飲みが差し出される。中に入っている茶から湯気は立っておらず、手間をかけて冷やしたのか水出ししたものであることが分かる。 「感謝する」 ニクスはからすに礼を言って受け取り、口腔から鼻に抜ける爽やかな香りを楽しみつつ嚥下する。 「どうかしたか?」 からすが朋友達に意識を向けていることに気づき、ニクスは労働の結果己の額に浮かんだ汗を拭ってからたずねた。 「興味深い」 ニクスはあたりを見回す。 漸と戯れている赤と黒の鷲獅鳥。 西瓜の甘い果肉を口にし仮面の下の美貌をほころばせている主人の気を引こうとしている、翼や頭部の一部に白い毛が生えた鷲獅鳥。 そして、からすに付き従う暖色羽毛と赤眼を持つ鷲獅鳥。 いずれも強大な力を理性で律することのできるひとかどの存在に見えるが、注意して観察すると互いに視線を向けないのにかなり意識していることが分かる。 「実力に比例して気位も高い故、か」 「向上心に繋がるなら悪くない」 2人は言葉をかわすと、依頼終了後の静かな時間をのんびりと楽しむのだった。 |