狙われた桃畑
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/07 01:41



■オープニング本文

●怠惰と報い
「忙しい日が続いたからしばらく休暇をとるつもりー」
 開拓者ギルド係員は、ほとんど下着姿でくつろいでいた。
 家族に呆れられながらも改める様子は全くない。
「今日のごはんはー」
 少々日に焼けた畳の上でごろごろしていると、玄関の戸が乱暴に開かれた。
 遭都での真昼の凶行に、係員の家族はとっさにまな板を構えて迎撃の構えを取るが、係員はぼけっとしたまま畳に寝転がっている。
「旦那たいへんだっ! 旦那が先月買った桃の木がケモノに!」
 係員宅に入り込んだのは行商人風の男だ。
 長い距離を走ってきたらしく、服装は乱れ気味で全身汗でぐっしょりと濡れていた。
「な、なんだってー?」
 また妙な事にお金使って、という家族からの冷たい視線に気付かないふりをして、非番の係員は勢いよく立ち上がる。
「こうしちゃいられない。すぐにギルドに行って依頼を出さないと」
 係員は高速で着物を着込み、知らせに来た行商人を伴って家を出る。
 ギルドに向かう道中、自分が買った木になった桃が既に全滅したことを知らされてやる気が激減したりしたが、最低限の職業意識は残っていたらしく依頼票を張り出すところまでは仕事をし、とぼとぼと肩を落として帰宅したのだった。

●狙われた桃畑
 都市近郊にある桃畑に猿のケモノが出没し、木になっている桃を勝手にもいで食べている。
 今の所被害にあったのは地元農家が手入れを請け負っていた桃の木数本だけだが、このまま放置すると地元農家所有の木になっている桃が全滅しかねない。
 いや、それだけならまだ良い。
 この猿のケモノは非常に粗暴らしく、桃をもぐ際に木を傷つけてしまう可能性が高いらしいのだ。
 桃がなるまで木を育てるには数年がかかる。もし木が破壊されれば、地元農家の収入は今後数年にわたって激減するだろう。
 すみやかに現地に向かい、桃の木を守りつつケモノを討ち果たして欲しい。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
利穏(ia9760
14歳・男・陰
遠野 凪沙(ib5179
20歳・男・サ
罔象(ib5429
15歳・女・砲
山奈 康平(ib6047
25歳・男・巫
玖雀(ib6816
29歳・男・シ
燕清(ib7425
23歳・男・泰


■リプレイ本文

●巨像と蟻
 それに気付いたとき、猿達の胸中に生まれたのは絶望だった。
 長い時を生き、熊すら打ち倒せるようになった巨躯が震えている。
 近づいてくる気配は穏やかではあったが、あまりにも巨大すぎた。
 猿達が一斉に襲いかかってもかすり傷一つ負わせることもできず、相手はただ触れるだけで猿達の息の根を止めることができる。
 例えるなら巨像と蟻。
 比較するのも馬鹿馬鹿しい程の、力の差があった。
「っ」
 巨大な気配の持ち主が口元を釣り上げる。
 それは笑顔。
 猿達はそれを、死刑宣告と受け取った。

●逃亡する猿達
「ふむ」
 羅喉丸(ia0347)は困惑の表情を浮かべていた。
 酒と肴を持って、物見遊山に来た観光客のような態度で畑に入り込んだつもりなのだが、ケモノ達の様子がおかしい。
 まるで非志体持ちが高位のアヤカシに出くわしたときに浮かべそうな、絶望の表情をしているのだ。
「ちょっと刺激が強すぎたか」
 山奈康平(ib6047)は戸惑う羅喉丸と恐怖に震え上がったケモノ達を見比べ、小さく息を吐いた。
 このまま開戦してもこちらの勝利は確実だが、ケモノに勝利しても防衛対象に傷がつけば依頼は失敗だ。
「あ、あの、どうします?」
 儚げな印象のある顔立ちに不安げな表情をわざと浮かべながら、利穏(ia9760)は康平にたずねる。
「別働隊が回り込むまでは刺激しないようにした方が良いかもしれない」
 康平は地元農家から借りた箱に、木からもいだ桃を入れ始める。
 それはケモノにとっては見慣れた、戦闘能力を持たない農家の行動に見えた。
「なるほど。相手が弱すぎたのか」
 羅喉丸は意識して、ほぼ完全に己の気配を殺した。
 今さら武装を隠してもケモノの警戒を解くことは難しいだろうが、怯えて思考停止したり自暴自棄になるのを防ぐ効果はあった。
 猿達は羅喉丸に対する警戒は解かなかったが、手近な木になっていた桃を大急ぎでもいで両手に抱え、ばらばらになってその場から立ち去ろうとする。
 そのうちの一体の進路上に利穏がいたが、猿のケモノは足を止めなかった。
 利穏が身にまとう防具は普段着といわれても納得できるコーディネートで、得物は目立たぬよう腰にさした短刀のみ。
 熟練開拓者と比べれば劣るが、ケモノなど群ごと素手で屠れる利穏の戦闘力を想像させるものは何も無い。
 猿は無造作に利穏の間合いに足を踏み入れ、その瞬間に運命が決まった。
 振るわれた刃の速度はケモノの知覚出来る範囲を超えており、ケモノが気付いたときには首と胴体が泣き別れていた。
「あっ」
 猿の頭の行き先に気付いた利穏が声をあげる。
 木に被害がいかないよう注意して刃を振るったのだが、ほんの少しだけ狙いがずれてしまい、猿の頭が枝にぶら下がる大きな桃に正面衝突しようとしているのだ。
「任せてもらおう」
 羅喉丸は余裕を持って猿の頭の行く手を遮り、無造作とも繊細とも表現できる動きで手を突き出す。
 羅喉丸の大きな手のひらに猿の頭が触れた瞬間、それまで高速で飛んでいた頭の勢いが完全に止まる。
 衝撃を吸収する柔軟かつ強靱な体と、それを使いこなす精緻な技の両方が無ければ実現しない妙技である。
 羅喉丸は首の断面から血がしたたる猿の頭をそっと地面に下ろし、驚愕に見開いたままの両目を閉じてやる。
「よぉ、散々食い荒らしたんだ。覚悟は出来てんだろうなぁ?」
 玖雀(ib6816)は不敵に笑うと、パチンと指を鳴らす。
 逃亡を続ける猿は玖雀に気付いたものの、距離が十分離れていると音から判断し、玖雀への興味を失い逃亡に全力を投入する。
 が、その判断はあまりに甘すぎた。
「おいおい、お前の相手はこっちだぜ!」
 突然己の横から聞こえて来た声に、猿の思考が混乱する。
 どれだけ強く速い存在でも、数十歩の距離をこんなに早く詰めることなど出来はしない。だったらこれはあの恐ろしい存在(羅喉丸)以上の存在なのか?
 猿はそう思って混乱と恐怖に支配されていく。
 玖雀は猿の内心など気にもせず、己の周囲に炎を呼び出す。
 術の性質上、猿の目などの重要部位を意図して狙うのは難しいが、ケモノ相手には十分すぎた。
 術に対する抵抗力をろくに持たない猿は、全身の毛を焼き焦がす炎に苛まれ、狂乱しながら両手をでたらめに振り回し、ふらつきよろめきながら前に進もうとする。
「木を傷つけられる訳にはいかないんでね、悪ぃが先に封じさせてもらう」
 見事な枝振りの桃の木に激突しかけたケモノを、玖雀が横から蹴り飛ばす。
 すると一発の銃声が響き、側頭部に穴を開けられた猿は全身を硬直させて地面に転がるのだった。

●狙撃手
「猿は知恵が回り小回りが利くのが厄介ですね」
 罔象(ib5429)は練力を使って再装填を行いながら、木の上で、己の背丈以上の全長を誇る長銃を構え直す。
 逃げるケモノの背中が照準眼鏡の真ん中に映る。
 銃に習熟した罔象だからこそ可能な見事な高速照準だが、肝心の罔象の顔には渋い表情が浮かんでいた。
 照準眼鏡の隅に引っ掛かるようにして、新たな敵影を発見したのだ。
「前方の草むらの中に1体います。木が遮蔽になっていて射撃不能です」
「任せろ! いや、後は任せた!」
 巴渓(ia1334)は瞬脚を組み込んだ高速走行で一気に距離を詰めていく。
 罔象は草むらのケモノを己の意識から一時的に追い出し、最初に狙っていたケモノに集中する。
「撃ちます!左右に退避を!」
 巴渓や玖雀のように超高速移動可能な者も開拓者の中には多いので、不意打ち狙いや事前に十分意思疎通できている状況を除き、目標周辺に姿が無くても味方への警告は必須だ。
 警告が皆に伝わったことを確認してから、罔象はそっと引き金に触れる。
 危険を感じた猿は慌てて木の枝に飛び乗ろうとするが、足のばねを解放するより早く、銃弾に心臓を撃ち抜かれた。

●奇襲
 燕清(ib7425)は細心の注意を払って移動していた。
 畑に生えた桃の木の枝には細かく剪定された跡があり、大木の一歩手前の大きさに育っているにも関わらず、成人男性が立ったまま枝になった桃を取れる形状になっている。
 ここまで育てるには数年の年月と膨大な手間が必要で、木が枯れるまでにかなりの量を収穫できなければ赤字になってしまうだろう。
 燕清は見事な桃の木の影に隠れるようにして、新たに桃畑に入り込んだ猿に背後から近づいていく。
 猿は粗雑かつ乱暴な動作で桃をもごうとするが、近くの木に桃が見あたらないことに気付いて首をひねりながらうろうろと移動していく。
 桃がないのは康平の仕業であり、彼が持つ箱には、自重でつぶれない程度の高さの、桃の小山ができている。
「はっ」
 燕清が鋭い呼気と共に、長大な樫の棒をケモノのうなじに叩き込む。
 防御のしようもない場所に強烈な一撃をもらった猿は、足をふらつかせながら背後に振り返って燕清と正対する。
 燕清は桃の木の枝に引っかけないよう、六尺棍を短く持ってケモノのみぞおちに突き込んだ。
「ぐ、はっ」
 肺を損傷したらしく、猿は口から血の泡をこぼしながら、それでも闘志を失わず燕清に殴りかかる。
 窮地に陥っても生を諦めないケモノは、その戦闘力以上の脅威を感じさせた。
 しかし燕清は恐れず、慢心もしない。
 回避した猿の拳が桃の木に向かわないよう意識しながら攻撃をかわし、猿をその場できりきり舞いさせる。
 そして、渾身の力を込めて六尺棍を振り下ろす。
 既に限界ぎりぎりだったケモノは肩から全身に広がっていく衝撃に耐えることができず、地面に打ち付けられたまま動かなくなる。
 倒せば瘴気に戻るアヤカシではなく、一応は真っ当な生物であるケモノを倒した燕清は、六尺棍越しに伝わってきた感触を真正面から受け止めて小さな息を吐く。
 気を抜かずに周囲の警戒を行うと、ほぼ真横から拳を何かで受け止める音が聞こえてくることに気付く。
 横を向くと、そこでは一際目立つ枝振りの桃の木をかばい、堂に入った構えから拳を突き出す猿の攻撃を手甲で受ける、遠野凪沙(ib5179)の姿があった。
 ケモノの技量から考えればラッキーパンチとしか思えない強力な一撃を、凪沙は大業物と手甲を交叉させて受ける。
「む」
 衝撃がほとんど無い事に気付き、ケモノに隙は見せないものの、凪沙の顔にほんの少しであるが動揺と困惑の表情が浮かぶ。
「余計な手出しだったか?」
「いや、礼を言う」
 ななめ後ろから聞こえてきた声により、凪沙は状況を把握する。
 康平が加護結界を使用してくれたのだ。
 猿は背後から牽制してきた燕清に気をとられ、正面の凪沙に大きな隙をさらす。
 凪沙が好機を逃すはずもなく、先手を取るや否や猿のがら空きの左胸を刺し貫き、一切の抵抗を許さずその命を刈り取った。
「よーし、うまくいったみてぇだな」
 渓は両手にそれぞれケモノの首を持って引きずりながら、のんびりと畑の外へ移動していた。
「猿相手に無双ってのもあれだしな。今回はサポートだ」
 全力で打ち込めばケモノなど一撃で粉微塵になりかねない力を持っているとはいえ、大量の血と体液を桃畑にぶちまけて、畑の土の精妙な均衡を崩すわけにはいかない。
 器用に首の骨だけ折った猿を廃棄物運搬用荷車に放り込み、渓は他の死骸を運ぶために畑の中に戻っていくのだった。

●桃
「どうぞ」
「あ、はい。いただきます‥‥えっ」
 凪沙から桃を手渡された利穏は、予想外の感触に目をしばたたかせた。
 柔らかさを通り越して、もろい。
 赤ん坊の肌に触れるとき程度の力しかかけていないのに、手で触れた部分に跡がついている。
 慎重に皮を向いてみるとほんのりと黄みがかった白い果肉が現れ、濃すぎる匂いが鼻孔を直撃する。
 甘く熟れた香りというのは分かるのだが、果肉を見ずに匂いだけかいだ場合、濃厚すぎて腐臭の数歩手前と勘違いしそうだ。
 果汁で濡れた己の指先を口に含むと、果物の汁というより桃の砂糖煮のような味が口腔から全身に広がっていく。
「作り手が、いかに丹精込めて作ったかがよく分かります。桃もですが、木を守れて、本当によかった」
 これを作るまでにどれほど手間暇金人手がかかったか、またこれを作れる木を育てるためにどれだけ苦労したか、想像するだけで胸がいっぱいになる。
「いいかー熟した桃は柔らかいから、ヘンな力入れたらすぐ潰れるぞー」
 あまり一般的ではない物の食べ方を説明しながら、渓は慣れた手つきで皮をむいて果肉を切り分けていた。
「分かっている‥‥が予想以上だな」
 玖雀は桃を軽く投げて再び掴み、皮はむかずそのまま齧りつく。
 人によってはくどく感じるほどの甘さが、桃畑を傷つけないよう気を遣いながらの戦闘で疲れた体にしみこんでいく。
 開拓者達は桃を堪能した後、村人に別れを惜しまれつつ帰路についたのだった。