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■オープニング本文 ●猪好き嫌い 「いのししだぁ?」 すっかり出来上がったギルド係員は、ウェイトレスに次の酒瓶を注文しながら不機嫌なうなり声をあげた。 「猪を撲滅するってんなら力を貸すよ。猪はアヤカシ並みにたちが悪いからね」 勢いよくスルメを噛みちぎりながら言う係員を前にして、相談を持ちかけた商人は顔を引きつらせていた。 「畑をほじくって野菜を根こそぎ駄目にするわ、柵を越えるわ壊すわでろくなことしない。‥‥あ、このお肉味が濃くて美味しい」 牡丹(猪肉)の照り焼きにかぶりついた係員は幸せそうな笑みを浮かべ、3皿追加を注文する。 「よくご存じですな。農村部のご出身で?」 「まーねー」 あまり聞かれたくない話題らしく、係員の表情が暗くなる。 杯ではなく湯飲みで酒をあおりながら、どことなくぼんやりとした表情で酒場の天井を見上げていた。 「実はですな。私の仕入れ先の村で妙な猪が出たのですよ。最初はどこからか流れてきた猪かと思ったらしいのですが、被害の跡を確認してみると妙に大きいようでしてな」 「ケモノね。あー、下級アヤカシの化猪って線もあるか」 係員は酒飲みモードから仕事モードに切り替えようとしているが、大量に摂取したアルコールが思考の邪魔をしてうまくいっていないようだ。 「詳しい話は明日伺っても?」 「あなたがおっしゃったように放置すれば田畑が壊滅しかねないので、急ぎでお願いします」 酔い覚まし用の薬湯が入った大瓶を差し出しながら、商人は丁寧ではあるが有無を言わせぬ口調で要求するのであった。 ●畑を守れ! とある農村が猪の被害にあっている。 村の外縁部にある畑が、夜のうちに柵ごと破壊され、実だけでなく根や葉や茎まで食い尽くされてしまうという。 既に十以上の畑が壊滅し、警戒を行っていた番犬の数匹が殺されている。 敵の大部分は通常の猪とケモノの猪と思われるが、残された足跡などから1体か2体猪型アヤカシが混じっているようだ。 現在無事なのは田と少しの畑のみ。 特に田を破壊されると村そのものが滅びかねないので、田を無傷で守り切った上で敵の討伐を行って欲しい。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
十野間 修(ib3415)
22歳・男・志
猪 雷梅(ib5411)
25歳・女・砲
罔象(ib5429)
15歳・女・砲
赤い花のダイリン(ib5471)
25歳・男・砲
スレダ(ib6629)
14歳・女・魔
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●緑の田 強い光に照りつけられ、穂がつきはじめた稲が青く瑞々しい色に輝く。 わずかに秋の気配が混じるようになった風が吹くと、まるで波のように稲がうねり、かすかな音をたてていく。 「これは」 街に居を構えていてはなかなか見ることが出来ない光景に、朝比奈空(ia0086)は端正な顔立ちに淡い微笑を浮かべていた。 「猪ねぇ」 赤い花のダイリン(ib5471)は、村の周辺に点在する更地に気付き眉を寄せた。 「普段からどこぞの猪に突撃されてるからその恐ろしさは身に染みて」 両足が綺麗に揃った跳び蹴りがダイリンの側頭部に突き刺さり、深刻なつぶやきを強制的に終了させる。 「っておい。雷梅てめぇ止めろマジで止めろ! やるにしてもせめて後にしてくれ」 蹴りが着弾する瞬間に首をひねって衝撃を受け流したダイリンは、空中で一回転して見事に着地した猪雷梅(ib5411)に言い募る。 「どんな風に分かってんのか見せてもらおうと思ってね。もう一度いっとく?」 雷梅は獰猛な笑みを浮かべて挑発する。 が、気心の知れたダイリンはその挑発をあっさりと流す。 「いつまでも遊んでたら猪料理を振る舞ってくれないかもしれないぜ? っと、待たせてすまねぇ。これまで動物よけに使っていた鳴子とか柵とかあったら貸してくれねぇか?」 口調は乱暴なのだが、良い意味で真っ直ぐなダイリンの気性のせいか不思議に嫌みがない。 出迎えに来た村人達はあれは壊されたはず、あっちはなんとか使えるはず、などと情報交換を行ってから、ダイリンを村の倉庫に案内していった。 「そっちを持ってくれ」 「承知しました」 玖雀(ib6816)の呼びかけに十野間修(ib3415)がこたえ、開拓者ギルドからここまで引っ張ってきた荷車から、大柄の成人男性でも抱えきれないサイズの樽を下ろす。 「これは?」 樽の中から漂ってくるかすかな腐敗臭に気付き、修は玖雀に問いかける。 「村で油を借りようかと思っていたのだが、試しにギルドで相談したらこれを支給されてな」 受け取る際に、火を付ければ燃え上がることを確認している。 火遁と組み合わせる燃料としては十分実用に耐えるだろう。 「ギルドからの支給品にも色々あるのですね」 荷車に満載された、バリケードにするための資材を手に取りながら、修は視線を横に向ける。 そこではジルベリア風草刈り鎌を縦横高さにそれぞれ倍にしたサイズの、もはや凶器にしか見えない刃物を振るう罔象(ib5429)の姿があった。 村人に許可をとってから、猪やそれに類するものが隠れることが出来る茂みを一撃で粉砕していっている。 凶器の柄には「開拓者ギルド備品。志体持ち専用」と朱書されていた。 「防壁造りにも慣れてきたですね」 スレダ(ib6629)は幅と高さがそれぞれ5メートルに達する壁を呼び出すと、壁の上からの視界を遮らないように注意しつつ、微妙に位置と角度を変えながら壁を横に伸ばしていく。 壁の総延長は100メートル近くになる予定であり、あまりに広すぎる護衛対象を守るための有効な手段になるはずだった。 スレダが壁を伸ばしていく方向とは逆方向に、ルオウ(ia2445)が力任せに杭を大地に突き立てて簡易の防壁にしていく。 道具無し、専門知識無しで防壁を造るのは普通に考えれば無茶だが、常識を超越しつつある体力の持ち主が強力によりさらなる体力を発揮した場合、道理がひっこんで無茶が通ってしまう。 開拓者達は異様に手際よく田の周辺を防壁と罠で囲い、村の収入源を脅かす敵を待ち構えるのだった。 ●複数方向からの同時襲撃 休憩に入った班と入れ替わりに田の警備についた空は、田を包囲するように現れたものに気付き、胸中にざわつくものを感じた。 「ルオウさん! 北を!」 普段声を荒らげることがない空の口から、語調は乱れてはいないが強く大きな声が発せられる。 数秒後、スレダが用意した休憩用天幕からルオウが飛び出し人間離れした速度で北へ向かって駆けていく。 続いてスレダと雷梅が出てくるが、ダイリンは少々遅れてしまっていた。 「ちっ。荷物が多すぎたか」 ダイリンはいくつかの装備を天幕の中に放り込むと、他の面々からほんの少し遅れて自らの配置に向かう。 逢魔が時を過ぎ、急速に暗くなっていく中、南に向かって高速移動する影があった。 「開拓者としての初の戦闘がこれか」 油が染みこんで重くなった(そして少々臭くなった)荒縄を片手に持ち、玖雀は口元にかすかな笑みを浮かべる。 彼が向かうのは、木の上から途切れず銃声が響いてくる場所だ。 木の上に腰掛け、呼吸法で集中し手ぶれを抑えながら、罔象は練力で弾を込めると同時に射撃を行っていく。 猛烈な勢いで放たれる銃弾にただの猪が耐えられるはずもなく、肩ごと前腕を吹き飛ばされ、またあるものは頭部から背中まで破壊され、田にたどり着く前に大地に倒れるていく。 複数の方向からの同時攻撃という奇襲を受けたとはいえ、罔象が予め隠れる場所を潰していたため、アヤカシを含む猪達が田に近づく前に迎撃をすることができていた。 「左側に3体。おそらく非アヤカシです」 玖雀は返事をする時間を惜しみ罔象の左側へ高速移動し、荒縄の端をくくりつけた苦無、というより苦無が端にとりつけられた荒縄を遠くに投げる。 荒縄の先端についた苦無はかなり大きな猪、おそらくはケモノであろう1体の足の先に命中する。 が、油を吸った荒縄という重い物のせいで勢いが失われており、かすり傷程度しかダメージを与えられない。 ケモノは馬鹿にするようにぐるるとうなって前進を再開しようとするが、いきなり足下が燃え上がったことで混乱してしまう。玖雀が火遁で放った炎が引火したのだ。 「フン、おふざけがすぎる奴には‥‥お仕置きが必要だな?」 音も立てずに距離を詰めた玖雀が、苦無を猪の耳に差し込み中を抉る。 血を吐いて崩れ落ちるケモノを見もせずに、彼は炎に照らされた新たな猪に向かっていくのだった。 ●弾幕 複数方向から襲いかかってきた敵に対応するため前衛がどこかに行ってしまったが、雷梅は軽快にマスケットで連発していた。 「当たっているのか外れているのか分かんねぇぞ!」 既にほとんど闇に閉ざされ、足下に転がる松明だけを頼りにしてダイリン達が連射している。 ケモノや通常の猪に命中してはいるのだが、照明が暗すぎ距離がありすぎるために戦果を確認しづらいのだ。 「へへっ、来た来たぁ! ダイリン、ヘマして吹っ飛ばされんなよぉ!」 ひときわ大きな猪が、松明の明かりを反射して光る瞳をこちらに向け、一気に加速する。 「そりゃこっちのセリフだ」 互いに毒づきながら、素晴らしく息のあった動きで化け猪に銃口を向ける。 化け猪が加速するとほぼ同時に、二丁のマスケットからの連射が開始される。 猪の頬が吹き飛び、額がへこみ、牙が折れたところで、化け猪はようやく開拓者の元へたどり着く。 「うおらぁっ!」 しかしその時点で勢いは衰えてしまっており、ダイリンが放った蹴りで完全に停止する。 「あばよ!」 化け猪の側頭部に銃口を押し当てた雷梅は、満面の笑顔と共に引き金を引きその頭を吹き飛ばすのだった。 ●広さという強敵 向かって来た猪の急所に手刀を叩き込むと、猪は一瞬体を震わせてそのまま大地に沈んだ。 「広すぎますね」 松明を片手に持つ空は、血どころかわずかな汚れすらついていない手刀を下ろして小さな息を吐く。 あちこちから戦闘音が響いてきているが、持ち場を離れている間に猪が田に入り込んだからその時点で依頼失敗なのでうかつに動けないのだ。いつ襲いかかられるか分からないので得物を持ち替えるタイミングも取りづらい。 「きやがれええええええ!」 咆哮の効果に囚われた猪がルオウに群がり、ただの一撃で息の根を止められ地に倒れ伏す。 ルオウは念のため蹴りを叩き込んで猪の死亡を確認し、再度咆哮を使いながら移動を開始する。咆哮の効果範囲は半径50メートル強という広大なものだが、今回は護衛対象が広すぎ、正直なところ範囲が足りていなかった。 ルオウや空が一撃で敵を葬っている場所から100メートルほど離れた場所で、修は地道な戦いを繰り広げていた。 馬防柵の様に地面に斜めに埋め込まれた木杭に足止めされた猪は後回しにし、障害物を迂回してきた猪に対して炎を帯びた大薙刀を振り下ろす。 一度でとどめを刺せるときもあれば、反撃でわずかとはいえダメージを受けるときもあるが、応急処置をする時間的余裕はない。 獣は獣なりの知性があり、一度障害物に阻まれても大きく迂回して田に向かってくるのだ。 もう少し高い知性があれば、田に入り込んでもろくに食べる物がないのが分かったのだろうが、飢えた獣にそこまで期待するのは無茶だろう。 「終わりの見えない戦いというのは厳しいですね」 額の汗をぬぐう間も、警戒を緩めることはない。 松明の明かりがあり、開拓者の鋭敏な知覚もあるとはいえ、夜目が利く野生生物を相手に油断は禁物だからだ。 「む」 ふと、発砲音とも刃が肉を断つ音とも異なるものが耳に届く。 己の気配を殺しつつ音の聞こえた方向に視線をやると、そこでは巨大な壁の一部が消えていこうとしているところだった。 消えゆく壁の下端には、助走をつけて跳躍し壁を越えようとしたものの失敗し、頭を壁に打ち付け落下してしまった猪がうずくまっている。 猪は必死に起き上がろうとするが、地面から伸びてきた魔法の蔦に絡め取られ動きを封じられる。 「手が足りないのでよろしくですっ!」 連なる壁の向こうから声が響いてくるが、修がいる場所からでは声の主であるスレダの姿は見えない。 「承知」 周囲から聞こえてくる音が徐々に小さくなっているのを感じながら、修は猪にとどめを刺すのだった。 ●牡丹 討伐を完了させた開拓者達は、猪の血抜きと内臓の処理を玖雀に任せて日が変わる前にバリケードの撤去と落とし穴の埋め戻しを完了させた。 そして今、村の奥様方が総出で猪肉の調理を行っていた。 「うめぇうめぇ」 骨付き肉にかぶりつきながら雷梅は満面の笑みを浮かべている。 血抜きと熟成がしっかり行われた牡丹は実に美味い。 骨が折れていることが多いのは少し残念だが、雷梅が仕掛けた罠が効果を発揮した結果なのだから満足すべきだろう。 「晩に食べずに済んで良かったと思うべきでしょうか」 猪肉を肴に甘酒を飲みながら、罔象は悩ましげな吐息をもらしていた。 「瘴気が星に還り、精霊となってこの地に降り注ぐ事を‥‥」 アヤカシと、それ以上の強敵だった防衛対象の面積に思いをはせながら祈りを捧げてから、スレダは玖雀と奥様方が作る猪鍋に向かうのであった。 |