血染めの猫屋敷
マスター名：馬車猪
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| ■オープニング本文 ●数件目の被害 「畜生、遅かったか」 街の治安維持を担当している領主の私兵が急行したときには、全てが終わってしまっていた。 猫屋敷として有名だった邸宅の壁が、猫と住民の血で赤黒く染まっている。 窓にひっかかっているのはおそらく被害者の遺体の一部で、夏の猛暑によって猛烈な腐敗臭を漂わせていた。 「吐くなら外で吐いてこい」 「りょ、了解しました」 現在の隊に配属されたばかりの兵士が、青白い顔で屋敷から外に出て行く。 「中から物音はしないな」 「扉や窓は壊れていません。おそらく忍び込んだのか‥‥」 「普通の猫のふりをして入り込んだか、だな」 隊長と古参隊員は意見をかわして合意を得る。 「こうなれば領主様も開拓者ギルドに依頼されるだろう」 「それは、正直悔しいですね。なんとか我々の手で解決したかったです」 「同感だ。しかしギルドに頼むにしても問題がありすぎる。街中の警備を頼む訳にもいかんだろうし」 いつ起きるか分からない事件に備えて広範囲の警備を頼むとなると、依頼料金だけでなく面子かどうのという面倒な問題も発生しかねない。 「ではこういうのはどうでしょうか」 古参隊員がある提案をすると、隊長は渋い顔で長時間悩んだ末に首を縦に振った。 古参隊員の提案は領主のもとまで届き、領主一族内部で少々論議はあったものの、最終的にはその提案に基づき開拓者ギルドへ話が持ち込まれることになった。 ●待ち伏せ 開拓者ギルドに警備の依頼が張り出された。 街を領有する貴族の邸宅のひとつで数日間暮らし、おそらく現れるであろう猫型アヤカシを退治せよという依頼だ。 猫型アヤカシというのは化け猫のことであり、瘴気をまとっているので開拓者が注意深く観察すれば普通の猫と見間違えることはないだろう。 現れると思われる化け猫は複数であり、これまで普通の猫として屋敷に潜り込んで複数の猫屋敷と猫好き達を滅ぼして来た連中だ。 開拓者に貸し出される邸宅には二十数匹の猫が放し飼いされている。屋敷も猫もアヤカシ討伐に必要であれば見捨てて構わないという条件になっているが、両者が無事であればあるほど報酬に色がつくのは間違いない。 依頼の成否にかかわらず、邸宅に到着してから３日後に依頼終了となる。 食事は用意されないが食材は提供される。だから貴族の生活の一部を味わうのも良いかもー、と依頼票の隅に小さく落書きされていた。 |
■参加者一覧
玲璃（ia1114）17歳・男・吟 
菊池 志郎（ia5584）23歳・男・シ 
天原 大地（ia5586）22歳・男・サ 
アルバルク（ib6635）38歳・男・砂 
クレア・エルスハイマー（ib6652）21歳・女・魔 
リュシオル・スリジエ（ib7288）10歳・女・陰 
ケイウス＝アルカーム（ib7387）23歳・男・吟 
マキ・クード（ib7389）21歳・女・ジ |
| ■リプレイ本文 ●館 その館は古びていた。 長い年月風雨にさらされた門柱は黒に近い色になり、門の向こうに見える屋根瓦も陽に焼けて淡い色になっている。 だがみすぼらしさは感じられない。 建造当時から今まで徹底的に手入れされてきたそれは風格さえ感じさせ、見る者を威嚇するかのごとき迫力があった。 もっとも風格やら迫力やらに圧倒されるような者は、最初からここには近づかない。 ジルべリア紳士風白スーツという、本人としては格式張った感じのつもりの衣装を身につけたアルバルク（ib6635）は、大量の酒瓶が入った袋を両手でそれぞれ持ちながら門をくぐる。 中もまた特徴的だった。 本来は客を招くための館ではないらしく、慣習を無視した間取りで中庭にある植木も非常に少ない。 しかし植木一つ一つに対する手のかけようは尋常ではなく、全高４メートル近い鶴の形に剪定された木や、複数の木を組み合わせてつくったと思われる亀に、猫型の植木が複数配置されていた。 「金持ちの考えることは分からねぇな」 アルバルクは肩をすくめて館の中に入ろうとする。が、館の中から猫たちが飛び出して来る方が早かった。 猫たちはアルバルクが手に提げた袋に飛びかかる。 「こらお前等！」 酒をこよなく愛するアルバルクは袋を取り落とすこともひっくり返すこともなかったが、大量購入した際に酒場の主人がつけてくれた干し魚が強奪されてしまっていた。 「おう、良い酒はあったか？」 小柄な猫たちを引き連れ、天原大地（ia5586）が館の中から姿を見せる。 「まぁな。必要経費が認められたんで期待していいぜ」 アルバルクはにんまりと笑みを浮かべ、器用に煙管を取り出して煙草に火をつけようとする。 が、小さい足を必死に動かし白いスーツをよじ登ろうとする子猫に気付き、渋々煙管をしまう。 「それよりこれは？」 腰のあたりまでよじ登ってきた子猫の首にまかれた、赤いリボンを視線で示す。 「家主さんの意向ですよ。猫たちを華やかに彩りたいそうで」 人畜無害な雰囲気を持つ没個性的な青年にしか見えない凄腕のシノビ、菊池志郎（ia5584）がのほほんとした態度で答える。 無論それは嘘であり、本当は猫とアヤカシを区別するための目印である。 「とっとと一杯やろうぜ。っと、心配しなくても飯は食わせてやるさ」 リボンを身につけていない猫に干しエビを投げてやりながら、大地は館に向かう。 干しエビをくわえる猫の瞳には、普通の猫ではあり得ない、邪悪な知性というべきものが現れていた。 ●食事 「おー、良いねぇ。流石貴族様って奴ぁ暮らしも住まいも豪勢なもんだ」 厨房に併設された食品庫を覗き込みながら、クード・マキ（ib7389）は鼻をならしていた。 「一番上にある魚を取ってくれませんか？」 厨房で包丁を振るっている玲璃（ia1114）が声をかけると、クードは「へーい」と気のない返事をして、氷霊結で造ったと思われる氷が詰められた箱を運んでいく。 「調理なんかしなくても素材だけで充分だろ？」 拝借したキュウリを一口かじると、さわやかな甘味というべきものが舌から体全体に広がっていく。 土が良く肥えた畑を持つ農家がつくったとれたてのキュウリを、その日のうちに運んできたと思われる一品であった。 「腹立ってきやがったな」 クードはキュウリ一本をかみ砕いて飲み込んでから、己の眉間を揉みながら世の不条理に耐える。 「ありがとうございます。お手透きでしたらこちらの皿を運んでください」 装備の上に割烹着を着込んだ玲璃が、一口大に切った野菜の上に魚の切り身を載せただけのようにも見える料理の皿を示す。 もちろんいい加減な料理であるはずもなく、魚に刃を入れる角度に力加減まで、クードの鋭敏な視覚で見れば「何もここまでしなくても」と思われるほどの技術が使われていることが分かる。 「あー、分かった」 貰えるもん貰えんならなんでもいいと自分に言い聞かせながら、クードは大皿を両手で持って隣の部屋に向かう。 「はーい、ご飯はこっちだぞー」 大勢の猫を引率しながら、ケイウス＝アルカーム（ib7387）はクードに近づいてくる。 「やっほークード。それ俺たちのごはん？」 「猫のだよ」 クードが畳の上に大皿を置くと、猫たちは行儀良く並んで食事を開始する。 食料に気づいたのか部屋の外から他の猫も集まりつつあり、ケイウスが吹き始めた口笛の軽快な旋律に従うように、行儀がよい中にも元気さ溢れる動作で大皿に向かっていく。 「猫と遊ぶのにこれは邪魔になりますね」 「早く酒を飲みてぇんだが」 志郎とアルバルクは、猫たちの注意がそれた隙を狙って部屋の片付けを開始する。 一番大きな部屋なので、猫の置物やタンスを他の部屋に移動させると、小さな家ならそのまま入りそうな空間ができあがる。 こまごまとした物を運ぶのを担当していたクードが、親指ほどの大きさの猫の石像を眺めてしばし悩む。 余程腕の良い職人が彫ったらしく、毛の一本一本が判別できる程細工が細かい。 「ヤんなら止めんがほどほどにしとけよ」 白々しい笑みを浮かべて石像を運び出すクードに、大地は呆れたような小声でつぶやいた。 「さー、綺麗にしましょうねー」 猫に蕩けるような声をかけながら、リュシオル・スリジエ（ib7288）は庭から上がってくる猫の足を布でふいていく。 全身にほおずりするようにして綺麗にしていくリュシオルに、人に十分慣れているはずの猫たちが少しではあるがひいていた。 「す、すげぇな」 クードもひいていたが、リュシオルが黄色のリボンを猫の首にまいているのに気付き目を細める。 赤は普通の猫。 黄色は化け猫。 リュシオルはアヤカシかどうか判別するスキルは使えないが、嫌悪感無しで猫の尻のにおいをかげる彼女が、至近距離でアヤカシと猫を見間違えることなどあり得ない。 ケイウスの口笛が響く室内で、開拓者たちは館の主に招かれた客として振る舞い、静かにときを待っていた。 ●酒 「乾杯！」 「待ちかねたぜぇ」 「にゃー」 開拓者と猫たちは一斉に酒に、あるいは冷えた魚の澄まし汁に口をつけた。 「きついのに後味さわやか。女性が飲むときが気をつけなくてはいけませんね」 一息で湯飲みに注がれた酒を干した志郎は、アルコールの影響を一切感じさせない飄々とした表情で微笑む。 「とと‥‥クレア、ありがとよ。ほれ返杯」 「まあ」 クレア・エルスハイマー（ib6652）はくすりと笑い、顔色ひとつ変えずに大きめの杯を味わいながら干す。 「いい飲みっぷりだ。おっさんも飲んでるか？」 「飲んでるぜー」 透き通るような赤い色をしたワインを、グラスというよりほとんどジョッキサイズの器に注ぎながらアルバルクは笑う。 「ケイー。残すんなら俺にくれよー」 クードはケイウスの前の机に置かれていたマリネの皿を強奪し、器用に箸を使って食べ始める。 「それは後で食べようと思って取っておいたんだぁーっ！ ってあんた酔ってるの？」 クードの顔はアルコールのせいか真っ赤になっていて、所作もどこか幼い。 「誰が飲ませたんだよ。マキはお酒一杯で酔うほどの下戸なのに」 「はっはっは。夜は長いぜ‥‥パーっとやってこうぜ、猫と一緒にな」 露骨に視線をそらしたアルバルクの顔の前に、一枚の紙が差し出される。 「んー」 それは玲璃が瘴索結界「念」で視た結果が書かれた紙だった。 宴が始まってから館にやって来た猫もいるため、リボンの印がない猫についての情報もある。 「分かった分かった。明日に響かない程度に抑えとくよ」 米からつくられた透き通った酒をジョッキにつぎながら、ごみでも捨てるような動作で、紙を他の開拓者に渡していく。 紙に注意を向けていた黄色いリボンの猫は、それを見て紙に対する興味を失い、そっと部屋の中の死角に移動しようとする。 「そろそろですわね」 クレアは正座の状態から上体をぶれさせずに立ち上がる。 普段はとれたてのミルクのように白い頬はほんのりと桜色に染まっているが、その足取りに乱れはない。 厨房に通じる障子は料理を運んでいたはずの玲璃によって閉じられ、大量の障子が開け放たれていたはずの中庭側は、時を止めた志郎により気配すら感じさせずに封鎖されていた。 そして、ケイウスは赤いリボンを巻き付けられた猫を部屋の一角に避難させている。 「セイドの効果はいかがでした？」 いつの間にか部屋の中央に取り残され、開拓者たちに包囲されていた化け猫たちに、クレアは目が全く笑っていない笑みを向ける。 セイドにより痺れ薬の効果を付与された澄まし汁を飲んだ化け猫たちは、明らかに本調子でなく動きが鈍い。 「俺ならちょいと酒を飲み過ぎた程度の効果しかないが、お前等には効くだろう？」 アルバルクは最後の一滴まで酒を飲み干してからジョッキを置き、仲間が即座に襲いかかれるよう位置取りを変更していく。 志郎やアルバルクたち、少々動きが鈍くなっても元の能力差が圧倒的過ぎるため化け猫に不覚をとりそうにない面々も澄まし汁を飲んでいたため、化け猫たちはつい油断して痺れ薬入り汁を口にしてしまったのだ。 「可愛い姿で油断させて無辜の人々や猫を害するとは許せません！」 柔らかそうなほっぺにご飯粒をつけたリュシオルが、化け猫たちにびしりと指をつきつける。 ご飯粒に気付いた赤リンボ付子猫がよじよじとリュシオルの体をよじ登り、ご飯粒なめとったところで足を滑らせてリュシオルの体から転げ落ちそうになる。 「んんっ‥‥そういうわけで、覚悟なさい！」 リュシオルは危なげなく子猫を空中でキャッチし、自らの背後にかばってから懐に忍ばせていた符を放つ。 「魔殲甲虫ビートルマグナを召喚！ 行けーっ！」 黄金ヘラクレスオオカブト型の式が化け猫に向けて突撃をしかけ、戦いが始まった。 「夜中に来やがって。真夜中に近所に事情説明をしなくちゃならねぇ俺たちのことを考えろ！」 大地の本音の叫びには咆哮の力がこもっており、全ての化け猫の注意を大地に強制的に惹きつける。 部屋に残った家具を利用して守りを固めようとした化け猫に対しては、ケイウスが奴隷戦士の葛藤を歌い防御を弱くする。 「大地さん！」 「助かる！」 クレアのアクセラレートにより俊敏性をさらに強化された大地は、全ての化け猫からの攻撃を素手で受け止めていく。 ほとんど完全に防御できているとはいえ、多少の被害はある。とはいえそれは猫の爪で浅く引っかかれた程度のものであり、大地にとっては一晩寝れば直る程度のかすり傷でしかない。 癒しの技を使うために待機していた玲璃は、小さく安堵の息を吐いてから化け猫の居場所に清浄なる炎を生み出す。 あまりに清い炎は、瘴気に戻ることも許さずに化け猫を消滅させる。 玲璃が使える術の中では威力は低めだが、化け猫には十分過ぎる威力で周囲に一切被害を出さない、この場で使うには最適な術だった。 彼我の圧倒的な戦力差に気付き逃げだそうとした化け猫は、鞭「フレイムビート」を短く持って慎重に繰り出すクードによってたたき落とされ、慎重に狙いを付けダナブ・アサドにより身体機能を向上させたアルバルクのダーツによりとどめを刺される。 「絶対に逃がさないぞ！ 行けマグナ！ アヤカシ猫真っ二つだ！」 連続で打ち出される黄金オオカブトと清い炎が化け猫たちを討ち滅ぼすまで、ほとんど時間はかからなかった。 ●お別れ 翌朝、館の周囲にすむ人々に昨夜の戦闘について説明を終えてから、アヤカシの脅威が去った館で開拓者たちは依頼の期限となる日まで猫たちとのんびりと過ごす。 「せっかく懐いてきてくれたのに‥‥もうお別れとは寂しいですね」 依頼終了後、被害が皆無だったため開拓者たちの報酬は当初予定よりも増額された。 増額分は、偶然にも例の石像の販売価格とほぼ同額だったため、クードは微妙な表情を浮かべていたという。 |
