暑い夏には肝試し
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/15 04:11



■オープニング本文

●地縛霊
「おそらく地縛霊ですね。多くの場合活動範囲が狭いので、出現した場所を避けることで危険を回避するができるかもしれません。本来は依頼を出すのをお勧めするべきなのでしょうが、依頼料も安くはないですから」
 依頼人候補から話を聞いたギルド職員が答えると、依頼人は難しい顔で首を左右に振った。
「お心遣いは有り難いがそういう訳にもいかんのです。アヤカシ‥‥その、地縛霊でしたか。ともかくそのアヤカシが現れたのは、有用な苔の自生している洞窟の中でして」
「それは」
 苔の種類を聞いた係員の表情が曇る。
 その苔は衝撃にも光にも弱く、衝撃や強い光にさらされると効き目が激減することが知られていた。
「苔を傷つけずにというのは、その」
「はい、ええ、分かっています。どれだけうまくいっても大きな被害が出るのは避けられないでしょう。しかし、時間をかければ再び採取可能なまで回復できるよう、少しでもいいから無事なものを残して欲しいのです」
 係員は無言でうなずき、依頼人と詳細な条件を詰めていくのだった。

●夏でも涼しい洞窟
 洞窟に潜むアヤカシに対する討伐依頼が開拓者ギルドに張り出された。
 アヤカシは1種類で種類は地縛霊。
 数は10体程度はいそうだということしか分からないらしい。
 地縛霊は知性は爬虫類並みだが体が霧状であり、基本的に物理攻撃は通用しない。
 弱点にあたる場所を攻撃すれば物理攻撃が通じるようだが、確認のため強い光を使ったりすると洞窟内に生える有用な苔が全滅しかねないので注意して欲しいそうだ。
 洞窟内で事故が発生したり行方不明者が出たという記録はないということなので、肝試しのつもりで参加するのも可、などという冗談が依頼票の隅に書き込まれていた。


■参加者一覧
セシリア=L=モルゲン(ib5665
24歳・女・ジ
黒木 桜(ib6086
15歳・女・巫
巳(ib6432
18歳・男・シ
羽紫 稚空(ib6914
18歳・男・志
リュシオル・スリジエ(ib7288
10歳・女・陰
羽紫 アラタ(ib7297
17歳・男・陰
羽紫 雷(ib7311
19歳・男・吟
リィズ(ib7341
12歳・女・魔


■リプレイ本文

●事前準備
 一寸先すら見えない真の闇の中で、蝋燭の光と同じかそれより弱々しい光がともる。
「どうですか?」
 リュシオル・スリジエ(ib7288)がたずねると、呼び出しに応じた依頼人がうなる声が響いた。
「これなら接触させない限り苔に悪影響はでないと思います。しかしこれで大丈夫なのですか?」
 小さな机を挟んで向かい合うリュシオルの顔は辛うじて見えるが、足下はどうなっているかさっぱりだ。
 この依頼人には荒事の経験はないのだが、ほとんど真の暗闇の中でまともな戦闘が行えるとは、正直思えなかった。
「大丈夫ですよ」
 リュシオルは依頼人を安心させるように力強く答え、見えないのを承知で小さくガッツポーズをとる。
 すると「開拓者ギルド係員が余計な気を利かせて」置いていた茶碗に肘がぶつかり、激しい音をとともに吹き飛ばしてしまう。
 飛び散るお茶が小さな灯りを消してしまい、下手の中は再び真の闇に包まれる。
「気にするこたぁねぇよ。どうしても危険なら普通の灯りを使わせてもらうし、俺みたいに光無しで見えるのもいるしな」
 巳(ib6432)は茶碗を机の上に戻し、煙草に火をつけてから煙管を通して煙を飲む。巳の瞳は、至近距離でないと気づけないほど淡い、金の光を放っていた。
「ありがとうございます!」
 礼儀正しく真っ直ぐに礼を言うリュシオルに対し、巳は気にするなと言いたげに手を振り、目張りをはがしてから扉を開ける。
 扉の外は廊下で日光は直接入って来なかったが、闇に慣れた目には強すぎたらしく依頼人は手で己の目を覆っていた。
「それでは行って参ります。吉報をお待ち下さい」
 可愛らしい顔立ちに凛々しい表情を浮かべ、リュシオルは依頼人に一礼して巳と共に現場に向かうのだった。

●兄弟達
「狭い」
 セシリア=L=モルゲン(ib5665)の言葉は短いがあまりに重い感情がこもっていた。
 洞窟に入ってすぐは幅も広く天井も高かったのだが、10メートルほど進むと幅は1メートル、天井の高さは2メートル程になってしまっていた。
 幅1メートルとはいっても地面も壁も凸凹しているため体感ではその半分程度に感じられる。
 特に、あまりに雄大な双球を持つセシリアにとっては非常に狭い。
「相変わらず、可愛いな〜桜ちゃんは。後ろ姿もいいね」
 開拓者が狭さに難儀しつつ一列になって奥に進む中、羽紫雷(ib7311)が前を歩く黒木桜(ib6086)の左手をそっと己の両手で包む。
 桜がほんの少し力を込めるだけで手が抜ける程度の、冗談であることが桜にも周囲の人間にも分かる行為だが、ただ1人だけ容赦する気が皆無の男がいた。
「俺の彼女に触んじゃねーっ!」
 羽紫稚空(ib6914)が振り返りざまに放った蹴りは、桜の脇を通って雷の腹部に命中していた。
「お、お前戦闘前に同士討ちを」
「腹筋で防げる程度に加減した。本気の蹴りは戦闘後に治療してからだ」
 仲の良い兄弟特有の容赦の無さを発揮し、稚空は雷に冷ややかな視線を向けていた。
「っと、失礼」
 列の2番目の位置する稚空は、兄弟間のやりとりで列の移動を妨げてしまったことを謝罪するため頭を下げる。
 もっともセシリアの後ろにいる面々は美しき巨大双球が視界を塞いでいるので見えないのだが。
「ったく、賑やかなのはいいが場所を考えろ。それと黒木のこともな」
 羽紫アラタ(ib7297)の言葉に反論しようとするが、稚空は言葉を口に出来なかった。
 セシリアとその胸は美しいとは思うが、それは美術品に対する賞賛に近いものでしかなく情欲が刺激されることは無い。
 しかし恋人の目の前で、意識してではないとはいえ、他の女性に目を向けてしまったのは確かだった。
「3人とも仲が良くて羨ましいです」
 ふんわりと微笑む桜から、稚空はわずかに寂しさに似たものを感じていた。
 それは心の距離が近い稚空だからこそ分かったのであり、稚空は恋人の気分を明るくするために口を開こうとする。
 が、ほとんど常時発動させてきた心眼がアヤカシの反応をとらえ、稚空の思考が切り替わる。
 今は桜の機嫌ではなく桜の身の安全を優先すべきときだ。
「はっ!」
 岩の影から飛び出てきた地縛霊に対し、水晶の剣に霊力を込めて振り下ろす。
 絶妙のタイミングでフェイントが織り交ぜられた剣技は不定形のアヤカシを容赦なく切り裂くが、地縛霊としてはかなり強力な個体らしく致命傷にはほど遠い。
 しかし稚空はほぼ目的を果たしていた。
 アヤカシの注意が稚空に集中したことで、後ろにいる開拓者達が安全に行動できるようになったのだ。
「耐えろよ」
 雷が奏でるフルートの音色が開拓者全員の知覚攻撃に対する抵抗力を高め。
「援護する、タイミングを逃すなよ!」
 アラタが放った2枚の符が青白い燐光と共にカマイタチ型式に変じ、稚空の刃の傷跡が残る地縛霊を左右から切り裂いていく。
「ンフフ…ッ! 悪いコにはおしおきよォ!」
 そして、なんとか射線を確保したセシリアが式を放つ。
 大型蛇の形をした式は後退しようとした地縛霊に巻きつき、そのまま力を込めて地縛霊をばらばらに引き裂いてしまう。
 霧散していく瘴気の中で、強力ではあるが単なる式でしかない蛇が楽しげに体を蠢かせながら消えていく。
「数体まとめてきている。耐えろ!」
 最後尾に位置していたため、なんとか辛うじて視界を確保することに成功したリィズ(ib7341)が注意を喚起する。
 狭い場所に押し込まれた形になっている開拓者達に対し、洞窟の奥から複数の地縛霊が押し寄せてきたのだ。
 先頭にいるのは稚空だが、背後に恋人が居る以上、遮蔽物を盾にすることも攻撃を回避することもできはしない。
 彼にできるのは全ての攻撃を我が身で受け止めることだけだった。
「稚空!」
 かばわれた桜の声に動揺はない。
 恋人の意志と力に対する信頼は、暗い感情を全てはね除けられるほど強いのだ。
「アラタ、生きてるかー?」
 霊鎧の歌を途切れさせないよう細心の注意を払いながら、雷が真剣な表情で、だが声だけは軽く弟に問いかける。
 稚空は無言で水晶の剣を振り続け、倒すのではなく攻撃を引きつけることを優先して己の役割を果たし続ける。
 彼の背後では桜が風の精霊の力を借り、アヤカシの呪いの声が稚空につけた傷を癒していく。
「ふ〜ん‥‥あんた、そんな顔出来んだ」
 桜の顔をちらりと見たアラタが、普段のほわほわした感じが消えていることに気づき目を細める。
 そうしている間も懐から新たな符を取り出し、兄が足止めしているアヤカシに対してカマイタチを放っていく。
 狭い空間に呪詛と術が交錯し、瘴気でできた体と肉でできた体にダメージが積み重なっていく。
 とはいえ双方の耐久力と攻撃力には歴然とした差があり、力が上回っている開拓者側には癒しの技もある。
「これで終わりよォ!」
 膨大な練力保有量にものをいわせて強力な術を連打したセシリアの尽力もあり、実に7体も集まってきたアヤカシは短時間で一掃されたのだった。

●術攻撃
 三叉路に羽柴兄弟と桜とセシリアを残し、巳、リュシオル、リィズの3人は一番小さな入り口から洞窟の最深部に進んでいく。
 別に仲間割れをしている訳ではなく、3班に分かれた場合は危険が増えすぎ、2班に分かれて別々の道を調査した場合は残った道にいるかもしれないアヤカシが何をするか分からないので、前の戦闘での消耗が激しい面々に三叉路の封鎖を担当してもらったのだ。
 3人は蝋燭以下の小さな明かりのみを頼りに、こつこつとブーツが地面を叩く音だけを聞きながら慎重に歩みを進める。
「アヤカシ相手に肝試しなんて、なかなかシャレが効いてるね。少なくともボクにはとてもじゃないが考え付かないよ」
 己の身長より50センチは長い、霊杖「カドゥケウス」を両手で持つリィズが肩をすくめる。
「この依頼を手がけた係員、とても残念なセンスの持ち主らしいぜ」
 背中にかすかな蝋燭の光を浴びながら、巳は低い声で笑った。
「勘弁して欲しいな。若い子に悪影響が出たら困るじゃないか」
 若い、というより幼くみえる外見とは逆に、リィズは立派な成人女性だった。
「歳をくってからじゃ悪癖の矯正は難しいからな。‥‥おいでなすったぜ」
 暗視を使い闇を見通す巳の目は、不定形の2体のアヤカシの姿をとらえていた。
 煙のように薄ぼんやりとした体の中にはしゃれこうべがあり、自分から弱点を教えていた。
「苔の被害をなるべく出さねぇように、なぁ‥‥」
 巳の口元に苦笑が浮かぶと同時に、巳の姿が消えた。
 早駆による超加速でアヤカシの懐に飛び込んだのだ。
 無音で振るわれる忍刀「霧雲」がしゃれこうべを切り裂き、本来なら術を使わねば傷がつかない地縛霊にダメージを与える。
 巳は即座に追撃に移ろうとしたが、新たな敵の気配に気付いて攻撃をせず周囲の確認を行い、折れ曲がる洞窟の奥からやってくるアヤカシに気付く。
「曲がり角の先に2体。すぐに来るぞ」
 待避や防御よりも情報伝達を優先した巳に呪いの声が浴びせかけられるが、巳は余裕のある表情を崩さない。
「全力で行くよ! 魔殲甲虫ビートルマグナを召喚!」
 リュシオルが放った符が黄金色のヘラクレスオオカブトの形をとり、淡い光を浴びて風格ある輝きを返す。
「行けーっ!」
 リュシオルに脅威を感じた地縛霊が、目の前の巳を無視して呪いの声を放つ。
 その呪いを真正面から打ち破るようにして、黄金色のオオカブトが真正面から地縛霊を撃ち抜いて体の中央に大穴を開けていた。
 それに続いてリィズが放った雷は、大穴が開いた地縛霊をほとんど完全に粉砕し、アヤカシをただの瘴気に戻し霧散させていく。
「ボクがまだまだ経験不足で弱いと言っても、魔術の威力なら多少は自信があるよ」
 リィズはくすりと微笑み、次の一撃を残る1体の地縛霊に対し放つ。
 リュシオルの2つめのカブト型式もほぼ同時に命中し、地縛霊はほとんど反撃できずに滅ぼされる。
「この程度なら大丈夫。油断はできないけどね」
 地縛霊が最後に放った呪声を浴びてしまったリィズだったが、受けたダメージはかすり傷レベルだった。
 傷が浅いのはリュシオルも同様であり、術使いが知覚攻撃に対する高い抵抗力を持つことを実証していた。
「追加を寄越すぞ」
 最奥にいた2体の地縛霊を足止めしていた巳が傷ついた体で加速し、リィズ達の元へ戻る。
 地縛霊達は単純に巳を追ってきた。
 リィズ達は角を曲がって奥から1体ずつ出てきた地縛霊に対し集中攻撃を加え、一方的な勝利を手にするのだった。

●結果
 三叉路のうち残る2つを巳が調べたところ、アヤカシの姿は影も形もなかった。
 開拓者達が帰還した後に依頼人が洞窟を調べたところ、苔の被害は4分の1程度しかなく、喜ぶと同時に非常に驚いていたそうである。