朋友と日帰り旅行・海編
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/12 01:23



■オープニング本文

●報酬は極小
「無茶を言わないで下さい」
 開拓者ギルド係員は営業用スマイルを必死の思いで維持し続けていたが、思わず乱暴な声を出してしまっていた。
「無茶じゃないだろう? 開拓者の体力があれば海中の岩をどけるくらい‥‥」
「仕事内容には問題がありません。問題があるのは報酬額です」
 はっきり言わないと理解しない、あるいはとことんまでとぼけるつもりだと判断した係員は、これ以上ないほど端的に言った。
「でもお金ないよ? ないから海水浴場を造ってお金儲けようとしてるんだし」
 良く日に焼けた男が笑顔で応える。
「そう言われても困ります。安すぎる報酬で開拓者の皆さんにお願いすると、一度や二度は良くてもすぐにひどいことになりますよ。仕事に見合わぬ報酬しか支払われない業界かどうなるか、お分かりでしょう?」
「そりゃーわかるけども。俺んちにあるのは海岸だけだよ。風景には自信があるけど潮の流れの影響で漁をしても割に合わねー海岸だけど」
 係員と依頼人は顔を見合わせ、双方同時に頭を抱えた。
 2人が案を出し合ってなんとか依頼が形になるまで、それから半日以上の時間がかかるのだった。

●朋友とご一緒に
 その日、開拓者ギルドに奇妙な依頼が張り出された。
 海岸のゴミ拾い募集。
 どう見ても開拓者ギルドが扱う仕事には思えないが、条件を詳しく読んでみると比較的真っ当な内容であることが分かる。
 海水浴場にする予定の砂浜があるのだが、成人男性が息が出来なくなる程度の深さのあたりに、ごつごつした岩が十数個転がっているらしいのだ。
 海中での作業は非常に大変であり、大量の牛や人手を投入すればなんとかなるのかもしれないが、その場合必要な費用と時間がとてつもないことになりかねない。
 しかし開拓者であれば、少人数で無理矢理解決することも可能ということらしい。
 破片等を処分できるのなら攻撃的な技や術を使っても問題なし。
 報酬は低いが、作業の当日は現場を開拓者の貸し切りにするので、仕事が終わった後は朋友と一緒に遊んでも問題ないらしい。
 希望者には水着が貸し出されるという話なので、裸での水練は避けるようにと書かれていた。


■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
荒屋敷(ia3801
17歳・男・サ
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
蒔司(ib3233
33歳・男・シ
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰


■リプレイ本文

●お仕事
「ピィ‥‥」
 ミヅチの藍玉が、不安もあらわに波の少ない海面を行き来する。
 主人である乃木亜(ia1245)が海の中に消えてから2分近くたつが、たまに小さな水泡が浮き上がって来る他は全く変化がない。
「ピィッ」
 不安が頂点に達した藍玉は、海に潜るために勢いをつけて体をそらす。
 しかし海に飛び込むより前に、乃木亜がほとんど音を立てずに海面から顔を出す。
「岩が海中に転がっているのではなくて、天然の滑り止め付きの岩がほとんど砂に埋まっているじゃないですか」
 ときに気弱と受け止められるほど穏やかな乃木亜であるが、依頼内容に虚偽に近い情報が混じっていれば怒りもする。
「ピィ、ピィッ!」
「藍玉?」
 普段はわがままな所もある藍玉が、喜びの感情を爆発させて乃木亜の胸に飛び込んでくる。
 小柄な体にしては豊かな胸が甘える藍玉を優しく受け止める。
 乃木亜は小柄なために地面に足がついておらず、藍玉の勢いに押されて砂浜へ移動していく。
「にゃ〜ん♪」
 砂浜から機嫌の良い猫の鳴き声が聞こえてくる。
 視線を向けると、二股の尻尾を持つ荒屋敷(ia3801)の猫が何かを期待する雰囲気で砂浜を飛び跳ねていた。
「どうしましょう」
 乃木亜の手にあるのは、苦労して海中の岩にくくりつけた荒縄の端。
 砂浜にいる猫又(と中堅以上の開拓者達数人)に渡して引っ張ってもらえば無理矢理海から引きずり出すことも可能ではあるのだろうが、岩のサイズと状態が酷いので途中で荒縄が切れかねない。
「乃木亜ー。海の家を建てるのに使えそうな岩あったかー?」
 羽喰琥珀(ib3263)が砂浜から大声でたずねる。
「サイズだけは情報通りです。加工したらなんとか使えると思います」
 己の口の左右に手を添えて、彼女にしては精一杯の大声で返答する。
「加工せずに砂浜まで運ぶのは無理じゃない?」
 御陰桜(ib0271)は空から落ちてくる石を危なげなく受け止めながら、小さく首をかしげる。
 何気ないしぐさではあるが洗練されていると同時にしたたるような色気があり、荒屋敷の猫又が媚びを売りつつ可愛らしく近づいていく。
 が、海面から小石が高速で飛来して猫又の進路上に突き刺さり、猫又の行く手を妨害する。
「ごめんなさいね。コントロールが甘くなっているみたいだから休憩する?」
 猫又に謝罪してから、桜は海面に顔だけ出している桃(もも)♀に視線を向ける。
「わんっ!」
 だいじょうぶっ! と言いたげに元気の答える忍犬桃。
 ただし一瞬猫又に向けた視線には、下心ありで主人に近づく者を許さない、非常に剣呑なものがこもっていた。
「いやあ、こいつ前々から女好きで」
 荒屋敷は猫又の首をつかんでぷらぷらさせながら、さりげなく桜との距離を詰めていく。
 桃に警戒感を抱かせない親しみ易い笑顔を浮かべる荒屋敷は、実に手慣れた感じだった。
「あら」
 微妙な距離にまで詰められてしまった桜が小さな声をあげる。
 荒屋敷の意図に気付いた桃は石の運び出しを止めて愛する主人の元へ戻ろうとするが、数十メートルの距離はあまりに遠かった。
「ところで‥‥うぉっ?」
 荒屋敷の近くの海面が突然盛り上がり、成人男性でも一抱えにするのが難しいサイズの岩が浮き上がる。
 いや、よく見てみればそれは岩を背負った蒔司(ib3233)だった。
 実戦で鍛え抜かれた体躯は獰猛な機能美と評すべきものを得ており、体の各所に残る傷跡が、無言で蒔司の実戦経験の濃さを主張していた。
「邪魔した?」
 蒔司が独特の抑揚でたずねると、荒屋敷は毒気を抜かれた顔になる。
 美しい女性との会話を邪魔されれば非暴力的な反撃の一撃をくれてやるのが当然だが、真っ当に仕事をこなしている男を意図的ではないとはいえ邪魔する形になっているのは荒屋敷の方だった。
「なんでもない」
 咳払いをして妙な空気を吹き飛ばし、荒屋敷は頭を切り換える。
「いきなり出てきたってことは段差が激しいのか」
「激しいどころじゃないね。本気で海水浴場にするつもりならかなり手を入れないと」
 上陸した蒔司は岩を砂浜に下ろし、ごつごつした岩の表面に顔を近づける、
「手入れのこと考えるとあまりしとうはないけんど。颯(ハヤテ)!」
 のんびりと上空で旋回していた迅鷹が急降下を開始し、蒔司との正面衝突の直前に全身を光に変えて蒔司の得物と合体する。
 蒔司が剃刀のように薄い刃を静かに滑らせると、凸凹した岩の一面が鏡のような断面を残し切り落とされる。
 荒屋敷が口笛を吹き、桜がぱちぱちと拍手をするが、蒔司の顔に浮かぶ表情は渋かった。
「陸でこれなら海中では無理や」
 薄い刃に歪みや傷がついていないのを確認し、ほっと安堵の息を吐きながら鞘に戻す。
 綺麗に切れはしたものの、蒔司の感覚ではぎりぎりだった。水中では水が障害物兼重りになるので動きの精密さと速度と力が低下する。もし水中で同じ事をやろうとすれば、得物が破損したり自らを傷つけてしまう可能性すらあり得る。
「大きさと重さは問題ないけど、触ると肉を抉りそうな形だね」
 水鏡絵梨乃(ia0191)は蒔司が下ろした岩を確認してぼやく。
 蒔司は器用に滑らかな面に触れて持ってきたようだが、海中という視界も安定も悪い環境でこんな岩を運ぶことを考えると、正直なところ気が重くなる。
 アヤカシとの戦闘なら傷を負おうが気にしないが、これは時間をかけることでいくらでも危険を避けられる工事なのだから。
「大丈夫です!」
 低い位置から元気な声が響く。
 開拓者達が徐々に視線を下げていくと、砂浜に仁王立ちする身長50センチ程の人妖の姿があった。
「僕の連れが安全に作業できるようしますから!」
 細くて出っ張りがほとんどない肢体を隠すのは、デザインは良いものの布地の面積が異様に小さい水着のみ。
 主である葛切カズラ(ia0725)の幼い頃そのままの外見を持つ人妖の初雪は、そこはかとなく漂う残念臭と共に海を指さした。
 そして、何かが高速で下側から海面を突き破る音が響く。
 海面上の水煙がおさまると、そこには黒い壁の上に転がる大岩の姿があった。
「初雪〜〜。皆さんに迷惑をかけちゃ駄目よ」
 蒔司が砂から掘り出した大岩の底の隙間に壁を召喚したカズラが、波に揺られながら声をかけてくる。
 初雪と同じ形をした水着を身につけているが受ける印象は大きく異なる。
 辛うじて共通しているのは腰と足首の細さくらいで、まろやかな臀部も、水に浮く白い双球も、初雪には全く縁がないものだった。
「荒縄1本では強度に不安がある。予備を頼む!」
 鷲獅鳥ILの背に乗り壁の上にある大岩に縄をかけていたリンスガルト・ギーベリ(ib5184)が、砂浜にいる開拓者に対して呼びかける。
 そうしている間にカズラが新たな壁を呼び出し、海面の上に押し上げられた新たな大岩に乃木亜が縄をかけていく。
 それから先は早かった。
 蒔司が掘り出した大岩をカズラが海面より上に押し上げ、リンスガルトと乃木亜が大岩に縄をかけ、残る開拓者達と一部朋友が力任せに縄を引っ張って大岩を砂浜に引き上げる。
 それを数度繰り返してから海中に残った小さな岩を取り除き、予め指定されていた場所に岩を集めれば仕事は完了だ。
 昼前に全ての仕事を終わらせた開拓者達は、朋友を引き連れて思い思いに過ごすのだった。

●くつろぎ
「いっちばんのりーー」
 海面ぎりぎりを水しぶきをあげなから高速で飛ぶ駿龍菫青の背から、小さいながらも力に満ち満ちた体を青いサーフパンツで包んだ琥珀が飛び降りる。
 速度を考えると水面との衝突の際にはかなりの衝撃が加わるはずだったが、防具無しでもかなりの頑丈さを持つ琥珀はその程度ではかすり傷すらつかない。
 速度を緩めた菫青と並んで泳ぎ、泳ぎに飽きれば竹盾を取り付けた荒縄を菫青に引っ張ってもらい、竹盾の上に乗って海面を滑るわ宙を舞って落ちてまた滑り出すわ、有り余る好奇心と体力の赴くまま全力で遊んでいく。
「ふっふっふ」
 海の底から回収した大岩を加工してつくった竈の前で、リンスガルトは控えめな胸の前で堂々と腕を組んでいた。
 身につけているのは普段の豪奢な衣装ではなく、白のワンピース型水着。
 上質ではあるが薄い生地を使っているので体の線からへその形まではっきりと見えている。
 さすがに腰回りの布は厚くそのあたりの体は見えないものの、並みの精神力では身につけることさえ難しい一品だ。
 だがリンスガルトなら大丈夫だ。
 自身の生き様に一片の後悔もない彼女が、自らをさらけ出すことに照れなど持つはずもない。
 胸に「ぎーべり」と名字が横書きされた白布が縫いつけられた水着は、彼女の魅力を(ときには発揮しないで良い方向にも)容赦なく引き出していた。
「完成なのじゃ」
 釜の中に超大型のへらに似た器具を差し込み、中のものをへらの上に載せて運び出す。
「わふっ?」
 波打ち際で主人が投げる鞠を器用に前足で受け止めていた忍犬桃が、チーズと各種野菜と小麦粉生地が焼けた良い匂いに気づき、尻尾をふりふり匂いの源を探す。
 人妖の初雪は香りに誘われるようにして竈の前にふらふらと移動し、つぶらな瞳をへらの上にあるピザに向けていた。
 ちなみに、潤んだ瞳で上目遣いにピザを見る初雪には、その細身の体型とは裏腹の背徳的とさえいえる色気があった。
 その気がない男でも、いや女でもくらっときそうな魅力を放つ初雪なのだが、その色気に気づいたのは年齢的にも生き方的にもその気とは縁がない少女と、色を楽しむことはあっても流されることはない主従の3人だけだった。
「たくさん持ってきておるので好きなだけ食べるが良い」
 リンスガルトは満面の笑顔を浮かべる初雪に、熱さに注意を促しながらピザを渡し。
「外見年齢的にあと5歳は欲しかったな」
「にゃー‥‥」
 土台と壁が完成した海の家に日除けを張って女性陣を待ち受けていた荒屋敷と猫又が、実に残念そうにため息をつく。
「ありがとう、ギーベリさん。初雪〜〜、セクシーなポーズはダメって言ったでしょ」
 初雪の行動に気づいたカズラがやって来て、いきなりチーズにかぶりついて舌を火傷していた初雪の額を指でつつく。
「ピィ?」
 離れた場所で主人と戯れていたいた藍玉が、初雪の様子に気づいて乃木亜に知らせる。
 乃木亜は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに花がほころぶような笑顔を浮かべた。
 それは心身ともに健やかに育った子を見る母の顔にそっくりだったが、藍玉は主人の笑顔の理由が分からず、乃木亜を見上げながら首をかしげていた。
「岸に戻るのかー? 良かったら乗せてくけど」
 乃木亜に水をかけないよう減速しながら、竹盾の上から琥珀が声をかけてくる。
「お気持ちだけ受け取ります。割ってしまったら申し訳ないですから」
 くすりと微笑んで断る乃木亜の視線の先には、駿龍の菫青が両足に1玉ずつつかんだ陰殻西瓜の姿があった。
「いけね。忘れてた」
「ふふっ。戻ったら冷たい飲み物をごちそうしますね」
 その後、初雪に渡した後に、大量のピザを焼くリンスガルトによく冷えた水、というより溶けかけの氷を差し出したところ、悲壮な表情で水を飲み干す姿が見られたそうだ。

●やすらぎ
 背から光の翼をはやした絵梨乃が、海面にふれるかふれないかぎりぎりの高度を保ちながら飛行する。
 ほとんど波のない海原を揺らさずに進む彼女は、まるでどこかの宗教画に出てきそうな雰囲気を持っていた。
 ただしそれは、彼女の行く手を見なかった場合の話だ。
「ここよ!」
 目隠しした絵梨乃が、砂浜に達すると同時に地面に拳を打ち込む。
 端に絶妙の力が加えられた陰殻西瓜は、中心からばかりと半分に割れつつ宙を飛び、片方は目隠ししたままの絵梨乃に、もう片方は走り寄ってきた忍犬桃の背中でキャッチされる。
「ちょっ、スイカ割りじゃなくて曲芸になってる」
 高級品である陰殻西瓜を何個も提供した琥珀は、けらけら笑いながら自分が割ったスイカにかぶりついていた。
 開拓者は非開拓者と比較すると能力が高い。
 熟練の開拓者になれば能力差はさらに凄まじくなり、スイカ割りの際に重要となる方向感覚も地形情報の暗記も絵梨乃達にしてみれば実に容易いことだった。
「‥‥」
 開拓者とその朋友達が無邪気に遊ぶ砂浜を、蒔司は戸惑うような目で見下ろしていた。
 一定のリズムで寄せて返す波の音と、潮の香りを含む海風が、危険の中で生きてきた蒔司を微睡みに誘う。
 アヤカシも出現せず、1人1人が常識外れに強い開拓者が8人もいる場所が安全でないのだとしたら、この天儀に安全な場所など存在しないだろう。
 平和にひたったとしても蒔司の心身が緩むことはない。
 けれどその胸の中に満足感に似た何かがうまれたことは、紛れもない事実であった。
 二対の翼で静かに宙を滑空してきた颯が、ほとんど衝撃を発生させずに蒔司の肩にとまる。
 沖合で漁をしてきたらしく、颯の口元からかすかに魚の匂いが漂ってきていた。
「あれ」
 薄い桃色の迅鷹、花月を空に放っていた絵梨乃は、蒔司と視線をあわせてから目を瞬かせた。
「休むのに邪魔だった?」
 その場から動かず体をひねることで上空から急降下してきた花月からの攻撃を回避し、そのまま戦闘訓練を続けながら口調は礼儀正しく蒔司に確認をとる。
 蒔司は口元に笑みを浮かべると砂浜に腰を下ろして目を閉じ、絵梨乃主従の鍛錬の音をBGMにしてしばしの眠りにつくのだった。
 太陽が水平線に接する頃、開拓者達は片付けを済ませて帰路につく。
 その後、この海岸は保養地として宣伝が開始された。
 使いやすい小屋と竈の存在もあり、主に小金持ち以上が利用する場所として知られるようになった。