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■オープニング本文 青々とした茂みを踏みつぶすようにして、大カマキリが1つ、2つ、3つと姿をあらわす。 母熊は足を止めて背後を振り返り、後ろ足で立ち上がる。 筋骨逞しい体格はたくましい野生の生命力と獰猛さを感じさせるが、アヤカシ複数相手ではあまりにも力不足だった。 けれども母熊は小熊が逃げ出すための時間をわずかでも稼ぐため、両手を大きく広げて激しく威嚇する。 充分な糧を得た皮膚は分厚く、筋肉は重厚で、骨は太い。 いくらアヤカシとはいえ下級のそれでしかない大カマキリの力では、苦戦はしなくても倒すのにある程度の時間が必要になる、はずだった。 相手がばらばらに攻めかかってくるのなら。 「っ!」 必死に逃げ続けていた小熊が、不吉な予感に突き動かされる様にして振り返ってしまう。 そこに彼の母の勇姿は無く、十以上の血に濡れた蟷螂と、完全に解体されてしまった肉と骨だけがあった。 恐慌状態に陥った小熊が母と同じ末路を迎えたのは、そのすぐ後のことだった。 「いえ、難度についての情報はこれであっています」 開拓者の不審そうな視線に気付き、ギルド係員は詳しい内容を説明することにしたようだった。 「辺境の森で発生した大蟷螂6体の討伐依頼です。大蟷螂は下級の割には攻撃力が高く、短時間とはいえ飛行までするアヤカシとはいえ、通常なら開拓者の皆さんが連携すれば手強い敵ではありません。ですが」 係員は深刻な表情で言葉を続ける。 「この件のアヤカシは厄介な行動パターンを持っているようなのです。具体的には、最初に手強そうな相手に一撃ずつ攻撃し、その後展開して乱戦に持ち込む、という。知能は非常に低いですからそれ以外に戦術じみた行動をとる可能性はないと思いますが‥‥」 運が悪ければ守りに長けた開拓者でも重傷やそれ以上の事態になりかねない、と考えているらしい。 しつこいと思われるほど繰り返し注意をうながしていた。 「森に入る前に、現地の猟師達から地形に関する情報提供を受けることができます。不意打ちを受けることだけは避けてください」 係員は真剣な顔で説明を終えるのだった。 |
■参加者一覧
緋炎 龍牙(ia0190)
26歳・男・サ
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
夏葵(ia5394)
13歳・女・弓
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
志宝(ib1898)
12歳・男・志
山奈 康平(ib6047)
25歳・男・巫
巳(ib6432)
18歳・男・シ
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●カマキリを狩る者達 「あー、もぉ、めんどくさいっ! 誰か設置代わりなさいよ!」 がるるる、という威嚇音が聞こえそうな勢いで言い放ち、鴇ノ宮風葉(ia0799)は小さな吹雪を地面に吸い込ませていく。 気温が低いにもかかわらず彼女の額には汗が浮かんでいる。 熟練開拓者として強大な錬力を誇るとはいえ、消耗が大きな術であるフロストマインの連続使用は負担が大きいのだ。 「代われるものなら代わりたいのでござるが、鴇ノ宮さんの術があまりに強力故いかんともしがたく候」 霧雁(ib6739)は、本人は真剣でも全く真剣に聞こえない飄々とした声で応える。 風葉とかなり距離をとったまま決して近づこうとしないが、隔意があるわけではない。フロストマインは術者以外に対し敵味方関係なく発動するため仕方がないのだ。 「単なる愚痴よ」 天然が入った相手はやりにくいのか、風葉は小さく鼻を鳴らしてから額の汗をぬぐった。 「血の臭いのする森‥‥何とも、品にかける場所だこと」 湿った土に手を触れ、瘴気回収で錬力を回復させながらつぶやく。 錬力の回復速度はかなり早い。魔の森には全く及ばないが、今回のアヤカシの件抜きでも危険地帯扱いしたくなるほど瘴気が濃い。 「感あり」 瘴索結界を使った索敵を行っていた山奈康平(ib6047)が口を開く。 「ち、回復しきってないけど仕方ないか。しくじらないでよね」 「承知」 「したで候」 元気よく駆け去っていく風葉を、康平は加護結界を使いながら、霧雁は軽く柔軟しながら、静かに見送っていた。 ●熱烈歓迎 緑の濃い茂みが音を立てて揺れ、蟷螂の形をしたアヤカシが姿を現すと同時に、2人は美しさすら感じるフォームで駆けだした。 「飛ばれると危ないかもしれぬでござるな」 「話している、余裕は、ないっ」 空気を引き裂く音が背後から聞こえ、徐々に近づいてくる。 康平は安全地帯めがけて脇目も振らず全力疾走し、霧雁はたびたび立ち止まると2人を狙っていないアヤカシに手裏剣を投げつけ、蟷螂の斧が振り下ろされるより前に早駆で加速して難を逃れる。 「2、4、6。すべてついてきているござる」 「それは、良かった。こっちは、そろそろ危ない」 「こちらも同様でござる」 康平はアヤカシに何度か至近距離にまで近づかれ、今の所直撃は避けているが複数の傷を負わされている。 霧雁は敵を引きつけるため打剣と早駆を駆使した結果、既に錬力が枯渇しかかっている。 あらかじめ康平がかけていた加護結界は、とうの昔に効果が切れていた。 「む」 猛獣じみた咆哮が2人の進行方向から響いてくる。 改めて前方を見るとメグレズ・ファウンテン(ia9696)が偽装を解除して立ち上がっており、彼女が連続して行使する咆哮によりアヤカシ達の注意が2人から離れていく。 しかし今足を止めると6体のアヤカシの突撃に巻き込まれて大けがを負いかねない。 康平は奥歯をかみしめて、霧雁は桃色の猫尻尾をふりふり動かしながら、万全の準備と共に待ち受けるメグレズへと向かう。 「もっと急ぎなさい!」 メグレズの背後に待避済みの風葉が無茶を言う。 無茶を言うと同時に片手で符を操り、錬力を己の限界まで振り絞って康平達の背後に白い壁を召喚する。 康平達の背中に固い蟷螂の斧を振り下ろしかけたアヤカシ達が、白い壁に真正面から衝突して体勢を崩す。 白い壁は連続した衝撃で崩れ去るが、アヤカシ達の速度が一時的にであれ鈍ったことで、囮役をこなしていた2人はそれ以上攻撃を受けることなくメグレズの横を駆け抜けることに成功する。 「‥‥」 メグレズはアヤカシを待ち受ける体勢のまま目を細める。 熟練開拓者である彼女にとっては、1対1を十度繰り返しても負けがない程度の相手。 だが6体一丸となって向かってきているなら話が変わる。 攻撃は全て防げたとしても、単純に重量で押されて不覚をとる可能性がわずかながら出てくるのだ。 そのことを重々理解しているにも関わらず、メグレズは翼竜の紋章が描かれた盾を構えたままその場を動かない。 「鬼ごっこは終わりだよ!!」 志宝(ib1898)が誰も予想していなかった場所、木の上から刃と共に降下する。 集団の中心近くにいたアヤカシの足が大きく切り裂かれ、その後に続くアヤカシを巻き込んで移動速度を落とす。 残ったアヤカシもメグレズの直前に仕掛けられていた簡易な罠に足を引っかけられ、勢いを失ってしまう。 それでもメグレズのもとに3体のアヤカシがたどり着くが、連携を乱され、速度も落ちてしまった連撃は、メグレズに十字組受を使わせることもできずに防がれてしまう。 彼女が動かなかったのは慢心の結果ではなく、作戦と作戦を実行する仲間への信頼。 「へえ、これが大蟷螂なぁ‥‥」 興味なさ気に煙管を下ろし、巳(ib6432)は両の手に刃を持つ。 「とはいえ団体さんでお出ましたぁ、結構なもんだな」 罠を迂回してアヤカシの側面から仕掛ける。複数体が重なりあってしまっている大蟷螂はかわすことも防ぐこともできず、薄く鋭い刃に腹部を大きく切り裂かれていた。 メグレズが横に移動するのにあわせ、夏葵(ia5394)が猛烈な勢いで矢を連射する。 逆三角形の頭部を矢が突き刺さり、貫通された緑の表皮から不気味に泡立つ体液がこぼれ落ちる。 連射は途切れることなく続き、アヤカシが互いに距離をとって体勢を整える頃には、過半数のアヤカシが矢傷を負っていた。 「アヤカシも災難だな」 緋炎龍牙(ia0190)はいつでも後衛の援護に向かえる位置を保ったまま、ちらりと後ろを見る。 「虫なんて、だいっ嫌い‥‥」 余程こういう種類の虫が苦手なのか、夏葵が大きな瞳に涙をためている。 しかし動きに乱れは全くなく、流れるような動作で強力かつ高精度の矢を放ち続けている。 「俺も遊びに来たんじゃないんでね、全力で行く‥‥!」 礼儀正しい好青年にしか見えない龍牙の顔から、表情が消える。 その直後に行われた抜刀、踏み込み、二刀による連撃の流れには、研ぎ澄まされた技と強烈な殺意無しには成立しない、凶器としての美しさがあった。 ●炸裂 「っと、ここは罠だった」 志宝は移動による回避からその場に留まっての防御に切り替え、篭手払で大蟷螂の攻撃を受け流す。 大蟷螂は攻撃の方向をそらされた結果不用意に足を踏み出し、風葉が仕掛けたフロストマインの作動範囲に入ってしまった。 「わ」 突如発生した吹雪を見た志宝の顔が引きつる。 術により生じたのは、吹雪というより凍てついた大気を凝縮した鉄槌だった。 大蟷螂はただの一撃で頭部から胴部の半ばまで潰されてしまい、勢いよく回転しながら地面に転がる。 「は、は、は。大したもので」 からからと、どこか虚ろに響く笑い声をあげながら、巳は隙のない一撃を積み重ねていく。 一撃一撃は人間の限界を超えた剛力とも雷の様な早さとも無縁。 けれど確実に相手の筋を断ち命を削る攻撃の組み立てには、シノビらしい実用に徹した強さが表れていた。 「さぁて」 瘴気を纏った刃で大蟷螂の鎌を切り飛ばすと、巳はひょいと横に飛ぶ。 すると寸前まで巳がいた場所を通過した刃が大蟷螂の顔面に突き立ち、とどめをさす。 「食べられるカマキリなら心躍るのでござるが」 無音で刃を突き立てた霧雁が、相変わらず本心かどうか分かりづらい声で言うと、巳は口の端をつり上げて笑みじみた表情をつくる。 「‥‥巳、まだ底を見せぬか」 詰め将棋じみた巳の戦いぶりを目にした龍牙は、二刀の忍刀での十字組受の状態からアヤカシを押し込んでいく。 押し込まれた先にいた別の大蟷螂は、あまりに強すぎるメグレズの一撃からも逃れるため大幅に後退し、フロストマインに近づき過ぎてしまう。 大蟷螂が吹雪で破壊されていく音を聞きながら、龍牙は己の両手から力を抜く。 それまで龍牙に押されていた大蟷螂は猛烈な勢いで反撃に出ようとするが、龍牙は大蟷螂の力の方向を制御し、その側をすり抜ける。 「‥‥散れ、月光閃」 音も立てずに刃を鞘に収める。すり抜けざまに腹部を大きく切り裂かれたアヤカシは大地に崩れ落ち、全身を崩壊させていく。 ぱち、ぱち、ぱちと拍手が聞こえてきたのに気づき、龍牙は巳に目をやる。 巳は口元だけで笑ってから、残るアヤカシにふらりと近づいていった。 「そちらに1体行った」 一度の振り下ろしで無傷のアヤカシを満身創痍にしながら、メグレズが注意を喚起する。 残った大蟷螂2体のうちの1体が、罠を踏みつぶしながら、偶然にもフロストマインを避けるようにして逃走を開始したのだ。 「霊の力よ我が刃に!」 目だけでメグレズに合図してから志宝が精霊剣を発動させる。 精霊剣により伸びた間合いから逃げることなどできるはずもなく、刀傷と矢傷で満身創痍のアヤカシは、腹を深く穿たれ、崩壊を開始する。 「おっ」 メグレズから逃げだし、矢と巳達に追い立てられた大蟷螂が向かって来たことに気づいた康平は、独特の形をした杖を握り直す。 「金のため、始末させてもらうぞ、と」 術も使わぬ知覚攻撃で、最後に残った大蟷螂も限界を超える。 最後に残った瘴気が完全に消滅すると、森の中の空気がわずかに軽くなったのだった。 ●傷ついた森 「ありがとうございます。ここに来る前にも治療していただいて」 志宝が礼儀正しく頭を下げる。 「気にするな」 康平は無造作に礼を受け取り、神風恩寵を用いて志宝の傷を完治させた。 「もう大丈夫だよ‥‥。お母さんと一緒におやすみ‥‥」 小熊と母熊の骨を埋めた土饅頭の前で、夏葵が小さなてのひらをあわせる。 土饅頭は1つだけではない。 戦闘直後は熊のような大型の動物から、狐や狸のような中型動物、果ては栗鼠のような小型動物まで多数の骨が散らばっていた。 開拓者達がいくつかの穴を掘って埋葬した結果、アヤカシとの戦場跡は墓場のような雰囲気を持つようになってしまった。 「これではやまのさちがたべられないでござる」 霧雁は桃色の長毛に覆われた尻尾をしんなりさせていた。 獣が一度に大量に減ってしまった結果、この森に悪影響が出るのは確実だろう。 「あー、疲れた疲れた。あたし先帰っとくから、報告よろしくねー?」 直前まで真摯に黙祷を捧げていた風葉が、わざと軽い口調で言い放ち歩き出す。 開拓者はそれぞれの想いを込め土饅頭を一瞥すると、静かにその場を後にするのだった。 |