【武炎】小砦が消える迄
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/07 01:45



■オープニング本文

●花ノ山城
 魔の森の近くには、どこの国でも、アヤカシを食い止める砦がある。
 伊織の里や高橋の里も例外ではない。
「敵襲ーっ!!」
 がんがんと櫓の鐘が鳴り響く。眼下を見れば、「花ノ山城」へ向かって、凡そ荷車ほどの大きさはあろうかと言う化け甲虫が、まるで鋼鉄のアーマー部隊の様に整列して迫っていた。
 どうやってかはわからないが、各地の砦近くに、甲虫達が、忽然と姿を現したのだ。
 そんな甲虫達の群れを見下ろすのは、それらの中でも、さらに大きな個体。
「さぁおいき、可愛い子供達。たっぷりとね」
 その上部には、会話を交わせるほどの形となった、美しい女性の姿が埋まっていた‥‥。

●小砦
「敵戦列から火炎が放たれました。砦前面のバリケードはほぼ全壊です」
「槍を固定して敵側面から突っ込ませた猪共が粘着弾をくらって足止めされました。敵第二列が散開しながら‥‥いえ、極めて短時間で包囲陣形を形成し猪の群を囲み、今押しつぶされました」
 次々に入ってくる絶望的な報告に、砦の責任者は顔色ひとつ変えなかった。
「親父! このままでは進むも退くもできずただ押しつぶされちまう。非戦闘員は逃がしたんだ。力が残っているうちに仕掛けようぜ」
 若侍は極度の緊張で全身を震わせながら、ぎらつく視線で責任者を見上げる。
「儂等には死に場所を選ぶ自由はないよ」
 その口調は穏やかであったが、責任者の目を見てしまった部下達は呪いでもかけられたかのように顔を青くして動きを止める。
「後方に伝令。敵は化甲虫四十余り。火炎放射と粘着弾を用い、練度は最良の軍に匹敵する。我等はこれより当初の予定の日までここを死守する。以上、復唱はいらない」
「は、ははっ!」
 傷だらけの伝令が、最後に残っていた馬にまたがり砦を後にする。
 責任者は底光りする瞳で残った面々を見回すと、口元が裂けるような笑みを浮かべた。
「我等は主力に時間を与えるためここに留まる。死ぬなとは言わない。本隊に時を与えるため、死んでも敵を食い止めろ」
 たった十数人の、絶望的な防衛戦が始まった。

●民間有志
「それでは無駄死にしに行くようなものですぞ!」
「アヤカシの前に立たずに義が立つと思うてか」
 白熱する議論をかわす部下達を前にして、東堂は目だけで苦笑した。
 議論することは好ましい。
 しかし安全な場所で時間を無為に使うのは、あまりに不甲斐ない。
「既に防衛戦に向いた者を向かわせました」
 穏やかな態度で議論の場に立ち入ると、援軍に行く行かないで揉めていた者達は羞恥で顔を赤くした。
「心身を鍛え上げなさい。さすれば自ずと機会は巡ってきます」
 部下達は東堂の言葉を胸に刻み、各々の持ち場へ戻っていくのであった。

●援軍要請
 花ノ山城の近くにある小砦がアヤカシの襲撃を受けている。
 防御に有利な地形を活かして抵抗を続けているが、抵抗はもって2、3日だと思われる。
 速やかに現地に向かい、アヤカシの集団を撤退させて欲しい。
 追記。
 開拓者に対する依頼には砦の防衛隊救出は含まれていない。


■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
夏葵(ia5394
13歳・女・弓
バロン(ia6062
45歳・男・弓
利穏(ia9760
14歳・男・陰
将門(ib1770
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
リリア・ローラント(ib3628
17歳・女・魔


■リプレイ本文

●全滅一歩手前
 大法螺貝の音が聞こえてたとき、それが何を意味するか理解できた者はいなかった。
 砦の破壊された個所をアイアンウォールで補強し、中に入り込みかけた化甲虫に渾身の術を叩き込んできた魔術師は、とう昔に練力を使い尽くし死人と見紛うほど青白い顔で仮眠をとっている。
 残る守備兵達は、つい数日前までは大量の備蓄があった矢の最後の残りを弓につがえ、倒すのではなく1分1秒でも足止めすることを目的に射かけようとしていた。
「なん、だ。新手、か?」
 前任者が砦の防壁ごと焼き尽くされたことで守備隊長に繰り上がった男が、少しでも火に耐えられるようにと泥で化粧された顔に、戸惑いとも殺意ともつかぬ異様な表情を浮かべていた。
 男に応える声はない。
 守備兵の疲労は体力と精神力の限界を超えてしまっており、半ば以上気絶した状態で防壁を補強し、大きな石を防壁の上から投げ落とし、矢を射ているのだ。
「生きてるわよね!」
 防壁を垂直に駆け上った水鏡絵梨乃(ia0191)が姿を見せた瞬間、守備兵達はほぼ意識がない状態で絵梨乃に向き直り、一斉に矢を放っていた。
「わぁ」
 絵梨乃は一歩斜め前に出てわずかにかがむことで全ての矢をかわし、辛うじて一部正気を保っていそうな隊長代理の前に進み出る。
「援軍よ。分かる?」
「あ、あぁ、あ?」
 隊長代理は目を見開いて意味を成さない声をあげるだけだった。
「しっかりせい! ここまで守り切ったのに最後の最後でアヤカシ共に屈するつもりか!」
 矢を放ちながら砦の中に踏み込んできたバロン(ia6062)が叱咤すると、隊長代理は力を入れようとしても入らぬ拳で自らの顔を殴り、辛うじて正気を回復させる。
「あなた、達は?」
「開拓者ギルドから来た援軍だよ。緊急の手当が必要な人は‥‥全員か。一番危ない状態の人から来なさい!」
 絵梨乃は自ら用意した包帯と開拓者ギルドに持たされた応急手当用道具を取り出して守備兵達を誘導する。
「わしは白獅子隊長バロンだ。砦内の弓兵達よ、弓は単独で使う物ではない。組織的な運用を心掛けよ! 動ける者、矢が尽きておらぬ者はわしに続き、味方を援護せい!」
 バロンは矢に音を封じ込め、防壁を乗り越えようとしていた化甲虫に向け矢を放つ。
 弓兵の一部が釣られるようにして同目標に対して矢を放ち、バロンが放った矢が突き立っている化甲虫に矢が浅く刺さる。
 装甲の隙間に偶然命中したときくらいしか刺さらなかったこれまでとは異なる結果に、弓兵達の中からか細くはあるが歓声がわきおこる。
 響鳴弓の効果により一時的に化甲虫の装甲が弱くなった結果なのだが、バロンはそのことを指摘しなかった。
「アヤカシも弱っているぞ! あと少しで守りきれるのだ。最後の力を振り絞れ!」
 守備兵達はバロンの言葉を信じ、目に狂的ともいえる光を宿しながら最後の抵抗を始めるのだった。

●3人対1部隊
 2列横隊をつくる10体の化甲虫から同時に炎が放射される。
 ひとつひとつの炎は熟練の開拓者からすれば「多少暑く感じる」程度のものだが、1個所に10体分の炎を重ねられると「少し火傷をするかもしれない」程度にはなる。
 が、結局の所その程度に過ぎない。
「陣を即座に組み替える頭はあっても彼我の力の差を見抜く目は持たないか」
 炎を突っ切ってきた将門(ib1770)が、軽い火傷を負った口元に獰猛な笑みを浮かべ、装甲の切れ目を粉砕しながらアヤカシの体内へ刃を突き入れる。
 時をほとんどおかずに後方の夏葵(ia5394)から放物線の軌道を描いて矢が飛来し、曲面を持つ化甲虫の装甲に垂直に命中して分厚い装甲を貫通する。
「これに耐えるか」
 反撃しようと前に出ようとしたアヤカシにタイミングをあわせ、装甲の内側を刃で切り裂きながら別方向の装甲を破壊し刃を取り戻す。
 凶悪なまでの体力を誇る化甲虫でもそれに耐えることはできず、分厚い装甲の隙間から瘴気を大量に噴出させながら動きを止める。
「よし」
 4体の化甲虫が一丸となり突進してくるのに気付き、将門は不敵な笑みを浮かべる。
 1体1体の化甲虫の狙いは、彼の目から見れば児戯に等しい。
 しかし横も背後も別の化甲虫に塞がれ、数体がかりで点ではなく面の攻撃をしかけられては、さすがに回避は難しくなる。
「フンッ!」
 将門は鋭い呼気と共に己の肉体を硬質化させる。
 並みの蔵なら押しつぶされる重圧が鍛え抜かれた体にかかり、ブーツの下の地面が重さに耐えかねて陥没する。
 が、不転退の決意を固めた将門は眉一つ動かさずに炎をまとう刃を振るう。
 それは退路を封じる化甲虫の足を数分の1秒止める程度の効果しか発揮せず、アヤカシの群のどこからか嘲笑にも似た気配が漂ってくる。
 だがそれはアヤカシの油断でしかない。
 アヤカシの列にわずかに開いた隙間から、戦士としてはやや小柄なルオウ(ia2445)が将門のもとへ飛び込んできたのだ。
 化甲虫が密集しているためルオウが得物を振るう余地はない。ようにアヤカシの目には見えたかもしれない。
「少し位狭くったって関係ねえぜ! 回転剣舞! 二連!」
 禍々しい美しさを持つ殲刀「秋水清光」を大きく振るい、密集する化甲虫をまとめてなぎ払う。
 至近距離にいた将門を傷つけることなく、複数の化甲虫の装甲をまとめて切り裂いていく。それは巧緻を極めた技術と非常識の域に達した腕力を兼ね備えた、要するにルオウのような高位の開拓者にしか為し得ぬ絶技であった。
「これで倒しきれないんですか」
 ルオウに駆け寄ってその背後を固めた利穏(ia9760)が悲鳴じみた声をあげる。
 回転切りの2連撃を食らったにもかかわらず辛うじて生き延びることに成功した化甲虫たちが後退し、それと入れ替わりに無傷の化甲虫が利穏達の前に出て包囲を継続する。
 化甲虫は将門、ルオウ、利穏の3人に対して漫然と攻撃をしかけ、将門の刃とルオウの唐竹割、そして利穏の放つ衝撃波によりダメージが蓄積されていく。
 特に利穏の攻撃は砦から飛来するバロンの矢と連携したものであり、響鳴弓によって守りが甘くなった化甲虫に対し、片側は狙いが甘く勢いも弱いが数が多い守備兵の矢、もう片側は利穏の衝撃波という挟み撃ちの形になり、極めて効率よくアヤカシにダメージを与えていく。
 しかしアヤカシも甘くはなく、化甲虫の前衛は動きが多少鈍くなることを覚悟して体勢を低くし、背後からの火炎放射が将門、ルオウ、利穏の3名に常に届く形を維持している。
 化甲虫はダメージが蓄積した前衛を下げて新たな前衛を繰り出すことも続けており、この場だけ見ると開拓者側にだけ疲労が溜まっていっているようにさえ見えた。

●拮抗の喪失
 術によりうまれた鉄の壁が多数の化甲虫にたかられ、その耐久力を全て失って消えていく。
 だが1つ消える間に2つの鉄壁が新たにつくられ、化甲虫の包囲下にある場所に安全地帯が無理矢理つくられていく。
「うるさいかもしれません」
 左右と後から、分厚い鉄と鉄を打ち合わせるような重く激しい音が聞こえてくる中、朽葉・生(ib2229)は涼しい顔で新たな術を発動させていた。
 開拓者前衛3名と後衛を引き離し、前衛を足止めしつつ後衛を潰そうと目論んだアヤカシの企みは、生の強大な知覚力と膨大な練力に阻まれ頓挫したのだ。
 開拓者を食らうために鉄壁の切れ目から入り込んできた化甲虫に真正面から吹雪が命中し、連続して10秒程吹雪の猛威にさらされた化甲虫は全ての耐久力を削られてその場に崩れ落ちる。
 生とアヤカシの攻防が繰り広げられている間にも夏葵の射撃は休み無く続いており、ルオウ達にやられて後方に下がろうとしている化甲虫を完全に無視し、火炎を吐いている化甲虫に攻撃を集中させていた。
「粘着弾は来ていませんね」
 生のつぶやきにうなずいて応え、夏葵は少しだけ助走してから飛び上がり、高さ5メートルある鉄壁の上に着地する。
「るおーくん達の所も粘着弾は来てないみたいなのです」
 一度に広範囲を確認するため、戦闘中は常に被っている狐面をずらす。
 それとほぼ同時にアヤカシが新たな動きを見せる。
 炎を放っていた化甲虫が突然動きを止め、妙に軽い音と共に何かを吐き出したのだ。
「ほちょ!」
 いきなり己に向かって飛んできた何かを華麗に回避する夏葵だが、たまたま仮面を外していたせいか妙な声を出してしまっていた。
 狐面を被って足下に視線を向けてみると、べとついた半ば固体の粘液がこびりついていた。
 おそらく先程夏葵が回避したものだろう。
「夏葵さん!」
 生と夏葵がいる場所から60メートル程離れた、半壊した砦の防壁の影からリリア・ローラント(ib3628)が叫ぶ。
「指揮官はあそこです!」
 平坦な地形の中、ほんのわずかだけ盛り上がった場所に展開する4体の化甲虫目がけ、リリアは連続して魔法の矢を放っていた。
 重い傷を負った彼女の力ではかすり傷程度のダメージしか与えることができない。
 にも関わらず、魔法の矢が着弾するたびにアヤカシ全体の動きがわずかに乱れていた。
 それまで開拓者の前衛の攻撃を食い止めてきたアヤカシの装甲部隊の足並みが乱れ、傷ついた化甲虫が退却に失敗して次々に討ち取られていく。
 数が減ったことで開拓者の前衛が進路妨害を受ける機会も減り、生と夏葵の元へ移動を開始する。
「待避!」
 砦からバロンの声が響き、援護射撃中だった弓兵とリリアが大慌てで砦の奥へ引っ込む。
 それから数秒後、いつの間にか砦に接近していた3体の化甲虫が、タイミングをあわせて一斉に火炎をはきかける。
 開拓者達の目から見れば狙いは甘いものの、動かない標的である防壁に対しては十分過ぎた。
 補強に使用されていた鉄壁が最初に壊れ、辛うじて残っていた元の防壁も徐々にもろくなっていく。
「狙いが見え見え過ぎるよ!」
 最短距離を選んだ結果、炎を突っ切ることになった絵梨乃が防壁から飛び降り、真正面から3体のアヤカシに向かう。
 3体のアヤカシは即座に炎を止めて後退を始めるが、リリアが後方のアヤカシに対する攻撃を再開すると、急に動きが雑になる。
「せいっ」
 アヤカシの至近距離で最後の踏み込みを行うと同時に、絵梨乃の足下から強烈な衝撃波が広がっていく。
 大重量の化甲虫がわずかではあるが浮き上がり、みしりと何かが歪む音をたてながら固い地面に激突する。
 それを二度繰り返すと、化甲虫の分厚い装甲のあちこちにひびが生じ、うち1つの化甲虫に至っては瘴気を吹き上げ徐々に消えて行く。
 そこへ砦からバロンの矢を先頭に多数の矢が降り注ぎ、瀕死の2体の化甲虫にとどめを刺す。
 その場からアヤカシが消えたときには絵梨乃の姿もそこにはなく、アヤカシの襲撃に備えて砦の中に帰還していた。

●撤退
「退いていく?」
 目の前の敵を延々と切り倒し続けていた利穏は、急にアヤカシの気配が薄れたことに気づいた。
 夏葵が放った矢で間接部を射貫かれた化甲虫にとどめを刺してから周囲を確認すると、いつの間にかアヤカシの集団がこの場を離れつつあった。
 おそらく少数の化甲虫を足止めとして残りを撤退させたのだろう。
 後衛を囲んでいたはずのアヤカシも消えており、撤退した跡があまりないことからかなりの数の化甲虫が討ち取られたことが分かる。
「これでどうにかなったのでしょうか‥‥も、もう増援とか、ありませんよね?」
「ここで増援を出すとすれば10や20ではきかないだろう。そのときは守備兵を担いで逃げるさ」
 将門は癒しの技を使う生に手を振って礼をしながら、口元だけでにやりと笑う。
「おーい夏葵ー! あと20体弱相手できるかー?」
 ルオウが大声で後衛に問いかけると、夏葵は生に確認をとった上で大きくうなずいた。
「それじゃ残さずいただくか」
 ルオウが放った咆哮が、生き残りのアヤカシ全ての意識を強制的にひきつける。
 これまでの戦闘中に咆哮が使われていたなら、アヤカシ側指揮官も早めに撤退を決断して少しは戦力の温存に成功していたかもしれない。
 だが現実は、アヤカシ側指揮官は開拓者が咆哮を使えないという誤断を下した末に、1度の咆哮で部隊全体が効果範囲に含まれるような陣形のまま後退中だった。
 大部分が傷ついたアヤカシの部隊が、開拓者からの矢や吹雪や雷にさらされながら、ルオウただ1人に向かっていく。
 それに対し利穏と将門は自分から移動はせずルオウの脇を固め、遠距離攻撃で一方的に撃ち減らされていく化甲虫部隊を待ち受ける。
 その後発生した戦闘はあまりにも一方的であり、アヤカシが全滅するまで1分もかからなかった。
 開拓者達は戦闘終了後即座に撤退を開始し、守備兵を安全地帯に送り届けた後無事の帰還を果たすのだった。