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■オープニング本文 ●カブトムシ 「高いなぁ」 「いやこれでも精一杯勉強してますって」 「だって山で取ってきただけでしょ?」 「お客さん、交渉術とは分かっていやすが、表から裏まで知ってるお客さんにそう言われると、あっしもさすがに愉快じゃありませんぜ」 向かい傷の男が渋い顔をすると、現在休暇中の開拓者ギルド係員は悪かったと言って頭を下げた。 「数を揃えるだけなら簡単ですがね、形が良く大きな黒々とした奴は、なかなか手に手に入らないんでさ。見つかったとしても傷が付かないよう注意しながら餌をやりつつ街まで運んでくるとなると利益がほとんど飛んで‥‥やっぱり値上げしますわ」 自分で言っているうちに腹が立ってきたのか、向かい傷の男は値札に訂正を入れる。 「くっ、3割増し?」 「へっへっへ、隠しているつもりかもしれやせんが、そんなに物欲しそうな顔してちゃつけ込まれるだけですぜ、というかつけこませていただきやした」 得意げな笑顔で勝ち誇る男に対し、係員は歯噛みするしかなかった。 「分かったよ。値切らず買うから籠と今日の分の餌を付けてもらうからね」 「毎度っ。そう言やー旦那、あの話ご存じですかい?」 大きな籠で展示していたカブトムシを小さな籠に誘導しながら、男は真面目な顔になる。 係員が目だけで促すと、男は片手で野菜を袋に詰めながら説明を開始する。 「馬鹿でかいカブトムシが出たって噂があるんですよ。その噂の出所の村じゃ、ちょい前に降った大雨で行方知れずが出たって話もありますんで、ひょっとしたらひょっとするんじゃねぇかなと」 行方不明者は大雨に流されたのではなくアヤカシの被害にあったのではないかと、この男は懸念しているのだ。 「場所はあなたが虫を仕入れている村? 分かった。もし当たりなら依頼を出せないか話を聞いてみる」 「頼みますぜ」 男は代金を受け取ってから、深々と頭を下げるのだった。 ●偽カブトムシ 涼しげな風が吹く森の中に、全長1メートルに達するカブトムシ型アヤカシが現れた。 堅い角による攻撃はかなり強力であり、分厚い装甲に覆われた体は下位のアヤカシとは思えないほど守りが堅い。 弱点としては攻撃力に遠く及ばない低い命中力と、よくいって並み程度しかない生命力がある。 しかしこの森のアヤカシは複数体がまとまって行動することが多いらしく、短距離飛行能力を活かして数体まとめて突撃する攻撃法をとることで、低い命中率を補っていると推測される。 アヤカシが潜んでいると推測されるのは、人里に近い森のすみ、直径1キロメートル。 この範囲のアヤカシの討伐が今回の依頼である。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
夏葵(ia5394)
13歳・女・弓
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
如月 瑠璃(ib6253)
16歳・女・サ
サクル(ib6734)
18歳・女・砂
オルテンシア(ib7193)
13歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●索敵 「帰るのです」 夏葵(ia5394)は狐面を外して戦闘モードを解除すると、自然な動作で長弓を片付けて森から離れようとする。 そんな彼女の肩を、彼女のそれよりさらに小さな手が掴む。 「姫さん帰っちゃ駄目だろ! これ仕事。ボク等の仕事だから!」 オルテンシア(ib7193)が口元から白い犬歯をみせながら言い募る。 初の戦闘依頼に緊張しているせいか、どこか地に足がついていない印象がある。 「冗談なのです、シア様」 振り向く夏葵の顔には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。 「うっ‥‥もう」 からかわれたことに対する恥ずかしさと、道化を演じてでも雰囲気を軽くしようとしてくれた心遣いに対する感謝がごっちゃになり、オルテンシアの顔に照れくさげな笑みが浮かんだ。 オルテンシアの体から余計な力が抜けたのを確認した夏葵は、感情がほとんど感じられない、半ば戦闘モードにある瞳を羅喉丸(ia0347)に向ける。 無数の実戦で磨かれた羅喉丸は彼女の意図を誤解せず、開拓者ギルドから受け取った地図を懐から取り出す。 森の輪郭と、森の近くにある里の位置くらいしか載っていないが、有ると無しではとてつもない違いがある。 「ここ、ここ、そしてここには2体。他にも‥‥」 夏葵が指を差す個所があっという間に10を超える。 「単純に計算するとアヤカシの数が3桁に達するのかしら〜〜」 横で聞いていた葛切カズラ(ia0725)が紫煙と共に軽口を吐き出す。 「鏡弦の効果範囲は弓に依存してて姫さんのフェイルノートの射程が確かあれだから」 自身の指を折りつつ計算していたオルテンシアの表情が硬くなる。 カズラの発言が冗談になっていないことに気付いたからだ。 「良い顔になったではないか」 如月瑠璃(ib6253)がにやりと微笑みかけると、オルテンシアは己の口元がつり上がっていることに気付く。 「足手まといにはならないさ」 オルテンシアは獰猛な笑みを浮かべ、アヤカシが待ち受ける森を見据えていた。 ● 5体の巨大カブトムシ型アヤカシ(正式名称は鬼カブト)が、空中で編隊を組みつつ突進してくる。 編隊の進路上にあった、大人の太ももほどの太さがある枝が次々に破壊されて宙に舞う。 「軽装にすべきだったか」 紅の波動を放って編隊の要の1体を破壊し、羅喉丸は余裕をもって4体の突撃を回避するが、その時点で完全に追いつかれてしまう。 いかに健脚の開拓者でも、距離は限られるとはいえ飛行可能なアヤカシから逃げることは非常に難しいのだ。 そうは言っても、追いつくのと傷を負わせらるのは別の話である。 黒々とした巨大を誇るアヤカシは、羅喉丸の影さえ踏めずきりきり舞いさせられていく。 「羅喉丸。感謝するぞ」 瀧鷲漸(ia8176)は斧槍「ヴィルヘルム」を最上段から振り下ろす。 並みの攻撃では傷一つつけられず、羅喉丸ですら一撃で倒せたのは運も味方した結果であるのに、肉厚の斧刃が分厚く堅い表皮を易々と切り裂く。 「私が魔神だ」 黒い刃が振るわれるたびに新たなアヤカシが両断されていく。 ここが普通の森ならヴィルヘルムを振るう際に木が邪魔になったろうが、ここは多少開けているのでヴィルヘルムの使用には問題はない。 「夏らしいといえば夏らしいが、アヤカシだからな。容赦はせん」 背中の羽を震わせて飛び上がろうとしたアヤカシに、腹側から刃を叩き付けて粉砕する。 漸の激しい動きに、彼女の胸にある雄大な膨らみがぶるんと上下する。 それを偶然直視してしまった羅喉丸は、戦闘中ゆえ照れも赤面もしなかったが、そっと視線を外して周囲の警戒を行う。 「私では複数に囲まれた状態では攻撃を防ぎきれん。面倒をかける」 自慢の胸を誇らしく張りつつ伝えると、羅喉丸は小さく咳払いをしてから素直にうなずくのだった。 ●小競り合い 練力によってさらなる加速を得た矢が木々の間をすり抜け、飛び上がろうとしていた鬼カブトの背に小さな穴を開ける。 命中地点の穴は小さなものだが、衝撃をまともにくらったアヤカシの内部は無事ではすまず、装甲の隙間から瘴気を噴出させながら徐々に消えていく。 射撃は5度続き、唐突に終了する。 「うむ、見事」 静かな音を立てて扇子を閉じ、瑠璃は長大な刃を構えて森の中を進んでいく。 射線が通った場所にいるアヤカシを刈り尽くした時点で夏葵の出番は一時終了だ。 「硬い殻を持ち、群れを為すアヤカシじゃろうと、わしの大野太刀に断てぬものはないわい!」 複数のアヤカシの気配を感じると同時に見栄を切り、長大な刀身を支える長い柄に力を込め全力で振るう。 バックアタックを受けた側の鬼カブトは、瑠璃の放った衝撃波を旋回中に食らってしまい、最も脆い部分を貫かれ絶命する。 しかしアヤカシはあと2体いる。 生き残ったアヤカシ達が向きを変えて飛び上がり、瑠璃に向かって真っ直ぐに飛んでくる。 「止まれい!」 彼女は一歩も退かずに刃を繰り出す。 よく手入れされた刃は飛び出してき鬼カブトの皮膚を半ばまで粉砕する。 けれどもアヤカシはとてつもないしぶとさを発揮し、体の3分の1程を砕かれながらも前進を止めない。それに続く健在なアヤカシは半壊した同属を追い抜き、瑠璃の頭上から襲いかかろうとする。 「くっ」 瑠璃は木の影に飛び込んで敵の突撃を回避する。 それは一見気弱な退避行動にも見えたが、実際には恐ろしく攻撃的な行動だった。 冷たい白さが2体のアヤカシを含む領域を覆い、アヤカシだけを消し飛ばす。 リィムナ・ピサレット(ib5201)が放ったブリザーストームの効果だ。 「大丈夫〜〜?」 リィムナが大慌てで駆け寄ってくる。 瑠璃は少し不審に思いつつ大丈夫と応えようとするが、瑠璃の手にある者を見た時点で考えを変える。 「蚊は辛いのう」 「だよねー」 まとわりつく蚊を手で払いながら、瑠璃はリィムナが持ってきた蚊取り線香に近づくのだった。 ●2日目 魔剣「ラ・フレーメ」とアヤカシの角はぎりぎりで接触せず、それぞれアヤカシの装甲の隙間とオルテンシアの肩に吸い込まれる。 「まだまだぁっ!」 オルテンシアの戦意は衰えず、飛行して有利な位置をとろうとして翼を広げたアヤカシの背中に刃を叩き込む。 「プリスターいくよ〜!」 リィムナの癒しの技が、複数の傷を受けていたオルテンシアを回復させる。 「援護をお願いします!」 2体のアヤカシと切り結んでいたサクル(ib6734)が声をあげると、触手風カマイタチという突飛な造形の式が鬼カブトの側面からぶつかり、その分厚い胴を真っ二つにする。 「すみません。助かりましっ」 突然現れた敵の増援を横に飛んでかわし、開拓者の後衛に向かおうとする残る1体のアヤカシに銃弾を浴びせて行動を阻止する。 銃弾はアヤカシの全面装甲に大きな窪みをつくるが息の根を止めるには至らない。 とはいえそれで十分だった。 サクルの誘導により絶好の攻撃機会を得たカズラが、サクルやオルテンシア達が引きつけているアヤカシに怪しげな式を放つ。 鬼カブト物理攻撃には強靱だが、術に対しては弱体だ。 途中から攻撃に参加したリィムナの攻撃も含めて、開拓者の術攻撃は全て、鬼カブトにとっての致命傷となった。 「これで累計50を越えたでしょうか」 サクルは、自身の体に疲れがたまっていることに気がついていた。 アヤカシを探しながら、それでいて一度に大量に遭遇しないよう気をつけながら、多少涼しくはあるものの足場が悪く移動しづらい森の中で長時間過ごしているのだ。 初日にサクルが粘りに粘って建物を1つ借り切れたから良かったものの、もし借りるのに失敗すればどうなったかことか。 「今日もお世話になります」 疲れが浮いた顔をリィムナに向けて頭を下げる。 疲労回復用の糖分に虫除けと、彼女の事前準備のおかげで非常に助かっているからだ。 リィムナは気にしないようにと伝えると、風鈴の涼しげな音を鳴らしながら捜索を再開する。 「もう少し緑が少なければ初日で解決したかもしれませんね」 木々が密集している訳ではないとはいえ、良くしげった葉が視線を妨げるため見通しはほとんど効かない。 たまに不用意に上空へ飛び出す鬼カブトがいるものの、上空の警戒にのみ集中できるわけではないのでバダドサイトの使いどころがない。 もっとも、鬼カブトが森の上空を飛び続けた場合は、開拓者が放つ矢が雷に始末されるので問題はないのだが。 「あと少し捜索を続けて見つからなければ今日は撤退しましょう。ここからなら少し左に行けば森の外へ通じる道があるはずです」 サクルは初日に森を外からバダドサイトで見た光景を思い出しながら、仲間を誘導していくのだった。 ●平穏な夏の日 「コレで男の子が何人か居れば風流だったんだけど‥‥」 涼しげな柄の浴衣で涼みながら、カズラは煙草を飲んで遠い目をする。 3日目の朝方に鬼カブトを2体倒してから1日以上捜索を続けたが新たなアヤカシは見つかっていない。 これ以上捜索しても見つからないだろうし、村の者達もアヤカシ討伐が完了したと判断して祝いの宴を始めている。 しかし宴は少々暗かった。 今年に入ってから生じた数名の行方不明者がアヤカシに食われたことが確定したためだ。行方不明者のほとんどが若い男性だったため、今のこの村にはあまり元気がない。 「きっと大丈夫ですよ」 村の隅で元気よく遊んでいる子どもたちを眺め、サクルは希望的観測ではなく予測を口にする。 「そうね」 カズラはにこりと微笑み、帰り支度をするために借りていた家に向かっていった。 |