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■オープニング本文 ●武州の戦い 伝令と注進が行き交う、伊織の里立花館。 前々よりの懸念は、遂に現実のものとなった。活発化しつつあると報告のあった魔の森より突如としてアヤカシの軍勢が出現し、ここ、伊織の里へ向けて進軍を開始したのである。 筆頭家老高橋甲斐以下、立花家の重臣らは此隅の巨勢王へ援軍を要請した。 無論巨勢王はこれを快諾したが、立花家とて援軍を当てにしてただ手をこまねいている訳には行かない。伊織の里から魔の森の間にも人里や集落はあろうし、数々の城郭を無為に放棄せねばならぬ謂れも無い。 「急ぎ陣容を整えよ、敵の機先を制する」 立花家合議の場において、立花伊織は小さな身体を強張らせながらも、力強く宣した。 ●アヤカシの斥候達 「宇城川周辺にまでアヤカシが現れています。ほとんどが小鬼数匹の小集団でして、避難中の人間を見つけても積極的には攻撃をしかけないようでして」 武天からやって来た腰の低い老武人の言葉に、聞き手に徹していた冒険者ギルド係員の表情が強張っていく。 「左様。アヤカシが大量の斥候を放っておるのです。わし等も見かけ次第始末してはいるものの、目撃情報を総合すれば斥候の大半を野放しにしているらしく」 「ご依頼されるのであれば」 「そう話を急がれますな」 老武人は、己の部下と上司と一族が危機にされている状況でも、冷静な態度を崩さない。 「武天の宇城川以西における、龍の飛行と駆鎧類の持ち込みを含んだ戦闘の許可を得ております。目的はアヤカシの斥候の排除のみ。手筈が整い次第出発という形でお願いします」 「は」 係員は深々とうなずくと、見送る時間も惜しんで関係書類の作成を開始するのだった。 ●開拓者対大量の斥候達 武天における騒乱でなにかと騒がしくなりつつある日に、ある依頼が開拓者ギルドに張り出された。 敵総数不明。 戦場は武天の宇城川以西全てという規模が大きすぎる依頼だ。 敵の多くは2体で一組の小鬼らしく、おそらく経験の浅い開拓者でも苦労せずに倒せるはずだ。 ただしそれは双方万全の状態で戦えた場合に限られる。 アヤカシの斥候を補足するためには広大な領域を動き回らねばならず、開拓者達はおそらく単独か多くて3人程度で行動することになる。 疲労した状態で、たいした準備も出来ず、ひょっとしたら現れるかも知れない大物のアヤカシ集団を警戒しつつ戦うとなると、戦い慣れた開拓者でも不測の事態が起こる可能性がある。 活動期間は2日。 開拓者がどれだけ斥候を抹殺できるか、アヤカシがどれだけ情報を持ち帰るかが、武天での大いくさに影響するのは確実である。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
斑鳩(ia1002)
19歳・女・巫
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
藤丸(ib3128)
10歳・男・シ
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●空を行く 遠くに見える2つの影が倒れ、まるで幻か何かであったかのようにはかなく消え去る。 コルリス・フェネストラ(ia9657)は大型の弓を下ろし、ほっと息を吐いた。 鏡弦の成功率を重視して物理攻撃にあまり向いていない弓を選択した上で、攻撃的な術を使わずに100メート以上先のアヤカシを狙うとなると、十分な実戦経験を積んだコルリスでも命中させるのは難しい。 もっとも相手はアヤカシとしては最も格の低い部類に入る小鬼である。 一撃必殺といかない場合もあるが、4矢も放てば1組計2体の小鬼を始末することは可能だった。 彼女は騎龍の応鳳に命じて高度を上げさせ、再び周囲の警戒を開始する。 「よく見えますね」 コルリスは応鳳の背でぽつりと呟いた。 眼下にあるのは街でも森でも田畑でもない平地。 ところどころに丘や林などが見えるが、地平線が見えている場所もいくつかある。 つまり数キロ先まで見通すことができると同時に、数キロ先にいるアヤカシに見つかる可能性があるのだ。 彼女は高度を下げながら大型の弓をとりだし、考え込む。 この弓、呪弓「流逆」で鏡弦を使った場合の効果範囲は、自身を中心にした半径120メートル強の球状の空間だ。通常ならば十分以上であることがほとんどだが、今回捜索をする範囲と比べるとあまりにも狭い。 「あ」 視界の隅の方に見覚えのある姿を発見し、コルリスは降下していく先を変更する。 「香春岳砦はどうでした?」 「ある程度の強さのアヤカシに囲まれれば逃げようがないからね。遠くから見ただけだから分からない」 コルリスに問われたカンタータ(ia0489)は、尻尾を振る忍犬フーガの頭を撫でてやりながらそう答えた。 「承知しました。一緒に捜索を行うのは」 「速度が違いすぎるから効率が悪いね」 灰色の耳がぴんと立ちあがる。 フーガは鼻を地面に近づけていたが、やがて「わふー」と静かに鳴いた。 「あちらに1組いるみたい」 「え、全く見あたらなかったですが‥‥。あっ」 コルリスはカンタータの言葉に反論しかけ、あることに気づく。 「このあたりは地形が複雑なのですね。上から見ただけでは分かりませんでした」 複雑な地形をしているわけではないのだが、地面に傾斜があったり小さな窪みがあったりと、角度によっては伏せただけで空中から見つけられなくなってしまう可能性がある。 別にコルリスの注意が散漫だった訳ではない。空中からは確認しづらい地形だっただけだ。 「ボクはフーガと一緒に調べるから、河川沿い調査を進めておいて」 「はい」 カンタータはフーガの先導を受けつつ北東へ、コルリスは当初の予定通り宇城川に向かっていくのだった。 ●地を行く 「竜胆、小鬼見つけたら全力で戻って来い‥‥そのまま行って良し!」 迅鷹の竜胆を空に放ってから数秒後、藤丸(ib3128)は全力で駆けだした。 「1組か?」 併走する風雅哲心(ia0135)がたずねると、藤丸は速度を全く落とさずうなずいた。 「主人よ。アヤカシを甘く見るつもりはないが」 管狐の翠嵐牙が、哲心に歩調をあわせながら進言する。 3人が茂みを飛び越えると、数十メートル先で1組の小鬼が上空にいる竜胆を見て騒いでいた。 駆け寄ってくる3人に気付いて慌てて逃亡を開始しようとするが、既に手遅れだった。 「もらった!」 藤丸は体内の気の流れを足へと集中させ、爆発的に加速する。 その勢いを緩めぬまま少剣「狼」を振るい、追い越しざまに背中から腹へ刃を侵入させる。 「言いたいことは分かっている。しかし念のためだ」 別方向に逃げようとしていたもう1体の小鬼に対し、哲心は雷を放ってその身を粉砕する。 「万が一にも逃げられる訳にはいかん。アヤカシに、開拓者が斥候狩りをしているという情報が渡ってしまうからな」 ちらりと藤丸に視線を向けると、彼は開拓者ギルドから貸し出された地図に遭遇したアヤカシの数と種類と遭遇時刻を記入しているところだった。 「うー、どこにいるかわかんないのって結構プレッシャーだよな。確実にしとめなきゃいけないし」 おまけに担当範囲もすげー広いし、とつぶやきながら地図を懐にしまう。 他の開拓者達にも同種の地図が渡されており、依頼終了後は開拓者ギルドから関係各所に届けられるてはずになっている。 「人魂の分、翠嵐牙の消耗が激しいようだ」 「りょーかい。もともと長時間の偵察飛行なら迅鷹の方が向いてるしね。おかげで休むことも出来たし、今日はしっかり休ませてあげてよ」 藤丸の言葉に慰めの響きは一切ない。 今日明日と休み無く索敵と戦闘を繰り返すことになるのだ。開拓者も朋友も、無駄に使える体力は存在しない。 「そういうことだ。休むのも戦いのうちということを忘れるな」 哲心はひとつうなずいて藤丸に感謝を示すと、自身に比べて経験が浅い翠嵐牙に対し注意をうながすのだった。 ●高速調査 地道に敵の斥候を捜す他の班とは異なり、斑鳩(ia1002)とフェルル=グライフ(ia4572)のやりかたは豪快だった。 両者は瘴索結界「念」と瘴索結界を発動させると、横に並んで一定の距離を保ちつつ毎時30キロで空を飛び始めたのだ。 瘴索結界「念」の効果範囲は直径90メートル程度。 瘴索結界の効果範囲は直径50メートル程度。 漏れがないよう斑鳩とフェルルが近づくことで、幅140メートル弱長さ30キロの範囲を1時間で完全に捜索可能となる。 練力を湯水のように使う無茶な策だが有効であることは誰の目にも明らかで、2人には開拓者ギルドから優先的に補給が行われていた。 「近頃一緒に飛べる機会が少なくて、ごめんね?」 騎龍のエインヘリャルの集中力が落ちていることに気付き、フェルルは騎龍の背からその首筋をそっとなでる。 エインヘリャルは機嫌よさげに翼を大きく羽ばたかせると、飛び始めた頃の集中力を取り戻して飛行の軌道を安定させる。 「大きな戦の前触れ、火が付くのは確実でも少しでも小さくすることはできるはず」 フェルルは自身に言い聞かせるようにつぶやく。 向かい風に目を細めつつ捜索を続けていると、突然フェルルの表情が曇る。 斜め前方の林の中に、20近い反応をみつけたのだ。 小鬼かどうかは分からないが、移動はしていないようなので今回の標的である可能性は低い。フェルルは唇をかみしめ、今後の大きな戦いに出てくるであろうアヤカシの群を見逃す決断を下す。 「今後の戦いは私たちにかかっているわけですね」 練力の消費は激しい割に、一度も戦わずある意味地味な行動に徹している斑鳩は、甲龍のかつぶしの背で何度もうなずいていた。 敵方の情報があるかどうか、敵方に情報が漏れているかどうかは、戦いの結果を左右しかねない重大事だ。 責任の重さに緊張はするものの、大きな仕事をこなす感覚はなかなかに甘美だ。 「いましたね」 斑鳩の目が細められる。 瘴索結界「念」の効果範囲に、1組2体の反応が引っ掛かったのだ。 即座に接近の後包囲して仕留めたいが、先程瘴索結界「念」を発動させたばかりなので戦闘に参加する時間が惜しい。 瘴索結界「念」の効果時間である5分の間に確認できる範囲は広大なのだから。 「申し訳ないですがレティシアさんにお任せしましょう」 ギルドからの貸与品である火打ち石を使い火縄に火を付け、斑鳩は狼煙銃から照明弾を発射するのだった。 ●見逃さぬ鼻 ジルベリア産の大型犬が大地を駆ける。 艶やかな白い毛並みは天儀の夏には暖かすぎる気もするが、彼は疲れた様子は見せず軽快に大地を蹴っていた。 「そちらですね」 レティシア(ib4475)はやや息を乱しながら、忍犬としての訓練を受けた愛犬、というよりシャンテヒルト家に仕える忠臣ミルテの行く先に目を向ける。 そこには泥にまみれて保護色を得て、地面の窪みに伏せて空中からの索敵に備える小鬼達がいた。 「もう対応してくるとは、予想以上です、けほっ」 地面の状況によっては龍並みの速度を出せるミルテを追ってきた結果、疲労がかなり溜まっていた。 しかし少々疲労がたまろうが小鬼など敵ではない。 疲れたときでも華麗さを失わない歌声が響くと、夜の子守唄の効果に囚われた小鬼達は地面に伏せたまま眠りに落ちる。 ミルテが悠然と小鬼に歩み寄り、ゆっくりと狙いをつけた後に小鬼の首に前足を振り下ろす。 小鬼は衝撃で意識を取り戻し暴れようとしたが、小鬼が体を動かすよりミルテが足に体重をかける方が早い。 2体の小鬼が首をへし折られるまで、たいした時間はかからなかった。 「今度はフェルルさんが発見されたのでしょうか」 本日二度目の照明弾が打ち上げられたのに気付き、レティシアはミルテと視線をかわす。 「今回同様、空中のおふたりの探知範囲外の臭いに特に注意してください。では、行きます!」 1人と1頭の主従は元気よく夏の天儀を駆けていくのだった。 ●漏れ無く 「ふむふむ、戦略的に重要な砦や里と橋を繋ぐ形になるのか」 喪越(ia1670)は深刻な表情で地図を確認していた。 「つまりアヤカシはこことそこから押し出してくる可能性、が」 喪越の口元が引きつり、こめかみに青筋が立つ。 「うおっ、少し頭を使っただけで頭痛が来やがったぜ。まー小鬼をサクサク倒せば任務完了だろ」 喪越を乗せている甲龍の鎧阿(ガイア)は、こいつ相変わらずだなぁ、という感じの生暖かい表情を浮かべたままぼんやりと地上を見下ろしている。 そんな鎧阿の主人である喪越は、大口を開けてあくびをしていた。 昨日は朝方から日没直後まで鎧阿と共に空から捜索し、それ以後は夜間飛行はさすがに危険すぎるので夜光虫をお供に歩きで捜索、今日の夜明けからは再び鎧阿と共に空から捜索と、今まで休み無く捜索を続けてきたのだ。 どれだけ体力と精神力があろうが疲労は積み重なり、喪越のまぶたを強制的に下げようとしてくる。 「びびっときたぜぇ」 ふふんと鼻を鳴らし、喪越は迫力のある笑みを浮かべる。 鎧阿は珍しく真面目な顔になり、飛行中にしては危険なほど翼を畳む。 当然前に進む力と重力に抵抗する力は弱くなり、ほとんど自由落下の勢いで地表へ急接近していく。 「はっ、容赦ねぇな!」 鎧阿が突っ込むのは緑の濃い林の中央だ。 地面と激突直前に翼を激しく動かして墜落から強引な着陸に変更するが、乗っている喪越は太い枝が真正面から向かってくるわ茂みが顔に突っ込んでくるわで猛烈な災難にさらされる。 が、地面に降り立つ喪越には傷どころか木の葉ひとつついていない。 少々疲れていようが、常識外の身体能力を持つ喪越にとってはただの障害を無傷で回避することなど簡単なのだ。 「よぉ、アミーゴ。景気はどうだい? 俺の方はモチのロン、さっぱりサ!」 突然現れた開拓者に呆然とする小鬼達、おそらくこれまで偵察を行ってきたであろう2組4体に対し、喪越は陽気に挨拶しながら近づく。 そして、残り少ない練力を節約するため、陰陽槍で殴りつけて小鬼を1体ずつ葬っていく。 同属を3体滅ぼされた時点で我に返った小鬼が逃げようとするが、逃げ始めるよりもがら空きの小鬼の背中に槍が突き込まれる方がはるかに早かった。 「ふー、さすがにちょいきついな」 人魂で生みだした小動物を消しながら、喪越は額に浮かんだ汗をぬぐう。 空中で派手に騒いでいたのは自身に注意を引きつけている間に人魂を使い偵察役を送り込むためだ。 思惑通りの成果が出て素晴らしい、のだが、そろそろ練力の枯渇がみえてきているのでこれ以上は厳しいかもしれない。 「次だ次。鎧阿、行くぞ」 顔に軽薄な笑みを貼り付け、喪越は他の面々の担当範囲を除く全ての範囲を調べるために飛び立った。 ●足取りを消す 「フーガ、そのまま離脱!」 「わふっ」 カンタータは式をもちいて雷を放つと、結果を確かめもせずに連れの忍犬に命令を下す。 フーガは前足キックからオーラをまとっての突撃で小鬼を押しつぶし、そのまま勢いを緩めずに戦場から離脱していく。 「カンタータさん!」 上空で警戒を行っていたコルリスが急降下して来て警告する。 「陣形を保ちつつ10体前後のアヤカシが近づいて来ています」 「レティシアさんの予測が大当たりだね。いきなり来られたら慌ててかもしれないけど」 事前に予測済みならば判断に時間がかからない。 カンタータとコルリスは、大量の斥候が未帰還となった原因を調べるため派遣されたアヤカシ部隊を一方的に発見し、足取りさえつかませずにその場から去っていく。 依頼終了後に開拓者ギルド経由で提出された報告書には、天儀側の領域に入り込んでいた20と数組の斥候が倒された場所と、アヤカシが新たに送り込んだ部隊の位置が正確に記されていた。 |