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■オープニング本文 ●食われた太陽 「旦那、急がなくていいんですかい?」 沿岸航行が主の船としてはかなり大型の船を指揮しながら、船長は帆柱に背を預けて休んでいる雇い主に声をかけた。 「構わないよ。危険地帯なら無理をしてもらったかもしれないけれど、この付近ではアヤカシの目撃情報はないからね。いつも言っているように船のことは君に任せている。速度を上げるなら事後報告で構わないよ」 「はぁ」 船長は船員が見ていないことを改めて確認してから、困ったように頬をかいた。 「信頼は有り難いですがね」 船の後部から聞こえて着た牛の鳴き声に、船長は表情を渋くする。 「俺は牛を運ぶのは初めてですから判断に迷うんですよ。個人的には急いで港に向かって牛とおさらばしたいですが、急いだ結果牛が体調を崩して売れなくなるってのも」 船尾から足音が近づいてきたことに気付き、船長は雇い主への愚痴を止めて船の絶対権力者としての仮面を被る。 「何事だ」 「すいやせん。不審なものはないんですが、妙な感じがしやして」 「船尾に代わりの奴を呼んで見張りをさせているな? 良し」 船長は部下の返事に一瞬満足げな表情を浮かべ、すぐに表情を消して船員達に命令を下す。 「総員配置につけ。準備が整い次第全速を出す。万一に備え銛を甲板に出せ。今すぐにだ」 船長の声は穏やかだったが、船員達は怒鳴りつけられたかのように顔を強張らせ、慌てながらそれぞれの仕事場に向かう。 「旦那、申し訳ないですが万一に備えて船長室へ‥‥旦那?」 背後を振り返り、雇い主に要請した船長の顔に戸惑いが浮かぶ。 見た目よりはるかに肝が据わっているはずの雇用主が、上を向いたまま恐怖の表情を浮かべ震えているのだ。 船長は雇い主に倣って上を見上げ、見上げたことを後悔した。 太陽の近くに大量の口が浮かんでいる。 船乗りとして長年培ってきた距離感が狂っていないのだとしたら、口の幅は6メートル前後。 攻撃されなくても接触されただけで船ごと沈められそうな大きさだ。 「総員服を脱いで陸地側の海に飛び込め! 後ろを振り返らず、ばらばらになって逃げろ!」 アヤカシの群が太陽を隠したことで、ようやく船員達も事態に気づく。 船長は呆然とする部下達を殴りつけるようにして正気付かせ、蹴り落とすようにして船から離れさせる。 「船と牛は捨てさせてもらいやすぜ」 船長は雇い主を抱えると、助走をつけて岸に向かって飛び出す。 しばらくの後、船から牛達の断末魔の絶叫が聞こえて来たが、誰1人として振り返る者はいなかった。 ●依頼 飛行能力を持った、巨大な口の形をしたアヤカシが確認された。 発見されたのはある海岸。数は発見時点で最低10体。 現時点では内陸部への移動は確認されていないが、仮にこのまま留まれば物流と漁業に深刻な影響が出かねない。 以上の理由から、朋友を伴った戦闘の許可を含んだ討伐依頼が出されたのであった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
からす(ia6525)
13歳・女・弓
志宝(ib1898)
12歳・男・志
藤丸(ib3128)
10歳・男・シ
沖田 嵐(ib5196)
17歳・女・サ
エラト(ib5623)
17歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●砕け散る闘志 「また間近でみると随分と多き物で‥‥」 朝比奈空(ia0086)はそでで口元を隠し、吹き付ける風の中で暗鬱なため息をもらす。 幅5、6メートルに達する巨体のアヤカシが、ざっとみただけで20を超えている。 感覚的には視界の半分以上がアヤカシで占められている。 巨大な体積と重量を持つ大口は木造の家を瞬時に粉砕し、群で激突すれば城さえ砕くかもしれない。 「まあ‥‥この程度はいつもの事とも言えますが」 騎龍の禍火にアヤカシと同速度での後退を命じながら、空はブリザーストームの詠唱を開始する。 己の口から放つ炎で敵を焼きたいという思いを感じながら、炎龍は主人の言いつけを忠実に守って飛ぶのに集中する。 主人への忠誠故の行動ではあるが、禍火の中にあるのは忠義だけではなかった。主人が振るう恐るべき暴力に対する期待も確かにあるのだ。 「おいきなさい」 空がふわりと手を振るう。 袖の近くを起点として、吹雪が連続で発生する。 それは空を起点にした半円形のキルゾーンを形成し、その範囲に含まれていた大型アヤカシ達を抵抗さえ許さず文字通り粉砕していた。 良く言って爬虫類程度の頭しか持たないアヤカシ達は、目の前の主従を食らいたいという欲望と、追いつけず同属を一方的に殺されるという恐怖の間で混乱する。 禍火は愉快そうに、それでいて酷く獰猛に喉を鳴らし、速度を落とした大口の前で旋回を開始する。 「ふん‥‥近寄らなければ、どうと言う事はあるまい。油断せず確実に潰して行こうか」 墨色に染められた大弓を構え、バロン(ia6062)は騎龍と共に空を行きながらアヤカシの群に矢を射かける。 彼に限らず開拓者達はアヤカシの群を半包囲する形になっており、術や弓矢で攻撃しても誤射の可能性は無い。 仮に大口が反転して襲いかかってきても待避できるだけの距離は開けているので一方的な攻撃が可能だ。 空の攻撃で混乱状態にある大口達は、唇の中心を1回射貫かれただけで力を失い、海面へと落下していく。 「む」 3矢で3体のアヤカシを討ち果たしたにもかかわらず、バロンは眉間にしわを寄せる。 大口の唇に真正面から当たった、否、大口が守りの堅い場所で矢を受けた結果、矢は唇を貫通できずに中途半端に刺さった状態で止まる。 「脆いが堅いか」 アヤカシ達は混乱から回復し、10近い数の同属を屠った空から逃げるため、進路を反転させていた。 「表皮がここまで分厚いなんて。あとで係員に文句を言ってやる‥‥」 志宝(ib1898)がアヤカシの群にぎりぎりまで接近し、2刀で白兵戦を仕掛けはじめる。 大口は逃走を続けながら身をよじり、志宝の攻撃を表皮が熱い部分で受け止める。 傷ついた唇から不気味な色の粘液がこぼれて下方へ落ちていくのだが、大口はまだまだ元気そうだ。 だが、生き延びるために志宝の攻撃を受け止めたことが、大口の最大の失敗となる。 防御に集中したため速度が落ちた大口に対し、ほぼ直上から機械弓の矢が飛来し、盾代わりの唇ごと大口を砕いていく。 「どうやって飛んでいるのだろうなぁ、うん」 戦場の上空数十メートルで、黒と紅の色を持つ小型飛空艇が飛んでいた。 舞華と名付けられたそれはアヤカシの群の真上の位置を保ちながら、主であるからす(ia6525)に絶好の射撃位置を提供している。 「唇と舌? はあってものどは無し。たちの悪い悪夢が現実になったようだな」 よく手入れされたジルベリア製機械弓に無音で次弾を装填し、舞華の翼を90度傾けつつ片手で射撃する。 連続で放たれた矢が新たな大口を葬り去る。が、それまでなすすべなくやられるだけだった大口の行動に変化が生じた。 残った大口達が力を振り絞って加速する。 それも1つ1つが別方向を向いており、残り15体の大口が360度ばらばらになって逃げ出したのだ。 駿龍ミストラルが加速を開始し、その背でバロンが高速で射撃を繰り返す。 運が良ければ一矢で、どれだけ悪くても3矢で打ち落としていくが、敵が効果的に逃げているために撃墜速度が加速度的に落ちていく。 大型アヤカシを撃ち漏らす可能性が出てきたとき、裂帛の気合いが戦場を切り裂いた。 「血も涙もないアヤカシどもめ、あたし達がまとめて退治してやる!」 沖田嵐(ib5196)の咆哮が、逃走に全力を集中していたはずの大口の意志を縛ろうとする。 数体の大口はその凄まじいばかりの体力にものをいわせて咆哮の効果をはね除けるが、10体近くのアヤカシはそうはいかなかった、 逃走に徹すれば1体は逃げ切ったかもしれない。しかし意識を否応なく嵐に集中させられてしまい、進路を反転させて嵐に向かうしかなかった。 ●逃げ足 「最初から逃げに徹せられたら危なかったかもしれませんね」 逃げ続ける大口を追っていた菊池志郎(ia5584)は、わざと隙をさらしながら巨大口の真横から近づいていく。 1対1ならば勝てると踏んだのか、あるいはつい先程一方的にやられたのを忘れてしまったのか、アヤカシは巨大な口を開いて騎龍ごと志郎を食い散らかそうとする。 最も厚い部分が1メートルを超えている大口と比べると、志郎の駿龍の翼は頼りなく感じられる程に薄い。 けれど駿龍は翼を大きくはためかせて加速し、大口の攻撃を悠々と回避する。 「さすが先生」 志郎は歴戦の兵である隠逸を賞賛しながら印を組み、水の刃を大口に向かって放つ。 水の刃は唇の下側を半ばまで切り裂き、傷口から大量の体液が流れ出す。 追撃をかければ一撃で撃墜できるだろうが、志郎と隠逸は自ら逃走する形をとりつつ全力で加速する。 「よし、追ってきている」 進路の決定を隠逸に任せながら、志郎は後方を確認する。 彼の後退を弱腰ととったのか、大口はかなりの速度で追ってきている。 「確かこちらの方向にも‥‥いましたね」 前を向くと、別方向に逃げていた別の大口が遠くに見え、あっという間に近づいてくる。 「逆側は滑空艇乗りのからすさんに任せるとして、もう1体ですか」 すれ違いざまに水の刃を叩き込み、深手を負った2体目の大口が追ってくるのを確認してからさらに別の方向へ向かう。 途中でバロンとすれ違い、志郎は背後の2体の始末をバロンに任せて最高速を保ったまま前進する。 「先生、あまり近づきすぎないようご注意くださいね」 笑みを含んだ声をかけると、隠逸は「お前もな」と機嫌良く言うかのようにゆっくりと体を傾ける。 そして、最も遠くまで逃げていた大口の真横を通過する。 大口は志郎主従にカウンターをしかけようとするが易々と回避されてしまい、隠逸のソニックブームを当てられてバランスを崩した所に3つの天狗礫を急所に打ち込まれてしまう。 アヤカシはその姿を保つことも出来ず、急速に瘴気に変じて散りじりになり消えていく。 「そろそろ魚退治が始まっているかもしれませんね。急ぎましょう、先生」 気心の知れた主従は見事な旋回を行ってから、主戦場へ戻っていくのだった。 ●終わりの眠り 「思ったより長引きますね」 騎龍のアギオンの背でトランペットの演奏を準備をしながら、エラト(ib5623)はひっそりとつぶやいた。 敵味方の速度と移動距離が大きくなりがちな空中戦では、接敵するまでに時間がかかってしまう場合がある。今回はそれにあてはまり、戦闘前に使用していた剣の舞と騎士の魂の効果は既に消えてしまっていた。 「ですがこれで終わりです」 ミュージックブラストと名付けられたトランペットをゆったりと、それでいて力強く吹き鳴らす。 最下級のアヤカシ並みの抵抗力しか持たない大口では、エラトの念が籠もった曲に耐えられる訳がなかった。 嵐によって一ヶ所に惹きつけられた10近くの大口は、次々に強制的な眠りの中に叩き込まれ、自由落下ほどではないが急速に高度を下げていく。 「おし、ここまで舞台が整ってんだ。どんなデカブツでも撃ち落せないわけがない。な? 竜胆」 砂浜に佇んでいた藤丸(ib3128)が華妖弓を構える。 水面の下には貧魚(ピラニア)が潜んでいるはずだが、それらに対する警戒は迅鷹の竜胆に任せ、全神経を 己と弓に集中させる。 体勢を整え、矢をつがえ、指を離す。 矢が大口に達するよりも早く、藤丸は命中する感覚を得ていた。 基本は一矢。たまに二矢。 藤丸は一度射かけた大口には二度と目を向けなかったが、射かけた相手はことごとく致命傷を負い海面へと落下していった。 「夜中に出てこられたら卒倒してたかも」 志宝は駿龍の辰風に命じて眠りに落ちた大口に近づき、時間をかけて弱い部分を見定め、名刀鬼神丸を突き立てる。 守りが堅めとはいえ、持ち主が活用できないのなら有効な盾にならない。 徐々に降下していた大口はとどめを刺され、突然重さを思い出したかのように急速落下して海面に衝突する。 飛び散る海水に霧散していく瘴気が混じり、不気味な雰囲気を漂わせていた。 「あれ?」 射撃に没頭としていた藤丸の動きが突然止まる。 藤丸の矢に射貫かれた大口と、空の魔法の矢で己の中核を吹き飛ばされた大口が複数落下中で、それ以外は開拓者とその朋友の姿しか見えない。 「あれれ?」 竜胆に目を向けると、生真面目な態度で敵影無しの報告を態度で示してきた。 「大口退治の途中で貧魚が出てくると思ったんだけど」 知能は内に等しいとはいえ、はるかに格上のアヤカシが一方的に蹂躙する有様を見せられたら逃亡してもおかしくないのかもしれない。 藤丸は肩をすくめると、貧魚用の餌を運ぶのを手伝うために砂浜を離れるのだった。 ●おさかなさかな 水槽から海へと解放された魚がゆっくりと沖合に向かっていく。 「アヤカシも干飯で釣れれば良かったんですが」 辰風の背から干飯をばらまきながら、志宝は残念そうにつぶやいていた。 アヤカシからの反応が全く無かった干飯ではあるが、通常の魚には魅力的だったらしく、先程解放したばかりの魚が干飯目がけて勢いよく近づいていく。 「あまり気持ちの良いものではありませんね」 空になった水槽を砂浜に置きながら、エラトは小さくため息をつく。 急に魚が暴れはじめ、海面で水しぶきがあがる。 よく見てみると魚型アヤカシが通常の魚に食らいつており、海面に赤い血が広がっていく。 上空を飛んでいるときに通常の魚が全く見あたらなかったのは、貧魚が食らい尽くしてしまったからだろう。 「エサに食いついた時が一番の仕留め時なんだよ!」 砂浜から離れた場所で隠れていた嵐が、炎龍の赤雷に乗って魚が集まる場所へ急行する。 そして、気合いの声と共に放たれた咆哮が全てのアヤカシの行動を縛る。 「1つずつ片付けていたら時間が足りない」 嵐には油断も慢心もない。 自らの手でアヤカシを葬ることにこだわらず、内陸に向かって移動することで貧魚を砂浜におびき寄せることを選択する。 海面から離れた貧魚は砂浜でも勢いよく跳ねて嵐を追おうとする。 しかしその動きは海にいたときと比べるとあまりにも鈍い。 「おやすみなさい」 エラトが奏でた夜の子守唄により、海から引き離された貧魚達は砂の上で腹を見せたまま動きを止める。 そこからは戦闘ではなく作業だった。 アヤカシの眠りを覚まさないよう音を立てずに近づき、刃を振り下ろす、あるいは矢を突き立てるだけで貧魚は形を失い海風に吹かれて消えていく。 二十数体はいた魚型アヤカシは、その戦闘力を発揮する機会を一度も与えられないまま、砂浜の上で全滅したのだった。 ●残されたもの 「口にはしても食べはせず」 からすはそうつぶやくと、甲板上の強烈な臭気を気にもせずに陰殻西瓜にかぶりつく。 「酷いものですね」 エラトは放置された船の甲板に降り立つと、臭いに耐えきれずに鼻と口を覆った。 甲板には大量肉片と骨片が転がっており、大量の蠅ににたかられていた。 肉片の量は食われたにしてはあまりにも多すぎて、大口は食事はしても一切消化などはせずに背後からそのまま出してしまったのだということが分かる。 「商売を行う以上、不慮の事故で積荷を失うことは覚悟すべきですが」 風上から近づいてきた志郎は沈痛な面持ちで首を左右に振る。 船体の損傷の度合いは軽いが、腐った肉の臭いがしみついてしまっているので、この船の利用価値はかなり低いだろう。 開拓者達は船の状態を確認してから腐肉を吹き飛ばし、そのまま帰路につく。 その後船は持ち主の元へ戻り、乗組員達に迷惑がられながらもしぶとく航海を続けているらしい。 |