【武炎】人力で緊急輸送
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/26 03:32



■オープニング本文

●伊織の里
 その名を出されて、高橋甲斐は険しい表情を見せた。
 彼に対する上座に座る少年、立花伊織は、慌てて頷き、書状を開いた。
「はい、朝廷と和議の成った修羅について‥‥」
「御館様」
 丁寧な少年の言葉を、初老の甲斐は、やんわりと、しかし厳しい口調で遮った。びくりと肩を震わせた少年が、小さく咳払いをして、きちんと居住まいを正す。
「うむ。巨勢王よりも書状が参った。酒天を伊織の里で相まみえて見極めんとの仰せだ」
 目下の者に対する言葉遣いに、甲斐は小さく頷いた。伊織もまた、安心したように肩の力を抜くと、書状を畳んで祐筆に下げ、ゆっくりと時間を掛けて下座に向き直った。
「して甲斐。朝廷の意向であればともかく、これは巨勢王の決定である故、異論は許されぬと思う。差配は任せるが良いか」
「はっ。開拓者ギルドにも遣いを出し、万全の体制を整えまする」

●無茶振り
「牛馬はもちろんもふらさまも使わずに大規模輸送ですか」
 開拓者ギルド係員は表情を変えずに答えようとしたが、口元がわずかに引きつってしまっていた。
「左様。10日後の丸太100本より、明日の丸太10本の方が価値がある考えていただきたい」
 謹厳実直をそのまま形にしたような老人が、錆び付いた低い声で注文をつける。
 余程建築資材が足りないらしく、急ぎの輸送を成功させなければ人手を無為に遊ばせてしまうことになりかねないらしい。
「今回は金に糸目はつけませぬ。指定量以上の木材と石材を、2日で岩屋城に運び込むようお願いする」
「承知、いたしました」
 魔の森近くにある防御拠点の補修が目的である以上、条件について提案したり誘導することは非常にためらわれる。
 係員は深々と礼をして依頼の受け付けを行うのだった。

●とても無茶振り
「頑丈な荷車が8つまで貸し出されます。牽引するものは各自で用意をお願いします」
 係員の説明を聞いていた開拓者達は、ある者は呆れ、またある者はあまりの無茶振りに苦笑をするしかなかった。
「街道の近くに置かれた石材と木材を、手段を問わず岩屋城に運び込んで下さい。期限は現地到着後2日以内です」
 成人男性がようやく抱えられるほど太い、全長5メートル前後の丸太8本。縦横50センチ幅1メートルの石材が8個。これは最低限のノルマであり、岩屋城に多く運び込むほど防御力の上昇が見込める。
「あまりお勧めはできないのですが、熟練の前衛系開拓者であれば2往復できるかもしれません。ですがその場合、2往復中の人はできるだけ戦闘は避けるようにしてください。どんな強者でも極度の疲労状態では思わぬ不覚を取りかねませんから」
 係員は深刻な表情で注意を促し、細々とした情報が書かれた紙を張り出すのだった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
薙塚 冬馬(ia0398
17歳・男・志
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
暁 露蝶(ia1020
15歳・女・泰
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
からす(ia6525
13歳・女・弓
メグレズ・ファウンテン(ia9696
25歳・女・サ
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂


■リプレイ本文

●頼もしき朋友達
「頑鉄、もう少し力を抜け」
 主人の言葉に頑鉄は困惑する。
 自らの足でつかんだ大荷物は、全力で羽ばたいてようやく地面から浮き上がるかどうかという重さだ。
 現在も全力で羽ばたいているのだが、今力を抜けば降下ではなく落下してしまう可能性があった。
「そうか」
 羅喉丸(ia0347)は頑鉄の目を見て事情を察した。
「すまん。そのままゆっくりと荷を下ろせ」
 甲龍である頑鉄と羅喉丸のつきあいは長い。
 昨日今日つきあい始めたばかりの開拓者と騎龍では難しい細やかな意思疎通も、簡単にこなせていた。
「うわぁ‥‥大変★」
 暁露蝶(ia1020)は優雅な仕草で自らの騎龍に目を向ける。
 頑鉄と同じ甲龍である月麗は、主人の期待に応えるべく胸を張って自己をアピールする。
 が、徹底的に鍛え抜かれた頑鉄と比べると、どうしても体力面でやや劣っている印象があった。
「2騎で丸太8本入りの荷を運ぶのは不可能じゃないだろうが、そのために必要な縄の扱いの心得なんてねぇぞ」
 巴渓(ia1334)は頑鉄が下ろした荷台、というよりその上にくくりつけられた4本の丸太を確認しながら言う。
「運搬中に戦うのは無理ですね。敵を見かけ次第荷物を下ろすというのも」
 露蝶が視線を向けると、羅喉丸は小さくうなずいて答える。
「川越えの場合も森越えの場合も無理だな」
「それだけじゃないぜ。俺の相棒とは違ってあんたらの相棒は疲れるんだ。川越えと森越えだけで限界じゃないか?」
「余力は残るだろう。しかし魔の森からたいして離れていない場所で十分な余力ではないな」
 羅喉丸は開拓者ギルドから貸し出された詳細な地図で川の幅と森の規模を確認しながら、最終的な判断を下した。
「龍は空輸時にのみ使う。円殿の負担が大きくなるが」
「気にするな。俺もメタルも柔じゃないさ」
 渓は土偶ゴーレムのメタルと協力して丸太を縛っていた縄をほどき、長距離運送に耐えられるよう結び直していくのだった。

●兵士との邂逅
「お、お疲れ様ですっ」
 巡回中だった兵士は、帽子を頭から下ろして直立不動の体勢になり、心からの敬意を示した。
 相手が貴族だろうが志体持ちだろうが、中身と行動が伴わない相手に対しては礼を尽くしても敬意は抱かない。
 しかし目の前の連中に敬意を抱かないのは無理だ。
「お役目ご苦労様でござる」
 全高約2メートルの鎧武者が、縦横1メートル幅2メートルの大型石材を載せた荷車を引いている。
 荷車はあり得ない程良い木で造られているようだが、重みに耐えかねてきしむような音を立てている。
 荷車には開拓者ギルド備品である旨が記載されており、鎧武者もアヤカシの類には見えない。向かう方向からして、大重量の建築資材を岩屋城に運んでいるのだろう。
「あなたは開拓者の方の?」
「左様、開拓者のからすが拙者の主人でござる。ややっ、そういえばご主人はどこへ?」
 勢いよく首を左右に振る鎧武者の奇行に、兵士の目が点になる。
「地衝が混乱させたようだな」
 鎧武者の陰から小柄な人影が現れる。
「あなたが、その、からす殿で?」
 兵士は開拓者ギルドに出された依頼について知っているらしい。
「そう」
 からす(ia6525)は小さくうなずくと、兵士が反応できないほど素早く弓を構え、兵士の肩越しに矢を2度を放った。
「はっ? アヤカシ! 主殿! ここは拙者に任せるでござる!」
「積載物防護優先。何度も命令した」
 騒ぎ出した鎧武者の胸部装甲に拳をぶつけながら、からすは改めて命令を下す。
「お、おお。小鬼を射たのですな」
 振り返った兵士はようやく矢の行方を確認し終え、安堵の息を吐く。
「驚かせたことを謝罪する。少し先で休憩する予定だが付き合うか?」
「いえ、お気持ちだけ受け取ります。輸送作戦、頑張って下さい」
 兵士はからす主従に礼をすると、自らの任務を果たすためにからすが来た方向へ早足で去っていくのだった。

●行く手を塞ぐものへの対処法
「カノーネ!」
「キュー!」
 カンタータ(ia0489)の騎龍であるカノーネが、全力で翼を動かしてアヤカシから距離を取る。
「予想以上に頑丈ですね」
 茂みから飛び出してきたスライムを見下ろしながら、カンタータは顔を引き締める。
 カノーネが全力で噛みついたのに、既に噛みつき跡すら残っていない。
「キュッキュー!」
 カノーネは主人からの指示を待たずにスライムの上空で旋回を開始する。
 カンタータは少しの間考え込んでいたが、このままだと輸送隊がスライムと遭遇してしまうと判断し、攻撃を開始することにした。
 青龍が描かれた符を放ち、雷閃を発動させる。
 雷がスライムの中心に命中すると、その体の真ん中あたりがほとんど吹き飛んでしまっていた。
「やはりスライムは極端な特性を持ってますね」
 再度雷を放つと、スライムは粉微塵になりつつ吹き飛び、そのまま瘴気に変じて消えていく。
「あっ」
「キュー」
 カンタータ主従は、同時に驚きと落胆の声を出す。
「この道、普段は利用されていないのかも」
 輸送隊が通る予定の場所には、半ば腐った木々が大量に折り重なっていた。
 それから約1時間後、2台の荷車と2台を連結させた大型荷車1台が、木によって行き止まりとなってしまった場所にたどり着いていた。
「はっ」
 メグレズ・ファウンテン(ia9696)は、手入れのされていない大量の枝がついた木を1人で抱え上げ、道の脇に放り出す。
 1つや2つではない。
 ざっと数えただけで10以上あるそれを、まるで小枝か何かのように排除していく。
「手伝うぜ」
 途中で狭い道に接触するような位置に岩をみつけると、渓と共に腕の力だけで引っこ抜いて排除する。
「今日はここで野宿ですね」
 夕日で赤く染まった光を浴びながらからすが提案すると、メグレズは乗騎の瞬の状態を確認してから首を縦に振った。
 瞬は気丈に振る舞ってはいたが、一日中荷を引っ張ってきため疲労が深刻なレベルで溜まっている。
 ここで無理をさせるわけにはいかなかった。

●野営
 小さな焚き火が逆に闇の濃さを強調する夜に、柔らかな弦楽器の音色が響く。
 渓はサンクトペトロの銘を持つそれを容赦なく責め苛み、甘く高い声を響かせる。
 やがて演奏はクライマックスを迎え、押し寄せてきた波が退くようにして静かになり、消えていった。
「何か用か?」
 サンクトペトロを肩から降ろして振り返ると、そこには薙塚冬馬(ia0398)が飴箱を手に立っていた。
「交代だ。疲れているだろう? 飴はどうだ」
「わりぃな。今日の飯も美味かったし、感謝してるぜ」
 渓はあめ玉をひとつ受けるとると、冬馬と拳をぶつけ合って挨拶とし、小さな天幕の中に入って休息をとる。
「明日のことも考えると心眼もあまり使えないな」
「人魂も森の中で使うことになるでしょうし」
 冬馬とカンタータは視線をかわした苦笑しあうと、練力を使わずに寝ずの番をするのであった。

●森越え
「石材はぎりぎりで通れないこともないか」
 セリフは平静だが、メグレズの表情は厳しかった。
 平野の道無き道と半ば放棄された道を通ってきた一行だが、森の端に到着した時点で完全に道が消えていた。
「頑鉄」
「月麗、あなたの力を見せてね」
 主人の願いに応え、二体の龍が上昇を開始する。
 それぞれ4本の丸太を縄で固定したものを脚で掴んでおり、危なっかしさはないが通常時と比べると速度は非常に遅い。
「アヤカシを木に登らせる訳にはいかない」
 現在2体の龍は高度をほとんど上げられない。
 小鬼が森の木々の頂上あたりまで登れば、そこから棒を振ることで龍に対し一方的な攻撃をしかけることもできるだろう。
「一緒に行くしかないわね。がんばりましょう、月麗」
 露蝶は荷ほどきした石材にござで巻いてから改めて縄で固定し、その一部を背負う。
「主殿。拙者の兜が引っ掛かった場合はどうすべきでござろう」
「‥‥後ろからついて行けば切り開かれた道を行ける」
 石材を背負ったままどこかずれた発言をする地衝に、力なくツッコミをするからすである。
「前進します」
 戦闘に立つメグレズが宣言し、開拓者達は最後の難関に踏み込む。
「早速お客さん発見したぞ。右に3。左に3。右斜め前に3だ」
 心眼を使った冬馬が警告を発する。
「人魂を使います。‥‥2組、いえ3組新手です」
 メグレズがその剛力を最大限に発揮し切り開いた道を行きながら、渓は近づいてきたスライムに手の平から打ち出した気を叩き込む。
 スライムは半ば吹き飛んだが、先を急ぐ彼女にはとどめを刺す時間が無い。
 そこへからすが放った矢が命中し、甲高い音をたてながら中核部分を完全に吹き飛ばして滅ぼす。
「俺はメグレズ殿と共に行く手を切り開くのに集中する」
「分かった。アヤカシ退治は任せな」
 冬馬の返答を聞いた羅喉丸は、先頭に立って邪魔な木々を文字通り切り飛ばしていくメグレズの横に並ぶ。
「岩を」
「承知」
 一言言い交わすだけで打ち合わせが完了する。
 それからが圧巻だった。
 メグレズは進路上にある枝も太い幹も区別せず切り捨てては左右に打ち捨て、羅喉丸は障害物となりうる岩を両手両足で粉々に砕いていく。
 それだけのことをしているにも関わらず、2人の速度は平地を早歩きで移動する速度とほぼ変わらない。
「夜刀、そっちに行ったぞ!」
 前方の斜め横から襲いかかってきたスライムを雷の刃で切り刻みながら、冬馬は己の相棒に合図を送る。
 駿龍の夜刀は、それまで護衛していた頑鉄と月麗の元を離れ、ひときわ高い木に急接近して爪を振るう。
 棍棒を頑鉄達に向かって投げつけようとした小鬼はバランスを崩し、悲鳴を上げながら地面へと落下していく。
 頭から勢いよく地面に落下した小鬼は衝撃に耐えられず、倒れたまま瘴気に戻って霧散していく。
「見えた。岩屋城だよ!」
 シジミチョウ型の式の視界を通じて情報を得ていたカンタータが報告する。
 メグレズはベイル「翼竜鱗」を構え茂みを押しつぶすようにして前進しながら、大きく息を吸う。
「我等は開拓者ギルドより参った建築資材輸送隊です。現在アヤカシと交戦中。援軍の必要はありません」
 透き通るような声が森の中に響き渡る。
「ただえさえ忙しい場所に面倒を連れて行く訳にはいかないな」
 羅喉丸はメグレズの判断に賛同し、進路状に落ちていた腐れ丸太を蹴り飛ばす。
 細かい木片を宙にまき散らしながら丸太が低速で宙で飛ぶ。
 メグレズ達を迂回して大きな荷物を運ぶ者を狙おうとした小鬼は、速度は遅くても大重量で破壊力がある丸太に側面から押しつぶされ、地面と衝突した際の衝撃で腐れ丸太共々粉々になる。
「前方にアヤカシの反応はない。突っ切るぞ!」
 冬馬の声に、開拓者達はさらに加速することで応えた。

●岩屋城
「よろしいので?」
 受取証に署名しながら、岩屋城勤めの男は数度目の確認を行っていた。
「はい。月麗達を休憩させていただければそれで十分です」
 露蝶はにこりと微笑んでから、気品ある動きで頭を下げる。
「状況的にやむを得なかったとはいえ、城の近くまでアヤカシを引きつけてしまい申し訳ありません」
「いや、いや」
 男は呆れとも尊敬ともつかない、形容しがたい表情を浮かべていた。
「キュー♪」
 森の近くでは炎龍が一体我が物顔に宙を舞っており、ときおり降下しては口もとから火炎を吐いてスライムを蒸発させていっている。
 その姿は非常に頼もしくはあるのだが、テンションが少しおかしかった。
「これまで戦い以外のことを優先してたんでストレスが溜まってたんだろ。メタル、俺たちも出るぞ」
 城から飛び出していく渓を大型の土偶ゴーレムが追う。
 各所に金属による補強が入った大型ゴーレムは実に頼もしい外見をしているが、森の中を突っ切ってきたせいかあちこちに草や葉っぱなどがこびりついていた。
「行きがけの駄賃帰りがけの駄賃だ。蹴散らすぞ」
 冬馬を背に乗せた夜刀が首筋にある白い模様を撫でられると、満足げな息を吐いてから力強く翼を羽ばたかせた。
 強い絆で結ばれた1人と1体は、荷物を降ろした開拓者の逆襲を受けて逃げ出し始めたアヤカシに追いすがり、容赦なく狩っていく。
「これで最後か」
 瞬脚からの一撃で小鬼を消し飛ばした羅喉丸は、上空で周辺を警戒していたカンタータを見上げた。
「魔の森が近くにあるからこんなものなのかな」
 カンタータは確認を終えて独りごちる。
 追ってきたアヤカシだけでなく付近のアヤカシもかなり倒せたようなのだが、遠くを見るとアヤカシらしき影がちらほらと見受けられる。
 他の場所ならば危険な状態かもしれないが、岩屋城の立地を考えるとこれが通常なのかもしれない。
 カンタータが岩屋城に近づくと感謝とともに帰還を勧められたため、開拓者達は途中で荷車を回収しつつ元来た道を戻っていくのだった。