|
■オープニング本文 ●伊織の里 その名を出されて、高橋甲斐は険しい表情を見せた。 彼に対する上座に座る少年、立花伊織は、慌てて頷き、書状を開いた。 「はい、朝廷と和議の成った修羅について‥‥」 「御館様」 丁寧な少年の言葉を、初老の甲斐は、やんわりと、しかし厳しい口調で遮った。びくりと肩を震わせた少年が、小さく咳払いをして、きちんと居住まいを正す。 「うむ。巨勢王よりも書状が参った。酒天を伊織の里で相まみえて見極めんとの仰せだ」 目下の者に対する言葉遣いに、甲斐は小さく頷いた。伊織もまた、安心したように肩の力を抜くと、書状を畳んで祐筆に下げ、ゆっくりと時間を掛けて下座に向き直った。 「して甲斐。朝廷の意向であればともかく、これは巨勢王の決定である故、異論は許されぬと思う。差配は任せるが良いか」 「はっ。開拓者ギルドにも遣いを出し、万全の体制を整えまする」 ●もふらさまの苦闘? 「やめてください! この子だってこんなに嫌がっているんですよ!」 木陰でくつろぐもふらさまに抱きつき、大声で非難する輸送業者。 肝心のもふらさまは輸送業者の体温がお気に召さないらしく、少しだけ嫌そうな顔をしていた。 「大変な仕事だというのは承知しています。ですから期間を初めとして条件をかなり良くしたつもりなのですが」 「そういうことを言ってるんじゃありません。うちのもふらさま達は揃いも揃って問題児ばかりなんです。短距離移動ならまだしも、岩屋城まで行くとなると途中で絶対自主的に休暇をとってしまいます。私、違約金なんて払えませんよ!」 「自主的に?」 元服したばかりに見える少年が、思わずオウム返しに言い返してしまった。 くつろぐもふさまはのんびりと欠伸をし、そのまま昼寝を始めようとしている。 「自主的にです。これがなければうちも少しははやるのに‥‥」 くたびれた着物を着た輸送業者は、涙目になって事情を説明するのであった。 ●護衛兼もふらさま遣い募集中 15柱のもふらさまが、荷車に建築資材を乗せて岩屋城へ向かうらしい。 道中でアヤカシに遭遇する可能性があるらしく、護衛の募集がされている。 拘束期間は現地に到着してから最長1週間。最短で岩屋城に到着するまで。 状態の良い道を通るので、やや遠回りであるが体力的にはそうきつくないと予測される。 ただしもふらさま達はかなり面倒な性格をしているらしく、扱いを誤ると期限を過ぎてしまい護衛依頼も運送会社に対する輸送依頼も失敗になりかねないという。 護衛募集の張り紙には、もふらさまの扱いに長けた方を優遇する旨はっきりと書かれていた。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
水野 清華(ib3296)
13歳・女・魔
シータル・ラートリー(ib4533)
13歳・女・サ
久藤 暮花(ib6612)
32歳・女・砂
サクル(ib6734)
18歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ●もふらさまのおうち 布団から顔を出したもふらさまが15柱。 寝言を言っているもふらさまもいれば、いびきをかいているもふらさまも、鼻提灯を出しているもふらさまもいる。 「みなさん起きてください。朝ご飯ですよー」 世話係、もとい飼い主の運送業者が呼びかけるが、もふらさま達は反応しない。 サクル(ib6734)は衝撃を受けていた。 天儀外の生まれである彼女はもふらさまに直接接した機会は少なかったが、もふらさまにかんする一般常識は身につけている。 精霊の一柱。 人間のよき隣人。 牛に匹敵しあるいは凌駕する労働力。 これ以上望めないほど素晴らしい存在、だったはずだ。少なくともこの運送業者の館に来るまでは。 「もふらって、寝たふりをするんだ」 騎乗に長けた砂迅騎であるサクルには分かる。 運送業者によびかけられた時点で半数以上が起きているのに、目を閉じ呼吸を寝息に偽装している。 「お忙しいところすいませんが、もふら様達の事についてお聞きしてもよろしいかしら?」 「は、はいっ?」 シータル・ラートリー(ib4533)に話しかけられた運送業者が、己の眼鏡を鼻からずり落ちさせる。 「でも、起こさないと」 おどおど、もじもじと、世の荒波を渡っていけるとは到底思えない態度で戸惑う運送業者。 「これは」 飼い主さんの方にも問題があるのではないでしょうか。 久藤暮花(ib6612)はそう思いはしたが、直接言うのははばかられた。 「ではボクがお起こししますね」 サクルから耳打ちを受けたシータルは、柔らかに微笑みながら、館(ただしその9割がもふらさま用の宿泊施設)の中に持ち込んだ箱を開けた。 控えめな、けれど確かな存在感のある香辛料の香りが部屋に中に漂う。 もふらさまの鼻提灯が割れ、じゅるりと涎を飲み込む音が聞こえ、一部のもふらさまが鼻をすんすんと鳴らす。 「ボクの故郷の食べ物ですが、食べますかしら? 天儀ではまだ珍しいものなのでお口に合うか判りませんが」 15柱のもふらさまが跳ね起き、15枚の布団が宙を舞う。 大量のふとんに押しつぶされた運送業者が悲鳴を上げるが、もふらさまは全く気にしていない。 「朝ご飯を残さず食べて、集合場所に来た方からお配りしますね」 極自然な動作で箱を閉じる。 それを見たもふらさま達は、鼻息を荒くしながらもふらさま専用食堂へと突進していく。 「大丈夫ですか!」 水野清華(ib3296)が布団の山の中から掘り出すと、運送業者は案外平気な顔だった。ひょっとしたらもふらさまによる雑な扱いに慣れてしまっているのかもしれない。 「な、なんとか」 「よかった」 清華は安堵の息を吐いてから、表情を引き締める。 「もふら様たちの好物や性格、お名前を教えて欲しいのです」 「あ、はいっ、ありがとうございます」 開拓者達がもふらさま達に真剣に向き合おうとしていることに気付き、運送業者は表情を明るくする。 「部屋の隅で寝ていたのが一郎さんで‥‥」 運送業者の話は詳細で情報量が膨大であり、清華が聞き終えたときにはもふらさま達は仕事に出発していたのだった。 ●重い荷物 大型の荷車が、街道についた轍をさらに深くしていく。 荷車に乗っているのは木材、石材、縄、等々の建築用資材だ。 大量の資材が匠の技でまとめられており、密度は恐ろしく高い。 「結構重いっ、それ以上にバランスが取りづらっ、っとっと」 15台の荷車に遅れること数メートル、ルオウ(ia2445)は16台目の荷車をひきながらもふらさま達を追っていた。 ルオウは前衛系開拓者として熟練の域さえ超越しかけている凄腕であり、特に体力に関しては常識をどこかに置き忘れたレベルで優れている。 だが、悠々と荷車を引いていくもふらさまに対し、ルオウは大重量に伴う地面の抵抗に苦労しながら危なっかしく前に進んでいた。 体力そのものはルオウの方が上なのだが、輸送に関する熟練ではもふらさま達が上回っているのだ。 しかしこの程度で大人しくなるルオウではない。 最後尾のもふらさまが空を行く蜻蛉に気を取られて徐々に遅れだしたことに気付くと、ルオウは強力を発動させつつ前進して最後尾のもふらさまの横に並ぶ。 「こんな風にたらたら運んでてもつまんねえだろ? 競争しようぜー」 疲労を顔に出さずににやりとルオウが微笑むと、もふらさまも不敵な笑みを浮かべ受けて立つ。 こうなれば言葉は必要ない。 ルオウともふらさまは同時に力強く大地を蹴り、他の14柱のもふらさまそっちのけで勝負を開始した。 ●食べ物で釣れっ りん、りん、りんと、先頭のもふらさまの頭に取り付けられた鈴付きてるてる坊主が涼しげな音を立てる。 鈴の音のリズムを基調にして、先頭を行く燕一華(ib0718)の手により軽やかな笛の音が奏でられる。 一華の調べによるとあと2時間程で野営に適した場所に到達するはずであり、清華が運送業者から聞き出した情報によるとそろそろもふらさま達から集中力が失われる頃だ。 「予想よりずっと素直な方達ですね」 長大な曲刀が収まった鞘で突いて地面の状態を確かめながら、一華と共に先頭に立つシータルがのんびりとつぶやく。 鞘が地面を打つのがアヤカシに対する警戒であると同時に、もふらさま達に対する極めて婉曲的な警告であることは、この場の全員が理解していた。 「今の世話係に破産されては生活水準が落ちるからのう」 一郎という名のもふらさまは、頼もしい足取りで身も蓋もない事実を指摘する。 「そろそろおやつの時間ですね」 サクルは陰殻西瓜を取り出すと、果物用のナイフで8分の1を切り取った。 太陽に照らされた赤い断面が艶めかしく光り、濃い夏の甘さが赤い断面から広がっていく。 「どう」 ぞ、というよりも早く、急加速してきた一郎が、8分の7の方にかじりついてあっという間に皮ごと食べ尽くしてしまう。 「いちろーっ! おみゃぁ今なに食いやがった!」 「兄貴ずるいぞー」 匂いで勘づいたのか、一郎の後ろを行くもふらさま達から抗議の声が上がる。 「はいはい。次郎様達には水羊羹を差し上げますから少し待って下さいね」 「わしは?」 「あなたは西瓜を食べてしまったでしょう? あまりわがままだと花さん怒ってしまいますよ」 包容力溢れる雰囲気の暮花が微笑むと、一郎はこれ以上ごねると己が完全に悪者になってしまうと判断し、泣く泣く水羊羹を諦めるのだった。 ●憩い 「ど、どうも、挨拶が遅くなってしまい‥‥」 野営予定地で寝床を確保してからしばらくして、利穏(ia9760)がもふらさま達に挨拶を行っていた。 出発時はシータルの食べ物につられて暴走状態だったため、もふらさま達は開拓者が挨拶しようとしても全く聞く気配がなかったのだ。 「あの‥‥」 15対の瞳に見つめられ、利穏は萎えそうになる気力を必死に奮い立たそうとする。 もふらさま達は小声で何事が話し合っていたが、やがて1柱のもふらさま達が前に出て、そっと利穏に体を寄せる。 「‥‥ふかふかですね」 気弱さを見せた者に追い打ちをかけない程度の情けは、このもふらさま達にもあった。 利穏がそっと手を伸ばすと、もふらさまはその場で寝そべって利穏の好きにさせる。 「少しくせがあるんですね。ええっと、七郎さん」 七郎は片方の瞳だけ開けて不器用に瞬きし、満足げな息を吐くのだった。 「よく頑張りましたね」 ジークリンデ(ib0258)が招くと、14柱のもふらさま達は短くも激しい席の取り合いを演じ、他の13柱を押しのけて1柱のもふらさまがジークリンデの前で屈み込む。 よく手入れされた銀の髪をかきあげながら、彼女はもふらさま用の櫛を手に取った。 「あなたは一郎さんの暴走を押さえてくれましたね。本当に感謝しています」 もふらさまはその場に横になり、ふさふさの毛が生えた腹をジークリンデに見せる。 彼女は「仕方ないひとですね」と小さく苦笑してから、腹の毛に櫛を通し始める。 他のもふらさまから殺気に近い羨望の視線が集中するが、勝者はジークリンデの側から離れようとしない。 この極上のお世話をされるために道中我慢を続けて来たのだ。ここで退くつもりは全くなかった。 「皆さんよく頑張りましたっ。晩ご飯が出来上がるまでゆっくり休んで下さいねっ」 一華は赤い傘を開き、軸を持って勢いよく回転させる。 「よっ」 回転する傘の上にもふらのぬいぐるみが載せられ、くるりん、くるりんと楽しげに回転していく。 「あ、2つめ」 ふかふかもこもこの七郎の背中に埋まった利穏がつぶやく。 全長2メートル近いもふらさまの毛は大量かつ濃密で、暖かな体温もあいまって利穏をリラックスさせ眠りに誘う。 回転する赤い傘を眺めていた他のもふらさまもいつの間にか眠気に囚われ、寝息やいびきが聞こえ始めていた。 「あら」 愛玩動物のように喉を鳴らすもふらをくしけずりながら、ジークリンデは氷蒼色の瞳を瞬かせていた。 重なり合うようにして眠るもふらさま達に埋もれるようにして、暮花が静かに寝息をたてていたのだ。 少々寝相が悪いらしく、もふらさまの上で体を回転させたり緩めに握った拳がもふらさまの顎の下を直撃したりしているが、もふらさまは目を覚まさない。 「疲れ果てる程頑張ってくださっているのですね」 ジークリンデは整った美貌に優しい笑みを浮かべながら、丁寧にもふらさまの世話を続けるのだった。 ●戦闘 「接触する可能性があるのはあちらとこちらですね」 時間をかけてバダドサイトを使用したサクルは、小さな丘の上で急激な視界の変化に己をあわせながら報告した。 「あれはスライムでしたか」 自身が不審に思った場所が当たりであったことを知り、ジークリンデは意図的に表情を消してつぶやく。 障害に対する冷たい殺意と、その殺意に戸惑う温和な心が微妙な均衡を作り出していた。 「僕が先行します」 敵の居場所が分かっているのだ。護衛対象の近くまで引きつけてから戦う必要などどこにもない。 迷いを振り切るようにして利穏が宣言すると、暮花はふらさま達を戦陣で援護可能な範囲に集め、ジークリンデは恐怖で暴走しかけた一部のもふらさまを術で眠らせ、ルオウは運んできた荷車を軽々と抱え上げ、もふらさま達の前に置いて簡易バリケードにする。 一昨日の夜間に小鬼に襲撃されたせいか、もふらさま達にはいつもの余裕が不足しているように感じられた。 「安心しろ! 俺がいる限り近づけさせなんかしないからよっ!」 ルオウが親指をあげてもふらさま達の安全を保証すると、利穏は小さく頭を下げてから勢いよく駆けだした。 駆けだしてから数分後。 サクルに先導されてたどり着いた場所で、2体のスライムが道の脇にある茂みから這い出して来る。 とっさにサクルが放った銃弾は水っぽいスライムの表面を打ち抜いて中に食い込むが、さほど効いているようには見えない。 守りが堅いのに加えて生命力がありすぎるのだ。 「悪いけど、大事な荷物と、もふら様たちなの!」 絶対にもふらさまに近づけないという決意と共に、清華は1体のスライムに対し冷気を連続して送り込む。 動きは鈍くなり、かなりのダメージは与えているようなのだが、十数秒間冷気を送り続けてもスライムが凍る兆候はなかった。 「このっ」 利穏が大薙刀を振るって衝撃波を放ち、冷気に責められているアヤカシをほぼ両断する。 が、それでもまだ動く。 「さあさあ! 元・雑技衆『燕』が一の華の演舞、お見せしましょうっ!」 後ろから追いついた一華が白梅香を発動させた薙刀で切り裂くことで、ようやくスライムが崩壊をはじめる。 「急ぎましょう。もふらさまの守りを薄いままにしておくわけにはいけません」 もう1体のスライムを足止めしていたシータルがその場を飛び退くと、非物理攻撃を大量に打ち込まれたアヤカシは、瞬く間に瘴気に変じて散っていった。 ●お届け完了 岩尾城に到着後ももふらさま達は足を止めなかった。 作業現場に荷物を直接運んだり、受取証の受け取りや細かな伝達事項のやりとりを行うなど、本来なら飼い主が行うはずの仕事を手慣れた様子でこなす。 あの頼りない業者がどうして15柱のもふらさまを手元に置けるのか、どうして15柱のもふらさまが好き勝手に振る舞うのか、その原因が一目で分かる光景であった。 開拓者ともふらさまは大量の物資輸送を成功させ、意気揚々と帰路へつくのであった。 |