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■オープニング本文 ●大じいちゃんとぼく 商人のものとしては非常に大きな屋敷の奥、豪華な調度品で飾り付けられた広間で、眼光鋭い老人がひ孫達に語りかけていた。 「儂はのう。ガキの頃はそれはもう貧しくてな。冬は擦り切れた着物だけで家の中に吹き込んでくるすきま風に耐え、夏は汗を大量に流しながら力仕事に追われておったのよ」 「ひいじーちゃん。そのお話なんどめ?」 「20年前の大商いの話を聞きたいんだけど」 さっそく口答えを始めたひ孫達に、老人は眉間のしわを一層深くする。 「夏なら氷を買えばいいじゃん」 「氷霊結を使える巫女を雇うのもいいよねー」 老人の目に危険な光が宿るが、残念ながらひ孫達は大商人の表情を読めるだけの才覚を持っていなかった。 「なるほどそれも一理ある。孫共‥‥いやお前達の親には伝えておくから、今年の夏も涼しくして過ごすようにな」 「はい大じいさま!」 「避暑に出かけるつもりだから大丈夫だって」 「私はジルベリアに行こうかなー」 孫達が己の後継者の教育に失敗しつつあると悟った老人は、未だに鋭さを失わない頭脳をフル回転させて計画を立案する。 「ほっほっほ。今年の夏は存分に楽しむがよい」 老人が浮かべた満面の笑み。 それはかつて商売敵を恐慌に陥れた、悪辣極まりない遣り手の笑顔であった。 ●かき氷黙示録 「はーい、皆さん。いかれた暑さの夏にふさわしいイベントのお知らせですよー」 開拓者ギルドの中で突然に始まった呼び込みに、開拓者の視線が呼び込みを行う係員に集中する。 だが係員の顔を見ると、こいつ暑さやストレスでどうにかなっちまったんだなぁ、という生ぬるい視線になってしまう。 「このたび、とある大規模商家が氷を大量に使用する催しを行うことになりました。氷霊結を使える巫女さん方を大勢呼んで氷像を造ったり、かき氷の大食い選手権をしたりという、まあ要するにお祭りです。場を盛り上げるために開拓者にも出て欲しいということで、数人分の募集がかかっています。氷像造りに自信があったり、かき氷に一家言あったり、大量のかき氷に負けない胃腸を持っている方は優遇されるそうですが、細かいことは気にせず参加しても大丈夫だと思います。参加される方は存分に楽しんでくださいね」 にこやかに微笑む係員の顔には、ねたましいというセリフが浮かび上がっているようだった。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
紙木城 遥平(ia0562)
19歳・男・巫
和奏(ia8807)
17歳・男・志
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
シフォニア・L・ロール(ib7113)
22歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●氷像 それを見た瞬間に氷と認識できる者は希であろう。 畳を十数枚重ねた大きさの、ほぼ透明な直方体。 底に惹かれたござが透けて見えるそれからは、夏にはありえない冷気が漂ってきていた。 「ほぅ」 和奏(ia8807)は氷を認識した瞬間から、視線を巨大氷に向けたまま動きを止めていた。 開拓者として熟練の域すら超えつつある彼にとっては、真夏の氷など驚く対象ではない。 それでは何が問題なのかというと。 「とぐろを巻いた蛇?」 脳裏に完成予想図を思い浮かべると、蛇というより御不浄の中にあるあれそのものな外見になってしまう。 和奏は鑑賞する方はともかく、創る方の能力はかなり低めだった。 「ご来場のみなさまお待たせいたしました! 只今より氷上生き残り大会を開始いたします!」 紙木城遥平(ia0562)が開会を宣言すると同時に、主催者のひ孫達が氷に向かっていく。 それから約1時間後。 手の早い者はほぼ完成させつつあるのだが、ひ孫達は未だに悪戦苦闘中だった。 「うぐっ、また壊れた」 「畜生、なんでこんな目に」 「あはは、なんねんもまえにおわかれしたおばあちゃんがどうしてここに? こっちきちゃだめって?」 和奏の近くで、この場には不似合いなほど高価な衣服を身にまとった少年少女が、全身から吹き出す汗で濡れ鼠になりながら大工道具で氷に挑んでいた。 「犬のような猫に猫のような猪。これはなかなか」 本心から褒める和奏。本人の意図に反して罵倒になっているのだが、少年少女達は怒るに怒れない。 曾祖父に命じられた祖父母と父母により、彼らにこれまで与えられていた庇護と金は全て取り上げられている。 この状況で、曾祖父が開拓者ギルドを通して呼び寄せた招待選手に暴言を吐けば、一族全体に唾を吐いたという理由でもって勘当されかねない。 「早く氷削んねーと溶けちまうぜー、もっと手ー動かせってー」 羽喰琥珀(ib3263)はひときわ大きな氷の上に座り、少年少女にからかうような視線を向けていた。 「そちらも彫り始めてはどうですか?」 五月蠅い黙れ俺達の邪魔をするな。 発言と声色は礼儀正しいのだが、返事をする少年の顔には隠しきれない怒りと苛立ちがはっきりと現れていた。 「その程度なのか」 少年少女へ露骨に失望の視線を向ける。 「大きな商家の中の揉め事なんて俺には分からないけどよー、本当に欲しい物があるならそれ以外に注意が向くわけねーだろ。この程度で根を上げるなら、オメーらにとっては財産分与? ってのはその程度の価値しかねーってことだなー」 琥珀は手の力だけで飛び上がり、宙で一回転して危なげなく氷の横に着地する。 そんな彼に羅喉丸(ia0347)が声をかける。 「やるか」 「うん」 「よし」 細かな打ち合わせなど必要ない。 氷霊結一筋数十年の巫女達が作り上げた氷塊を前にして、羅喉丸と琥珀は体から力を抜き自然体になる。 それだけで、街中にある特設会場全体から音が消えた。 2人には殺気は微塵もない。 単に目の前の氷に対して開拓者としての力を使おうとしているだけなのだが、会場全体を威圧してしまう程の迫力がある。 「はっ!」 羅喉丸が突きを放つ。 それはほぼ無色の氷塊に吸い込まれ、氷を割りも吹き飛ばしもせず、突きの軌道上の氷だけを削ぎ取っていた。 どれだけの研鑽を積めば可能になるのか分からない絶技ではあるが、あまりに高度するために観客達には凄さは理解できていない。 ただ、羅喉丸が突きを放つ度に、徐々に氷の中から何かが現れようとしているのははっきりと分かる。 「氷象部門、こちらの方が参加者が多彩です。招待選手である開拓者が2名に一般参加者が20名。中でも最も大きな氷塊を選んだのは開拓者のペアです。モチーフは何でしょうか、完成が楽しみです!」 遥平の解説を聞きながら、羅喉丸は別に用意していた氷で手を冷やし、その姿を現しつつある龍の氷像の前に立つ。 「泰拳士の妙技、お見せしよう」 声を張り上げた訳でもないのに、低く穏やかな声は観客全員の耳にしっかりと届く。 「つぁっ!」 鋭い呼気と共に、羅喉丸の動きが常識の壁を越える。 余程の使い手でなければ反応どころか見えさえしない一撃が、龍の体にまとわりつく氷を打ち払う。 もちろんそれは錯覚であり、氷を削って龍の形にしているだけなのだが、会場にいる者達にはそう認識できない。 いや、ひょっとしたら観客の方が正しいのかも知れない。 膨大な練力をつぎ込んだ結果紅く染まった羅喉丸が、一際大きく腕を振るう。 龍から最後の氷が払われ、夏の陽を眩しく反射しながら水しぶきが高く吹き上がる。やがて風が吹き、氷像と大空を繋ぐ小さな虹が現れるのだった。 「羅喉丸選手の作品は空を舞う龍です! 琥珀選手はやや遅れているのでしょうか」 「さって、真夏に振る雪をとくとご堪能あれ! なんてなー」 薄っすらと朱色に染まった刃が、超高速で何度も氷塊に突き込まれていく。 削り取られた氷が天へ舞い上がり、初雪のようにゆっくりと落ちてきたとき、琥珀の氷像も完成していた。 「琥珀選手は虎です。これは両者対になっているようです」 竜虎は甲乙つけがたい迫力を放ちながら、互いに向き合っている。 「ここで氷像の部の制作時間は終了です。結果発表までしばらくお待ち下さい」 遥平が宣言すると、観客席から自然発生的に拍手が沸き起こるのであった、。 ●氷像大会結果発表 優勝。琥珀と羅喉丸の竜虎像。パフォーマンスを含めると羅喉丸の優勢であったが、判定基準が氷像の出来のみだったので双方同点での一位となった。 最下位。和奏。細部の造形に関しては最優秀の部類であった。しかし全体の印象として良く言って無難、悪く表現すれば訴えかけるモノに欠け、氷像造りのセミプロが多く参加した本大会では最下位に甘んじることになる。 失格。主催者のひ孫達。高評価を狙うために頑丈さより見た目優先の造形を行った結果、審査前に自重で破壊されてしまった。 ●かき氷生き残りバトル 漆により黒く艶やかに彩られた椅子。 人が座れば足首が来る位置には、恐ろしく頑丈な鉄製の足枷が埋め込まれていた。 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)、幼少時からの厳しいしつけと自己鍛錬の結果身につけた、高雅ささえ感じさせる身のこなしで黒の椅子に座る。 細い足に足枷をはめる様は高貴であるからこそ背徳的で、足枷の鍵を背後に投げ捨てるのも宗教画であるかのように決まっていた。 「これで妾は何が起ころうと此処から動けぬ様になった! 妾の優勝で試合が終わる迄な! 勿論粗相など許されぬ! 我がメイドは躾に厳しい。そんな事になれば妾はきつい仕置きを受ける事となろう!」 石畳に固定された黒い椅子の上で、リンスガルはそこだけは慎ましい胸を張って宣言した。 「分かるか? 妾の様な貴族には勝利しか許されぬのじゃ! 恵まれた境遇に生まれそれを享受せんとする者は、それに相応しい者である為に常に自らを律し、鍛えねばならぬのじゃ!」 生まれに安住する者は滅びよ。 生まれにふさわしく有り続ける者のみがその地位に留まる資格を持つ。 齢10ほどにしか見える娘がどのような教育を受ければこうなるのか、観客達には全く分からなかった。 「好きに言うがいい。俺は、俺達はこんなところでは終わらん!」 汗と埃にまみれてみすぼらしい格好になった少年少女が、目にだけは激情を浮かべて断言する。 そんな彼らを遥平が暖かく見守っており、それに気づいた者はそっと見て見ぬ振りをしていた。 「ならば行動で示すが良い。もっとも勝者は妾に決まっておるがの。何故なら妾が貴族だからじゃ!」 子供の無邪気さ、貴族の傲慢さ、己を律し鍛え続けた者の自信が渾然一体となった、彼女しか持ち得ない誇りと共に優勝を予告する。 「はははっ。良いね。そうこなくちゃ楽しくない」 シフォニア・L・ロール(ib7113)はリンスガルトの隣の席に座り、指を高く鳴らした。 すると試合場を囲んでいた覆いが取り払われ、人工的につくられた砂浜とコンパニオン、ではなく芸者のおねーさん達が姿を現す。 「あはははっ、派手なお金の使い方するねー」 水鏡絵梨乃(ia0191)は実に楽しそうに笑い、かき氷用に用意された氷塊の前に立つ。 そして、優しくなでるような形で氷に触れる。 「おおおっ!」 観客席から歓声があがる。 絵梨乃が触れた瞬間に氷塊は白く染まり、やがて小さな氷の欠片となって氷塊が載せられていた巨大皿に広がっていったのだ。 「さーてとうとう天下分け目のかき氷大食い大会の始まりだ。優勝するのは芋羊羹愛好家にしてウワバミ酔拳使いの絵梨乃か? それとも義理と義侠心の泰拳士、羅喉丸か? ゴシック服がみてるだけで暑さを誘う、実年齢不詳の泰拳士のシフォニアか? もしくはのんびりぼんやり志士の和奏か? はたまた参加者中最年少のツンデレ獣人騎士、リンスガルトか? 開拓者以外もやる気満々で番狂わせも十分ありえそうだ。では、かき氷大食い大会、はじめ!」 琥珀が叫ぶと同時に、選手達はいつの間にか目の前の机に並べられていたかき氷に大さじを突き込んだ。 「んー、いい感じ」 絵梨乃は形の残った氷をひと噛みで粉砕しながら、口から鼻へと広がっていく古酒の香りを楽しむ。 「む。甘酒かの」 見た目14歳未満の参加者には古酒シロップではなく甘酒シロップが用意されているため、リンスガルトは個人的には物足りない甘さのかき氷と格闘していた。 「少しお行儀が悪いが勘弁してもらおう」 シフォニアは山盛りになったかき氷、というより小さな氷の山を手のひらで打つ。 絶妙に加えられた力により氷は丁度食べやすい大きさにまで砕かれ、シフォニアはただ1人氷ではなくかき氷を食べれるようになる。 「参加した以上、リタイアなんてことはしたくないかね。はははっ」 黒い布をふんだんに使ったゴシック調の服装をしているにも関わらず、シフォニアは汗一つかかずに爽やかに笑う。 そんな彼に対し、観客席からおにーさまー、という黄色い声が聞こえてきている。 「ええ、と。あれでお願いします」 和奏が気弱な口調で促すと、助手の役割を振られた芸者達が参加者に器を運んでくる。 「青いかき氷っ?」 和奏曰くぶるーはわい。 まともな食べ物とは思いがたい真っ青なシロップがかかったかき氷に、眩しいほど白いしらたまが乗った一品だ。 絵梨乃あたりは平然と食べているが、視覚的な攻撃力は破滅的だった。 「熱い麦茶を用意しております。体調に不安を感じたら無理をせずに棄権してください」 遥平が持つヤカンから香る麦の匂いにとどめを刺されたのか、多くの一般参加者が棄権を選択する。 主催者のひ孫達は青白い顔になりながらも必死にさじを口に運んでいる。 「おやおや、面白いね‥‥カキゴオリと言うのは。舌の色が変わっているじゃないか」 青く染まったシフォニアの舌が陽の光を反射し、蠱惑的な輝きを放つ。 「これ、結構クルね。もとの量が多いのもあるんだろうけど」 己の胃腸がうごめくのを感じながら、絵梨乃は額に冷や汗を浮かべたままなんとか完食する。 「皆さんがんばってくださいね。氷はまだまだ追加可能ですから」 真新しい氷を作り出す遥平が、参加者達には大アヤカシに見えたという。 「ふ、ふははは! 次は妾の指定したかき氷じゃ。何人耐えられるかの」 リンスガルトの高笑いと共に差し出されたのは、水と固形物の中間状態のシロップと、木の実の砂糖漬けの盛り合わせが叩き込まれたかき氷だ。 ちなみに氷の高さは50センチ近い。 「涼しい」 和奏だけは平然と食べているが、他の面々はそうはいかない。 「食べろ。食べなさい! こんなところで消えられますか!」 本格的に危険な顔色になりつつも、少年少女は一口一口腹の中に押し込んでいく。 「甘ーい。けどお腹‥‥が?」 絵梨乃は即座に判断を下し、棄権すると共に会場の外にあるトイレに向かう。 猛暑に大量のかき氷という組み合わせは、熟練開拓者にとっても強敵だったようだ。 「無理はしない方が良いよ?」 貴公子然とした微笑みを浮かべるシフォニアに、リンスガルトは不敵な笑みで答える。 「ふ、ふは、は、は。この程度で妾が参るわけがあるまっ」 ぐきゅじゅじゅじゅっ。 リンスガルトの平べったいお腹から、決して聞こえてはいけない危険な音が響く。 「はっ。優勝予告したのはまずかったな」 唇が紫色になった主催者のひ孫が挑発する。 が、リンスガルトは秀でた額にわずかに汗を浮かべながら、それでも平然とした表情で断言する 「貴族は常に撤退の道を用意するもの! 捲土重来の為にな!」 妙に高かった背もたれの背後から長柄の武器を取り出し、可愛らしい雄叫びをあげながら振り回す。 呆然としているひ孫達を放置して、華奢な足首に傷をつけず足かせだけ吹き飛ばし彼女は絵梨乃の後を追う。 「近くに手洗いをつくっておかんかああ!」 それは不幸な事故であった。 リンスガルトは乙女的非常事態のため焦っており、試合場は見た目を優先したため移動の邪魔になる装飾が各所に配置されていた。 精巧な人魚像に蹴躓き、それまで辛うじて耐えていた下腹部に衝撃が加わる。 「あにゃああああああ!」 悲痛な叫びが、どこまでも青い空に吸い込まれ消えていった。 ●生き残り一覧 優勝者。和奏。脱落者が続出する中、熟練の前衛系開拓者の体力にものをいわせ最期まで勝ち残る。 準優勝者。シフォニア。和奏と一騎打ちを演じたが、体力の差により押し切られてしまった。 敢闘賞。開催者のひ孫達。この大会で何かを悟ったらしく、遺産ではなく己を鍛えるための職場を求め、違う街へと旅だった。 失格。上記以外のほぼ全員。かき氷大食い大会を行う際には試合場の近くに御不浄を設置する必要があることを知らしめた、尊い犠牲となった。 大会の記録には以下のコメントが残っている。 「尊厳は死守したのじゃ」 コメントを残した者はちょっとだけ涙目だっという。 |