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■オープニング本文 ※注意 このシナリオは舵天照世界の未来を扱うシナリオです。 シナリオにおける展開は実際の出来事、歴史として扱われます。 年表と違う結果に至った場合、年表を修正、或いは異説として併記されます。 また、このシナリオでは参加するPCの子孫やその他縁者を、『一人だけ』登場させることができます。 5年前、ここには何もなかった。 名も忘れられたオアシスに、現在の開拓者であれば単身片手で殲滅できる程度のアヤカシがいただけだった。 老富豪ナーマ=スレイダンが独占的開拓権を得たのは4年前の冬。 その後天儀開拓者ギルド経由で開拓の全てが開拓者に任された。 そして今、かつて無人で無価値だった地が、アル=カマル辺境で有数の都市にまで成長していた。 「アル=カマルにおける小麦および砂糖の主要生産地のひとつ」 「ジルベリアと天儀様式を取り入れた難攻不落の城塞都市」 「武力と策謀を振るい周辺部族を従えた辺境の覇者」 そんな、夢と希望と野心あふれる土地が、今回のお話の舞台である。 ●ナーマ連合中心都市。部族長宮殿中庭にて 「嘘をつかずにここまで事実を粉飾できるのって、凄いですよね」 パンフレットのゲラ刷りを読んで頭を抱えているのが1人、腹を抱えて爆笑しているのが1人、噴き出した紅茶を絹の布巾で拭いているのが1人。 いずれも、数年前に天儀から送り込まれたからくり達だ。 首都向けに食料輸出をしているのも、からくりとジンと多数の宝珠砲を抱えているのも、アヤカシ退治のついでに周辺を傘下に収めたのも事実ではある。 「目立っているだけで輸出の規模は普通とか、規模が急拡大し過ぎて資金がぎりぎりとか、人材の層が薄くて週休1日の予定が年休7日になってるとか、全然書いていないのですもの」 高品質の装束を自然に着こなしている。有力部族の領主側付きに相応しい威を、極自然に身に纏っていた。 「書く訳にいかないでしょ。もー、初の非人間部族長ってだけでも外交で厳しいのに」 口を尖らせているのは外務部門トップのからくりだ。開拓者を除けば部族長が最も信頼する人物だが色々言いたいことがあるらしい。 「無人の砂漠が5年でこれよ?」 中型輸送飛空船複数とナーマ籍の中型重武装飛空船が、地平線近くからこちらへ向かっている。 今宮殿の厩舎から飛び立ったのは、非番の覚醒からくりと去年生まれた龍。遅れて今年生まれた龍数頭も続く。 風に乗って聞こえるのは、アル=カマル各地から買い付けに来た商人とナーマ官僚の熾烈な交渉。同じく流れて来た香りは砂糖に加工する途中の甜菜のもの。 彼女達にとっては日常だけれども、外部から見れば異常なほどの発展だ。 「都市育成に協力してくださった開拓者の中には、天儀で地位のある方もいるのですよね? あの方達にとっては困難であっても不可能ではなかったのですよ」 当初無人の地をここまで育てたのは開拓者と民全員だが、内容が史書に載る水準で素晴らしい所はだいたい開拓者の仕業だ。 「皆様にもう一度来て頂ければいいのですが」 溜息が3つ。 「1人で上級アヤカシを倒せるジン……天儀では志体ですね。終身雇用だと最低でも金塊がいくつ必要でしょう?」 「戦力が並みでも技能持ちなら同じ程度いるかも」 溜息がまた3つ。 「天儀開拓者ギルドに、移民募集のチラシを置いてもらいます?」 「移民募集ではなく超高度人材引き抜きですね。天儀に喧嘩売ってる感じの」 「別荘を無償で差し上げるので年1月働いてくださいじゃ、駄目かな?」 教育、司法、外務の部門長3人が貴重な休日を使って文面を考え、天儀開拓者ギルドに1つの依頼が出されることになった。 ●依頼票 城塞都市ナーマでは長期間働いて頂ける方を募集しています。 未経験者歓迎。本人が拒否しない限り、引き継ぎまたは幹部としての教育の後、部門の長になってもらいます。 募集部門は、行政、教育、農業、外務、防諜、医療、司法、観光、そして防衛部門です。 どれも笑顔の絶えない職場です。 会話可能なら相棒の方も自動的に幹部候補になります。 教師、医師、部族長級も訪れる劇場勤務の楽士に踊り子、剣術道場経営希望者も募集しています。 より困難な職に挑戦する方も募集中です。 例えば西部開拓の指揮。水が少ない地域なので困難が予想されます。 他には城塞都市周辺の緑化事業指揮。直径約30キロメートルの砂漠を緑化する大事業です。配当が投資を上回るのが100年後でも大成功扱いされます。 最近本格栽培が始まった米の料理屋、騎士などの育成も需要があります。 ●年表(開拓者が防がないとアマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)がやらかしてしまうイベント群) 2年後 神の巫女セベクネフェルが亡くなった際、派手に外交活動をし過ぎてナーマ連合の威信が低下する。 15年後 緑化事業にリソースを注ぎ込みすぎた結果、アル=カマルにおける砂漠緑化技術体系化が加速したもののナーマ連合が財政危機に。 30年後 開拓者の子息に部族長の差を譲ろうと画策しているときに族長会議議長に推され、暴走した挙げ句ナーマ連合の威信が著しく低下。 50年後 機能停止。権力委譲にうっかりミスがあり、次代の部族長が非常に苦労する。 ●Q&A ナーマ連合って何? 城塞都市ナーマを頂点とする、都市住民、オアシス住民、遊牧民からなる勢力です。作戦立案開拓者、実行役開拓者、看板はアマルという役割分担でつくられた勢力でもあります。極端な中央集権体制で部族長の権力が極めて大きいです。開拓者がいた頃は部族長はあまり暴走しませんでしたが……。 舞台はどんな所? 城塞都市ナーマは、内に豊富な水源と農地を抱えた豊かな街です。主に開拓者の関与により技術力が高く、コンクリートを多用した貯水湖に大型防壁に上下水道に市街地商業施設、飛空船から各種火器に旧型アーマーまで各種取りそろえています。劇場から大規模商店まであり遊ぶところには困らず、精霊門がある首都への直通飛空船も週に1回は飛んでいます。 住民は? 開拓者全体に対する好感度は非常に高いですが、開拓者のことを超人的武勇と高級官僚級頭脳を兼ね備えた存在と思い込んでいる者が非常に多いです。良く言えば進取の気性に富み規律正しい性質を持ち、悪く言えば伝統を軽視し欲望に正直で外部の人間に対して不寛容です。ただし開拓者は除く。 この依頼に参加したらナーマ連合に帰化したことになるの? 旅行者として訪れてもOK。恋人と一緒に骨を埋めてもOKです。相棒多数を引き連れていっても熱烈に歓迎されます。 年休7日? 立場が下がるほど休みが増えていきます。新人は週休2日らしいです。開拓者が高位の職についた場合、まともな休みをとれるよう頑張るしかありません。 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
隗厳(ic1208)
18歳・女・シ
鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)
48歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●2年後 優しい風の音が薄れて消えた。 数百人観客がいるのに咳ひとつ聞こえない。 耳と頭と心が満足し尽くしてしまい、観客たちの体に力が入らないのだ。 舞台中央で、人間離れした美貌の持ち主が立ち上がる。 「こほん」 わざとらしい咳のたびに、きらびやかな金髪縦ロールが揺れている。 急かすこと実に2分。回復した観客が拍手を始め、重厚な石造りのコンサートホール全体が揺れる。 『第1回ナーマ音楽際の優勝者が決まりました。リンスガルト様の相棒でもある……』 拍手は激しく長く続き、司会者の言葉がかき消される。人妖カチューシャが己の勝利を知ったのは、翌日だったらしい。 そんな会場から数キロ西に向かうと平坦に均されただけの砂地がある。 「来るがよい」 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)が促すと、ナーマ所属部隊が一斉に動き出す。 遠距離からは宝珠砲複数による砲撃。 空からは龍に騎乗しての術攻撃。 中距離からはアーマー隊による挟撃。 これら3つの連携は完璧に近い。並の志体なら1つでも十分に過ぎ、並の軍なら抵抗もできずに無力化されてしまったはずだ 「よい判断じゃ」 リンスガルトの練力と気力が爆発的に膨れあがる。黄金の闘気が彼女を中心に広がり、戦場の半ばを覆っていた。 容赦のない砲撃と術と巨大武器が小さな体を狙う。 微量の黄金色の闘気がはがれ、質量を持った残像となって総攻撃を引き受ける。リンスガルトが加速する。アーマーの隊列の隙間を通り抜けるついでに剣サイズの筆を振るう。 筆の先が関節部分を撫でただけなのに、大重量のアーマー複数が尻餅をついていた。 現役開拓者の動きは止まらず、砲兵隊の額に3つめの目を描き、龍の腹によくできましたと描き終えてようやく止まった。 「なかなかよかったぞ! このまま精進を続けるが良い」 ナーマの兵達は呆然として筆を見つめている。 筆でこの展開だ。もし彼女が本来の得物を使えば一方的な殺戮にしかならなかったろう。 『リンスちゃん♪』 頭上から聞き慣れた声が振ってきた。 見上げると、リンスガルトの持ち船が妙に鈍い動きで移動中だった。 「リィムナ〜♪」 直前までの超越者としての威は消えて、恋人相手のでれでれな態度でリンスガルトが跳んだ。 飛行能力はなくても空の龍を足場に駆け上がる程度なら簡単だ。 甲板に着地する。個人所有船としては大型の飛行船に、髭徳利型の何かが限界まで山積みされていた。 「多いのう」 リンスガルトの頬に一筋の汗が伝う。 「繁茂の宝珠を目指したんだけどね」 数年前から全く変わらない姿で、数年前の数割増しの気配を身につけ、リィムナ・ピサレット(ib5201)が可愛らしく悔しがっていた。 「植物育成の効果と有効期間を同等にすると効果範囲が狭くなっちゃった」 リィムナ一生の不覚! と言いたげだ。 「う、うむ」 研究費と制作費はナーマ連合持ちとはいえ、実質1人で作り上げたのだから十分偉業というか超人だ。 「リンスちゃんは操船をお願い。チェン太〜!」 飛空船に速度を合わせていた轟龍が甲板に降り、器用に足を使って髭徳利型装置を十数個回収する。 髭徳利の数はとんでもなく多く、全く減ったようには見えなかった。 「緑化予定地域に範囲の隙間なく埋めれば、将来に敢えて追加投資する必要なく効率よく緑化が進むからね♪ がんばろ♪」 「出かける前の最後の一仕事じゃな。2人のきょ、共同作業じゃな」 照れる龍翼少女。抱きつく超高位魔術師少女。 2人は数週間かけて砂漠地帯に装置を埋め終えて、別れの言葉を残してアル=カマルを去った。 その数年後。2人の消息は途絶え、ナーマ連合がどれだけ探しても見つからなかったらしい。 ●神の巫女逝去 アル=カマル全土に激震が走った。 神の巫女セベクネフェル逝去。 高位の精霊とアル=シャムス大陸全住民を繋ぐ巫女であり、精霊の声を伝え、天儀との国交を結び、魔の森を燃やし、その後の発展の多くにも間接的に関わった。 彼女は、おそらく千年後の史書でも大きく取り上げられる人物だ。没後、影響の大小はあっても、アル=カマルの全てが変わらざるを得ない。 「号外だよー!」 昨年設立されたばかりの新聞社が、社員総出で薄っぺらい紙を配っている。内容は、巫女の葬儀と新たな巫女についてだ。 「どうなるのかねぇ」 下はおむつを卒業したばかりの子供から、上は引退を考え始めた老人まで、ナーマの民の多くが戸惑っていた。 頂点が変われば下も変わる。中央とナーマの関係が悪化すれば今の反映が蜃気楼のように消えかねない。 「高速船だ」 「何かあったのか?」 細身の小型高速飛行船が彼等の頭上を飛び越え、離着陸用人工湖に勢いよく着水して水飛沫を噴き上げた。 ライ・ネック(ib5781)が、普段は使わない高官としての特権で真っ先に降り宮殿に向かう。 門を潜ったところで闘鬼犬が合流する。微かに血が香っていた。 「派手にやっているようですね」 一介の忍犬から一都市の防諜責任者まで成り上がった隠が、問題なし言いたげに耳を動かした。 血は間諜生け捕りの際ついたものだ。ナーマは研究開発が盛んで金になる非公開技術が多く、スパイにとっては危険にみあう魅力的な狩り場だ。自然と隠の仕事も多くなり、部下も増えていく。 数歩離れてメイド姿のからくりと囁きあい、静かに別れてライとの併走を再開。 「謁見の許可を」 主の言葉に人間より人間らしくうなずき、隠は宮殿の奥目指して風の如く駆けた。 それから9分後。領主執務室の中で、ライは全力でハリセンを振り抜いていた。 「何を」 アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)が乱れた髪を抑え、困惑一色の瞳をライに向けた。 「これはなんですか」 ライは冷たい目で据わったままの領主を見下ろし、側付きのからくりが抱える花束にも目を向けた。 大輪の真紅の薔薇のみで構成された、華やかで濃い香りを漂わせた逸品だ。 「セベクネフェル様の葬儀に力を入れようと……」 視線がますます冷たくなるのに気付いて声が小さくなる。 「薔薇が悪いとは言いません。送る相手と量を考えてください」 翌日早朝出発予定の輸送船に、同種の花束が船倉一杯に運び込まれている。財力の誇示にはなるだろうがタイミングが悪すぎた。 「次代の巫女は先代ほど柔軟ではよくありません。円卓も、予想より保守的な方向で政を行うようです」 人払いを徹底してから情報源を口にする。 ライの表向きの肩書きは外務の長、実際はナーマの領域外での諜報の主力でもある。 「分かりました。古式に則った品に変更させます」 アマルは、ライの進言を受け容れた。 薔薇には強い自信を持っていたようで、まるで未熟な子供のように肩を落としていた。 ●15年後 土木工事用アーマーが城門を潜った。 開放型のコクピットに座るのは幼さの残る少年少女。アレーナ・オレアリス(ib0405)の私塾、というよりほぼ士官学校に在籍中の子供達だ。 「やーれやれ、随分ずいぶん景気もよくなっちまって」 使い込まれて少しくたびれた装備で身を固めた、一見さえない中年が後を追う。 ナーマ連合防衛部門長のアルバルク(ib6635)だ。 石畳は平坦。駆鎧の大重量でも凹まない、頑丈な品を使っているのだ。 都市から続く道は西に向かって真っ直ぐに続いていた。道の左右には丈の長い草原が広がり、道を行くのを面倒臭がったらしい遊牧民が何人か駆けている。 「やっぱ千年先は長かったねえ……」 ナーマの初代領主は己の名を残すためだけに開拓事業を立ち上げた。現状は理想的という表現でも足りないほど順調だが、千年先まで残すにはこの程度では足りない。 「お零れでも分けてもらって悠々自適のつもりだったんだがな」 今後50年必要な軍備の予測と現在の維持費と連合の予算を思い浮かべて検討し、検算する。 「足りねぇ」 ナーマの勢力は大きく、守る立場ではあっても守られる立場ではないので軍備は維持するしかない。 一部部隊には開拓事業や緑化事業に参加させて維持費を捻出しているほどだ。 「緑化地域周辺への防衛戦力の貸出しで小銭稼ぎかね」 今まで得てきた防衛のノウハウを気前よく現地に公開してでも、ナーマを少しでも長く健全に存続させるためあらゆる手を打つつもりだった。 アルバルク指揮下のジン百数十名、アーマー十数騎が展開する場所の地下600メートル。 一柱の精霊が真の闇の中で泳いでいた。 水脈本流は圧力も速度も凄まじく、半端な精霊であれば岩肌に叩きつけられ粉々になっていただろう。 8メートル越えの体で流れを受けながし、横穴に入って空気の気配目指して進み続ける。 水飛沫が乾いた石にかかる。 件の名を持つ精霊が、しばらく泳がないぞと言いたそうな顔をして、胴に堅く結びつけられていた縄を器用にほどいた。 「助かりました」 隗厳(ic1208)が立ち上がる。 灯りはつけずに目に練力を集中すると、剥き出しの鉱脈が目に入ってきた。 「鉄ですか。質は」 慣れた手つきで地図を描いて鉱石を少量回収する。上から掘り進む手間を差し引いても有望な鉱山になりそうだ。 「少し、足りませんね」 件は理解出来ているのに聞こえなかった振りをした。 「緑化の成功が遠い未来としましても……」 成功すれば史書に載る規模の事業には巨大な予算が必要だ。具体的には、目の前にある鉱脈から得られる利益全てより大きな予算が。 「2本目と3本目の橋をかけて、先程の水脈本流は迂回して穴を掘るとして」 この十数年で慣れた、巨大な予算の計算を暗算ですませる。 「経費が増えますね。後1つは鉱脈を見つけたい。瘴気溜まりでも構いませんが」 帰化前には散々苦労した地下調査も瘴気溜まり処理も、帰化後は時間と技術を惜しみなく費やすことで劇的に進展した。 その過程で大型の宝珠や有用な資源も得られたのだが、とうに都市周辺緑化事業で使い尽くされていた。 相棒精霊と一緒にためいきをつく。 「現時点では道楽ですからね」 後の世では絶賛された緑化事業も、この時点ではコストダウンが進まず道楽とみなされることもあった。 防衛部門のアルバルクが労働力と防衛力を確保し、財務担当の隗厳が自力開発した地下鉱山複数の利益を注ぎ込むことで、なんとか破綻せず済んでいるだけだ。 「お金の不足、いつか解消されるのでしょうか」 後の世にアル=カマル緑化の守護者と呼ばれる隗厳も、この時点では仕事に追われる1からくりでしかない。 再度ためいきをつき、件を促し、元来た道無き道を力尽くで突破する。 休暇は今日で終わり。明日の朝から各部門の長が集まる予算会議だ。 ●30年後 「お断りします!」 ファティマ朝族長会議議長に対し、1部族の幹部でしかない女性が言葉を叩きつけた。 権力的にも権威的にも巨人と大人ほどの差があるはずなのに、拒絶された側は可愛がっていた親戚の子に拒絶されたような情けない顔になっている。 「何故?」 あまりの衝撃に、幼児のように小首をかしげるアマルであった。 「玲羽様、言葉遣いが乱れていますよ」 主筋の若君に対する態度で接するのはからくりのサーフィ。30年以上アマルの相棒を続けてきた彼女は、アマルを半ば無視して玲羽に構っている。 無言で抗議の視線をアマルに向けているのは覚醒からくりのサラー。彼女もまたからくりで、ナーマ地方で最も力のある巫女だ。 「とぼけないでください」 逆らえば地位だけでなく全てを奪われかねない相手を前に、玲羽は自暴自棄にはならず毅然と向き合っていた。 そんな緊迫した空間に、盛大な大あくびが響いた。 「続けていいもふよ」 ものすごいもふらさまが、大きなおくちをもごもごさせている。 周囲に飛び散っている粉は、今代の神の巫女に献上するはずだったお菓子類だ。 「温さん」 口添えを頼むつもりでアマルが見つめる。僕むつかしいことわからないと口笛を吹く。 「アマル様」 礼儀正しく、ナーマ連合部族長にして族長会議議長に詰め寄るナーマ連合行政部門および医療部門長。 「天儀の高官の親族が、アル=シャムス大陸で最も豊かな土地の1つを支配すると周囲からどう見られるか、分かりますよね」 彼女の態度も口振りも、天帝侍従任務与、玲璃(ia1114)の生き写しであった。 外見と血筋も、アマルが彼女をナーマ連合の次期部族長に選ぼうとした理由の1つだ。 アマルが再度温を見る。 玲璃と共に多数の戦を駆け抜けた精霊は、のんきな鼻歌を披露しながら、起動1年未満の新人からくりにもふもふされていた。 「アマル様? サラー様、サーフィ様も」 羨ましそうに末の妹達を見る3人に、玲羽の冷えた言葉が突き刺さる。 「何の話でしたか?」 「玲羽様のお見合いの話を……」 「サーフィ! その話こっそり進めるって言ってたじゃない!」 普段は社会的地位に相応しい威を持つ3人も、身内だけの場ではこんなものだ。 「見合いについては後で伺います。それより」 幼い頃玲璃に叩き込まれ、その後の人生で磨いた知識と知恵を最大限使い、玲羽はからくり達の暴走を戒めるのだった。 「変わらねぇなぁ」 控えの間で、アルバルクが懐かしそうに表情を緩めていた。 引退後もやれ指揮官が足りない、やれ史書をまとめるにあたり貴重な話を聞かせて頂きたいだで、月に3日は現役復帰を強いられる日々を送っている。 「次からはコイツに全て任せる。消滅しない限りは、今まであった事を語り継いだりしてってくれるだろ」 要人護衛部門の長が慌てて彼を見る。 「いや、いやいや。これ以上するとぼくこの土地の精霊になっちゃうじゃん」 小柄な警備隊長が、3対の翼を優雅に上下させ抗議する。 今でも彼女を祀った社がたてられそうなのだ。このままだと翼妖精の域を強制的に越えさせられかねない。 アルバルクは答えずバルコニーから外を見る。かつての砂漠は緑の草原にかわり、城壁の近くは植林も始まっている。ここで試され実証された技術は、既にアル=カマル全土に広がり活用されている。 「ま、いいってことよ。俺にガキはいねえからな、防衛部門はある意味みんな、それに当るってもんだ」 任せたぜと頭を撫でる。リプスは一瞬泣きそうな顔に、すぐにかつて出会った頃の笑顔になって、真っ直ぐにうなずいた。 ●50年後 小型アーマーに近い体格のからくりが、頭2つ分は小柄な鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)に押されていた。 「よく鍛えた。だがまだ未熟!」 がっぷり四つに組んだ体勢から、圧倒的な力とそれに匹敵する技を使って持ち上げた。 千人近い観客が熱狂する。うち4割が人間、3割が獣耳、2割がからくり、1割が羽妖精等の精霊である。 「いいかげんくたばれ爺ぃ!」 「その意気や良し!」 帝王の哄笑。 挑戦者の必死の抵抗をものともせず、鏖殺大公はそのまま反り返ってマットに沈め悠悠と1人立ち上がる。 黄色い歓声と野太い声援が予想以上に大きい。〆のマイクパフォーマンスをするまで時間がかかってしまいそうだった。 総合格闘技団体デストゥカスのナーマ公演終了から2時間後、映画館や大規模浴場が建ち並ぶ通りを歩く2人組がいた。 「テラドゥカス、市長の講演依頼断って良かったのか?」 リング用の外部装甲をお忍び用に換装したテラドゥカスの肩に、羽妖精の少女が腰掛けている。 「ここの領主はからくりだったな」 「ああ、美人らしいぜ♪ 貴賓室から見てたのがそうかもな〜って、なんだテラドゥカス、口説きに行くのか〜?」 頭部パーツをぺしぺし叩く。 「違うわ馬鹿者が」 通りを抜けると背の低い森が出迎える。遠くに見えるのはかつての城塞都市、元この地域の政治的かつ宗教的中心だ。 収納スペースから特殊な通行証を取り出す。森から向けられていた警戒の気配が消え、数十人の羽妖精による演奏が聞こえて来た。 「絶頂のときこそ注意せねばならん」 リングから一瞬見えたアマルの様子は、彼にとっては見慣れたものだった。 活動限界が近い。 「む」 足を止める。アヤカシとも精霊とも違う、飛び抜けて強い気配が突然現れた。 「リィムナ・ピサレットか?」 森の奥に見える小柄な影に見覚えがある。 見た目は生き写しだ。常識的に考えれば孫かひ孫。 「あっ、テラさんがいた♪ からくりだから見た目変わんないねぇ♪」 手を振りつつ近づいてくる気配は、かつて会ったことのある本人、いやそれ以上のものだ。 「領主のもとへ急ぐぞ」 挨拶をかわして世間話を始めたリィムナとビリティスを連れ、テラドゥカスは常人の全力疾走に近い速度で足早に宮殿へ向かった。 ●アマル 夢を見ていた。 『母さんがいなくなったらアマルは悲しい? 巫女姫を失ったアル=カマルの人たちもきっと同じよ』 そのときわたしはどう答えただろうか。 子供未満の口答えをして困らせた気がする。 『アマル』 髪を撫でてくれる優しい手が忘れられない。 最近は母さんも体力が落ちてなかなか会えないから……。 「閣下!」 覚めない眠りに入る直前だった。 目を開けると、母の相棒であるロスヴァイセさんが覗き込んでいた。 背後で慌ただしく動いているのは、母が手塩にかけて送り込んでくれた、ジンであり騎士である有望な若者達だ。 「お寝坊さんね」 母が、アレーナ・オレアリス(ib0405)が来てくれた。 立ち上がろうとしても何故か力が入らない。 母は微笑んで、すっかり細くなってしまった体で私のとなりに腰を落ろした。 子守歌が聞こえる。 常に温度が下がる心に熱をくれる、50年間熱を与えて続けてくれた命綱だ。 『50年の善政という重みを軽視しすぎである。次代がお主の倍有能でも全く足りぬ。今のうちに譲れる功績は全て譲っておけ。……これだけの領地だ。委譲に僅かな痂疲でもあれば後々までの禍根になるだろう』 考えがまとまらない。 確か、大きな同属が訪ねて来てから、普段しないことをいっぱいした気がする。 髪をなでる手が気持ちいい。 ずっとこうしていたいけど、妹たちにもゆずってあげないと。 「いいのよ」 母さんが優しい。 初めて会ったときのように、私だけに優しさを向けてくれる。 仕事でやせた心がすごい勢いで回復して……そういえば、私、何の仕事をしていたのだろう。 『元議長としての仕事だけでもこんなに? 予想の上限かぁ、成長したんだね』 武力と知力と知恵を兼ね備えた開拓者の皆と一緒に街を広げて、緑を増やして、大陸の経営を任されたのは驚いたけど。 『アレーナさんが引き継ぎ準備してくれないと時間がなかったかな。じゃあね、アマルさん。大丈夫だよ、怖がる事なんて何もない♪ 安らぎに満ちたところなんだから♪』 今振り返ると、どうして手を貸してくれたか分からないほど有能な人達だった。 風が吹いている。 乾いた砂漠の風ではなく、濃い緑の匂いが子供達と妹達の声と一緒に私の頬をなでる。 起動した頃の浴びたマスターの声は、今はもう遠い。 マスターの狙い通りに強い心を持って、マスターの予想外の形でかあさん達に導かれて、望んでも誰もたどり着けない場所まで来た。 やりたいことはすべててやった。ううん、みんなともっといたいけど、たぶん、めがさめてなくてもずっといっしょにいれる。 「かあさん、わたし」 しあわせでした。 そう言い残し、アマル・ナーマ・スレイダンは全ての機能を停止した。 「母さんも幸せでしたよ」 最後にひと撫でして、髪を整えてやる。 こぼれた涙が、微笑んだままの娘の頬を濡らした。 精霊の力が薄れるほど時が過ぎた。 城も、街も、何もかもが朽ちた後も緑と人は残り、からくりとその母、そして開拓者達の名が今も語り継がれている。 「かあさん、はやくっ」 少女が振り返る。満面の笑みを浮かべて母を呼ぶ。 かつていた母子と同じ名を持つ彼女達を、薄れた精霊達が懐かしそうに見守っていた。 |