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■オープニング本文 刀傷で覆われた顔が歯を剥いた。 鋭い犬歯は肉食獣を思わせ、寺小屋に通い始めたばかりの子供を恐怖で縛り付ける。 子供の腕ほどもある手が伸ばされ、小さな頭を掴んだ。 「ぼっちゃん、あんたが悪戯のつもりでも親類全員巻き込む大事になりかねないんだ。こんな所に入り込んじゃぁいけねぇよ」 浪志組4番隊所属隊士、元盗賊一歩手前の荒くれが、本人としては精一杯の笑顔を浮かべて子供の頭を撫でている。 「は、はひぃっ」 子供は涙も出せない。 「何事だ」 高位貴族の邸宅に通じる道から、折り目正しい侍が顔を出す。 隊士の顔を見て腰の刀に手を伸ばしかけたが、隊士が着込んだ制服に気付き軽く会釈する。 浪志組が治安維持の一翼を担うようになってから既に長い。この男ほどの悪人面でも、制服を着ていれば信用される程度の実績が積まれていた。。 「迷子ですよ」 子供の頭から手を放し、男としては人生最大級に優しく背中を押してやる。 「おがーちゃーん!」 前のめりに転びそうになるのを必死に堪え、子供は大通りに通じる道を全速力で駆けていく。 「甘くはないか」 「二度三度と繰り返すようなら捕まえて口を割らせますんで」 侍は難しい顔で考え込み、なるほどとつぶやき最初より柔らかくなった視線を隊士に向けた。 「いつも助かる。これからもよろしく頼むぞ」 へへぇと頭を下げる隊士を残し、侍は貴族の護衛に戻っていった。 ● 「熱燗お持ちしました」 古びてはいてもよく手入れされた卓の上に、実に良い香りが漂った。 「ありがとよ」 ごつい手で受け取り小さな猪口に注いでちびちび味わっているのは、今日の昼に警備を行っていた男だ。 安酒というには少々美味すぎる酒が五臓六腑に染みこんでいく。 「ここいいか?」 「驕って頂けるんなら」 中戸採蔵(iz0233)が、一杯だけだぞと蒸留酒を1杯ずつ注文して隊士の対面に座った。 双方、無言で杯を重ねる。 採蔵が再び口を開くときには、酒場の客は半分ほど入れ替わっていた。 「どうだ」 「来年も使って頂けるようで」 にやりと笑う。 採蔵は安堵の溜息をついてもう2杯蒸留酒を頼んだ。 「いつも面倒な所を受け持ってもらってすまんな」 「俺も楽しんでるから気にせんでくだせぇ。しっかしぬす……上品な生まれじゃねぇ俺がお貴族様の警備をするなんて、森様様々ですな」 硝子の杯を揺らし、異国風の酒精を堪能する。 しかし上司である採蔵は酷く辛気くさい酒を飲んでいる。 少しなら愚痴を聞きますよと合図を送ると、採蔵は重いため息と共に言葉を吐き出した。 「東堂殿の恩赦嘆願」 隊士の顔に困惑が浮かぶ。 「戻って来たら俺等の職が無くなるってんなら反対でも闇討ちでもしますがね。そうでないならどうでも」 「森様が反対されているらしい」 採蔵の目は、釣り上げてから数日経った魚のようだ。 「なら反対ってことで」 「そうする訳にもいかんの分かってるだろお前」 2人とも森藍可の派閥に属しているが、浪士組の長は東堂帰還を望んでいる。帰還を阻んでも即浪士組からの放逐という展開にはならないだろうが……。 「安定した職を失いたかねぇですよ」 下を食わせるのが隊長の役目だろという目で見る。 「こっちは隊長職引き継げる奴に任して引退したいよ。ったく」 浪志組4番隊隊長が蒸留酒を一気飲みして据わった目になる。今の4番隊には適任者がいない。目の前の男は人格と能力は問題なくても経歴が大問題だ。 「来週頭に慰労を名目に4番隊を集められるだけここに集めろ。開拓者に頼んで」 採蔵が己の眉間を激しく揉みほぐす。 「半月ほど政治的な動きをしないよう言い含めるなりなんなりしてもらう」 「そりゃぁいい。でかいアヤカシ退治の武勇伝でも聞かせてもらえりゃ、しばらくそれ以外考えなくなりまさぁ」 ねーちゃん肉持ってきて肉、と楽しげに呼びかける。 「元気すぎる相棒ややり手過ぎる開拓者が来そうで怖いんだよ」 採蔵は、営業時間が終了して追い出されるまでくだを巻いていた。 |
■参加者一覧
からす(ia6525)
13歳・女・弓
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
山階・澪(ib6137)
25歳・女・サ |
■リプレイ本文 鋼龍が夕日を浴びていた。 眼下には万全に整備された街道が延びていて、日没前に都入りしようとする商人や旅行者でほとんど埋め尽くされている。 分厚い鱗の上に頑丈な鎧を着込んだ鋼龍はかなり目立つ。 地方から来たらしい人間が騒ぐ。しかし田舎者を見る目に気付いてすぐに騒ぎが収まった。 鋼龍は都の入り口前に着地する。人や家畜を驚かさず、多数連なる荷車にも触れない完璧な着地だ。 「開拓者の龍だな」 役人が走り寄り、鞍を見て所属を把握する。 「買い出しの帰りか、うむ」 鞍に固定された木箱に、事情を説明する手紙が貼り付けられていた。署名は鋼龍の主の山階・澪(ib6137)と浪士組4番隊隊長のものだ。 「浪士組絡みならまあよかろう。通って良し」 至極あっさり許可が出され、鋼龍は軽く頭を下げて都の中に入っていった。 ● 箱を開けると強い土の香りと鮮やかな野菜の匂いが一気に広がった。 澪は冴に礼を言い、たすき掛けして中身を勝手口から中に運び込んだ。 まずは念入りに洗う。何度か水を取り替えると、土が消えて艶めかしいほど元気な青が現れる。 店長から借りた、澪が手入れするまで残念な外見だったまな板に青梗菜を置く。 白い指先で葉をはがし、ただの包丁に名刀に匹敵する切れ味を発揮させ縦半分に切る。 次は生姜のみじん切りだ。市場で注文し生産地直送の品を買った甲斐はあり、軽く刻むだけで素晴らしい香りが漂う。 「あらいけない」 包丁を置いて釜へ向かう。 大鍋は釜で熱せられ、湯の中で干し海老が踊っていた。 味を確かめて干し海老をお玉で回収、釜の火加減を調節してまな板の前へ戻る。 食堂からむさ苦しい男達が身を乗り出し、厨房の澪を凝視していた。 澪の穏やかな美貌に真っ直ぐに伸びた背。食材を扱う手は記憶にある母のように愛と技がある。 「おい馬鹿抜け駆けするな」 「お前こそ」 上司の目がなければ、全員この場で土下座して結婚を申し込みかねない雰囲気だった。 「ごめんなさい。もう少しかかりそうです」 底の厚い鍋を片手で扱い、湯葉、生姜、青梗菜、干し海老をそのもどし汁で炒めながら謝罪する。 「い、いえっ」 「急かしてるわけじゃ……なぁ」 浪士組の制服がなければ賊と誤認されかねない野郎共が、女に慣れない子供のように顔を赤くしていた。 全員、何故か内股で身をよじっている。 『きめぇ』 秦風大鍋を振るいつつ容赦のない突っ込みを入れたのは、両眼に赤い灯が灯る提灯南瓜だった。 「カボチャ、事実でも言ってやるな」 提灯南瓜キャラメリゼは、厨房の本来の主と共に酒の肴を作成中だ。 『塩入れすぎじゃねえカ!』 「肉体労働してる奴には塩と油が必要なんだよ」 両者怒鳴りながら協力し合い、食欲を誘う肉団子が仕上がった。 『邪魔すんナ。これでも食っとケ』 お通しにしては立派すぎる肉団子の小皿と、それと絶妙にあう辛い酒を手渡してやる。 野郎共は未練たらしく何度も澪を振り返り、最後には直属上司に尻を蹴られて自分の席に戻っていった。 「お手数おかけします」 平隊士のかわりに隊長がやって来て45度頭を下げた。 頭頂が薄いのを指摘しない情けが、南瓜にも店主にもあった。 「構いませんよ。料理は好きですから」 澪がにこりと微笑む。 平隊士が歯軋りして中戸採蔵(iz0233)を睨み、採蔵の胃壁が薄くなる。 「味見、お願いできます?」 先に自分で味見してから、小皿に美しく盛って採蔵に差し出した。 青梗菜と湯葉の炒め物。 塩も油も控えめだが、新鮮素材を繊細勝つ丁寧に調理した逸品である。 「ではありがたく」 採蔵は恭しく受け取って、器用に箸を使って立ったまま口に入れた。 「っ」 普段は細い眼が限界近くまで広がる。 とろみが舌に優しい。ただの野菜から複雑で豊かな味が染み出し、普段使っていない舌の部分まで満遍なく刺激してくる。 それだけではない。体の足りない部分、ビタミンとかそういう要素が急激に満たされていく感覚がある。 気付いたときには小皿は空で、気合を入れないと無意識に皿を舐めてしまいそうだった。 「結構なものを頂きまして」 今度の礼は正確に90度だ。 「好評のようで嬉しいです」 盛りつけと配膳は店主と従業員に任せ、澪は次の料理に取りかかっている。 「でも、腸薬も悪くはないですが、自分で作れるようになるのが一番健康にいいですよ」 澪が声をかけると、採蔵は懐の胃薬に手を伸ばした姿勢で固まっていた。 「特に人様や大切なものを護る職の方々は、ね」 「参りやしたね」 情けない顔をして、心底から降参する4番隊隊長であった。 「中戸さん、店で働きながら浪志隊の勤めも果たすのは、規則違反にはあたりませんか?」 白菜で炙り鶏肉その他を巻きつつ話を向ける。蝋燭による暗い光でも分かるほど、採蔵の疲弊は深刻だった。 「よろしいんで? 堅い職なら、いや少々怪しくてもこっちで融通効かせますんで」 顔つなぎと実績積みに専念して5年、他で働きながらなら10年と少しというところだろうか。次期4番隊隊長候補の確保成功を確信し、内心躍り上がって喜ぶ採蔵であった。 ● 数年の浪士組暮らしでも荒っぽさは抜けない。 酒が入ると箍が緩んでしまい、他の隊に捕まる隊士すらいた。 しかし今日は明らかに違う。 「私は弓術師だから大アヤカシを倒したとか、そんなに目立つような武勇伝はないよ」 からす(ia6525)は穏やかに言って湯飲みに口をつけた。 見た目は小柄な少女なのに隙がない。 腕をとろうとしてもすり抜けてしまうような、刀を持ち出しても千回振って1度も当たらないような、そんな絶望的な実力差を平隊士達は感じていた。 実際にはこれでも非常に手加減している。 いつものからすなら、実力が高すぎて平隊士程度では実力差を全く見抜けないはずだ。 「弓術師として、前衛に華を持たせる為に仕事をしていくだけ」 猪口と箸で、雑兵が中級とかそういうレベルの戦場を再現する。 「大群に空から矢雨を降らせ、前衛を奇襲する者あればそれを陰から討ち取り」 平隊士達が緊張で生唾を飲み込む。 並みの開拓者が言うなら酒の席の法螺話にしか聞こえない。しかしからすほどの実力者が語れば馬鹿でも真実と理解出来る。 「君達と同じだ。平穏が保たれているのは我々が普段から目立たない仕事をしているからこそ。目立たない仕事にこそ誇りをもってもらいたいね」 湯飲みを掲げる。 「へへっ」 「からすさんにそう言われると困っちまいますよ」 揃いも揃って英雄に憧れる少年のように照れる。 「というわけでそんな目立たない仕事の話でよければ色々と話そうか?」 平隊士達は最高品質の冗談と受け止めた。 からすにとっての普通は平隊士達にとっての雲の上、目立たない仕事は現実の英雄譚としか思えないからだ。 楽しい話と旨い酒を味わい、いつもよりずっと美味な酒の肴と料理を食らえば自然と盛り上がる。 だから、入り口から堂々と入ってきたリィムナ・ピサレット(ib5201)に、開拓者を除いて誰1人気付けなかった。、 「採ちゃんお久♪」 リィムナが元気よく飛んだ。 可愛らしい衣装が軽やかに揺れる。ほっそりした腕で4番隊隊長の腰に抱きつき、勢いのまま180度と少し回転する。 不意を打たれても混乱しない。採蔵は腰の短銃を引き抜き相打ち覚悟で銃口を向けかけ、しかし腰から見上げるリィムナに気づいて吹き出した。 「な、なな」 全身が震えている。 指から力が抜けて短銃が滑り落ち、しかしリィムナにキャッチされて元の場所に戻される。 「元気ないねー」 採蔵の目の下のくまを小さな指でつつく。 「ほほ、本日はお日柄も良く」 激しく混乱している。 浪士組幹部と開拓者を並べると前者が高位に見える。が、採蔵とリィムナを比べると実力面でも伸びしろでも後者が圧倒という言葉では足りないほど上だ。 「そんな時は笑うといいよ♪」 中年のまわりを回って翻弄しながら大胆に刺激する。 採蔵は抵抗できない。実力的に抵抗できないのは勿論、明日にでも高位に登りかねない相手に抵抗を試みることもできない。 「ヴェロもやりますにゃ♪」 何故か大荷物を背負った高性能からくりもリィムナに加勢している。 「隊長、お子さんで?」 「隊長のガキがこんなに顔が良い訳ないだろ」 「どこかで見た気が……」 アルコールに冒された脳では超人的武勇を誇る開拓者の名を思い出すのは難しい。思い出せても無邪気に振る舞う目の前の少女と結びつけるのはさらに難しい。 採蔵が椅子の上で力尽き、やり遂げた顔でリィムナが胸を張る。 「超絶美少女開拓者のリィムナちゃんでーす♪」 彼女の周辺だけ、精霊に祝福されたかのように輝いて見えた。 平隊士達が口笛を吹いて盛り上がる。 名に気づいた中堅隊士が激しく咳き込む。 彼女の背後では、相棒が使われていない席を片付けなにやら設営を始めていた。 「どーもどーも」 明るく答えて手を振って、相棒が組み立てた演台というより演武場に、助走無しで飛び乗った。 「前向きで元気な性格と天賦の才能、そして日々の努力でこんなに強くなったよ♪」 殺気に満たない戦意が漏れる。 それでようやくリィムナの実力に気づいた者は、大きく口を開けて固まった。 「雑魚は纏めて魂よ原初に還れ連発で瞬殺! 瘴気回収と組み合わせると永久砲台になれるよ♪ 何万匹倒したか分からないね♪」 からすがうなずいている。採蔵の目が死んでいる。 「強めの奴はシノビの奥義で超加速で超連射♪ 山喰、於裂狐、鉄錆丸など数々の大アヤカシに大打撃を与え葬ってきたよ♪」 明るくほらを吹くなぁというほほえましいものを見る視線と、あらゆる意味で雲の上の志体がなんで場末の酒場に来るんだという驚愕の視線が対照的だった。 「そんなに強いなら見せてくれよ!」 平隊士がからかうつもりで喋ると、リィムナは愛嬌たっぷりに答えた。 「いいよ! ヴェロよろしく♪」 「にゃ♪」 全身金属鎧の形をした、そのまま飛行艇の装甲に使える鉄塊を演舞場の上に置く。 鼻歌交じりにリィムナが近づく。 小さな手が持つのは秋水清光ではなく単なる木刀と、極めて高度な技術で作られた判子型の何か。 「いくよー!」 リィムナが増えた。 全く同じ装備をした鏡像が増えに増え、一部手を振って愛想を振りまいたり鏡像発生時の消耗を術で癒したりしつつ、鉄塊が高位アヤカシだったとしても逃げられない速度で包囲する。 「えい」 採蔵以下のむさ苦しい男共は、鏡像とリィムナ本体あわせて5人が三段突きの絶技を使う様を目撃する。 銃の0距離射撃にすら耐える鉄塊が、ただの木刀によって凹んで削られ砕かれていく。 鎧が衝撃に負け宙に浮かぶ。 表面が綺麗に削られていき、ほぼ完全な球になった時点で音もなく演武場に着地させられた。 鏡像が消えてリィムナ1人が残る。汗をかいてすらいない。 「どう? 回復を仲間に任せれば、鏡像が夜使用してさらに攻撃回数上がるんだ♪」 この程度のこと児戯に等しいと宣言しているようだった。 どれだけ高度で超人的か気づいてしまった採蔵は気を失い、中堅隊士は未だに混乱から抜け出せす、実力が足りず理解出来なかった平隊士だけが無邪気に歓声をあげている。 どーもどーもと答えるリィムナに、背後から相棒が近づいた。 「すごいですにゃー♪ これでおねしょが治れば完璧ですにゃ♪」 邪気無くにゅふふと笑う。 「そ、そういう事言わないっ」 赤面する少女に、途切れなく賛辞が捧げられるのであった。 ● 上級貴族が秘蔵していてもおかしくない赤褐色の陶磁器。 それと同等以上の肌を持つ美女が、大皿複数を抱えて席と席の間を移動していた。 「お待たせしました」 「お……おぅ」 平隊士は圧倒されて大皿を受け取り、遠ざかる黒髪と澄んだ赤い瞳をぼんやりと眺めていた。 「お疲れ、カフチェ」 アルマ・ムリフェイン(ib3629)が労う。 黒髪の上級からくりが瞳にだけ喜びの感情を浮かべ、アルマにそっと寄り添い侍る。 「そろそろいいかな」 アルマが周囲を見ると、平隊士の中でも向上心のある面々が身を乗り出した。 軽くうなずいて次の話に移る。 俊足・怪力の、馬の胴に獅子の頭の巨躯討伐戦。 天候、地形、参加戦力まで臨場感溢たっぷりに説明し、盛り上がりが最高潮に達したところで中断する。 「皆と僕となら、どうやって動いて倒す?」 最も身を乗り出した1人に声をかける。 敵は瀕死とはいえ極めて強力。味方は他のアヤカシにかかりきりで増援は期待できない。 「2人揃って突撃! 1人が倒れてももう1人が止めを刺せば2人揃って英雄よって奴よ」 本人は男臭い笑みを浮かべたつもりらしいが現実には引きつった笑みらしきものしか浮かんでいない。 「そりゃ命の無駄遣いってもんだぜ。アルマの兄さんは吟遊詩人だ。アヤカシに演奏を邪魔させないよう肉壁になるのが一番ましなやり方だろ」 横から同僚が口を挟む。 「なんだと!」 「やるかぁ」 アルマが穏やかに微笑みながら仲裁する。 「それぞれ得意が違うから正解もそれぞれ違うよ。ほら、納得できないならまた手合わせしてあげるけど?」 体の厚みは平隊士の半分程度だが、存在感はアルマが圧倒している。 「勘弁してください」 「実力が違いすぎまさぁ」 最初会ったときは、平隊士は皆アルマを舐めていた。 慰労会の前に手合わせした後はごらんの有様だ。 木刀を1度も当てられず体格差があるのに喜劇のように投げられ続けたら、いくら頭が悪くても上下関係が叩き込まれる。 「痛っ」 隅の机に寝かされていた採蔵が起き上がる。 厨房から、秦風の刺激的な香りが漂ってくる。 「僕も喉が渇いたから次の話は少し後でね。今日は隊長さん持ちだから料理も食べたらいいんじゃないかな」 提灯南瓜が運ぶ大鍋が、店主の雑料理とは比較にならない良い匂いを振りまいていた。 「それじゃお言葉に甘えて」 「アルマの兄さん、次の話も期待してますんで」 平隊士達は熱心に頼み込み、何度も頭を下げ、やがて料理に惹きつけられて移動していった。 アルマはカフチェに給仕されながら静かに考える。 彼等は悪党でもないが、理想主義的な東堂との相性は間違いなく最悪だ。 「これじゃあ言うわけにもね」 東堂を先生と呼ぶアルマは、彼が何を目指して何をしたのか知っている。 出来ればアルマの責任で話せる範囲で何があったか話したかった。何より彼等のために現状を理解して欲しかった。 が、今話しても反発して半分も理解されないだろう。 「難しいね」 心配そうに見てくる相棒に心配ないよと目で告げる。 対アヤカシ戦を語ることで平隊士達の向上心を刺激し、その結果東堂のことを忘れさせることには成功している。大成功は諦めるべきかと思ったとき、平隊士の中では出来る男に気づく。 「お疲れ様。明日に響く前に休んでも大丈夫だからね?」 中堅隊士が参りましたと表情を緩める。 「採蔵さんもお疲れさま。……薬屋はカフチェが詳しいよ」 隊長も自分自身に苦笑する。 「不自由させてすみません」 森派の2人が同時に頭を下げた。 アルマが東堂よりであり、東堂よりなのに言いたいことを言わずにすましてくれたことに気づいたからだ。 からくりが茶を入れて2人に勧める。 そろそろ帰るつもりだったのだろう。2人とも有り難く受け取り口内の酒精を洗い流した。 「立場を変えろという気はないよ。ただ、考えては欲しいんだ」 採蔵は胃痛を堪える顔になる。中堅隊士は手はずを整えていただけるなら鞍替えしてもと言いかけ採蔵を半泣きにさせた。 「先生達に関わる話だからでもあるけど、荒っぽさはともかく、素行次第じゃ森派にも睨まれるし」 アルマの言葉に中堅隊士が同意する。採蔵は胃の上を押さえて呻いている。 今後、東堂がどう扱われるかは正直予想仕切れない。 ただ1つだけ確実なことがある。 浪士組は確実に存在感を増していき、立場を得る代わりにより堅苦しくなる。 「今回に限らず流されるだけじゃ、彼らに不利益がありそうだからね」 アルマが平隊士達に目を向けると、2人は同意も否定も出来ずに押し黙った。 酒場は騒がしい。 酔っぱらい、騒ぎ、いい気になって寝る者までいる。 けれどここだけは静かだ。 「難しく考えることはないと思うよ」 からすが採蔵の隣の椅子に座る。 提灯南瓜が自信作を机の上に並べ、ゴユックリと言って次のテーブルに向かう。 「東堂殿については私自身はどうとでも。思惑は兎も角浪士組があるのは東堂殿が尽力したからでもあるからね」 2人は否定しない。 立場上積極的に肯定できないだけで、事実として認めているのだ。 からすはからりと揚がった鳥の皮を味わい、なんでもないことのように口にした。 「トップ同士で気の済むまで大いに喧嘩するといいよ。平和的な決闘でもすれば少しはスッキリするんじゃないかな?」 採蔵と中堅隊士が壊れかけの機械のように首を動かし見つめ合う。 両方とも汗まみれだ。 森が嬉々として決闘を仕掛け、盛り上がった末に真剣を使った決闘になる状況が容易に想像できしまった。 「そこまで猪突猛進ではないと思うよ」 「ええ。烈しい人ですけど政治的な能力はありますから」 アルマも軽くうなずいて同意した。 「東堂殿がもし戻ってきたとしたら、長が面倒見るだろうから問題ないはずだしね」 今回の騒ぎ自体が無意味と言いたげだ。 「だといいんですが……いやいや、政治が絡む問題は森様の判断次第です」 懐から取り出した布巾で顔の汗を必死に拭っていた。 それをじっと見つめ、軽く溜息に似た息を吐いて、からすは最後の忠告のつもりで言葉を舌に載せた。 「採蔵殿も皆も自分の意見を持つべきだね。盲目的に森殿に従うのは楽だが疲れるだろう? 自分に正直になるといい」 胃液の臭いがした。 「私のようなのは、一度裏切ると誰にも信用されなくなるんですよ」 「裏切りしか考えられないとしたら怠慢だな」 上司の面子を潰さない形での諫言、己と上司の利益を両立する方向へ情勢を動かすなど、難しくはあっても道はある。 「買いかぶりです」 頭を抱える採蔵の目の前で、からすが美味しそうにお茶を飲む。 「大いに悩むといい」 採蔵は、これから数日胃の痛みに悩まされ続けることになる。 浪士組4番隊。 隊長以下全員が森派で固められているこの隊は、最近職務と鍛錬に集中し過ぎてそれ以外の活動がほとんど行われていないらしい。 |