|
■オープニング本文 ※このシナリオは初夢シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 ※このシナリオは、シナリオリクエストにより承っております。 1星系全てを抱え込める建造物が回っている。 形はハムスター用の回し車。ただし質量も強度も回転に必要なエネルギーも天文的な桁数違う。 ここは宇宙。 500光年の距離には有人惑星どころか外宇宙観測所すらない、僻地中の僻地のはずだった。 亜高速でまわる建造物の至近で空間が揺れた。 揺れが消えたときには、黒白ツートンカラーに回転灯を光らせる巡宙艦が現れていた。 『止まりなさい。ここは私有地です。止まらない場合は』 巡宙艦が変形する。 半ば人型の腕から、惑星程度なら壊せる光刃が伸びていく。 「うるせーもふ」 回し車の隅っこから紅白配色のもこもこ謎生物が顔を出した。 「天下の公道で騒ぐなもふ」 もふらさまである。 100といくつかの言語を電波と思考波にのせて送信、ついでに片足だけで回し車を蹴る。 星系サイズとはいえ所詮は気も練力も持たないただの物。たっぷり脂身のついた短足に蹴られて勢いを増し、光速に極限まで近づいていく。 巡宙艦が急接近する。 濃厚な殺意がばらまかれる。根性のない人間やうまれたての高度AIではこうはいかない。直撃を受ければ純粋な精霊でもただでは済まないだろう。 「里帰りの邪魔すんなもふ!」 毛艶が増す。禍々しい光刃が赤白のふんわり天然毛布に受け止められる。 「はっ? ひょっとして宇宙海賊もふ? 拿捕してお土産にするもふ!」 肉球がひらめき、恒星内の熱に耐える装甲を撃ち抜き、超高速機関を沈黙させた。 「あのさあ」 軍服姿の中年が、呆れと苛立ちを絶妙に混合した表情でデスクを叩いていた。 肩の階級章は最下級の将官。最下級とはいえ民間基準なら超エリートなのだけれども、有人惑星200を支配する銀河列強の中ではド辺境の国境警備隊隊長でしかない。 「私等人間の寿命はあって3桁なのよ。分かる? 5桁いける精霊と違って忙しいの」 訳分からん通報するんじゃねぇよボケ。 そう顔に書いてあった。 推定宇賊船の乗員はAIのみ。機関破壊時点で既に消去されていた。怪しくはあってもよくある事件でしかない。 『新年あけましおめでとうございます。愛されて755地球年、GHKです』 部屋の隅にある古びた3Dディスプレイには、銀河帝国国営放送のニュース番組が流れている。 もふらさまは話を聞いているふりをしつつ操作盤を探していた。 『初代様を祀る惑星は今年も』 肉球が接触式の操作盤に触れ、新春魔法少女ドラマに切り替わる。 『…ちゃん、変身だ!』 魔法の国から来た妖精が少女を励ます。弱くても汚濁に抵抗し続けた少女が光に包まれていく。 「なーんか見覚えあるもふ」 妖精役の役者は多分、開拓者の相棒時代に会ったことがある人妖だ。少女が使っているのも懐かしい練力だ。かつての開拓者の子孫か、ひょっとしたら本人かもしれない。 中年は大きく息を吐く。 相手は人類に友好的で、その上帝国に大量のエネルギーを売ってくれる精霊だ。舐めた真似をされても嫌みは言えても怒れない。 『…いっけー!』 調書と報奨金関連書類を仕上げてもふらさまに突きつけ、脚にインクを塗りつけ署名の代わりに書類に叩きつける。 画面ではメテオストライク2連撃という大技が披露されていた。 『誰っ。嫌ぁっ』 突然声のトーンが変わる。 地球ドラマの舞台には存在しないはずの強襲母艦と装甲兵が乱入し、魔法少女とお供と敵役達を包囲してしまう。 「超展開もふ」 もふらさまが目を白黒させ。 「能力者の誘拐だと? 馬鹿な、星系規模施設で加工でもしないと採算がとれ…」 将官の顔色が赤から白、青、土気色に変わっていく。 調書を読み返す。 もふらさまが遭遇した巡宙艦が賊の警備部隊だとすると、賊の本拠は法の支配が及ばない僻地中の僻地にあることになる。宇賊をしても採算割れ確実な場所ではあるが、危険な実験や忌まわしい加工をするなら最適な場所だ。最悪、銀河各地から消えた能力者や魔法少女が加工され、星系破壊爆弾や呪いを振りまく発電所が量産されてしまうかもしれない。 『助けて開拓者さんっ』 少女の声を残し、生中継ドラマは永遠に中断された。 ●用語解説 ※回し車 星系級サイズの、もふらさま専用発電所兼玩具。 ※GHK 銀河放送協会。老舗の星間帝国(列強)の国営放送です。最近は地球文化に大きく影響されていて、数年前にGHK(ぎんがほうそうきょうかい)に改名しました。 ※地球 天儀の近くにある惑星とは別物です。時代は21世紀半ば。10年ほど前に天儀との精霊門が開通し、同時期に列強複数に発見されてしまいました。人類発祥の地かどうか判明していませんが、銀河文明で失われた文化や動植物が大量に生き残っています。主要産業は各種コンテンツの輸出です。 ※地球年 人類発祥惑星の公転周期とされてきた時間。 ※列強 統治する有人惑星が100越えまたはそれに匹敵する勢力です。帝国、王国、共和国、企業、個人など様々です。 ※天儀 技術水準は総合すると地球の21世紀初頭相当。護大関連のあれこれが終わって1世紀は経っています。超高級食材の産地兼超高級リゾートとして銀河規模で有名です。銀河文明とは距離があるため、行き来は一部の列強と極少数の例外が細々と行っています。 ※精霊 主に天儀にいます。いきなり天文学的パワーアップをしたりもする謎存在です。銀河文明に遊びに出かけているものも多数います。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●宇宙海賊対警備艦隊 常に静謐な空気に満たされているはずの艦橋が、限りなく恐怖に近い感情に侵食されつつあった。 「旗艦からの通信が途絶えました」 「地球近傍で跳躍阻害力場が展開中! 第2分艦隊が通常空間に復帰できず消滅しました」 銀河帝国地球方面軍団第7辺境警備隊。 列強の戦力としては最小単位かつ旧式とはいえ、星系国家を短時間で墜とせるはずの戦力が何もできずに壊滅しようとしていた。 「本艦に対する通信妨害多数!」 「第3分艦隊旗艦が消滅! 第7の指揮権が本艦に移ります!」 既に艦橋の雰囲気はお通夜を通り越して処刑台の真上並だ。 士官学校卒業後鳴かず飛ばすの士官達が、最近左遷されてきた艦長に虚ろな目を向けた。 クロウ・カルガギラ(ib6817)は艦長席で行儀悪く足を組んだまま、宙に浮かぶ制御卓を人差し指でつつく。 予め仕掛けていたファイアウォールが全ての妨害を焼き切り、これまで途切れ途切れだった僚艦との通信を完全回復させる。 『こちら航宙艦プラティン227。カルガギラ卿の指揮下に入る』 『同じくプラティン661。感謝する。指揮も頼むぜ』 同型艦からの通信が同時に届いた。 「艦長、能ある鷹は爪を隠すにも程がありますよ」 副長は安堵のあまり涙目だ。 「気を抜くな。これからこっちの倍の海賊を相手にするんだからな」 クロウはキーを叩いて副長と各艦に作戦を伝達する。 平凡ではあっても怯懦からは遠い男女が、ぎょっとして指揮官を凝視した。 「いくぞ」 入り込むことはできても知覚は出来ない異界から、暗く虚ろでも人間に知覚可能な現実世界に復帰する。 恒星が遠くに見えた。 魔法少女誘拐現場から数天文単位離れた、本来なら何もないはずの場所に複数の人工物が浮いていた。 『海賊の進路を読み切ったのか』 味方艦長の声は畏怖で強ばっていた。 海賊の月級移動要塞から無数の光束が放たれる。 凄まじい反応速度ではあるが狙いは甘く、クロウが敷いた十字硬陣を貫けずに終わる。 「各艦、準備が完了次第攻撃開始」 次の陣形と移動を指示。 海賊が虎の子の戦略戦闘機……1機で航宙艦数隻に匹敵する小型艦1ダースを発進させる。 正面から戦えばクロウ艦隊は1機落とすのと引き替えに全滅したはずだ。 だが現実には、戦略戦闘機は航宙艦がつくりあげるキルゾーンに突っ込み、唯一の欠点である弱装甲を突かれて為す術無く粉砕されていく。 『クロウ卿、貴公……』 『基地に戻れば将官様だな。俺等も引き立ててくれよ』 数分前の諦めと絶望の視線が、畏怖と尊敬のそれに変わっていた。 「艦長、いえ提督! 第2艦隊から通信です。援軍です!」 艦橋と僚艦が歓喜の声に満たされ、しかしクロウの怒声にかき消される。 「全艦緊急跳躍。恒星方向へ1光秒」 何故ともどうしてもと聞かれなかった。第7辺境警備隊は、絶対の窮地から救ってくれた名将の命に従い海賊艦隊から距離をとる。 その直後、通常空間に現れた戦艦群が、寸前まで第7辺境警備隊がいた空間を相転移砲で薙ぎ払った。 『馬鹿な、敵味方識別装置を確認しろ!』 『海賊共の戦力が妙に多いのはこのせいかい、大将?』 クロウは口元だけで笑う。 辺境に飛ばされたのも、奇襲を受ける予定の艦隊に潜り込んだのも、宙賊と宙賊と繋がった内側の敵を釣り出したのも全てクロウの狙い通りだ。 「30秒だけ持久しろ。その後反撃に移り殲滅する」 名将が命じる。部下達は迷い無く従い、宙賊と戦艦群からの猛攻に耐えるのだった。 ●強者の始動 クロウが本領を発揮する十数分前。地球からはるかに遠い農業惑星は、銀河を揺るがす事件にも気付かずいつも通りだった。 一見普通の青年にしか見えないRAGOUMARU(羅喉丸(ia0347))が、どう見ても普通ではない鍬使いで畑を耕している。 なにしろ鍬だけで銀河文明水準の農業機械並みに働いているのだ。のんびり屋が極端に多いこの惑星でなければとんでもない騒ぎになっているだろう。 「参ったわね」 あぜ道を歩いてくる、傾国という表現でも生ぬるい少女が1人。 飾り気のない雪色のスーツを着ていても、圧倒的すぎる神聖さと存在感は隠しようがない。 「どうした?」 青年が鍬を止めて振り返る。 魅了も圧倒もされずに自分を見る瞳に、大精霊ネージュは開拓者の相棒時代を思いだして淡い息を吐いた。 「回覧板……最近はニュースというのかしら。行方不明者の欄に知り合いの名前が載っていたのよ」 「緊急事態だな」 RAGOUMARUは鍬を置いて久々に本来の機能の一部を復活させた。 まずは近所の役所まで届いている超光速通信網にアクセスする。 銀河帝国中が大騒ぎになっているという情報が、丁度今アップロードされるところだった。 ネージュの便利ねぇという視線を受けながらさらに深く電脳空間に潜る。 「便利になったというべきか、危うくなったというべきか」 大規模な宇宙海賊による魔法少女誘拐事件の続報、知り合いが魔法少女の素養を持っていたという医療機関内の記録、銀河帝国地球方面軍団第7辺境警備隊半壊の報せ、宙海の陰に見え隠れする悪しき精霊の影まで、秒もかからず情報収集し尽くす。 今は平和にくらしているとはいえ拠点防衛用超光速万能人型兵器としてうまれた身だ。この程度のことは何の苦労もなく可能だった。 「無事であってほしいのだが」 ネージュが翼妖精だった頃の大きさに戻りRAGOUMARUの肩に座る。 「全力で行きなさい」 「ああ。無辜の民に被害が出ない範囲で全力を出す」 2つの姿が消える。1人と1柱の超越存在にとっては時間も空間も障害にはならない。何故か共同作戦中だった戦艦群と宙海艦隊の間を突っ切り、艦載機を全て失った移動要塞の表面に着地した。 「ここだ」 「大気の外だと肌が荒れるのよね」 ネージュが服を本来のもの戻す。雪と氷の概念を甲冑の形にしたそれは、大量の宇宙線を浴びても全く何の影響も無い。 『協力感謝する』 クロウ艦隊が槍に近い円錐形の陣形で賊と裏切り者へ突撃。ネージュとRAGOUMARUにより混乱した艦隊を崩して潰していった。 「堅いな」 RAGOUMARUは要塞の表面に手を当て眉を動かす。どうやら列強水準でも最新の防壁を使っているようで、RAGOUMARUの力では破れはするが救出対象まで被害が出かねない。 「どいてなさい、私がやります」 天文学的に重いRAGOUMARUを手に力だけで退けて、ネージュは移動要塞全体を覆う結界を展開し、航宙艦に匹敵する大きさの槍をつくりあげた。 「貫け、戦乙女の精槍」 星系ごと破壊するつもりでないと傷一つつかないはずの装甲が、夏の粉雪のように溶けて消えた。 中の動力と動力を運ぶ線が耐えきれずに破裂していく。 そんな中を、ネージュを肩に乗せたRAGOUMARUが光に近い速度で駆けた。 檻を見つけて片手で錠をえぐり取る。 中にいた数人の魔法少女とその候補は、強くも優しい光に守られ傷一つついていなかった。 「驚いたかい、だが、もう大丈夫だ」 優しく微笑みかけるRAGOUMARUから離れ、ネージュは知り合いの少女の胸に飛び込んだ。 RAGOUMARUが突然緊張して振り返る。ネージュが少女達を庇う位置へ移動する。 「…参りましたね…」 何もない場所に男の姿が現れる。 超兵器と大精霊とは比べものにならないほど儚い人間のはずなのに、ネージュ達は瞬きもせずいつでも戦闘に移れる体勢だ。 「私はこういう者です」 ジョセフ・アトキヤマ(三笠 三四郎(ia0163))はぎりぎり列強の1つである、リーン王国ハンターギルドの身分証ともう1つのカードを提示した。 「鍵? あなたも子供達を救出に?」 カードは、RAGOUMARUが素手で破壊した錠用の鍵だった。 「いいえ。あなた方が来なければ出来る限り助けるつもりでしたけどね」 圧倒的強者を前にしても卑屈にならず怯えもしない。 「賊の本拠にも捕らわれているようです。良ければ途中までご一緒しませんか」 精霊は、敵以外のあやしいものを見る目をしている。 「ネージュ」 相棒がそっと背中に触れる。 「……分かった。助けてあげないとね」 精霊はハンターに向かって一度だけ舌を出して相棒の肩に戻る。 少女達はジョセフが乗ってきた小型艇に乗って地球へ送り返され、2人と1柱は地図のない辺境宙域に向けて跳躍を開始した。 ●暗黒精霊ダークもふらさま 半径千光年に有人惑星どころか無人探査船すらいない辺境に、巨大な建造物が浮かんでいた。 『ぬーっふっふっふ。ようやくこれで1つ上にいけるダークもふ』 巨大な玉座で笑うのは暗い色の精霊。否、既にアヤカシより最悪なものに成りはてた元精霊だ。 『早く潰して力を引き出すダークもふ』 部下という名の奴隷に命じる。 「は、ははっ」 海賊が真っ青な顔で平伏する。 ダークもふらに逆らえば死ぬだけでは済まない。生身の体では耐えきれない苦痛を味あわされた上で魂ごと使い潰される。 通信が終わる。海賊が死人と区別できない顔色で牢屋へ向かう。 「ここから出しなさい!」 「だーせ! だーせ!」 宇宙コロニーサイズの牢屋で魔法少女達が騒いでいた。 ダークもふらによって力を100分の1以下に制限されているはずなのに、決して折れず曲がらずつぶらな瞳で海賊をにらみ据えていた。 「畜生、なんでこんなことに」 透明な壁に両手をついて全身を震わせる。 海賊を始めたときから無残な死は覚悟している。警備艦隊に撃沈されるのも覚悟の上だったし、魔法少女に倒されるのだって悪くない終わり方だと思っていた。けれど今はろくでもない存在に従い使い潰される未来しかない。 「1人連れ出せ。加工室に、連れて行け」 自身の監視役である小型闇もふらに指示を出す。 闇もふらは分厚い透明隔壁を通り抜け魔法少女の捕獲に向かう。 ワイバーン翼の魔法少女がブレスを叩きつけ、純地球人類型の魔法少女が渾身の拳を打つ込む。闇もふらには全く効かないのに心折れる者は1人もいない。 「畜生」 震える手で銃を抜き、己の頭に銃口を押しつける。 引き金に力を込める寸前、海賊は極限の精神状態故に気づいてはいけないものに気づいてしまった。 「誰だ?」 眼前で繰り広げられる、魔法少女と闇もふらの戦いが見えているのに認識できない。 「違う。何だ、これ」 海賊の視界には、魔法少女の一員として戦う、6対の精霊翼を持つ少女だけが映っていた。 一見他の魔法少女と変わらないように見える。 しかし、数多くの人間を貪りここまで生き抜いてきた海賊の目には、それが尋常の生き物には全く見えなかった。 人の意識を持ったまま無限の刻を越えて来た、ダークもふらよりもずっと深くて高い……。 「ひ、あ」 海賊の精神は限界をはるかに超えてしまい、砕けたまま二度と回復しなかった。 ●宇宙神社の決戦 ネージュが思わず吹いた。 「天儀様式の神社?」 海賊本拠は大きさを除けば見慣れた物だった。 「どうした」 「気にしないで。このまま牢屋……もう牢屋という大きさではないけれど、このまま突破して救出するわ」 RAGOUMARUがダークもふら神社と相対速度をあわせ、不可侵のはずの防壁を突破した。 『なにごとダークもふ』 元精霊が玉座で身じろぎする。 『こら、答えるダークもふ!』 消えても構わないつもりで海賊どもを呼ぶが、返事は1つも返ってこなかった。 「やれやれ、超越者の方々はどうにも荒っぽい」 玉座の間の天井が砕け、壊れた宝玉に混じってジョセフが落下、重さを感じさせない動きで着地した。 『頭が高いダークもふ』 ダークもふらが吼える。 呪詛が空間を冒してジョセフに迫る。 ジョセフが身につけているのは薄い宇宙服に腕輪状の携帯武器のみ。 「ははは、すみませんね」 ジョセフは一歩横に飛んで加速し、二歩目で前に進み呪詛の隙間をすり抜けた。 「あなたの能力は天儀のアヤカシ準拠」 元精霊が玉座で立って毛艶を禍々しく暗くする。 解き放たれれば星系規模の破滅がもたらされたはずだ。が、その前にジョセフから光の鞭が伸びて闇色もこもこを固く拘束した。 「対処法は大昔に確立しています」 恭しく一礼する。 元精霊の瞳が怒りで赤く染まる。 力任せに鞭を引きちぎり、上辺だけの愛嬌をかなぐり捨ててジョセフに飛びかかった。 ジョセフは風の精霊を呼び出すと同時に風の力で自身のベクトルを制御。元精霊の腹の下をかいくぐって背後にまわる。 戦略戦術面ではジョセフが圧倒していても、地力の面では天文学的に不利だ。今も風の防御壁を全力展開してぎりぎり耐えているだけだ。 『虫は虫らしく』 ダークもふらが呪詛を吐き吐き術式をくみ上げていく。 『死』 ジョセフが切り札を使う方が速い。 常に身近にある風精霊と同化する。効果時間は極小、この状態でもダークもふらの足下になんとか達する程度にしか力は増さない。 「死にはしませんし殺しもしません」 光を剣の形にして仕掛ける。元精霊に比べればはるかに遅い。けれど磨き抜かれた剣技はダークもふらの意識の死角を駆け抜け、風精霊の全力と共にもふらの急所を貫いた。 ジョセフが腕輪以外に唯一携帯していた球を掲げる。 『あ……が……それ、よせ』 ハンターは礼儀正しく断り、古式に則って封印魔法を発動した。 存在の核が球に吸い込まれていく。呪詛が玉座だけでなく惑星級神社を崩壊させていく。 「……ダゼと。ふむ、参りましたね」 同化を解除し球を念入りに封印する。 後は時間をかけて飼い慣らせばダークもふらが周囲に害を与えることはない。が、ダークもふらがまき散らした呪詛はそのままで、放置すれば第2のダークもふらがうまれかねない。 ジョセフがよろめく。人類史に残る偉業を達成したとはいえそろそろ限界だ。後のことは本国か別の列強に任せるしかないだろう。 よく整えられた眉が動く。 「どういうことです」 RAGOUMARU達に救出された魔法少女が、ダークもふら神社の上方半光秒に集まっている。 増していく光はどこまでも清らかだ。 ジョセフの顔に初めて焦りが浮かぶ。 列強が本気を出せば、人質のいないダークもふら相手なら確実に勝てる。もっとも勝てるとはいえ確実に犠牲が出るし、周辺宙域が汚染され人が住めなくなる。 けれどここで魔法少女が浄化すれば犠牲も汚染も無しで済む、のだが。 「誰の差し金です」 魔法少女は奇跡を起こしうる。小は1人から大は1星系まで救う可能性がある。 「宙域規模の浄化術など上位世界からの介入がなければ起動すらできないはず」 はっと気づいて一点を見る。 魔法少女達の背後に、渇望と期待に満ちた双眸が輝いていた。 ●上位世界より かつてリィムナ・ピサレット(ib5201)と呼ばれていたものは、銀河文明から見て上位世界にあった。 門にして鍵。 全にして一、一にして全なる者。 過去・現在・未来の全てを内包し。 予め全てを知る者。 銀河文明に存在する全ては、かの存在の大海に一瞬浮かんだ微小な泡に過ぎない。 その唯一の例外が一部の能力者であり、魔法少女達もその中に含まれていた。 『だめ……』 魔法少女達が浄化のための祈りを捧げている。 呪詛と穢れと悪意が集まって惑星規模に膨れあがり、浄化の祈りを止めるため、魔法少女がいる座標目がけて跳躍した。 重なり合って互いに消滅するだけでなく、空間に大穴が開くかもしれない無謀で危険すぎる攻撃だ。 『おもいだせない……』 6対の翼持つ少女が舞う。 霊質消滅聖歌が通常空間と隣接世界に響き渡り、近づきすぎた悪意を大きく削る。 通常空間内で祈りが飽和し、隣接世界に染み出していく。 『●■■■▼●、あと少しなのに』 かつてない質と量の悪意が周辺宙域から絶望と虚無を引き寄せる。 半分まで減った悪意が急激に膨張し、星系サイズに達しようとしていた。 『あっ』 上位世界から歓喜の声が響く。祈りが上位世界に届いたのだ。 失われた情報が復活する。愛しい存在を求めて本体が動く。リィムナのアバターである6対翼少女の密度が増し、人から精霊へ、精霊からその上の存在へ移行する。 破滅の超規模天体が魔法少女達に迫る。 これまで彼女達を守っていた存在は本来の力を億分の1ほど取り戻したものの、力を使えば目の前の脅威と一緒に銀河1つと消し飛ばして仕舞うだろう。 けれど魔法少女は諦めない。 祈りを高め、奇跡を集め、本来存在しないはずのハッピーエンドを力任せにこの世に出現させる。 その終わりは、黄金の髪と黒龍の翼の少女の形をしていた。 「クロウ卿、あの方は」 「ファンタジーは我々の職務ではない。このまま被害者と協力者の回収に向かう」 銀河帝国の艦隊がおそるおそるといった動きで近づいてくる。 ハッピーエンドは懐かしいものを見る目で一瞥し、破滅の天体に向き直る。 ひと睨み。ただそれだけで、膨れあがった絶望が薄れて消えた。 リィムナが歓喜の涙を流す。 昂ぶる感情が空間をきしませる。 「お嬢さん達、こっちだ」 「巻き込まれる。逃げて」 ジョセフとネージュが魔法少女達を回収し、RAGOUMARUに引かれて救出艦隊に向かう。 『やっと…会えたね…』 リィムナが龍翼の少女に抱きつく。 その瞬間生じたエネルギーは銀河開闢にも等しく、その全てが外には出ずに移動のためのエネルギーに変わる。 やがて、2人が薄れて消えた。 「この現象はまさか」 RAGOUMARUが言葉を続ける前にネージュが頬をつついて黙らせる。 「次元の彼方へと跳躍ですな。生きているうちに立ち会えるとは…これだからこの世は面白い」 ジョセフは微笑み、ゲスト用の席から提督席を見上げた。 「我々は人間です。現実の神々には直接関わらない方が無難ですよ」 クロウが命じて艦隊が地球に艦首を向ける。 ネージュが可愛いもの好きな魔法少女達にもみくちゃにされ、RAGOUMARUが優しい目で子供達を見守る。 「これより帰還する。地球に入港した後はヒーローインタビューだ。何を言うか考えておけよ」 魔法少女と大精霊と万能兵器とハンターを乗せた艦隊が、地球へ向けて跳躍した。 時代がどんなに変わっても、宇宙は常にそこにある。 主役が変わろうと、宇宙という舞台は決して終わらず続いていくのだ。 |