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■オープニング本文 ※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。 オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 ただの内政では天儀は滅ぶ。 御都合主義でもありえない水準の内政、言うなればNAISEIが必要なのだ。 あなたは地球人だ。 →1へ進め あなたは開拓者だ。 →2へ進め あなたは…。 →3へ進め ●1 あなたは天儀世界で目覚めた。 理由は分からない。 超越存在に出会ったこともないし超能力だって持っていない。 あるのは、豊富な専門知識とそれを近世風異世界で形にするだけの資材だけだ。 産業革命など容易い。情報革命も可能だ。天儀の宝珠技術と組み合わせて超越技術を手に入れることも不可能ではない。 あなたは現地人に誠実に協力を求めてもよいし、現地人を騙して全てを奪い取ってもよい。 ●2 あなたが望めば国主になれる。 アヤカシとの最終決戦で歴史に残る活躍をしたからだ。 しかし最終決戦で全ての儀が巨大な被害を受けたため、並の善政では今年中に領内の餓死者が1割を超え、10年後には国が滅んでもおかしくない。 そんなあなたの耳に地球人を名乗る山師の噂が届く。 あなたは地球人に未来を賭けてもよいし、地球人から全てを奪い自国を富ましてもよい。 ●3 あなたは人類の敵だ。 生き残りの上級アヤカシかもしれないし、人類に反逆する人妖かもしれないし、地球人かもしれないし、人類を幸せにする使命に目覚めたからくりかもしれない。 いずれにせよ、あなたにとって地球技術は極めて有用な道具でしかない。 あなたは全ての儀を毒でおかしてもよいし、全ての儀を崩壊させてもよいし、全人類支配を目指してもよい。 |
■参加者一覧
蒼井 御子(ib4444)
11歳・女・吟
田中俊介(ib9374)
16歳・男・シ
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
アリエル・プレスコット(ib9825)
12歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●発端 恒星から暴力的な光が降り注ぐ。 全生物の内と外を再起不能になるまで痛めつけるはずの光は、農業用コロニーの外壁によって無害化された。 農業プラントでは、みっしりと育った稲穂が頭を垂れていた。 「終わったわね」 遺伝子デザインのための超高度人工頭脳から遺伝子操作担当の実験室、交配実験から大規模生産まで可能な農業プラントを詰め込んだ航行可能コロニーの主にして時代を代表する科学者が、ほっと息を吐いて伸びをした。 絶妙のタイミングで差し出されたカップを手に取り香りを楽しむ。 「金星産の新種?」 お仕着せ姿の幼女……型のドールが小さく頭を下げる。 琥珀色の紅茶をしばし見つめ、雁久良 霧依(ib9706)が潤いのある唇をつける。 「合格。よく頑張ったわ」 ドールは飼い主に褒められた子犬のように喜びを露わにし、すぐに自分の表情に気付いてすまし顔に戻る。 霧依は光沢のある爪で顎の下を撫でてやる。 淡く甘い吐息が漏れるのを感じながら先程まで専念していた仕事を再確認。 大規模環境破壊直後の星でも一定の終了を見込める新品種が、遺伝子配列から生産法まで3次元ディスプレイの中に表示される。 「あら」 ディスプレイの端にある日時表示に気付く。 日付が作業開始の2日後だ。 別のドールがそっと新聞を差し出す。わざわざ西暦時代の新聞風に3Dプリンタで打ちだした情報誌である。 この場だけでも十数人いるドールが、慣れた手つきでテーブルと軽食の用意を調えていく。 霧依は紅茶を味わいつつ席につき、高速でこの2日の出来事を読み取った。 ケンタウリ星系政府は宇宙災害の撃退を宣言。 宇宙災害の跳躍元に対し新型兵器を投入。 生体型ドールの規制法案が地球議会に上程。 「面白くないわね」 肩を揉んでいた小さな指が止まった。 「あなたの事ではないわ。ん……そのまま続けて」 総勢100人超のドール兼愛人兼部下を引き連れて長期旅行でも出かけようかしらと、各国の首脳が聞けば頭を抱えそうなことを考える霧依。 その手から紅茶が零れて白衣に飛び散った。 地球と同じ環境に保たれているはずの艦内環境が乱れている。 重力は0.7から1.1にかけて乱高下し、何重にも安全装置があるはずの電力供給が不安定になっている。 「落ち着きなさい」 驚きあわてるドール達が霧依の言葉で落ち着く。直後重力と電力供給が安定しドールが崇拝の視線を向けてくるが、霧依は渋い表情を浮かべて外部の情報を取り寄せた。 霧依を中心に映像が浮かび上がる。 非常識に巨大な嵐の上に浮かぶ大陸が複数。 それらが非常にゆっくりと、徐々に速度を増しながら近づいてくる。 「管制制御装置全力駆動! スラスターは姿勢制御用も含めて下に向けなさい」 何もしない場合、数分以内に浮遊大陸と正面衝突するだった。 全長数キロの巨大物体が眩く輝く様には、多くの開拓者が気付いていた。 すっかり閑散としてしまった開拓者ギルドから出てきた蒼井 御子(ib4444)もその1人だ。 「飛空船?」 強い精霊力は感じられずアヤカシのような悪意もない。 サイズだけは非常識に大きいけれど、天儀と人間に対する脅威にはならない。 御子の理性はそう結論していた。 「っ」 平衡感覚が失われる。 苛酷な対アヤカシ大戦を生き抜いた御子は倒れもせず周囲に不調を気付かせもしなかったが、心の奥底から這い上がる恐怖を抑えきれない。 「アヤカシ?」 既存の言葉に無理矢理当てはめるなら天啓というべきだろう。 かつてのアヤカシと同等かそれ以上の脅威が確実に現れる。 御子の感情はそれを真実と断じ、御子の理性も否定しない。 ――アヤカシはまたよみがえる。すべての人を導き、正しき姿を取り戻さなければ、あの時代が再びよみがえる―― 個として優れているからその結論に辿り着いてしまい、個であるから真実の重みに耐えられない。 「大丈夫かよ。医者でも呼んで……」 声をかけてくる町人から離れ、駆け出す。 いつの間にか、御子の瞳は高位のアヤカシのごとき光を発するようになっていた。 ●最初の1年 地球人を名乗る人々が現れたあの日が転換点だった。 数千年かけて開発された技術が無秩序に天儀に流れ込み、無数の悲劇を生み出しそれ以上の富と物資を生みだし戦争で荒廃した各儀を潤した。 潤し、癒し、潤し。急速に蓄積される力は爆発する機会を待ち望んでいるようだった。 「これはこうするんですよ」 ジルベリア辺境にある軍演習場。 その片隅で田中俊介(ib9374)が講義を行っていた。 生徒は高位の騎士とアーマー技術者、そして少数の宝珠技術者だ。 「なんと」 「信じられぬ。何度検算しても間違いがないが…」 「これを組み込んだアーマーを造れば我が国が圧倒的な力をっ」 「1機建造するのにいくらかかると思っているのだ」 猛烈な議論を眺め俊介が微笑む。 後の質疑応答は部下の技術者に任せ、地球基準ではずいぶんと旧式の、この世界の基準では最先端の装甲車に乗り込む。 空港目指して運転する部下を眺めつつ携帯端末を開く。 「首尾は順調かい?」 各儀に散った部下達が一斉に報告してくる。 農業、工業、鉱業、情報、軍事。 もとは近世程度だった各儀に適切な技術を渡すことで、俊介の狙い通りに爆発的な発展が進行中だ。 彼は単に技術を持った地球人ではない。 知恵、知識、武力に加えて優れた配下を持つ、怪物だ。 今のところは計画は順調。このままいけば後1世代で彼が試す価値のある存在に辿り着けるかもしれない。 天儀世界の激変を示す報告を聞きながら、ふと気付く。 「待て」 報告を止めさせる。 「万民平等と支配者敵視で動く新興宗教を探れ」 違和感があった。 俊介が積み上げてきた膨大な経験が警告を発している。 万民平等も支配者敵視もよくある思想だ。各国政府が膨大な富の一部を使い丸め込むことも潰すことも容易のはず。なのに妙にその規模が大きい。 了解しましたの声が十数同時に聞こえ、俊介は鷹揚に応えて通信を切る。 空港に到着する。 自家用飛行機の近くでは、初期ジェット戦闘機に相当する第5世代アーマーが護衛についていた。 俊介の次の訪問先である砂漠の国はこの1年で激変している。 苛酷な環境でも育つ種子が無償で配布され空には繁茂の宝珠を搭載した船が飛び、二毛作どころか月1回収穫の超大増産中だ。 さらに育てやすく美味という反則的な家畜までばらまかれている。 有り余る穀物は家畜を育てるのに使われ、庶民の食生活は劇的に改善されていた。 「今年中の穀物相場の暴落が確実っ」 砂漠の中の都市長から大穀倉地帯の主になってしまったアマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)が頭を抱えている。 食糧の超大増産により、対アヤカシ大戦の影響で食うや食わずの状況におかれていた庶民が飽食できるようになった。それは素晴らしいことだ。 「強権発動して工業部門に転職させても人余りが」 失業者が増えるとろくなことにならない。 1年前なら贅沢すぎる、現時点では深刻すぎる悩みに悶える領主の耳に部下の声が届く。 「アマル様、田中社長から面会希望が届いています」 うめき声が止まった。 俊介は一般には地球人実業家として知られている。 実態が1国家を上回る大勢力であることには誰も気づけていないけども、多少鼻がきく為政者なら危険性も有用性も感じ取れる。 「最優先で会います。……地球人の手のひらの上ですね」 「アマル様、実は」 部下が申し訳なさそうに呼びかける。 「地球人がアヤカシの一種?」 「はい。同種の内容の噂が我が領だけでなく首都や他の儀にも広まっているようです」 命令があればヤっちゃいますよと目で伝えてくる。 領主は数秒だけ悩んで結論を口にした。 「万一噂が正しくても今地球人を排せば産業が潰れます。噂は無視し一般地球人の給与を一段階引き上げなさい。不用意に否定すると噂を肯定したことになります」 この地域では地球人に対する不信は広がらなかった。 けれど、この地域ほどうまくやり過ごせなかった地域は多く、地球技術の流入は遅く歪になりつつあった。 ●再配分戦争 再打ち上げに成功した元農業コロニー、現巨大宇宙船カリグラマシーンの中枢で霧依が報告を受けていた。 『アヤカシはここ1年確認されていません』 通信窓を通して巫女が断言する。 霧依は最初の1年で物質的な豊かさを各儀に与え、その後は陰陽師や巫女を使って霊的にも天儀を安定させた。 なにせ為政者の権力と権威の源泉である食を与えた張本人だ。 各国各階層から自発的な協力者が現れ人類の敵対者を根絶することに成功した。 「うん、そのまま続けて頂戴ね」 『はい!』 神を見上げる目で霧依を見る瞳が薄れて消えた。 数秒後、霧依は姿勢を崩し長いすに寝転ぶ。ドールに天儀の茶を飲まして貰いながら高速で情報を分析する。 「妙なのよね」 社会が大きく変わるとき混乱は避けられない。 混乱を大きくしないのが為政者の腕の見せ所であり、小さくするための道具は霧依が十分以上に与えていた。 なのに各地で混乱が急拡大している。 失業者が新たな職場に背を向け反政府組織へ合流。領主は反政府組織への対処のため富の消耗を強いられる。 各儀各国を繋ぐ回線は最も必要とされるときに限って切断される。 地球人来訪以前ならともかく、霧依が天儀社会全体関わっている今は偶然ではあり得ない。 誰かが意図的に不和の種を撒き争乱を煽っているのだ。 「私が関わり過ぎる訳にも、ねぇ」 霧依が影響力を駆使すればおそらくなんとかなる。しかしそうすると霧依の権威が大きくなりすぎ極端に遊びが小さい社会として固まってしまう。 「ディストピアもどきの支配者なんて趣味じゃないわ。地元民に頑張ってしまいましょ」 回線を切りドール達の元へ向かう。最近仕事が忙しくて愛でる時間が無かった。数ヶ月は寝室に籠もって満足させるつもりであった。 それから1月もたたずに危機が迫る。 豊富な宝珠埋蔵量を誇る小型儀を巡るジルベリアとアル=カマルの争いが深刻化し、双方共戦争準備を調えてしまった。 それぞれの軍にも政府にも対アヤカシ大戦で肩を並べて戦った志体が多くいて、普通なら衝突前に落としどころを探れるはずだった。 なのに、ジルベリアが出した譲歩案をアル=カマルが受け取った時点で全ての儀間通信が途絶する。6分後の回答期限までに返信できないと全面戦争不可避であった。 「撃て!」 治安部隊の一般兵が対人用自動小銃で弾幕を張る。 大規模通信施設全体に妨害結界を張る人型は、着弾してもかすり傷すら負わない。 並みの志体でも目が潰れる光が浴びせられる。 10年以上前に姿を消したはずの大戦の英雄の1人。蒼井 御子がかつてと同じ姿のままそこにあった。 「貴様! 何度邪魔すれば気が済む!」 竜のアヌビスが吼えて対アーマー砲を肩に担ぎ、撃つ。 発射時の衝撃で石畳が陥没し本人も血反吐を吐くが狙いは完璧だ。 当たりさえすればかつての上級アヤカシすら貫く砲弾が防御術を退け皮膚を食い破り炸裂する。 爆発する瞬間、御子は穏やかな微笑みを浮かべていた。 「今ので何人目だ」 竜アヌビスが血を吐き捨て忌々しげにつぶやく。 「今年だけで5人目です族長」 副官の顔色は悪い。 ここ数年治安組織はあの存在に負け続けている。 消費を強いられた人的資源は極めて大きい。 「奴さえいなければ部族制から君主制に移行できたのに」 歯軋りする竜アヌビスの頭上数キロを、見慣れぬ型のアーマーが通過する。 「通信機の宝珠が破壊されています!」 部下の絶望的な報告が聞こえる。 既に回答期限は過ぎていた。 首都上空で、ジルベリアの第五世代ジェット相当アーマー1編隊対アル=カマルの1世代前のアーマー2編隊の戦いが始まっていた。 『対空戦略ミサイルを使わない程度の自制心はあったようですな』 『帝都通信施設へ近衛騎士団が突入しました』 『アル=カマルの打ち上げ施設から大陸間弾道弾が発射され……訂正します。からくり仕様の有人機です。ジルベリアに対して回答と停戦案の送信を開始しました』 ジルベリア辺境にある地下基地に報告が集まってくる。 報告を受け取るのは俊介だ。各国の軍備とそれを運用する体制を宇宙時代直前まで引き上げた功労者にして、天儀世界を破滅の縁に立たせた黒幕の1人。 唐突に通信が途切れる。 変わって映し出されたのはジルベリア皇帝。俊介の最大の顧客だ。 「助けは必要ですか?」 高位の志体でも即死できる視線を浴びながら平然と微笑む。 『不要だ。田中俊介。我が国に対する敵として死んでもらう』 部下との通信が回復する。 『社長! 現地兵が短距離ワープで…っ』 『集結中のジルベリア攻略軍が奇襲されました。残存勢力4割を切ります』 部下達に悲鳴を聞き俊介の笑みが深くなる。 「すばらしい、こうまで発展させるとはね」 有人テレポートは恒星間文明の必須技術の1つ。 俊介の予想以上で狙い通りの成果だ。 「第1試験は合格だ。第2試験の合格を心から祈っているよ」 『そういうことか』 皇帝の表情が歪む。 俊介の狙いは勝利ではない。化け物である己の打ち勝てる人間と組織の育成であり、それに打ち倒されるのが最終目的なのだ。 その日。ジルベリア最北端で巨大な爆発が起きる。 天儀世界支配と狙った軍とジルベリア最精鋭は消えたが、軍の首魁の死亡は確認されていない。 まだ、怪物の望む水準には届いていない。 ●終局へ 超高速で飛ぶ天儀初の宇宙船。 常時癒しの術を使わねば即死しかねない揺れに耐え、通信妨害決壊を抜けると同時にジルベリア中枢と連絡を確立する。短くも激しいやりとりの後、互いに戦略兵器を使わず無差別爆撃を行わない条件で話がついた。 後は戦場で勝っても負けても儀の破綻だけは避けられる。 「何故こんなことを」 半壊したからくりがベルトを外し立ち上がる。 考えられる限りの防御が施されているはずの通信機が、先程から勝手に動いている。 ジルベリアに対し最後通牒を送る前に腕を振り下ろす。 拳が吹き飛ぶかわりに操作盤が崩壊する。 いつの間にか機内に現れた御子は、何もせずぼんやりと佇んでいる。 ――アヤカシはまたよみがえる。すべての人を導き、正しき姿を取り戻さなければ、あの時代が再びよみがえる―― 人間なら酸欠で死ぬはずの環境なのに明瞭に聞こえる。 「壊れた記録装置ですか。…まさか」 からくりの表情が凍る。 かつての御子の足下にも及ばないとはいえ彼女は高位の巫女だ。目の前の存在が何であるのか、少なくとも人間でもアヤカシでもないことに気づいてしまった。 「高位精霊…どころじゃない。物理法則級のカミさまがなんで直接社会に関わるの」 どうかなにもしてくれるなという形式の結界で捉えて封じる。 御子の形をしたものが薄れて消える。 が、同じものが別の場所で現れていることを、巫女は絶望と共に確信してしまっていた。 無理な発射と過酷な使用が祟り宇宙船が爆発四散する。 ジルベリアとアルカマルの停戦が成立したのはその3日後のことであった。 「はふう」 ジルベリア僻地。重度の汚染におかされた極寒世界で動く人影が数十。 賠償名目でアルカマルから派遣されたからくりと同型のジルベリアからくりだ。 彼女達はテレポートもできないし戦術級の破壊力もない。けれど志体並みの体力と酸素ボンベ無しの防護服で間に合う体質があるので、戦後の復興作業に欠かせない存在だった。 「あついー」 「くうきおいしくないー」 「終わったら帝都甘味処巡りしたいー」 文句は多いが仕事は早い。 危険そうなあれこれには隔離封印し、遺品らしきものは場所と状況の記録をとってから回収する。 そんな作業が始まってから10日目の朝。 防護服のまま就寝中の彼女達は爆音と地震でたたき起こされた。 全員で警戒しつつ中央に連絡を入れる。 大気圏外ではなく、何もないはずの上空から何かがここに向けて落ちたという訳の分からない情報が届いた。 訳が分からなくても仕事である以上やるしかない。 情報をもとにクレーターを探し当て外部から隔離。最も厳重な防護服を着た数名が底に向かって降りていく。 「なにこれ?」 「雁久良様のおふねっぽい?」 摩擦熱が残っているのだろうか。表面が泡立つ装甲を持つ、強いて言えばアーマーに似たものがクレーターの底に埋まっている。 あーでもないこーでもないと騒ぎつつサンプルととろうとするアル=カマルからくりの背後で、ジルベリア近衛騎士団から来たからくりが目を見開いていた。 「嘘。これって次世代型…」 失言に気づいて慌てて口を閉じる。 何度見ても間違いない。昨日試作一号機が飛んだばかりの第7世代アーマーにそっくりだ。。 背中側に回り込む。 戦略兵器の直撃でも壊れないはずの装甲が摩耗している。微かに残る機体番号を読み取ろうとして、彼女は装甲に直接触れてしまった。 装甲が生き物のように蠢く。 防護服の先端が指ごと融かされる。 「っ」 視界が薄蒼に染まり、意識を持ってから初めて聞く警告音が流れ、消えた。 「逃げ…」 主と仲間によって育まれた心が一瞬ももたずに書き換えられる。 書き換えは止まらない。 硬質な肌は柔らかく、骨格は細く、髪は柔らかな銀に染まる。 そこだけ見れば儚げな少女だが、目を見ればそんな感想を抱けない。 深淵の存在に触れて砕かれた美しくも虚ろな赤の右目。 深淵の極々一部が滲み輝く金の左目。 目視してしまったからくりが次々に機能停止する。 「騎士アリエル? どうして」 生き残りのからくりが己の内側から吹き出す感情に翻弄される。 仕事人間の主に対する不満。 愛情への渇望。 これまで気にしないでいられた感情が枷を解かれ荒れ狂う。 ――かわいそう―― ――みんな、飢えて、乾いて―― 「や、やだ…止めてください!」 アリエルの正体を知らないアル=カマルからくりが銃撃する。 銃弾は柔らかく見えた髪に絡め取られ吸収されてしまう。 志体使用の銃が地面に落ちて乾いた音をたてる。 ここまで無事だったからくりの足が、地面からにじみ出た装甲に似た何かに触れ、冒されていた。 ――でも大丈夫―― ――みんなが一つになれば―― 「空爆を要請して!」 「なんでよ、足切り飛ばしても止まんない。なんで気持ちイイ、ノォ」 ――もう、つらい事なんてない―― ――私が、幸せにしてあげるね―― 全てが再構成される。 からくりは、均整とは最もかけ離れた肉の塊と成りはてる。 アーマーの内部にアリエル・プレスコット(ib9825)にしか見えない何かがうまれ、目を開く。 大気がきしみをあげジルベリアが揺れる。 肉は解れて大地へ染みこみ、同化しながら広がっていった。 同時刻。ジルベリア上空100キロメートル。 「解析結果出ました。ケンタウリ星系政府所有の対文明兵器と宇宙災害のハイブリッドです」 「時空跳躍の痕跡が見つかりました。アレ、昨日飛行して行方不明になってた人型兵器です」 カリグラマシーン管制室で悲鳴と区別のつかない報告が連続する。 「汚染がジルベリア中部に達します」 「現地政府の魔術師部隊が戦略攻撃を開始…汚染速度が低下しました」 「避難進行度67パーセント。このままでは間に合いません!」 霧依は操作盤から顔を上げる。 「この世界は見た目以上の魔窟ね」 ため息をつく。 アレはおそらく、微妙にずれた時間軸の第7世代アーマーだ。 跳躍中に危険なものに触れ変質し宇宙災害として霧依の宇宙に襲来し、その後撃退され故郷に戻ってきたのだろう。強さは明らかに予想以上だ。まさか現行最新兵器を取り込めるとは想像もしていなかった。 パイロットの意識があるかどうかは分からないが助ける手段はおそらくない。 「ずいぶんな持ち出しになるわね」 無造作にキーを叩く。 宇宙船の最下部から、音速の数十倍で1発の弾丸が射出された。 ――痛い―― アリエルの形をした精神が久々の苦痛に気付く。 はるか上空から撃ち込まれた霊的処置済みナノマシンがウィルス的な働きでアリエルの活動を邪魔している。 もし、この場に騎士アリエルがいれば命中箇所を切り離しと焼却という確実な対処ができた。 しかし今ここにあるのは際限なく災厄を撒き散らす宇宙災害だ。 力任せの侵食を試みナノマシンを食い尽くすも霊的部分を冒しきれず逆に侵食され無害化される。 生きとし生けるものを融かす肉が豊かな土へ変じ、変じた箇所が急拡大する。 ――痛いよ―― コクピットが土と化す。 宇宙災害本体は己が体を抗体に変えて拮抗するが、既に遅かった。 腕が、足が、土に変わって崩れ落ちる。 ――かえりたいよ―― ここがジルベリアであることすら気づけない。 ふたつの瞳が土になる。 頭部にある核が消される直前、宇宙災害は残された全ての力を使い次元跳躍を行う。 その余波が天儀世界地球世界を隔てる次元の薄皮を破る。 青空の向こうに、総人口が兆に達した銀河世界が出現した。 『第2試験は助けを借りたので及第点です。銀河文明相手の本番での成果、楽しみにしていますよ』 俊介の声が全ての儀に響いた数秒後、通商を求める通信と宇宙船が天儀世界に殺到する。 これからが、本番であった。 |