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■オープニング本文 100を越える銃弾が一斉に放たれる。 銃声が消えるより早く騎乗兵が前に進む。当たればジンでも危険な杭を回避し、銃弾で穴だらけになった案山子を薙ぎ倒した。 彼等はアル=カマル軍。 友邦のため、アヤカシを打ち砕くためにやってきた武人達である。 ●あるいは最大の敵 おひつの蓋を開ける。 揃い湯気が現れ、甘く芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。 黒いおひつの中にあるのは艶やかな白米。しゃもじを突き入れると素晴らしい弾力が感じられた。 「またか」 ひげ面の遊牧民がげんなりする。 この料理、天儀の人間にとっては最高のご馳走らしいが彼にとってはそうではない。 「隊長、食事を変えてもらう訳にはいかんのですか」 副官が、目の前の膳に手もつけずに徳利から直接酒を呷っていた。 部下達も食が進んでいなかったり苦行じみた勢いで掻き込んでいたりで、天儀におけるごちそう(銀シャリと鳥と野菜の揚げ物)を楽しんでいる者はほとんどいない。 「外交だよ」 侮られることも拙いが侮っていると受け取られるのも拙い。 なにしろ兵士としての待遇ではなく裕福な旅行者並みの待遇なのだ。この状況で不満を表明すると面倒な事態になりかねない。 「しかし…」 へっぷしゅ。 副官のしゃべりがくしゃみで強制的に終了させられる。 それに釣られたのか、広間のあちこちにくしゃみが連鎖的に広がっていった。 ●依頼 「幸いなことに重い病ではなく軽度の風邪だったそうです。アル=カマルに比べて湿気の多い寒さが拙かったみたいで」 天儀開拓者ギルドの職員が深刻な表情をしている。 「実はですね」 依頼の詳細を聞きに集まったあなた達を、奥の小部屋に案内してから話を続ける。 「今回の軍の派遣は急な話でして」 1週間前に200人以上の受入をしろと言われたらしい。 しかも200というのはアル=カマルだけの数字で、ジルベリアや天儀の国々もあわせると何人になるか考えたくもない。 「アル=カマル軍の担当、私1人なんです。ですから」 宿屋や土地持ちに金を積むことで演習場と宿舎の確保はできたものの、もともと天儀人向けの商売しか知らない宿屋に万全の対応などできない。 都在住のアル=カマル人に助けを求めることも考えたが、200人超の、しかも有力部族出身者も含んだ一団の面倒を見させるのは無茶過ぎる。 つまりどういう依頼だと開拓者が問う。 「最優先なのは食事です。できればパン食を、パン食を無理でも香辛料が多く使われた食事をとれるようお願いします」 宿の人間に調理技術を仕込んでもよし、都内の店や組織を頼るのもよし。 「次に服装です。乾燥した気候用の服しか持っていないらしいので、天儀の気候にあったものを新調するか既存のを改造するかしてください」 都内の店を使っても鍛え抜いた裁縫技術やデザインセンスを炸裂させても構わない。 「他には天儀の常識を教えたりです。酒場での作法とか、えっと、夜のそーゆー店とかの作法とか」 心底恥ずかしげに小声で説明する。 「と、とにかく、アル=カマル軍の皆さんが快適に過ごせるようしてあげてください。お願いします!」 勢いよく頭を下げる。 用意された資金は高額で報酬も高め。 けれど、200人以上の文化が異なる男達の相手をするには、工夫なしでは足りないかもしれない。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
ナザム・ティークリー(ic0378)
12歳・男・砂
サライ・バトゥール(ic1447)
12歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●天儀アル=カマル街 美しい体の線がはっきり分かる踊り子達。 彼女達に呼び込まれた天儀の人々が、露天商に捕まり言葉巧みに散財させられていく。 羅喉丸(ia0347)が訪れた天儀アル=カマル街は、そんな異国情緒と精気に満ちあふれた都の中の小さな町だった。 艶やかな少女の微笑を超高位の泰拳士がいなす。 「何をお求めですか」 美しい筋肉に魅せられながら、踊り子は必死に営業用笑顔を継続しようとしていた。 「職業戦士250人を1日3食最低1週間。頼めるかな」 タイミングも内容も、完璧なカウンターだった。 「おっ…おかーちゃーんっ! 大商い、大商いだよー!」 少女が血相を変えて叫び、通行人や客や商人の視線が集中する。 異国風少女の天儀下町風言動に、羅喉丸は内心非常に戸惑っていた。 1時間後。 ある中規模商家の応接間で、羅喉丸達開拓者が商談の真っ最中だった。 「3食提供できるのでは」 言ってから、薄い器を手に取り茶で喉を湿らせる。 温度も香りも絶妙なのだが、出された茶も室内の飾りつけも純天儀風だ。 「天儀人の舌にあうパンでしたら揃えることはできますが」 商家の主が残念そうに首を振る。 彼女の横では、暖かそうなどてらを羽織った主とよく似た顔の少女が…1時間前踊り子装束で愛想を振りまいていた少女が饅頭に手を出そうとしていた。 「アル=カマルからこられたばかりの250人ですよね? 期待させた分落胆も酷くなるかもしれません」 娘の頬をひねりつつ艶っぽいため息をつく。 「なるほど。では毎日1食分、可能ならそれに加えて1食分をお願いします。防寒具は」 ちらりと少女を見る。 次期商会長は初心な小娘のように顔を赤くして饅頭で顔を隠そうとしていた。 「どてらを人数分」 「ありがとうございます」 この時点で、開拓者ギルドが当初設定していた大成功の基準を超えた。 「ねえねえお姉さん」 ごくりと饅頭を飲み込んでリィムナ・ピサレット(ib5201)が身を乗り出す。 「これアル=カマル風にできない?」 1枚の、広げればリィムナの背を超える大きさの型紙を手渡す。 最初は微笑ましいものを見る表情だった商人の顔が、瞬く間に真剣なものに切り替わる。 これは防寒着だ。 性能は高く耐久性にも優れ見た目にも配慮した、彼女でもなかなか手に入れられない品の設計図だ。 「どなたの仕事がお聞きしても?」 「ジルベリアの一部部隊の正式装備だよー。アル=カマル風に直して、背中にファティマ朝の紋章とかつけて欲しいんだ」 相手が大きすぎてコピー商品でぼろ儲けは無理ね。 商人の内心のつぶやきを、2人の超高位開拓者は正確に読み取っていた。 「怒られない程度にアレンジするとしたら…」 リィムナが手付けとして小判の束を机に置く。 「1週間後に50着、2週間後に100着が限界です。これはこの街全ての職人に声をかけての数字ですので」 「お願い! 羅喉丸」 「ああ」 2人が立ち上がる。 アル=カマルから来た二百と数十名の面倒を見るために、まだまだすべきことがあるのだ。 ●夜への準備 「あなたに平安あれ、同胞よ。神楽の都へようこそ」 「こちらこそよろしく頼む。この地で同族に会えるとは思わなかったぞ」 クロウ・カルガギラ(ib6817)とアル=カマル派遣軍小隊長が熱烈な握手をする。 血族でも同じ部族でもなく種族も違う。 けれど身に染みついた文化と作法は酷似していて、互いが属する部族の繋がりが深いことが言葉を交わすまでもなく分かる。 「防寒着が届くまではこれでどうだろう」 外していた紐で袖口を縛りマフラーを首に巻く。 小隊長と同じアル=カマル風装束だけれども、通気性が失われた分寒さに対する能力が高くなる。 アル=カマル出身でも活動拠点が天儀のクロウは着こなしも見事で、非常に垢抜けていた。 「助かる。耐えられぬほどではないが歩哨は辛くてな」 彼は部下達に訓練中止を命じ、クロウは経費で購入した紐とマフラーを配る。 部隊全体で装いを統一出来る数を揃えていたのだが、小隊1つの中でも紐の使い方やマフラーの巻き方が違う。 「ジルベリアとは違うな」 「国柄だ。面倒ではあるがな」 他に聞こえないよう囁きあう。 自国が劣っているとは思わない。だが指揮する際に手間がかかる面があるのは事実だった。 「お前も国に戻れば俺のように苦労するさ。今のうちに羽を伸ばしておけ」 そんな未来のことは分からないと言いたげな仕草で、クロウが隣の演習場に目をやる。 羅喉丸が高位アヤカシ役を担当した、1個人対1部隊という神話じみた光景が出現していた。 ほとんどの者がその光景に魅入られる中、クロウと小隊長が小声で熱心に話し合う。 「店に行くときだがな。毎回風呂に入って行った方がいいぞ。天儀は水が豊富で…」 「そういう文化か。助かった。開拓者ギルドの担当が女で聞けなかったからな」 「そりゃ災難だったな」 砂迅騎2人が、にやりと笑うのだった。 ●食欲の爆発 1食がパン食になった結果、アル=カマルの戦士二百数十名が故郷の味に飢えていたことを自覚してしまった。 「違うんだよな」 板前が作ったピラヴとカレーを食べ終え、クロウが唸る。 アル=カマル街経由の本場のスパイスを使った熟練料理人による料理は素晴らしく旨い。 ただしそれは天儀料理に慣れたクロウにとってはで、天儀人には大好評でもアル=カマル軍の面々にとっては不味くはないが受け入れづらいだろう。 「予想以上に舌が肥えていますね」 カンタータ(ia0489)は一度だけため息をつき、慎重な手つきで天秤から小さな皿を外す。 皿に載せられているのはアル=カマル産香辛料。 彼女は今日初めて目にしたそれを、薬剤を扱うような手つきで…要は研究機関での実験のような手つきで手際よくすり潰し別種と混ぜて鍋に投入した。 煮られていた米に適量の味が染みて、天儀の銀シャリとは別方向に食欲をそそる香りが厨房を満たす。 「ジャンバラヤか」 アル=カマル出身のアヌビス、ナザム・ティークリー(ic0378)の優雅な狐耳がぴくりと動く。 「国で料理人してたのか?」 「ボクは見て目通りのジルベリア出身ですよ。これが美味しいならレシピを書いた人が優れているということです」 謙遜ではなしに解説して温度を調節するカンタータ。 「開拓者殿〜っ!」 他儀からの客100人を受け入れる規模と格を持つ宿屋の主が、真っ青な顔で厨房にやってくる。 「お客人が飯では足らぬと騒ぎが」 皆の視線がカンタータに向く。 「完成まで時間がかかりますし人数分用意するのはすぐには無理です」 簡易なレシピを元に自分で作って詳細なレシピを作成して後は料理人に大量生産してもらうつもりだったのだ。いきなり3桁分つくれと言われても物理的に不可能だった。 「この器を人数分運んでこい!」 ナザムは決断した。 精霊門経由で運び込まれた大瓶の封を切り漆塗りの器に注ぐ。 そこに水と塩を加えざっと混ぜてアイランの完成だ。 「お代わり自由と言えば少しは大人しくなるだろ。…隣の宿には真似させるなよ。あっちは出身地が違うから」 料理人達に量産を任せ、今度は別の作り方でアイランを仕上げる。 香辛料を入れすぎに見えるほど入れたもの、凄まじく泡まみれのもの。天儀人の多くにとっては奇をてらいすぎた料理に見えるかも知れないが、どれも特定地域出身者にとってのソウルフードだ。 「食後のコーヒーの出し方には注意しろ。量によってはぶぶづけ扱いになる地域がある。分からないなら俺に任せてアイラン作ってろ!」 既に、厨房は戦場であった。 「食欲が回復したみたいですね」 カンタータは正確に状況を推察する。 慣れない天儀食で衰えていた兵士達が、アル=カマル風パンを食べたことで食欲を回復させたのだろう。 つまりこれが本来の食欲な訳で、毎食作るためにこれまで以上の金と物と人が必要になるということだ。 「作り置きの生地を全て使います。ボクが焼きますから、鶏肉の揚げ物とホウレン草の茹で物とソースを手分けして作ってください!」 料理人には、高位陰陽師であるカンタータほどの知識はなくても調理技術はある。 結構な腕前の料理人達が、カンタータの指揮をうけて本来の実力を発揮した。 発揮しても、昼過ぎから夕方まで作り続けてもまだ足りない。評判を聞いた他の宿のアル=カマル派遣軍が騒ぎだし、そこにも提供する羽目になったからだ。 故郷の味に飢えた男共が満足したのは、日付のかわった深夜になってからだった。 カンタータは朦朧とする意識の中レシピを書き上げて宿に引き渡し、夢も見ない眠りに落ちるのだった。 ●予行演習 「みんなー! お店にいきたいかー!」 野獣の方が行儀がよいと断言できる雄叫びが大地を震わせる。 雄叫びをあげていないのは開拓者全員と派遣軍指揮官だけだ。指揮官は、盛り上がりすぎていない者だけを選んでリィムナについていった。 案内されたのは中の上のお店。ギルドからたっぷり金が渡されているようで、これまでとは異なりすんなりと奥まで通された。 リィムナが最奥の部屋に入ってから数分後、3人組ずつ中に導かれる。 中で待っていたのは2人の開拓者だ。 漆黒のロップイヤーに艶やかな小麦色の肌。そこだけ見れば典型的アル=カマル美少女に見えるサライ(ic1447)が花魁姿で、リィムナが意図的に色気を押さえた禿姿で男達を誘う。 「わっちがお相手をしんしょうか?」 我慢しきれず飛びかかろうとした少年が1人に鼻息荒く脱ごうとした筋肉男が1人。中年の小隊長が2人を押さえつけ、何度も頭を下げてから退出していった。 十数分後。 暴走しなかった男達全17名の前で、サライが真剣な表情で説明を始めていた。 「一定以上の格のお店では、床入りまでに三回通う事になってます。お馴染は三回目から、という事ですね」 細い肩、薄い胸板、鎖骨。 サライの艶は上質かつ強烈すぎて、自分を異性愛者だと思い込んでいた男を目覚めさせたり異性愛者をそれ以外に変えてしまいそうだ。 しかし仮に変わってしまったとしても場をわきまえている者しかこの場にいない。 「お金や時間がかかりますが、折角天儀に来たのですし遊びになられるのもいいと思いますよ」 得心してうなずく男が半数以上だ。 アル=カマルでは金と実力を兼ね備え派手に遊んでいて、天儀での作法が分からなかっただけという男も多いようだった。 「こまごましたしきたりや店の者への御祝儀とかも多いでありんす」 リィムナが軽快に補足すると、男達の戸惑う気配が濃くなっていく。 「今のは郭言葉で…教えてもいいけど店のおねーさんから聞くのも面白いとおもうよ」 その程度のことはできるでしょと軽く挑発する。男達は、自信に満ちた笑みで答えていた。 「念のため安価なお店でのやり方を…」 サライが合図を送り、宝珠を使った照明が弱くする。 小さな火でお香に火をつける。 服装を崩し艶っぽく微笑んで。 「あとは、この線香が燃え尽きるまで…貴方のしたい事を…」 この日初めて本気を出したサライに、ほとんどの男が新たな性癖を開花させられたという。 ●少年達の夜 アル=カマル派遣軍…というかそこに属する男達が大量の金を色街に落とし始めた。 「すごいな」 金と力がある分プライドも高い連中をお行儀良い客にするのがどれほど難しいのか、詳しくないナザムでもある程度は分かる。 「お疲れ」 サライを迎えに来たナザム。 けれどナザムは未使用布団の上に座り込んだまま動かない。 控えめな照明に照らされた鎖骨が、妙に眩しく感じられた。 「ね…僕の事嫌い…?」 聞いたことのない気弱な声に、ナザムの心が騒ぐ。 「もしかして…こういうこと怖いとか…?」 「い、いやその…。まだ仕事中だろ?」 「先程最高評価ので終了処理を行いました。明日の朝まで全室貸し切りですので」 何故か近くにいたギルド員が笑顔で退路を断ち退室する。 「じゃ…来て…」 衣擦れの音に、生唾を飲み込む音が重なった。 「おわったー」 人気のない宴会場で、開拓者ギルド同心が四つん這いになっている。 無論色気などどこにもない。 「大変だったね」 リィムナがぽんと肩を叩く。 職員とは即ち同心つまりは公務員。事務能力はあるけれども、有力部族出身者が遊ぶようなお高い店のことを知ってる可能性は低い。だから、アル=カマル派遣軍の面倒を見るのに非常なストレスを感じていたはずだった。 「助かりました。こういう店に詳しい方がいて助かり…あっ」 職員の顔が青くなる。 「人に歴史ありって感じかな」 言いふらしたらメッだよと表情で伝え、リィムナは店を離れて帰宅するのだった。 |