【城】伝説の城。続く暮らし
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/17 20:57



■オープニング本文

 その日、城塞都市ナーマで初めての直訴が起きた。
 内容は開拓者に対する帰化要請である。

「警備主任は減給5分の1を半年。阻止に失敗した警備員は減給10分の1を1ヶ月。主任の退職願いは不受理が妥当かと思われます」
 先代から仕える古参官僚が、官僚団を代表して進言した。
「量刑の理由は」
 軽すぎるのではないかと領主が問う。
「ナーマの民全てが望んでいるからですよ。厳しく罰すれば士気が落ちます」
 だから法を曲げずに済む範囲で最も罰を軽くするのが妥当。
 古参官僚はそう主張していた。
「直訴した者は減給2分の1を半年です。他は原案通りに」
 威厳ある声で領主が命じ、そのようにとりはからわれた。
「姉様質問ですっ!」
 領主執務室に空気を読まない明るい声が響く。
「開拓者様方って住んでないだけでナーマの人なんじゃないんでしょーか!」
 領主が無言で天を仰ぎ、官僚がその場に崩れ落ちる。
 ナーマからくりの中ではもっとも若く、兵士としては優秀でもそれ以外はさっぱりなナーマからくりが、不思議そうに小首をかしげていた。
 その日のうちに世論調査が行われる。
 天儀から依頼をうけてやって来る開拓者を、本拠がナーマで天儀に出張していると思い込んでいる者が4割に達していたらしい。

●契約終了
「ナーマ・天儀開拓者ギルド間の当初の契約では前回の開拓者派遣が最終になります。契約変更を希望されますか」
「必要有りません」
 領主の返事は即座で、けれど声は微かに震えていた。
 物心ついた頃から側にいて助けてくれた人々と別れることになるのだ。動揺を内心に押し込めるのは難しかった。
「はい。ではこの書面にご署名をお願いします。前払いしていただいた金貨の残りは…」
 領主の瞳にある不穏な色に気付き、開拓者ギルド同心が内心冷や汗を流しながら提案内容を変える。
「開拓者に運ばせるのはいかがでしょう? 最大15人くらいで」
 運ぶのは金の延べ棒換算で1つ。
 本来なら4人もいれば十分な依頼だ。
「よろしくお願いします」
 満面の笑みを浮かべる領主と、首の皮1枚で命が繋がったことをよろこぶ同心。
 どちらも内心万歳三唱するほど喜んではいても、外面には全く現れていなかった。

●じきそ
「契約終了はんたーい!」
「はんたーい!」
「ナーマに定住きぼー!」
「きぼー!」
 直訴と書かれた看板を掲げ、非番のナーマからくり達が宮殿内を練り歩く。
 デモ隊は何人捕まっても止まりそうになかった。

●運搬依頼
 天儀開拓者ギルドで金貨百数十枚を受け取り、城塞都市ナーマの領主に渡してください。
 渡した後は最長1週間ナーマに滞在できます。

●城塞都市ナーマへようこそ
 元はアヤカシがひしめく無人の砂漠地帯でした。
 一代で財を築いた富豪、故ナーマ・スレイダンが独占的開拓権を取得したのがこの街のはじまりです。
 開拓者が乗り込んでアヤカシから水源を奪取。その後ナーマが全財産を投じて創り上げたのがこの街です。
 アヤカシ討伐から大規模建築、農業指導に都市管理まで担ってきた開拓者に対する評価は極めて高く、開拓者としてこの街を訪れたなら熱烈な歓迎を受けることになるでしょう。
 街の位置はアル=カマル大陸辺境の砂漠地帯中央です。
 大量の水がわき出る水源を囲む形で豊かな農地が広がり、水をため込むための人工湖、小麦や甜菜を加工するための風車付工房、アル=カマル全域と交易するための飛空船離発着施設や商業施設などが分厚く高い城壁で守られています。今年からは稲作と砂漠の緑化事業が始まります。街の規模拡大はしばらく止まりそうにありません。
 現在の領主は初代領主の相棒からくりです。身寄りのない先代の全てを受け継いだため、土地建物水利権など、要は1都市を個人で所有しています。
 絶大な権力を持ってはいても全て1人で指揮することはできません。開拓者が立案、領主が承認、開拓者が都市の技術者や官僚や民を指導しつつ計画推進という形で都市を大きくしてきました。
 都市が住民に未起動からくりを与え、目覚めたからくりを雇用、重用するという珍しい制度を持っています。
 結果として都市高官の半数以上がからくりになってしまい都市外から奇異の目で見られています。豊かな生活を送るナーマ民は気にしないのですけども。
 周辺勢力との関係は順調です。ただ、ナーマの経済力と武力が突出しているため慎重な対応が必要かもしれません。
 城塞都市ナーマが保有する戦力は、からくり69名と志体8名、中型飛行船1、遠雷2、小型宝珠砲2。戦時以外は動員されない銃兵が360と少し。
 常備兵だけでも大戦力ではあるのですが、からくりの3分の1は内政や教師としての仕事に追われ軍務にはつけず、残りも交易路護衛や遺跡警備の仕事があるため外部への遠征は不可能に近いです。工事用遠雷隊が存在しますけれども、廃棄寸前の機体ばかりで戦力としては期待できません。
 また、鉄鉱石がとれる鉱山も所有しています。以前、アヤカシの軍勢に利用されることを避けるため入り口をメテオストライクで破壊しました。現在復旧作業中です。
 水源の下という極めて危険な場所に遺跡があります。呼吸困難な極めて危険な場所ですが、呼吸の必要のないからくりにとっては絶好の稼ぎ場所です。
 依頼で訪れた開拓者のみなさんには、依頼期間中宮殿奥の寝室と相棒用厩舎が無償で提供されます。
 城塞都市ナーマはみなさんのお越しを心よりお待ちしております。


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
此花 咲(ia9853
16歳・女・志
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
隗厳(ic1208
18歳・女・シ


■リプレイ本文

●空の旅
 金色の髪が揺れ、力強い龍翼を撫でた。
「うむ、美しい街じゃ…」
 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)が飛空船甲板で華やかな笑みを浮かべる。
 だが数秒過ぎると微かな不満を、十数秒過ぎると奇妙な危機感を抱くようになる。
「リィムナ?」
 空夫(非覚醒からくり)では視認できない速度で振り返る。
「にゃ…。きれいなまちだよね〜むにゃ」
 自作の小冊子数本を枕にリィムナ・ピサレット(ib5201)が睡眠中だ。
「何をしとるんじゃ」
 ぷんぷん怒った振りをしつつ毛布をかけ風で乱れた髪を整えてやる。
「一週間ずっとデートするつもりなのじゃろ」
 ほほを撫でるようにつつくと、リィムナの顔がふにゃりと笑み崩れた。
「さすがですね」
 玲璃(ia1114)がつぶやき己の目を手のひらで覆う。
 白い肌に黒い隈が刻みつけられている。
 自分が習得し知る限りの技術と知識を弟子に渡すため執筆活動に励んだ結果だ。しかし、睡眠時間と体力の全てを注ぎ込んでも薄い小冊子1冊にしかなからなかった。
 対するリィムナは3冊書いたのに肌は艶々だ。
「うん?」
 リンスガルトは小首をかしげる。
 リィムナは超高位の陰陽師。でも玲璃だって超高位の巫女だ。
 それぞれ得意分野と不得意分野はあるだろうが、贔屓目込みでも3倍の差があるとは思えなかった。
「見せてもらうぞ」
 気持ちよさげに寝ているリィムナを膝枕して冊子を取り上げる。
 1冊開くと目に入ってきたのは美しい術式。ただし解説無し。
 前後を読むと、どうやら人妖創造の基礎となる理論らしい。
 慌てて他の冊子を開く。同程度に高度で、同程度に拡散させると危険そうな、有用過ぎるものばかりだ。
 なお、玲璃の冊子は広めても何の問題もないもので今後数世代に渡って写本され続けこの地域に広まることになる。
「リィムナ…」
 無意識に膝をすりすりする陰陽師を見下ろしため息をつき、リンスガルトは玲璃の協力を得て危険な部分を炭で消していく。
 やがて飛空船が目的地に到着する。最初に降りたのは今回の戦馬。軽い足取りで宮殿へ向かう。
 戦馬にとっては金貨で膨らんだ革袋程度軽すぎた。偽の運搬袋数袋込みでも練力を使うまでもない。
 主である鳳珠(ib3369)が荷を下ろしたときも、これで仕事が終わりなのと言いたげな視線を向けていた。
「確認しました。ありがとうございます」
 ナーマからくりが礼儀正しく頭を下げる。
 そして今回必要な人物金についてたずねようとして、鳳珠達の仕事が終わってしまったのに改めて気付く。
「城壁内の工事現場に差し入れを持っていくつもりです」
 鳳珠が穏やかに声をかける。
 からくりは泣き笑いの顔をして、もう一度頭を下げた。

●街のくらし
 アーマーが大きな箱を運んでいた。
 箱の大きさはアーマーに近く、大通り以外の道を運ぶのはかなり厳しい。
 とはいえアーマー抜きで運ぼうとすれば時間がかかり大規模な交通規制や人員も必要になり、街全体に負担をかけていただろう。
 途中ナーマのアーマーが力尽きるがすぐに代わりが到着する。
 交代は実に5回に達したが、隗厳(ic1208)の人狼は最初から最後まで危なげなく仕事をこなしていた。
「これで終わりですか」
 隗厳が機体から降りる。
 ここは工業区画。あちらこちらから金属を打ち合う音や固い石材を削る音が響いて会話に適さない。
「はい? はいなんでしょう!」
 箱を解体していた若手職人が大声を出す。
 隗厳は気にするなと仕草で伝え、懐中時計を取り出し確認する。
 予想より時間がかかった。けれど全く問題は無い。
 街の存続に関わる緊急の仕事は既に無く、時間さえあればナーマ民だけでもだいたいの問題は解決可能だ。もっとも鉱山奥の未開封瘴気溜まりなど万一の際には開拓者必須の件はあるが。
 荷物が運び込まれた建物から歓声が辛うじて聞こえた。
 木製の箱が取り払われ大型機材が姿を現したようだ。
 懐中時計を懐に仕舞い、隗厳は賑やかな場所から立ち去った。
 その隣の区画は工事が行われていて、鳳珠の差し入れで騒ぎが起きていた。
「ワッフルだ!」
「天儀土産っ! ありがとうございます!」
 妻帯者はワッフルに群がり、独り身は鳳珠に握手を求めようとして戦馬や巫女からくりに制止された。
「数に余裕はありますから」
 鳳珠は穏やかにナーマ民の意識を誘導する。決して大きな騒ぎにならないように、注意力と体力を使う仕事に立ち向かえるように。
「うめーっ」
「天儀ワッフルはひと味違うぜ!」
 ナーマ中の工事現場と農場で振る舞うと1日最低数百必要になる。つまりこの場で振る舞われているのは全てナーマ産だ。
 残念ながら、ナーマ民の大部分は舌があまり肥えていない。
「鳳珠様、今のうちに」
 巫女からくりに促され、鳳珠が宮殿へ向かう。
「引き継ぎはうまくいっていますか?」
 巫女からくりサラーの動きが乱れた。
 城塞都市ナーマでは、社周辺の掃除などは余裕のある民が受け持ち、冠婚葬祭は宮殿勤めのからくりが手伝い、都市全体に関わる祭祀は玲璃達開拓者の巫女が主導していた。
 玲璃はサラーに主導のためのこつや知識を教えている訳だが…。
「サーフィちゃんと2人1組で、その、がんばってます」
 恥ずかしげに申し訳なさそうに答える。
 もう1人は覚醒からくりでも巫女でもなく、巫女でなくても可能な部分を担当してもらっている。
「がんばってるんですけど」
 肩を落とす。
 広く深い知識と一般住民に対する説得力に加えて特殊能力持ちとしての巫女の能力まで必要なのだ。玲璃や鳳珠の足下に到達するまで、2人がかりでも何年かかるか正直全く予測もできない。
 慰めながら巫女からくりを宮殿奥へ連れて行く。
 何故か、麗人が寝台に横たわっている。
 実際には女性でもないし仮に女性であっても色気のある方向に事態が進むこともない。
 すごいもふら様がすごく面倒臭そうにあくびをし、よっこらせと寝台にあがって玲璃に活を入れる。
「眠ってしまいましたか」
 玲璃が身を起こすより早く、別のからくりが部屋に飛び込む…直前に減速して入室する。領主直属のサーフィだ。
「遅れて申し訳ありません。よろしくお願いいたします」
 巫女からくりも頭を下げる。
 玲璃は気力で眠気を振り払い、鳳珠の協力を得て引き継ぎ作業を再開する。
 1週間全てを使って一通りは伝え終えたものの、辛うじて及第点というところだ。

●鉱山
 乾ききった砂と砕けたばかりの岩が運び出されていく。
 フレイア(ib0257)は目と鼻での確認を一瞬で終えた。
 清潔なハンカチで鼻と口を覆い、農業部門から伝えられた必要物資リストを思い出す。
 ついでに土木部門や工業部門がつくったリストも思い出す。
 残念ながら砂も岩も全く利用価値が無さそうだ。
 ぎゃぁ、と。
 乙女が決して口にしてはならない悲鳴が聞こえた。
 アヤカシの襲撃と判断し、管狐フマクトが姿を現す。
「遠雷ちゃんの骨格にひび入ってるー!」
 フマクトは器用に肩をすくめて宝珠に戻っていった。
「嘆くでない。来月には2機新品が到着する。最後まで使って新しい機体に活かしてやるのじゃ」
 ハッド(ib0295)が頼りがいのある態度で慰めていた。
「はいっ」
「頑張りますっ」
 真実真剣な顔でうなずくからくり達。
 その背後で、人間のジン達が手際よく整備を終わらせ次の機体にとりかかっていた。雑さが抜けきらないからくりとは異なり、整備の終わった機体は問題なく動きそうだ。
「うむうむ。簡易の整備であれば及第点じゃの」
「採点が甘くありませんか。そろそろ廃棄か正規の工房に送らないと事故が起きかねませんよ」
 奢りも自虐もない生徒の発言に、ハッドが心底楽しそうに笑った。
「今後は主等が判断せい。あの子等への整備法の伝授も任せるぞ」
「騎士でもないのに騎士に教えていいんですかね」
 ジンはちらりと騎士からくりに視線を向ける。
「訓練を続け努力すれば報われる。歩みを止めぬ限り大丈夫じゃとも」
 1人1人にあった訓練法を、ハッドは人狼改を実際に動かして教えていく。
 その間工事の指揮をしたのはフレイアだ。
 アーマーが掻き出した土砂や運び出した岩をクレーンで洞窟の外に出しフレイアが作り出した石壁で囲う。
 予定に空きが出た飛空船に来てもらい、環境に悪影響が出ない場所まで運ばせ穴に埋める。
 非常に地味な上、体を動かす側も指揮をするフレイアにも緊張を強いる苛酷な仕事が延々と続く。
 1日で地下へ通じる穴がアーマーが通れる大きさになり、2日目でアーマーが通っても新たな崩落が発生しなくなり、4日目で開拓者以外のジンが通れるように、最終には志体を持たない作業員が通れるようになった。
 フレイアの仕事は終わらない。
 瘴気溜まりに近づいたときには工事を慎重に行えるよう具体的な指示を出し覚えさせた上で書面にする。
 地下水脈付近の工事でも同じように注意する必要があり、一通り指示出しが済んだ頃にはナーマから離れる時間になっていた。
「うっかり掘り過ぎず、瘴気溜りの開封の際には必ず私たち開拓者を呼ぶこと」
 そう伝えると、土木部門の幹部や飛空船の船長達が何かを言いたげな顔をする。
 一部からくりのデモ活動に加わりはしないが、開拓者の帰化を、できれば即時の帰化を願っているのはこの場にいる全員も同じらしい。
「既に縁は結ばれているのです。私も何れ戻ってくることでしょう」
 ナーマのひとびとはフレイアに感謝をし、手間をとらせたことに対する謝罪をするのだった。

●墓参り
 頑丈さだけが取り柄の岩に、数十人の名前が刻まれていた。
 大きいが豪華さも華麗さもなくただただ無骨。
 そんな墓石の端に、ナーマ・スレイダンの名が他と同じ大きさで刻まれていた。
「終わったよ。じーちゃん」
 ルオウ(ia2445)が静かに見つめている。
 ここは宮殿の最奥。初代領主の遺体が眠る霊廟だ。
 水源近くにある記念碑や各人の墓には毎日大勢のナーマ民が参っているが、この場を訪れるのは現領主以下数人だけだ。
「あんたの依頼を初めて聞いた時はぶっとんだもんだけどなー」
 豪商ナーマは、控えめに表現して正気には見えなかった。
「あっという間に感じたけど、けっこー経ってたんだよな」
 血と汗と砂にまみれた日々を思い出す。
 単なる城から都市へと成長したこと、知識だけを詰め込まれた人形から支配者に変わったアマルのこと、いくらでも話すことがあった。
「じーちゃんがさ。結局なんでこんな事しようと思ったのか、俺にはやっぱわかんね」
 ナーマの今際の際の言葉を思い出す。
 断じて明るい感情ではなかった。けれど、絶望でも憎悪でもなかったと思う。
 歳を重ねれば理解できるようになるのかどうかも、今のルオウには分からなかった。
「いー所、だぜ、ここ。皆で何か作ろうってそういう気概に溢れててさ」
 ときどき行きすぎやり過ぎなところもあるけども。
「アマルもまだちぃと頼りないけど、これからどんどん良くなってくるだろうしな。今までもそうだったんだし」
 立ち上がる。
「あんたが望んだ事じゃないのかもしんないけど。出来たことだけでなく今のこの城を喜んでくれてると、俺は嬉しいぜ」
 また来ると手を振り、迷いのない足取りで霊廟から離れる。
 数百数千年の時に耐えられるよう造られた墓は、ただ静かにその場にあった。
「さて」
 ルオウに数時間遅れて墓参りを済ませた後、将門(ib1770)は領主の執務室に向かっていた。
 しかし途中で官僚達に取り囲まれてしまう。
「将門様、開拓者引退後のお屋敷の件でお話が」
「待て。宮殿内を選択されるかもしれぬだろうが」
「それを言うなら西方の拠点に常駐する可能性も」
 好き勝手に喋ってお互いけんか腰になる官僚達。
 援護を求めて相棒に視線を向けると、相棒からくりが10人近いナーマからくりに囲まれていた。
「焔おねーさま! この設計なんていいと思います!」
「天儀様式は木材が持たないかもしれなくて」
「羽妖精の方のお屋敷について相談させてください!」
 赤毛の相棒が目で助けを求めてくる。
 仕事のようだから相手になってやれと同じく目で伝えてから、将門は数歩下がってアマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)にささやく。
「統制が甘いぞ」
「今日くらい自由にさせるつもりです」
 法に触れない限りと付け加え、騒がしい光景に少しだけ寂しげな目を向けていた。
「開拓者引退までは別荘名目にしてはどうだ」
 話題を変えるつもりでたずねてみる。
 からくり領主はくすりと笑う。
「依頼以外で結びつきが強すぎるのは問題です」
 分かっているでしょうと目で言っていた。
 将門も軽く笑ってこたえ、大量の設計図に押しつぶされそうな相棒を助けに踏み出すのだった。

●武力を使わない戦い
 芋からつくった麺。その麺を使った汁物や肉野菜炒めは大好評で、ここのところ食欲がなかったアマルも大皿を完食していた。
「次は米料理です」
 カンタータ(ia0489)が出来たての料理を運び込む。
 米を炊くのではなく煮立てた料理であり、新奇ではあるがアル=カマル風で受け入れやすそうだ。
 アマルが観光部門の幹部に視線を向ける。
 留学、卒業前に地元民と結婚、生活が落ち着く前に幹部として徴用された少女は、1分近く考え込んでから口を開いた。
「ホテルで出せるようになるまで時間がかかります」
 ナーマの料理人の質は良くない。1年やそこらで劇的に向上する訳がないし、安全を考えると外部から招くのも様々な問題があるので質の向上はもどかしいほど遅遅としている。
「住民への伝播は…」
 それも簡単ではないと言う。
 ナーマ民はよく言えば進取の気性に富み、悪く言えば手段を選ばない。だから新しい料理を試しては見る可能性は非常に高いのだが。
「小麦のパンを最高のご馳走と認識されている方が多いのです。宮殿内に限れば今月中に切り替え可能ですが」
 無理に進めると士気の低下に繋がりかねないらしい。
「なるほど。そういえば南瓜のレシピは足りましたか? 水が乏しい場所でも育つので南瓜はうまく使えば武器になると思うのですが」
 少女はなんとも表現しがたい表情を浮かべる。
「減給の代わりに写本をさせています」
 城壁内に普及させるだけでも最低限2桁、できれば3桁必要だ。
 デモ参加者は1週間近く缶詰を強いられることになる。
「どれも手間がかかりますねー」
 カンタータは報告書を手にため息をつく。
 石鹸の試作、需要の予測、どの技術が外部の有力勢力の既得権を侵すかの調査など、本格開始前の調査の段階で時間も金もかかっている。
「ナーマは大きくなりましたから」
 故に、慎重に動く必要があるのだ。

●別れの朝
 2つの重みで目がさめた。
 アレーナ・オレアリス(ib0405)の右腕にはアーキルが、左腕にはサーフィが抱きついて惰眠を貪っている。
 肌の感触も体温も人とは異なり、呼吸も飲食も不可欠ではない人外達。
 だがアレーナはその中に人と変わらぬ心があることを知っている。
 最初のひとりの心を育てたのはアレーナなのだ。知らないはずがない。
「かあさん」
 娘がしわがれた声を出す。
 寝台の脇で一晩中みつめていたようで、普段の威厳はどこにもない。
 アレーナは無言で左右のからくりを撫でる。
 口元を機嫌良さげにつり上げて、アレーナの手に自分の頭をこすりつける。
 出会った頃の、毎夜苦しんでいたアマルとは最初から正反対だ。
 この2人に愛を与えられるほどアマルが育ったことに、アレーナは心からの喜びを感じていた。
「アマル、アーキル、サーフィ大好きよ」
 貴女たちの故郷であるこの街は。
 貴女たちの大好きなこの街は。
 私も大好きな街だから。
 アレーナの心が伝わり、アマルの無表情の仮面が崩れた。
「必ず帰ってくるわ。大好きな、そして大切な娘たちのところへね」
 アマルはアレーナに抱きつきむせび泣く。
 目覚めた妹達が目を丸くして起き上がろうとして、危うく正面衝突しかけて姉と母に抱き留められる。
「待ってるから」
 アマルは、3人の家族を全力で抱きしめた。

●伝説の城から
 強固な城壁。
 水源を限界まで有効活用するための巨大な貯水湖に、街中に張り巡らされた水路、水車に風車。
 居住区も商業区も使い勝手と整備のし易さ最優先の造りだ。
 いずれも雅はないが実用品としての美しさがあった。
「あたしも街づくりに関わってみたかったな〜」
 心ゆくまで街の見聞を済ませたリィムナが、背中の翼を消した。
 迅鷹サジタリオはいいのかなと言いたげな動きで主の落下に付き合う。
「同感じゃが無茶をするでない!」
 滑空艇がリィムナと完璧に速度をあわせて拾い上げる。迅鷹も慣れた様子で減速し滑空艇に並んだ。
「信じてるから♪」
「おわっ! 急に抱き付くでないっ!」
 抱きつかれたリンスガルトは、喜色に溢れた悲鳴をあげていた。
 彼女達は飛空船の発着場へ向かう。
 そこには中型飛行船以下ナーマのほぼ全戦力が整然と並び、開拓者との別れの場を彩っていた。
「契約終了反対〜」
「はんたい〜っ!」
 そんな状況で空気を読まずにデモ行進をするからくりが約20名。
「私の都合で時期を決めてよければ私はいずれ戻ります」
 隗厳が説得し行進の勢いが鈍るが止まらない。
 それぞれ懐いている開拓者が違うのだ。
 滑空艇を帰りの甲板上、既に固定されていた人狼改と滑空艇の隣に停め、リンスガルドがどうしたものかと腕を組む。
 リィムナは目立たぬ動きでデモ隊の先頭に近づき、悪戯っ子の笑みで囁いた。
「ねぇ知ってる?ギルドへの依頼って誰でも出せるんだよ?」
 子守依頼でも無報酬だっていける。
 開拓者ギルド員がこの場にいれば、そういうのは例外か少数例ですからと涙目になって止めただろう。
「リィムナ、そういう事を吹き込むでないっ。よいか、依頼はあくまで必要な時のみ、領主殿に相談してから出す様にせよ」
 甲板から飛び降り、リィムナの耳を引っ張り船へ戻る。
 デモ隊は呆気にとられて2人を見送り、我に返った後10秒程度で相談をして解散し本来の持ち場に戻った。
 船が浮かび上がる。
 リィムナの仕込んでいた術が発動し、全ての季節の花が別れの舞台を彩った。
「これで、終わりだな」
 ルオウは大きく息を吸って吐き、ニカッと陰のない笑みを浮かべる。
「なんか困った事があったら何時でも呼べよな! ぜってー、また来るからよ! なんにもなくたって遊びに来たりするからさ!」
「愛すべき我が弟子たちよ。何れ戻る。それまでに我輩が教えたことを実践し成長した姿をみせい!」
 人間とからくり達の歓声が聞こえる。
 すぐに依頼を出しますからと叫んで、近くの上司に怒られている者も複数いた。
 船は城壁を越える。
 砂漠にたたずむ街は短時間で小さくなり、街から見える船も地平線の向こうに消える。
 自然に、皆が同じ言葉を口にする。
「ありがとう」

 伝説の如く現れた城で、多くの人が今も暮らしている。


(了)