【城】伝説へ近づく城
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/01 03:52



■オープニング本文

●都での謁見
 巫女をこの世の存在とは思えなかった。
 精霊と人の間に立ち続けるなど、天に愛された偉人でも長期間保つはずがない。
 からくりは血生臭かった。
 子に未来を与えるため散った兵の血が、食と職を得るため民が流した血が、無機質な人形から香っている気がする。
 アル=カマルの元首と新参の領主が無言で見つめ合う。
 四阿は異様な緊張で支配され、元首に仕える巫女達が真っ青な顔で怯えていた。
 なお、当事者2人は初めて見る型のひとに驚いているだけ。控えめに表現してとてつもなくはた迷惑だった。
 数分のお見合いの後、アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)は領主として自己紹介と挨拶をし、神の巫女セベクネフェルが労う。
 立場も種族も価値観も何もかも異なる2人は、箱入りむすめという共通点で意外と相性がよかった。

●辺境。領主不在の宮殿
 清らかな水が大理石の溝を流れていく。
 そんな贅を極めた空間で、領主側付き数人が所在なげに立ち話をしていた。
「巫女様は今日天儀入りの予定ですよね」
「アマル様は?」
「謁見が終わってからステラ・ノヴァの友好部族の宴席はしご中」
「なんでよ。今代の巫女様に西の支配も認められたのでしょ。押しも押されもせぬ有力者なのに?」
「謁見のために人脈を酷使したから整備しないと駄目、だって」
 羊皮紙の小山を抱えたからくり2人が通りがかる。
 同じ顔が5人もぐだぐだしているのに気づいて困惑して足を止めた。
「お姉様方」
「今日はお休みのはずでは」
 領主の相棒からくりであり領主代理でもあるアーキルとサーフィが、格上に対する態度で尋ねた。
「おうちに居場所がないの」(主夫妻に家族扱いされ奉仕できない)
「家事するなって言われたんだもん」(家事技能がお子様並なので使えない)
「マスターがお仕事中なのに手伝いを禁止されてますの」(主の上司より地位が高いので職場の邪魔)
「学校行っても習ったことばかりだしわたし教えるの下手だし」(ナーマでの最良の教育を受けたが子供の相手が苦手)
 休日家でごろごろしている、趣味を持たない親父さんっぽかった。
 仕事を期待する5対の瞳が領主代理に向けられる。
 アーキルとサーフィは羊皮紙を後ろ手に隠してすり足で後退し、そっとこの場から逃走していった。

●新領地と避難民
 城塞都市ナーマは都市周辺および西方の土地に対する支配を確立した。
 西方の新領は広大で、面積だけなら大諸侯と名乗っても違和感はない。
 実際は雨量が少なく土地も痩せた不毛の地で、もともとの住人の面倒を見る必要まである悪く言えばお荷物な土地だ。
「参りましたわ」
 元避難民問題専任、現西方新領専任の文官が胃薬をかじっていた。
 西には無人の村が5つある。
 うち1つはナーマがほぼ全てを所有する村で復興する義務も収益もナーマのもの。
 もう1つは避難民の帰還が始まっていて、少額の援助で自立可能になる見込みだ。
 問題は残りの3つで、避難中の全住民が城塞都市市民になることを希望している。希望が叶うなら土地建物水利の全てをナーマに譲渡するらしい。
 許可するかどうかはナーマ次第。仮に許可すれば大規模開発可能にはなるが、収益が投資額を上回るのに何年かかる分からない。都市の既存住民と新規住民の摩擦も高い確率で発生する。
 また、西に1つだけある健在な村の扱いも難しい。ナーマとの比較では零細でも、この地域では飛び抜けて有力なのだ。
「早めに選択肢をつくっておかないと権利が錯綜して酷い展開に…」
 頼みの綱の領主が帰還するのは数週間後の予定だ。遅くともそれまでに、領主を説得できる計画が必要だ。

●城塞都市ナーマへようこそ
 元はアヤカシがひしめく無人の砂漠地帯でした。
 一代で財を築いた富豪、故ナーマ・スレイダンが独占的開拓権を取得したのがこの街のはじまりです。
 開拓者が乗り込んでアヤカシから水源を奪取。その後ナーマが全財産を投じて創り上げたのがこの街です。
 アヤカシ討伐から大規模建築、農業指導に都市管理まで担ってきた開拓者に対する評価は極めて高く、開拓者としてこの街を訪れたなら熱烈な歓迎を受けることになるでしょう。
 街の位置はアル=カマル大陸辺境の砂漠地帯中央です。
 大量の水がわき出る水源を囲む形で豊かな農地が広がり、水をため込むための人工湖、小麦や甜菜を加工するための風車付工房、アル=カマル全域と交易するための飛空船離発着施設や商業施設などが分厚く高い城壁で守られています。
 現在の領主は初代領主の相棒からくりです。身寄りのない先代の全てを受け継いだため、土地建物水利権など、要は1都市を個人で所有しています。
 絶大な権力を持ってはいても全て1人で指揮することはできません。開拓者が立案、領主が承認、開拓者が都市の技術者や官僚や民を指導しつつ計画推進という形で都市を大きくしてきました。
 都市が住民に未起動からくりを与え、目覚めたからくりを雇用、重用するという珍しい制度を持っています。
 結果として都市高官の半数以上がからくりになってしまい都市外から奇異の目で見られています。豊かな生活を送るナーマ民は気にしないのですけども。

 外交の対象になるのは主に以下の6勢力です。
 円卓会議。今回の謁見が成功したことで、この勢力が表だってナーマに敵対する可能性は激減しました。
 アル=カマル古参勢力。子弟の一部を留学生として送り込む程度には友好的。歴史と権威はあっても財と武は低めです。今回の謁見の件で、この勢力に対する借りが1つできました。
 近隣非友好勢力。詳細状況不明。対アヤカシ戦で疲弊している可能性が高いです。
 初期にナーマ傘下に入った零細部族群。友好的。経済的にナーマに取り込まれ、文化的にもナーマの強い影響を受け、けれど軍事的には独立しています。
 最近ナーマ傘下に入った零細部族群。水が少なく農地も痩せている上、現在住民全てが城塞都市に避難中です。彼等に対する対応は今回決める必要があります。
 ナーマ傘下の遊牧民。過去にナーマと戦い軍門に下りました。経済も戦力もナーマの10分の1程度。ナーマに武力を提供しています。
 今回とった態度が、ナーマと彼等の今後数世代に大きく影響するでしょう。
 城塞都市ナーマが保有する戦力は、からくり69名と志体8名、中型飛行船1、遠雷2、小型宝珠砲2。戦時以外は動員されない銃兵が360と少し。
 常備兵だけでも大戦力ではあるのですが、からくりの3分の1は内政や教師としての仕事に追われ、3分の1は休養中。残る3分の1と志体で辛うじて都市防衛その他を成り立たせています。
 依頼で訪れた開拓者のみなさんには、依頼期間中宮殿奥の寝室と相棒用厩舎が無償で提供されます。
 城塞都市ナーマはみなさんのお越しを心よりお待ちしております。


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
此花 咲(ia9853
16歳・女・志
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
エラト(ib5623
17歳・女・吟
隗厳(ic1208
18歳・女・シ


■リプレイ本文

 演奏が終わる。
 けれど拍手はまばらだ。
 拍手した官僚は演奏前と比べると少しだけ改善した顔色で、演奏の時間分の遅れを取り戻すため職場へ戻っていく。
 もともと休暇中の家族連れ官僚はいびきをかいて寝ていた。子供が起こそうとしているが起きる気配は全く無い。
 安らぎの子守唄を使っても効果は無かった。
 過労死寸前に追い込まれた末の錯乱になら効いただろうが、疲労には全く効果が無い。普通の演奏の方が気分が晴れるかもしれない分優れている。
 エラト(ib5623)は城塞都市内での活動を切り上げ、城外の勢力と接触するため空龍で出かけた。

●限界
 もふらさまの姿が見えない。
「助けるもふー」
 抱きついたからくり5人…いや少なくとも7人が重しになって身動きできないようで主の玲璃(ia1114)に小声で助けを求めていた。
 しかし玲璃に余裕はない。
 城塞都市の各部門の現状を把握するため現場に出て調査し、部門の長や部門の主戦力の時間を割いてもらって調査しその分のフォローに時間を費やし、その結果現在徹夜の3日目である。
 前回までの調査でも薄々感じていたが、人材不足が深刻で少々の工夫では改善しようがない。
 ナーマの民は十分以上に努力してはいるものの、大規模組織運営のための人材育成は十年から数十年かかってもおかしくない難事業だ。
 外部から高額報酬で人材を招くのも難しい。ナーマの中枢に入り込んで裏切れば報酬の数十倍の利益が得られるし、それを防ぐために情報部門に監視させれば雇った人材と同等程度の人材が監視任務に拘束されてしまう。
 八方塞がりだった。
 将門(ib1770)は己の眉間を揉み、痛みに耐える表情で手元の書類に目を通す。
 そこには、ナーマ民の年齢別人口予測が10年後と20年後の2種記載されている。
 本来なら領主しか閲覧が許されない機密であり、将門達なら自由に閲覧できる情報だ。
「物理的な限界だ。限界であることを前提に考えるべきだろう」
 城塞都市ナーマは、いや、故ナーマ・スレイダンの開拓事業は開拓者以外の全員が妄想すらしていなかったほど上手くいった。うまくいきすぎた。
 広い農地、遠隔地との交易、周辺地域の支配など1つだけでも大事業なものを成し遂げ、結果として人が足りなくなっていた。
 10年後には改善され20年後には問題がなくなるはずでも、今は足りないのだ。
「ですがこのままでは」
 3日徹夜の成果である組織図を取り出す。
 どの部門も問題を抱えている。避難民の面倒を見るため人物金の消耗を強いられている部門、日々上がっていく旅行客の要求に四苦八苦する部門、稲作導入のための人員教育や各種準備に追われる部門、他の部門のフォローで消耗した部門など、順調な部門は1つもない。
「1つ1つ解決していくしかない。予算については…」
 短期的には地下の遺跡でとれる宝珠で。
 中期的には鉱山を復旧させそこから採れる鉄鉱石を輸出。
 将門の提唱する方針でナーマ内の意見は統一されつつあった。
「長期的には?」
 玲璃が疲れた視線を向ける。
「農業改善と、可能なら西方新領の開発だ」
 都市周辺の砂漠緑化は数世代かかってもおかしくないので頼みにはできない。
「綱渡りの都市運営が続きますね。低利の融資を外に求めては?」
「その件だが」
 将門は相棒に書類を渡して退出させる。
「ハッドの言うとおり危険が大きい。ナーマの収入は、これ以上増えるとしても額も速度も小さくなるはずだ」
 なにしろ開拓者が活躍しすぎてナーマが取り得る増収手段はやり尽くした。
 金を借りないことが最も確実な増収手段である可能性が極めて高い。
「一度休もう。これ以上続けても効率が落ちるだけだ」
 窓から、朝日に照らされた宮殿の中庭が見えた。

●避難民
「やってられるかですわっ!」
 羽妖精スフィーダが自作報告書で紙飛行機をつくって飛ばす。
 避難民の欲望まみれの紙飛行機は此花 咲(ia9853)の後頭部目がけて飛行する。
「仕事中」
 咲の手が伸びて紙飛行機の速度が0になる。
 人差し指と中指で挟んだ紙飛行機を目の前に持ってきて広げる。
 内容は避難民がナーマ民になりたい理由だ。
 ナーマ繁栄のため等立派なことが書かれてはいる。が、咲とスフィーダは本音の部分までお見通しだ。
 楽がしたい。それだけだ。
「結果が出たのか。早いな」
 咲の執務室に将門が入ってくる。
 無言で報告書を渡す。
「城壁内の仕事を当てにしているのか」
 将門の表情が暗くなる。
「任せられる仕事はあるか? 短期的には城壁復旧と鉱山復旧に使えると思うが」
「難しいと思いますよ」
 都市住民の地位と引き替えに鉱山と城壁の復旧を担わせた場合の試算と、現在の住民とアーマー隊のみで行った場合の試算を並べる。
「これは」
 二の句が継げない。
「アーマー、役に立つんです」
 前回ナーマは多くの老朽遠雷を購入した。どれも戦闘に使うのは論外な機体ではある。しかし土木工事や建設工事のためのアーマー用機材を使えば、1機あたり数十人分の仕事ができる。
 要するに避難民がいなくても人手は足りている。
 必要な費用を考えると、避難民は西に戻さざるを得ない。
「ナーマに足りないのは高度な教育を受けた人達です」
 咲は難しい顔で別の書類を執務机に広げる。
 各部門からの増員要請だ。観光部門からは社会の最上層相手にぼろを出さない水準の人材を要請されている。徴税部門からは体力と高水準の計算能力のある人格者を要請され、住民サービスを担う部門からは読み書き算術の出来る者を1人でもいいから寄越してくれという悲痛な求めが届いている。
「住民向けの教育も行われているはずだが」
 少なくとも10人の、高度教育を受けたからくりが専業教師をしているはずだった。
「需要が大きすぎるんです」
 収入と安定を得たナーマ民の中で、より多くの収入を求めて学校の門を叩く者が増えてきている。
 10人に教育されたナーマ民が文字や計算を教える側に回ることもある。
 しかしその程度では全く足りない。
「一部を除けば流民だったのが良くやっているというべきなのだろう、な」
「べきなんでしょうね」
 将門と咲が同時にため息をつく。
 大勢の移民希望者の中から教育を受けた者を選んで移民を認めてはいるが焼け石に水だ。
 人不足が解消するのは、今赤ん坊のナーマ民が一人前になったときか、ナーマがさらに発展した場合はその次の世代になる。

●城壁修復
 アヤカシ軍が殲滅されたことそれに伴う瘴気による土壌汚染などはないこと。
 領主が神の巫女との会見に成功して西方の領主たるを認められたこと。
 フレイア(ib0257)の手配により上記の情報が広まり、ナーマ民は喜びに沸いた。
 長年の懸案が解消され陽気に騒ぐナーマ民達。
 とはいえ気力だけではどうにもならないこともある。
「おっさん無理すんな!」
「ひでぇなルオウ様よう」
 二の腕の太さがルオウ(ia2445)の腰並みの大男が情けない顔をする。
 身の丈の倍はある丸太を所定の場所に置き、よっこらせのかけ声と共に近くの椅子に腰掛けた。
 白髪交じりの髪は汗で濡れている。この男はまだ20代の後半だ。ナーマに辿り着く前の苦労は体を傷つけ癒すことはできない。
 ルオウはさらに倍の、体積では8倍の丸太を軽々と持ち階段を上がっていく。
 非常に保持しにくいはずなのに、桁外れの握力と常識外れの平衡感覚でどこにもぶつけない。
「遅くなりました」
 朽葉・生(ib2229)が空龍に乗って工事区画へ到着する。
 城壁補修工事の進み具合を目で確認し、ルオウの位置に気付いて石壁を術で作り出す。
 石壁は大きく頑丈だ。ただしその頑丈さは普通の石壁程度でしかなく、生が作り出せる鉄壁と比べると強度は豆腐や紙同然で大黒柱扱いできない。
 ルオウは身軽に石壁の上端を歩いていく。
「そっち持ってくれ」
 轟龍が器用に羽ばたいて宙に静止する。
 ルオウが差し出した巨木の端を咥え、ルオウのいっせーのというかけ声に従い作りかけの壁にはめ込んだ。
「コンクリ流し込みまーす!」
 分厚い筋肉の鎧をまとった男達がコンクリ入りの桶を運び、現場監督の指示を先取りして各所に注ぎ込む。
 かつて使い捨ての労働力だった男達は、ナーマに拾われた後に己を鍛え続け今では土木技術と銃兵としての技術を身につけていた。
「出入り口は設置できないのですか?」
 生が問う。
「それだと時間がかかります。門の分強度が落ちるので専用の建材の用意にも時間が…」
 歓声が現場監督の声をかき消した。
 生と現場監督が声の方向を見る。
「見た目よりおとなしい奴だからさっ! 怖がらないでやってくれよな!」
 ルオウが工事用遠雷でも持てない資材を軽々と持ち上げ、轟龍が器用に掴んで壁の上端に組み込む。ナーマに所属する龍では絶対に不可能な、主との絶大な絆があって初めて可能になる作業だ。
 手元の資材がなくなると轟龍はすぐに資材置き場に飛ぶ。そこで別の作業員に資材を積み込んで貰い、最初とほとんど変わらない速度で主のもとに戻り、機嫌良く工事を再開する。
 生は、ルオウ主従以外が疲れていることに気付く。
「休憩にしましょう」
 格子模様の素敵なお菓子、ナーマ民のソウルフードであるワッフルを小さな机に並べる。
「速っ。おっちゃんも」
 超高位開拓者であるルオウに近い速度で男達が集合する。食欲は人に限界を超えさせるのかもしれない。
「洗濯はどうしています?」
 生が話を向ける。
「俺は嫁さん頼りです」
「ケッ! 俺は休日にまとめて自分でやってるぜ」
「私は妻が宮殿勤めなのでお隣に金払ってやってもらってます。来月から商業区画に支店を出すらしいですよ」
 本来荒っぽい連中だが領主代理相当の開拓者の前では非常に大人しい。
「なるほど」
 生が深くうなずく。
 ここに来る前に宮殿に詰めた若手官僚の洗濯を手伝った。キュアウォーターまで使ったのに時間の短縮はほぼできず、家事の大変さを思い知らされていた。
「流行るといいですね」
 1月後には同業者が現れ、1年後にはナーマの家庭での洗濯がほとんど行われなくなることを、この時点では誰も予測できていなかった。

●鉱山
 灰色の光が岩の中央を穿つ。
 直撃すれば上級アヤカシに痛打を与えることが可能な、高位の術者による精霊魔法。
 土木工事という本来の用途以外の使用でも大きな効果を発揮していた。
「代わります」
 フレイアが生と交代する。
 岩に開いた穴は頭を入れることもできない大きさだ。
 一見工具で掘った方がよいように見えるし実際現時点ではその通りだ。
 灰色の光の照射が再開され、穴が徐々に深くなっていく。
 熟練の職人でも掘るのが難しい深さになっても速度は変わらず、何時間もかけて穴の深さが増し、とうとう巨大な岩を貫通した。
 冷たい空気が穴から吹き出す。
 フレイアは鋭敏な感覚で空気の流れを読み切り一歩下がる。常人を病に冒す可能性があった風は、豪奢な金の前髪を微かに揺らしただけで力を失った。
「これで最低限の空気穴が確保できました」
 生は安堵の息を吐く。
 以前の空気穴は土砂で埋まったり衝撃で破損したり埋まった上で破損したりしている。土砂を掻き出す前に専門家による緻密な調査を行わないと崩落が発生しかねず、別の場所に新たに空気穴を設置した方が良い場面が多くあった。
 フレイアは生と別れて休憩所へ向かう。
 中には仮眠用の簡易寝台と練力回復用の薬が用意されている。
 嚥下すると尽きかけの練力が急速に回復していく。今日だけで5回目の服用だ。超高位開拓者の体力と精神力で押さえ込んではいるが、やりすぎると副作用が起きてもおかしくない。
 息を吐く。
 決戦前にあのときアヤカシ軍が鉱山を占拠していたら、城塞都市に地下から攻め込まれたり地下水脈に毒を流され甚大な被害が出ていたかもしれない。だから鉱山の入り口を壊したことは後悔していない。領主にも感謝された。だが。
「自分で壊したものを直す。気が滅入りますね」
 アーマーに乗り込み、次の現場に向かうフレイアであった。
「待避っ」
「2番機停止、埋もれちゃう!」
 地下鉱山の元正規の入り口、現地下への道がふさがった工事現場で、今日初めての土砂崩れが起きた。
 よく言えば風格のある遠雷が後退しようとして故障で停止し、土砂の中から仲間を助け出そうとして止まりと大惨事一歩手前の光景だ。
「やだー! 埋もれて息が続かないよー!」
 土砂の下から素晴らしく元気な声が聞こえる。
 ナーマのアーマー隊を育て上げた1人であるハッド(ib0295)が、自分のこめかみを揉んでいた。
「落ち着くのじゃ。落ち着いた後は素早く事態を把握し即座に判断。基本じゃぞ?」
 慌てると当たり前のことも分からなくなる。
 たとえば、今回の土砂崩れは小規模でからくりなら耐えられるとか、からくりは呼吸は必要ないので埋もれても死なないとか。
 ハッドの言葉で冷静さを取り戻したからくり達が、おんぼろ遠雷から出て装甲を剥がして土埃を取り除いたり核の部分に斜め方向から手刀を叩き込んで再起動させる。
 そして、同族達を土砂の中から回収し、次に埋もれた遠雷を掘り出して整備を開始した。
「うむ」
 教え子達の手際は素晴らしい。
 ハッドは自分もアーマーに乗り込み土砂の運搬を始める。
 その動きはとても滑らかで教え子達にとっては良い見本だけれど、土砂が減っているようには全く見えない。
 土砂を運び出す度に左右から新たな土砂が流れ込んでいるからだ。
 それでも運び出しを続ける。
 途中、壁や天井の補強工事を行い、また土砂崩れが発生しを繰り返す。徐々に土砂崩れの規模は小さくなるものの、奥に進めば元に戻ってしまう。
 この後、飛行艇で運搬してきたクレーンを据え付けるようになるのに1週間近くかかった。地下鉱山の復旧には時間がかかりそうだ。

●地下遺跡の行方
 瘴気の濃度を感じ取る前にアヤカシに襲われた。
 中級アヤカシでも軍の一員としての訓練を受けているわけでもない下級アヤカシ複数が、隗厳(ic1208)の鋼糸に刻まれ地面に転がる。
 隗厳は術を使って闇を見通し倒れ霧散するアヤカシを注視する。
 倒れたアヤカシの種類と宝珠を落としたアヤカシの種類を帳面に記入。
 今回だけで1週間近く調査を続けているのだが、全く法則性は感じられない。
 しかし隗厳は止めない。
 今は分からなくても10年後には分かるかもしれない。10年後駄目でもその倍、あるいはさらに倍の時間があれば法則が解明されるかもしれない。
 回収した宝珠を相棒からくりに渡し、隗厳は淡々と遺跡内の調査を行う。
 情報と宝珠は得られても新たな発見はない。
 常人なら精神に異常をきたすだろう過酷な作業を、隗厳主従は強靱な意志力で続けていく。
 たまにすれ違うナーマからくりの隊がいなければ、依頼終了前に精神的に参っていた可能性がある。
「ただいま戻りましたっ」
 地下遺跡入り口でナーマからくり6人が一斉に敬礼していた。
 答礼しているのは補給のため一時帰還したハッドだ。
 ハッドが考案した、地下遺跡専任の6名が手隙のからくりを集めて潜る体制は、今の所順調に成果を出している。
「でも収穫が…」
「瘴気が薄いのは素晴らしいことじゃ」
 街中でもアヤカシが自然発生する。開拓者や町の兵士がどれだけ頑張っても被害を0にはできない。
 諭されたからくりは恥ずかしげにうつむいた。
「とはいえ人が生きる限り瘴気はなくならぬもの。主亡き後も生き続ければ地下遺跡に再び瘴気が回復するのを見れるかも知れんの」
「マスターの死後ですかぁ。想像できないです。…あっ。隗厳様からもらったパイは食べちゃったんですけど、これどうです?」
 からくりが差し出したのは、強いて言えばかぼちゃ色の棒だった。

●隣人達
 城壁外で栽培予定の南瓜をナーマ民だけでなく周辺住民に受け容れてもらうため、隗厳は様々な手を打った。
 最初は持ち込んだパンプキンパイ。
 好評ではあったが栽培する予定の品種と異なるためあまり効果がなかった。
 次に用意したのはナーマの料理人作のパイ。料理人の腕のせいで極めて不評だった。
 結局ナーマ民や外から来た人々に振る舞ったのは、9割以上の砂糖と1割未満の南瓜とその他からなる南瓜飴だった。
 これが予想以上に好評で、エラトの外回りの際にも提供されることになる。
 友好維持は難しい。
 相手に何も要求しないのは構わない。相手に要求されて一切言質を与えないのも構わない。
 だがそれを実行すると関係が疎遠に成らざるを得ないのだ。領主代理相当であるエラトが直接相手と顔を合わせた分誠意は伝わっても、友好が深まることはほとんどなかった。
 そこで役に立ったのが南瓜飴だ。
 贅沢に砂糖を使った飴は、ナーマの経済力を誇示と商品の宣伝を兼ねた、非常に使い勝手の良い話の種になる。
 そこから緑化事業という巨大事業の話に繋ぐこともできるので、エラトの仕事は大いに飴に助けられていた。
 エラトがこなした仕事は他にもある。
 最近連絡が途絶えてしまった東隣の勢力との接触だ。
 ナーマの傘下の部族はナーマとの取引の割合が大きく成りすぎナーマ同様に没交渉。
 エラトは辛抱強く伝手を辿り、傘下部族に属する個人を通じての接触に成功した。
 アレーナ・オレアリス(ib0405)は数人のからくりを連れ東へ向かう。
「今まではわだかまりがあったかも知れませんがこれからは共に力を合わせていきましょう」
 彼女の背後には、アーマーで運んできた物資が山のように積まれている。
 毛布、消毒や外傷の治療に使う薬草、未使用の清潔な包帯に度数の高いアルコール。ナーマが4桁単位で大量購入した練力回復薬の残り。
 アヤカシとの戦いで消耗した相手にとっては喉から手が出るほど欲しいものばかりだ。
 上級アヤカシが根こそぎかき集めたアヤカシの軍勢を殲滅したナーマとは違って、彼等は自然発生した多数のアヤカシを殺しきれずに消耗戦を強いられているのだから。
「よろしくお願いしますね」
 アレーナは急かさない。
 相手にとって必要な物を目の前に積み上げた状態で、相手を尊重する態度を一切崩さない。
 相手は、感情としてはこの援助を受け入れたくないはずだ。
 武力と経済と権威の全てでナーマに負けている以上、うかつに歩み寄れば飲み込まれ消化されてしまうからだ。しかし受け取らないという贅沢も選択できない。対アヤカシ戦の負担は極めて大きく、このままでは矢面に立って戦うジンが倒れるより速く経済が崩壊する。
「そちらの方は」
 長から交渉の全権をゆだねられた男が苦し紛れに口にする。
「この村の皆さんと親しくさせていただいている娘と」
 もふらさまによって癒されたからくりが優雅に礼をする。
「領主代理のアーキルです」
 非領主に対する礼としては最高のものを意識して選ぶナーマからくり。礼儀の面でも武力の面でも隙はなかった。
 結局彼等は物資を受け取り、明確に感謝を述べて物資全てを東に向けて運び出す。
 会見の場となった村は自然とナーマに対しこれまで以上に友好的になり、東の勢力を頼りにする気持が小さくなる。
 この村が自発的にナーマの傘下に下るまで、1月もかからなかった。
 アレーナ達は村から離れた場所で飛空船に乗り込み帰還する。
「あれでよかったのでしょうか?」
「もう少し押してもよかったのではないかと」
 からくり達が有能な支配者層の仮面を外して口々にアレーナに尋ねた。
 表情が妙に幼い。長姉にとっての母は自分達にとっての母と思っているようだ。
「アマルが硬軟どちちらの対応もできるようにしたつもりよ。あなた達も力になってあげてね」
 尊敬の視線と、元気な答えが返ってきた。

 城塞都市ナーマは開拓の時代から繁栄の時代に足を踏み入れた。
 開拓者との別れは、すぐそこまで迫っていた。