【浪志】消えゆく命の灯
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/17 04:34



■オープニング本文

●畜生働き
 暗闇に、白刃がきらめいた。
 悲鳴とも言えないような小さな呻き声を挙げて初老の旦那が事切れる。強盗が、男の口元から手を離す。彼の手にはじゃらじゃらと輪に通された鍵が握られていた。
「馬鹿め。最初から素直に出しゃあいいものを」
 男は蔵の鍵を部下に投げ渡すと、続けて、取り押さえられた娘を見やった。小さく震える少女の顎を刀の背で持ち上げる。
「‥‥ふん。連れて行け」
 少女は喚こうにも口元を押さえられて声も出ず、呻きながら縄に縛られる。縛り終わる頃には、蔵の中から千両箱を抱えた部下たちが次々と現れ、彼らは辺りに転がる死体を跨ごうが平然とした風で屋敷の門へと向かう。
「引き上げだ」
 後に残されるは血の海に沈んだ無残な遺体の山のみ。「つとめ」とも呼べぬ畜生働きである。

●東堂
 その報に、書生風の青年が深いため息をついた。
 ギルドを通じて事が大っぴらになれば、人質の命が――涙目で語る商人を前に、東堂俊一という名のその青年は、一言、捨て置けぬと呟く。その言葉に、周囲の若者が詰め寄る。
「しかし先生、建策を控えたこの大切な時期に」
「そうは申せども、見過ごす訳には参りません」
「先生!」
 なおも言い募る弟子を手で制し、彼は静かに口を開いた。
「先ず隗より始めよ。世に義を問うならば、まずは自ら示すべきでしょう。‥‥開拓者の手配を。伝手を辿り、気取られぬよう内々に」

●目と目が合う
 ある係員と目が合ってしまったあなたは、ギルド内にある人気のない空間に誘い込まれていた。
「お手数おかけして申し訳ありません。表に張り出すわけにはいかない依頼がありまして」
 係員はそうささやくと、大量の書き込みがされた一枚の地図を示す。
 地図に載っていたのは縦横それぞれ30メートル程の建物だ。
 平屋の飲食店らしく、両開きの入り口から中に入ると広い部屋があり、その部屋を囲むように小さな部屋が6つと厨房が配置されている。
 書き込みを信じるならばだが、それは歓楽街の外れにある宿兼酒場で、脛に傷を持つ荒くれ達が昼間から夜遅くまでたむろしているらしい。
「蝮党という賊の拠点の1つです。浚った女性を一時的に拘束するための場所として使われており、現在は最大で4人がこの中に囚われていると予測されます」
 数が確定していないのは、売れたか、処分された可能性があるためだ。
「予想される敵兵力は志体持ち5前後。非志体持ちは時間により大幅に増減します」
 最も客が入っている時間帯ならば40に迫るかもしれないと係員は言う。
 蝮党に直接関係のある者は10程度らしいが、ほぼ全員叩けば埃が出る身なので何らかの抵抗を示す可能性があるらしいのだ。
 蝮党と無関係な者に先制攻撃を加えた場合、いくら開拓者でも何らかの罪に問われる可能性が出てくる。
 無関係な者を平和的に退去させようとした場合は、時間をかけている間に蝮党の人間に逃げられかねない。
「敵は志体持ちを含む多数、人質複数有り、敵は逃げ支度を始めているらしいので時間制限まであるという無茶な依頼です。ですが」
 係員は真剣な表情で頭を下げる。
「できれば、助けてあげてください」
 あと、依頼解決まで口外厳禁です、と付け足す係員であった。


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
九竜・鋼介(ia2192
25歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ
煉谷 耀(ib3229
33歳・男・シ
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ
マハ シャンク(ib6351
10歳・女・泰


■リプレイ本文

●薄暗がりにて
「やっちまおうぜ」
「やるなら音を立てずにやりな。扉の向こうにいる破落戸共に気づかれない程度なら見て見ぬ振りをしてやる」
「はっ。ろくに稼げもしねぇ馬鹿共を気にする必要なんざねぇだろ」
「騒ぎを起こして移動が遅れたあげく大将に首を刎ねられたいのか? 高飛びした後ならつまみ食いしても誰も文句なんざ言いやしねぇよ。どうしても我慢できないのなら酒でも飲んでろ」
「ちっ、分かったよ。ここではめぇが頭だからな。見張りは頼むぜ」
「好きにしろ」
 男2人の小声でのやりとりが終わる。
 それからしばらくして、酒場の奥にある扉が薄く開いた。
「おい、酌をする姉ちゃんはいねぇのか? お、年増がいるぜぇ。どうだい、こっち来いよ」
「お呼びじゃねぇぞぉ、うぃっく。おとといきやがれってんだ
 酒場の中央で、酒の匂いを強烈に漂わせた男が女に声をかけ、すげなくあしらわれていた。
 周囲から男にヤジが飛び、男が怒鳴り散らす。
 女がそういう商売をしているようには見えないのは珍しいが、他の客と同種の荒れた雰囲気を持っているので違和感は感じられなかった。
「異常なしか」
 浮く開いた扉から、腰の後ろに物騒な刃を隠した男が出てくる。
 蝮党に属する志体持ちだ。
「ったく、面倒な仕事だ。酒持ってこい」
 店員をしている蝮党の下っ端に声をかけ、元から居た客を押しのけるようにして席に座る。
「あんたぁ景気が良さそうだな」
「あん?」
 唐突に話しかけてきた男に、志体持ちは不審をいだく。
「近頃蝮党ってぇのが幅を利かせてるそうじゃねぇか。ひょっとしてあんたもそれかい? 俺もお仲間になって旨い汁でも吸わせてもらおうかねぇ」
 男が口を開くたびに強烈な安酒の臭いが漂ってくる。
「酒くさっ。そんだけ飲めるならてめぇも景気が良いのじゃねぇか。ああこいつ聞いていやしねぇ」
 奇妙な笑い声をあげつつその場に座り込んでしまった男を見下ろし、志体持ちは舌打ちをひとつして視線をそらす。
 同業者か開拓者ギルドあたりから調べに来た輩ではないかと疑っていたのだが、調査対象の場所で泥酔するような輩はいないだろう。
 蝮党の志体持ちは、手下が持ってきた酒瓶に直接口をつけて勢いよく中身を飲み干す。
 酒に酔ってふらつく女、ライ・ネック(ib5781)が各部屋の出入り口を確認しているのも、酒臭い男、煉谷耀(ib3229)の目に酔いが全く浮かんでいないのも、彼には全く気づけなかった。

●強襲
 九竜・鋼介(ia2192)は酒場に入ってすぐに女にぶつかった。
「へへ、ごめんよぉ」
 いい加減に謝罪して歩き去るライに目も向けず、鋼介はいつの間にか手の中に押し込まれていた紙を確認する。
 紙にはこの酒場の間取りと、部屋ごとに2つの数字が書き込まれている。
 数字は奥の部屋に潜む蝮党の数と、人質と思われる人間の数を示している。
 鋼介は一瞥して内容を己の頭に叩き込むと、それが汚れた屑紙であるかのように無造作に握りしめ、小さく潰した上で外へ放り投げた。
「まずい酒を飲ませおって」
 酒場の席についていた竜哉(ia8037)が、唐突に幅4メートル近い机を蹴り倒す。
 机の上には10以上の皿が載っていたのだが、当然その全てが宙に舞い、埃にまみれた床に雑な料理をぶちまける。
「てめぇっ!」
 蝮党とは何の関わりもない、けれど明らかに堅気には見えない男が竜哉に殴りかかる。
 しかし拳が命中したのは、鋼介によって体を押された、今回の騒動とは何の関係もない男だった。
「何しやがる!」
 非が無いからこそ烈火のごとく怒り、殴り返す。
 堅気に見えない男は辛うじて回避はしたが、回避された拳は同じく何の関係もない男に命中する。男が手にしていたとっくりが吹き飛び、別の男の顔に酒ごと命中し‥‥。
 あっという間に騒動は拡大し、数十名の男達を巻き込んで乱闘が始まる。
 これほどの騒ぎになっても小部屋に通じる扉は厳重に閉じられたままで、壊すのならば武器による一撃が必要そうだった。
「あらよっと」
 貧乏くさいいでたちで入り口から入ってきた将門(ib1770)が、殴られて己に向かって吹き飛んできた男を受け止めてやる。
「面白いことになってるな」
 火事場泥棒でもするような表情で奥へと向かう。
 しかしその足取りは明確な意志と計画に基づいたものであり、見る者が見れば竜哉の正体をそれだけで見破ることができただろう。
「やりやがった」
 突然始まった乱闘に一瞬呆然としていた志体持ちが、眉間に血管を浮かび上がらせながら歯ぎしりする。
 机を三度力任せに叩きつけると、酒場内にある複数の扉の奥から物音が聞こえ始める。
「どこのどいつか知らねぇがいかれきってやがる。逃げっ」
 耀によって投擲された杯が志体持ちの頭を直撃する。
 大型の杯がぶつかった程度で気絶するほど弱くはないが、酒にまみれ、頭部から少量ではあるが血が流れているので非常に目立ってしまう。
「この騒ぎに乗じて場所を移せ」
 竜哉が小部屋に続く扉へ近づき、平然とした態度で中にいる賊に指示を出す。
 通常であれば、中の賊は竜哉を敵かそれに類する者と即座に断定しただろう。
 しかしこの場の蝮党一党は、予想もしていなかった事態に巻き込まれてしまい、混乱しきっていた。
 裏側の人間ならば凶悪犯罪をためらわない蝮党に手を出すのが割に合わない行為であることを理解できているだろうし、さらわれた娘達を救出しようとする者ならば少なくとも娘達を確保できるまでは大人しくするはずなのだ。少なくとも彼はそう思っていたし、否定する者はそれほど多くはないだろう。
「一体何が起こっている!」
 竜哉の目の前の扉が開き、小柄な娘の腰の辺りに手を回して脇に抱えた男が出てくる。、
「馬鹿野郎! そいつはっ」
 ようやく事態を把握した志体持ちの賊が注意を促そうとするが、複数の刃が死角から現れ、そのうちの一刀に喉元を掻き切られて発言を強制終了させられる。
 将門は刃についた血を払う時間を惜しみ、耀が目印をつけた蝮党に対し声も出さずに斬りかかっていく。
「こっちには人質、が」
 竜哉に脅しをかけようとした男が、驚愕して目を見開く。
「安全地帯に連れて行きます」
 気配を消して扉の陰に潜んでいたライが、男の注意が散漫になった隙をつきて少女を奪ったのだ。
 慌ててライを追おうとするがもう遅い。
 明らかに己より強く見える竜哉が行く手をふさいでいるのだから。
「敵襲だ。開拓者共が来やがった!」
 蝮党の下っ端から悲鳴のような警告が発せられるが、混乱のただ中にある蝮党の人間にはほとんど全く伝わらないのだった。

●生死の境
「よし」
 建物内部から聞こえてくる暴力の音を確認し、マハ・シャンク(ib6351)は数歩の助走の後に無造作に跳躍する。
 綺麗にそろえられた両方の踵が薄い戸板を粉砕し、ライから鋼介を経由して届けられた紙によれば、1人の志体持ちと1人の娘がいるはずの部屋に侵入する。
「なっ」
 志体持ちの賊が半ば混乱したままマハを迎え撃とうとする。
 刃がむき出しだった短刀が、賊に抱えられていた少女の脇腹を切り裂いてしまう。賊にとっても意図しない結果だったらしく、舌打ちしてから少女をその場に放り出す。
「残念だ」
 冷淡にそれだけつぶやき、マハは瞬脚の構えから一瞬で距離を詰める。
 賊がとっさに突き出してきた右手の短刀を紙一重でかわし、賊の右手を打って短刀を吹き飛ばすと同時に体勢を崩させる。
 そのまま動きを止めずに賊の背後に回り込み後頭部を殴る。
 半ば意識を刈り取られた賊は両膝をついて無防備な背中をマハにさらす。マハは一切の容赦をせずに後頭部に膝蹴りを叩き込み、賊を床に沈める。
「助けに来た奴に殺されれば、世話ない、な」
 衝撃で意識を取り戻したらしく、賊は赤黒い血を吐き出しながら嘲笑する。
 マハは賊が戦闘力を失ったのを確認すると、平然とした表情のまま内側から扉を開ける。
「安全の確保を」
 扉が開くと同時に、市女笠と外套をまとった玲璃(ia1114)が飛び込んでくる。
 数十名による乱戦の中をくぐり抜けてきたせいか、市女笠はぼろぼろで外套も肩から外れかかっている。
「承知した」
 マハが部屋の入り口に陣取って、人質を確保しようと近づいてきた蝮党の非志体持ちを殴る蹴るして追い払っている間に、玲璃は血を流す少女の傷口を押さえる。
 それはショック死した少女に対し哀悼の意を表す行為にも見えたが、実際には純粋な治療行為だった。
 徳の高い巫女が膨大な量の練力を費やすことで、生と死の境がわずかにずれる。
「え。わた、し」
 先程確かに死んだはずの少女が、健康な顔色で目を開く。
 生死流転。
 完全に死亡しきる寸前の生命を術者の練力によって無理矢理維持するという高度な術だ。
 この術を使える玲璃がいたから、蝮党が予想もしなかった強襲が行えたのだ。
「安心して下さい。もう大丈夫です」
 玲璃は微笑み、生死流転を維持しながら閃癒を発動させる。
 事実上戦闘中という不利な条件での発動だったが結果に不都合は生じなかった。極めて強力な知覚力を持つ玲璃が使ったため、もともとの効果が非常に高かったからだ。
 傷は瞬く間に消え去り、疲労と精神状態以外は万全の状態の少女が残される。
「万が一のことが起こっても全員蘇生させます」
 玲璃は少女の護衛をマハに任し、再び戦場に飛び込んでいくのだった。

●根切り
「蝮党と関係ない奴とまで戦うつもりはないが」
 鋼介に顔を殴られた男が吹き飛び、机の上の皿を吹き飛ばしながら机に倒れ込む。
「抵抗するなら容赦はしない。どきな」
 店員が泡を吹きながら逃げようとする。
 しかし鋼介は店員の頭に耀がつけた目印を見つけ、横を通り過ぎると同時に虎徹を振るっていた。
「この外道が‥‥。貴様等は許すつもりも逃がすつもり無い」
 将門も竜哉も派手にやっているらしく、耀に目印をつけられた店員とそれ以外の数はどんどん減っていている。
「あんたら何者だい。おっとやっぱり言わなくていい。これ以上の面倒ごとはたくさんだ。綺麗な嬢ちゃんに傷も治してもらったことだし、俺はおさらばさせてもらうよ」
 鋼介によって乱闘に巻き込まれた男は、鳳珠(ib3369)に乱暴だが真摯な礼をしてから、乱闘を迂回して酒場の入り口から外へと逃げ出す。他にも鳳珠に癒された男達が、流れる血に顔を青くしながら酒場から出て行く。
「志体持ちはどこへ」
 鳳珠は偽装に使っていた市女笠も外套も失い、全体的に埃っぽくなってしまっていた。
 1対1なら素手でも勝てる相手ばかりとはいえ、数十も集まると突破は困難だ。先程も危険そうな場所に玲璃と共に向かおうとしたのだが、障害が多すぎて玲璃を部屋に押し込むだけで精一杯だった。
 それは蝮党以外の客にとっては特大の幸運だった。
 もし鳳珠が少女の回復に専念していたら、乱闘で傷を負った者の中から重傷者や死者が出ていたのかもしれないのだから。
「邪魔をすればこいつらの命が」
 最後まで閉まっていた扉が開き、2人の志体持ちがそれぞれ少女を抱えて出てくる。逃走を成功させるためには人質は1人で十分と判断したのか、1人の少女の首筋に短刀を押し当てようとする。
「何?」
 即死はせず流血が続く程度の傷をつけたつもりなのに、極端に浅い傷しかできない。鳳珠が使った神楽舞「瞬」の効果なのだが、志体持ちは予想外の事態にわずかの間ではあるが混乱してしまう。
 将門が目配せをすると、開拓者達はうなずく時間すら惜しんでそれぞれ行動を開始する。
 ライの足下から伸びた影が健在だった志体持ちに絡みついて隙をつくる。そこへ人混みをかき分けながら鋼介と竜哉が突進する。
 影に巻き付かれた志体持ちの腕を竜哉が蹴り上げ、囚われていた少女を取り落とさせる。防御が崩れた志体持ちに鋼介が下段から付きを放ち、下腹から心臓へと続く亀裂を生じさせる。
「ま、因果応報ってやつだ‥‥自らの行いを悔いな!」
 自らの血にまみれて崩れ落ちる賊は、痛みの中でその生を終える。
「削り切れなかったか。だがもう終わりだ」
 将門は最後に残った蝮党に刀を突きつける。
 志体持ちは利き腕の肩を将門に半ば断ち割られているが、短刀を逆の手に持って大きく振りかぶる。
「畜生! こうなったら」
 進退極まって少女を道連れにしようとしたのだろうが、判断も動作もあまりに遅すぎた。
「三下奴に女は似合わぬ」
 背後から忍び寄った耀に首をかき抱かれ、小枝をへし折るような気楽さで首を折られたのだ。
「こちらは大丈夫でしたか」
 薄れゆく意識の中で賊が最期に見たのは、安堵の表情で少女の世話をする玲璃であった。

●顛末
 本件における蝮党関係者の生存者は皆無。数名の怪我人が出たものの、治療後に聞き取り調査無しで解放という条件に喜んで合意したため、全く何の問題も起きなかった。
 解放された4人の少女達はショックが大きいようだが、依頼人経由でまとまった額の金が渡されたため、十分に静養できる見込みである。