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■オープニング本文 城塞都市ナーマが上級アヤカシを含む700の軍勢を殲滅。 被害は城壁の一部損壊と戦死者3名。 一欠片の嘘も含まれない報せはナーマ周辺の諸領を激しく動揺させた。 周辺諸領全てが連合しても勝ち目がない。 辺境諸領は、人外が支配する都市に畏怖の視線を向けていた。 城塞都市ナーマの宮殿奥。 領主と高官にしか入れない会議室で、出席者の半数以上が大理石の机に突っ伏していた。 戦死者遺族への見舞いと葬儀への参列、重軽傷者への見舞い、商船護衛に事務まで行っていたからくり達はふらふらへとへとだ。 ご主人様成分が足りないー、とか、半日休んであるじ様のお世話したいー、とか言う余裕はあるようなので案外大丈夫なのかもしれない。 緩んだ空気の会議室で、顔面蒼白の官僚達が脂汗を流しながら報告する。 「気候の変化が激しくなっています。春の収穫は当初予定より2割減の見込みです」 雨量の増加は都市周辺の緑化に繋がる理想的な展開だ。 しかし環境の激変は既存農業に壊滅的被害を与えかねない。 現在の麦二毛作と甜菜栽培から、より多くの水を必要とする作物に変更する必要が有る。種や苗の取り寄せを考えると猶予はほとんど無いはずだ。有力候補は稲作。しかし小麦を愛するナーマ民に喜んで受け容れさせるのは大変だろう。 農業部門担当の官僚が座り、同じような顔色の治安担当官僚が起立する。 「避難民の帰還が遅遅として進んでいません。警備隊は避難民に対する強硬手段の許可を求めています」 西から来た彼等は盟主であるナーマを頼っただけのつもりだ。対するナーマは銅貨1枚の得にもならないのに血を流して守り大金を払って養ってやったと思っている。 放置すれば今後数世代尾を引く大問題に発展する可能性があった。 外交担当の官僚が立つ。 「西方の遊牧民からの報告です。残存アヤカシの排除を終え交易路の安全確保を完了。改めて我等に臣従を誓い、許可が得られるならナーマ西領での遺体回収を早急に実施したいと」 半死半生のからくり達が起き上がる。 城塞都市での決戦以前にも戦いは行われ、その際に散ったナーマの兵は遺品の回収すら行われていない。激務の合間を縫って数人が滑空艇で現地を訪れたが、捜索範囲が広すぎ成果は0だ。 人海戦術で今度こそ! 計画を今すぐ書きますからというか会議卓に書いちゃいますから! と口々に訴えるからくり達を領主がひと睨みで黙らせる。官僚はみなかったふりして話を続けた。 「彼等は西の零細部族群を完全に見捨てたようです。はい、ええ、このままでは零細部族の生活再建とその後の防衛力提供を我等自身の手で行う必要が…」 からくり達が力のない悲鳴をあげ財政担当の官僚が机の上に倒れ伏す。 兵力の維持にも兵力の配置にも大金が必要だ。領民の金や食や職を守る以外に使いたいない。使いたくはないのだが…。 「ステラ・ノヴァの情勢は」 領主が問うと、先程帰還したばかりの外交官が気力を振り絞り口を開く。 「円卓は好意的です」 武力制圧が割に合わないと判断されたという意味だ。それを理解した領主と官僚達は内心安堵のため息をもらしていた。 アル=カマル国ファティマ朝を実質的に動かしているのは有力部族複数の影響下にある円卓会議であり、彼等に認められない限りナーマの地方支配は安定しない。 「しかし乱暴な手を使うと巫女様が戸惑われるかもしれません」 会議室の空気が凍り付く。 今代の神の巫女の権威は絶大だ。彼女に睨まれたら、否、微かに不快感を表明されただけで新興都市の1つや2つ吹き飛んでしまう。 「政策の調整は開拓者到着後に行います。それまで休んでおくように」 葬儀より暗い空気を切り裂き、からくり領主の声が響くのだった。 ●城塞都市ナーマへようこそ 元はアヤカシがひしめく無人の砂漠地帯でした。 一代で財を築いた富豪、故ナーマ・スレイダンが独占的開拓権を取得したのがこの街のはじまりです。 開拓者が乗り込んでアヤカシから水源を奪取。その後ナーマが全財産を投じて創り上げたのがこの街です。 アヤカシ討伐から大規模建築、農業指導に都市管理まで担ってきた開拓者に対する評価は極めて高く、開拓者としてこの街を訪れたなら熱烈な歓迎を受けることになるでしょう。 街の位置はアル=カマル大陸辺境の砂漠地帯中央です。 大量の水がわき出る水源を囲む形で豊かな農地が広がり、水をため込むための人工湖、小麦や甜菜を加工するための風車付工房、アル=カマル全域と交易するための飛空船離発着施設や商業施設などが分厚く高い城壁で守られています。 現在の領主は初代領主の相棒からくり。身寄りのない先代の全てを受け継いだため、土地建物水利権など、要は1都市を個人で所有しています。 絶大な権力を持ってはいても全て1人で指揮することはできません。これまで、開拓者が立案、領主が承認、開拓者が都市の官僚や技術者や民を指導しつつ計画推進という形で都市を大きくしてきました。 都市が住民に未起動からくりを与え、目覚めたからくりを雇用、重用するという珍しい制度を持っています。 結果として都市高官の半数以上がからくりになってしまい、都市外から奇異の目で見られています。豊かな生活を送るナーマ民は気にしないのですけども。 外交の対象になるのは主に以下の6勢力です。 円卓会議。隙を見せれば武力以外の手で攻めて来るかもしれません。ナーマ領主が神の巫女との面会を成功させれば控えめになるでしょう。 アル=カマル古参勢力。子弟の一部を留学生として送り込む程度には友好的。歴史と権威はあっても財と武は低めです。 近隣非友好勢力。詳細状況不明。対アヤカシ戦で疲弊している可能性高。 初期にナーマ傘下に入った零細部族群。友好的。経済的にナーマに取り込まれ、文化的にもナーマの強い影響を受け、けれど軍事的には独立しています。 最近ナーマ傘下に入った零細部族群。水が少なく農地も痩せている上、現在住民全てが城塞都市に避難中です。 ナーマ傘下の遊牧民。過去にナーマと戦い軍門に下りました。経済も戦力もナーマの10分の1程度。ナーマに武力を提供しています。 今回と次回にとった態度が、ナーマと彼等の今後数世代に大きく影響するでしょう。 城塞都市ナーマが保有する戦力は、からくり69名と志体8名、中型飛行船1、遠雷2、小型宝珠砲2。戦時以外は動員されない銃兵が360。 常備兵だけでも大戦力ではあるのですが、からくりの3分の1は内政や教師としての仕事に追われ、3分の1は術で治療後休養中の民兵の穴を埋めるため農作業等に従事し、残る3分の1と志体で辛うじて都市防衛その他を成り立たせています。 依頼で訪れた開拓者のみなさんには、依頼期間中宮殿奥の寝室と相棒用厩舎が無償で提供されます。 城塞都市ナーマはみなさんのお越しを心よりお待ちしております。 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
隗厳(ic1208)
18歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●都市はお疲れ 懐中時計の針が動いた。 戸惑うように右に左に揺れて一点にとどまってくれない。 機械は補助にしかならないと見切りをつけ、隗厳(ic1208)は己の感覚を頼りに瘴気の濃度を測ろうとした。 劫が掲げる松明が小さな音を立てる。 その音に混じる微かな足音を気づき、隗厳の指が落胆じみた動きを見せた。 松明では到底照らしきれない闇を鋼線が切り裂く。 ゾンビか吸血鬼かよく分からない人型アヤカシが縦に断ち割れ、床に倒れる前に形を失い瘴気に戻る。 ようやく気づいた相棒からくりが構えをとるのを横目に近づいていく。 アヤカシのいたはずの場所には何もなく、アヤカシの足があった場所には小さな宝珠が転がっていた。 「これは…」 懐から帳面を取り出し、アヤカシの現れた時間と種類、出現した宝珠の有無と大きさを正確に記入する。 既に帳面は3つめだ。 地形に変化は無し。 アヤカシの出現頻度は2割前後低下。 瘴気濃度も低下も確実。しかし精確に計測する手段がない。 「あれ?」 劫が首を傾げている。 いつどこからアヤカシが襲ってくるか分からない状況で、何もないのに音を出すような相棒ではない。 隗厳は今日の探索を切り上げ地上へ向かう。 1月前なら常時数体はいたはずのナーマからくりには出会わない。彼女達は地上にある仕事で忙殺されてほとんど地下に来られないのだ。 地上に出ると青い空が出迎えた。 まぶしさに目を細める。 影の気配を感じて頭上を見上げると、中型船に護衛された交易船団が降下していくところだった。 社に礼をしてから水源を離れる。背中の袋からは宝珠同士がふれ合う軽い音が聞こえていた。 1歩進む毎に人の気配が増してくる。 死者がほとんど出なかったとはいえ約700のアヤカシが残した爪痕は深く、都市のあちこちで復旧工事が進んでいた。 「止まれ! 止らんかぁっ!」 「掴まってくださーい!」 工事用の足場が崩れかけたところでナーマのからくりが駆け上がり作業員を捕獲。 華麗に着地…は失敗して自分が下敷きになって色気のない悲鳴をもらす。 「きゅう」 「あっ、ありがとうございます」 悲痛な顔でからくりを解放しようとする青年に、腹の底を揺らす怒声が叩きつけられる。 「馬鹿野郎謝罪より先に担架だ! すぐに診療所へ…いや宮殿へ向かって玲璃様に診ていただけ!」 「はいっ」 皆、前に見た時より動きが鈍い気がする。 隗厳は帳面にそのことを書き加え、軽く挨拶してから飛空船発着場へ向かった。 「研究対象としては興味深いですね」 相談を持ちかけられた陰陽師カンタータ(ia0489)は研究者の目になっていた。 「以前倒したアヤカシの瘴気から宝珠が出ていたのは元々存在した宝珠をアヤカシが取り込んでいたから? 倒した後落ちている割合が急激に増えたのは瘴気濃度が…」 カンタータの瞳が知的好奇心で輝く。 が、相棒からくりのディミトリに報告書を差し出され我に返る。 報告書の内容は汚水処理した土に植えた作物の生育状況だ。 現時点ではほぼ全滅。ただし雨量が増える前は順調に生育していた。とはいえ長期間家畜に与える等の実験はできなかったので食用に使えるかどうかは未判明。 「すぐに結果が出るものではないですね」 ため息混じりの息を吐いて気分を切り替える。 そしてディミトリに大きな箱を持たせ、隗厳と共に護衛をしつつ試験場へ向かう。 試験場は頑丈な壁に囲まれ警備員によって厳重に警戒されている。 小さなドアをくぐると田おこしが済んだ田圃が出迎えた。 「地下の調査は年単位でするか陰陽寮の協力を仰ぐしかないかもしれません。天儀との繋がりが深くなりすぎるのも拙いので後者は無理でしょうけど」 隗厳は礼を述べて試験場を後にする。 入れ替わりに朽葉・生(ib2229)が入ってきて箱を注視した。 「それが全て種ですか」 一緒に試験農場の研究棟に入り、箱を作業台に載せて釘を抜き蓋を取る。 中にあったのは無数の小箱。 それぞれ暗号にしか見えない品種と産地と採取日が記入されていた。 「南瓜だけです。芋とオリーブは次の便で到着する予定です」 頭痛をこらえるかのように眉間をもむカンタータ。 薄々予想はついていたがナーマは農業部門に最大の力を入れていた。故に、カンタータの種を集める指示は拡大解釈され目の前の多種多様大量の種が集められた。 「稲作技術が完成していたのは予想外でした」 生もカンタータと似た仕草でため息をつく。 「ですが…」 技術的には可能でも小麦からの全面的切り替えは避けるべきだろう。雨量の変化が凄まじいのは事実でも、その凄まじい変化が止まるのか逆方向の変化が起きるかも全く予測不能だ。 生は屋内の農業技術者達に指示を出し終え、カンタータに別れを告げ工事現場に戻る。 現場とはいっても実際は都市全体の工事現場を扱う指揮所であり、現場監督だけでなく一部の官僚や警備隊幹部、領主側付き数人も詰めている。 皆、顔色はよくない。 「休んでください」 玲璃(ia1114)のドクターストップに側付きが抵抗する。 「今抜けられないんです。お願いです、座って仕事しますから」 よく見ると眼球部分がときおり不規則に動いている。玲璃は改めて強く言い効かせて診療所の人間を呼ぶ。 側付きは限界に達して倒れかけ玲璃に抱きとめられる。 主に愛情を込めて手入れされていた髪は艶があり、玲璃の頬を優しく撫でてほのかな香りで鼻をくすぐる。 担架に乗せられていくナーマからくりを見送った後、残された仕事を引き継ぐ。 他の者には任せられない。正確には人材が尽き任せる相手がいない。 「後何人いればまわりますか?」 人員に割り振り変更のための書類を書きながら隣の領主側付きにたずねる。 「今のままなら防衛戦に参加した事務員が回復すれば問題有りません」 「都市の直轄地が増えればその分足りなくなるということですね」 見かねた生は手伝うことにした。 差し入れと言ってワッフルを責任者に渡そうとする。 一見心身ともに健在に見える大男が、手をさまよわせて危うく落としかけた。 玲璃が歯を食いしばる。 彼にも先程運ばれていったからくりにも術はきかない。おそらくエラト(ib5623)でも手の施しようがないはずだ。 高位アヤカシ率いる数百の軍勢と向かい合うのは絶大なストレスになる。 戦場では職業意識と愛郷心で耐えられたかもしれないが、耐えた分こうした影響が出てしまう。 アヤカシ数百かそれ以上と戦って平然としていられる開拓者は、特別なのだ。 「進捗は?」 「当初予定の5割…いや4割です。生様が布を用意してくださったお陰で穴を外の連中に見せずに済みました」 ただの布ではない。 上下十数歩左右数十歩奥行き十数歩の空間を隠せるだけの布である。 もちろん1枚の布ではなく大量の布を裁縫技術のあるナーマ民総出で仕上げた品で、人件費を度外視してもかなりの額がかかった。 「おかげさまで外交もなんと…なんとか?」 出向中の領主側付きの呂律がまわっていない。 再びのドクターストップ。 玲璃と生の目の前に積まれた書類が倍に増える。 「清掃の状況はどこに?」 いつもなら数時間ごとに来るはずの報告書がない。 探す生に玲璃が説明する。 ナーマの事務処理能力は限界だ。 なので最低限必要な、具体的には外交や戦後処理以外の仕事は削れるだけ削っている。 生は礼を言って立ち上がる。指揮所の前の道路だけでも見ようとしたのだ。 「わーい」 「走ったら危ないですよ」 子供と親らしい声が聞こえてきて、生達の表情がわずかではあるが緩む。 そして表に出てみると、童心に返るというよりストレスで酷い感じになった非番のからくりが、虚ろな表情で道路掃除を手伝っていた。 ●避難民の行方 「気を抜くな! 神域で無い限りアヤカシは発生する。常に2人以上で行動し周辺への警戒を怠るな!」 船員に言い残して飛空船の舷側から飛び降りる。 着地の衝撃を受けながし自分の目で周囲を確認。 飛空船に合図を送ると縄が垂らされ相棒のからくりが高速で降りてきた。 「荒れていますね」 焔が冷たい視線を周囲へ向ける。ここはナーマの西方にある小村。本来の住民は城塞都市に全員避難している。 「元からこうだ。畑の調査を行え。俺は家屋を調べる」 主に一瞬だけ暖かな視線を向け、焔が足音を立てずに乾いた畑へ向かう。 村々の調査には、丸2日かかった。 「ねむい」 ナーマ宮殿の奥で、此花 咲(ia9853)はとうとうあくびをしてしまった。 朝から日暮れまでは避難民の居住区に出向いて足りない物資と支援の調査。 日暮れから今までは資材と人手手配を自分の手で行っていた。 領主代理として独断で全てを決められる地位と今回の報酬の千倍の活動資金があっても、足りない人材を増やす力は全くない。 「スフィーダさん」 羽妖精サイズの羽毛布団にくるまる相棒を見下ろし無表情につぶやく。 「んん…朝ですの?」 目をこすりながらスフィーダが身を起こす。 朝日に照らされ、翼が宝石のように煌めいた。 「久々に手伝って貰うのですよ」 「また事務仕事ですの? まぁ、やるからには頑張りましてよ!」 羽妖精は身繕いを元気に済ませて宮殿の食堂へ向かう。 常人数人分の仕事が待っているのに気付くまで、後1時間。 『受付はこちらですわ。そこ! うろうろしない! 順番に列に並びなさい!』 避難民対策室からは羽妖精の声が絶え間なく響いてくる。 指示が無くても自然に列をつくり、開拓者とその相棒の言葉を素直に聞くナーマ民とは何もかも違うので苦労していた。 「どうでした?」 監視室兼用の小応接室で、眠気覚ましの濃いお茶を飲み終え咲がたずねる。 「難しい」 焔から白磁を受け取り将門(ib1770)が苦く笑う。 「ナーマ周辺とは違って雨量にほぼ変化がない。旧鎮西村の水を使っても収穫はさほど増えんだろう」 「厄介ですね」 宮殿の料理人からの差し入れを囓る。 外見はビスケットでも少々甘過ぎ舌触りも良くはない。 「アマルは乗り気なのだがな」 土地を含む全ての権利と引き替えに、避難民に対してナーマ民としての権利を与える。ただし1村中1人でも拒否したら権利は与えない。 最初に金がかかっても大規模開発で採算がとれる…とれる可能性が高い計画だと思うのだが現実は非常に厳しい。 「水が無くても育つ作物を植えるにしても限界がある。遠隔地だからかかる費用がな」 計画立案者である将門は、少なくとも領主よりは慎重派だ。 「常駐させると財政に厳しいですもんね」 3本目の大型ビスケットを腹におさめて2杯目の茶を飲み干す。 「よく入るな」 「育ち盛りですから」 咲は寂しそうにしていた焔を将門の隣に座らせ、4本目と3杯目を自分で用意した。 「西に追い返します? 最低限よりかなり上の援助はするんですよね」 「次回で決を採るべきかもしれん。…どうした?」 目立たぬようつくられた出入り口からフレイア(ib0257)が入ってくる。 「遺族年金関連の法改正を頼みに来ました」 領主は現在元首との対面に備えて各種詰め込み教育を受けていて。側付きも官僚も他の仕事で身動きがとれず、フレイアも城壁外に用事があるので細かな書類仕事まで手が回らない。 「減額か」 「歳出が歳入を上回る状況は拙いでしょう」 地下遺跡の宝珠もいつまでも手に入るとは限らない。 「否定できんな」 「お金はどこも世知辛いですね」 将門が書式を取り出し咲が机の上をかたづける。 フレイアが立ち去った小部屋で、女2人男1人の色気のない作業が始まった。 ●残滓 城塞都市ナーマを黒い輪が囲んでいる。 灰だ。 手間暇かけた牧草を燃やして出来たものだ。 都市上空を飛ぶ中型飛行船から、フレイアは1時間近く黒を注視していた。 アヤカシが出現した様子もなく、灰から顔を出す小さな緑にも偏りはない。 「西へ」 空夫達が緊張で生唾を飲み込む。 向かう先が上級アヤカシ終焉の地だと知っているのだ。 フレイアが平然としていなければ、命知らずのナーマ兵達でも恐怖に耐えられなかったかもしれない。 2時間後。 複数の遠雷が大地に倒れていた。 上級アヤカシの残滓にやられた訳ではなく、工事用の機械として購入した中古駆鎧が予想以上に劣化していただけだ。具体的には練力容量が新品の4割減で、新品のつもりで乗っていた騎士が操作にしくじったのだ。 ぽふ、と可愛らしい音と光がうまれる。 管狐フマクトは上級アヤカシが溶け消えた場所を見て嗅いで何も無いのを何度も確認すると、フレイアの肩に駆け上がって報告した。 「ここは戦前と同程度には安全です。通常の安全確認を行い作業を続けるように」 からくり達が遠雷から這い出てはーいと返事をしていた。 フレイアが横に視線をずらす。 ディーヴェが果てた場所の土が掘られて盛られて小山になっている。月単位の時間をかけて調べれば何か分かる可能性はある。ただし分かっても学術的な意味はあってもそれ以外の価値がない気がする。 「瘴気溜まりはあってもなくても面倒、ということね」 頭上を、腹ごなしに飛行中の空龍達が横切っていった。 ●鉱山 ドリルが岩を掘り抜いた。 人狼改型アーマーてつくず弐号が腕を引き抜く。 ぽっかり開いた穴からは、補強用の支柱が倒れあちこちひび割れた通路が見えた。 しかしそれも一瞬のこと。 ドリルの回転が0になるより速く、穴の周辺から細かな砂がこぼれ、小さな石が転がり、数秒不気味に沈黙した後に海の波じみた動きで揺れて全てが崩れる。 てつくず弐号は危なげなく崩壊から逃れていた。 「参ったの」 搭乗口からハッド(ib0295)が顔を出す。 部外秘の図面を懐から取り出し穴から見た光景に当てはめ、重い息を吐く。 予想より崩壊が酷い。 上級アヤカシの配下が立てこもったり水源を汚すより壊した方が良いのは確かで実際そうした訳だが…。 「いつまでかかるんじゃこれは」 瓦礫の山をおんぼろアーマー隊が撤去していく。 その動きは非常に雑だ。 乗り手はハッド達が鍛えた者ばかりで本来なら実戦投入可能な水準のはず。けれども廃棄寸前の遠雷でいつも通りの動きをするだけの技術はない。 しかしそれでもアーマーの大量投入は凄まじい効果を発揮している。 5体で志体持ち十数人から数十人分、非志体換算では何百人分かもしれない。人数分の水食糧物資の運搬を考えれば効率はさらに増す。 なのにハッドの表情は晴れない。 都市内の修理は済んでも城壁の修復または出入り口への改築工事はまだで、都市周辺の開拓事業まで予定されている。 西方の村々を再開発することになればそちらでも労働力が大量に必要になる。 「農閑期の仕事にしてしまうべきかのう」 思わず弱気な発言がでてしまった。 「ハッドさまー!」 「練力尽きたんで生身で作業してよいですかー?」 ナーマ騎士からくりが遠雷から身を乗り出して大声を出し、機体に慣れていない覚醒からくりが機体がら降りられなくて四苦八苦している。 相変わらず戦闘に使おうにも使えないほど練力容量が小さい。 「周辺警戒と機体整備に集中せい。アヤカシの自然発生は神域で無い限りあり得るのじゃ。絶対に気を抜くでないぞ」 はい、と元気な返事が瓦礫の山(地表周辺が崩壊した鉱山)に響いた。 ●外交 上級アヤカシディーヴェが暴れていた頃は支援物資一袋すら送ってこなかった勢力が、今になって援軍と称した兵力を送りつけようとした。 近隣外交を任せられたエラトは拒絶の言葉を発しない。 自称援軍全てをあわせたより多いジンとからくりで出迎えることで、城塞都市ナーマが容易い相手でないことを無能でも分かる形で突きつけたのだった。 動きを封じられた者達にエラトが微笑む。 そして、いつでも実力行使できる状態を保ったまま宮殿へ招き入れた。 覚悟を決めた自称援軍を出迎えたのは、脂がしたたる肉料理の山に積み上げられた魚の乾物の山、地元の首長でも飲めないほど高価な蒸留酒のジョッキ。 自称援軍の下っ端は食欲で目を血走らせて凝視し、それぞれの指揮官は対照的に顔を青くしている。 経済力でも圧倒されている現実に気づいてしまったからだ。 隙を見せず激発はさせずという極めて繊細な饗応を指揮するエラトに、アル=カマル古参勢力から派遣されていた料理人がささやく。 「開拓者殿」 ナーマ隣接地域の伝統的な歓迎用菓子よりエラトが持ち込んだ天儀の甘味の方が確実に旨いのでそれを出したいという提案だ。 エラトは首を横に振る。 相手の伝統を尊重すると同時に力を見せつけるためには、持て成しから快適さが消えることもやむを得ない。 少なくとも、この者達に対してはこれ以外の手はとれない。 「奥へ向かってください」 料理人は無言でうなずき、彼の戦場へ向かった。 「陛下では駄目かの?」 「巫女様なら会えても言葉も交わせないかもしれませんよ。その点陛下なら面会だけでなく三日三晩の酒宴でもいけますけど」 中央でも名の知られた大部族の有力者達が、宮殿奥よりの小部屋で宴会という名の交渉中だった。 彼等はナーマが超高性能装備を購入した相手だ。 そんな装備は高確率で由緒があり有力家系が所有している。整備にも特殊な者は人が必要な場合が多く、アレーナ・オレアリス(ib0405)はこの付き合いを辿って彼等を呼び寄せることに成功した。 「あくまで神の巫女様との面会を希望します。ディーヴェ討伐の戦勝報告及び戦死者への慰霊の名目でなら可能なはずです」 アレーナが繰り返す。 百戦錬磨の交渉人達が動揺を顔に出してしまった。 「陛下で済まされても問題にはできんぞ」 反論に力はなかった。 アレーナは退かない。 王と神の巫女では権威が違いすぎる。もともと後者の方が高く、今代の巫女は社会の全階層からの人気も高いため王など比較対象として不適当だ。 「ぬ、ぬ…」 「協力、はする」 「茶の1杯も飲めぬ時間が限界だ。言うまでもないことだが不祥事など起こしてくれるなよ」 万一そうなれば交渉人達全員が自害しても足りないことになる。 「準備は万全です」 アレーナがそう答えることで、ようやく交渉がまとまる。 護衛のジンもアレーナの相棒からくりも、戦場並みの緊張感から解放されてほっとしていた。疲れた頭を癒すために消費されるワッフルは、一流料理人の手による作りたての絶品だ。 その数時間後。 アル=カマル古参勢力から招かれた古老が今にも死にそうな顔で震えていた。 「アマル?」 アレーナの額にもわずかではあるが冷や汗が浮かんでいる。 城塞都市ナーマの所有者にして周辺勢力をまとめるからくりが、本人はお淑やかなつもりで微笑んでいる。 客観的には実績と実力を兼ね備えた独裁者が圧迫面接しているようにしか見えない。 「儂が死ぬかおぬしが改めるかいずれか1つじゃ。都に出発するまで寝かさぬぞ」 鬼気迫る表情で迫る古老に、アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)は神妙に頭を下げるのだった。 ●葬儀 気力に欠けた瞳が、憎しみの瞳が、上座の領主に向けられていた。 遺族を止めようとする者は大勢いた。 しかし予め領主からの命令で禁じられて、葬儀の場はどこまでも冷たく暗い気配で満たされていた。 棺桶の中にあるのは将門が連れ帰った遺体だ。 玲璃は厳かに葬儀を進める。遺族の8割方が既に何らかの形で心に整理をつけている。でも10割に達することはあり得ないし強制するのは最悪の暴君だ。 今、時が金塊よりも貴重なはず領主は、途中退席はしなかった。 |