【城】水源を賭けた決戦
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
EX :危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 15人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/20 03:19



■オープニング本文

 アヤカシの軍勢が攻め寄せた。
 その数実に900。
 開拓者の決死の迎撃で700まで減らしたものの中級以上のアヤカシは全て健在。
 間近に迫った脅威を前に、城塞都市ナーマは戦闘員が全滅するまで死守する構えをとっていた。

●上級アヤカシ最後の憂鬱
 軍勢の全滅は確定した。
 前回の戦いで失った200のうち半分以上が妖鬼兵。つまり下空に対し有効な攻撃を行える兵力が半壊した。
『下空から攻撃されたら3日で終わるか』
 飛空船数隻は落とせるかもしれないが対空戦力は全滅する。
 後は抵抗もできずに滅ぼされてしまう。
『火炎巨鬼を呼べ』
 アヤカシ軍は陣形を変更する。
 先頭は上級アヤカシと中級アヤカシ。魔術師でいうメテオストライク相当、ただし射程はわずかに上の広範囲攻撃術を使い破城槌の役割を果たす。
 数十歩遅れて続くのが妖鬼兵と悪鬼兵。開拓者を遠距離攻撃一点集中で仕留めるのが役割だ。
 その両脇を固めるのが鬼種からなる部隊。妖鬼兵と悪鬼兵を守るのが役割で、城壁を突破した後は全てを無視して水源へ向かう。
 最後尾は小鬼のみからなる隊。身が軽く判断力もあり、この部隊だけなら城壁をよじ登れる。
 下空には生き残りの飛行アヤカシ。これだけでは水源を破壊し汚すのに時間がかかりすぎるので他部隊の援護に使うしかないだろう。
『ついてこい』
 全滅する前に水源を破壊すれば、700より2桁は多い人間を破滅に導けるはずだった。


●依頼票
 仕事の内容は城塞都市ナーマの防衛
 依頼期間中、領主の権力を無制限に行使できる

●使用可能兵力
ジン隊   中堅開拓者相当のジン5名。射程4の銃装備有り。駆け出し開拓者級相棒からくり5名
領主側付  同型からくり11名。中堅開拓者相当
からくり隊 30名。駆けだし開拓者級。一部は影武者任務可ただし演技力極低
中型飛行船 からくり10名。宝珠砲無し。初依頼開拓者級。飛行時は領主側付5名が合流
アーマー隊 遠雷3。ジン3名。うち騎士は1人。射程4の銃装備有り
警備隊   250名。非ジン。旧式前装式銃装備(射程5)。低練度。
領主と側近 からくり4名。頑丈さ以外は民兵並み。1人いるとその場所の部隊の動きがよくなります
民兵隊1  340名。非ジン。非ジン仕様高性能前装式銃装備(射程6)。損害発生時収入低下
民兵隊2  120名。非ジン。非ジン仕様高性能前装式銃装備(射程6)。損害発生時収入低下。退役兵および練度未熟な兵
教師    からくり10名。初依頼開拓者級。1名が覚醒からくりで巫女。他の部隊が全滅してもこの部隊だけは生かすよう領主が要請しています
 射程の単位はスクエアです。射程未記載の場合射程0
 からくりは銃を装備はしていますが白兵戦闘を主に戦います
 今回に限り、全部隊士気は最期まで崩壊しません

●城塞都市ナーマ施設とナーマ側戦力配置
城壁(西) 民兵隊1の190。からくり隊の10(覚醒からくり無し)。アーマー隊。小型宝珠砲2
城壁(北) 民兵隊1の50
城壁(南) 民兵隊1の50
城壁(東) 民兵隊1の50
水源    からくり隊の20
宮殿    警備隊。領主と側近。成人の非戦闘員がいます
宮殿(奥) 教師。妊婦と子供がいます
 宮殿(奥)への移動は宮殿からのみ徒歩のみ可で10分必要
 他の拠点間の移動はいずれも徒歩で10分必要。全力移動や飛行相棒を使うとその分早くなります

●未配置戦力
ジン隊
からくり隊の20(覚醒からくり4。内訳は魔術師2騎士2
領主側付
中型飛行船
民兵隊2
乗り手がいない遠雷2
炎龍5
甲龍10
小型宝珠砲1
滑空艇10(ナーマの飛空船の備品を含んだ数です
 城塞都市ナーマ施設7つに上記戦力を自由に配置可能。依頼開始時点で配置されていることになります

●アヤカシ戦力
上級アヤカシ 1体。特殊能力無し。白兵戦のみ可(射程1)。行動力4。超高位前衛開拓者1人以上2人未満の個人戦闘力。戦死時、中級アヤカシが個々で独自行動開始
中級アヤカシ 1隊のみ。火炎巨鬼10体。能力高。行動力3。対城壁攻撃を除き白兵戦のみ可。1体で100程度の下級アヤカシを指揮可能
妖鬼兵隊   1隊のみ。90体。射程5の電撃攻撃可
悪鬼兵隊   1体のみ。40体。射程5の低命中射撃攻撃可
哨兵隊    1隊あたり小鬼20。5隊計100体。罠発見能力高。登攀能力有り
飛行隊    1隊のみ。凶光鳥3体。飛行可。高回避力。低耐久。行動力3。射程6の知覚攻撃可。 怪鳥20体。飛行可。回避平凡。他能力は劣悪
歩兵隊    1隊あたり鬼種約40。11隊計430体。小鬼以上火炎巨鬼未満の鬼種からなる白兵戦専門部隊
 記載がないアヤカシは行動力2
 依頼開始時点で、ナーマの城壁(西)の700メートル西にいます

●城塞都市ナーマの概要
 人口:良 新規住民の受け容れ余地有
 環境:良 水豊富
 治安:普 非戦闘員は宮殿に待避済み
 防衛:良 強固な大規模城壁有り
 戦力:優 ジン隊が城壁内に常駐。民兵が総動員されています
 農業:普 麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有
 収入:普 防戦中のため通常の交易は停止
 評判:良 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者
 資金:微 定期収入−都市維持費=−。前回実行計画による変化++ 現在++++
 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅で都市が滅亡

●都市内情勢
士気は高いですが防衛戦が続けばもって1週間です

●領内アヤカシ出没地
都市地下 風車と水車で回す送風設備(地上)、水源を貫通するトンネルとホール(空気穴有)それぞれ複数、トンネル、地下遺跡(宝珠有・空気穴有・瘴気濃度低)、瘴気だまり跡(瘴気濃度超低・酸素薄)、よく分からない長い通路(瘴気濃度超低・酸素薄)、瘴気だまり跡(瘴気処理後未調査)の順に続いています

●現在交渉可能勢力
西方小部族 遊牧民。非戦闘員がホテルの宿泊客として滞在中。戦闘員は家畜を連れナーマから見て南へ移動。現在位置不明
西方零細部族 ナーマの居住区の1区画にいます。ナーマ警備隊は治安維持のため区画から一切出さないよう主張し領主に受けいれられました
王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります
域外定住民系大商家 継続的な取引有
域外古参勢力 友好的。宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群
ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中。防戦準備完了済
定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。対アヤカシ戦の傷に苦しんでいます。防諜有。同意無しの進軍は侵略とみなされます
その他の零細部族 ナーマの南隣と北隣に多数存在。基本的に定住民連合勢力より

●損害総計
戦死者 ジン2。からくり2。民兵28
重傷者 民兵22(戦闘任務への復帰は不可能) 西志願兵14


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
此花 咲(ia9853
16歳・女・志
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
カルフ(ib9316
23歳・女・魔
隗厳(ic1208
18歳・女・シ


■リプレイ本文

 軍勢が前進を始める。
 700近い鬼種の足並みは完璧に揃っている。その大きな足音は千歩離れた街にまで届いていた。
 黒々とした大地を軍勢が進む。
 上級アヤカシ率いる軍は悪夢でもここまで酷くはないだろう不吉さに満ち満ち、城壁で守りにつくナーマ民兵達を激しく怯えさせる。
 恐怖に支配された城壁で動きがあった。
 艶のある金の髪を風になびかせ、ハッド(ib0295)が城壁の端に足を置く。
 極自然な態度で口の端をつり上げる。
 アヤカシから放たれる必滅の視線を柳に風と受け流し、素晴らしく華のある動きで振り返る。
「拳をあげよ!」
 民兵の腹にずしりと響く。
「雄たけびをあげよ!」
 胸と喉のこわばりが消えていつも通りの呼吸ができるようになる。
「ここは我らの命が輝く戦場!」
 ようやく意識がはっきりしてくる。
 足の下には城壁がある。
 突破されたら無防備な農地とようやく手に入れた家が蹂躙される。
「今こそ我らの生きてきた意味が問われる時ぞ!」
 豊かな食生活と重労働で形作られた拳が一斉に突き出され、怯えを塗りつぶす怒りの雄叫びが響き渡った。

●第二の壁
 唐突に鉄板が現れた。
 成人男性3人が手を広げて端に届くかどうかの、これが普通の鉄なら超高額で売れるだろう巨大な鉄の塊だ。
 鉄壁をこの世に生み出したのはカルフ(ib9316)。
 鉄の塊を横に繋げた結果、極めて堅く頑丈で限りなく理想に近い防壁になる。
 唯一の弱点である持続時間も、200歩西にアヤカシの軍勢がいる状況では全く問題にならない。
「どう見ます」
 至近距離を飛ぶ空龍に目を向ける。
 カルフの相棒と同様、空龍は地面の近くを窮屈そうに飛んでいた。
「強度は問題ありません」
 城塞都市ナーマの守護者として活動してきた朽葉・生(ib2229)は、空龍の上で術を使いつつ応える。
 カルフも術を連続で発動しながら軽いため息をつく。
 横幅十数歩程度の壁をつくっても、アヤカシ軍が少し右か左に進路を変えるだけで無用の長物になってしまう。
 優れた魔術師である2人が壁を横に伸ばしていけば、アヤカシは進路変更による隊列の乱れを嫌って直進してくるかもしれないが…。
「長さを準備するためには時間が必要。他の場所への設置は諦めるしかなさそうですね」
「おふたりとも、そろそろ時間がなさそうですよー」
 上からカンタータ(ia0489)の声が降ってくる。
「敵は前進を継続中。他変化無し。凶光鳥か怪鳥を飛ばして来ると思ったのですが」
 アヤカシに残った最後の航空戦力は凶光鳥3と怪鳥20程度。
「こちらの航空戦力を警戒…ではなくてフレイアさんを警戒しているのでしょうかー」
 一瞬だけ都市の北側に視線を飛ばす。
 都市上空の北側には、中型飛行船1隻とこの地のアヤカシにとっての怨敵の姿があった。
 南ではフレイア(ib0257)の格好を真似たからくりが龍を乗り回している。フレイアの圧倒的な武も威もなく相棒の動きも拙い不出来な影武者だ。しかし千歩以上の距離が正体の露見を防ぎ、真偽両方のフレイアに対応するためアヤカシは貴重な航空戦力を手元に止め続けている。
 カンタータはすぐに視線を戻す。
「酷い顔ですねー」
 アヤカシの顔は一様に疲れ切っていた。
 狂気の規律と訓練を課した上級アヤカシが最も酷く、死人と勘違いしかねないほど顔色が悪い。
「そろそろです」
 上級と中級のアヤカシが西壁に設置された宝珠砲の射程内に入る。
 中級アヤカシの雄偉な体格が一瞬かき消えた気がした。
 特殊な能力を使った訳ではなく、単に加速しただけ。
 しかし速度最優先の動きはあまりに単純すぎて宝珠砲の良い的だ。
 城壁から爆音が2つ聞こえた。
 光の束が2つ、上級アヤカシディーヴェと中級アヤカシ火炎巨鬼を目指す。
 1つめは目測を誤りディーヴェの頭上を越え、数十歩後方のアヤカシ600超の前に着弾する。
「外れた」
 西の城壁の上でからくりが舌打ちを堪えていた。
 2つめの光の束は手前に逸れてしまった。
 開拓者の熱心な指導と多額の訓練費用がつぎ込まれた結果がこれでは主に顔向けできない。
「え」
 からくりの表情が停止する。
 距離を詰めることだけを考えていたアヤカシ達が、自分から第二射の中に飛び込んだ。
 歓喜の表情が浮かびかけ、消える。
 ディーヴェを先頭に、傷一つ無いように見えるアヤカシが出てきたからだ。
「下級アヤカシのようにはいきませんねー」
 カンタータの耳に練力回復用の豆をかみ砕く音が届いた。
 カルフと生は後方へ飛び城壁の向こうへ消える。
「決着の始まりですね」
 視線の先にはディーヴェ、ナール・デーヴ、その背後に走りながらも統率がとれた妖鬼兵90にその他鬼種数百。最後尾に隠れたまま航空部隊。
 対するは開拓者と城塞都市ナーマ。開拓者と一部の例外を除けば兵の質は大きく劣る。
 カンタータは無言のまま口元を引き締め、後退することで妖鬼兵部隊の射程から逃れるのだった。

●鬼殺しの龍姫
 長射程の弓で低空から地上を狙う。
 それが多くのアヤカシに通用する必勝法だと、ナーマの軍事部門は確信していた。
 2機の滑空艇がナーマの宮殿から飛び立つ。
 泰弓を背負ったリンスガルト・ギーベリ(ib5184)が手を振ると、宮殿守備の警備隊が感極まって歓声をあげた。
 拠点が密集する地上とは異なり空には何もない。
 滑空艇は圧倒的な速さで市街を飛び越え、農地を越え、城壁に迫る。
「そうそううまくいくものか」
 士気対策の笑顔を外す。
「まあまあ。領主さん喜んでたみたいだよ」
 紅の滑空艇を操るリィムナ・ピサレット(ib5201)があいづちを打つ。
「分かっておる」
 表情はそのままだが背中の龍翼が機嫌よさげに上下した。
「そろそろじゃな」
「うん」
 城壁を超えてからは一瞬だ。
 民兵が守りを固める城壁、城壁外側でアーマーに乗り込む騎士達、数十歩の幅で設置された鉄壁。
 その向こうには約700のアヤカシ軍がいる。
「塵芥共め」
 練力が力に変わりリンスガルトの体を赤く染め上げる。
「侵攻なぞさせぬわ!」
 黒い弦を引き矢を放つ。
 極限の集中で、離れて行く矢と元の形の戻っていく弦の動きが奇妙なほど遅く見えた。
 なのに的は普通の速度で動いている。
「甘い」
 低空から地上すれすれにいる凶光鳥への射撃。
 凶光鳥の回避力と距離が分厚い壁となり矢を寄せ付けない。少なくとも凶光鳥に命令したディーヴェはそう判断していたが、元々優れた技量を泰拳士の技で高めたリンスガルトには通用しない。
 矢が適中する。
 怪物的な形の頭部を額から背中まで撃ち抜いても勢いが衰えず、地上を小走りで移動中だった妖鬼兵の近くに8割方めり込んだ。
「どうじゃ!」
 次の矢を番える少女の背で、龍翼が元気よく羽ばたいていた。
「後1発で落とせるね」
 開拓者の限界を超えつつある知覚で凶光鳥を観察する。
 予想外の一撃に恐怖し、生ある者に対する憎悪に駆られてリンスガルトに向かおうとして、上級アヤカシの命令を思い出し反転して後退する。
「逃げちゃったけど」
「なんじゃとー!」
 第2矢が風に乗り凶光鳥の背から腹を貫通する。
 残念ながら最初に当てたのとは別の個体だ。1羽目同様辛うじて生き延び、アヤカシ本隊の数百歩後まで後退しこちらの様子をうかがってくる。
「どうする?」
 斜め下では妖鬼兵90がナーマ城壁に向かい侵攻中だ。
 これまでナーマに凄まじい被害を与えた妖鬼兵を一方的に攻撃できる理想的な状況だが、アヤカシの航空部隊が牽制に徹すれば有効な行動が行えないかもしれない。
「だいじょーぶ。なんかフレイア警戒してるみたいだし」
 前回の戦いではフレイアがディーヴェ以下のアヤカシ全員に恐怖を刻み込んだ。
 故に未だ戦場に現れない彼女に備えるため、牽制や偵察に非常に有用な航空部隊を後方に下げてしまっていた。
「よかろう。この場は妾1人で抑える!」
「よろしく!」
 リィムナは機体を反転させる。
 機首に描かれた猫の絵が、いつもより少しだけ真剣さを増しているように見えた。
「ふん。容赦はせんぞ」
 獰猛な笑みを浮かべて矢を放つ。
 そこからは、リンスガルトにとっては酷く退屈な戦いだった。
 白兵しかできない鬼種の挑発を無視して妖鬼兵を射殺し。
 妖鬼兵部隊が距離を詰めてきたらその分後退して射殺し。
 遠くの凶光鳥が視線を向けてきても無視して妖鬼兵を射殺す。
 最も強そうな妖鬼兵から20を瘴気に戻すと、部隊としての動きが目に見えて鈍くなってきた。
 リンスガルトが勝利を確信すると同時に、東に見える城壁が巨大な爆炎に包まれた。

●上級アヤカシ
 2機の滑空艇が城壁を越えたとき、城壁の開拓者も動いた。
 先頭は破龍。
 垂直の城壁を蹴りつけて跳躍する。
 翼を広げて勢いを保ちつつ滑空し、着地寸前に今度は地面を蹴りつけてさらに加速した。
「これ以上好き勝手にさせっかよお! そこにいるんだろディーヴェ!」
 ルオウ(ia2445)が吼える。
 高位魔術師2人がかり4枚重ねの分厚い防壁が、瞬時に薄れて消えた。
 濃密な瘴気が吹きつける。
 ルオウの十数歩後方で空龍を駆る玲璃(ia1114)は、アヤカシの軍勢が迫っているから瘴気濃度が濃いのか上級アヤカシが近くにいるから濃度が濃いのか分からなくなる。
 展開中の結界からは上級1と中級10らしい反応が伝わってきている。結界の範囲内にはその11アヤカシしか見えず、結界の範囲外には数百の軍勢で地平線が見えない。
『追い詰めれば出てくると覚悟はしていたが』
 槍を振り抜いた体勢で呻くディーヴェ。
 斬り合わなくてもルオウの卓越した実力が分かる。
 鉄壁破壊のため足を止めた獣頭の左右を、炎まとう鬼が速度を緩めず通り過ぎていく。
 鉄壁が消えたことでアレーナ・オレアリス(ib0405)の援護射撃が届くようになるが、上級アヤカシは矢の数本で止まるほど柔ではない。
『貴様か人間!』
「爺ちゃんから繋いできた流れをアヤカシなんかに止めさせるかよっ」
 会話は成り立たない。
 どちらにとっても相手は排除すべき対象でしかない。
 ディーヴェが槍を振るって己の存在を誇示する。
 ルオウは無視して咆哮に聞こえる音を火炎巨鬼に向ける。
 効果はない。火炎巨鬼は、効果がなかったことに半瞬安堵してしまった。
『な、何が』
 破龍の体が火炎巨鬼の1体に背後からめり込んでいた。
 騎龍突撃。
 恐るべき射程を誇る破龍の絶技だ。
 攻撃は終わらない。
 蜻蛉の型から振り下ろされた秋水清光が4度閃き、火炎巨鬼の背中から胸に抜ける大穴を開けた。
『止まるな進め!』
 上級アヤカシの無情な命令に従い火炎巨鬼が進む。
 低空から飛来した矢が頭蓋を貫通するも足は止まらず動き続ける。
「これで当たるということは」
 進退を空龍に任せて此花 咲(ia9853)が考える。
 前回の戦いで広範囲状態異常術に引っかかったこと、先程の威力の割に狙いが甘い…もちろん超高レベルな戦いでの話であり並みのアヤカシにとっては必中攻撃に等しい…をまともに受けたこと。
 咲は、距離を保ち冷静に観察したことで敵の弱点に気付くことができた
「ナール・デーヴの弱点は防御です! 威力優先の技が当たります!」
 情報が劇的な変化をもたらす。
 アーマー4隊が一列横隊を維持したまま城壁真下から離れる。
 機体と機体の隙間はほとんど無い。
 人狼改型が手を振る。
 遠雷3体が前傾し、人狼改型に倣って一斉にオーラを吹き出し急加速した。
『奴等を越えれば撃てる!』
『畜生』
 これがディーヴェなら飛び越えるのもかわすのも可能だったろうが火炎巨鬼にそこまでの能力はない。
『邪魔ダッ』
 肉が弾ける音と鉄が歪む音が混じる。
 2機の遠雷がはね飛ばされて転がり、2体の火炎巨鬼が口から炎混じりの血を吐き、1体の遠雷が頭から胸部までをたたきつぶされ、1体の人狼型改と火炎巨鬼が互いの頭を破壊し尽くした。
 4機の駆鎧の装甲が吹き飛ぶ。
 排出された3人のナーマアーマー隊が立ち上がる。体を打ったらしく精彩が欠けている。
「よくやった。アーマー隊は退却せい!」
 ハッドは堂々と胸を張り己を誇示する。
 玲璃の精霊術がアーマー隊3人を限界まで回復させたが動きが鈍いままだ。休養を必要とする傷を負ってしまったのかも知れない。
『開拓者に構うな。進め!』
 ディーヴェがハッドを襲う。
 ルオウが追いつき脇腹に傷をつける。
 上級アヤカシは歯をむき出して歓喜の笑みを浮かべ、ルオウではなくその相棒に槍を突き入れた。
 ルオウは鞍を蹴って飛び降り、破龍フロドは蹴りの衝撃に逆らわずに自ら跳躍、腹から血を流しながら人の気配もアヤカシの気配もないナーマ正門に向けて逃走した。
「手段を選ばなぬな!」
 着地直後で平衡が崩れたルオウをハッドが庇う。
『貴様等相手に選べるものか』
 1回目の突きでルオウの騎士剣を跳ね上げ、続く3連撃でハッドの右肩、右胸、右太ももに穴を開ける。
 肉体がハッドの意思を裏切り膝をつく寸前、漆黒の破龍が血塗れの騎士をくわえて宙へ投げ玲璃に受け止めさせる。
『どこから』
 ルオウ並みの速度の槍が、破龍の残像を抉ってかき消した。
「足を潰すのは基本中の基本。人間が思いつかないと思ったか」
 敢えて徒歩を選んだ将門(ib1770)がわざわざ声をかけて刃を振るう。
 槍を引き戻し危なげなく受ける獣頭アヤカシ。
 将門が上級アヤカシの意識を引きつけたことに気づき、ルオウは城壁の破滅を防ぐために火炎巨鬼を追う。
 大型の鬼がまとい炎は勢いを増し、暗色の火球がこの世に出現しかかっていた。

●火炎巨鬼の最期
 城壁内に戻ったカルフはまだ戻らない。
 大通りや水源などを封鎖するのに時間がかかっているのだろう。鉄壁は単体では防御設備にはならず、極めて頑丈で、視界を制限する、進路も退路も塞ぐ壁でしかない。非戦闘時なら様々な工事を行い壁を有効な防御設備に仕上げてくれる面々は、今は非戦闘員として宮殿で守られている。
 火炎巨鬼が立ち止まり暗色の火球に力を込めだしたのに気づきアレーナは覚悟を決めた。
 空龍が地面と垂直に飛ぶ。
 火炎巨鬼は気づくが動かない。
 ディーヴェから城壁破壊を最優先するよう厳命されているからだ。
「アマル」
 無意識に言葉がこぼれていた。
 秋水清光を鞘から抜く。
 清らかな精霊力が刃を輝かせる。
 空龍ウェントスがナール・デーヴに迫ると同時に振り下ろす。
 アーマーによる突撃すら耐えた肉と骨が豆腐か何かのように断たれ、肉と骨が入り混じった断面を外気に晒す。
 返す刀で腰から肩まで切り裂き、さらに振り落ろして腹を抉る。
 致命傷にしか見えないのに、鬼は悲鳴をもらすことも術を中断することもなかった。
 ウェントスがナール・デーヴを飛び越え強引に方向転換する。
 妖鬼兵部隊はリンスガルト1人によって崩壊しかけながら前進を続けていて、その射程はナール・デーヴの近くまで迫っていた。
「こっちにもいたんだ」
 紅の滑空艇が低空から接近する。
「こっちも一匹残らず駆逐してやるよっ!」
 滑空艇が速度を増す。
 リィムナの手元の本から瘴気にしか見えないものが大量にこぼれ、4つの高位式神に変じて地上の鬼を襲う。
 鬼が気づいたときにはリィムナと滑空艇の姿はない。
 滑空艇の圧倒的な小回りの良さを活かして極めて短時間で反転し距離をとったのだ。
 鬼は、耐えられると思い込んでいた。
 無色無音でもアヤカシよりも不吉で破滅的な気配は見逃しようがない。
 ほぼ無傷の鬼2体に前後から躍りかかり、恐るべき耐久力を誇るはずの肉と骨と髄を、高温で熱せられたバターであるかのように融かす。
 存在する力をなくした巨体が大量の瘴気に戻って吹き荒れる。
「残り4つ!」
 少しずれた場所にいた4つは処理済み、先程2つを処理して残るは4つだ。
「いけない」
 アレーナが直進する。
 速度最優先以外を切り捨てた動きは電撃の良い的になる。
『発射』
 高位式神が4つ、アレーナを追い抜く。
 アレーナに深手を負わされていた1体は式1つで崩壊。もう1体はたまたま式の当たり所が悪く辛うじて生き延びる。
「アマルの邪魔はさせません」
 火球を掲げる腕を切り飛ばす。
 制御を失った火球が1つ消える。
 残存ナール・デーヴ3体による計8つの火球が、城壁の一点目指して殺到した。
 殺意したたる目つきで、術を扱う力が尽きた中級アヤカシが新たな動きをはじめる。
 狙うのは手の届かぬ低空にいるリィムナではなくアレーナ。
 空龍がどれだけ速く機敏だろうが、アレーナの刀が届くなら火炎巨鬼の腕も届く。
 リィムナが止めを刺すより一瞬だけ速く、3体5本の腕がアレーナにうち下ろされた。

●城壁崩壊
「逃げてくださいっ」
 からくりが民兵を突き飛ばす。
 民兵が堅い床の上を転がり露出した肌を傷つけられる。
 受け身もできず骨まで痛い。
 そんな犠牲者5人は文句を言おうとして、目の前の光景に自失した。
 球形の爆発がからくりを飲み込みひび割れさせ粉微塵にする。
 破壊はまだ終わらない。
 亀裂は城塞都市ナーマが誇る城壁にもうまれ、伸びて広がり、爆発の圧力に耐えきれずに前後上下に分かれて飛んでいく。
『行け! 止まるな! 踏みつぶせ!』
 地上の上級アヤカシが咆哮する。
 圧倒的な破壊を目にした下級アヤカシが歓声をあげる。
 戦いを繰り広げる上級アヤカシと開拓者の横を、アヤカシの軍勢が通過した。
 降り注ぐ石材片とコンクリ片に1割ほど潰されながら、ナーマ城壁の半円状の穴を超えて緑豊かな内部へ侵入を果たす。
 そこで待っていたのは半円形の鉄壁だった。
 十数カ所に頑丈そうなコンテナが設置され、コンテナの上から銃口が大量に突き出ていた。
「これで終わりです」
 低空で咲が手を振る。
 銃口の主は全員志体を持たず、当然威力は小さく狙いも甘い。
 それでも3桁一斉射撃は密集した鬼の群れを足止めするのに十分だった。
 1門混じっていた小型宝珠砲から、城壁の穴目がけて光の束が伸びる。
 大量の鉛玉を浴びた集団最前列の鬼が消え、鬼の隊列に混じって機会をうかがっていた小鬼を滅殺する。
 アヤカシの軍勢は止まらない。
 鉄壁に向かった隊は破壊に失敗して跳ね返されたものの、コンテナに向かった隊はわずかの時間でよじ登る。
 そのとき、鉄壁を超えて空龍と駿龍が現れた。
 それぞれ駆るのは生とカルフ。アヤカシの速攻に気付いた2人は鉄壁による重要拠点防御は不可能と判断し、咲が立てた城壁突破後の防御策に全面協力した。
 アヤカシによる文字通りの数の暴力で、鉄壁が1枚、2枚、一気に半分消えていく。
 稼げた時間は1分の半分の半分にも満たないし、極少数の鬼が防衛線を突破してしまった。とはいえこの場だけで400以上のアヤカシを止められたのは2人のお陰だ。
 宝珠砲に触れようとした鬼の頭が、生の撃ち出した氷槍に貫かれて爆ぜ割れる。
 鉄壁を消した部隊がカルフが落とした火球の大爆発に巻き込まれて半壊する。
 この場に鉄壁を建てていなければ、この時点で100や200のアヤカシが市街地あるいは水源に辿り着いていたかもしれない。
 カルフは鉄壁を生み出し続ける。
 アヤカシ軍は城壁の穴を超える際に隊列が乱れ、さらに最前列を手ひどく叩かれたことで一時的に勢いが鈍っている。
 故に生み出された鉄壁は十数秒から数十秒は持ち堪える。
 生も位置は違っても同じ行動をとっていた。
 アヤカシをまとめて押しとどめる方法が他にない。運不運で相手に与えるダメージは変わる。メテオストライクを生き延びたアヤカシが水源に入り込めばその時点で都市が終わる可能性すらあるのだ。
「カノーネ、一旦…」
 轟龍が乱暴に盾を振って、捨て身で飛びかかる大柄鬼を受け止め叩き落とす。
 カンタータは奥歯をかみしめ呪術武器を撫で、2つの龍型式を呼び出しそれぞれ別の鉄壁の前にブレスを吐かせた。
 鬼は一撃では倒れない。
 だが動きが鈍る。
 火炎巨鬼とは異なり痛みに対する圧倒的な耐性などないためだ。
 消滅する鉄壁の数が減り、徐々にではあるが鉄壁防壁が回復してくる。
 その間地表近くで戦ってきたカンタータとカノーネはぼろぼろだ。特にカノーネが酷く、まぐれ当たり1回で墜落してもおかしくなかった。
「カンタータさん!」
 宮殿から空龍が飛来する。
 空龍を駆る玲璃は基本的な癒しの術を使ったように見えた。実際の効果は絶大で、墜落寸前の轟龍は傷一つ無い状態にまで回復する。
「すみません。私は負傷者の回収にまわります」
「どうぞどうぞ。ここはお陰様でなんとかなりそうですー」
 主が挨拶している真下で轟龍が位置を保ったまま全力で羽ばいている。
 押し寄せる鬼を盾で防ぎ、防ぎきれない衝撃を自己治癒力で癒し、カンタータが氷龍を使う時間を稼ぐ。
 玲璃が他方面に飛び去る。
 1重ではあるが穴を半円形に囲む鉄壁が完成する。
 生は、上級アヤカシとの戦いに向かえない。
 鬼種アヤカシが狭い空間で隊列を組み直し、数百のアヤカシではなく1個の大部隊として鉄壁に対する攻撃を開始。攻撃を一点に集中することで数秒で壁の一角を消してしまった。
 生が火球を放つ。
 壁を巻き込まない場所に爆発が生じ範囲内の鬼半数を消し飛ばす。
 鬼は壊れた城壁周辺から戦力を移動させて隊列を再編。水源へ通じる壁の切れ目へ殺到する。
 そこに現れた鉄壁が都市の破綻を食い止める。
 カルフは壁を2重にしてから一瞬だけ城壁外へ視線を向けた。
 城壁外のアヤカシ戦力はディーヴェと小鬼哨兵、そして生き残りの妖鬼兵40と航空部隊。
 妖鬼兵とディーヴェの距離が非常に嫌らしい。ディーヴェとの分断を図れば確実に一斉射撃の餌食になる位置を保ち続けている。
「私の担当は…こちらですね」
 カルフ達は、民兵の援護があるとはいえ極少数の開拓者で、アヤカシ軍の数的主力を押さえ込むのだった。

●刹那の金策
 城壁を破壊の影響は地下にも届いた。
 ナーマからくりは動揺して棍棒を取り落とす。
 動揺するだけの知性を持たないスケルトンは骨の拳で少女の顔を殴りつけた。
「痛っ…このっ」
 怒りで目つきが悪くなる。
 スケルトンの蹴りを片膝を上げて防ぎ。
 首締めを倣って伸ばされた手に己が額をぶつけて防ぐ。
「死ねぇっ!」
 練力を込めた拳でスケルトンの顎を撃ち抜き頭蓋を砕く。
 下級アヤカシの中でも最下級の骸骨が薄れて消えて、小さな小さな宝珠が地下遺跡の床に転がった。
「やりまし」
 笑顔で振り向き笑顔が固まる。
 スケルトンが3体。おまけに骨は先程の倍太い。
 遺跡班が戦場にいるため遺跡内のアヤカシ数が増えていると覚悟はしていたものの、この数は予想外だった。
「ちくしょーアザリーに代わってもらってればっ」
 涙のない泣き顔で飛びかかる。
 拳が命中するより速く、何故か左右のスケルトンが両断されて床に転がる…前に1つは消えもう1つが宝珠になった。
「遊んでいる時間はないですよ」
 隗厳(ic1208)が近づいて来て腕を振る。
 鋼線が宙を奔り骨を豆腐か何かのように切断。残念なことに今度は宝珠にならなかった。
「すみません。えっと、その劫さん」
 ナーマからくりが相棒からくりに耳打ちする。
 隗厳は床の宝珠を拾い袋に入れる。宝珠の出現頻度も質も、天儀の遺跡とあまり変わらない。
 劫が隗厳に耳打ちする。
 この調子では目標額に届かないのではないかと進言されたらしい。
「確かに」
 隗厳は暗視や超越聴覚と戦闘力を活かすことで、ここが本来の職場のからくりより数倍の効率で宝珠を収集中だ。
 平常時に採掘という名のアヤカシ討伐に従事するナーマからくりは20前後。
 この場にいるナーマからくりはほとんど役に立たないので、隗厳と劫をあわせてナーマからくり10人分程度。かけられる時間も短いので、このままではまとまった額にならないだろう。
「足りないなら…仕方ないですね」
 荷物をナーマからくりに渡し歩き出す。連絡手段がないため地上の状況が分からない。今は急ぐしかない。
「そそそっちは瘴気溜まり跡ですよ」
 ナーマからくりが悲鳴をあげるが無視だ。
 アヤカシは撃退したが破産したなどという間抜けな展開だけは許容できない。
 目的地に近づにつれ通路にひび割れが多くなる。先程の爆発のせいかひび割れが増す気配もある。
「っ」
 スライム多数と小規模崩落が同時発生してスライムを粉砕する。
「隗厳様!」
 駆け寄ろうとするナーマからくりを劫が止める。
「これなら、高く売れるでしょう」
 傷だらけ埃まみれの隗厳が、きらめく大きな宝珠を抱えて帰還した。

●野戦病院
 銃声、悲鳴、怒号に断末魔。
 心を削る戦場の音が近づいてくる。
「先生助けてくれ! こいつは俺を庇って…」
 血塗れの男が居住区の端の建物に足を踏み入れる。
 一歩歩くたびに朱色の足跡が床に刻まれる。
 男の手には、体の一部が欠けた民兵が抱えられていた。
「ごめ…」
 覚醒からくりサラーは奥歯を噛みしめ言葉を飲み込む。
 民兵は呼吸も反応も無く肌は土気色。抱える男の顔色も似たようなものだ。
 震える指が黒と赤の紐をそれぞれの腕に巻く。
「後はおまかせください」
「あなたもこちらへ」
 ナーマの医師見習達が遺体から男を引き離す。
 サラーは遺体を抱きしめ、血と汚物にまみれるのにも気づかず鳳珠(ib3369)の元へ運ぶ。
 鳳珠の目の前の寝台に寝かされていた中年男性が体を激しく痙攣させた。
 からくりから癒しの力が飛び体の損壊を修復する。
 鳳珠の生死流転により黄泉路から引き戻された中年男性は、流れ出た血の不足と消せない痛みの記憶に苛まれ無意識に苦しむもがく。
 鳳珠は駆け寄ろうするサラーを目で制し、中年男の黒い紐を赤い紐に付け替えてから立ち上がる。
 事切れた民兵を受け取り状態を確認すると、死後十分から数十分経っているのが分かった。
 練力回復剤を大量摂取が必要になるほどの高位術の連続使用が、鳳珠の心身に深刻な悪影響をもたらしている。
 視界はかすみ、意思に反して指先が震え細かな作業が不可能。
「補助を」
 失敗の可能性が大きかろうが、心身を危険なほどすり減らすことになろうが、鳳珠がためらう理由にはならない。
 練力を用いて死体を活性化させる。
 消費量は膨大だ。高位巫女である鳳珠でも長時間はもたない。
 時間がたっても何事も起きず、鳳珠の額に大量の汗が浮かぶ。
「反応が」
 民兵のまぶたが微かに動いたのに気づき、サラーの瞳に光が灯る。
 アンクを握りしめて癒しの技を使う。
 消耗した鳳珠が片膝をつき、駆け寄ってきた医者見習が民兵を寝台に寝かせて手当てを続け、極度の緊張から解放されたからくりが震える肩を自分自身で抱きしめる。
「次へ向かいます」
 野戦病院はここだけではない。
 からくりを戦馬の背に乗せ、鬼と民兵の戦いが繰り広げられる街に飛び出した。

●凶光鳥全滅
 妖鬼兵を除く全ての鬼が城壁を突破した。
 城外に残るのはアヤカシ軍の頭1体、妖鬼兵30、哨兵部隊にわずかな航空戦力のみ。
 ディーヴェが槍を一回転させる。
 哨兵部隊が妖鬼兵への援護を止めて、小さな隊に別れて健在な城壁へ向かう。城壁の穴に集中したナーマ側戦力を回避して水源を目指すつもりだ。
 航空部隊が都市上空へ浮かぶ中型飛行船へ向かう。わずかでも時間を稼いで地上部隊の水源破壊を援護するつもりだ。
「南側の部隊に合図を」
 フレイアの命に従いからくりが旗を振る。
 数十秒後。北側の城壁を守っていたナーマからくり8人と遠雷2体、南側の城壁を守っていたナーマからくり8人と炎龍数体が城壁上を西へ向かう。
 途中民兵と合流して戦力を増やし、アヤカシ哨兵が相手なら持久可能な戦力に膨れあがる。
「あなた達は宝珠砲を回収後城壁の穴に向かいなさい。回収時を除き低空を保つように」
 フレイア自身はアヤカシ航空部隊の対処へ向かう。
 凶光鳥がフレイアに気づいて怯えて姿勢を乱す。
 が、フレイアが駆る鷲獅鳥の、これまで見たこともないほど拙い動きに気づいて錯乱直前で踏みとどまった。
 鷲獅鳥を狙いフレイアを墜落死させれば生き残れるかもしれない。
「イェルマリオを喪った今自らの手で止めを刺しに行けないのが残念ですが」
 フレイアは鷲獅鳥ヴリーマクに無理を強いる気はなく、凶光鳥3体に怯えて急停止しても構わなかった。
 4本の槍を作り出し2本ずつを凶光鳥へ射出する。
 恐怖と焦りで動きが鈍った怪物に避ける術など無く核を貫かれ崩壊する。
 フレイアの攻撃は続く。
 4つの火球を作り別々の場所へ射出。
 4つの爆発は航空部隊の進路を防ぐ形で壁を作る。
 怪鳥は余波のみで全滅。生き残りも凶光鳥も避けきれずに浅くない傷を負う。
 それでも、並の鷲獅鳥1頭だけなら落とせるはずだった。
「下級アヤカシ単体程度、私1人で十分です」
 敵に背を向けた相棒の上で腕を振るう。
 嘴に皮膚と筋を裂かれ紅が空に散る。
 腕一本動かなくても術発動に問題は支障はなく、再度生み出した氷槍4本を凶光鳥に上下左右から突き立て、消した。
 平和になった空に、薄い瘴気が流れていた。

●ディーヴェ
 心身を人間の限界近くまで鍛え上げ、練力の扱いに熟練し、上級アヤカシ相手の読み合いに勝てる頭脳と流派の奥義を用いても届かない。
 将門の救清綱は、突いて弾かれ、振って受け流され、一度もディーヴェの肌に触れられない。
「我の未熟か」
 上級アヤカシの槍で深手を負った体に鞭打ち将門は攻め続ける。
 対するディーヴェの顔には絶望に近い色がある。
 この場にいるのは上級アヤカシ1と開拓者が極少数のみ。
 咲が空龍で仕掛ける。
 アヤカシが槍を突き出す。
 いきなりの真横から殺気に反応して槍を咲ではなくルオウに向け、一瞬のうちの4連撃の直撃だけは避けた。咲の破壊力がルオウに及ばないとの判断故の動きだが、その判断が致命的だった。
 空龍瑠璃が腹を割かれて体勢を崩し、傾いだ足場で咲が抜刀する。
 最悪に近い条件のはずなのに、抜刀から続く突きの動作は美しすぎた。
「これで終わりです。貴方も、この戦も――!」
 柔軟で強靱な皮膚を刃の切っ先が貫通する。
 突きは一度では終わらない。
 2本目がルオウのつけた傷から入ってアヤカシの左の肋を砕き、3本目が完全に無防備な左の胸に突き刺さる。
 ディーヴェは上半身を反らし、心臓への直撃を辛うじて避ける。
 虹煌の切っ先は咲の狙った核の隣、アヤカシの意を利き腕に伝える線を斬り飛ばす。
『何故』
 半ば思考停止しても体が動き続け、龍ごと潰そうと咲の頭上から槍を振り下ろす。
 リィムナの氷槍が背中に当たるが、技も使わず基礎能力の高さだけで威力を弱め受けきった。
「っと」
 咲は鞍から落ちる勢いを殺さずそのままころりと前転。
 直撃すれば頭蓋が破裂しただろう槍は、銀の後ろ髪を揺らすことしかできなかった。
『何故だ!』
 一瞬で左手に持ち替えてルオウの4連撃を防ぎ、否、指が槍の表面に引っかかって力を伝えきれず、斬撃の衝撃を殺しきれずに槍を手から離してしまう。
 槍が回転しながら宙を舞う。
 表面には、将門の刀による傷が無数に刻まれていた。
「それが分からぬから」
 返り血ではなく自身の血だけで赤く染まった将門が、救清綱で青眼の構えをとる。
 上級アヤカシは切っ先を認識できず、呆然と目を見開いた。
「貴様は滅ぶのだ」
 切っ先を認識できたのは眼球に突き立つ瞬間だった。
 将門の体が限界を超えた力を発揮する。
 切っ先が眼球を破壊し、眼底を砕き、脳を灼いた。
 獣頭の目鼻口耳から高密度の瘴気が垂れる。
 ディーヴェが口を開こうとして顎が外れ上顎から歯と牙が抜ける。
 崩壊は頭部から全身に広がり、骨も肉も何もかもが堅さを失い崩れていく。
 将門が息を吐く。
 指は柄に半ばめり込んで外せず、全ての筋肉が強烈に痛く気絶しそうだ。
 風が吹く。
 ディーヴェだった塊が完全に形を失い、瘴気の風と化してこの地から消える。
 落ちた槍も、いつの間にか消えていた。
 勝ち鬨が聞こえる。
 常に冷静な将門が、腹の底からわき上がる歓喜を勝ち鬨として轟かせる。
 勝ち鬨は周囲の開拓者から都市内まで広がり、生き残りのアヤカシの士気を砕いた。

●目覚め
「かあさん。起きてかあさん!」
 アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)の泣き声が聞こえる。
「アザリーが…。かあさんまで死んだら私」
 何も見えない。
 手足の感覚は、右の手首から先だけが辛うじてあるだけだ。
 アレーナが全力を込めて動かす。
 実際に動いたのは指一本分にも満たなかった。
 アレーナの冷え切った指をからくりの両の掌が優しく包む。
「もう大丈夫です」
 玲璃が伝えると、アマルと隣の空龍が安堵の表情を浮かべる。
 ここは宮殿厩舎。
 空龍ウェントスを含む負傷した相棒達が、特大の寝台の上で体を休めていた。
 後のことはアマルに任せ、玲璃は己の相棒と共に空に舞い上がる。
 街の各所から聞こえる発砲音は小さくなり、鬼の断末魔の頻度が上がっている。
 崩れた城壁にはカルフのものらしい鉄壁で塞がれ、生き残りのアヤカシ軍200の頭上には中型飛行船が静止し宝珠砲を撃ち続けている。
 アヤカシ軍の隊列が崩れ部隊としての攻撃力が激減し、生達のメテオストライクにより大部分が吹き飛ばされた。
「後は…」
 索敵用の結界を展開する。
 空龍に都市全体を巡るよう命じる。
 戦闘音がない場所からもいくつか反応があった。全てあわせても10程度でも放置はできない。
 その場で旋回して合図を送る。
 めぼしいアヤカシを食い尽くしたリィムナ達があっさりと仕留め、城塞都市を本来の持ち主の手に取り戻す。
「これで…」
 冷たい風が吹く。
 風に混じる水の気配は急速に濃くなり、やがて静かな音をたてて雨粒が戦場跡を濡らした。

 アヤカシ約700に襲われ防戦1日。死者3名。重傷者39名。アヤカシは全滅。
 粉飾を疑われるほどの大勝だった。