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■オープニング本文 核を砕かれ主の亡骸の前に倒れたからくりが、アヤカシ軍の行軍に巻き込まれ踏み砕かれた。 踏み砕いたアヤカシは喜びも嘲りもしない。 訓練と任務以外の全てを禁じられてきた彼等は、能力は上がったが精神的には死にかけている。 「なるほどな」 上級アヤカシディーヴェは自身も徒歩で行軍を続けながら鎧の残骸を調べていた。 開拓者が使っている逸品には劣るがただの兵士が持てる品ではない。 「精鋭兵のつもりか」 冷酷な口調で言い捨て投げ捨てる。 部下達から反応はない。とても人間とは思えない強さの開拓者に悩まされてきたとはいえ、開拓者は人間の例外的存在でしかないと思っているからだ。 ディーヴェの内心は表面とは逆だった。 人間が怖い。 ナーマ兵の中には泣いている者も恐怖し震えている者もいたけれど、戦力が数桁違うアヤカシ軍相手に武器が尽きるまで戦い続けた。 つまり城塞都市でも最後の1兵になるまで抵抗する可能性が極めて高い。 鎮西村での被害は哨兵数名が軽傷を受けたのみで稼がれた時間も数分程度だが、巨大な城壁と多数の兵が籠もる城塞都市では戦力か時間あるいは両方の消耗を強いられることになる。 無論最終的には確実に勝てる。勝てるが勝つ前に開拓者が現れたなら…。 「人間の準備が完成する前に水源を破壊し根を断つ。遅れたものは処分していけ」 重苦しい空気に急かされるように、アヤカシ軍は東に向けて進み続けていた。 ●敗残兵 鎮西村の生き残りが無人の村にたどり着く。 全身から血がこぼれて乾いた地面を濡らす。 既に、誰一人身動きすらできなかった。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される ●城塞都市ナーマの概要 人口:良 新規住民の受け容れ余地有 環境:良 水豊富 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛:良 強固な大規模城壁有り 戦力:普 ジン隊が城壁内に常駐。防衛戦闘では都市内の全民兵が短時間で配置につきます。 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入:普 周辺地域との交易は皆無。遠方との取引が主。アヤカシ勢力接近のため取引量低下 評判:良 低下傾向 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者。劣勢 資金:微 定期収入−都市維持費=0。前回実行計画による変化−−−−− 現在+++ 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅で都市が滅亡 ●都市内情勢 ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります 外壁は直径1キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります 妊婦と新生児の割合高めのまま 士気は保たれています ●領内アヤカシ出没地 都市地下 風車と水車で回す送風設備(地上)、水源を貫通するトンネルとホール(空気穴有)それぞれ複数、トンネル、地下遺跡(宝珠有・空気穴有・瘴気濃度超低)、瘴気だまり跡(瘴気濃度超低・酸素薄)、よく分からない長い通路(瘴気濃度超低・酸素薄)、瘴気だまり跡(瘴気処理後未調査)の順に続いています 鉱山 ナーマの数キロ西。地表、横に向かう洞窟、地下へ続く垂直大穴、鉱山、有望な鉄鉱脈(ただし急流越え必須)と東向き洞窟(低酸素小規模崩落)と東向きの長い洞窟(奥は無酸素で未開封瘴気溜まり有)の順 ●西方地図 草草草C草砂砂砂砂1砂砂 草D草草草砂砂砂砂砂砂砂 草草草草草砂砂砂砂鉱砂砂 A軍草E草砂砂砂鉱砂都砂 草草F草草砂砂砂砂砂砂砂 草草草草草砂砂砂砂砂砂砂 草草草草B砂砂砂砂砂砂2 軍 アヤカシ軍 数時間ごとに小休止をとりながら東へ移動中。警戒厳重のため低速。1日2マス移動 無 無人の不毛地帯 草 草のまばらな草原。集落無し 砂 砂漠と草地の境の土地 都 城塞都市ナーマ 鉱 地下鉱山 A オアシス。通称鎮西村。状況不明 B〜F 放棄された小村。小さな水場有り。状況不明 1〜2 ナーマ傘下の小オアシス複数。重武装。アヤカシを警戒中 上が北、右が東。1文字は縦横数キロ ●現在交渉可能勢力 西方小部族 遊牧民。非戦闘員がホテルの宿泊客として滞在中。戦闘員は家畜を連れナーマから見て南へ移動。現在位置不明 西方零細部族 ナーマの居住区の1区画にいます。ナーマ警備隊は治安維持のため区画から一切出さないよう主張し領主に受けいれられました 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 域外定住民系大商家 継続的な取引有 域外古参勢力 友好的。宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群 ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。対アヤカシ戦の傷に苦しんでいます。防諜有。同意無しの進軍は侵略とみなされます その他の零細部族 ナーマの南隣と北隣に多数存在。基本的に定住民連合勢力より ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他7名。事務員有。医者1名 職場研修中 医者候補4名、官僚見習い21名 領主付からくり3名 教育中 留学生10名(10代前半・午前・高度)、ナーマ民78名(20代中心・夜間・初歩的) からくり20名(実戦投入可 教育機関 からくり10名(教師 うち1名が巫女 情報機関 情報機関協力員38名 必死に増員中 警備隊 245名。都市内治安維持を担当。増員のため新人を教育中 ジン隊 初心者より少し上の開拓者相当のジン5名。対アヤカシ戦特化。相棒からくり計5名 からくり隊 10名。駆けだし開拓者級。影武者任務可。演技力極低。主に地下遺跡でのアヤカシ退治と宝珠採掘を担当。魔術師2人。騎士2人 中型飛行船 からくり10名。初依頼開拓者級。飛行時は領主側付き5名が合流 アーマー隊 ジン3名。うち1人は臨時。現在非戦闘中心。騎士は1人 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高 現場監督団 職人集団と一部重複 領主側付 同型からくり12体。見た目良好。側付兼官僚見習兼軍人。1人が外交官の任についています。交易路防衛も担当。職未決定の覚醒からくり1名 守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた380名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補170名。50名が作戦行動中行方不明 西志願兵 西方諸部族出身。部族から放り出された者達。士気やや低。ナーマ民兵相当の能力有。作戦行動中行方不明 ●施設一覧 変化無し |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●意気軒昂 黒い戦馬が雄々しく大地を踏みしめる。 「ナーマ軍よ、聞け!」 その背から呼びかけるのは篠崎早矢(ic0072)。 鍛えられた声は強い風を圧して城塞都市全域に響く。 「城を、農場を、家族を破滅させる足音が近づいてきている」 平坦な声だ。 しかし少しでも観察力がある人間なら、アヤカシに対する憎悪があることに気づくだろう。 「怒れよ軍勢よ、恐れるな、敵は弱くお前たちは強兵だ、我ら開拓者も全力を尽くそう!」 声が薄れ、水路を流れる水と風車の音だけが聞こえたのはたった数秒。 「そうだ!」 「アヤカシを殺せ」 「俺達の家を守れ」 「邪魔者を殺せ!」 畑に向かう中年男が農具を振り上げる。 城壁へ交代に向かう民兵が銃を掲げ、駱駝と馬で油を運んでいた若者達が武器の調達に走ろうとする。 ナーマの民となる前は今日のことしか考えられず子も連れ合いも持てなかった老若男女が、普段は抑えていた凶暴さを剥き出しにして走り出そうとした。 「待たぬか」 なお、最も早く走り出した新人からくり達はハッド(ib0295)の手で子猫のように吊り上げられていた。 「お主らの戦場は地下じゃ」 手の主に冷たい目を向けたからくりは、相手がハッドであることに気づいて恥ずかしそうに頭を下げる。 「でもハッド様」 拗ねた顔で言うからくりを鷹揚な態度で宥める。 「役割分担じゃよ。生きるのにも戦うのにも金がいる。主等が稼いだ金で軍備が整うし肥料も買える。他の皆も軍備があるから戦えるし肥料があるから多くの作物を作れる。勇気を発揮する場所を間違えてはいかんぞ」 はいと素直にうなずくからくりを見て、熱狂していたナーマの民達の多くは照れながら己の仕事に戻っていく。 「待て。無理に乗ろうとするな」 やる気が燃え上がる若者達を早矢が制する。 民兵の訓練過程を修了しているらしく体格も本人の動きも優れてはいるのだが、駱駝や馬の扱い方が全くなっていない。一応これでもナーマ民兵の中では最も駱駝や馬の扱いに慣れた者達なのにだ。。 「不得手なら罠用資財と道具を運ぶのに使うんだ。準備が済み次第出るぞ」 背は低いが雄々しい黒馬を先頭に出撃するまで、1時間ほどかかった。 ●勇者の帰還 アヤカシの軍勢は戦闘用の陣形のまま東へ進んでいた。 此花 咲(ia9853)は上空から下を見て、数秒空を見上げてまた下を見る。 やはり戦闘用の隊形のままだ。 「えー」 咲の中のアヤカシに対する評価が急降下していく。 個々が優れている上集団戦能力まで持つ開拓者という例外を除けば、大勢での移動は非常に大変だ。適切な距離で列を作れば少しはましになるが戦闘用の隊列は速度が大きく落ちることはあっても逆はない。 「接敵前に行軍用陣形から戦闘用陣形に変えれば良いだけのような気が…」 開拓者が知る術がないことではあるが、上級アヤカシが開拓者に対する恐怖をこじらした結果こうなった。 空龍が身じろぎする。 数秒前まで下空にいた凶光鳥3体が中空に移動してきたのだ。 「船まで後退」 主の許可を得た空龍が凶光鳥を無視して東へ向かう。 凶光鳥が向かう先には中型船が浮かび、その下には放棄されたはずの小村があった。 カンタータ(ia0489)が滑空艇に乗るジン隊を村の中央に誘導する。 「動きませんね」 西の空を見る。 凶光鳥はアヤカシ軍の真上で旋回を続けている。咲が離れると陸上アヤカシからの支援を受けられる下空に戻っている。 一度飛空船まで200歩程度の距離まで近づいて来たのだが、近づいたのはその一回のみだ。 「魔術師を警戒しているのか頑丈過ぎて落とせないと判断したのか…」 アヤカシの意図がどうであれやることは変わりがない。 カンタータとアレーナ・オレアリス(ib0405)は、ジン隊が慣れない滑空艇での着陸を成功させたのを確認すると、早速調査を開始した。 「あんたは、姫様の」 死相が浮かんだ民兵がアレーナを出迎える。 「喋らないで」 アレーナが清潔な包帯で止血する。 既に血が流れすぎたようで、骨まで見える傷の割にはほとんど血が滲まない。 「アヤカシ軍の構成は…大きな鬼が11に…」 民兵は報告を続け、術を使うアヤカシの数を言い終えた直後息絶えた。 「アレーナ様! こちらの家にも」 ナーマジンが廃屋に飛び込んでくる。 見開かれた民兵の目を閉じて振り返ると、派手な向かい傷の男が恐怖で顔を歪めた。 アレーナは感情のない声で指示を下す。 「傷が最も深い方から運び出しなさい。船に戻ったら滑空艇を全て出すように伝えるように」 「了解です」 そこから千歩西の場所で、上級アヤカシディーヴェは焦燥を顔に出さないよう耐えていた。 『魔術師を仕留める以外では戦力は分けない。徹底させろ』 鎮西村駐留部隊の生き残りを乗せた中型飛行船が東へ向かっていく。 皆消耗が激しすぎ、カンタータが手配した巫女からくりの手で命はとりとめたものの全員意識不明の重体である。 ●2日目 「来たか…軍勢」 篠崎早矢(ic0072)は数百歩の距離にまで迫った軍勢の視線を浴びていた。 いつもと変わらぬ動きで矢をつがえる。 油断も希望もなく進軍を続けるアヤカシ本隊ではなく、先行して近づいてくる小鬼の小部隊に意識を集中して放つ。 矢は小鬼の胸を貫通しても速度がほとんど落ちなかった。 ディーヴェに鍛えられた兵は悲鳴も上げずにその場に転がり、生き残りは砲撃あるいは術攻撃に備えるために素早く散開し体を低くする。 「志体に生まれたこの体、使命を果たそう!」 1矢1殺されながら900のアヤカシが前進を続ける。 この場にいるのは開拓者と相棒とナーマからくりをあわせても10人に満たない。 開拓者の相棒でも逃げ出しかねない場面だが、夜空はどっしりと地に足をつけ主に絶好の射撃位置を提供し続けている。 「配置完了しました」 宝珠砲の設置を終えナーマからくりが敬礼する。 咲はひとつうなずいてから、撤退用の滑空艇の位置確認をさせる。 背後の遠くから恐怖に充ち満ちた嘶きが聞こえ、からくり達が動揺する。罠の設置にあたっていた民兵隊の馬が泡を吹きながら逃げ出したのだ。 「アヤカシの伏兵はいません! 大丈夫。作業を中止して下がってください」 玲璃(ia1114)が東に向かって大声で叫ぶ。 数百歩歩の距離があるため声は聞こえなかったかもしれない。しかし馴染みのある巫女の姿が民兵の心を落ち着かせ、暴れる馬を放置して振り返りもせず東に向かって駆け出した。 「結界内に反応はありません」 瘴気濃度からアヤカシの位置を探るのを諦め結界を展開する。反応は全く無い。 アヤカシが隠れもせずに行動しているので、この場面に限っては目で確かめる方が確実かもしれない。 「充填開始」 咲の冷静な指示がナーマからくり達に落ち着きを与える。 「充填開始します」 宝珠砲の砲門に光が集まる。 「敵偵察隊接近」 種の限界まで鍛えられた小鬼20が広がりながら全力移動で接近する。 十数歩の距離にまで近づいた小鬼を早矢の乱射が消し飛ばす。 そのとき、ようやくアヤカシ本隊が宝珠砲の射程に踏み込んだ。 「発射」 指示を下す。居合で至近距離の小鬼を両断し、勢いを殺さず振り抜いてもう1体を腰から上下に二等分する。 切断音は、3つの宝珠砲の轟音にかき消された。 3条の光が城塞都市への最短距離を進んでいた1隊を飲み込む。 「行くぞ」 宝珠砲の後方から将門(ib1770)が飛び立つ。 アヤカシ軍最前列に開いた大穴から妙に肉が薄い鬼の隊が見えている。 飛空船を電撃で落としたことがある妖鬼兵だ。 長身の将門が、己の身の丈を超える弓を構える。 武に自信があり実績もあげているからこそ、数百相手に太刀を振るっても押しつぶされるだけということが分かっていた。 将門を乗せた龍は宝珠砲を超えてアヤカシ軍本隊まで数十歩の地点で方向転換。将門は並みの弓矢や術の間合いには入らず一方的に軍勢の端のアヤカシを狙い撃つ。 大穴が普通の鬼の隊によって埋められ、弓では妖鬼兵を狙えなくなる。 「一撃離脱を狙うには速度が足りぬ」 「退路の確保を」 将門がうなずくのを気配で感じながらフレイア(ib0257)が仕掛けた。 鷲獅鳥の高速を活かして北東へ移動。アヤカシ軍を真横から観察する。 正面からは万全に見えたアヤカシの隊列は、一部隊が穴埋めに使われた結果少しだけ乱れていた。 遠方からの偵察ではアヤカシ砲撃部隊の位置は掴めず今も予想の半数しか見えない。安全を重視するなら一度退くべきだ。しかし今を逃せば攻撃の機を掴む前に城塞都市に辿りつかれてしまう可能性が高く、その場合戦力を温存したアヤカシ軍により都市に甚大な被害が出るだろう。 故に、アヤカシに殺害を狙われているのが分かっていてもいくしかない。 「ここに至れば勝って活路を見出すのみ」 フレイアが4つの火球を生みだしイェルマリオが速度を緩めず進み続ける。 超高位魔術師の4連撃メテオストライクは荒野に大穴を開け、寸前までその場にいた鬼の全てをこの世から消していた。 釣られて追って来た大怪鳥4体を氷の槍で消し飛ばしてから再攻撃を指示。 イェルマリオは息を整え、反転し、直前の動きを再現した。 フレイアにはメテオストライクとほぼ同射程の術が使える妖鬼兵部隊と射ち合う気は無い。位置が掴めた妖鬼兵には近寄らず、端から削り続けてアヤカシ軍を半減させるつもりだった。 『ようやく』 ディーヴェの口元が吊り上がる。 フレイアは異変に気づく。イェルマリオは気づけない。 加速し、4つの火球が生まれ、鬼だけに見えた隊列から妖鬼兵が姿を現す。 『殺せる』 イェルマリオが悲鳴をあげた。 雷の豪雨が降り注ぐ。 火球が豪雨の向こう側に消える。 「そのまま進みなさい!」 雷はフレイアの桁外れの抵抗力に負け威力が激減する。しかし数十まとまると洒落にならない威力になり、フレイアの柔肌に深刻な火傷を生じさせる。 それ以上に悲惨なのはイェルマリオだ。フレイアを狙い損ねた雷が両足から腹にかけてを消し炭に変える。 同時に4つの火球が弾けてディーヴェご自慢の妖鬼兵部隊主力が消滅した。 イェルマリオは残りわずかの命と魂を燃やし東へ飛び去るのだった。 ●乱戦 メテオストライクの爆音をかき消す勢いで上級アヤカシの悲鳴が轟く。 『火炎巨鬼、鳥共、追え! 止めをさせ!』 エラト(ib5623)の視界には数十の点がある。 1つ1つが怪鳥あるいは大怪鳥だ。絶対服従を強いられた結果の高速は、鳥型アヤカシを使い捨ての武器に変えたようにも見えた。 光の束が怪鳥の群れの端を掠めて空へ消える。豊富な予算で訓練を重ねたナーマからくりでも、空を高速で飛ぶ的に当てるのは困難だった。 エラトの空龍が身振りで移動を勧めてくる。 アヤカシの軍勢に突撃するよりはましとはいえ、数十のアヤカシの特攻を迎え撃つのは出来れば避けたいのだ。 エラトは静かにリュートを手に取る。 主の落ち着きを感じて相棒も落ち着きを取り戻し、気流を翼でしっかり捉えてそのときを待った。 音が広がる。 エラトと鼓を自らの体で以て串刺しにしようとした鳥の群れが、体の構成する部品の内側から壊され形を失い弾けた。 濃い瘴気の風がエラト主従を襲う。 空龍は巧みに平衡を保つが、地上を全力で駆ける大型鬼に気付くのが遅れた。 「俺が引きつけ…っ」 将門が声にのせた呪が弾かれた。 手数優先で整えた装備が裏目に出たのだ。 驚きはしても将門の動きに遅滞はない。 装備にも体にも精霊力をまとわせた鋼龍と共に、地上を疾走するナール・デーヴの前に立ちふさがった。 『退けっ』 岩のように重く堅い拳が降ってきた。 妙見は自身の堅さを過信せずに分厚い鱗で受けながす。 鱗と拳の間に火花が散る。 将門が救清綱の切っ先を無防備な喉に叩きつける。 『ぐっ』 中級アヤカシは首を大きく振って致命傷を避ける。 もともと全速で走っていたためその動きで平衡を失い、喜劇風に一回転して乾いた地面に背中を打ち付けた。 「中級だけで7体か。よくぞこれだけため込んだ」 将門が防いだのは先頭の1体のみ。残る6体がディーヴェに対する恐怖に押されて将門を狙う。 しかし場違いな子守唄が5体を強制的な眠りに誘う。 耐えた1体が両腕を無茶苦茶に振り回してたたき起こしている隙に、将門がナーマからくりに声をかけた。 「退け」 からくり達は騒ぎながら宝珠砲をその場に残し、滑空艇で東へ飛ぶ。 将門達が殿をつとめる。 目覚めたナール・デーウ6体が、厳つい顔を絶望に染めていた。 ●撤退 走って東へ向かう民兵の脇を空龍が飛んでいる。 「焦るなよ―」 その背からアルバルク(ib6635)が気楽な声をかけていた。 「焦っても速度はでねぇぞー」 民兵の体から固さが抜け速度が徐々に向上する。 説得されたわけではない。平時と変わらぬアルバルクの声に安心したのだ。 民兵は個々の戦闘能力はアヤカシに大きく劣るけれども、戦闘に特化した陣形を組んで移動するアヤカシに負けるほど遅くはない。 「これでよしと」 アルバルクは西を振り返る。 すると、覚悟はしても正直予想していなかった光景が目に入る。 フレイアを乗せた鷲獅鳥が地面に腹からぶつかっていた。 「こりゃやべぇな。おいこっちだ!」 西の遠くから近づいてくる玲璃に合図を送る。 「フレイアさん!」 玲璃は天火明命を使ってからフレイアの側に着陸し相棒から飛び降りる。 鷲獅鳥は手遅れだ。焦げた腹が砕けている。 強力な癒しの術である天火明命が効いたフレイアは無事だ。しかし美貌からは血の気が引き呼吸も浅く不規則だ。 「意識があるなら…」 目の前で指を振っても反応がない。 「動かせるなら街に連れて行け。そろそろ出るぞ」 アルバルクの指摘で気づき結界を展開する。 瘴気濃度に変化もなく、人間と相棒以外生きているものが見えない荒野に複数の反応があった。 「あの2匹だけか?」 アルバルクの宝珠式短銃が6つもの銃弾を吐き出す。 北から匍匐前進で近づいて来た鬼に目と鼻と口以外に3つずつの穴を付け加えて息の根を断つ。 「後ろにもう1つ!」 南側に砂柱が立つ。 短い槍を構えた逞しい鬼が、アヤカシにとっての怨敵に止めを刺そうと振りかぶる。 が、竜巻にはね飛ばされ手槍もどこかに飛んでしまう。 「ありがとよ」 空龍が機嫌良く応え、アルバルクが今度は6発を1体に集中させ確実に止めを刺す。 玲璃はフレイアを空龍夏香の背に固定する。 そしてアルバルクに護衛されながら、可能な限り静かに東へ向かうのだった。 ●3日目 開拓者に余力がないと判断したディーヴェが移動を優先。 2日目同様、早矢が直接仕掛けた罠以外は即発見され排除され、早矢が仕掛けた罠も哨兵十数体に傷を負わせるだけに終わる。 ハッドに指示された各区の長が、領主の許可を得て宮殿への避難を開始する。 ●4日目午前 朝方、住民避難が完了。 ディーヴェに派遣された鬼十数体が、メテオストライクで潰された地下鉱山入り口および空気穴を見て引き返す。 ナーマからくりがアヤカシ軍の進路上に石壁の長城を完成させてすぐ撤退する。 その場に辿り着いたアヤカシ軍は鬼数体を自滅覚悟で突っ込ませた。 開拓者より未熟な魔術師からくりの石壁は呆気なく消滅し、勢い余った鬼達が前のめりに転げて砂まみれになる。 長城の排除は数分で済んだが移動用陣形から戦闘用陣形への変更には数倍の時間がかかる。 アヤカシは戦闘能力を十分に残した状態で城塞都市を目視可能な距離に到達した。 ●宮殿 「勇気をもって踏み出して戦う人になりなさい」 そう言い残してアレーナが空龍を駆り西の壁へ向かう。 アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)は無言で見送り、背中が見えなくなった時点で羊皮紙とペンを部下に持って来させる。 一息で書き上げる。 「継承順ですか」 エラトはため息をつく。 羊皮紙にはからくり全てと数十人の人間の名前が記載されていた。 これはナーマ内の格付けのための序列ではない。子供以外が全滅するまで戦うための手段だ。 「周辺の小部族は守りに徹するそうです」 エラトは域内外交の結果を報告する。 大軍勢が本拠地に迫っているナーマからの使者に困惑していたようだが、アヤカシについての情報と陣中見舞いは歓迎された。 「フレイアさんは無事です」 玲璃の報告を聞いてアマルが安堵する。 私人としても公人としても大きな恩を受けたフレイアが無事なことを喜んでいるだけでなく、貴重な超高位魔術師が失われなかったことに対する安堵だろう。 「アヤカシの戦法について詳しいことが分からず申し訳ありません」 「軍勢の間近で詳細な調査は難しいです。気にしないでください」 玲璃は軽く頭を下げ、避難が完了した市内へエラト共に飛び出した。 ●防衛戦闘開始 「ジン隊とからくり隊は待機じゃ。城壁に全戦力貼り付けたらアヤカシが別働隊を繰り出すだけで終わるぞ」 出撃を懇願してきたジン隊隊長を諭して持ち場に戻らせる。 ここは城塞都市ナーマの西の城壁上。 さらに西には黒く焼けた元牧草地。 城壁から小型宝珠砲の間合い分離れた場所にはアヤカシ軍が陣を張っている。 フレイア達が妖鬼兵百以上とその他下級アヤカシ百前後を討ち取ったとはいえまだ約七百いる。 「うむっ。決戦であるな」 ハッドはほがらかな笑みを浮かべて城壁上の兵達をみつめた。 「我等の手で未来を勝ち取るのじゃ! 恐れることはない。訓練通りに動けば自ずと勝利は手に入る!」 民兵が大口径火縄銃を西に向け、遠雷が城壁上から落とすための岩を持ち上げる。 「来ました」 アレーナの囁きに軽い頷きで応える。 「身の程知らずが来たぞ!」 士気を鼓舞するハッドの瞳には、浮ついた感情など欠片もなかった。 「参りましたねー。これでは宝珠砲で狙えません」 カンタータが肩をすくめる。 アヤカシの陣から1組6体の鬼が5組30体こちらに向かって来る。 どこから調達したのか、鬼の巨腕でも抱えきれない丸太を左右から支えて走っている。 宝珠砲が光る。 狙い澄ました2条の光が、回避行動が甘かった1隊を直撃して薙ぎ倒す。 「低速の相手じゃないと当てにくいかもしれませんねー」 高位式神を呼び出し先頭の体の先頭の鬼を狙う。 鬼の目鼻口から鮮血があふれ、苦しみながら形を失い瘴気に戻る。バランスの崩れた丸太は生き残りを巻き込んで転がり、4体の鬼が倒れ伏す。 残り3組が城壁に近づく。 民兵による銃弾の豪雨が出迎えるが、頑丈さを基準に選抜された鬼達は耐える。 高位式神が2つ飛び、2体を倒された隊が丸太を取り落とす。 民兵の銃とは質の異なる銃声が連続で響き、深手を負った1隊が速度を落とす。 アルバルクはあることに気付いて眉を上げた。 「落とすのじゃ!」 『鳥を出せ!』 生き残りの怪鳥がアヤカシの陣から飛び出し城壁上を目指す。 驚いたアーマー隊は岩を滑らせてしまい見当外れの場所に落としてしまう。 怪鳥は再装填中の民兵を狙う。 出迎えたのは柔らかな肉ではなく鮮やかな半月の剣閃だ。 「対衝撃…」 アレーナが言い終えるより丸太が城壁を直撃する方が速い。 その後の展開は誰にとっても、いや、アルバルク以外にとっては予想外だった。 城壁上には微かな揺れも伝わらない。 午前の長城破壊に味を占めた鬼達は文字通りの全力を込めて攻城兵器をナーマ城壁に叩きつけ、衝撃を全て跳ね返されて丸太を炸裂させた。直撃したはずの箇所には指1本分程度の窪みが出来ていた。 「中央にばれたら謀叛を疑われかねねぇ性能の壁だからな」 湯水の如く投入された予算と資財と練力を思い出し遠い目をするアルバルク。 『後退しろ!』 上級アヤカシが撤退を命じる。 しかし銃弾の雨と高位式神が、生き残りの鬼全てをこの世から退場させた。 |