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■オープニング本文 命を最期まで燃やし尽くした甲龍が、アヤカシ軍から千歩の距離に着地して事切れた。 長年連れ添った相棒のおかげで主に負傷はない。 ナーマに迫る脅威を部族に伝えるため、主は最低限の装備だけを持って北東へ進む。 地上を集団で移動するアヤカシに速度で負けるつもりはない。少なくとも生き延びることだけはできるはずだった。 高空から飛来した凶光鳥3体が破壊の光を放つまで、彼はそう思っていた。 「逃げ足は大したものだ」 軍勢の中心で上級アヤカシが舌打ちを堪えている。 射程の長い雷使いだけでも百数十、総勢800以上の軍勢を率いているとはいえ、超高位の魔術師に広域破壊術を乱打されれば数十しか残らない。無論、乱打される前か途中に魔術師を確実に殺すつもりだが、相棒によって逃がされてしまえば戦力を無意味に失うことになる。 これほどの戦力を集めても勝率が10割に届かないことに気づき、ディーヴェは苦く重い息を吐いた。 ●城塞都市 「アマル様、西を放棄するのは本当ですか」 正義感の強い若手官僚が強い口調で尋ねてきた。城塞都市ナーマの主であり、西の小村群を含めた地域の指導者でもある領主は表情を変えずに答えた。 「攻撃が完全に成功すれば被害は少なくなるでしょう」 開拓者を信頼しているが信仰はしていない。最良の展開でも殺し損ねたアヤカシが西部に大打撃を与えると判断していた。 「都市民以外を守るために都市民の命と都市の財を使い尽くすつもりはありません。鎮西村駐留部隊縮小の準備と遺族年金の準備を始めなさい」 戦えば勝っても負けても人は死ぬ。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される ●城塞都市ナーマの概要 人口:良 移民の受け容れ余地有。都市滞在中の観光客を除くと普 環境:良 水豊富 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛:良 強固な大規模城壁有り 戦力:普 ジン隊が城壁内に常駐。防衛戦闘では都市内の全民兵が短時間で配置につきます 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入:優 周辺地域との交易は皆無。遠方との取引が主。ナーマ連合内での取引も増大中。鉱山再度閉鎖中。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中。観光業有 評判:良 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者 資金:優 定期収入−都市維持費=+。前回実行計画による変化−−−− 現在++++++++ 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅で都市が滅亡 ●都市内情勢 ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります 外壁は直径1キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります 妊婦と新生児の割合高めのまま。観光客多め 行政の効率が低下中です! ●領内アヤカシ出没地 都市地下 風車と水車で回す送風設備(地上)、水源を貫通するトンネルとホール(防御施設と空気穴有)それぞれ複数、トンネル、地下遺跡(宝珠有・空気穴有・瘴気濃度低・調査完了)、瘴気だまり跡(瘴気濃度低・酸素薄)、よく分からない長い通路(低酸素で未開封瘴気溜まり有り)の順に続いています 鉱山 ナーマの数キロ西。地表、横に向かう洞窟、地下へ続く垂直大穴、鉱山、有望な鉄鉱脈(ただし急流越え必須)と東向き洞窟(低酸素小規模崩落)と東向きの長い洞窟(奥は無酸素で未開封瘴気溜まり有)の順 ●西方地図 無無無無草草草C草砂 1無無無草D草草草砂 無無無無草草草草草砂 無無無無A草草E草砂 無無無無草草F草草砂 無無無無草草草草草砂 2無無無草草草草B砂 無 無人の不毛地帯 1 アヤカシの根拠地の1つ。最低400体 2 アヤカシの根拠地の1つ。最低300体。移動準備開始 草 草のまばらな草原。集落無し 砂 砂漠と草地の境の土地 A オアシス。ナーマの兵が駐留中。土嚢による小規模防壁有り。通称鎮西村 F 放棄された小村。小さな水場有り 上が北、右が東。1文字は縦横数キロ 地図より西は無人地帯で、詳しい情報は未判明。アヤカシの大部隊が潜んでいる可能性が高いです ●現在交渉可能勢力 西方小部族(B ナーマ傘下。好意的。遊牧民。戦時体制 西方零細部族(C〜E ナーマ傘下。好意的。防衛力微弱。水場有り。ジン無し。銃で武装(未習熟)。集落周辺のみ実効支配。人手不足。Dが疲弊。Eに難民が滞在中。DとEの西側にのみ土嚢防壁と見張り台有り 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 域外定住民系大商家 継続的な取引有 域外古参勢力 友好的。宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群 ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。対アヤカシ戦の傷に苦しんでいます。防諜有。同意無しの進軍は侵略とみなされます その他の零細部族 ナーマの南隣と北隣に多数存在。基本的に定住民連合勢力より ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他7名。事務員有。医者1名 職場研修中 医者候補4名、官僚見習い21名 領主付からくり3名 教育中 留学生30名(10代前半・午前・高度)、ナーマ民78名(20代中心・夜間・初歩的) からくり20名(一応実戦投入可 教育機関 からくり10名(教師 うち1名が巫女 情報機関 情報機関協力員38名 必死に増員中 警備隊 245名。都市内治安維持を担当。42名が西方に駐留中。増員のため新人を教育中 ジン隊 初心者より少し上の開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化。後退しつつ常時2名が西方に駐留中。相棒からくり計7名 からくり隊 10名。駆けだし開拓者級。影武者任務可。演技力極低。主に地下遺跡でのアヤカシ退治と宝珠採掘を担当。魔術師2人。騎士2人 中型飛行船 からくり10名。初依頼開拓者級。飛行時は領主側付き5名が合流 アーマー隊 ジン3名。うち1人は臨時。現在非戦闘中心。騎士は1人 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高 現場監督団 職人集団と一部重複 領主側付 同型からくり12体。見た目良好。側付兼官僚見習兼軍人。1人が外交官の任についています。交易路防衛も担当。職未決定の覚醒からくり1名 守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた370名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補190名。50名が西方に駐留中 西志願兵 西方諸部族出身。部族から放り出された者達。士気やや低。ナーマ民兵相当の能力有。Aに10名。Dに4名。Eに4名 ●施設一覧 変化無し |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
レネネト(ib0260)
14歳・女・吟
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●領主の休日 「はしゃぎ過ぎよ」 瞬きすらしない顔をアレーナ・オレアリス(ib0405)が軽くつつく。 シーツにくるまるアマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)は未起動時のからくりのように表情がない。 「拗ねないの」 薄い毛布をかけてやる。 この場に城塞都市ナーマの人間がいたら驚愕するだろう。 領主であるからくりが常に発しているはずの威圧感が全く感じられず、気まぐれな子猫のような、ただし決して弱くはない気配があるのだから。 「私の可愛い娘」 からくりから明るい感情が伝わってくる。 「愛するものはできたかしら」 アマルの顔に表情が戻ってくる。真面目に考えている印象は受けるが、たぶん悩み方が非常に幼い。 アレーナはまだまだ時間がかかるわねと内心つぶやき問いを変えることにした。 「守りたいものはできたかしら」 城塞都市ナーマの支配者は、寝台の上で上体を起こし迷い無くうなずいた 高らかに説明しようと口を開きかけたところを母と慕う開拓者の手で止められる。 「大切なものを守る力はちゃんと育っているのよ」 アマルの核が納められた箇所を撫でてやる。 都市の成長に伴い巨大な力を手にしつつあるからくりは、政策を決める前にもう少し考えようと思うのだった。 翌朝。 休日の朝の惰眠を貪るアマルを残して寝室を出る。 「おはようございまっ…アレーナ様ですか」 領主執務室にいたからくりが露骨に落胆している。留守番の交代か、執務室の本来の主の登場を期待していたようだ。 「アーキル」 気品のある態度を崩さず目だけで叱る。 アマルが直接目覚めさせた彼女ともう2人、サーフィとアザリーはアレーナのことを厳しい祖母あるいはおばと認識していて、叱られたのに気付いた瞬間背筋が人間にはあり得ないほど正確に真っ直ぐ伸びた。 正午。 ようやく起き出したアマルは久々に自分の手で身支度を整えていた。 普段は分刻みで予定を消化しているので側付きか人間のメイドに任せるしかなく、久々にした自分でした化粧は少しだけ違和感があった。 窓から演習場の人狼改と、空を散歩中のレネネト(ib0260)の駿龍を数分眺め、満足してから宮殿最深部へ向かう。 金庫前を通り過ぎ、戸籍の原本が収められた資料室前でジンに答礼し、初代ナーマ領主が眠る霊廟の中に入った。 クリノカラカミを初めとする精霊に短時間祈りを捧げる。 主には祈らない。 そう主が望んでいたと確信しているからだ。 目立たぬよう設置された小部屋から掃除道具を取り出し、アマルは気合を入れて掃除を始める。 特に力を入れるのは最近搬入させた巨大な石版だ。最初に刻まれているのは主の名。この地で命を落とした全てのナーマ民の名が刻まれた岩を、からくりは細心の注意を払って磨いていた。 無心に手を動かしていると瞬く間に時間が過ぎ去る。 夜。 領主臨時代行に頼まれたレネネトが霊廟を訪れると、巨大な墓石を一身に磨くアマルの姿があった。 姿勢を正し、呼吸を整え、山吹色のリュートを爪弾く。 清らかな音が霊廟に華を添え、忘我の境にあった領主の心をこの世に呼び戻した。 「お疲れ様です。処理が終わったのですか?」 アマルが掃除道具を片付けながらたずねてくる。 「休憩中です」 地下での戦闘はレネネトほどの熟練開拓者であっても精神的に厳しい。後最低半日は続きそうな戦いに耐えるためには休憩と気分転換を行う必要がある。 「弾いてみます?」 リュートを勧めてみる。 アマルは意外なことに慣れた手つきで受け取り具合を確かめ、直前にレネネトが弾いた曲で静かな空気を震わせる。 技術的にはレネネトの足下にも及ばないけれども、ナーマの一般的な楽士よりは明らかに上手い。 「教養の一環として身につけさせられました」 恥ずかしそうだ。 音が分かるからレネネトと己の技術の差も理解出来てしまうらしい。 「覚醒したのなら霊鎧の歌を覚えても良いと思いますよ。そうでなくても歌は生きる糧なのです」 磨き抜いた技術と人生から導き出された言葉は、アマルの心に強く響いた。 「戦場での私の仕事は最初から戦場に向かわないことですから」 開拓者としてのしての力を身につけても使う機会がないと言いたいようだ。 「それに、ええと、その」 目が泳ぐ。リュートをいじる指の動きが妙に可愛らしい。 「演奏すると広範囲に聞こえてしまうでしょう? 私はうまれも立場も特殊なので目立ちすぎる趣味を持つわけには」 アマルは、たまにいる情熱を解放しすぎてしまうタイプだった。。 ●瘴気溜まり処理 スライムが通路を埋め尽くしていた。 松明の光を反射してぬらつく粘液の壁が、一見低速で、実際には非志体の人間が全速で走るほどの速度で迫ってくる。 「バリケードまで待避するのじゃ!」 聞こえないのは承知の上でハッド(ib0295)が人狼改型アーマーの中で叫ぶ。 ハッドの薫陶を受けたナーマからくり達は、てつくず弐号の身振りだけで指示が理解して松明を捨て全力で駆ける。 勢いよくバリケードを飛び越えて一部が受け身に失敗して悲鳴をあげた。 「これで5度目じゃぞ!」 太い鉄鎖を勢いよく引きとげ付き鉄球を宙に浮かべる。 アーマーの怪力を活かして思い切り前に向かって投げる。スライムの分厚い壁にめり込み不気味で凶悪な酸が飛び散った。 酸はアーマーまで届かない。 てつくず弐号が構えたギガントシールドにぶつかりその表面塗装を溶かすだけで終わる。 無数のスライムがタイミングをあわせて前進する。 盾で防いでも大きさと重さでアーマーごと潰されるはずだったが、ハッドは通路に張り付く形で機体を移動させ空振りさせる。 スライム塊は勢いがつきすぎて止まれず真っ直ぐにバリケードに接近していく。 速度が速いため一部だけが伸びることになり、アーマー1体ならぎりぎり飲み込める大蛇の形をしたスライムが、バリケードを粉砕しようとした。 「それではごきげんよう」 バリケードの近くで生じた雷の龍が大蛇にめり込み消し飛ばす。 雷は止まらない。 半透明のスライムを内側から焼く。スライムの大蛇が膨れあがって破裂する。雷は大蛇に打ち勝った後も進み続け、スライムの壁に大穴を開けてからゆっくりと消えていった。 ナーマからくりの歓声が響く。 が、フレイア(ib0257)は油断せず即座に再度の詠唱を開始した。 スライムの壁から、今度は2匹の大蛇が向かってくる。 「すまぬ任せた!」 てつくず弐号が機体ごとぶつける形で1匹の進路をずらし天井にぶつける。 もう1匹はバリケードの向こうで隙をさらしたナーマからくり達を目指し、音もたてずに宙を奔る。 「単体かしら」 アークブラスト連打の方が早く済む気もするが、万一敵が群体だった場合、打ち損ねたアヤカシによって背後のからくりが全滅するかもしれない。 フレイアは、今度は2つの雷の柱を大蛇の頭と根元にぶつけ、完全に崩壊させて単なる瘴気に戻した。 「きっつぅ」 「呼吸必要ないのに…なんで咳が」 背後から複数の咳が聞こえる。 「起動しました。エラト様の演奏終了まで後…。マスター、ナーマ出身者が体調不良を訴えています」 フレイアによって安全を確保された空間を、てつくず弐号が走って戻って来る。 濃すぎる瘴気に苦しむナーマからくり達を一瞥し、自身の相棒であるからくりを見る。 「お願いします」 てつくず弐号は任せろとうなずき、長大な鉄鎖と盾を持ったまま器用に両脇に負傷者を抱えて地上に向かった。 「準備を」 ナーマからくりが宝珠式銃を構えて引き金を引く。 可憐な戦闘用ドレスをまとうからくり庚が、青銅巨魁剣を盾の如く構えてアヤカシの攻勢に備える。 スライムの壁が崩れて無数の、最低でも3桁に達する小アヤカシとして押し寄せる。 雷の龍が何頭も荒れ狂い瘴気に戻し、濃度の高すぎる瘴気を泳ぐように移動してきた小スライムが銃弾を浴びて停止した。 庚は己を守ってはいない。 背負子で背負ったエラト(ib5623)とその演奏を守るためなら、即座に己の身を犠牲にするつもりだった。 雷の轟音とスライムの這いずる音、ナーマからくりの気合いと銃声が地下空間に充満して聴覚から情報を得られない。なのに、それらとは明確に異なる何かが空間と精霊と志体持ち達を震わせた。 「お待たせしました」 瘴気が消える。 超高位の開拓者が普通に斬っても焼いても形を変えるだけで残り続ける瘴気が、通路の奥から後方の地下遺跡の半ばまで完全に消えていた。 これが精霊の聖歌。 敵前で数時間演奏し続けるという無茶を強いられはしたものの、効果は絶大で数秒後にはアヤカシに成っていただろう高密度瘴気塊ももともと薄く広がっていた瘴気も全て無くなった。 もっとも6時間ほど前に宝珠砲で穴を開けた瘴気溜まりからは瘴気が供給され続けていて、数分もたたないうちに瘴気濃度は高くなるだろう。 それでも、精霊の聖歌が響く度に瘴気濃度が下がっていくのは紛れもない現実だった。 「ね、ねえ。地下遺跡まだ使えるよね」 「わたしにきかないでよっ」 ナーマからくり達が妙に緊張感溢れる小声で話している。 エラトは彼女たちに声をかけようとして頭の中で言葉がまとまらないのに気づいた。 主の状況を理解した庚が地上へ駆け出す。 主との死別など考えたくもない。何があろうと絶対に助けるつもりだった。 途中のホールでレネネト達とすれ違う。 「エラトさん、今から後退…大変。ハッドさんそっち潰してください!」 「うむ」 決して安いわけではない空気袋がまとめて2、30潰される。 しかしエラトの体調は良くならない。 中身は地上の新鮮な空気だが普通の空気でしか無く、酸素が消費され様々なものが増えた地下の浄化には足りないのだ。 庚は一度頭を下げてから地上へ伸びるトンネルに入っていった。 「ジン隊は無事か?」 ハッドが大声を出して現場に戻る。 スライムはいない。 代わりに大小様々な蜘蛛型アヤカシが押し寄せていた。 「新鮮な空気が足りないので上に戻ってもらいました! 多分診療所に行ってます!」 「承知した」 騎士剣を振り抜き津波のごとく押し寄せる蜘蛛の群れを迎撃する。 蜘蛛たちは地面に落ちるより早く塩になって崩れて消えていった。 「どんどん厳しくなりますね」 過酷な現実を陽気に述べて皆の気分を盛り上げ、レネネトは精霊の聖歌の演奏を始める。 瘴気溜まりの瘴気が尽きるまで、開拓者は後1回バリケードを放棄しての後退と、後4回の演奏が必要だった。 ●都市 城塞都市の上空を龍が飛んでいる。 城壁外へ設置された標的に向かって炎を打ち出し、主である魔術師がタイミングをあわせて吹雪を放って確実に破壊する。 「龍ってのはあんなに弱かったかねぇ」 アルバルク(ib6635)はつまらなそうに城壁の上で欠伸をしていた。相棒も装備も開拓者とよく似てはいるけれども判断が遅い。敵戦力が予想以上だったときに逃げ遅れるか攻撃して死ぬことになる可能性が高かった。 問題はそれだけではない。一度空龍に乗って訓練につきあったとき、龍も乗り手もアルバルクを気にしすぎて失敗を繰り返していた。別に嫌われているわけではなくナーマ創始期から関係者として尊敬されているのだが、ナーマの龍もからくりも空中での連携に慣れていないのだ。 「どうしたもんかね」 彼の周囲には大勢の民兵が待機している。 カンタータ(ia0489)の手配した兵力だ。 相手が地上をいくアヤカシなら発見後半鐘で呼び出し配置につかせることができるが、相手が飛行アヤカシなら発見時点で城壁にいるくらいでないと難しい。飛行と歩行では速度が違いすぎるからだ。彼等は、ここ数ヶ月では最も高い頻度で近づいてくる小型の鳥型アヤカシを何度も撃退する代わりに、多くの弾薬を消費している。 「本人の志願なら俺から言うことはないか」 アルバルクの視線の先には開拓者魔術師風の衣装を着たナーマからくりがいる。彼女は、中型飛空船の甲板で強ばった笑みを浮かべていた。 「おーいお前等、からくりの嬢ちゃん達を見ておいてくれ」 ナーマジン隊の砂迅騎達に声をかけ、アルバルクは空龍に乗って西へ飛び立つ。 十数分前に職場復帰の許可をもらったばかりの男達は、しばらく悩んだ末に宮殿に向かい、手隙のからくりに甲龍に乗って訓練に参加してもらうことにした。 からくり魔術師と炎龍の2組では無防備にすぎ、最低限の護衛は必要という意見らしい。 ●西小村群避難 此花 咲(ia9853)は、獣頭の上級アヤカシがいるはずの方向に目を向けため息をついた。 凶光鳥部隊が高空を低速で南北に往復している。 部隊とはいってもたったの3体。 しかし3体に襲われれば鎮西村では時間稼ぎしかできず、ナーマ西の小村群なら分もかからず全滅するかもしれない。 故に、開拓者達の住民避難支援は常に緊張と警戒を強いられ計画の進行は当初の半分以下の速度だった。 「どんな無茶をしてるんでしょうか」 凶光鳥の知性は低い。 特異な個体を除くと賢くても並みの鳥程度でしかなく、凶光鳥で部隊をつくるなど絵に描いた餅でしかない。 絵に描いた餅が実際に存在する理由なら推測できる。上級アヤカシが己の力で無理を押し通しているのだ。 咲は狼煙銃を空龍の上から落としていく。 上空は風が強く小さな狼煙はすぐにかき消される。 しかし富裕な都市が生存をかけて用意した軍資金は膨大で、咲には必要なだけの物資が用意されていた。 つまり、はるか後方で避難民の輸送を行う飛空船からもはっきり見えるほど大量の狼煙銃が投下されることになった。 「急ぐ必要はありません。ここは安全です」 咲から東に10キロの地点で、カンタータが住民避難の指揮をとっていた。 避難民の乗船はほとんど進んでいない。 家財の持ち込み禁止、生活の保証も最低限と言われて素直にうなずける者などいないからだ。 甲板で警戒中のナーマからくりに頼み込んですげなく断られて恨みをためこむ村民もいて、カンタータは今後どう事態が展開するか考えると頭が痛かった。 唐突にからくりが銃を構える。 瘴気濃度を測るために集中していた玲璃(ia1114)が懐中時計を懐にしまい索敵用の結界を展開する。 結界に全く反応がない。 「東斜め上方に鳥型3!」 からくりが己の体を宝珠機関の盾にしつつ銃撃を始める。 距離があって外れはしたが、太陽を背に近づいて来た怪鳥数匹が避難民直撃コースからそれて西に抜けていく。 「カノーネ!」 轟龍と共にカンタータが飛び出す。 大きく翼を動かして急加速。1羽は無造作に翼ではたき落とし、速度を上げて逃げようとしたもう1匹は炎で消滅させ、残る1体はカンタータ自身が撃ち落とした。 「西に1つ反応が…」 玲璃の報告をアルバルクの大声が遮る。 「咲の嬢ちゃんの読み通り北と南に何匹か出たぞ。俺は南に行く。余裕が出来たら北の援護に行ってやれ!」 アルバルクと空龍が南にある小村に向かう。 「焦らず、慌てず、乗り込んでください」 轟龍に乗ったままのカンタータが避難民を強く促す。 相棒も空気を読み、精一杯真面目で威圧感のある表情で主の行動に説得力を与えていた。 ●難航 「諸君等にとって今回の避難は日常を崩される訳だから不満があるのは理解する。しかし、命があれば日常を取り戻す事は可能だ。決戦後、アヤカシの脅威が激減した地での生活の始まりを待って欲しい」 近隣の遊牧民のジンともナーマのジンとも次元が違いすぎる開拓者が語りかけると、騒がしかった村が急に静かになった。 「始めろ」 将門(ib1770)は慰撫用の仮面を外してナーマからくり達に命令を下す。 呆然とする村人達は全員飛空船に乗せられて、気付いたときには中空に達していて逃げようがなくなっていた。 「やはり来たか」 相棒と共に甲板から離れる。 妙見は翼を広げて滑空を楽しんでから加速して、西から飛来する怪鳥群の進路を遮った。 群れであって部隊ではない。 「未訓練の雑魚を使い捨てか」 今日だけで、ここだけで3回目だ。 他の小村にも同程度のアヤカシが押し寄せており、玲璃が持ち込んだ商用小型船だけでは足りずナーマの飛空船も使うしかなかった。 放置すれば確実に全滅する。戦後のことも考えざるを得ない将門には、使わないという選択肢は最初から存在しない。 西の空では赤と白の色付き狼煙が流れている。 咲のおかげでアヤカシ空中部隊やアヤカシの有力地上部隊の接近を知ることはできるのだが、咲1人では雑魚の動きまでは捉えきれない。 太刀を振り下ろす。 怪鳥の群れの先頭が綺麗に二つに割れ、落下を始めるより早く形を失い薄い瘴気として風の中へ広がっていく。 その後の行動は普通のアヤカシとしては自然だった。頭を討ち取られた怪鳥群は将門に恐怖して反転し、西の空へ消えていく。 将門は南から近づいてくる龍に気づいて視線を向ける。 「玲璃か」 「現状は!」 移動中にも戦闘を強いられ玲璃も空龍も少し疲れているようだ。 「複数方向から襲われたら全滅する」 開拓者もナーマからくりにも被害は出ない。全滅するのは避難民だ。多数のアヤカシを同時に討つ手段も拘束するする手段もない状況では、開拓者が自分の体を盾にしても横か背後から攻撃されれば村人は死ぬ。 「結界を使います」 玲璃の体が微かに光った。 球形の結界が範囲内の全ての瘴気を捉える。反応は2つ。即座に視線を向けて正体を掴もうとするが、どうやら将門が討ったアヤカシの残滓だったようで強い風が吹くと反応が綺麗に消えた。 「高速のアヤカシを捉えるのは難しいですね」 結界を維持したまま飛空船と速度をあわせる。 甲板には多くの村人が乗っていて、着艦する空間がない。 玲璃が表情を変える。結界の下端に数秒間だけ反応があったからだ。 今は既に通り過ぎた荒野を凝視する。乾いた土にまみれた小鬼が複数いる。気配の消し方も筋肉の付き具合も、これまで避難民を襲おうとしたアヤカシとは全く異なる。 空龍から飛び降りて狭い甲板に着地し、隅に押しやられていた宝珠砲を舷側に据える。 砲門に光が集まっていく。 半分8割方砲撃準備が整ったところで地上のアヤカシが気付き、切れがある動きで散開した。 砲撃。 地上に伸びた光が何もない荒野に小さな穴を開ける。土煙がおさまったときには、アヤカシの部隊は小型宝珠砲の射程外に逃げ去っていた。 ●東進開始 北西から500。 南西から400。 アヤカシの軍が非志体の早足ほどの速度で行軍を行っている。 合流予定地点は鎮西村。 小村群の避難をナーマの開戦準備と捉え侵攻計画を前倒ししたのだ。 「近づくには戦力が足りません」 今ならいけるよと意思表示する龍を宥め、咲はアヤカシ軍の周囲を素早く慎重に確認する。 斥候兼囮の小鬼小部隊が大部隊の周辺に複数。上空にも見事な編隊の空中部隊が複数。 強引に突破するには戦力が足りない。気づかれずに近づくには準備が足りない。 一応地上からこっそり近づく用意はしているが、これだけ数が多く警戒しているのが相手だと半々で見つかってしまう。見つかれば相棒共々確実に死ぬ。 咲は赤の狼煙中全てに着火した。 確実にアヤカシに気づかれただろうが今は気にしている暇がない。 咲が到着するより早く鎮西村が動き出す。 ジン2名と民兵40名が備蓄を1戦で使い尽くす勢いで銃撃を行い近づいてくるアヤカシの斥候を牽制。戦う術を持たない警備隊と避難がまだだった元住民を、少数の民兵と遊牧民騎兵に護衛させて東へ送り出す。 咲は、下がれとは言えなかった。 この場に飛空船はないしあっても数百のアヤカシに落とされる。誰かが足止めしないと非戦闘員は全滅するしかない。 「ご武運を」 「ガキによろしく伝えてくださいよ!」 駐留部隊は咲を笑顔で見送り、最期まで交戦を続けた。 |