【城】開戦まで残り３手
マスター名：馬車猪
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| ■オープニング本文 中型船が高速を保ったまま中空から下空へ降下していく。 舷側に固定されたコンテナのいくつかは破壊され、しかし内部の宝珠砲は無事だ。 地表まで数メートルの高度で進路が水平に戻る。 「降下開始！」 空夫が素手で鋼線を引きちぎる。 舷側との繋がりを断たれたコンテナは空夫と共に落下し、地面に激突する直前で甲板から伸びるロープで減速する。 「北東にアヤカシ１２０、距離２００！」 見た目は優美な白い手がコンテナ端を砕いて中身を引っ張り出す。 精霊砲が北東へ向けられ、砂漠の光を浴び禍々しく光った。 「演習は成功です。アヤカシの妨害を突破して敵地へ宝珠砲の展開が可能になりました」 生真面目な顔で報告する暫定船長。 彼女の背後では財務担当の官僚が青い顔で胃薬を囓っている。 「宝珠砲の引き上げには時間がかかるようですね」 個人的武勇は皆無の領主が静かに問う。 「はい。敵勢の完全な排除に失敗したときは回収は極めて困難です」 官僚が早退届けを書き始める。 「宝珠砲は使い捨てにして構いません。西の脅威を取り除けるなら中型船も同様です」 城塞都市ナーマは本格的な戦争準備を開始した。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、１つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される ●城塞都市ナーマの概要 人口：良 移民の受け容れ余地有。都市滞在中の観光客を除くと普 環境：良 水豊富 治安：普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛：良 強固な大規模城壁有り 戦力：普 ジン隊が城壁内に常駐。防衛戦闘では都市内の全民兵が短時間で配置につきます 農業：良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入：優 周辺地域との交易は皆無。遠方との取引が主。ナーマ連合内での取引も増大中。鉱山再度閉鎖中。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中。観光業有 評判：良 好評価：人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評：伝統を軽視する者 資金：優 定期収入−都市維持費＝＋。前回実行計画による変化−−−−− 現在＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。１つ以上の項目が滅で都市が滅亡 ●都市内情勢 ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります 外壁は直径１キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります 妊婦と新生児の割合高めのまま。観光客多め ●領内アヤカシ出没地 都市地下 風車と水車で回す送風設備（地上）、水源を貫通するトンネルとホール（防御施設と空気穴有）それぞれ複数、トンネル、地下遺跡（宝珠有・空気穴有・瘴気濃度低・調査完了）、瘴気だまり跡（瘴気濃度低・酸素薄）、よく分からない長い通路（低酸素で未開封瘴気溜まり有り）の順に続いています 鉱山 ナーマの数キロ西。地表、横に向かう洞窟、地下へ続く垂直大穴、鉱山、未探査箇所（奥に空洞がある急流）と東向き洞窟（低酸素小規模崩落）と東向きの長い洞窟（奥は無酸素で未開封瘴気溜まり有）の順 ●西方地図 未無無無草草草Ｃ草砂 未無無無草Ｄ草草草砂 未無無無草草草草草砂 無無無無Ａ草草Ｅ草砂 未無無無草草Ｆ草草砂 未無無無草草草草草砂 拠無無無草草草草Ｂ砂 無 無人の不毛地帯 拠 アヤカシ側の拠点の１つがあると思われる場所 未 おそらく無人の不毛地帯 草 草のまばらな草原。集落無し 砂 砂漠と草地の境の土地 Ａ オアシス。ナーマの兵が駐留中。土嚢による小規模防壁有り。通称鎮西村 Ｆ 放棄された小村。小さな水場有り 上が北、右が東。１文字は縦横数キロ 地図より西は無人地帯で、詳しい情報は未判明。アヤカシの大部隊が潜んでいる可能性が高いです ●現在交渉可能勢力 西方小部族（Ｂ ナーマ傘下。好意的。遊牧民。経済力良好。戦時体制 西方零細部族（Ｃ〜Ｅ ナーマ傘下。好意的。防衛力微弱。水場有り。ジン無し。銃で武装（未習熟）。集落周辺のみ実効支配。人手不足。Ｄが疲弊。Ｅに難民が滞在中。ＤとＥの西側にのみ土嚢防壁と見張り台有り 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 域外定住民系大商家 継続的な取引有 域外古参勢力 友好的。宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群。留学生関連で予想以上の利益を得たため、何らかの形でナーマへ恩を返したがっています ナーマ周辺零細部族群（東境界線付近の小オアシスは除く） ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。対アヤカシ戦遂行中。防諜有。同意無しの進軍は侵略とみなされます その他の零細部族 ナーマの南隣と北隣に多数存在。基本的に定住民連合勢力より ●都市内組織 官僚団 内政１名。情報１名。他７名。事務員有。医者１名 職場研修中 医者候補４名、官僚見習い２１名 領主付からくり３名 教育中 留学生３０名（１０代前半・午前・高度）、ナーマ民７７名（２０代中心・夜間・初歩的） からくり２０名 教育機関 からくり１０名（教師 うち１名が巫女 情報機関 情報機関協力員３７名 必死に増員中 警備隊 ２４０名。都市内治安維持を担当。４２名が西方に駐留中。増員のため新人を教育中 ジン隊 初心者より少し上の開拓者相当のジン７名。対アヤカシ戦特化。後退しつつ常時２名が西方に駐留中。相棒からくり計７名 からくり隊 １０名。駆けだし開拓者級。影武者任務可。演技力極低。主に地下遺跡でのアヤカシ退治と宝珠採掘を担当。魔術師２人。騎士２人 中型飛行船 からくり１０名。初依頼開拓者級。飛行時は領主側付き５名が合流 アーマー隊 ジン３名。うち１人は臨時。現在非戦闘中心。騎士は１人 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む３家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高 現場監督団 職人集団と一部重複 領主側付 同型からくり１２体。見た目良好。側付兼官僚見習兼軍人。１人が外交官の任についています。交易路防衛も担当。職未決定の覚醒からくり１名 守備隊（民兵隊） 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた３７０名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補１８０名。５０名が西方に駐留中 西志願兵 西方諸部族出身。部族から放り出された者達。士気やや低。ナーマ民兵相当の能力有。Ａに１０名。Ｄに４名。Ｅに４名 ●城壁内施設一覧 ●城壁外施設一覧 前回から変化無し ●依頼開始時点の軍備 非ジン用高性能火縄銃４９０丁。同旧式銃四百丁。ジン用魔槍砲１０。弾薬は全力防衛２回分 戦闘用中型飛行船１隻 小型宝珠砲４ 遠雷５ 城塞都市ナーマに戦闘用中型飛空船運用ノウハウはほぼ存在しません 飛空船には宝珠砲は未搭載です 宝珠砲運搬コンテナ開発中。頑丈。現在使い捨て。実戦投入可 |
■参加者一覧
カンタータ（ia0489）16歳・女・陰 
玲璃（ia1114）17歳・男・吟 
ルオウ（ia2445）14歳・男・サ 
此花 咲（ia9853）16歳・女・志 
フレイア（ib0257）28歳・女・魔 
ハッド（ib0295）17歳・男・騎 
アレーナ・オレアリス（ib0405）25歳・女・騎 
将門（ib1770）25歳・男・サ 
エラト（ib5623）17歳・女・吟 
隗厳（ic1208）18歳・女・シ |
| ■リプレイ本文 ●上級アヤカシの憂鬱 「敵影４。うち１つは中空です」 報告を聞いた上級アヤカシは即座に命令を下す。 「妖鬼兵隊を下げて隠せ。予備隊は開拓者の退路をゆっくりと塞げ」 前進を指示しないのは撤退が上手く回復力に優れる開拓者とまともに戦うのを避けるためだ。彼等は止めを刺さない限り１月もあれば全快する。確実に殺せる戦い以外は戦力の無駄遣いだ。 隠すのは決戦で使って確実に開拓者を殺すためだ。伝説に踏み込みつつある開拓者でも２００近い雷を同時に撃ち込まれれば即死する。勝機を確実に掴むためには開拓者の退路を完全に断つまで温存する必要が有った。 「待っていろ」 もう少しでディーヴェが指揮可能な限界まで兵が集まる。 その後は隙を見せずに東進して城塞都市を滅ぼせば良い。城塞都市の水源を壊してしまえば、天儀からこの僻地まで開拓者を呼び寄せる者はいなくなる。 それを防ぐために開拓者が決戦を挑んできても正面から受けて立つ気はない。価値の低い兵をあてて時間を稼いでいる間に敵本拠地を落とせば良いのだ。 近づいてくる開拓者を眺め、獣頭の上級アヤカシが冷たく笑った。 ●北西 地表から十数本の矢が放たれた。 狙いも甘くなく威力も低くはない。 しかし中空に達するころには勢いを失い、空龍にたどり着くこともできずに落ちていった。 空龍を狩る此花 咲（ia9853）は、地表を一瞥しただけで進路を変えず前進を続ける。 弓を装備した成人男性ほどの大きさの鬼…おそらく悪鬼兵の位置が露見して非常に狙いやすそうだが、他に優先すべきことが多すぎる。 「全員気づかれてますね」 前方数百歩の距離に、少なくとも３００に達するアヤカシの群れがいる。 軍と呼べるほどの秩序は無いように見えるものの、それが真実なのか演技なのか判断する材料がない。 地表と遠方の高空から向けられる視線を意識しながらゆっくりと進路を変え、微速前進してくるアヤカシの群れから離れていくのだった。 空龍を見送った悪鬼兵だが、決して油断していたわけではない。 数週間の軍事訓練を受けた彼等は周囲への警戒を欠かさずいつでも全力を出せる体勢だった。だがそれでは開拓者に対抗できない。 真横から炎の塊が飛んでくる。 木製の弓が壊れ、弾けた弦が手を深く傷つけた。 「捨て駒？」 ルオウ（ia2445）の秋水清光が３度振るわれ、死にきれなかった悪鬼兵が止めを刺され崩れて消えた。 「右に１０…結界外に後退しました」 下空で余裕をもった速度で移動中の空龍から声が響く。 玲璃（ia1114）は自分の目で確認してみる。荒野の土の色とよく似た色の鬼が遠ざかっているのが見えた。 空龍の夏香は地上のアヤカシに対する興味を失ったようだ。 怠慢ではない。主の足で二百歩の距離にこの場の開拓者と相棒では勝ち目のない敵戦力がいることは分かっているし、夏香の速度なら余裕をもって逃げることができることも分かっている。己の実力と主との絆に自信にある夏香にとって、この程度は危地でもなんでもないのだ。 対照的に焦っているのが鷲獅鳥の奏だ。 撤退の判断を誤れば死。主との連携に失敗しても死。事実が奏の精神を圧倒し、普段の実力を発揮することを妨げていた。 アヤカシは奏に近づかない。 この地には上級アヤカシに訓練されたアヤカシしかいない。逃げ遅れたアヤカシは何体かいたが、それ以外は無駄死にを避けるために秩序を保ったまま開拓者から離れていた。 エラト（ib5623）が軽やかな曲を奏でる。 数秒遅れて２０近い矢が降り注ぐ。 「動いたな」 矢の回避は鋼龍に任せたまま将門（ib1770）がつぶやいた。 アヤカシの大群の前に悪鬼兵十数体からなる弓隊がいる。 大群からそれぞれ数体の中級アヤカシを中核とする小部隊が２つ分離して、左右に迂回して将門達の退路を断とうと動き出した。 「いこうぜ、ロート！」 ルオウは迷わない。 速度優先の軌道で矢を浴びながら、ただし全て完璧に弾いてかすり傷すら受けずに悪鬼兵弓隊に飛び込む。 弓隊指揮官が口を開くよりも秋水清光を振り下ろす方が速い。 ルオウの威圧感を叩きつけられ動きが鈍った鬼の頭に刃が食い込み、まるで豆腐のように切り裂かれ左右に分かれて倒れた。 飛び散る血は、ルオウにかかるより早く瘴気に戻って散っていった。 追撃はしない。轟龍は無防備な獲物を無視して激しく翼を動かし後退。その勢いのまま他の相棒達と合流する。 エラトは攻撃に移ろうとして諦めた。 ルオウほど主従で連携がとれていれば、素早く前進し一撃入れて即後退という動きもできたかもしれない。だが今の主従の絆では途中でしくじって敵中に取り残される可能性すらある。 「空中戦力が潜んでいる可能性がある。急ぐぞ」 将門が告げると、妙見が咲の空龍を目標に速度を上げた。 ロートケーニッヒはそれより早く殿のための移動を始めていて、夏香と特に奏は明らかに動きが鈍く遅れていた。 それでも、徒歩かつ部隊全体で前進するアヤカシと比べれば速い。 開拓者達が西から南へ進路を変更して十数分経った頃には、背後のアヤカシは見えなくなっていた。 ●南西 炎を内にためて思い切り翼を動かす。 轟龍の心身が活性化されて、いくつかの傷から流れていた血が止まった。 「塵も積もれば山となるだなー」 ルオウが頭を撫でてやると、轟龍は軽く火を吐いて己の健在を主に知らせた。 「何か見えたか？」 問われた玲璃が首を横に振る。 結界に頼らず瘴気の濃度や変化を探ることでアヤカシの位置特定を目指したものの、全く成果がないのだ。 半日かければアヤカシの位置だけでなくここ数日のアヤカシの行動まで把握できたかもしれない。が、アヤカシは玲璃に時間を与えるつもりは全くない。 「またか」 北東の地平線と南東の地平線に多数の影が現れたのに気づき、ルオウは肩をすくめた。 それぞれおそらく２００程度。どちらか１つには勝てるだろうが勝った頃には完全に包囲されているはずだ。 玲璃は諦めて結界を展開する。 展開直後は全く何も反応がなかったが、東に向かっていくと２、３まとまった反応があった。 轟龍が広範囲を炎で焼く。何も無いように見えた場所で火が強くなる。塹壕で使われていたらしい木材に火がついたようだ。 奏が飛び出す。小鬼や小柄な鬼が恐怖して残光がら逃げだし、その背に鋭く強靱なかぎ爪が食い込み背骨ごと肉をひねって止めを刺した。 その光景に恐怖した別の塹壕から小鬼が飛び出す。エラトは奏の制御を一時諦め、魂よ原初に還れを演奏して周辺のアヤカシ全てを消滅させた。 奏以外の大きな問題に気付いて、エラトの表情が暗くなる。倒したアヤカシが雑魚ばかりだったことに気付いたからだ。 北西で遭遇したアヤカシは小鬼でも動きも判断も素早かったのに、ここにいるのは普通のアヤカシでしかない。アヤカシ達は塹壕に籠もってはいたが塹壕を有効活用するという動きが見えなかった。おそらく上級アヤカシに使えないと判断された者達だったのだろう。 「殿したら逃げられないな。急ごうぜ」 開拓者達は全速で東へ向かい、退路が断たれる前に鎮西村へ戻って行った。 ●宮殿 今日だけで３０通の手紙を書いた。 アル＝カマルで侮れない権威を持つ勢力の仲介があるとはいえ、相手はアル＝カマルにおける強力な部族の長達だ。隙を見せずに威嚇もせずに強力な武具を買い取るため、細心の注意を払う必要があった。 「お茶をお持ちしました」 緊急時以外入室禁止のはずの領主執務室に、領主直属の新人からくりが入ってくる。 アマル・ナーマ・スレイダン（iz0282）が視線を向けると、新人は体を強ばらせて銀盆上のティーセットが音を立てた。 新人の後から入室したアレーナ・オレアリス（ib0405）に視線で問いかける。 アレーナはすぐには答えず、扉を閉じ鍵をかけてから口を開いた。 「緊張してしまったのね。いつもは私的な場所にしか連れて行かないでしょう？」 「そういえばそうでした」 アマルは羽根ペンを置いて立ち上がり、新人とアレーナを伴い私室へ移動した。 緊張が解けてはしゃぎ始める３人の新人からくり。アレーナは口には出さず態度で反省を促し、３人が大人しくなってからはじめてカップを手に取った。 「聡い子達ね。勘所をおさえるのが得意のようよ」 領主側付達が苦手にしている高い水準での総合判断が可能なようだった。 悠然とした態度を崩さず、けれど目だけは喜びで輝くアマル。 しかしアレーナは一切容赦せずに続きを口にする。 「でもそれ以外の部分がね。書類の実務も軍務も…特に軍務はまだ現場には出せないわ」 ナーマ産のワッフルに手を伸ばしていた新人３人がびくりと震える。 「似て欲しくないところが似てしまいましたね」 戦闘能力の無さには提供のあるアマルは、茶の香りを楽しんでからカップを元に戻した。 そして、家族だけの時間を静かに楽しむ。 「覚醒したかどうか分かった？」 遠くから母の声が聞こえる。 「機闘術等が使えません。でも」 最近戦闘訓練をする時間を捻出できなかったので、単に体が鈍っているだけなのかもしれない。 アマルは目だけで情けなさそうにしながらそう言った。 「私が」 扉の外に気配を感じたアレーナに促され、新人の１人が扉に向かい、残る２人が盾になれる位置でアマルの側に控える。 「咲様と将門様です」 少し拙い手つきで鍵を外して中に招き入れる。 「失礼します」 「歓談中悪いな」 ２人は大量の大判地図を抱えていた。 アマルが新人達にテーブルの上を片付けさせ、咲と将門が２人がかりで広げた。 「今回確認できたアヤカシの数は５００です。前回以前に見かけて今回いなかったのをあわせると７００になります」 箱入りのからくり３人は実感がないようだが、一度ではあるが主に最前線に放り込まれたアマルはだいたい正確に理解することができた。 「今の戦力で勝てる相手ですか？」 「こちらから決戦を仕掛けるなら勝利は困難です」 咲は事実だけを口にした。参加開拓者の半数を使い潰せば確実に勝てるかもしれないが、そんな作戦に同意する開拓者などいないし強制できる者もいない。 「アヤカシの癖は伍長以上の全員に伝達したので最低限時間稼ぎはできるはずです。撃破方法については」 説明を将門に代わる。 「アヤカシの狙いは人間の駆逐だ。この地域でそれを成すならナーマの水源を潰すのが最も手っ取り早い」 「外部に対し証明する方法は？」 「無い。俺達は確信しているが推測でしかない。アル＝カマルや天儀を動かすことはできないだろう。…続けるぞ。方法は１つだ。上級アヤカシを討つ」 アヤカシ軍の用兵は無茶苦茶だ。 人間の軍で採用すれば士気激減の上内部崩壊する作戦を上級アヤカシの強制力で無理矢理実行させているだけなので、頭を討てば指揮系統が完全崩壊し各個撃破が可能になるはずだった。 「東に行軍中を襲うか、ナーマの城壁で足止めしてから襲うか、両方で襲うかだな。行軍前を襲うならジン隊とからくりを出来るだけ多く投入したい」 うなずいて考え込むアマルにアレーナが語りかけた。 「アマル、隠し事は無しよ」 「隠しているつもりは…ううん、隠していたことになるのかもしれませんね」 一度ため息をついて、城塞都市ナーマにおける暗黙の了解を口にした。 「アヤカシを駆逐する過程で城壁より西は一度失われると考えています」 その言葉に一切悪意は感じられなかった。 ●通知 「城塞都市ナーマは１１月の後半を目途に西域アヤカシに攻勢をかけますー」 カンタータ（ia0489）が一方的に告げると、ナーマの西部から集められた小部族の長達が騒ぎ出した。 「ここで敵首魁を討取って決着をつけたいですがつかない場合散発的な被害が広がる危険があります」 ナーマの官僚に用意させた書類を事務員に配らせる。 「そこで城塞内への避難支援を準備します。居留地や兵糧確保の為、希望される場合は正確な人口と家族構成提出ください」 騒ぎかけた長に強い視線を向けて黙らせる。 「すべての財産を運び出すのは難しいので必須分を整理しておいてください。飛空船で運搬必要な場合はこちらも目録を要請します。頂いた資料を持ち帰り次回実行できる様試算します」 それならなんとかとか、一度戻って相談してからなどと言い出す長達に、冷たく響く声をかける。 「今回返答いただけない分は決戦時の船使用都合あり自力でナーマまで移動して貰う事になると思います。その場合人数不明の為城塞内収容は保障出来ません。宜しくお願いします」 反論を許さず伝えたカンタータは大通りに出て宮殿に戻る。 「１人いませんでしたね」 カンタータは、西の小部族避難にかかる見積書を官僚から受け取りながらつぶやいた。 「一応何人か護衛についていたはずなんですが…」 官僚は困惑している。 この時点で、長と護衛のナーマ民兵と遊牧民が差し出した騎兵１人がアヤカシに食い殺されていた。 「カンタータ様、今から訓練に向かうつもりです」 覚醒からくり魔術師が２人顔を出す。 カンタータは調査を進めるよう指示してから、カノーネと共に演習場に向かうのだった。 ●船 「マスター」 フレイア（ib0257）は、ヴァナディースの途方に暮れた顔を目にすることになった。 ここはナーマの城壁から徒歩で５分の砂漠地帯。 数年前までは大量のアヤカシが蔓延る地獄だったけれども、開拓者がアヤカシを根こそぎにした後は自然発生するアヤカシしかいない比較的平和な場所だ。 そんな平和なはずの場所で、訓練用小型宝珠砲模型が回転しながら真横に吹っ飛んでいた。 「どどどうしよおねーちゃん！」 「止まっちゃ駄目！ 実戦では敵は待ってくれないの。今演習中だから失敗しても最悪はないから！」 宝珠砲訓練中の新人からくりと、指導役のはずの領主側付が全力で驚き戸惑っている。 フレイアが乗る中型飛行船が急上昇する。 慌てず騒がず詠唱し、いつの間にか中空にいた鳥型アヤカシを討ち滅ぼした。 「及第点です」 声をかけられたからくりは誇らしげに胸を張りかけ、宝珠機関から手が離れかけているのに気づいて慌てていた。 「甲板での宝珠砲操作は？」 「小型宝珠砲であれば問題有りません。船長以下新人まで扱えます」 未だに職が決まっていない覚醒からくりが淡々と報告する。 「砂漠での宝珠砲操作はご覧の通りです。平坦な地形でなら新人でも可能です。…少し遅くはなりますが」 フレイアは訓練を急ぐよう指示する。 今は時間が敵だ。無茶は承知で早め早めに進めていくしかない。 「職は決めた？」 話題を変える。未だにサムライや巫女的な意味での職が決まっていない彼女は曖昧に微笑む。 「迷ってます。魔術師も魅力的ですし…」 この後、エラトにも指導を受ける予定の無職からくりであった。 ●量産開始 警備隊が重点的に配置された工業区画。 その中枢で少女が男達に囲まれていた。 「皆さん、お疲れ様でした。後は、上手く扱えるようにする為の訓練を重ねるだけなのです。…量産をお願いします」 歓声も拍手もない。 技術以外を切り捨てた職人を中心にした男達が、咲の命令を形にするため動き出した。 ●出撃準備様々 「こんなものかの」 装甲を元に戻して手袋を外す。 ３体の遠雷の整備、それも各操縦者にあわせた調整は熟練の騎士であるハッド（ib0295）にとっても大仕事だった。 「先生！」 真新しい騎士装備のからくりコンビが元気よく手を挙げる。 「私も作戦に参加したいです！」 過剰に実戦的な構えをとって自分達の能力を売り込んでいる。 「精密動作が上手くなったらじゃの」 ハッドはあっさり却下した。 露骨に落ち込む２人を放置して、今回派遣される３人の騎士を１人１人激励していく。 「努力は己を裏切らぬ。心を裸にして向き合うがよい。道は示されるじゃろ〜」 ３人は無言のまま敬礼し、玲璃が手配した商用小型船に機体と共に乗り込み西へと出発した。 「休憩が済んだら今日の訓練を始めるのじゃぞ」 「はいっ」 騎士からくりは即座に気持ちを切り替え返事をする。箒と布巾を取り出し人狼と遠雷計４機が残った格納庫の掃除を始めたのを優しい目で見詰め、ハッドは次の仕事場へ歩いて行った。 ナーマ地下遺跡に通じるトンネルの前で、二十数名のからくり達が騒がしくしていた。 暗所の作業や戦闘で体を傷つけないための頑丈な作業着装甲付を全員身につけている。パーツの切れ目や目鼻に粉塵が入り込むのを防ぐための布を巻こうとしてミイラ娘っぽくなった者もいた。 彼女たちの面倒を見ていた玲璃がハッドに気づき、からくり達の注意を誘導してハッドに気づかせてやる。 「おはようございますっ！ 今日もよろしくお願いします！」 挨拶は朝の城塞都市に心地よく響いた。 最近目覚めたからくりは２０人だ。主との関係も仕事もうまくいっている彼女たちは、暗い地の底へ潜る前でも明るさを曇らせることがなかった。 「うむうむ。伍長の先輩を見習って頑張るのじゃぞ」 鷹揚な態度で答えつつ、地下遺跡での活動に慣れたからくり達を暗に褒めて支援する。 まだ不慣れな２０人が慣れた数人に素直に従い、トンネルの中へ消えていった。 ●地下鉱山 大規模建築に使われる筈だった巨大で強靱な柱に、震える少女がきつくくくりつけられている。 衣服は張り付き白い肌が透けて見え、縄は冷たい水を吸って黒く染まり、急流に数分さらされた少女が虚ろな目を見開きぼんやりと暗黒を眺めていた。 「劫！」 主である隗厳（ic1208）が呼びかけても反応がない。 数歩の距離に急流があって五月蠅すぎるのだ。 鋼線で堅い縄を切断し劫を解放する。 急流の向こう側から声が聞こえた気がするが、柱に邪魔され荒れ狂う流れが邪魔で聞き取れない。 諦めて、作戦開始前に取り決めた回数柱を押す。 するとゆっくりと柱が後退していき、急流の中に消え、数分後には水の流れが元に戻って音も小さくなった。 「マスター？」 劫が意識を取り戻す。 冷たい。けれど水の冷たさではない。乾いた衣服の感触が快適すぎて涙が出そうだ。 おそるおそる足を動かすと濡れた布の感触がある。 それは隗厳が脱がせた服で、今劫が着ているのは隗厳が油紙に包んで運んでたものだ。 「これを持って」 油紙に包まれた何かを渡される。 固く、少なくとも布よりは重かった。 「石？」 「おそらく鉄鉱石」 隗厳には暗視があるので視界に問題はないが、機具も何も無い現状で詳しく調べる術はない。 出口の防御を相棒に任せて本格的に調査を開始する。 とはいえ調べることは多くない。 曲がりくねった空洞を数十歩進めば行き止まりの、地下鉱山の規模と比べると非常にささやかな場所なのだ。 空洞全体がナーマ地下の瘴気溜まりによく似ている。封が解かれているのは同じだがこの場には宝珠はない。 人間のものではない足跡が十数種、行き止まりから急流にまで続いていた。 「骨折り損？」 おそらくだが、開封された瘴気溜まりで生じたアヤカシは急流に飲まれ砕かれ滅びたのだ。足跡は古くない。ひょっとしたら鉱山で採掘が行われているときに自然に開封されたのかもしれない。 眉間を揉みながらため息をつく。 何があるか分からなかった場所の安全が判明したのは素晴らしいことだ。しかし成果がなさそうなのは正直つらい。 水の音が変わり劫が硬直する。 隗厳が振り返ると水の中から柱が現れていた。どうやら予想以上に時間がたっていたようだ。 嫌がる劫を先に戻し、隗厳は無人の空洞から最後に撤退していった。 ナーマに戻ってからの調査で、回収された鉱石は良質な鉄鉱石であることが判明した。 |
